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第12話 乙女の以下略 後編

「おい……あれ見ろよ」


 普段なら通勤ラッシュの時間帯。多くの学校が夏休みに入りつつあるので、いつもほどではないが人で混み合った、平日の駅のホーム。


 列の後ろでいつものように反対の線の女子高生たちを眺めていた男子高校生の2人組は、ふといつもは見ない2人の美女の存在に気づいた。


「おぉ……可愛いなぁ。女子大生の…いや、会社なんかの先輩後輩って感じか…あるいは普通に友人同士か」

「あの親密さから言えばレズカップルという可能性もワンチャン!」


 仲良く会話する様子からかなり親しい間柄と推察できる彼女たちの姿に、思春期真っ盛りの男子高校生2人は様々な妄想を膨らませた。


「……まっきー(あだ名)。お前、どっち派?」

「俺は……あの後輩っぽい人かなぁ。清楚そうな見た目の中にある溌剌とした雰囲気…少女がようやく大人の女性に足を踏み入れたって感じでいいなぁ…」


 白いフリルで彩られたノースリーブにふわっとしたシルエットの膝丈スカートをした美少女に熱いまなざしを向ける片割れの男子高校生。もう一方の男子高校生も顎に手を当て、納得するかのようにうなづく。


「うむ、すごいわかる……だけど俺っちはやっぱりあっちのお姉さんだなぁ」

「やっぱお前年上好きだなぁ」


 白のオフショルダーと紺のスカートという落ち着いたファッションを着こなす、凛とした雰囲気を持つ女性。髪も上品なサイドテールにしており、大人の女性の魅力を余すことなく表している。


「くぅ〜! やっぱいいなぁ! おねぇさん!!」

「じゃあお前、声かけてこいよ」

「ちょ、待てよ。なんで俺ちゃんがっ」

「好きなんだろ? お姉さん。いいじゃん。あんな上玉なかなか見かけられないぞ」

「元はと言うとお前が言い出しっぺだろ! お前が行け!」


 どっちが先に声をかけるかで揉める2人だったが、無情にも声をかける前に彼女たちはホームに到着した電車に乗り込んでしまい、機会を完全に逃してしまうのであった。


「あ……」

「いっちゃった……」


 2人の少年の残念そうな声は駅の喧騒の中に消えていった。



 *  *  *  *  *



 もちろんのことだが少年2人の妄想を掻き立てるだけ掻き立てて去っていった美女の正体は「彼ら」なわけで。


「沙耶ちゃん、気づいてた?」

「あの高校生くらいの男子たちのことですか?」

「そうそう。沙耶ちゃん、随分熱が篭った視線を貰ってたじゃない」

「そういう那月さんだって、あの背が高い方の男の子があつーい視線を寄越してたじゃないですか。お互い様ですよ」


 満員に近い状態の車両内で、静かに笑い合う沙耶と那月。


「でもこの短期間で、この中で見惚れられるくらいになるんだから、沙耶ちゃんは誇っていいわよ? 私はここまで堂々とできるのにもう少しかかったもの」


 そう言うと顔ではなく視線だけを動かし、あたりを見渡す那月。それにつられて、沙耶も後ろを振り返る。


 見ると前後左右を女性に2人は囲まれてた。2人とも並みの女性より背が高いとはいえさすがに車両内全部を見渡すことはできないが、おそらくその向こう側も全員女子なのだろう。


 それもそのはず。2人が現在乗り込んでいるのは女性専用車両であった。


 那月による沙耶の特訓も今日でいよいよ最終日。今日の夜には那月はリーブティアにあるという自宅に帰ってしまうというので、最終試験と称してのここまでの努力の成果確認と特訓終了のお祝いを兼ね、2人でお出かけすることになったのだ。


「けど、本当に制服姿の子ばかりですね…」


 女性専用車両に乗ること、それも沙耶の最終試験の一つであった。


 この路線付近にはいくつかの女子校があり、特にそのうちの一つは名門として広く名が知られている学校だ。まだ夏休みに入ってないこれらの学校の、ちょうど通学時間の列車に乗るように那月は出発時間を調整していた。


「いいじゃない。試験としてはいいシュチュエーションだしね」


 実は沙耶は女性専用車両に乗るのが(普通に考えれば当たり前だが女装男子としては由々しきことに)これが初めてなのだ。


 これが人がまだまばらならなんともなかっただろうが、現実は結構な密着状態。女子高生たちの甘い匂いや柔らかい感触やらが沙耶の五感をくすぐってくるのだ。


 しかしここまで伊達に試練をこなしていない。根幹が男子である以上は女子相手に緊張や反応してしまうことは仕方ないこと。それを隠せるだけの仕草や無意識の行為を無意識に制御する術は身についていた。


「緊張はちょっとしてますけど…自信あるから、大丈夫です」

「その調子よ。けど油断してると公衆の面前じゃない場所で一気に捲るつもりだから、そのつもりで」




  *  *  *  *  *




「お待たせしましたー」


 女性専用車両での移動後、2人はアパレルショップやランジェリーショップなどを巡りながら、気に入った服や下着を買うなどしてショッピングを楽しんだ。


 更にランチに今話題となっている店のパンケーキを食べた2人だったが、移動中に沙耶がお手洗いのためにコンビニへと駆け込んだ。そして、店外で待っていた那月の元に無事に用を済ませた沙耶が現れた、というのが現在の状況だった。


「うん。早すぎず、かといって不自然に長すぎない。いいタイムね」

「トイレの時間まで律儀に計ってるんですね…」


 お手洗いの時間の調節も、大事な事として沙耶が教わったことの一つであった。


 ちなみになぜわざわざコンビニのトイレかというと、コンビニのトイレは男女別になっていないものが多いからである。沙耶の見た目と女子力であれば、いざとなれば女子トイレに入ることはできるだろうが、トラブルを避けるため沙耶はもっぱらこちらを選んでいた。外出の際はわざわざ調べていくほどだ。


 ──それはさておき。2人が次に訪れたのは。


「ここは……」


 常夏というイメージを押し出す店内。並んでいるものから先ほど訪れたランジェリーショップのことを思い出すが、やはりあちらとはまた別の雰囲気を持った場所だった。


「下着と一緒に置いてあるランジェリーショップもあるけど、下着とは別に体験させてあげようかなって思って」


 着いたのはとある百貨店に置かれた、水着の特設販売コーナーだった。あちらこちらに飾られた最先端の女性用水着の数々は、それによってランジェリーショップ以上に男という存在に対する不可侵領域と化してるように思えた。


「那月さん、水着はちょっと…」


 すでにランジェリーショップには数度訪れ、試着室の使用もこなした沙耶であったが、やはり彼女でも下着と水着の難易度の差の意識は桁違いであった。


 何せ水着は体のラインを魅せるものだ。いくら女性に似た体になろうとも骨格などの男女差はどうにもならない。ましてや下腹部のふくらみなど見られようものなら一目でバレてしまう。


「これから本格的なシーズンだし、リーブティアでは年がら年中プールで泳ぐことができるからね。授業でも使うだろうし、買っておいて損はないわよ」

「授業でなんてこんなの使えませんよ?」

「スノーフレークは特別だから……制服はあるけど、水着は逆に私物限定なの」


 なんという学校だ。沙耶は目眩を覚えた。


「安心して。フリル付きやパレオだったら多少はごまかせるだろうし、いざとなったら消すための道具や技術は色々とあるから」


 「とりあえず入る入る♪」と那月に押されしぶしぶ売り場に入って行く沙耶。当初こそ少し緊張を見せてたものの、ひとりファッションショーに盛り上がったことから分かるように沙耶はかなり可愛かったりする素敵な服や下着が好きなわけで。


「あ、この水玉模様のいいかも。けどこっちのフリルがたくさんの可愛い! …こ、これはさすがに大胆すぎる…」


 すぐに可愛い水着に夢中になっていた。水着を見てきゃっきゃっと騒ぐ姿は女子のそれであった。


 しかし、そうしていれば店員に目をつけられるのは当然のことでして。


「お客様、是非とも試着はいかがでしょうか」


 店内をぐるぐる回る沙耶に女性店員が近づいてきた。同じような出来事は何度か行ったランジェリーショップでもあったので、その時のように適当な理由をつけて断ろうとしたが


「じゃあお願いします。あとこの子恥ずかしがり屋さんなので、サイズ関係や着替えの手伝いとかは私がやります」

「えっ?」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


 いきなりしゃしゃり出てきた那月に呆気にとられてる内に、沙耶はいくつかの水着と那月と共に試着室に連れ込まれてしまった。


「ちょ、ちょっと那月さん! 試着、断らなきゃダメじゃないですか!」

「これもあの書類に書いてあったことの一つよ。それにランジェリーショップで試着室には入ったことあるでしょ?」

「そりゃあそうですけど…」


 その時のことを思い出す。事前に自分のサイズを調べたり、へその位置を隠すために試着はお腹まで隠れるタイプの下着にしたりと、様々な苦労を重ねて緊張しながらこなしたことだった。


「下着の背徳感には慣れたんですけど、水着はまだ……しかもワンピースタイプとかならまだしも、それじゃあお腹丸見えじゃないですか!」

「あはは…実を言うとね、沙耶ちゃんの合格祝いの記念に水着をプレゼントしたいと思ったのよ。これ、可愛いって言ってたでしょ?」

「……確かにそうですけど…でも……」

「とりあえず来てごらんなさい。お腹に関しては沙耶ちゃんに秘策を授けてあげるから」

「まぁそう言うなら…」


 渋々と水着へ着替え始める沙耶。同性とはいえ恥ずかしいので那月に背を向けながら、ショーツのみを残して他は全て脱いでいく。


「…ど、どうですか」


 ひとりならばまだ幾分かウキウキで着替えていただろうが、初めての水着姿を見られるというのはかなり来るものがあり、沙耶の顔は真っ赤だった。


「とっても可愛いわよ。これならバレるどころか、ナンパが来そうなレベルよ」


 太陽を表現したようなオレンジ色の水着は胸こそないものの、短いパレオから露出する美しい砂浜のような脚とあいまって、沙耶の魅力をより高めることとなっていた。沙耶も鏡を通して見る水着がよく似合う自分に満足はしていた。


 すると那月がなにやらカバンから取り出し、その中身を手にのっけている。どうやらなにかのクリームのようだ。


「沙耶ちゃん、しばらくじっとしていてね」

「那月さん? 何を──あうぅ!?」


 変な声を出してしまう沙耶。那月が突然手につけたクリームを沙耶のお腹に塗り出したのが原因だ。


「ん、あ、なにをするんですか…んぅ」

「ごめんだけど抑えてちょうだい。あんまり変な声出すと店員に怪しまれるから」

「そんなこと言われたって…んぁ」


 沙耶もなるべく声を堪えるようにするが、お腹や脇腹を触られくすぐられる感覚についつい声が漏れ出てしまう。


「んぅ……はぁ、はぁ、はぁ…っ!」

「ご、ごめんなさい。もうちょっとだから……!」


 甘い刺激が沙耶の身体中に広がり、変な気分になってしまい──。


 しかしそれ以上のことになる前に、那月の手が沙耶のお腹から離れた。


「はぁ……はぁ…ふにゃ」


 パレオの前の一部分を抑えて力無くぺたんと座り込んでしまう沙耶。その表情は少しとろんとしたものであった。


「な、なんだったんですかいったい…」

「こ、これはね…リーブティアにある女装用の道具の一つで……塗るとへその位置を魔術で一定時間女性と同じようにできるっていう……クリームなの、よ」


 言われて前かがみになりつつある体制を背筋を伸ばし、鏡を見てみる。


 確かに沙耶の露出したお腹のへその位置が完全にくびれより下へとなっていた。触ってみると本当にへそが移動したようになっていた。


「す、すごいですね。リーブティアってやっぱり…」


 言葉を詰まらせる沙耶。理由は那月にあった。


 顔の赤いのは沙耶だけではなく、那月もだったのだ。もじもじと髪をいじりながら沙耶から目をそらす那月。おまけにぺたん座りになっている脚が、内側を意識しているように見えた。


「……」

「……し、仕方ないじゃない…。あんな声出されたら……」

「「………」」


 お互いに顔を真っ赤にした女装娘2人は、その後自然に落ち着くまで試着室から動くことができなかったのであった。

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