「CODE:紅蓮」12
電車に揺られる一時間は意外と長い。しかもほとんど乗降者が居ないらしく、電車が風を切る音とレールの繋ぎ目を走る時の音、そのくらいしか耳に入らない程の静けさ。更にこの車両には護と聖羅の二人以外の姿もない。帰宅時間を過ぎたからなのか、はたまた所謂ブラック企業による残業なのか。好きで残業しているのならまだ良いが、給料が出ていなければ好き好んで職場に残ろうと思うような人間は少ないだろう。確かにアナザースター社――聖羅たちの言うところの『研究所』の職員は変わり者が揃って居そうではあるが。
そして静かな理由はもう一つあった。
「……すぅ」
護の隣、手摺り側に寄り掛かるように聖羅が時折寝息を漏らしながら眠っていたのだ。駅のエスカレーターを走り、まだ余裕があったのに飛び乗ると空席に満足しながらすぐ眠りの世界に。一人分空けるべきかと護は数分悩んだのだが、どうも空けるのは何かおかしいような気がしないでもない――見渡せば空席しかないが、かと言って真正面に座るのも躊躇われる――、という事で少しだけ、ほんの気持ち空間を作るような形で隣に座った。余程疲れているのだろう、と思い声は掛けず、ただ隣に。
護自身も少々疲れはあったようだ。いつもであれば考え事のいくつかは浮かんで来るのだが、珍しくそれもない。連日行われる検査に次ぐ検査。主に何が辛いのかと言えば毎回何も結果が現れない事に対する研究員の視線である。肉体的疲労よりも心労が大きい。だが自分がここで寝てしまうと起きれなかった場合、乗り過ごしてしまう心配がある。妙な使命感を頼りに起きているような状態だった。
「……」
流れ行く街並み。少ないながらも明かりが灯されており、それが線となって消えていく。ふと、瞬きをした。その一瞬。時間はそれだけあれば十分だったらし。
「……?」
首を傾げながらも変わらず窓の外を眺める護。トンネルにでも入ったのだろうか、外の景色は先程よりも暗くなっている。“暗くなっている”――?
おかしな話ではない。だが、そこには何らかの違和感がある。それは何か。揺れる電車。右から左へ動く暗闇。何ら変わらない景色ではないだろうか。否、違うのだ。変わっている。この感覚を護は知っていた。妙な閉塞感と全身を圧迫するような気配を。
「ふー……」
だが、もしかしたら思い違いかもしれない。聖羅を起こさないように立ち上がり、背後の窓へと視線を投げる。変わらず流れている景色だ。しかし、一向に明るさを取り戻そうとはしない。
「これは幸いだ」
声が掛けられた。この車両に居たのは聖羅と護だけ。しかし自分のものでもなく、聖羅のものでもない低い声。聞き覚えがある。――正面。
「っ……!?」
彼はそこに座っていた。正面の座席、足を組んで。
「少し、話をしよう」
「話を……?」
足を組み替えながら言う男の格好は、頭の先から脛の辺りまで覆う純白のローブに素顔を見せない為の仮面。まただ、彼らはまた自分と話をしようとしている。何故だ――
「ああ。能力者として、話をしたい」




