「CODE:紅蓮」31
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誰も居ないから、音がするから下を覗いた。するとどうだろう。二人の能力者が落下をしている最中ではないか。普通の人間と違うのはただ落下しているだけでなく、自分の力で姿勢を制御しながら着地に向けて行動している事だ。肉眼でも凄まじい動きをしているのだと視認出来る。常人には到底不可能だ。
それを目にした護には一つの感情が生まれる。
「行かなきゃ……」
邪魔になるのは分かっていた。しかし、それでも自分にはこの戦いを見ていなければならない、という感覚がある。
始めは、友人流に言うのなら紅野護という人間に売られた喧嘩なのであって、それを放棄するのは結果はどうあれ敗北に近いものではないか。売られた喧嘩を買わないのは状況いかんでは利口な判断だ。
――だがそれで本当に良いのだろうか?
「っ……」
よろめく体。まだ頭はくらくらするし、背中も痛いし、足も震える。立ち上がって、歩く。それすらも拒んでしまうような弱い体。それでも護は必死に一歩を踏み出す。走るのは難しい。目尻に涙を浮かべながら、壁に手を付けながら着実に進む。
「はっ……はぁ……!」
たった一階。これだけ降りるのにどれだけの体力を消耗しているのか。自分を呪いたくなるような酷さ。しかし足は止まらない。今は思考するよりも行動だ。感覚に従い、痛覚は押し潰し、ただ歩く。
歩いて、歩いて、ふと、視界が赤くなる。血だ。どのタイミングか判然としないが、額を切ってしまったらしい。汗に混じって流れてきたそれが涙とも溶け合って視界を染めた。
血は嫌いだ。痛みを感じさせる、悲しみを連想させる。
それさえも超えねば。
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「しぶといわね……」
「お互いにな。俺だって好きで能力者とやり合う訳じゃないんだよ」
「この状況でまだそんな事言うの?」
「いつまでだって言ってやるよ。うちのリーダーも本音は言わないけど……考えてる事は一緒だ。と思う。敵は『研究所』だってな……お前だってわかってるだろ?」
呆れたように、その中に怒りを孕んだ口調で。聖羅に向けられて発せられたものではなく『研究所』に対しての言葉だ。
「それは……だとするとあなたたちは……」
「そこは想像に任せるぜ。それを考えて、それでもそっちに居るんなら」
風を纏う。放出するだけでなく多少の操作も可能な能力なのだ。力だけで押し込める相手ではない故に、自分の持てる力を全てぶつける必要がある。
「こうやって戦ってどうにかするしかねえってもんだ」
「そう、ね。……話し合いでどうこう出来るはずもないし」
半ば諦めたかのように吐き捨てた。目を閉じ、暴風に負けじと紫電を撒き散らす。
「私たちにとっては“コレ”が言葉みたいなものかもね」
「そういう事だ。ああ、そうだ……そろそろ名乗っておくか」
「何?勝ち筋でも見えた?」
「気分だ」
暴風を払うように力強く手を凪ぐ。仮面の下から息遣いが聞こえてきそうな程、両肩が大きく上がる。
「俺は“悪風”……前はな! 今は“ワルツ”なんて洒落た名前にされちまったけど個人的にはロックの方が……そんな事はどうでも良い! 俺はお前に勝って、あの炎の能力者を頂くぜ!」