「壊れた歯車」13
――同日、夜。
大和に送られて家路に着いた護は、翌日のための勉強が一切手に付かずにいた。頭の大部分を占めている悩みのような物が存在しているせいだ。これをどうにかしなければまともに頭を使えるはずもない。
「はぁ……」
そこまで護を苦しめるのは勿論、彼女たちに説明を受けた事柄に関してだ。説明だけならまだしも、目の前で超常現象を起こされた。手から発せられる紫電を。未だに脳裏に鮮明に焼きついているあの光景。
「忘れろ、だなんて無責任な言葉……出来る訳がないよ……」
机の上に開いていた、マーカーなどによって分かり易く色分けされたノートを閉じてうな垂れる。
「ちょっと外に出ようかな。気分転換に……」
普段の護ならばそんな補導の危険を顧みないようなことはしないだろうが、今日に限っては仕方がない、と自分に言い聞かせながら。クローゼットにしっかりと掛けられている白いパーカーを羽織り、自室を出る。
「あれ? お兄ちゃん、どこか行くの?」
部屋を出たところ、風呂上がりと思われる真美に出くわした。ピンク色のパジャマをボタンを多めに開けて着用し、髪は濡れたままと明らかに年頃の女の子がしていいような格好とは思えない。控えめな胸を覗かせているのだが、護はそれこそ良心に従い目を逸らす。
「う、うん。少し気分転換にね。根を詰めすぎるのも良くないし……」
「別に良いけど気をつけてよー? 昨日なんか救急車とか走ってたみたいだしさー」
どうやら少し危ない人たちが何らかの理由で衝突したらしく、無事だった数名が念の為ということで救急車を呼んだなどという噂を学校で耳にした。真美が言っているのはきっとそれの事だろう。
「たぶん大丈夫だよ。何かあったらちゃんと連絡するから」
「何かあってからじゃ遅いよ! もう、本当に気をつけてよ? お兄ちゃんはすぐいじめられそうな顔してるんだから」
「この顔は生まれつきだし……」
散々言われつつ護は階段を降りる。何だかんだで心配してくれるのはとても嬉しい。真美の両親に外出の旨を伝え、家を出発。
*****
出てはみたものの特に行く宛は無いのでとりあえずひたすら進む。知り合いが多く住む住宅街を抜け、いつも歩いていた通学路、桜が咲き誇る並木道。そして、見た目では何ら変わりない商店街。
しかし、ここで何かが起こり、そのせいで聖羅や大和が自分に目を付けた。昼間の賑わいは消え去り、夜が支配するこの場所を護はゆっくりと歩く。意味は無い。だが、少しでも恩を返す事が出来るなら、と考えながら。
「傍迷惑なだけかもしれない……それに僕なんかに何が出来るかも、何をすれば良いのかもわからないし……」
我ながら考え無しに外出した、とほんの僅かだが後悔。気付けば知らない内に商店街を抜けていて、今はちょっとした空き地に出たみたいだ。ここは元々はビルが建つ予定だったらしいが、周りの景観を損なうと周辺住人が必死に反対した結果土地だけが残されたという場所。子供たちには良い遊び場、少し危ない大人たちには溜まり場となっている。
護自身もこの場所は気に入っていて、夜に晴れている時などはここから見上げる空が綺麗なのだ。今日は生憎少々曇っているみたいだが。
「もうちょっと、ここで涼んで行こうかな……」
ついでだからと休憩がてら夜空を眺める事にした護。優等生でもたまには息抜きが必要なのだ。