「壊れた歯車」01
「桜……」
校門に植樹された桜が、満開に咲き誇っている。今日は始業式だ。高校二年生に進級した少年。これからの始まるいつもと同じ新たな日々に不安を感じているのか、とても元気が無い。
「やっほー! まーくん!」
その元気が無い少々丸まり気味の背中がバシバシと叩かれる。後ろに立っていたのはいかにも活発そうな少女だった。ショートカットの髪を揺らし、屈託の無い笑顔で少年を見ていた。その大きな声は周りの生徒も驚かせてしまったらしい。
「あのさ、その『まーくん』って止めない? 僕、もう高二だよ?」
「えぇー! まーくんがまーくんじゃなくなったら……誰になるの?」
「いや、僕は僕のまんまだけど……」
どうも彼はこのハイテンションな少女に振り回されているみたいだ。余計に元気が無くなったように見えるが気のせいだろうか。
「どしたの? 元気無いよ?」
「わかってるのに聞かないで……一応言っておくけど、今日は父さんと母さんの命日だから……」
無理に笑って玄関へ向かって歩いていく。少女はその後を追い掛け、すぐに並ぶ。
「あっゴメンね。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「ううん。泉川さんは……元気付けようとしてくれたんだよね……ありがとう。……何か湿っぽくなっちゃったね」
「よしっ!話題を変える!」
泉川 奏。スポーツ万能ではあるが、勉強はとても苦手である。持ち前の明るさと常日頃ハイテンションで、周りを惹き付けるムードメーカーだ。そして、少年の過去を知る数少ない友人。
「今年も同じクラスになれれば良いね!」
女子からこんな言葉を掛けられて嬉しくない男子はそうそういない。
「……どうせ、宿題目当てでしょ?」
しかし奏の目的が分かっている少年には、何とも感じなかった。もし、同じクラスになっても腐れ縁だ、で片付けるだろう。確かに彼女も可愛い部類に入るが友達の域を出ない、らしい。
「うぅ、お見通しね。さすがは紅野 護君! やっぱ頭が良い人は違うねー」
「勉強が出来るのと頭が良いのは違うよ。僕にはこれくらいしか取り柄が無いからね」
紅野 護、奏とは性格的には正反対で、成績優秀――奏が特別悪いと言う訳ではない――な少年だ。ただ、少し人見知りをしてしまうところがあり、友達は多いとは言い難い。人と話す事も、余り好きではないみたいだ。
「えぇっと……あ、僕は七組みたいだね」
名列表を指でなぞり、すぐに見つけた自分の名前。護はあ行なのでほとんどの場合、一番上をなぞって行くだけで簡単に発見出来るのだ。奏がニヤニヤと笑っているのは、気のせいか。
「もしかして……?」
「ふふふ……私も七組!」
「何というか、もうホントに腐れ縁だね」
小学校からずっと同じクラスなのである。まさかここまで一緒になるとは思わなかっただろう。
「それじゃ、またよろしく!」
「そろそろ宿題は自分でやってよね」
「あ、あはは……なるべく頑張る」
こうして、護の新たな生活が始まった。胸には期待と、それを上回る不安を抱えて。勿論、護が心配性だというのも関係してはいるのだが。