「CODE:紅蓮」15
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「まったく……」
本当にギリギリ、あと数分話が長引いていたら帰ってくる事は適わなかっただろう。ほぼ終電の時間で帰っている二人。地元の海門駅に着いたのは日付が変わる直前だ。
「すみません。早く起こしてれば良かったですよね……」
自分が行動を起こしていたならこのような結果にはならなかっただろう、という理由で護は罪悪感に苛まれながら帰りの電車に揺られていた。人も疎ら、と言うよりも閑散としている街中を行く。歩いているのはまだ平日だというのに酔っ払っている方々だ。その他に目に付くのはほとんど居ない。
「んー……起こされても結局は険悪ムードだったろうし……少しでも話し合いに出来ただけマシだと思わないと」
「あ、それじゃなくてですね帰りが遅くなった事の方で」
「……律儀ねえ」
護の懸念はただ一つ。それは聖羅を、【女の子を遅くに帰している】という一点のみ。あくまでも常識の範囲内で動いているつもりなのだが、どうもこれはズレが生じているらしい。何か間違っているのだろうか。
「ううん、その感覚は正しいんだと思うの。私は別に帰りの時間とか気にする必要も無いって言うか」
「……僕はもう連絡の嵐ですよ、たぶん」
携帯を確認してはいないが、きっとそうなっている事は分かる。この時間に帰宅するなど数年に一回あるかないか、そのレベルの話なのだ。確かに最近は遅くなっているような気がしないでもないが。
「ふーん……」
「あ、すみません……何か気に障る事でも……」
「あぁその……自分で途中まで言っておいてなんなんだけどね」
何故だか、妙に気まずそうな雰囲気。灯りの喧騒からもだいぶ離れ、辺りはすっかり住宅街。電灯から聞こえる低いハム音と、飼い犬の鳴き声、それから自分達の足音くらいだ。
その空気を察した護はすぐにフォローを入れる。どうやら暗い空気というのは何となく避けたがる傾向があるらしい。最近は特に、だ。
「えっと言いたくないのなら聞きませんけど……」
「え?ここまで言ったからには止めてでも言うわよ?」
「あ、はい……」
遅かったのか、それとも最初からフォローする必要が無かったのか。どちらなのかは判断が難しかったが、どうやら聖羅を止めるのは難しいようだ。大和も苦労しているのだろうか、などと考えてしまうのは失礼か。
「まあ簡単に言うとねー私も両親と暮らしてないのよ。一人暮らしってやつね」
「一人暮らし、ですか」
「そ。理由があって会うのは難しい……と言うかね?私のこれからの人生で会えるのかわからないのよ」
「それって……」
努めて明るく話しているのだが、かなりの衝撃発言である。特に護にとっては痛い程分かる話。両親に会えないのが、どれだけ辛いか。
「そこは……追々話すわ。それじゃあ私はこっち。紅野くんはそっち」
分岐だ。指を差して。
「おやすみなさい紅野くん。明日も遅刻はしないように!」
「は、はい」
「良い返事ね。また明日」
「また、明日、です」
護の言葉を待たず、聖羅は背中を向けて行ってしまう。
立ち尽くし、考える。聖羅の姿が見えている内に何か出来ないか。考えるくらいしか能が無い癖に――
「なにも、出来ないなんて……」
無力。その言葉は自分にお似合いで。そんな自分が嫌いだ。