第2話 異界ジジョウ
伊藤浩文。
年齢は18歳。都内にある私立大学に入ったばかりの文学部史学科の大学一年生。将来の志望としてライトノベル作家を目指しており、何度か賞を受賞している。校内ではこれと言って特徴のない一生徒であり、交友関係は少ない。所謂オタクという人種であり、女装経験は0かと思われる。高校時代までのアルバイトなどの経験は無く、今年5月に警備会社エコーディオン・フォールディン・フォーカス社にアルバイトとして入社。
(とある探偵社からスノーフレーク学園への調査報告書より抜粋)
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金曜日の夜をこれだけ憂鬱に過ごすのは中々ないだろう。
浩文はトボトボと歩きながらため息を吐く。会社で時間を費やし、楽しみにしていた金曜ロードショーの怪獣映画を見ることができないことも、その一因となっていよう。録画しているが、やはりリアルタイムで見るのとではまるで違う。
もちろん女装の件がこの憂鬱さの原因になっているのには間違いない。
あの後何とか今日女装することは避けられたのだが、それも翔子が「やはり訓練するならその道のプロに任せた方がいいだろう」と言い出したからである。本当にあの人の気まぐれはどうにかしてほしい。
かと言って変なところでは最後までやり遂げる芯の強さを発揮する。彼女が自分の考えを変えることは無いだろう。
このままフケようかな……、とも考えてみるが、到底彼らから逃げ切れる気はしない。
今日で何回したかも分からないため息を吐き、そして女装潜入に次ぐ懸念について考え始めたのであった。
「『スノーフレーク学園はリーブティアにある』……か」
リーブティア。浩文も名だけは知っている。
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事の発端は五百年以上前に遡る。
とある異世界同士に「原始門」と呼ばれる、異界を繋げる門が発生した。「原始門」によって繋がったことにより、今まで伝承や想像の中でしか無かった異世界を、彼らの目と耳を持って実際に認知することになった。
問題は繋がった異世界の数である。
その数、九つ。それらの世界が、同時に繋がってしまったのだ。
歩んだ歴史も、文化も、発展した技術も、考え方も主義も主張も宗教も、あるいは人種や種族もまるで違う異世界が、九つ一斉に。
中には人類がおらず、人類とは根本的に誕生や進化の仕方が違う「神」や「亜人」が繁栄している世界もあった。「魔術」一つにとっても、出自は同じでもその形態や思考経路が大いに違った。
まだ何もかもが発展の途中であった世界の数々はお互いを脅威と定め、お互いの存在を否定した。
結果起こったのは戦争だ。
外敵を滅ぼすために幾つかの世界の国々は完全に戦争を止め一体となり、幾つかの世界は外敵が攻め込んできた際だけ協力するようにした。
そこから先は数百年に及ぶ泥沼の戦いだ。
魔術と科学がその武器を撃ち合い、魔術で作られたホンムンクルスがと人が駆る機動兵器へと殺到する。亜人と神の恩恵を受け取った冒険者が斬り合い、妖怪と悪魔が激突する。魔術によって使い魔となった過去の英雄と科学技術により過去の英傑の力を得ることになった者が、伝説に名高い武具を振るう。
魔術、魔法、魔導、錬金術、科学、超技術、異端技術、超能力、スキル、降霊術、術式、スペル、生命力、気、魔力、巫力、霊力、波導、言霊、抑止力、夢、星の力、霊、精霊、妖精、英霊、神霊、天使、神、悪魔、魔族、異種族、異族、妖怪、化物、怪物、竜、幻想種、魔獣、怪獣、獣神、宇宙人、モンスター、吸血鬼、死徒、真祖、ゾンビ、ゴーレム、ホムンクルス、竜牙兵、ウイルス、寄生種、亜人、魔人、超人、アンヒューマン、神の子、聖人、賢者、賢人、異族、魔神、魔王、アンデッド、幻獣、聖剣、魔剣、神器、宝具、神具、霊媒、霊装、遺産、ロボット、アーマー、スーツ、カード、サイボーグ、機動兵器。ありとあらゆる異能がお互いを削り、潰し、争う。本当の意味での、世界戦争。
が、それも今や過去の話だ。
150年もの間続いた戦乱も、もう三百年以上も昔の話となった。
たかが数百人の人物の行動によって戦乱は収まり、複数の異世界は共存の仕方を模索し始めた。苦難と苦悩ばかりの連続であり、その間も争いは幾度となく起こった。後世から見たらもっといい方法があるだろうと言いたくなるような、そんな道のりであった。
それでも結果として9つの異世界は共存の道のりを見つけ、それを勝ち取った。
技術を否定するのではなく交換し合い、種族を否定するのではなく共に生きていく。完全とは言い難いが、それでもお互いを見ただけで拒絶し合うことは無くなっていった。
戦乱の中生まれた人の赤子が老人になり、その老人の子のまた子が老人になり、そしてその老人の子が生んだ子が大人になる頃辿り着いた現在。二十年前に新たな発生した二つの「原始門」によって二つの異世界が新たに繋がったり、計11となった交差し合う異世界を渡る船があった。
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浩文が生まれたのは、二十年前に新たに繋がった二つの世界の一方である。
魔術などの異能も無く、科学がそれなりに発達した世界。他の世界に比べれば、見劣りするかもしれない物だ。
だが、この世界には他の世界に負けない誇れるものがあった。
創作を始めとした文化だ。
日本国を挙げての文化押しが功をなし、今や日本の文化は異世界まで普及し、多くの少年少女に受け入れられているとか。
原始門発生当時は相当な騒動に発展したらしいが、騒動が沈静化する頃に浩文は生まれので浩文にとってこのことは生まれた頃からの現実である。それを裏付けるかのように、浩文は何度か人間以外の種族を見たことはある。
異世界とは浩文にとって創作ではない現実であり、それ以外の何物でもない。
「でも、リーブティアねぇ……」
「リーブティア」は世界を航海する超弩級航空都市艦と、その上にある都市の名称だ。
全長は四〇キロメートルを越し、横幅も七キロメートルの長さという規格外の大きさを持つこの艦は、文字通り「異世界を渡る」ことが可能な唯一の都市である。
その特殊性からか異世界各地の文化、歴史、文明や技術が流れ込んでくるこの街には必然的に、様々な人種・種族が集う。
「リーブティア」は異世界を航海する船であると同時にあらゆる異世界の、一種の交差点でもあるのだ。
──というのが浩文の知るリーブティアについての情報だ。イメージ的には学園都市や絃神島のようなものだと思っている。
と言ってもそんなに遠い場所でもない。行こうと思えば東京駅からでも人為的に開かれた原始門を通る列車で行くことが可能だ。ちなみに片道三万円程度。国を渡るようなものならば妥当な値段だろう。
「一度も行ったことないけど、結構出入りが厳重にされているとか何とか言ってたなぁ……」
ちなみに翔子は行ったことあるらしい。お得意様がいるとかで特殊なパスポートも持っている始末で、それがあればリーブティアへの電車代が国際線レベルから新幹線レベルに下がるらしく、審査も手早く済むようになるらしい。ちなみに、浩文にも同じのが手渡されるとか何とか。
「……こんなことで行きたくなかったなぁ」
いつかラノベ作家としてこの目で見に行き、ネタを得たいと思っていたが、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
ようやく自宅のマンションが見えてきたことで少し伸びをして、あと少しの距離を早めに歩きさっさと風呂に入り寝ようと考えるのだった。