「CODE:紅蓮」09
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使う灯りは最小限。決して節電を意識している訳ではないのだが、ここはやはり『研究所』。どこにカメラが取り付けられているのかわかったものではない、という不信感からだった。そのような気持ちを抱かなければならない場所というのはどこなのだろうか。
能力の使用、身体を圧迫する特殊スーツの着用、そして模擬戦闘による精神的な高揚によって齎された火照りと汗を流せる場所。聖羅が来ていたのはシャワールームだ。冷た過ぎないぬるめのお湯が、頭から――慎ましやかな――胸を伝い、腹を滑り、足の先まで流れていく。長い髪から滴るお湯は等間隔で床に落ちては暗がりの排水溝へと向かう。
(それにしても、何で模擬戦を見せようだなんて計画を立てたのかしら……)
どの段階で今日の出来事が計画されていたのか。元気という能力者の中でも異端と思われる者を配置し、戦わせる事で何を見せようとしたのか。能力の発動条件についてだろうか、それとも使用方法、戦闘技術――?考えれば考える程泥沼に嵌っていく思考。自分で言うのも癪ではあるが、考えるのが得意とは言い難い。
その泥を流してしまう為か、蛇口を捻って水流を強めに――
「ぅ――つめた……っ!なによこれ!なんなの!」
――したはずだったのだが。どうやらこの暗がりのせいで手元が狂い、水温の調整をしてしまったらしい。無情に表示される0℃。怒りに任せて能力を解放してしまえば楽にこの設備を破壊出来るだろうが、そのような事はしない。低く唸りつつ、一瞬で冷えてしまった華奢な体をタオルで抱くようにして逃走。もう二度と、このシャワールームを使ってなるものかと呪詛の念を込めながら。
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――所変わりロッカールーム。男子用である。戦闘後、すぐに復活して立ち上がった元気は隣室の護を回収、連行していたのだ。
「それで、どうだった?」
スーツの上半身だけを開放し、鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく披露しながら元気は言う。その手には大きめな水筒――ジャグと呼ばれる約二リットルは入る水筒で、両手で抱えて飲むのだ――。
「どう、と言うのは?」
護にはその問いの意味がわからなかった。ならば聞き返すしかないのだ。
「なんかこう……感想、的な?」
「感想ですか……?」
「うん、俺も何聞けば良いのか覚えてねえんだわ。まっ、何でも良いか。そうだねぇ、間近……モニター越しだけど、能力者の戦闘を見てどうだった?」
鮮烈なまでに焼き付いた光景だ。純粋に凄いだとか、現実味がないだとか、そういった漠然とした言葉しか浮かんでこない。だが恐らく求められているのはそれ以外の部分なのだろうが、それに関しては今すぐにというのはなかなかに難しい。
「まあそんなもんだよなあ。俺は俺が楽しければそれで良かったし。頼まれたからって尋問する気も起きない」
ジャグをベンチに置き、腕を組む。
「別に能力なんざ無ければ無いで生活出来るんだからさ。急に使えなんて言われて使える方が珍しいんだ。だから『研究所』と付き合う方法を俺からのアドバイス」
「アドバイスですか?」
人差し指を突き立て、宣言。
「ここの人間の言葉なんて信用しなくても大丈夫。能力はその時が来たら使えるようになる!俺もいつか能力が成長すると思ってる!」
まるで誰かに言い聞かせるように。その誰か、とは恐らく――
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