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Principe

Principeはスペイン語、イタリア語です。

アラーニャは暑い国をイメージしているので拝借したのですが、

深い意味はありません。

名前もアラゴン王国っぽいんですが…こちらも深い意味はないです。


…前回のあらすじとは改変した部分があります。

ごめんなさい。


「こんなところって…なんだよ…。」


ジンは顔を顰めた。

自分と違って、ナフィーサはこんな美しいところで暮らしていたのだ。

だったら、もう少し幸せそうにしていればよいものを。


__俺は何を考えている?


ジンは己の嫉妬心に気づいたものの、

言葉というものは口から出始めると引っ込みがつかない。

気付けばいらぬことを口にしていた。

「…はっ、俺の住んでいる王宮の奴隷小屋は汚いぞ?

仕事だって一日中這いずり回って、ようやくこなせる。

少しでも遅れたらペナルティーだ。」

「…わ、私は…。」

ナフィーサはジンの激した調子に戸惑った。

ジンは続ける。

「…どうしてお前、こんな良いところに暮らしながら

『こんなところ』だとかふざけたことを言うんだよ?

俺からしたらお前の住んでいる場所は天国だというのに!

…俺はお前が話した白玉の城にずっと憧れていた。

こんなところに住めるのなら、と歩きながら思ったさ!

それをお前…そんなところ…だとか…馬鹿にするな。」

ナフィーサの目が開かれた。その目に焦りが浮かぶ。

「…ジン…悪かった。…でも違うんだ。

お前の方が楽だとか言いたかった訳では…。」

「…何が違うんだ?だったらお前は後宮からどうして出たい?」

ナフィーサは何か言いたくなさげに、口を噤んだ。

その代わりに彼の口から出て来た言葉は辛辣なものだった。

「……お前、馬車の中で言っていたじゃないか…無難が一番だと。

私はまさに今普通になりたい。平凡な奴隷に。

お前の言葉は口先だけなのか?

私にあれほど無難な生き方について話していたのにね…。」

「…黙れよ。」


__痛いところを突かれたな。


ジンは悔しかった。確かにそんな話をした。

そしてそのポリシーは、今でも彼の中で変わってはいない。

変わってはいないが…富に憧れない人間がいるだろうか?

…いるとすれば余程の聖人か、今にも自殺しようと考えている人間か。

人間というのは中々欲を捨てきれないものなのだ。

そのいう中においても理性を持って、身を滅ぼすような富と距離を置くのが賢人

らしい所業だとジンは考える。

自分を含め、人間の欲望は尽きないことをナフィーサも承知しているだろうに、

指摘するとはあざとい奴だ、とジンは思う。

「…黙れだって?無欲ではない人間がどうして無難な生き方を良しとするの?

私に話したことは嘘?」

「…お前だって分かっているんだろう?生き易いだけさ、そんなものは。

俺だってなぁ、人間なんだ。純粋にお前のことを羨ましいと思ったさ。

それを『そんなもの』で片づけたからお前にムカついてんだよ。

…はい、これ。表の官吏がお前に渡せってさ。」

ジンは無造作に白い封書を投げ渡し、ナフィーサに背を向ける。


「な、なぁ…待ってくれジン!」

ナフィーサの必死な声音を背にジンは走り出す。

ナフィーサの姿が見えないところまで走って息をついた。

落ち着くと、胸がキリキリ痛み出す。

「…本当に俺はどうしてこんなことを…。

ナフィーサ…あいつが悪いんだぞ…。」

一人ブツブツ呟きながら結局、後宮の門まで走り抜けるも、

モヤモヤと胸中に暗雲が垂れ込めていた。

何故なのかジンには自分で良く分かっていた。

「…俺は嫌な奴だ…くだらねぇ。」

自分が稚拙な嫉妬をしてしまったとはいえ、

引き返してナフィーサに謝るという柔軟な芸当はジンには出来そうになかった。


ジンが去った後、ナフィーサは呆然と彼の去った方を見詰めていた。

だが彼は今、再び視線を川面に戻して佇んでいる。

目を焼く程眩い、宝玉から発される光は彼の心を明るくはしてくれなかった。

「折角会えたのにね…ジン。私が悪かったのかな。」

ナフィーサはジンの心情も考えず、軽はずみな言動をしてしまったと後悔する。

しかし彼の心は本心だったのだ。

ジンの言うとおり確かに物質的な豊かさは得難いものだ。

だけどそれ以上に、自分の心を守りたいとナフィーサは思う。

信頼できる人間がいて、尚且つ自分の精神が犯されない場所を

求めていただけだというのに。

「…私に嫉妬していたのかな?嫉妬される程なものか。」

彼の手には先ほどジンが投げて行った封書が握られている。

ナフィーサはそれを開きたくなかった。

川に沈めてしまえれば良い物を、と逡巡し、

諦めて開くことにした。

何枚かの紙が入っている。それらは全て後宮の殿閣の設計図だった。

「…これがどんなものに使われるものなのか、それを知れば

ジンだって私の言ったことが理解できるはずなのに…。」


__だったら、何故自分の事情を話さなかった?

彼は自分に聞いて来たではないか?


ナフィーサは設計図を封にしまい自分の胸に差し込んだ。

美女達が川辺から引き揚げていく。

それでも彼はそこに佇んでいた。

ジリジリと不快なまでの蒸し暑さだ。


__だがその中でジンは今頃仕事をしているのだろうか。


「…ナフィーサ。」

彼の背後に高く柔らかい声がする。

話しかけた人物をナフィーサは瞬時に理解した。

「…クロエ。

…君が来たということは王が呼んでいるということなのかな?」

自分でもウンザリした顔をしているだろう、とジンは思う。

その顔をその人物…クロエに向けた。

クロエの栗色の髪は優雅に編み込まれ、絹のお仕着せを着ている。

幌馬車の薄汚い少女の姿は最早そこにはなかった。

「ナフィーサ…相変わらず不機嫌ね。それになんか元気ない?」

「分かるの?凄いね。」

ナフィーサは溜息をついた。

「実は今日偶然ジンに会ったよ。」

「…え?あの『乙女兄さん』?どこにいたの?」

「王宮のどこかの部署だ。造営関係だろう。」

「聞かなかったの?あなた…あれほど彼を探していたのに。」

「聞く前に逃げられたんだ…図らずも喧嘩してしまった。」

「どうしてそんな…。」

「そんなことより、君に頼みたいことがあるんだ。

ジンの居場所を聞きそびれてしまった。王宮には奴隷が何万といる。

誰が何処にいるのか分からなかったが、王宮の造営関係の部署だと特定出来たんだ。

表(王宮)で彼の居場所を嗅ぎまわって欲しいのだけど…。」

クロエの顔が引きつった。

ナフィーサには彼女の顔の血の気が下がっていく音が聞こえるようだった。

「絶対無理!!」

「…速攻で反論しなくても…。」

「だって後宮の奴隷はここから出てはいけないのよ?

特に女は。バレたらどうするの?知っているでしょう?」

ジンは額を押さえて、逡巡した。

「…だが…私も四六時中、王の気紛れで呼び出される。

こんな風に伝言を残さず、姿を消したとしても結局、君が探しに来る。

私がなんとか引っ掻き回すから、その隙になんとか君が…君にしか頼めない。」

「…一体何をしようっていうの?」

その問いに答えず、ナフィーサは口元を歪めた。



太陽が落ちて数刻も後、

ようやく一日の仕事を終えたジンら奴隷達は狭い奴隷小屋に押し込まれた。

組ごとに粗末ながら一部屋与えられている。

ジンは棚のような自分の塒に自分の体をねじ込んだ。

そして小さく体を丸め、破れた掛布にくるまった。

奴隷達の飯時のため、部屋には彼の他に誰もいない。

誰とも話さず、静かに考え事をしたかったジンは夕飯を抜かすことにした

…というより、心が重くて食事どころではなかった。

しかし静寂はすぐに破られてしまった。

ドスドス響く、体重が重い者特有の足音で。

ジンは近づいてくる人物が誰かすぐに分かった。

「グレン組長…もう帰って来たのか。」


案の定、壮年の筋肉質の男が自分の数少ない髪をいじりながら、

部屋に入ってきた。

「おい、ジン。飯を取りに行けよ。」

「別に…今日はいいんです。グレン組長。」

「珍しいな。…飯の配給の時間は短いんだから、しっかり列に並ばんと無くなっちまうぞ。

隣の世界一阿呆な組長のノロマな弟は今日も飯を強奪されていたぞ…じゃなくてだな、行ったらどうなんだ。」

「…だから今日はいいんですってば。」

ジンのイライラした調子に男…グレンはまた何かあったな、と一人得心した。

ツカツカとジンの側に来ると、彼がくるまる掛布を剥ぎ取ってしまった。


「…お、おいっ。」

抗議しようとしたジンは伸し掛かってくるグレンの笑ってない目を見て怯んだ。

彼は世にも恐ろしい笑みを口元に刻んでいる。

「…おいおい、また癇癪か?それとも癇癪起こした後に後悔しているのか?

そんなの俺達には関係ない。

お前がな、明日倒れたりしたら組に迷惑がかかるんだ。

どんな事情があるのか知らんが、飯くらい食べておくことだ。」

そう言ってグレンは懐に手をやった。

「ひっ。」

彼が手を動かしたので殴られると思ったジンは情けない声をあげてしまった。

だが、彼は自分の懐から何かを取り出し、それをジンの口に突っ込んだ。

「…え。」

それは、パンだった。

容易に噛み切れないゴツイ黒パンだ。

まるで彼の人格の如き、カチカチの黒パンだ。

「え、ふみちょう?こへ、はなたのゆうはんでひょ?」

驚いた顔のジンにニヤリとグレンは笑った。

「馬鹿野郎。俺はお前の名前で、後で取りに行くんだよ。

恋人じゃああるまいし、お前のために夕飯抜かしてたまるか。

スープは…テーブルの上に置いといた。

俺のデーキレーなスープだ。こいつならお前にやっても後腐れねぇなぁ。」

彼が示す方を見れば野菜の屑が浮いている、無色のスープがあった。

グレンの言うように、非常に不味そうだ。

「なにあれ…凄くマズそう…。

いやぁ、組長、俺のために断食してくれるかと思ったよ。感動しかけちゃったじゃないか。」

「…くだらないことを言わないで、さっさと食って寝るんだな。

お前、ただでさえ寝坊魔なんだからよ。」

ケラケラ笑いながらグレンは再び、部屋を出て行った。

「…組長。」

わざわざ彼が来てくれるとは思わなかったジンは心が温まるのを感じた。

こういうのがあるから、彼は人を信じるのを止められない。

そうして再びナフィーサを思い出した。

彼が一方的に傷つけてしまった人間。

「…次会ったら、素直に謝るか…。」

__いつ会えるかも、分からないけど。


ジンは部屋に唯一あるガタガタのテーブルに腰かけると食事を始めた。

黒パンを薄いスープにつけて、顎で必死にほぐして食べる。

「……まっず…。」

案の定だった。

あまりの不味さに天を仰ぐ。

…スープというよりは塩が入っているお湯だ。

辟易としながら食事を続ける。

「巡礼者がくれる飯のが旨かった…。」

少し自分の境遇にホロリときた。

…目じりに熱いものが垂れてくる。


その時、ガヤガヤと複数の足音が扉のすぐそこまで近づいてくるのが聞こえた。

「ジンッ、お前『プリンシペ』に会ったんだって?」

そう言ってジンと同じ年頃の赤髪の少年が入ってきた。

好奇心でキラキラと緑の目が輝いている。

その背後に二人が続く。

浅黒い肌の金髪の美女とジンと赤髪の少年より幼い黒い髪の少年だ。

女は少し足を引きずっている。

「『プリンシペ』(王子)…だと?シャルルそれは誰だ?」

「いや、だから後宮の造営の許可を出す奴…『造営官』だよ

…って君会ったんだろ?

どんな奴だった?王がコイツを気に入ったせいで

俺達は大忙しだってのに…知らないのか?」

「いや…俺が会ったのは唯のナフィーサだが…。

王子なんて奴じゃない。」

困惑顔のジンを見て赤髪の少年…シャルルは笑った。

浅黒い肌の金髪の美女が口を挟んだ。

「…『プリンシペ』は一介の奴隷だよ。ただ王がそう彼を呼んでいてね。

こいつを喜ばせるために、王が色々ムチャぶりしてくるらしくて困るよなぁ。

噂によると、金銀宝玉の庭、罪人に渡らせる火の橋、氷の宮殿…変なのばっかり作っているようだよ。その材料を取り揃えて、運ぶ奴は私達奴隷だってのに。

私の玉のような肌もストレスで草臥れるというものだ。」

「……。」


「アラーニャ王は加虐趣味のある暗君だ、夜な夜な少年を痛ぶっているらしい。」


そんな噂話が脳内にリフレインした。

いや彼が『プリンシペ』とかいう奴である確証はない、とジンは思い直す。

「アダリナ…昼間俺が会ったのは、俺の友達…なんだ。

『プリンシペ』の外見的特徴はどんなだ?」

女…アダリナはカサついてはいるが、赤く美しい唇を横に引いた。

「お前やシャルルと同じ位の歳の少年と聞いているがな。

かなり珍しい容姿らしい。」

「…へ、へーえ。」

ナフィーサが『プリンシペ』だとして、どんな扱いを受けているのか

ジンはあまり考えたくなかった。

昼間突き放した罪悪感が蘇る。

「…でどうなんだ?そいつは?どんな奴だ?」

好奇心でキラキラしているシャルルの緑の目にぶち当たった。

「ナフィーサなら確かに珍しい容姿だ…東方から来たらしい。

黒い髪、象牙色の肌。」

「なんだよぅ。それだけかよ。もっとあるだろう?こう…アダリナなら『サンゴのように健康的な赤い色の唇』とかな。お前は表現力が無い!」

「…。」

「坊や…それは私を口説いているのか…?百年早いな。」

「姐さん…姐さんになら俺は俺の初めてを捧げる!」

「いらねぇよ、んなもん。」

アダリナが鼻で笑った。シャルルはふざけてシュンとして見せる。

…それは唯の演技なのだろうか?

その様子を見ながら笑うアダリナはまんざらでもないようだったが。

「黙り込んでどうしたんですか?」

黒髪の少年がジンに気遣わしげに訪ねた。

「いや…カランダール…大丈夫だから。なんでもない。」


その時、再びドスドスと、ある人物固有の足音が外から聞こえてきた。

「あ、組長戻って来たよ。」

シャルルが呟いた。

ドアがバーン、と開かれる。

「おいっ、ジン!早く寝ろとか俺言ったけど、取り消しだ。

俺と一緒に少し来てくれ。」

「なんですか?グレン組長?」

「配給係がお前を連れてこないと飯を渡さないというんだ。

あんなケチな食事くらいセコセコせず、大人しく寄越せってんだ。

本人確認がいるそうだから急いでくれ。…俺の飯がなくなる。」



夜が更けていく。

奴隷小屋の消灯時間である終課の鐘が鳴る。

強制的にベットに押し込まれる時間だ。

棚の中で身を縮めて寝ようとしても中々寝付けない。

その内、棚の全ての空間からグウグウと寝息が聞こえてきた。

「…今日は俺の負けだ。」

こうなっては、皆の…特にグレンの鼾が酷すぎて眠れるものではない。

彼は脱走禁止と言わんばかりに十字状に板の貼られた小さな窓から外を見た。

「夜風にくらい当たらせて欲しいもんだよな…」

暫く、王宮の高い塀とその向こうの黒い森を眺めていた。

不意に視界に何かがニュッと飛び込んできた。

それは…人間の手だった。

その手は白く…小さい。まるで差し招くようにヒラヒラと振られている。

十字の間を行き来する。

「…これは…まさか。」

ジンは全身に冷水を浴びた心地になった。

ここは三階だ。人の手が出て来ていいところではない。

「やばい…話には聞いていたが、アレがそうなのか…さっさと寝よう。」

彼が背を向けた瞬間、ドンドン、と窓が激しく叩かれた。

「…。」

とても恐ろしくて、振り向けそうにない。

ジンはダッシュでベットの中に潜り込んだ。

…それでも鳴り止まない。

「おい…誰だ…うるせぇぞ…。」

寝ぼけた声で組長が寝返りを打つ。

しかし彼は図太い神経の持ち主だったので、そのまま眠りに帰った。


その後もドンドンという音は収まらない。

「…お前は一体なんなんだ…。」

鳴り止まないと周囲を起こしてしまう羽目になる。

ジンは窓際に移動することにした。

全身に噴き出す汗を感じる。

彼がドンドンやっている手をドンと窓越しに叩くと、

その手は引っ込み、窓には何も映らなくなった。

「ふぅ…なんなんだ、気持ち悪いな…。」

ジンが深く息を吸って吐いた、その瞬間。


__ニュッ


ボサボサの栗色の髪を風になびかせている亡霊のような女がそこに映っていた。

ジンの理性は瞬時に真っ白になり、悲鳴をあげかけたが、

その寸前で彼女の顔に見覚えがあることに彼は気づいた。

「…もしかして、クロエなのか?」

亡霊のような、クロエと思しき女は片手で下を指し示した。

「…もしかして、外に出ろってことか?」



奴隷小屋は脱走を防ぐために夜間でも見張り番がいるのだ。

同じ奴隷同士で、交代で見張る。

同じ味方同士で見張ることで、仲間内の緊張感を高め、

脱走する人間の罪悪感でも煽る気なのだろう。

しかし共謀する可能性も出てくるのだ。

…愚策としかジンには思えなかった。

「…いや、塀の向こうには更に兵士がいるから大丈夫なのかな?」

一人呟きながら、階段を降りる。

「…今日の見張りはお前なのか、ギーシュ。」

ジンは入口に待機している小柄な少年に言葉を掛けた。

ジンと同じような髪と目の色だが、彼の醸し出す空気はジンのものよりかは

フンワリと柔らかいものだった。

「あ…ジンさん。今日は僕と兄さんですよ。」

羽毛に包まれているような優しい口調。

ボウッとした空気に加え、彼の性格ものんびりしたものだった。

「お前…今日飯を誰かに取られたそうじゃないか?

誰にやられたんだ?」

「…ルカに。」

「お前と同い年くらいの奴じゃあないか…お前もボヤボヤあまりするなよな。

…ところで、お前の兄さんは?」

「仮眠ですよ。もうすぐ帰ってくるでしょうが。」

この少年が見張りではすぐにのされてしまいそうだ、とジンは思った。

だがそんな不埒な考えはおくびにも出さずにジンは宣う。

「…そうか。俺も少し用を足したいんだ、少し外に行ってはいけないか?」

不思議そうな顔で少年…ギーシュは聞き返した。

「トイレですか…部屋に尿瓶がありますよ。」

「…いや、あれではしっくりこないというかな…あの…。

実は恥ずかしながら、夢だと思って漏らしてしまった…ハハハ。

服を井戸の水で洗いたい。明日でもいいのだが、明日だと皆にバレてしまう。」

「…そうなんですか…分りました。さっさと済ませてくださいね。

他の寝具とかは大丈夫なんですか?」

気の毒そうな声で言われ、ジンは赤面した。

「………あ、ああ…大丈夫、大丈夫。

お前が見張りで良かったよ。すぐ帰ってくるから。

ズボンが濡れるって気持ち悪いよな…何年ぶりだろう?」

そう嘯きながら、ダッシュで尻を押さえながら自分達の部屋の下まで走る。

周囲を見渡しても誰も見当たらない。

…帰ったのだろうか?

ジンが拍子抜けしそうになった時、肩に手が置かれる感触がした。


「尻なんて押さえてどうしたの?『乙女お兄さん』?」

その温かみのある手の主が誰か、振り向いた彼は確信した。

「…クロエなのか…。久しぶりだな…。」

栗色の髪を靡かせた女は蠱惑的に微笑んだ。

王宮奴隷らしく、ボロを纏っているとはいえ随分美しくなったものだ。

まるで月の女神のように、彼女は銀の光で照らされていた。

その様子に少しジンは戸惑った。

ナフィーサの時も驚かされたが、二人は自分とは違い、変わっていく。

自分だけが取り残されていくような…寂寥感。

「ええ…本当に久しぶり。会えて嬉しいわ。

…ねぇ、それより、尻を押さえて走ってきた理由教えてくれない?」

完全に面白がっている声で彼女が問いかける。

「…っう…そうだ!お前が来たから、俺は俺の人生で五本の指に入る屈辱を味わった。

お前こそ、どんな用事で来たんだ?お前が先に教えてくれ。

ナフィーサのことなのか?」

クロエは伸し掛かる勢いで訪ねるジンを手で制した。

「うーん。出来れば私の疑問に先に答えてくれたらいいのになぁ

…ええそうなの。貴方が昼間会ったナフィーサに貴方に会うよう、頼まれたのよ。」




クロエはジンにナフィーサの気持ちを伝える。ジンの気持ちを汲みとれず、すまないと、彼が言っていたと。一方ジンはクロエに彼が『プリンシペ』であるのか問いかける。クロエの歯切れの悪い返答にナフィーサが王に屈辱を受けながら過ごしていたことを確信したジンは後悔に苛まれる。一方ナフィーサは後宮全体を巻き込んだ大宴会を開くことで、クロエの監視を緩めていたのだが…。

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