第4話 変態師匠はアバレまくり
「さて……化粧がどれほどの物か分かったところで、次のステップ行きましょうか」
少女のように笑う清香と「沙耶」という源氏名のような何かを強制的に付けられた浩文は現在二人きりであった。
先ほどまでは社員達の見世物小屋状態だった会社のメイクルームであったが、これ以上は仕事に支障が出るとして、社長の掛け声で全員が己のやるべきことに戻っていた。成る程。切り替えが早い上に隠蔽ができているからあのような変態ばかりだと見抜けないわけだ。
「うん。やっぱ清楚でいいわねー。これで女の子の服なんて着せたらもう……」
「あの…………やっぱ次のステップって」
「御察しの通りよ」
床に不自然に置かれたダンボール箱。その中から清香がある物を取り出した。
「──じゃーん☆ブラとショーツよ」
その瞬間、ダッシュで逃亡を図ろうとした浩文だったが、部屋の入り口近くで仁王立ちする大久保と斎郷の姿を見て断念する。
「ぐっ……警備は万全か……!」
と、予告無しに後ろから手を回され何者かによってベルトが一瞬のうちに外された。当然、犯人は清香だ。
「あの……清香さん? 何を──」
予想していたが起きて欲しくないことが起こった。
──ズボンごと、パンツが一気に引き降ろされる。
「!!!!?」
「あらあらー。可愛いわねー。ぱおーん♡」
妙に彼女(?)の血色が良くなったのは、見間違いではないだろう。
いくら男性とはいえ見た目美女の清香に自身の息子を凝視され、流石の浩文も羞恥心で赤く染まった。
「何ガン見してんですか!? やめて下さい見せるものじゃないんですから!!」
「ふふふ。私のも見」
「見ねぇよ!?」
そして股間に意識を向けた瞬間、上半身も真っ裸にされた。目にも留まらぬ早業で。
「いいわねぇ……けどちょっと無駄毛が多いかも……」
産まれたままの姿となり、何か変な気を放つ清香から壁際に向かって浩文は後退していく。
「うん。つるっつるにしましょ」
「あ、あの? 清香サン? 何を……」
「さ、オネーさんと一緒にシャワールームに行きましょう。安心して、性別は一応一緒だから」
「いやいや……なんかそれだけじゃ済まない気がプンプンと…つーか逆に怖い」
「ふふふ……その毛全部なくしてぷるぷる美肌にしてあげるー。アームストロングの周りまでつるつるにしてまじまじと見てあげるー」
「分かった! やっぱりあんたも変態だな! え、いや、ちょっと待って──」
──社内一の腐女子を自称し、幾人もの社員を沼という毒牙にかけてきた黒田貴美曰く、女声の練習もしていないのにその叫び声は正しく女性そのものだったという。
* * * * *
数分後、シャワールーム前の洗面所兼簡易更衣室。
「うう…………俺もうお婿にいけない……」
「ふぅ。眼福眼福」
膝をつく浩文と比べ、清香の肌の血色は良く心なしか潤いのようなものもあった。この人は生気を吸い取ってこの美貌を保っている変態──あるいは妖怪の類なのだろうか、と半泣きしながら浩文は思う。
「あながち間違いでもないかもね……翔子もよく『何でお前私と同じ年代のくせしてそんなに若女将とか若いスナックのママみたいな感じなんだよふざけんな』とか言われるわねー」
「……もうなんで思考読めるのか教えてくれません?」
「若さの秘訣は、若い子たちを可愛がってエネルギーを補給してるおかげよ」
「──あんたもしかして、俺の女装師匠を買って出たのって俺のを奪うため………」
「冗談冗談」
ちなみにこの人も社長も自称三十代手前だとか。一方はそんな齢で立派に会社の社長を務め、様々な方面から信頼のある敏腕で、もう一方は落ち着きのある、それでもかなり複雑そうな人生を送っていると思われる。どちらも、人の心を読む力を得ていることを何故か不思議には感じられなかった。
さて、無駄毛という無駄毛が駆逐された浩文の前に置かれているのは、他に言いようもない女性服と女性下着。
「これを着ろっていうんですか……」
「何なら履かせてあげてもいいわよ」
一瞬本気で叩き出そうかと思ったが、ブラジャーなんかは自分でつけるのは無理そうだと考えて、その気持ちを堪えることにする。
「しかしこんなものを自分で、しかも長期間履くことになるなんてねぇ……」
別に今までアニメや漫画で幾らでも見てきているし、実物も勿論見たことはあった。家では洗濯物の片付けを手伝わされたこともあるので、触ったこともまぁ無くはない。
が、それと自分が履くのとでは大間違いだ。
ショーツを両手で掴み、目の前で広げてみる。よくアニメや漫画なんかのパンチラで見えるような布地が、間違いなくそこにはあった。しかもその中でも派手な部類の。
「……穿かせてあげ」
「いいです」
ここは素直に穿く方の地獄を、浩文は選ぶことにした。
突然だが浩文は下着にはゆったりとしたトランクスを好む派だ。ブリーフなぞ小学生以来履いたことがない。
だからこそ、ショーツという未知の圧迫感は浩文に味わったことのない微妙な感覚を与えたのかもしれない。
「……っ」
ぴっちりとした小さな布地に、彼は喘ぎ声にもならない声をあげる。
(あ……この感触は結構ヤバいかと……)
「──ショーツに興奮しちゃった? 可愛い変態さんね」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? 気配感じさせずに背後に回り込むのやめてくれません!?」
心臓に悪いという行為を身を以て体験する。一々この人は人を驚かせなければならない性分なのだろうか。
「ごめんなさい。けどここ、感じちゃったんでしょ?」
すると清香は背後から手を回し、浩文のショーツにできた不自然なふくらみの部分を指で撫でてきた。
ツーと言う音と共に、浩文のそれが目に見えるように震えた。
「はぁうん!?」
「ほらほら。中々病み付きにならない?」
「ちょ、止め、ひぃんっ!?」
ヤバ……、と浩文は感じならがらどんどん深みに陥っていく感覚を得ていた。
「どう? むず痒い感じがきて、骨抜きとは言わないけど体がびくつくでしょう?」
「くぅん!? ……んっ……」
喘ぎ声は、先ほどのように男声だというのに妙に色っぽかった。自分の喘ぎという本来なら萎えるはずのそれが耳の鼓膜を震わすごとに、更に細部が敏感になる。正にデスループ。
(さすがにこれは……いや気持ちいいけど……けどこれが続くと……ヤバイっ…!)
「はぁ…………はぁ…………」
「ほらほらぁ。息が荒いわよぉ」
清香が一本だけでなく四本の指を使って、今までよりも強く撫でてきた。少しずつだが浩文の息が荒くなる。このままでは──。
「あれは今日十回はイケる」
「俺はあの二人の絡みでおかずにデザートを嗜むわ」
「じゃあ私はそんなあなた方とあと二人のやるところで」
「「ちょっと待て」」
「やっぱりあそこの二人が受けも滾りますが、あなた二人が受けというのもそれはそれで……」
「「お前が一番キモい!」」
「50歩100歩じゃボケェェェ!!」
浩文の投げた洗面台のコップ、歯ブラシ、歯磨き粉が洗面所を覗き込んでいた三人にクリーンヒットした。