「壊れた歯車」12
「し、失礼しまーす……」
おどおどしながら部屋へと足を踏み込む護。何の変哲の無い普通の部屋だ。しかし、護にとっては女の子の部屋という認識になってしまっている。嗅覚をくすぐったのは甘い果物のような香り。視覚に訴えかけたのはぬいぐるみやら本棚にある少女漫画。そんな思い描く女子らしい空間に置かれて落ち着ける訳が無かった。
「ん~クッションとか無いから適当に座って?」
「は、はい……」
「そう固くなるな。“アレ”を見せ付けられればすぐに部屋だけは無駄に女子っぽい事などすぐに忘れる」
眼鏡のレンズが夕陽を受けて輝き、大和の真剣さを際立たせる。これから何が起こるかはわからないが、気を引き締める必要がありそうだ。
「一言余計だったような気がするけど……今回だけは見逃してあげるわ」
「では、さっさと始めてしまおう会長」
「はいはい。ここで紅野くんに再び質問をしようと思います」
自身はベッドの上に正座して、護を見下ろす形に。逆光で表情までは見て取れない。護も正座なのだが、これでは説教されているようである。
「あなたは、魔法や異能力といった異常現象、超常現象を信じる?」
まただ。彼に掛けられたのは普通の人間ならほとんど信じないような、そんな質問。だからこそ常識的な範疇でその言葉を呑み込み、自分の回答を出す。
しかしその前に聖羅が割り込み、護の言葉を打ち消した。
「ううん、信じる信じないなんて正直どうでもいいの。だって――」
右手を差し出し、手の甲を護に向けて言い放つ。
「――在るんだから」
強烈な音と光が部屋全体を包んだ後、感覚が回復いていくのを確かめながら護がゆっくりと目を開けるとそこには在った。聖羅の右手に青白く輝く棒。一体どのようにして出現したのだろうか。呆然と口を開いている護。言葉が出ない。
「あれが会長の“招雷”(ショウライ)と呼ばれる力だ。読んで字のごとく、雷を扱うことの出来る能力。それも相当一級品でな」
「……それと、僕に何の関係、が……?」
「昨日、あなたが襲われた怪物……私たちは世界を蝕む者ということで‘蝕’(ショク)って呼んでるのだけれど」
やはり、話は全く見えてこない。彼女たちが何を自分に伝えようとしているのかも、自分にどんな関係があるのかも。
「この能力はね?知ってるかもしれないけど、主にその‘蝕’を退治するために――」
「待て、会長。この反応は……」
「……」
護が理解している前提で話を進めていたらしい聖羅は、大和に指摘されて異変に気付く。
「まさかあなた……あれだけの事をしたのに何も覚えていないっていうの?」
「え……?」
「何事も無く普通に暮らしてたのはそういう事だったのね……」
こめかみを抑えて呆れたように溜め息を吐く聖羅。訳も分からず護は大和に視線を移すが、彼も何も語らず腕を組んでいるだけだった。自分が何か悪い事をしてしまったのだろうか。
「何もわからないのに引きずり込んでしまったようね、私たち」
「そのようだ。君には悪いが、この話は無かったことにしてくれ。お詫びにもならないが家までは送ってやろう」
そう言って立ち上がる二人。
「あ、あの僕、何か悪い事しました……?」
「違うわ。悪い事をしたのは私たちの方よ。ごめんなさい……せめて、日常に戻れるように支援するわ」
ぺこりと頭を下げられ当惑する護。扉の前で待つ大和も少しだけだが頭を下げた。そして、何もわからない護を余所に異世界だの魔法だのの話は完全に終了したのだった。




