「CODE:紅蓮」27
最初から、最初から準備などする必要が無かった。
口の中が生臭い。力んだ際に切ってしまったのだろうか。
「……どうしようも、ない、んだよね……」
降伏するのは簡単だった。諦めてしまえば良いのだから。一言、謝罪も添えておけば彼も満足するだろう。そうすれば痛いのもここで終わるのだ。
足音は近い。口を開く。本当は嫌で嫌で仕方が無かったが、それでもこれが今自分に出来る精一杯で、負けを認める。頭を垂れて。
体を起こし、朦朧とする意識の中で、自分の背中をぶっ叩いた手摺りを掴みながら、立ち上がる――立ち上がる?そうする必要はないのに。これでは、まるで――
「お、ようやくやる気になってくれたか?」
――立ち向かう仕草ではないだろうか。頭と心が別々に、と言うのはこの事だろう。妙な感覚だ。まるで自分の中にもう一人居るかのようで。頭は恐ろしいくらいに冴えている。だからこそ客観的におかしい行動を取っている事を感じているのだが、心はそうではなかった。そうすべきだ、そう在るべきだと訴えている。何が出来る訳でもないのに。
「うん……そう、だね。そっか裏切る事になるからって……」
陽炎の如く。ゆらゆらと体を揺らしながら立ち上がった。理解したのだ。自分の思いを。ここで自分が彼らに下ればどうなるのかを。誰がどう思うのか。下手をすれば悲しむかも――自分にそこまでの仲間意識を抱いてくれているかは別として――。
「改めて、言いますよ」
逃げ場は無い。後ろには手摺りで、更に奥に行けば落ちるだけ。吹き飛ばされれば一巻の終わり。助かるかどうかも定かではない。だが、それでも言わなければ、と。
「……聞くぜ」
「ええ。僕はあなた達とは、行きません!仲間にはなれません!」
確固たる意思。どのような相手にでも届くような大声で。これが護の最大の攻撃だった。
だからこそ、男も吹っ切れたかのようにこう言い放つのだ。
「わかったぜ。まあ引き摺ってでも連れて行くつもりではあったんだがな……どういう理由かわからねえけど、能力は使わないみたいだし。気絶でもさせて、縛って持って行くか……誰か暇な奴でも呼んで」
魔手が伸びる。顔を覆うようにして能力を放出すれば恐らく気絶させる事が可能なはず。そういった使い方はした事はないのだが、出来るだろうという適当な考え。恐らくこれ以上護が能力を使おうとする事は無いだろう。何故ならば体のよろつき、それから目の焦点が合っていない。意識だけはしっかりしているようではあるが、どうも先程から独り言が多いようだ。おかしくなる前に捕獲してしまおう。
ほとんどまともに見えていない目でも手が迫っているというのは感じた。しかし腕を上げようにも体が言う事を聞かないのだ。先程の衝撃がこの体にはあまりにも強過ぎたのか。せめて、と願う。この土壇場で能力が開花しないかと。祈る。あの大きな炎を。煌々と燃え盛る炎を、この手にと。
――弾けた。耳元で。続いて目の前でも。これは、これは――




