山の老人の庭にて
長いので区切りをつけました。
前回のあらすじを回収していない部分もあります。
__もう詳しくは、その顔を覚えていない。
__しかし湧き上がる悪感情は如何ともし難い。
「なぁ、お前らさ…ここら辺の奴隷の実入り少ないんだろ?」
その人物は背を向け、誰かと話している。
シャツをだらしなく着こなし、ズボンはダルダルで。
自分と同じありふれた茶色い髪は乱雑に乱れている。
髭は伸ばし放題。
「まぁ…欲しいは、欲しいかな。
んで、そいつを売る気か?幾らだ?高いならいらんぞ。」
手をモミモミ応えた男もとても立派な人物と言い難い。
こちらは泥で汚れていた。
一日中外で作業をしていたような風体だ。
世間の人々がそろってクズの烙印を押すその男達が何を相談しているのか、
少年にはすぐには分からなかった。
「なぁに、いつも通り少しで良いよ。お前らが奴隷商から受け取る額からしたら、
雀の涙だな。」
「…いいだろう。」
奴隷狩りから金を受け取ったその男はニヤニヤしている。
かつてその手は少年を抱擁したものだったが、
今はその手に金貨を握り下卑た笑いを浮かべている。
少年はようやく自分が売られることに気づいた。
彼は男に話が違うと抗議する。
すると、男はせせら笑ったのだ。
『おめぇ、俺が乞食のお前を本当に養子にすると思ったのか?
大人しく、こいつについて行きな!』
少年はその男に勢い良く噛みついて逃げようとした。
そんな少年の頬をなぐり、男は唾を吐いた。
『身の程を弁えるんだな!乞食がっ。』
「…お前、あいつの息子か?」
少年を買い取った男が訪ねた。
少年は黙っていた。
「…まぁ、災難だったな。
…あの男に渡す金なんざぁ、精々が酒瓶数本だ。
そんなちっぽけな額で、関係ないのに売られるとは!」
奴隷狩りは少年を売った男に負けず劣らず下品な笑いを浮かべた。
その目は残酷に光っていた。
「…俺らは普段、乞食を狩る。
だがここらは乞食が少なくて困るなぁ。
時々ああいうロクデナシがいる家にいくと、
安く自分の娘や息子を売るバカがいる…。
お前は血縁ですらない。あの男の格好のカモだったろうな。
だが俺はあのバカに感謝せねばなるまい。
俺にもノルマがあるのでな…助かったぜ。」
カカカ…と哄笑が響く。
少年は奴隷狩りを忌々しげに睨みつけた。
「おお…こわいこわい。」
奴隷狩りはわざと震える真似をした。
そして、少年の気持ちなぞ何も考えず、
「まぁ…お前も上手くやるんだな。
人を信じすぎるのは、考え物だぜ。」
とだけ言うと、倉庫の中の檻に少年をぶち込んだ。
少年が周りを見渡すと、他にも人がいた。
だが、揃いも揃ってどんよりした目をしている。
少年はクソッと怒鳴ると、檻を蹴っ飛ばした。
奴隷狩りは商人に少年達を引き渡した。
…こうして少年は幌馬車の中に連れてこられたのだ。
異臭が鼻についた。人々が枷に嵌められている。
商人らしき男が自分にも枷を嵌める。
枷から流れる鎖は蜷局を巻いて床を覆っている。
蛇のように禍々しく、黒光りしている鎖は幾つかの床に固定されたおもりに繋がっている。
…逃げられそうにもないな、と少年は溜息をついた。
しかしながら、売られる実感がなかなか湧かないのだ。
売られる事実よりも少年の胸を占めていたのは、
__自分は裏切られたのだ…。
という失望感だ。
人に冷たくされるのには、馴れている。
乞食なんて厄介者でしかないのだから。
それでも、自分に差し伸べられた男の手を見て、
自分は愚かにも嬉しいと思ってしまったのだ。
…頬がヒリヒリする。
殴られた頬を伝う、熱い物を感じた時、少年は自分が泣いていることに気づいた。
しかし、元々少年はうじうじ悩む性格ではない。
こうなってしまったとしても、今までだってそれなりに苦労してきたのだ。
なんとかなるさ…と少年は平然と構えることにした。
奴隷になれば、衣食に困ることはないか、と思い直すことにしたのだ。
ただ、問題が起きた。
馬車は度々止まり、その度に人が増えたのだ。
ただでさえ狭い幌馬車が人で埋まっていく。
少年は次第にストレスを感じるようになった。
そんな彼をあざ笑うように、馬車中は過密を極めた。
…我慢の限界だった。
『…お前邪魔なんだよ。向こうに行けよ。』
思わず自分本位の言葉が口を衝いた。
しかし、すぐに後悔したのだ。
自分を売った男も自分のことしか考えてはいなかったことを思い出したのだ。
少年は自分を恥じた。
自分までも、あのような人間になりたくはなかった。
『…言い過ぎたよ。すまない。』
その言葉に穏やかに応えた人物と顔を合わせた瞬間
自身の脊髄に衝撃が走ったように少年は思った。
その感情は純粋な好意だった。
自分がまだ、人を好きになる余地があることに少年は安堵する。
どうしてその少年に興味が沸いたのか少年には分からない。
少年の容姿が際立っていたというのもあるが、
単純に少年の醸し出す空気が好きなのかもしれない。
ナフィーサとその少年は名乗った。
語らう内に緊張が解け、自分の心に余裕が出来ていくのを少年は感じる。
つい、調子に乗って自身が楽しかった頃の話をする。
少年を裏切った男の話ではなく、良い人間の話だけを。
人間は信じるに値する、と自分は信じたいのだと少年は気づく。
ついでにナフィーサという少年を兄貴面で慰めてやった。
次第に馬車が進むにつれ不安になる自分の心情に蓋をしながら。
その会話にエセ占い師ルシェドが加わる。
__馬鹿だなぁ。こんな状況なのに。
久しぶりに楽しい、と思った。
『…売るなら、売るで、さっさとここから出してほしいもんだな。』
…それが自分の本心なのだろうか?
少年には分からなかった。
その後、クロエという少女が馬車に乗り込むなり、彼の場所を奪い、
ルシェドというエセ占い師が後ろ髪引かれるように去っていったのだった。
ルシェドが去ったのは残念だが、ナフィーサという少年と共に王宮に行けるのは
少年にとって僥倖だった。
そんな様子はおくびにも出さないが。
「ジン…私達は王宮にいくのだろう。」
「お前と離れずにいれて良かった…宜しくな。」
気づけば『貴方』から『お前』になっている。
その言葉は少年の心を温めた。
__お前と一緒ならば、きっと俺も頑張れる。
はじめて、仲間が出来たと感じた。
仲間に入れてくれ、とクロエも言う。
彼女も少年にとって仲間になったのだ。
…それなのに。
少年が、クロエとナフィーサの方へ行こうとしたら…、
『違う!お前はこっちだっ。』
と服を掴まれた。
『どういうことなんだっ。』
少年が背後の人物に噛みつく。
その人物は奴隷を管理する王宮の官吏のようだ。
『…口のきき方に気をつけるんだな。
今度奴隷の分際でそんな口を利いたらこの剣で叩き斬る。』
その人物にジロリ、と睨まれ少年も負けじ、と睨み返した。
しかし相手が帯剣していることに気づき、少年は目を逸らさざるを得なかった。
『彼らは王の住まいに務めることになるのだ。
<格の違う>貴様ら雑用係にはもっといい仕事がある…。』
ニタリッ、と口を歪めた官吏は否応なしに、
少年をナフィーサとは反対の方の群れに放り込んだ。
少年がナフィーサの方を伺うと、
彼はとても悲しそうな顔をした…。
王宮の朝は早い。
「…イッテッ!」
少年の頭に衝撃が伝播する。
少年…ジンはゆっくりと現実世界に戻ってきた。
随分前の夢を見たものだ、とジンは思う。
__あれから…五年か。
あいつとクロエはどうしているんだろう。
元気にやっているんだろうか?
王の住まい…後宮に務める彼らと会う機会には中々恵まれなかったのだ。
確かに自分達王宮の雑用係りとは全く<格>が違った。
ジンがのんびりとあくびをすると再び、衝撃が彼の脳天を襲った。
ぼんやりと彼が視線を上にあげると、恐ろしい顔の「組長」が彼を睨めつけていた。
「…また、寝坊だな。貴様。」
この組長というのは王宮奴隷同士で組む、組の長のことだ。
奴隷は五人で一組としてカウントされる。
仕事もペナルティーも組でこなすので、組長は統率力のある人物が選ばれる。
彼はジンの組の長だった。
彼は厳ついマッチョマンで、腕力が強い。
彼の統率方法は即ち、腕力。
恐怖政治だった。
本人談によると、かつて豊かで肩まで流れていたという金髪は殆ど禿げ、
そのことが彼の印象をより、強いものにしていた。
「貴様が仕事場に遅れると、俺達すべてが鞭打ちだ。
…そんなことになったら官吏よりも俺が貴様をぶちのめす。」
…と、いつもこんな調子なのである。
「グレン組長…わかったからその手を下ろして。」
ジンはハァと溜息をつくと立ち上がった。
「…また朝が来ちまった。ずっと寝てたいぜ。」
ジンをはじめとする雑用奴隷の作業は基本王宮の掃除、造営だ。
アラーニャ王の気紛れで建てられる御殿や遊興施設の造営、
各種必要なライフラインの整備、はたまた貴族の好物である茶園の管理が主な仕事だ。
時折官吏がウンザリ顔でしたためた文物を運んだりもする。
そんな官吏の話を漏れ聞く奴隷は多い。
その奴隷達は口を揃えて言うのだ。
「アラーニャ王は加虐趣味のある暗君だ、夜な夜な少年を痛ぶっているらしい。」
普段目にしない高貴な人々の破廉恥な噂話に奴隷達は冷笑した。
自分達が汗水垂らして働く裏で、君主は何をやっているのか、と。
そうして心の中で高貴な王を蔑みながら彼らは今日も働く。
そんなことは決して、口に出せないけれども。
組長と共に何かの建設に使うと思われる木材を運んでいたジンはそんな噂話を思い出して
この木材を叩き落としたくなった。
__どうせ、ロクな用途じゃないんだろうな。
…ジリジリと照り付ける太陽のせいで流れる汗の一粒一粒に代金を要求したい。
「おい、そこの奴隷。どっちかでいいから、それを置き終わったら、これを後宮の造営官に届けてくれ。」
見知った顔の官吏が彼らを呼びとめた。
脂で顔がテカテカ光っている。
彼はブツブツ何やら愚痴っている。忙しくて手が回らん、とボヤいているようだ。
「俺はまだ、他の奴らの様子を見に行かなきゃならんから、お前が行け。」
グレンは木材を置くと、その場を離れてしまう。
ジンは屋内に入れることを単純に喜ぶことにした。
彼は封に入った書類を官吏から受け取る。
「分かりました…。ですが、その造営官様というのはどちらにいらっしゃるんですか?」
脂顔の官吏は舌打ちした。
「…造営官「様」だなんて言われると虫唾が走るわ。お前らと同じ奴隷出身の卑しい奴だ。
まぁ、顔だけは宜しいから、お前も精々拝みに行けばいい。」
「そう…ですか。」
自分を卑しいと言われることには慣れてしまった。
しかし、言われると心の端が傷むものだ。
「これは…何です?」
「質問が多い奴だな。そんなに気になるなら同じ穴のムジナに聞けばよかろう。
さっさと行け。」
ヒラヒラと手を振るその官吏の足を踏んづけてやりたかったが、
ジンは我慢した。
仲間に迷惑をかける訳にはいかないからだ。
そんなことをしたら、鞭打たれるのは自分だけではない。
後宮の門番に事情を話して通してもらう。
綺麗に舗装された石畳を歩きながらジンは気分が高揚してきた。
自分達が住まう場所と打って変わって涼しく、過ごしやすい気候。
緑溢れる庭。そして造形美溢れる噴水やオブジェ。
あの日ナフィーサから聞いた『白玉の城』のイメージに勝るとも劣らない殿閣だ。
彫刻がふんだんに施された壁は白くピカピカ光っている。
…まるで宝石のように。
廊下に据え付けられた香炉が芳しい花の匂いを運ぶ。
その匂いが運ぶのは、彼の憧憬だ。
「夢の中にいるようだな…。」
こんな綺麗な場所で過ごせるのなら、
寿命が半分になったって良いのではないかと彼は思う。
そしてより現実的な思考の方で、何か貰えるものはないか、
と思案しているのはジンらしいといえた。
「…って、俺には無縁の場所だったな。」
ナフィーサやクロエがここにいることを思い出した彼は
彼らに会いたいと思う一方で、嫉妬心も感じたのだった。
美しい回廊を歩きながら、周りの者に『造営官』の所在を聞きまわる。
後宮に務める人々は皆容姿が整っていて、綺羅綺羅しかった。
彼らの衣服は繊細で、ジンが見たこともないようなものばかりだ。
繊細できめ細やかな生地に刺繍や宝石が散りばめられている。
興味本位で服の材質を尋ねたら、東方の「キヌ」だという。
ジンは基本衣服に無頓着だが、このキヌとかいうものは
一目で高そうなものだと分かった。
「…切れ端でもいいから、くれればいいのになぁ。」
…売ったら金になるだろう。
これで下働きの人間なのだから恐れ入る。
麻の擦り切れた服を着ているジンは完全に異分子だった。
『造営官』という人物は周りの者に行先を伝えなかったらしい。
複数人に聞いたが中々知っている者はいなかった。
とある侍女がその人物を偶然、
王が最近気に入っているという庭園で見つけたそうだ。
それを聞いたジンはそこに向かうことにした。
そこに向かうジンの歩みは苛立ちのせいか早い。
「…汚くて悪かったな。
…といっても俺はいつだって綺麗な格好とは無縁だがな。」
ジンの泥と汗にまみれた汚い格好を見た侍女は
露骨に彼と距離を取ったのだ。
ジンは自嘲的に口を歪めた。
「…エセ占い師が言っていたことは本当だったってわけだ。
…確かに、モテない。
でもこれって運とはちょっと違う気が…。」
彼は「運」という言葉について考えを馳せた。
最近運が良かったことなんて、精々が上空から落ちてくる鳥のフンを回避した程度だ。
「俺はすばらしい強運の持ち主じゃなかったのかよ…。
もう五年もこの調子だっての…。」
ジンは小一時間にしてようやくその人物を見つけることが出来た。
後宮の伝達網はあまり優れているとは言い難い。
伝言くらい残していけよ、とジンは思う。
報告、連絡、相談というのは実に大切だ。
だが彼はそんな苛立ちを、庭園を見て一瞬で忘れてしまった。
今まで後宮の粋を凝らした趣向を見せつけられてきたジンであったが、
この庭園はまさに別格だった。
宝玉で出来た木、銀の橋、硝子の鳥。
瑠璃で出来た岩山、真珠の花、乳と黄金が流れる川。
人工的でありながら、自然の美を超越していると感じさせる幻想的な風景。
ジンはそれを見ながら、昔自分が聞きかじったお伽噺を思い出していた。
道端によく座り込んでいる、魔女を思わせる老女に聞いた話だ。
ボサボサの白髪頭、歯の欠けた口元が印象的だった。
ジンと同じ乞食なのだろうか、一日中同じ場所にいて、
時折、しわくちゃの口元を更にしわくちゃにしつつ、
歌や昔の話をしてくれたものだ。
__気付いたら、見なくなっていたな。
その日はジンにとって実に幸福な日だった。
…実入りが多かったのである。
巡礼の季節になると、毎日のように巡礼者が特定の街を訪れる。
それを狙った彼はその中の一つの街…シャムスに移動して、
生計を立てようと考えた。
彼がボロを纏って巡礼者の面前に躍り出ると、
信心深い彼らは面白いように金や食料を落としていく。
ジンがホクホク顔で久々に豪華な昼食を頬張っていると
…見知った顔がこちらを見て、差し招いているのが見えた。
それが件の老女である。
頼んでもいないのに、その老女は良い話を聞かせてやろう、と彼に迫った。
…老女の魂胆は明らかである。
ジンは意地悪く断ってみたが、本気で拒絶しているわけではない。
そしてそのことは老婆も重々承知なのであった。
『…とある、老人の話じゃ。』
老女が静かな声で話し始める。
人を喰ったような笑みが深くなる。
『その老人は山の深いところに館を構えておって、市井の貧しい若者を口説いてはその屋敷に招き入れた。老人の館は素晴らしいものだった…という。まるで神がいらっしゃるという楽園のように。その館の庭園には金銀財宝で出来た木、金や乳の流れる川があった。』
ジンは自分のカバンに手を突っ込みながら、フンッと鼻を鳴らした。
『…つっこみどころが多いな。
山の老人はどうしてそんなに立派な庭園を山なんかに持っている?
そして貧しい若者を無料招待とはどういったわけだ。
金銀財宝で出来た木とか金や乳で出来た川だと?
…そんな話聞いたこともない。
これで俺の昼食を分けて貰おうなんて、婆さん図々しいなぁ。』
呆れたように言いながらも、ジンは取り出したパンを老婆に渡す。
それを頬張る老女はニヤニヤしだした。
『…なんだよ?』
『…なんだかんだ言ったところで、お前はお人好しだからの。
…続きを話してやろう。このパンに見合うだけの続きをな…。』
老婆はパンを咀嚼し、ゴックンと嚥下するとジンに向き直った。
『その前に聞かせてくれ。』
『なんじゃ?』
『どうしてあんたは巡礼者から食料を頂きにいかないんだ。
…だってあんなに一杯いるじゃないか。』
ジンが指さす先には黒い列がゾロゾロ続いている。
まるで蟻の大群のように。
『…お前…それは若者の仕事じゃ。
それにの…私はこう見えて、高貴な身の上じゃ。
そんな…人に物を無心するような卑しいことは…出来ぬ。』
『俺だったらいいのかよ!?俺だったら!』
はぁぁ、と溜息をついたジンは老女に続きを促した。
老女は息をスゥ、と吸い込んだ。
『続きを話そうか…その老人の館で一日、若者達は大いに歓待を受けたのじゃ。
この世の王とて味わえぬ贅沢を骨の髄まで覚えさせられた。
彼らは多くの財宝に目を奪われたが、その中でも取り分け目を惹かれたのは
黒檀のような髪を持った美女たち…その中でもとりわけ光輝く、姫君だった。』
『先ほど高貴な身の上と言っていたが…その高貴な姫君が…あんたって訳か?』
『…どうだかのぅ。そうだと言ったらお前は信じるかの?』
ジンは鼻クソをほじった。
『信じない。』
『…まぁよい。
若者達は当然麗しの姫君や財宝を得たい、と考えた訳だが
山の老人は一日が過ぎると冷酷にも若者を追い出した。』
『…酷い奴だな。貧しい奴にそんな夢を見させるなんて。』
『本当にのぅ…。そうして老人は言ったのじゃ。
再びこの贅沢を味わいたいのなら、自分の手足となり
自分の望みを叶えて見せよ、と。』
『…老人の望みはなんだったんだ?』
『…滅んだ国の再興じゃ。とっくに人に忘れられているというのに。
老人と姫君は滅んだ王国の末裔だったのじゃ。』
『……それで、その若者はどうなったんだ?』
『…皆、死んでしもうたわ。山の老人も…その姫君も。』
老女はそれきり口を閉ざし、黙々とパンを齧りだす。
ジンの興味も老女から黒蟻の群れに移った。
『おい…中々面白い話だったぜ。あんたが作ったんだろ?
…これ腹いっぱいで食えない。いるか?』
もう一つのパンを老女に与え、ジンは立ち上がった。
『…もう、一働きするかな。』
その庭は昔、老女が語っていた話のイメージそのままだった。
庭を見渡すと黒髪の美女達が水瓶を持って乳を汲んでいる。
「どういう仕組みなんだろうな…?」
…そんなことより麗しの姫君はいないのだろうか?
ジンは該当する人物がいるのか辺りを見渡して…男の後姿を認めた。
男は銀の橋の中腹で、流れる川を見詰めている。
きっとあれが『造営官』なのだろう。
「…ちぇっ。どうせなら姫君がいいのに…。」
悪態をつきながら、その人物に近づいて行く。
近づきながらジンは思った。
どうも自分と同じくらいの歳のようだと。
川辺の美女よりも黒々とした髪をゆったりと流している。
繊細な青い生地に真珠が施された衣から伸びた繊細な手は
橋の欄干をギュッと握りしめていた。
…何か心にかかることでもあるのだろうか?
「すみません。王宮の方から来た者です。
…これを造営官様にお届けしろと仰せつかりました。」
彼は白い封書を捧げ持った。
…その人物はゆっくりと振り向いた。
覚えのある人物だ、と瞬時にジンは思い当る。
__まさか…造営官は…。
「…ナフィーサ…なのか?」
姫君よりも繊細な美貌の持ち主は生気のない顔をこちらに向けた。
彼は何故自分の名を知っているのか問おうとしたらしい。
だが彼の口は半開きのまま固まり、目は驚愕に見開かれた。
「ジン…なのか?」
男…ナフィーサは頬を緩ませ、徐々に喜色を露わにする。
一方のジンは非常に戸惑っていた。
彼の美しさ、絢爛さ、そして自分との差に。
それでもこの友人との再会は彼にとって嬉しいものだった。
「…元気だったのか?」
会いたい、会いたいと、時折思い返していた割に、出た言葉はそれだけだった。
ナフィーサは眉を顰めた。
「ああ…元気…ではあるけどね…私はこんなところから出たい。
ジン…私もお前のところがいい。連れて行ってほしいよ。」
「こんなところって…なんだよ…。」
ナフィーサのその言葉を聞いたとき、
ジンは自分では抑えきれない嫉妬が心に渦巻くのを感じた。
ジンは自分が憧れるものを持つナフィーサに当たってしまう。
ジンはそんな友の態度に傷つき、両者はそれ以上何も言わずに別れる。
ある日ジンは王の怒りを買って、罰則を受けるという奴隷の話を耳にする。
その奴隷は王の今一番のお気に入りらしい。
そんな噂話を傍目に、ジンは通常通り過ごしていたが、彼の元にクロエが訪ねて来る。
駄文におつきあい頂いてありがとう!(^^)!
山の老人の話は結構有名です。所々変えて使わせていただきました。




