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第1話 理不尽だァァッ!!

「はぁ?」


 伊藤浩文は基本的目上の人物には敬語を使うことを心がけている。


 そんな彼が自分の雇用主でもあるエコーディオン・フォールディン・フォーカス社の社長、吉田翔子にこのような口の利き方をしたのには訳があった。


「あの……社長。一ついいですか?」

「何だ?」

「俺、男ですよ」


 んなことは知っているよ馬鹿、とパソコンでオンラインゲームをしながら翔子はあっけらかんと答える。


「で、潜入するのって……」

「私立スノーフレーク学園。この街に存在する私立高等学園……ま、所謂女子校って奴だな」


 何でもない風に答える貴美に内心イラッとしながらも、何とか押さえ込みながら彼は半眼で翔子を睨みつけた。


「……もう一度聞きますけど、社長は俺になんて言ったんですか?」

「何だよ。二回も言わせんな」


 数秒、パソコンから斬り合いの音が聞こえたのち、変なファンファーレが鳴ると翔子はようやく目を浩文に向け、こう言い放った。


「お前の仕事はただ一つ……そう。女装して女子校に潜入するのだ!」


 その言葉を再度聞き、浩文は力を込めて言い放った。


「嫌です」

「断る」


 否定を否定で返され、浩文は絶句する。が、ここで黙っていてはこの社長は本当にそんな奇行をしかねない。


「安心しろ。エロゲみたいなイベントは期待しても多分ないさ。」


 一瞬思考を読まれ、思わず舌打ちする。


 何とかこの女の目論見を諦めさせようと、浩文が選んだ手段は説得であった。


「俺、身長175もあるんですよ。無理ですよ女に見えません!」

「安心しろ。その女子校には180の女子生徒が普通にいるみたいだ。そいつらに比べればモデル体型だと見られるだけだ」

「ひゃくはち……か、体つきとか完全に男じゃないですか俺。骨格や見た目でバレるから無理ですよ!」

「筋肉は少し運動を継続している程度の女に負けるほど無く細い上、腰回りもお前のなら少し手を入れればくびれができる。肩幅は胸をデカイパッド入れればいいし、おまけに喉仏は顎のすぐ下にあるから普通にしてても上向かないと気づかないしな。骨格は服で隠せばいい。適材適所だ」

「声は!?」

「潜入してもらうのは夏休みが終わってから。つまり9月だ。3ヶ月もある。女声を出せるようにすればいい」

「……顔。そうですよ! 顔! 俺女顔でもないですしイケメンでもないです! どっちかって言うと醤油顔ですし! 目だって小さいですよ!」

「安心しろ。お前絶対化粧すれば化けるタイプだから。一応目くらいは何かしらの運動で大きくしてもらうかな」


 断言された。どこからその自信が来るのかがわからない。


 浩文は思考を変える。自分の容姿に纏わることではこの難物は落とせないとなれば……。


「お、俺大学生ですよ。女子校に通えなんて、大学やめろとでも言うんですか?」

「誰が生徒として行けと言った。そこには教師として行ってもらう。非常勤教師として月、水、金の三日間が午前中からと火、木が午後からだ。お前の大学での授業日程を見て決めさせてもらった」


 なんであんたは俺の授業日程について知ってるんだ個人情報だぞ、と言うツッコミを何とか飲み込むことにする。


「け、けど単位が」

「調査先の学校がお前の大学と掛け合ってな。ちゃんと仕事すれば、大学側が単位をくれるようにするらしい」

「なっ……」


 一応浩文が通っているのは全国でも名の知れた私立大学である。そんな有名校に対し一体どんな手を使ったのか。そんなことを考えてみると身震いする。


「安心しろ。穏やかじゃない手を使ったらしいからな」

「あんたはホント人の思考を読むな! て言うかそれ安心できねーよ!?」


 まずい、このままでは翔子の思う壺だ。


「だ、大学は単位さえ取れればいいってもんじゃないですよ! 俺まだ入ったばかりだし! 友達との生活だって立派な醍醐味──」

「お前、大学で付き合いがあるのが2人しかいないだろ」

「なんでそんなことまで知ってんだあんたはァァァァァ!!」


 事実である。浩文は友達が少ない。


「別にいいだろそんな交友関係だったら」

「そんな言うな! 一応大事にしてるんだけど!」

「ここの中じゃお前が一番の適材適所だと分かっただろ? 依頼なんだよ」

「そんな依頼断ってください」

「頼まれれば断れない性分なんだ私は」

「本音は?」

「前払金で金たんまり貰っちゃった」


 外道だ。外道がいる。


「だったら社長が潜入したらいいじゃないですか! 女だし! 美人じゃないですか!」

「おいおい事実を言っても私はなびかないぞ。それに先方からお前がいいと強く押されてな。お前なら成功報酬が倍率ドン、さらに倍と言われたらな」

「結局あんたの私利私欲が主な原因じゃねーか!!」


 叫ぶと同時に踵を返し、浩文は社長室(とは名ばかりの高実の娯楽部屋)から出ようとする。


「そんなの受けるわけないでしょ。そんなふざけたことするくらいならもう辞めますよ、ここ。今月の給料はいりませんから」

「おっと。お客様の依頼内容を聞いておいて辞めさせるわけないだろう馬鹿かお前は」


 一瞬、部屋の空気が静まり返る。


 次の瞬間、浩文は勢いをつけて走り出す。自他共に認める運動音痴だが、短距離だけには何とか自信があるのだ。


 が、それもガタイのいい男2人に抑え込まれることで失敗と化した。


「ちょっ…………大久保さん斎郷さん離してください!!」


 両腕と肩をがっちりホールドする浩文よりもガタイのいい二人の男は、ここに正式に勤めている大久保利行と斎郷高盛だ。どちらもここの揉め事専門の社員で、CQCとソバットの使い手だとか聞いている。オタクでろくに体力も無い浩文に勝てる相手では無かった。


「いやー済まないな。姉さんの命令じゃ逆らえ無いんだよ」


 苦笑する好青年、斎郷高盛だがその顔に悪気というものはまったく感じられなかった。姉さんと呼び慕う翔子の命令に従うならば、この人は人を殴り殺すことすら平気でやるのでは無いかと、浩文は危うんでいた。


「すまん。じゃけんど会社のためじゃ。ここに勤めることになった以上、腹をくくれ」


 訛り言葉が混ざった口調は利行の物だ。浩文と歳の近い高盛とは違い、二十年近く歳の離れた人物である。こっちは本当に悪気があるような顔をしているが、内心ではこの状況を面白がっているに違い無い。数ヶ月アルバイトしているだけの浩文でも確信していた。


「俺……アルバイトなんですけど……」

「ここ入る時言っただろ。『社長による仕事の命令は絶対』。お前も、入る時了承のサインしただろうが」

「まさか女装して潜入捜査なんてエロゲみたいなことさせられるとは夢にも思ってなかったですよ……」

「男に二言は無いだろう。諦めろ」

「どっちに転んでも男じゃ無くなりそうなんですけど?」

「ハハハ、浩文上手いな今の」

「笑うな強欲女」

「姉さんに受けたとはなぁ。笑点なら座布団一枚追加だったな」

「座布団は要らないんでその代わり離してもらいませんかねぇ…」

「「「だが断る」」」


 三人同時にハモったことに堪忍袋の尾が切れるも、二人から脱出することなどできやしない。


「さてと……大熊! 坂垣! 」

「はーい社長。決着は……ついたみたいだねー」

「無理矢理ねぇ……浩文君ドンマイ」


 続けざまに部屋に入ってきたのは大熊滋子と坂垣妙の二人である。今時の若者という感じの大熊に対して、大人の女性というべき余裕を持った坂垣。この二人は主にここのハニートラップ専門の諜報員である。


「お前らの腕でメイクしてやれ。現物になればどれくらいのものになるのか見てみたい」

「えー? 浩文君をー? あんまり気乗りしないなー」

「あらそう? 私は似合うと思うわぁ。浩文君、顔もなかなかいい肌してるし、足も指も手も長いから見栄えいいと思うのよ」


 言いたい放題言ってくれる。自分の容姿について散々にいう二人に内心苛立ちながらも、あくまで足掻くことに今は集中することに浩文はした。


「ほ、ほら! 俺なんかが女装しても見るに堪えない地獄絵図になるだけですから! 無理ですよ絶対!」

「けどまぁキモかったらキモかったで見世物にはなるしいいかなー。今暇だし」


 そう言うと大熊はニヤニヤする。これで何とか脱出の足掛かりにしようとしていた人物も賛同ということになってしまった。


 完全に、逃げ場を潰されてしまったのだ。


「ちょっと待てやゴラァ。見世物にするってどういう」

「んじゃ行くわよー。精々綺麗にしてあげる」

「腕の見せ所ね。元からどれだけ良くできるのか頑張ってみますわ」

「あんたもかよ坂垣さん!って待っておい連行すんな離なせェェェ!」


 大声で叫びながら、浩文はこれから起こりうる現実を否定するかのように天井を向いた。


「人生初仕事がこんなんなんて嫌じゃァァァァァ!!」

お久しぶりです。


大変遅くなってしまいましたが更新再開です。またよろしくお願いします。

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