「CODE:紅蓮」14
「チッ……いつから起きてやがった」
男が言葉を止めたのはそれが理由である。護の隣で寝ていたはずの聖羅はいつの間にか目を覚ましており、それに気付いたのだ。護は全然気が付いていないようだったが。
「あなたこそ良く気が付いたわね?動物か何か?」
「……呼吸のリズムが変わった。それを見付けただけだ」
「それもそれで……」
「相手の呼吸を読み取るのは戦闘の基本だぞ。だからって息止める奴も居るがな」
突如として二人の間に流れる不穏な空気。当然ながら護にはどうしようも出来ないのだが。一触即発、まさにそのような雰囲気が撒き散らされる車内の座席間。
「何をしに来たの?」
「彼には説明した。二度もいらないだろ」
「恐らく勧誘に……」
「承諾した?」
圧力を感じる。護は何度か小刻みに首を振る事で否定。実際男の提案を呑んでもいないし、呑もうとは――考え中だったが。聖羅からしてみれば考える間もなく首を振るべき、なのかもしれない。だがそれでも護は相手の言い分も分からず答えを導き出そうとはしなかった。だからこそ聞いたのだ。彼らが何をしようとしているのか。
「そう。それなら良かった」
「言っておくがここでやり合うつもりはないぞ」
「……そのようね。どういう理由か知らないけど」
「これも、簡単だ。あくまでもこの電車は元の世界を走っている電車と隔離はされているが、リンクしている。これを壊せば……まあ分かるだろう?」
離れているが、繋がっている。時折停車しているように感じられるのはそのせいだろうか。つまり、ここで戦闘を繰り広げようものならば元の世界の電車ごと巻き込んでしまうという事。そうなれば、どのような影響があるのか、想像するのは容易い。
「どこから聞いていたか分からんが俺は別に今すぐ戦ってどうこうしようとか、そもそも一般人に迷惑を掛けるつもりも怪我をさせるつもりもない。むしろそこら辺は『機関』の連中よりも弁えてるつもりだ」
捲くし立てるようにしながらも警戒は怠らない。
確かに彼の言う通りなのである。『研究所』の人間、研究員も含め能力者などは、どちらかと言えば周囲への配慮だとかを気にしない事が多い。蝕との戦闘時は隔離する為の空間を作るが、その中では力の限りの能力使用。度の過ぎる破壊行為は修復後の世界にも影響を及ぼすのだ。勿論それは懸念材料として毎回話題に上がる。しかし研究員もその事を棚に上げて別の研究に没頭する始末。気にしている身としては耳が痛い。
「良いわ。話くらいは聞いてあげても――」
「ああその気になってくれたのはありがたいが……すまないが俺もこの辺りで降りないと帰れなくなるんでな」
渋々自分達の非を認め、漸く重い腰を上げて話を聞いてあげようと――相当嫌々らしいが――した途端である。男はすっくと立ち上がって言うのだ。降りる、と。
「は?」
「俺にもちゃんとした生活があるんでね。これ以上先に行くと電車が無いんだよ。それじゃ、お前らも気を付けろよ。」
「ちょ、ちょっと!人がせっかく……!」
疾駆する電車の窓を開け、足を掛ける。
「ああ、返事はその内聞きに行く。良い返事を待ってるぞ」
そして何の躊躇も無く疾い闇の中へと姿を消してしまったではないか。取り残される二人。先程よりも大きく響く車内の音。そして耳に入るアナウンスは――
「……終点、近いですよ……?」
「そんな……でもまだあるはずだから!」
もう間もなく終点の駅に到着してしまいそうではあったが、まだ二駅前。どうにかなる、のだろうか。
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