第11話 乙女の仕草は以下略 中編
「きゃあああああ!!」
今日も今日とて、沙耶の悲鳴がどこかで響き渡る。
ある時は今までに履いたことのないようなミニのスカートを履かされ、急な階段をのぼらされ、わずかにパンチラしたからと。
ある時はメイクポーチを改めさせられ、流行のものが一つも入ってないと。
ある時はお風呂の後、タオルで水気を取った際にタオルで肌や髪をこすっていたと。
特訓の審判者をする為こちらの世界にいる間、沙耶の家に泊まることになった那月は朝昼晩いつであろうと手を休めず、沙耶のスカート・ワンピース・ネグリジェをめくりまくった。そして沙耶はその度に赤面しまくった。
尚、めくった際につけている下着もチェックされる為、こちらも気を抜くことはできない。地味なものだとなおめくられることになりかねない。
自分ではだいぶ女性的な所作や動作が取れるようになっていると思ってた沙耶だが、めくられる理由は多岐に渡った。
チェックに関してはとてつもなく細かいとこばかりで「こんなの本当の女子でも意識してないだろ」というものがほとんどな上、前半部分で特に指摘されてなかったところばかり。抜き打ちテストにもほどがある、というのが沙耶の素直な感想だった。
…と2日目あたりで那月に言ってみたところ、那月の時もそうだったらしい。どうやら清香が後々スカートめくりの口実にする為、わざと前半部分には含ませないようにしているようだった。実に彼女らしい。
ともかく、朝昼晩と一つ一つの仕草に気を抜けない状況は、沙耶の中の女子力をさらに磨くことになるのだった。
* * * * *
「ふぅ……」
お風呂から上がると、用意しておいた寝間着のネグリジェへと着替える。
よくそういった薄い本で出てきそうなスケスケでやたら肌面積の広い代物ではなく、レースで飾られた可愛らしい、いわゆる姫ネグリジェと呼ばれる物だ。
スキンケアをしたりセミロングくらいの長さまで伸びた髪を乾かして手入れしたりとやらなければいけないことをした後、洗面所から出る。
「ただいま上がりましたぁ〜」
「あら、疲れは取れた?」
リビングに戻るとベッドの横に引かれた敷布団に女座りしている那月がいた。こちらも格好はネグリジェ。エロ下着とまではいかないが、沙耶のものよりかは幾分か大人びたデザインをしている。
当初はこのネグリジェから晒される足や本当についているように錯覚するほどの乳が目の毒でしかなかったが、那月が清香のような節操なしでなかったこともあり最近ではだいぶ直視することもできてきた。
「とれました……って言いたいところですけど」
「そこらへんを、わざわざ意識しなくてもできるようになれるまでもう少しかかりそうね」
いつどんな理由でドジってめくられるかが気になって仕方なく、お風呂でも意識してばかりで肩の力を完全に抜けなかったのは事実だ。
「はぁ……疲れます…」
「あなたが行くのはあのスノーフレーク学園なのよ? 生徒の模範たる教師になるためにも、あっ、あとバレないようにも、きっちりとこの試練は果たさなきゃ」
ベッドの上に腰掛け、深くため息をついた沙耶に同じくベッドに腰掛けて笑いかける那月。もちろん、下着が見えたりしたら確実に罰が執行されるので、沙耶の足はちきんと閉じていた。
「……そういえば聞いてなかったんですけど…那月さんってなんの仕事してるんですか?」
ふと、気になっていたことを聞いてみる。
清香にも質問したことだが、あちらは誤魔化されて結局何をしてるかはっきりすることはなかった。身なりや美容への力の入れようから、それなりの収入があるのは間違いないのだろうが。
「私?そういえば言ってなかったわね…私はリーブティアで高校の英語教師をしてるわ。スノーフレークで、ではないけどね」
「えっ、そうだったんですか……どっちで、ですか?」
意外な事実に少し驚きつつ、新たに湧き出た疑問をぶつけてみる。
「ああ……もちろん、『美人英語教師』として学校では割と話題よ?」
「やっぱり、そっちがデフォなんですね…」
「まぁ、ね」といい女神のように微笑む那月。美人でありながらも、可愛げある笑みに同性とわかっていようが思わず心が高鳴るものがあった。
「そ、そういえば! 那月さんは、なんで女装してるんですか?」
見た目的にも本当の性別的にも同性の相手への胸の高鳴りを紛らわす為、清香にも思っている疑問を口にする沙耶。「あー。それ、聞く?」と顎に指を当てながら那月は苦笑する。
「清香さんには聞いたの?」
「いえ……聞く前にあんなことになっちゃったので…」
「ああ……」
自分で女装してなんとなくわかったのは、おそらく男が好意的に女装する理由というのは自分が思ってた以上に、様々なものがあるということだ。
好意的に女装するからといって、恋愛対象が男だとか、本当に隅から隅まで女の体になりたいというわけじゃないのは、沙耶自身を見ても明らかだ。女装した自分の姿が好きだったり、周りの反応が狙いだったり…意外と軽い理由でもいいのだ、女装するのが好きになるのは。
「あの人は……確かに本当によくわからないわね。ただの趣味かと思えば本当に男の人や女装男子が好きで…ってのもありそうだし…私も詳しくもしらないわ」
「やっぱりですか…」
清香の問題行為後に翔子にも聞いてみたが、「ちきんとしたことは知らない」という返答が帰ってきただけだった。何となく、彼女の場合誰にも教えてない気がしたのだ。
「私の場合……恋した結果ハマっちゃった…って感じかしら」
「恋……ですか?」
自慢ではないがあまり恋愛感情というものに縁遠い生活をしてきた沙耶。故に大学生だというのに未だに恋というものに少しピンと来ないところがあるのだ。
「私、大学時代は全然女装とか興味なかったんだけど──」
話しを纏めると、だ。
那月曰く、アルバイトとしてある当時高校生の少女の家庭教師をした際にその少女に一目惚れしたらしい。
本当に一目で恋に落ちてしまった那月だったが、問題はその少女。那月は散々惚気ていたがどうやらかなりの性悪らしく、那月の容姿に目をつけて男性嫌いを自称し、わざと自主的に女装させるように言葉巧みにしむけたらしい。
「私がどれだけ女らしくなったか調べるなんて言ってわざと痴漢にあわさてどこを触られても誰も呼ぶなーとか…もしバレたら捕まりかねないこっちの女風呂に一緒に入らせてわざと私を興奮させるようなことしたり……わざと強風の日にデートを設定して、パンツを履いてくるなって命令したりとか…。こんなの序の口で……ぐ、具体的なことは流石に言えないけど…彼女が通っていた学校での教育実習中とか、今とか、もっと恥ずかしいことも……」
早口で、全く嫌だった思い出と思ってないことが丸わかりな恍惚な表情で、恋している人を自慢するうぶな少女ような態度を取る那月に少し、否かなりドン引きする沙耶。
常識人だが恋愛が絡むとダメになるタイプの人間らしい。
「何日も管理された後で処女と童貞を同時に奪われた日なんか本当に酷くて……今思い出しても…」
「な、那月さーん? おーい?」
「………はっ」
とろんとした目つきで、ぞくぞくと背筋を震わせる那月の目の前で手を振ると、程なく正気に戻ってくれたらしい。よかった。
「ご、ごめんなさいねぇ。どうしても彼女のことになるといつもこんな風になっちゃうみたいで…」
「あ、はい。慣れたから大丈夫です、こういうの」
どうやら彼女も芯のところでは変態気質らしい。SかMと聞かれたら、恐らくのMの方の。
まぁ清香に比べればどうってことないので、今の沙耶はまったく動じないのであったが。
「お、おほん……そんなわけで彼女と女装を教わる為にたまたま頼んだ清香さんのおかげで、私は女装を日常的にするようになったわけなの」
「きっかけは自主的じゃなくて、本当に恋からだったんですね…」
「まぁ後悔はしてないわ。女性として生きるのもやめられないくらいになっし、おかげで彼女とも付き合えるようになったしね」
女装してることを悔やんでいるわけではないことは、女性としての彼女の生き生きとした姿から想像できることだった。
「きっかけがなんでも、一度ハマっちゃうと抜け出せませんからね…」
「貴女がいうと尚更説得力があるわね」
「那月さんこそ」
それがおかしかったのか、思わず互いに笑いあう美女2人であったのだった。
…美女といっても2人とも男なのだが。




