第7話 お姉様とお呼びにならないで
「──で、その後絶頂した奴の痕跡を店員や客に見つからないように秘密裏に処理、ショーツやスカートを変えるためにランジュリーショップなどを回るもその都度奴が震えと絶頂の腰砕けを繰り返し、挙げ句の果てに休むために入ると言ってお前をホテルに連れ込んで『やらないか』か……変態だ変態だとは思っていたがここまで悪化しているとは……」
本気で頭を抱える翔子の様を、"沙耶"は初めて見た。これは清香が目覚めたというのも彼女がきっかけではあるかもしれないが、戦犯かどうかも怪しくなってきた。多分、清香も元からそういう可能性を自分と同じように抱擁していたに違い無い。
「そんな性癖だから社長は清香さんに私をこうするように頼んでんですね……。清香さんが上の口からも下の……口では無いか……ヨダレを垂らしながら私に馬乗りされた時は、男に童貞を奪われると覚悟しました……」
その清香はと言うと、馬乗りされた際に苦しまぎれに沙耶が放った「私の、童貞を……頂くの……? お姉様……」でまた絶頂したらしく、沙耶によって呼ばれた応援に縛られて会社に連れてこられた後もしきりにいい声で鳴いていた。一体どれだけ性欲が強いのだろうか。呆れたものだ。
最初あったときの美人像は既になく、沙耶と浩文の中では今や彼女は「変態」以外の何でもなかった。
「バージンを奪われなくて良かったな。……しかし、数時間で見事に"女"になったもんだわ。もうお前、それで生きてけば? 正直目覚めたでしょ?」
「もぉ、意地悪言わないでください社長。それに、ちゃんと男にも戻れるんですよ。沙耶と浩文のスイッチの切り替えができるようになったんですから」
「ん?そりゃどういうことだ?」
沙耶にもうまくは言えない。が、"浩文"と"沙耶"という"男"と"女"のスイッチが入れ替えられるようになったとでも言うべきだろうか。
"沙耶"として目覚めた際には気づかなかったが、車で会社まで送ってもらう最中にふと気付いたのだ。
「どういったものでしょうか……少し意識すると"女"になれると言うべきでしょうかね…」
「二重人格みたいなものか?隠れていたもう一つの女性人格が目覚めたとか」
「いえ。そういうのとはちょっと違うんです。"沙耶"になっても私が女性が好きなことやオタクであること、あと興奮することなんかは"浩文"の時のままなんですよ。ただ女性に妙に接しやすかったり、女の子の言葉遣いがすらすら出たり…」
「そうか。まぁ、本当なら男の味を知ってもらって、心の奥底から女になってもらうのがベストなのだが」
「…社長? 私が『……男なのに……男なのにぃ!』的な展開に陥った方が良かったってこと?」
「ほんといい声で鳴くなぁ……清香が限界突破するわけだ。そうなれば、女子校の生徒に手を出して童貞卒業なんてエロゲ的イベントが起こる確率も低くなるしな」
何となく、この発言が頭に来た。今までの不安が溜まっていたのか、はたまた清香がああいう行動に出ることを知っておきながら、止めるどころか自分に注意を促さなかったことが気に入らなかったのか。
ともかく、沙耶は翔子に対し少し怒りに似た感情を抱いた。
浩文であれば、この時は容赦のないツッコミを入れていたことだろう。しかし、今は沙耶だ。
女性の思考故か、それとも沙耶がただ意地悪いだけか。
彼女は微笑むと、翔子に向かい会った。
「あら? 女の子も女の子に欲情するんですよ? 知らないのですか?翔子姉様」
すると、目に見えるように翔子が反応した。一瞬で眼光が冷たく、鋭くなった。
「…………おい。その呼び方はやめろ」
「? その呼び方って?」
「私のことを、姉様何て呼ぶな。女装男」
間違いなく過剰な反応だ。この呼ばれ方に、何か深いトラウマでもあるのかもしれない。
面白いことを知った沙耶は静かに笑うと、再び先ほどの微笑みを顔に貼り付けながら、しきりに翔子のことを呼んだ。
「えぇ? いいじゃないですか、翔子姉様っていう呼び方。可愛いし、頼れるお姉様って感じですよ。私は私をこんなことにした発端である翔子姉様のことをとても尊敬しています。翔子姉様のおかげで私は目覚めたのですから、ですから翔子姉さ」
次の瞬間、一陣の風が沙耶の頬のすぐ横を通り過ぎた。一瞬で目の前の翔子が槍を投げた後のようなポーズを取っており、恐る恐る後ろに振り向けば、社長室の壁にはビリヤードの棒がダーツのように地面と平行に刺さっていた。
壁と垂直に突き刺さるように放たれたそれは、恐らく社長席の隣に置かれたゴルフバックの中に入っていた物だろう。
清香の喫茶店での絶頂ばりに顔を青くした沙耶がゆっくりと前を向くと、そこには物凄いいい笑顔をしている翔子の姿があった。
「その呼び方で呼ぶな。な?」
よく見れば、彼女の目は全く笑っていなかった。鬼をも射殺しそうな眼光に、沙耶の冷や汗の量が更に増える。
「は、はい………………」
答えを間違えば確実に殺られていた。沙耶はそう確信した。