第8話 ニカニカ、ファッションショー
この話から旧版とは違う展開となります。とはいえ次の話はほとんど旧版のままですが。
「──はぁ……、今日は疲れた……」
夜七時頃、様変わりした自身の部屋の中に倒れ込むように座る沙耶。その座り方も、しっかりと女の子座りである。
「社長ったら……何があったのか知らないけど、あそこまで怒ることないんじゃないかな」
その後、なかなか静まらぬ翔子の怒りを他の社員の協力の元に何とか抑え込めることには成功した。
しかしその恨みは相当根深いものらしく、翔子は社長命令と称して、女装特訓の新しいステップを行うようにと言った。
「常日頃からの女装」。今回の一件について知らない家族、友人などの知人の目の前以外ではいつ何時も女装し、女としていろということであった。
元からこのステップは行うつもりであったのだろう。沙耶が家に帰ればそこにはウィッグや女物の服、下着、化粧品、スキンケア用の道具、女声のレッスンと化粧テク指南書から姿鏡と化粧台、クローゼットまでが置かれていたのであった。
女装で街を歩いている最中に、社長命令で社員によって運び込まれたのだろう。鍵開けの技術や道具を持つ者など、あの会社なら腐るほどいる。
「プライバシーは無いのですか私には……」
流石に監視カメラが付いていたりはしないが、毎日女装を確認するとのことだったので恐らく無理矢理な方法をこれからも取られるのだろう。
ため息を吐きつつ、とりあえずご飯は食べてきたので何をしようかと思案する。風呂は勿論入るとして、テレビも今日は特に見たいのが無い。
さて、どうしようかと思った時、沙耶はふと姿鏡に映った自分の姿を見てみた。
「改めて見てみると、やっぱり私って綺麗……なんだよね…?」
女言葉や仕草が上手くなったといえども、基本沙耶の思考などは浩文と変わらない。
ようやく落ち着くことができ自分の姿を改めてまじまじと見た沙耶は、昨日までの女装とは確実に何かが違うことを感じ取った。
「…………」
服装は先ほどまでのOL風コーデではなく、爽やかなワンピースだ。クーラーが取り付けられた(昨日まではなかったので、大方これも会社の仕業だろう。電気代も払うから遠慮なく使えと書き置きがあった。太っ腹)この部屋だが、まだつけるような時期では無い。それでも初夏を感じさせるような暑さはあったので、風通りのいい女性の服は着ていて気持ちがいいのだった。
妙に丈の低いワンピースから覗く太ももは手入れが行き届いており、太ももフェチというほどでは無い沙耶でも、思わず見惚れてしまうほど。
鏡に映った女の子が、顔を赤くし右手で自分のウエストを触っては、もじもじする。彼女は何となく、近頃プレイしたエロゲの女装主人公のことを思い出した。
すると彼女は迷わず、自分が可愛く映ると思ったポーズを取り始めていた。
「こう……かな?」
まずは右足立ちで立ち、尻を突き出すようなポーズを取る。美しいラインの左足が目を引いたが、ストレッチによって肉付きよくされたお尻と、そこに食い込んだショーツがくっきりとワンピースに浮かび上がり、恥ずかしくなって慌ててポーズを取りやめた。
次は化粧台の椅子を持ってきて座り込み、膝に手を当てて上目遣いで物欲しそうに鏡を見てみる。おねだりしているような女の子がそこにいることに、沙耶は満足した。
鏡の中の女性に魅入られたように、沙耶は更にポーズをとっていく。
唇に人差し指を当て考える様。
腕を上げ、すべすべの脇で魅了するような様。
床に座り足と足の間をチラ見せさせる様。
もじもじと手を後ろに回し、恥ずかしがるような様。
前かがみになり、下から顔を覗き込むようにする様。
寝そべり、膝から下の足を上げて、頬杖をついて何かを誘う様。
髪を色っぽくたくし上げたり、グラビアアイドルのようなパーズだったり、知っている女性キャラの仕草だったり、とにかく可愛い、美しいと思える様を沙耶はどんどん取っていった。
広げれば、沙耶が寝そべってもほぼ全身が映るほどに高く長い三面鏡は、その姿を余すことなく見せてくれる。そしてピンク色の可愛いワンピースは、沙耶の可愛さを引き出す役目には抜群であった。
(うん……いいかも、こういうの…)
体が熱くなるのを感じて、身震いした。自分の姿に欲情しかけているのは間違いない事実と化している。
沙耶はナルシストではないはずだ。それでも、そこにいる自分の姿を愛でるのは必然としか思えない。それほどに魅力的だった。
(…………んっ)
心音が、やけに激しい。頭の中の何処かでは止めなければと思っているはずなのに、ポーズを取ることを止めることができない。
ポーチを取れば取るほど、興がが乗れば乗るほど、鏡の中の『オンナのコ』が可愛く、美しくなっていく。
見せたい。魅せたい。例え自分自身にだろうと。その隅々まで。
ふと、沙耶の意識が鏡からずれた。意識が向かった先はクローゼット。
先ほど、中を確認した時にあった『それら』を思い出し、沙耶はツバを飲み込みながら恐る恐るクローゼットに近づいていく。
中にかけてあったのは多種多様な服の数々であった。
様々な種類の私服から始まり礼服やスーツ、寝巻き。もちろん全てレディース、女性用である。
これだけならまだいい。が、何故か確実に日常ではまず使用しないような服が大量に完備されていた。隅に追いやられた数着の男性服がやけに痛々しく感じた。
こんなのいつ着るんだ、と思った数十分前の沙耶であったが
「今なら──」
* * * * *
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
鏡の中で、スカートの裾を少し持ち上げながらお辞儀する沙耶。
にこやかな可愛らしい笑顔を浮かべ、頰に当てた指がまた少女らしさを誘っていた。
しかし、その顔は熟したリンゴのように一気に真っ赤になる。
「さ、さすがにこれは恥ずかしすぎる、かな……」
彼女が来てるのはピンクのメイド服。それもフリフリが大量についた胸回りしか隠さないエプロンに短いスカート、おまけに袖が分離しているという、ヘソも肩も太ももも丸見えなデザインの物だ。こんなの秋葉原のメイドカフェの店員だってそうそう着ないだろう。
「可愛いには可愛いんだけど……」
とはいえここ数週間で清香に連れていかれたエステや教えられて自分で手入れした沙耶の腕や脇は健康的な細さや肌の白さになっていた。女性で十分通用する、むしろ一部には余裕で勝ち誇れそうな綺麗な腕や脇の持ち主へと、沙耶はなっていたのだ。
ちなみにヘソは男性と女性で位置が違うため、ヘソが出る服には注意らしい。女装生活で培った知識は意外なことで知らなかったことも多い。
「さて、と………うーん………よし、次はこれにしようかな」
恥ずかしさのあまりまだ頰を染めながらも、クローゼットへと近づいていく。
そしてその中から一着のニットワンピースを取り出す。春物で少し季節外れだが、クーラーをつけているおかげで暑かったり汗を掻くことはない。
そう。現在、沙耶は自身の部屋でひとりファッションショーを展開していたのだ。
すでにクローゼットにあった和洋中古今東西のメイド服、チャイナ服、スーツ、様々なタイプの私服、学校や喫茶店など多岐に渡る多くの制服など数十着は着ており、その都度ウィッグを変えたり、ポーズをとったりと鏡に自分の姿を写しながらそれを見て楽しんでいるのだ。
「このベルトとタイツ……いや、ストッキングにしようかな……うん、いい感じ」
鏡で確認した後、先ほどのメイド服を沙耶は脱ぎ出す。服にはそれぞれハンガーにその服の着方や整理の仕方などが書かれた紙が貼ってあり、着脱にはそう時間はかからなかった。
メイド服を元あったように直し、あっという間に下着姿になる沙耶。ふと気になって下着姿で鏡の前に立ってみる。
水色のブラは中に入れてあったパッドを外しており、もちろん女性のようなおっぱいなどないため、ぺたりと胸元に張り付いていた。
ショーツも水色の可愛らしい、フリルであしらったものだ。その可愛らしさがそこから伸びる脚やくびれ、大人の色香を醸し出すお尻の魅力を底上げしている。
しかしショーツの、脚の間部分にはくっきりと男の証拠が浮かんでいるわけで。
「……っと、いけない。いけないっと…深呼吸……」
下半身に血が集まりつつあるのを感じ、慌てて目を逸らす。沙耶は浩史よりも思考や目線も女性的だが、好みなどは浩史ベースだ。可愛らしい下着をつけた女性のような自分の姿を直視してると、ついつい背徳感で変な気分になってしまうのだ。
「はぁ…もう完全に戻れなくなっちゃったなぁ…」
少しため息をついてしまう。が、
「うん。やっぱりストッキングで正解だったかなー。大人っぽくていい感じ♪」
それも先ほど選んだ服を着た頃には、頭の中から抜けているのであったが。
「これならポニーテールも試してみようかな」
そう言いつつ種類豊富なウィッグを物色する。リボンなどの頭髪用のアクセサリーも豊富でこれを付け替えるだけて選ぶでも、かなり楽しむことができる。女子の買い物が長くなるわけである。
「──そういえば、これ全部会社が運び込んだのかなぁ…」
気にしてなかったが会社の目的としての女装生活にはあまり必要ないタイプの衣類が多い気がする。もちろんこれも何か翔子の意図があって、ということも考えられるが。
「……まぁいっか。楽しいし」
鏡の中の自分を見て笑みを浮かべる沙耶は、まだまだある服の数々を見て更に気持ちを高ぶらせるのであった。
結局この日は四時間以上の時間を、沙耶はひとりファッションショーに費やすこととなったのだった。
* * * * *
そして沙耶は知らない。
カーテンを閉め切り、外部から中を伺うことができないはずの部屋の中で、女装して楽しそうにはしゃぐ様子を見ている誰かがいることを。
部屋に置いてある大量の服がほとんどが翔子たちの運び込んだものではなく、別の誰かによって直接持ち込まれたことを。
そしてそれと同時に、部屋の天井の四隅の角に超小型のカメラが設置されてたことを。
「いい……いいわぁ……この子、とてもいい……」
そのカメラからの映像ごしに自分の姿をリアルタイムに舐め回すように清香が見つめていたことを。
沙耶は、知る由もなかった。
「うふふふ……」