表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

O・S・K story ~ oneesan to syounen to kurage? ~ お姉さんと少年とクラゲ? 1話 パート8

 「・・・ぅ、ん・・・」

 ショータは、ふいに目が覚めた。

 視界に陽の明かりの混じった、明かりの無い部屋の暗さの色彩が入りこんだ。

 それを見て、ショータはふいに朝がきたのだと理解した。

 だが、ショータの視界は、狭い状態になっていた。

 「・・・?」

 目の前には、白い2つの膨らみ。

 そして自分が右肩を下にして寝ていて、抱き寄せられている事にも気付く。

 ショータは顔を上げた。

 すると、そこには、

 「・・・」

 目を閉じ、寝ているシャルディアの顔があった。

 銀髪が散って、ショータとシャルディアどちらの身の上にも垂れている。

 衣服は白いドレスではなく、ネグリジェの様な寝巻きだった。

 透明度は低く、白いワンピースパジャマの様にも見える薄布の衣服。

 ショータの身をシャルディアの右手は抱き寄せ、ショータと一緒に寝ていた。 

 「・・・・・・」

 ショータは、どうしてこうなっているのか、わからくなった。

 ぼんやりとする頭。

 色々と考えたくなかったはずの頭の思考。 

 

 ショータ本人が無自覚に、無意識に、自意識の中に置いていない、昨日の月光の夜の頃合いの現実逃避した感覚。

 それすら思い出したり似た様なものを抱く事もできない程に、虚を突かれた状況だった。


 訳の分からないショータは、ふいに声をこぼす。 

 「ぁ、の・・・」 

 ショータは、状況がよく分からないままながらにも、声をかけた。

 しかし、反応は無く、シャルディアの寝顔だけがそこにある。

 ショータは、ふいに自分の手元を見る。

 コップが、無かった。 

 そして右のポケットの中にも歯ブラシセットがなかった。

 ショータは、不安な顔をしてあたりを見渡す。

 すると、枕元の上のカーテンの閉じられた棚の方の上に、どちらも置かれている事に気付いた。

 ショータは、その姿を見て安心した。 

 どちらも、両手の中に納める。

 数瞬経って、

 「・・・んっ、・・・む、」

 シャルディアの目が開いた。

 ショータとシャルディアの目線が交差する。

 そしてシャルディアは、先にショータが起きていた事に気付いて、

 「・・・おはよう。ショウタ」

 遅れて、身を緩美やかに少しだけ起こしながらショータへとそう告げていた。

 ショータも身を起こす。

 ベッドの上に緩い姿勢で座ったままの2人の状態。

 ショータはシャルディアを見つめた。

 そして、

 「・・・どうして・・・」

 よく分からないながらに、ショータは何故一緒に寝ているのだろうという疑問を、問い掛けようとしていた。 

 するとシャルディアが先に答えた。

 「・・・ショウタがソファーの上に寝ていてね・・・あのままだと、風邪を引くと思ったんだ」

 言葉を続ける。

 「・・・勝手にベッドに移動させてすまなかった。・・・私も少し、眠くてね・・・」

 シャルディアはそう答えて、

 「そのコップと歯ブラシセットは・・・寝返りをうったりして壊したりしてはいけないと思ってね・・・勝手に触って置き換えてしまったんだ。・・・すまない、ショウタ」

 その説明を聞いて、ショータは合点がいった様に俯き、歯ブラシセットとコップをじっと見つめる。

 「ぃ、え・・・」

 そして、ショータはどちらも無くしていない事を理解した上で、シャルディアに問題ない旨の言葉を告げていた。 

 そして2人の合間に、幾許かの朝の最中のまどろみに似た間が訪れる。

 そして、シャルディアが口を開いた。

 「・・・どうだろうか?」

 ショータは尋ねられるかのような言葉を告げられた。

 「ぇ・・・?」

 ふいな問い掛けに単音をこぼす。

 シャルディアは、ただどこか、儚く、

 「・・・私は・・・母親代わりに・・・なれないだろうか?」

 そう尋ねていた。

 それを聞いてショータはふいに目を見開いた。

 しかし、ショータはその言葉に、ただ、

 (・・・心が・・・読める・・・)

 1つの猜疑心を抱いた。

 すると、シャルディアは、

 「・・・キミの境遇を私は知っている。・・・キミの心も、記憶も読めるから」

 と、正直にショータへと話していた。

 それを聞いたショータの見開いた目は少しだけ行き場の無いほぐれを示し、ショータの顔は俯いた。

 シャルディアが、ショータを右手で抱き寄せた。

 ショータは右肩からシャルディアの胸元へと埋もれる。

 そして、シャルディアは、

 「・・・・・・キミの事を、保護してくれた人に・・・会いたいかい?」

 そう、訪ねていた。

 その言葉を聞いてショータの顔は呆気になっていた。

 そして驚きも含め、性急な様子で、ショータは顔を上げて口を開いた。

 「会えるん、ですかっ・・・?」

 その言葉に、シャルディアは、

 「・・・此方から、観るだけならば」

 と、返答を示していた。

 「観る・・・だけ・・・?」

 「言葉通りの・・・意味になる」

 そう言って、シャルディアはショータから手を離し、抱き寄せるのを終えて、ベッドから降りる。

 「・・・ショータ、観たい・・・かい・・・?」

 「・・・」

 ショータは、ただ数瞬、困惑した。

 ただ、その内心は銀髪の魔王が心が読めるという事を理解した上で、それにすがった気持の状態だった。

 口にする事は、頭の理解が追いついていなくて、それが怖くて、口に出来ない。

 それなのに、心は、

 (―――・・・桶口さ、ん・・・)

 一目会えるなら――――会いたいという気持ちを強めていた。

 

 それは、暗に魔王に選択肢を任せたものだった。

 それは、ショータの逃避。

 

 ネグリジェの衣服が長いスカートタイプのものだと示す。しかし下は半透明で足の線の動きが見えた。

 そしてシャルディアは窓の方へと近寄った。

 すると、段々と部屋が暗くなっていた。

 カーテンが閉じられているのに、カーテン越しに陽の白い明かりがあったのに、まるでそれら全てが遮断されて黒い壁になったかのように、暗くなっていた。

 すると、部屋の中心の辺りに立ち、シャルディアは右手で指を鳴らした。

 

   ―――――``     ``


 それと同時に、シャルディアの背後に部屋の床から天井すれすれになるほどの横長の長方形の、半透明の白い薄型テレビみたいな結晶体が現れていた。

 ショータは目を見開く。

 

 それは、魔王本人は何か理解しているモノ。

 ``情報結晶``。

 この場に、シャルディアは出現させた。


 そしてその画面が白く淡い一面の画面になってから、映像が出力され始める。

 

 ショータの知っている部屋が、映し出されれていた。

 そこは、ショータにとっては、一度逃げ出した場所。



 そこは、市役所の部屋。

 児童保護課の部屋。


 その部屋はまだ朝の入りが途中なのか、完全な暗闇ではないが、白いカーテンの隙間から入り込む光は薄いものだった。

 部屋の中央に事務机を中心的に配置した部屋。

 その部屋の窓際近く、右肩を窓側に向ける席に、一人の女性が座っている。

 だが、その女性は腕を組んで突っ伏して寝てしまっていた。

 黒いスカートスーツの衣服、ごく普通な社会人然とした出で立ちの女性。

 黒縁の眼鏡をかけ、長い黒髪は後ろ三つ編みにしてオデコを見せる形で身だしなみを整えている。


 それは、入り口側の右隅上の方にある監視カメラから中継しているかのような光景。

 部屋の全体像ではなく、ある程度は女性を大きく写した光景。

 そしてそれは固定のカメラではない事を示す様に、女性を中心に360度回転するように映像が変わっていた。


 その映像を見て、ショータは、

 「桶、口さん・・・」

 その女性の名前を呼んだ。

 ショータはただ呆気な顔だった。 

 歯ブラシセットもコップも持ったまま、ベッドから降りて立ち、情報結晶の傍へと歩み寄る。

 距離にして、あと数歩歩けば、手を伸ばせば届くぐらいの距離。

 ショータは見上げてただ見つめ続けた。

 そして何も言わずに居たシャルディアの方をショータは一瞥した。

 「・・・これ、は・・・」

 「・・・これが、一方通行の意味だ。・・・此方側からなら、この女性の事を観る事はできる。・・・これは、乖世観測という力だ」

 「・・・」

 ショータは、ふいに俯いて、

 「・・・桶口さんの事も・・・」

 喉から、搾り出すように、

 「・・・おとうさん・・・おかあさんの事も・・・やっぱり・・・全部、知っているんですか・・・?」

 そう、シャルディアへと訪ねていた。 

 そしてシャルディアは、

 「・・・ああ。そうだ。・・・キミの記憶も、心も読めるのもあるが・・・だが、私はコレでキミ自身も知らない様な・・・アチラの世界でのショウタに関係する情報も、知っている。

・・・キミが、何故あの場所に一週間も保護されていたのかも」

 そう、答えていた。

 ショータの身が、一瞬震えていた。

 そして、俯いた顔が、苦々しくなっていた。

 シャルディアが、言葉を続ける。

 「・・・私がしてあげられるのは、これぐらいしかない・・・未だに、人間を・・・ショウタを、あの世界に帰してあげる事は叶わない中で・・・故郷の世界の事を思い出したならば、せめてできるものの事としては・・・」

 「・・・」

 数瞬の様な、間が訪れていた。

 そしてショータは、また情報結晶の画面を見た。

 映像は、最初映し出された固定の監視カメラみたいな配置に戻っていた。

 ふいに写る、一人の女性をただ見つめ続けていた。

 そして、ショータは、

 「・・・もう、いいです・・・」

 必要ない、そういう意味の声色として、その言葉を口にしていた。

 そして、ショータはシャルディアの方を向いた。

 そして、ショータは、頭を下げていた。

 「・・・ありが、とう・・・ございます」 

 それを見て、シャルディアはふいに目を見開いた。

 ショータは、何も言わなかった。

 それでもショータの気持ちをシャルディアは分かってしまった。

 分かってしまった気持ち。

 それは、色々なものがない交ぜになった感情。

 「・・・」

 シャルディアは、その感情の矛先が向いた立場だった。

 だから、シャルディアはただ、頭を下げるショータへと膝を曲げて床に着いて目線を近くして、抱き寄せていた。

 ショータは、頭を下げた状態から姿勢が戻る。

 「・・・すまない・・・。・・・すまない、ショウタ・・・」

 シャルディアは、ただ、そう告げる事しかできなかった。

 「・・・キミの・・・もう1つの・・・」 

 「・・・?・・・」

 「・・・私が、マホウツカイであるならば・・・キミの願いを叶えてあげられるかもしれないという願望も・・・果たす事はできない」

 「っ・・・」

 「・・・すまない・・・」

 

 ショータは、どうする事も出来ない自身の境遇の負の感情が暴走しそうになっていた。

 そして、1人の同郷の世界の―――心の中、大切な影の1つと成っている女性、その姿を見て――――ぼんやりと思っていた願望が叶わないと知って――――引き金となっていた。

 

 それは、クラゲ亭のお風呂で、1人の女の子から聞かされた『マホウツカイ』の言葉を聞いて思ってしまった事柄。

 シンデレラをお姫様にした奇跡を成した様な存在。 

 だけど、それは空想。

 願望にしても、子供には本質の天秤にかけられない無理難題。


 一目見れた喜びと、届かない現実の苦しみ。

 負の感情の暴走は、銀髪の魔王にも向きかけた。

 

 だが、ショータはその心を抑えていた。

 

 そして、ただ自分が身勝手に銀髪の魔王に選択肢を任せたという事を理解した上で――――一方的な願望を無意識に、小さくなっていてもどこか抱いていた事が自分が嫌になって―――その小さな身体に全てを溜め込む選択肢を選んでいた。

 

 だから―――もう、いい――――と、自分を抑える為にも、頭を下げて願っていた。


 これ以上、会いたかった人の事を観続ければ、心が壊れてしまいそうな気がしたから―――


  

 「・・・ショウタ、」

 銀髪の魔王は、ただ告げた。

 「・・・ココには、私とキミしか、いない。・・・だから・・・」

 それは、魔王なりの罪滅ぼし。

 「私が・・・キミの心の怒りを受けよう・・・」

 「っ・・・」

 「だから・・・好きな様にして、いいんだ・・・」

 

 ショータの喉から、嗚咽がこぼれた。


 

 防音の部屋の中―――1人の男の子の泣く声が、響き続けていた。







 ===================================





 

 部屋分け廊下。


 そこに一夜を越えて、ずっと店主は護衛者として立っていた。

 右隣には、目を閉じ背中を壁にもたれかけている銀髪の魔王の姿。

 「――――・・・」

 魔王の両目が開いた。

 そして、店主がそれに気付いて後ろを見る。

 「お目覚めかい」

 そう、店主が茶化すように口にした。

 その言葉に、シャルディアは、

 「・・・ああ、おはよう」

 と、どこか苦しそうな顔で微笑を浮べ挨拶をしていた。

 それを見て店主は、

 「・・・どうした?」

 魔王の小さな機微の問題に気付いた。

 「・・・何があった?」

 シャルディアは、不意を突かれたような顔になる。

 そして、数瞬して誤魔化しは意味が無いか、という風に目線を下げて、

 「・・・キミなら、口外はしないだろう」

 ただ、信頼を旨にした前置きをして、

 「・・・キミは・・・昨日の夜、」 

 「・・・?」

 「ショウタが・・・名前を名乗った時、・・・違和感を感じていたね・・・?」





 ===========




「・・・そうか」

 シャルディアの説明を受けて、店主はそう声をこぼした。

 その声色は、ショータがクラゲ亭で自己紹介した時の様子から感じ取れた事。

 他にも、色々な点でも機微と言える変化の要素があった。

 それも、悪い意味での負に向いた感情の色合いのもので。

 (・・・苗字、ね・・・)

 店主は、今しがたの魔王から教えられた内容におおよその理解を経ていた。

 そして、『魔王』という音楽の説明をしていた時の、ショータの陰り。

 それの理由が、何となく理解できてしまった。

 

 魔王は、子を連れ去る。

 それは、永遠の別れ。


 「・・・どうしてそれを俺に話した?・・・お前の養子になる存在だろ。ショウタは」

 その言葉を聞いて、シャルディアは真剣に、真面目に、真摯な視線を向けた。

 「・・・メルー=アーメェイに話すかは、キミに決めて欲しい」

 「なに・・・?」

 店主が怪訝な顔をする言葉を口にしていた。

 シャルディアは、言葉を続ける。

 「・・・``サトリ``とは、万能なものでもなくてね。・・・他者の心は次の何を思い始めるかは、ある程度の予測はできても、完全な先読みできるという訳ではない」

 「・・・」

 「常に読み取る事は、確かに出来るけどね。・・・だが、感情は・・・それはどんな刹那よりも早い事だってある。・・・現実の何かを変えてしまう程にね」

 「・・・」

 「人の心は・・・それだけ難しい。・・・だから・・・彼女と傍に居て長いキミにこそ、彼女に話すべきか否かを委ねたい。・・・無責任でワガママな願いだというのは分かってる」

 店主は、その急な言葉に、溜息混じりに怪訝な顔で尋ねる。

 「・・・解せねぇな。なんでアイツが出てくる?メルーは俺と同じ一時的な保護者に過ぎんだろうが。なんでアイツに話さなきゃいけねぇ?」

 「・・・」 

 「余程の事がなけりゃ、この城からおさらばになったら二度と会えないような縁だろうが。

・・・まぁ当人達次第だろうがな」

 「・・・その当人達の次第の話をしている」

 「・・・」

 「・・・ショウタは彼女の事を・・・それは飽くまでお世話になった1人の年上の女性としての認識でだが・・・思っている心が、まだある。・・・そして彼女は、・・・最後になってルールの事を話した」

 「・・・」

 (アイツ・・・話したのか・・・)

 店主は、苦虫を噛むような表情をした。

 色々な事を聞いてきた割には、そういう点は相談されていない。

 いや、疑心暗鬼の状態だったからこそ、相談しなかったのか、否か。

 シャルディアが言葉を続ける。

 「故に・・・ショウタに対して会う事もできない気持ちを抱いている」

 その言葉に対して、店主は冷たい感じで、

 「・・・無理して会わせる必要があると思うか?」

 そう、銀髪の魔王へと告げた。

 銀髪の魔王は、少しだけ儚げに、

 「ビリー・・・」 

 店主の名前を呼ぶ。

 それに対してを店主は、溜息をつく。

 外野が勝手に仲直りを促す、なんてのは店主の性分ではない様な気がしていた。

 それは、言葉にせずとも魔王が理解するだろう。

 「・・・ショウタはどうなんだ」

 店主は尋ねていた。

 「『まだある』って言うのは、一過性のもんだろ。つまり、心の柱になる程のもんだとでも言うのか?」

 「それは・・・分からない」

 「・・・」

 「・・・心や、思考は、一面性で語れるものではないから・・・何より先程言った通り、これからどう心の内面が変化するか・・・それも私には分からない」

 その言葉に、店主は一度溜息こぼす。


 「・・・コッチはコッチ、オメェはオメェ、としか言えないな」


 その言葉に、ふいにシャルディアは顔をあげた。

 店主の言っている事は、こういう意味だった。

 此方が話す時は話す。

 其方が話したい時は話せ。

 わざと、表立ってはぼかした物言いをしていた。

 それが分かるのは、銀髪の魔王。

 それが分からない訳でもないのが、店主の存在。

 銀髪の魔王は、どことなく申し訳ない顔をして、

 「・・・分かった」

 そう、返事を返していた。





 


 =============================





 店主はドアノブを開けた。

 そしてメルーの寝ているはずの客室へと入室した。

 そして靴を脱いでベッドの方へと近寄る。

 メルーは仰向けになって寝ていた。

 青年的な女性の歳の頃合いだというのに、普段通り寝相が悪いせいで抱き枕の類でもないと大の字になってしまう彼女の姿を見て、店主は頭を触手の一本で抑えて、何とも言えない苦悩的な表情を浮かべた。

 そして、店主は、

 「・・・おい、起きろ。メルー」

 と、声をかけた。

 「・・・zzz」

 しかしメルーは起きない。

 「・・・おーい」

 店主は、触手数本でメルーの身を揺さぶりつつ、近くによって耳元に声をかけてみる。

 だが、メルーは右手が、

   ポゴッ

 目覚まし時計でも止める時の無意識の挙動なのか、右手が店主の左頬(身体の左側?)をパーで叩いていた。

 むにゃむにゃとすら言わない、軽く半覚醒した様子すらない、完全に寝ている状態での手刀の如くの動き。

 その威力、擬音の圧して知るや言わずもながら。

 頬が少しふにゃと震えてる。

 「・・・」

 店主の額には、軽く怒りマークが出来ていた。

 「・・・はぁ」

 店主の溜息。

 店主は、触手の数本をメルーの頭の上に配置した。

 そしてそれを器用に曲げていって1つの形を成していく。

 触手をスリングショットやボウガンや矢の様な状態にしていた。

 そして、店主は弦となった触手を引いて、

   

   ブンッ!


 デコピンした。


   バァン!


 「ず、おあっ!??」

 メルーは目を覚ました。

 額に覚えた痛みと共に身体が勝手に喉から悲鳴をあげたかのようにベッドから転げ落ちそうになる。

 身体に掛けていた掛け布団のシーツが外れて、下の薄水色のショートパンツズボンが露になる。

 気付けば店主は既に身を幾らか引いていて、間近に立って起こす様な事もしていなかった。

 「おい起きろ。メルー」

 店主はメルーにもう一度呼びかけた。

 すると、メルーは疑問符だらけの顔で辺りを見渡し、状況が訳が分からない様相を示した。

 「て、店長?」

 店主の存在がある事を確認するような言葉。

 「なんだ?」

 店主の応対する言葉。

 メルーは、状況が把握できなかったが、段々と意識が冷静になっていった。

 「・・・あ、あの?」

 メルーは尋ねた。

 「な、なにか、しましたか?・・・今?・・・オデコに痛みが走ったような・・・」

 ちなみに、スリングショットにした触手は全て一瞬とも言える速さで店主が引っ込めていた。

 だから、メルーには何が起きているのかも分からない。

 それでいながら店主は淡々と、

 「額を少し叩いたぞ?目を覚まさないからな」

 そう教えていた。

 「なっ・・・」

 メルーが驚いた顔になる。

 そして直ぐに少し怒った顔になって、

 「な、なんで叩くんですかっ!酷いじゃないですかっ!」

 と、抗議した。

 「あ?・・・あー・・・」

 店主は、漠然とした様相で、

 「・・・昨日の夜はお前、かなりウジウジしてる感じがしたからな」

 そう、メルーが一瞬「え・・・」と口にする言葉を吐露し、

 「何より、飲む予定も無かったのに酒なんざ飲んじまった訳だからな」

 茶化すように、別の話題も口にした。

 その言葉を聞いてメルーは、

 (・・・お酒・・・?)

 怪訝な顔をしていた。

 そして、店主は、

 「気付けに良いと思っただけだ」

 総評としては、そう答えていた。

 メルーは一瞬、きょとんとしてしまった。

 そして直ぐ様、

 「そ、それでも酷いっ・・・」

 と、何とも言えない微妙な気持ちになりながら、

 「ぜ、絶対にご隠居に言いふらしますからねっ!?」

 メルーはそう宣言していた。

 「あーあーかまわんかまわん。そんぐらいの気構えで居ろ」

 店主は、背を向けて淡々とそう返していた。


 メルーは、内心、変だと思った。

 そして変だと思った気持ちには気付いていた。

 

 自分のオデコに右手を回す。

 痛みは少しだけ走ったが、そんなに痛い訳ではない。

 まるで軽く頬を叩かれた程度の感覚だった。

 どちらかというと、耳が、鼓膜に凄い音が響いた感じで其方の方が耳鳴りがするぐらい。


 「・・・店長、」

 「あん?」

 「・・・本当に、オデコを叩いたんですか?」

 「ああ、叩いたぞ」

 店主はメルーの顔を見ずに、部屋を歩いて電源を点けたりして部屋を明るくしていた。

 カーテンは、防犯上開ける事ができない。 

 部屋の周辺を歩き回る店主。

 それは、明らかに一種の警戒の調査の様相。


 それを見て、メルーは店主の触手を見つめた。

 店主の触手の一部が、赤く腫れていた。

 子供が自分で自分の手や足や腕を悪ふざけで叩くようなものとは、比べ物にならない程度には、痕になっていた。

 「・・・」

 メルーは、微妙な顔で、

 (・・・口下手・・・?)

 ただ、店主なりの茶化しだったのだろうかと、不意に疑問に思ってしまっていた。

 メルーは、何とも言えない気持ちになる。

 そしてとりあえず、ベッドの右手側から降りて、置いていたスリッパを履く。

 「・・・店長、」

 メルーは、そんな口下手か否かとかは、分からない事だと割り切って、店主の言う通り、なるべく気構えよくしようと声をかけた。

 「なんだ?」

 店主の応対の声。

 メルーは質問をする。

 「これから・・・どうするんです?・・・店長も、しばらく缶詰なんですか?」

 メルーのその問いに、店主は、

 「ああ、しばらくお前は缶詰だろうな。・・・俺は・・・部屋の外に居たりするかもしれんが

 「部屋の外・・・?」

 「・・・まぁ、お前は気にせんでいい。見張りをするだけだからな」

 「見張り、ですか・・・?」

 「何かあった時、誰かが間近で起きていた方がいいだろ」

 メルーは、その言葉を聞いて、

 「な、ならっ、せめて部屋は同じで交代とかにすればっ・・・」

 「俺はお前と同じ種族じゃないんだから、睡眠時間なんぞそんなに重要じゃねぇよ。それに、お前が仮にココで何かあった時に避難誘導みてぇな事ができるのか?」

 「っ・・・」

 「俺なら、逆にやれる事も多い。・・・配置すべきは既に決まってる様な事だろ。何より、お前1人じゃなく、ショウタの見張りも兼ねる」

 「・・・!」

 「だから外の廊下に出ていようと思ってな。・・・」

 店主は、メルーが『ショウタ』の名前に明らかに反応を示していたのを踏まえて、カマをかけてみることにした。

 自分が相談を受けなかった事について。

 「・・・そういや、お前・・・ショウタが故郷の世界に帰れない事は話したのか?」

 メルーは、

 「・・・は、い」

 正直に、答えていた。

 それを聞いて店主は、

 「・・・なら、尚のこった。・・・お前は部屋に篭って俺が買ってきた参考書でも読んどけ。俺があの野郎の変身した偽物だぁ〜なんて疑念からくる中身は都合のいい偽物の知識書なんて疑惑を持つだろうが、知っとけばココから出た後に本屋とかで見比べて納得いくまで考える事ができるだろ」

 メルーが、素直に答えたという事。 

 それは、店主からすればメルーはそれなりに気持ちが小さくなっていると言えた。 

 だから、今は部屋に居ろと告げる。

 メルーは、何とも言えない肩身の狭そうな、それでいて二の句もどう告げるべきかという具合の迷った表情を示していた。

 それを見て店主は話題を変えるように口を開いた。

 「・・・腹は減ってねぇのか?」

 「・・・え・・・?」

 「何せお前、昨日の夜は一口目が酒で、そのまま酔いつぶれたって聞いたぞ?・・・初めて飲む酒の味はどうだったよ?」

 店主は、茶化すように、イジワルするようにそう口にしていた。

 メルーは、少しだけ、ムッ、として、

 「わ、私はっ・・・というか、私の種族は魔界じゃお酒は普通、飲まないものでしょうっ?・・・アルコールが許可されてるお酒に強い種族とかじゃないんですからっ・・・」

 「ま、そりゃそうだ。・・・だが、そうなると味なんて覚えてない、と」

 「・・・そりゃあ・・・まぁ、覚えてないですけど・・・」

 「くく・・・」

 店主は意固地が悪いように笑った。

 それに対してメルーは、

 「・・・」

 何とも言えない気持ちで、無言になっていた。

 店主が疑問符を浮かべて「どうした?」と尋ねる。

 するとメルーは、

 「・・・私、本当にお酒を飲んだん・・・ですか?」

 「・・・んん?」

 「・・・店長が言うからそうなのかなーって思いましたけど・・・何か、記憶がなくて・・・」

 メルーは少し不安気に口にしていた。

 「・・・魔王様って、確か記憶を消す・・・みたいなことも、できますよね?・・・ショータにも、お店に来た変な人達・・・あ、いや、人形、ですか?・・・がトラウマになるかもしれないから、似た様な事をしてると、多分、思うんですけど・・・本当は、それなんじゃ、って・・・」

 「・・・」

 その説明を聞いて、店主は、

 「まぁ、その可能性もあるわな」

 あっけらかんと口にした。

 メルーは、あまりに店主があっけらかんと言うので、意外すぎて腰砕けそうになった。

 店主は口を開く。

 「・・・真相なんてのは分からねぇよ。それに、``過去喰い``が必要な沙汰にまでなったってんなら、まぁそれはそれで別件的に聞き逃せない事でもあるわな」

 「・・・過去喰い・・・?特異点能力、でいいんですか?」

 メルーは尋ねる。

 店主は答える。

 「ああ、特異点能力だ。これも位置づけられた名前とかは知らなかったか?・・・だが、これは局地的だけに記憶を消したりできるようなもんじゃないんだがな」

 「へ・・・?」

 「これは他の余計な記憶まで消えちまう可能性が高いんだよ。それこそ虫食いに遭った葉っぱみてぇにな」

 「・・・え、そうなんですか・・・?」

 「ああ、体力も無駄に使っちまうみてぇだし、何より手広く消すのに使っちまうと他の関係の無い記憶まで手広く消えちまう。反比例にだ」

 「関係の無い、記憶・・・」

 「・・・まぁ、面倒な能力・・・だな・・・」

 店主は、何やら詳しい様子だった。

 それがメルーに疑問になる。

 店主の魔力をメルーは感じていて、店主が本人だと思える魔力の感知はできている。 

 だが、それにしたって既知の経験のモノとして思慮が深い物言いに思えた。

 「なんか・・・詳しいですね?」

 「・・・まぁ、な。というか、これぐらいは特異点能力の教科書の一覧で載ってる様な事だぞ?」

 店主は、どこか何かを思う感じで、生返事気味の相槌をしていた。

 それが、メルーには何なのか分からなかった。

 だが、少なくとも魔王の身の潔白を主張している意図があるような表情や、声色の類には思えなかった。

 何か、深い、過去の事の話の様な、遠い表情の色合い。

 魔王の変身した偽物かもしれない、などというメルーには推察の論や想像や妄想でしかない半信半疑気分の今も、尚の事判断に困らせる色合いと言えた。

 それは、時々店長が見せる表情で、本人にしか、出来ないような表情だと、思えたから。

 「・・・」

 メルーには、そこから先は推し量れる事もできず、とりあえずなし崩しに身支度を始めようと思った。

 座っていた状態のベッドから降りて、ベッドを使ったから掛け布団などをとりあえず初めてこの部屋に来た時みたいに整えておく。

 対して、店主はキッチン周りを調べ始めていた。

 「・・・何もねぇな・・・冷蔵庫はあるが・・・昨日の残りモンか?こりゃ・・・」

 店主は戸棚などを開けて調べていた。

 「・・・1人分はあるが・・・電子レンジがねぇな。・・・店から食材と器具を持ってくるべきだったか・・・」

 店主は料理を作る気満々の様子だった。

 ある種の職業病か、比喩的な生活習慣病とでも言えそうな様子。 


   リィン♪


 ふと、インターホンの呼び出し音が鳴っていた。

 店主は動いていない。

 だが、ふとメルーは玄関廊下の入り口の辺りを見ると、いつの間にか店主の触手が伸びていた。 

 そしてドアが開けられる音がした。

 メルーはふいに玄関廊下へと顔を出す。

 すると、応対者もいないのに勝手にドアが開いて少しだけ驚いた風だったが、直ぐ様に店主の触手に気付いていたらしいムラタが、開かれたドアの前に居た。

 「あ、メルーさんっ」

 ムラタが顔を出したメルーと目線が合って、右手を振っていた。

 「朝御飯の配膳にお伺いさせていただいたっす〜」

 ドアからムラタが右側に行って、部屋分け廊下の方から、昨日の時と同じ様に銀色のかなり大きめの箱型の配膳車を共にして部屋の中へと入ってきていた。

 昨日と同じ様に台車の拘束部位を解除し、まるで戦車を輸送し上陸した揚陸戦艦の出撃口から戦車がカタパルトを経由して降りてくるように配膳車が玄関と廊下の段差を超えて中へと入っていく。

 ただ、その配膳車の上には、更に小型の電子レンジの様な機械まで設置されて持ってこられていた。

 店主は無言だった。

 そしてムラタが部屋の中の方へと入ってきた辺りで、キッチン側に立っていた店主は口を開いた。

 「・・・随分とタイミングがいいな、ムラタ」

 「はいっす。魔王様がテレポートで送ってくれたからっすよ〜準備はもう出来てたっすし」

 そんな2人の会話。

 それを見てメルーは、ふいに尋ねる。 

 「・・・あの、お2人はお知り合いなんですか?」

 その質問に、ビリー店主は、

 「ああ、そうだが・・・」

 ごく普通に応じて、ムラタは、

 「はいっす〜」

 ムラタは、どこか茶目っ気にくねくねとして、

 「一夜を共にした間柄っすよ〜〜」

 そう、メルーが度肝を抜かれたような顔になる言葉を口にしていた。

 対して店主は特に驚いた様子も無く、だが頭痛でも酷くなりそうな、もしくは呆れが極まるという具合の表情をして、

 「・・・酒飲みって意味だよ。・・・コイツ、アルコールだぁ毒だぁに耐性が滅茶苦茶強いマーメイド種だからな。・・・何度か付き合わされた事がある」

 「・・・あ、そう、・・・いう意味、ですか」

 メルーは、さすがに納得せざるを得ない、生返事を示した。

 そして店主はムラタの冗談に付き合わず、淡々とした様子でムラタに尋ねる。

 「・・・その中に入ってるよな?食器やら調理器具やら食材やらは」

 店主のその質問にムラタは冗談を延長させる事も無く、

 「あ、入ってるっすよ〜ビッちゃん」

 そう返事をした。

 それを聞いてメルーは、

 (ビッちゃん・・・)

 何と言えばいいのか、はたまたどう思えばいいのか、感想に困る愛称で呼ばれているのだなぁ、とふいに思った。

 しかし特に店主は気に掛ける様子もなく、自然に淡々とムラタとの会話を続ける。 

 「魔王様がキッチンでメッちゃんとビッちゃんの御飯を作ってあげてほしいって言ってたっす。ので、お任せ下さいっす」

 「・・・いや、俺が作ろう」

 ムラタは意外そうな顔をした。

 「え、けどビッちゃんはお客様っすよ?それに、昨日の夜はずっと部屋分け廊下に立ってたじゃないっすか・・・」

 その言葉に、メルーは驚いた顔をする。

 それに店主は気付いてか、メルーへと、

 「・・・触手スライムは元々、睡眠がそんなに必要な種族でもねぇよ・・・」

 落ち着け、とでも言うように言葉にしていた。

 そしてムラタへと店主は向き直る。

 「腕がなまるから作らせてくれ。・・・一夜起きていたからって変なモンは作る事もないぞ?」

 「うーん・・・甘えちゃってもいいんすか?自分としてはビッちゃんの御飯を久しぶりに食べたいっすけど・・・」

 「・・・まぁ、食器の用意や飲み物の用意は任せる。あと昨日の残り物も温める為にその電子レンジ持ってきたんだろ?そこら辺の処理と3等分化を頼む。終わったら座っといてくれ」

 「あ、了解っす〜」

 「・・・酒は出すなよ?」

 「もう〜ビッちゃん、朝からお酒なんて飲まないっすよ〜」

 ごく自然と、2人はそんな会話をしていた。

 そして、ふとムラタがメルーを一瞥した。

 「あ、メッちゃん。お風呂の準備は出来てるっすよ」

 「・・・へ?」

 ふいな言葉に、メルーは虚を突かれた。

 ムラタは説明する。

 「昨日、自分のせいでお酒を間違って出しちゃって・・・メッちゃん、そのまま猫みたいな笑い声あげてからスヤァ・・・と寝てしまってたので・・・」

 「ね、猫・・・」

 メルーは、身に覚えが無いようで、何だかぼんやりと、変に楽しい気分になって笑ってしまっていたような気がするのは確かにある記憶の中で、何とも言えぬ気分になる。

 「鍵がかかってなかったもんで、朝の6時ぐらいお邪魔して、お風呂にお湯は張っておいたっすから」

 その言葉を聞いて店主が、

 「・・・メルー、鍵ぐらいちゃんとしろ」

 ごく普通に注意していた。

 メルーは内心、ムラタの論点がどこかおかしい気がするが、そもそもココは自分の家でもないので、店主の注意を受けるぐらいしかできない気分。

 だが、確かにお風呂に入れるというのはメルー個人としてはありがたいものだった。

 「それ、じゃあ・・・お風呂に入らせていただきます」

 メルーは、とりあえず魔王に部屋の説明された時の通り、お風呂の方、玄関から見て右側の果ての壁側の通路の方へと歩いて行った。






 ========================





 

 お風呂場に入り、メルーは一息ついた。

 クラゲ亭の広いお風呂と比べると、よくて3人詰めて入れるか、ぐらいの浴槽だった。

 床や壁や天井は、白色だけのタイル調。

 入り口から入って左側に浴槽。そのまま真っ直ぐが路で、突き当たりが洗い場。右側は直ぐに壁。

 脱衣場にまでドアが備わり音が隔離される場所。

 浴槽の広さと洗い場の床の広さが同じぐらい。入り口から見て奥行きに広い横幅は狭くなる間取り。

 そして左側の浴槽の上の方の壁の辺りには、窓も備わっていた。

 だが、その窓は透明ではなく黒い壁の様と言える色合いをしていて、ガラスなのに外の陽の光も入り込んでいないものとなっている。

 客室という事での秘匿性を重視する浴場なのかもしれない。お風呂の電気を点けても外に漏れなさそうだ。

 手ごろな狭さ。音が隔離されて静かな部屋。

 お湯がぽちゃんと、少しの身動きでもたまに鳴る。

 「・・・・・・」

 静かな時間だから、ふいに考え事をしてしまいそうになる。

 目が覚めてから1人じゃなかったから、考える事が無かっただけ。

 それでも、1人になると、考えてしまう。

 (・・・ショータ、は・・・お風呂・・・)

 メルーは少し心配になった。

 (ちゃんと・・・入ってる、かな・・・)





 ============================





 メルーは、1人で居ると考え事をしてしまいそうで、長風呂になってしまいそうだから、早めにあがることにした。

 店主やムラタを待たせてしまう結果になりかねない杞憂もあったから。

 浴場への入り口。そして浴場から出れば洗面台の姿。

 クラゲ亭の脱衣場と同じ様だが、此方は広さがクラゲ亭の半分以下しかない。

 何より洗面台の左側には空いたスペースがあり、そこには長方形の船型のゴム製の様な白色のカゴが置かれている。

 一人用のお風呂としての趣が強い。

 床も壁も天井も、細かい青みのある混合石材の色合いをしているから、格調高いホテルのバスルームにも見えてしまう。

 右側は窓。しかし其方はカーテンが閉じられている。

 しかも日差しが入り込んでいない事から、其方も黒い窓の類なのかもしれない。

 左側はドア。その先へと出れば部屋の方へと続くL字を上下反転した様な廊下に出る。ちなみにその廊下の途中の左側にトイレのドアがあった。

 床に敷かれた水受けの白いマット。

 その上に立ったまま、洗面台の左の方のカゴの中へと手を伸ばす。

 その中には、タオルや、着替えが入っている。

 『あ、洗面台の左側のカゴの中にお着替えとか、タオルとか用意しておいたっすよ〜。脱いだ服とか使ったタオルもカゴの中にでも入れておいて下さいっす。洗濯しますんで〜』

 メルーがココへと足を運ぶ際にムラタに説明された内容に偽りは無く、用意がされていた。

 メルーの私服は今は洗面台のカゴの右隣の空いた辺りに畳んで置いている。

 メルーは粛々とタオルで自分の身体を拭いていく。

 考え事が色々ありすぎて、それなのに1つの――――小さな男の子の事が心配で―――変に纏まりがなくなってしまうから、無心になるぐらいのつもりで行う。

 そして身体を拭き終えて、洗面台の左隣の空いたスペースの方へとタオルを、畳んだ衣服とは別途に置く。

 そしてメルーはカゴの中の着替えへと手をかけた。

 白い服の様だった。

 「・・・・・・」

 (・・・・・・・・・・・・・・・・ん、んん・・・?)

 



 

==============================




「・・・?」

 毒性洗浄機を使って食器のチェックをしていたムラタは、ふいに目線をお風呂場などに続く廊下の入り口の方へと向けた。

 廊下に入って左側へと続いていく水周りの施設。

 そこからメルーが風呂からあがっていた。

 だが、メルーは顔を此方に出すだけで、身体は見せない。

 ムラタはメルーの方へと歩む。

 「あがられたんすねっ」

 ムラタがマイペースにあっけらかんとそう告げる。

 そしてメルーは尋ねる。

 「あの・・・着替え、って・・・」

 その、どこか微妙な心地の質問に対して、ムラタは疑問符を浮かべる。

 ムラタは壁を越えてメルーの出で立ちを見ていた。

 それはビリー店主の方からはまだ見えない。

 ビリー店主は(なにやってんだアイツ等・・・)と内心でふいに思う。

 メルーの格好を見たムラタは、

 「おぉ・・・お似合いっすよ〜」

 気に入ったように、そう声をこぼしていた。

 メルーは、評価されて喜ぶという風も無く、ただただ困惑を示す。

 「・・・やっぱり、これが着替え・・・なんですか?」

 「?、そうっすよ〜?」

 「・・・」

 メルーが、どうしよう、という具合になっている中で、ムラタは後ろに回る。

 「リボンとかの着付けは先にやっておいたっすから、意外と簡単に着れたでしょう?ささ、参りましょうっす」

 「あ、ちょっ・・・」

 メルーは、部屋の中へと入る事になってしまった。

 不意にフライパンで焼いていた目玉焼きのチェックをしていて目線を逸らしていた店主は、メルーが入ってきた気配に気付いて、

 「・・・一体どうしたん・・・」

 聞こうとした所で、声が消えていった。

 

 メルーの格好は、一言で言えば『お姫様』が着ていそうな衣服だった。


 それは寝間着でも私室着でも使えそうなゆったりとした白いドレスローブ。

 しかし手首や腰周りにフリルが備わっている、いわゆる『可愛い』とか言われるタイプ。

 ロングスカートも連なる波状にフリルが続く。

 後ろ腰には大きめのリボンが備わっていた。しかし前はリボン連なりの布止めではなく、カフス留めでリボンは後ろ腰に一体化しているタイプ。

 それがメルーの大きな胸のせいで、腰周りにでも巻き布をしないと変に着太りして見えてしまうのをカバーして、メルーの腰の細身をちゃんと示せるようになっている。

 しかし、胸元はボタンが閉められず、腰周りのカフス留め頼りな状態になっていて、胸元は閉める事すらできていなかった。胸の谷間が全て見えている状態になっている。

 

 そんな格好と対面して店主は、

 「・・・なんだ、その格好・・・」

 と、二日前の夜の時と同じ様な言葉を吐露していた。

 「いやぁ〜魔王様のお着替えとか似合うんじゃないっすかねぇ〜って思ったんすけど、やっぱり似合うっすね。胸以外はスタイルも背丈も近いですし」

 ムラタがそんな事を言っていた。

 今度はムラタがやり遂げたとでも言わんばかりに満足している。二日前はやり遂げられた対象がそんな顔をしていたのだが。

 「えっ・・・これ、魔王さ、まの、服・・・なんですかっ・・・!?」

 どことなく着心地が悪いというか、きっと似合わない衣服だという風に思っていたメルーは、ムラタから聞いた言葉に、顔を青ざめていた。

 「?、そうっすよ?」

 ムラタはごく自然に答える。

 メルーは、慌てて、

 「べ、別の服はないんですかっ?!!と、というか、これ、手洗いで洗濯した方がいいですかっ!??」

 と、半ば混乱気味にムラタへと尋ねていた。 

 「へ?洗濯は自分のお仕事っすよ?メッちゃんはする必要がないっす・・・」

 「そ、そうじゃなくてっぇ!」


 メルーは、何とかムラタを説得して、別途に服を用意して貰った。

 





 =========================






ムラタが客室のタンスの方から、また別に衣服を用意して、脱衣場に逃げ込んだメルーの方へと持って行っていた姿を店主は眺めていた。

 店主は内心、大方メルーは魔王の服と知って宝石でも扱うかのように慎重に脱いで畳んで、呪いのアイテムの類とでも対面するかのような恐怖感でも抱いているのだろうと何気に思う。

 (・・・)

 普段で、もしただの来客としてココに居るのなら(店主自身、そんな事は自身が拒絶してメルー共々この場に訪れるなんて事はさせないが)、部屋分け廊下にでも居る魔王の事を意固地の悪い奴だ、とでも悪態つくかもしれない。

 テレポートでも何でもしてやってきて、メルーに問題無いとでも言えばいいのだから。

 それはただ、縁のある店主からすれば『あの野郎は服にそんなに頓着がない』という経験則に基づいたものにすぎないとしても、怒るようなものではないと思えた。

 だが、今はそんな気さくな対応もなるべく、したくないという内心があるのが、今の魔王の内心なのであろうとも、店主はふいに思っていた。

 どうせサトリでも何でも使われて総じた厳重な監視の体制の最中、いわば箱庭で管理される動物の如くの様な状態ではあり、店主はそんなふいに思う事すら正直したくなかったが、1人の男の子の事がどうしても絡む。

 それは『あの野郎の事はともかく』という内心があっての内面の思考の揺らぎとも言えた。

 (・・・面倒な状況だ)

 西国などの知り合いやらツテやら情報を取り扱う者やらの縁である程度は把握して、最悪の可能性も想定はしていた事ではあったが、これだけ厳重だというのは、曰くを示す。

 魔王の1人の保護・護衛の対象である男の子への執着が、何よりの証拠とも言える。

 恐らく、2人の養子である娘達の方の事も、警戒しているのだろう。

 一応、あの2人の養子の人間の娘達が人間だとバレないように、あの魔王なりの誤魔化しの類は準備しているか、今の所は囮にでもしているか、だろうか。

 メルーが話した内容を加味して、恐らくは後者だろう。でなければメルーが気付けるはずがないから。それともイレギュラーがあったか。

 「・・・ビリー」

 ふいに、後ろから声がした。

 「・・・あんだよ」

 キッチンでサラダの用意をしていた店主は、振り向きもせずに声をかけた。

 後ろにテレポートで現れていた魔王へと。

 「・・・楓と鈴音達には、『御守り』を持たせているよ。だが、効果が切れかけていた。だから、メルー=アーメェイにはバレてしまった。・・・正直、驚いたよ。彼女の感知能力の素養のよさは」

 「・・・」

 「御守りも、新調した。・・・今の所は2人の方は人間だとバレない可能性も高い」

 「・・・」

 どうやら、イレギュラーの説明に来ていた様だった。

 「まぁ・・・相手が私と同じ魔王と成った者だとしたら、どうかは分からないが・・・」

 「・・・んな事を話す為に一々コッチに来たのかよ?」 

 「・・・彼女に、服に関しては問題が無いと教えておいてあげて欲しい。私は気にしていないし、若者こそが着ると似合う意匠の衣服は、若者こそが着るべきだと、思うから」

 「・・・それは何の冗談だ?」

 店主は、問い詰めるように口にしていた。

 その声色は、メルーの衣服の似合うか否かなんて点を指していない。

 本質の方。

 「・・・テメェが話したい内容は、そこじゃないと俺は思ったんだがな。そのどうでもいいアイツの格好だぁどうだじゃなく、『御守り』とやらの小細工に関しての事だと思ったが?」

 「・・・悪かった」

 シャルディアは、少しだけ申し訳なさそうに、降参したように口を開いた。

 「・・・ショウタには、御守りは備えてあげられない。・・・楓と鈴音の事がバレるからだ。

店への襲撃の観点から見て、既に乖世収集でターゲット化していると考えられるからだ。・・・キミに、負担を増やす事になるかもしれない」

 「・・・」

 「・・・それでも、西南国の外側からでも首謀者がサトリや千里眼が使えて此方の情報が筒抜けであるなら・・・これはあまり意味の無い言葉になるだろう。・・・とはいえ、それなら此方もサトリや千里眼の魔力の反応を感知する事が出来る筈で、可能性は低いだろうが・・・」

 そして魔王は、言葉にする。

 「・・・どちらにしても、すまない・・・と言わせて欲しい」

 「・・・謝ってばっかだな、お前」

 店主は、淡々とそう告げた。

 店主は皿にサラダを盛り付ける。

 魔王は、微苦笑して言葉にした。

 「・・・キミが疑問に思った事を教えておきたい。・・・そしてショウタの保護状況の態勢も、ショウタを護ると主張したキミに説明しておきかった。・・・それだけだ。・・・調理中に邪魔してすまないね・・・」

 そう言って、魔王は姿を消した。

 (・・・アイツはナゼナニウマシカか・・・)

 店主は、Q&Aに何でも答える馬鹿か、という意味でそんな造語を内心で、かなり悪い言葉遣いで悪態つきながら吐露した。

 一々律儀に答えるのはサトリを使って覗いていたという事の証明だろうに、と店主は内心で思う。

 だからこそ、魔王の口にした覗き見されている可能性を考えれば、口にするのもよろしくないはずだと言えた。

 魔王同士ならば、サトリにより内心の心を読む事はできないのだから。

 だから内に秘めておけばどうとでも隠蔽できる事柄だと言えた。

 だが、ターゲットとして明確に認識されてしまっているショータ。

 アチラの都合も、確かにあった。

 (・・・)

 店主は、配膳を始めていた。

 そして、ふと風呂場へと繋がる方を見る。

 退出してきた気配があったからだ。

 メルーとムラタの二人が部屋に戻ってきた。

 店主から見て左にメルー。右にムラタ。

 メルーの姿は、さっきのドレスローブではなく、それなりにしっかりとした格好だった。

 だが、かなりライトにラフな雰囲気である。

 黒いスーツズボン。上は白い長袖の、胸の大きさに合わせたYシャツ。そしてその上に上着として着ている、胸元は空いた緑色の縦線のYシャツよりは袖の短い胸空きタートルネック。白い靴下。

 首元も上着で軽く隠すその緑の衣服。

 どことなく衣類の指定の緩い企業オフィスの一室でコーヒーでも飲みながらデスクワークを片手でこなしているキャリアウーマンという風な雰囲気の格好とも言えた。

 メルーの背丈あってか、モデルの様に先程のドレスローブとは違う装いの趣がある。

 「ほー、便利な服があったもんだな」

 店主が、出てきた2人に声をかけた。

 「そいつはいつも胸のせいで着れる服が多くなくて困る事が多かったんだが・・・」

 その言葉に、ムラタはム、として、

 「ビッちゃん、セクハラっすよ〜?」

 と、冗談っぽく、しかし一応ちゃんと注意した風で言葉にした。

 「・・・人型ですらない種族の俺にんな事を言われても困るんだが・・・」

 それに対して店主は素で淡々とそう答える。

 そしてメルーは特に店主の言葉に気にした風は無く、逆にそのタートルネックをまじまじと見つめながら関心しつつ、

 「いえ・・・ホントに良い服ですね・・・これ・・・」

 ムラタがふいに「?」と疑問符を浮かべて、メルーの方を向く。

 メルーは言葉を続ける。

 「窮屈じゃなくて・・・それに温かいですし・・・」

 メルーは、少しだけ感動した風でそう口にしていた。

 「ムラタさん、これって何ていう種類の名前の服なんですか?」

 どうやらメルーは、タートルネックである事すら分からないようだった。 

 「あ、それは胸開きタートルネックという服らしいっすよ?アッチの世界の服からデザインを輸入したものっす」

 「へー・・・」

 メルーは、感嘆気味に声をこぼしていた。

 店主としては、年頃の少女が服に頓着もなくて上着の種類の名前も知らない事に少しばかり不安になる。

 (まぁ・・・そういう奴ではあるんだが・・・)

 店主は内心で溜息つきつつ、配膳を続けた。

 ムラタがメルーに伝える。

 「その上着、差し上げましょうっすか?」 

 「・・・へっ?」

 メルーは、不意を突かれたように単音こぼした。

 「い、いえっ!いいですよっ!名前が聞けたので、自分でまた日を改めて買いに行きますからっ!」

 「?、そうっすか?」

 メルーの性急な返事。ムラタの天然の返事。

 店主は特に、もう気にする風も無く、配膳を続けた。

 「おい、2人共席につけ。もう終わったぞ」

 店主の声が響く。

 メルーは食卓の方を見た。

 食卓の上は、クラゲ亭で見かける様な食事の、パンに合わせた洋風の食風景になっていた。 

 (あ・・・)

 その調理された料理の姿を見て、何となくメルーは郷土心のようなものを思い出した。


 昨日、メルーが食べなかった分のホワイトシチューが3等分、底の深い白い小皿に盛られている姿は、どこか家庭的だった。温めなおされたからか、湯気があがっている。

 それが左手前。

 右手前には、昨日のメルーが食べなかったパンが3等分されてバター焼きになった3角ケーキみたいになった物が、白い中型ぐらいの丸皿に盛られている。

 他には、一枚の食パンを半分にカットし、そしてトーストにした物も盛られている。

 そして奥の方の主菜の方はと言うと、大きめの丸皿の上に盛られているのはハムエッグと、3等分されたオムレツ。

 そして右隣にはメルーの食べなかったレタスなどのサラダの盛り合わせを3等分して、細かく切り、更に水気を抜いて、店主の作ったらしいポテトサラダを合わせた、野菜色とりどりのポテトサラダに仕立て上げた食べ物が白いサラダボウルに盛られた形で置かれていた。

 そして机の中心辺りには、昨日の夜のオレンジカクテルや炭酸オレンジの入っていた様な飲料容器が置かれていて、中はお冷が入っていた。氷が大量に入っていて、冷たそうな雰囲気。

 そして各々の席の左手側、されど落ちたりしないように主菜皿と平行な位置に、透明なコップが置かれている。


 昨日のメルーの食べなかった分に、少し付け足した感じの食事。

 ムラタは配膳車の方へと歩み寄り、中を調べながら、

 「あ、食材は大分余ったんっすね。やっぱり」

 そう声をこぼしていた。

 店主が声を挟む。

 「ああ、メルーの食わなかった分を処理せんといかんからな。ポテトサラダぐらいだ。手間取ったのは」

 店主は、そう世間話気味に伝えていた。 

 「んじゃあ、この食材は後でキッチンに持って帰らせて貰うっす。今日のお昼とか夜にまた回す感じにしましょう」

 「ああ、そうしてくれ」

 店主はそうムラタと相談を経て、合意し、ムラタはメルーの方へと戻ってくる。

 「ささ、メッちゃん。座りましょうっす」

 ムラタはメルーに案内を告げる。 

 メルーは、

 「っ、あ、は、はい・・・」

 ふいに感じた郷土心に対する自問自答もままならないまま、席の方に着いた。

 店主が銀色のフォークとスプーンを配膳して回っている。

 そしてそれを終えるぐらいに店主もムラタも席に着き終える。

 「それじゃ、いただきましょうっす〜」

 ムラタのその言葉。

 「ああ、」

 店主の返事。

 2人はテンポ良く、

 「いただきますっす」  

 「いただきます」

 と、挨拶をしていた。

 メルーはそれを見て、慌てて、

 「い、いただきますっ」

 そう挨拶して、フォークに手をつけた。

 そして、食事を口に運ぶ事にする。

 ふと、色とりどり野菜のポテトサラダにメルーは目が行った。

 そして、それを銀色のスプーンを掴んですくい、口に運ぶ。

 「・・・!」

 そして、メルーは、

 (・・・)

 少しだけ、やっぱり、という気持ちを抱いて小さく驚いていた。

 

 店主の作った料理の味だった。


 それは、長い事食べてきた味。

 ポテトサラダは、作り手の腕が反映されやすい。

 ジャガイモの蒸かすバランスや味付け、どれを取っても。

 だから、メルーはそれに目が行ってしまった。

 だから、舌が肥えるとかそうじゃないとか以前に、覚えてる。

 メルーはふいに、店主を見た。

 店主は普通に食事を始めていてパンを触手で分けて食べていた。

 そんな店主がメルーに気付く。

 「・・・なんだ?」

 その言葉に、メルーは、

 「あ、い、いえっ」

 と、慌てて目線を逸らした。

 (・・・)

 メルーは、少しだけ落ち着いた。

 内心、流石に、と言う気持ちもあったが――――それでも初めて魔王という存在に出会い、その魔王と成った者の行える事の多様性を、漠然の既知のものは知っていても、目の当たりにしてしまって、色々な猜疑心は抱いてしまっていた。

 だから、この話しているビリー=ラグラギァの姿をした人は、本当の店長なのだろうか、という疑問が、どうしても抜けきれなかった。

 だが、ビリー店主の作る味が、目の前にある。

 それは、必ずしもの証明となるものではないが、メルーの心を落ち着かせるに充分な説得力のあるものだった。

 (・・・・・・) 

 少しだけ、心が楽になった気がした。

 まだ、判然としないで迷っているままだけど。

 いつもの日常の朝が来た時の感覚を、思い出せた。

 (――――――っ・・・)

 ふいに、メルーの脳裏に1人の影が浮んだ。

 それは、朝食ではないけれど、確かに一度はこの日常の味を同伴した存在。

 「あ、のムラタさんっ・・・」

 メルーは、尋ねた。

 「ショ・・・隣の人間の男の子は、ちゃんと・・・御飯を食べていますか?」

 その問いに、ムラタはふいに尋ねらたという風な表情を浮かべていた。

 そして、ビリー店主のコップにお冷を入れていて、その後メルーの分にも入れようとしていて、まだ何も食事には手をつけず、席には飲料容器が置かれた状態のムラタは、少しばかり困惑の表情を浮かべていた。

 「・・・昨日の夜はお食べになられてないみたいっす」

 「えっ・・・」 

 「ショウタ君、昨日は夕方前からずっと寝てしまっていたみたいでして・・・」

 ムラタが、ショータの名前を知っている事を驚いたりなどはしない。 

 だけどメルーは、食事を抜いていた、という言葉に少しばかり顔を青くした。

 メルーが、身を乗り出しそうな雰囲気で続けて尋ねた。

 「け、今朝はっ・・・!?」

 「・・・まだ、起きられていないみたいっす。インターホンを鳴らしても出なかったら、魔王様がそこら辺は教えてくれるんすけど・・・魔王様も用意のお申し付けをなされるので・・・」

 メルーは、その説明に更に不安になった。

 そして一瞬の内に色々な葛藤を経る。

 

 そして、至るのは――――何も、出来ないという気持ち。


 メルー自身の内面のショータに対する罪悪感。

 ショータの側が、どう思うか分からない怖さ。

 それが、メルーの気持ちを沈黙させた。

 

 「・・・」

 メルーのフォークやスプーンなどは、あまり動く事なく時間ばかりが過ぎる事が多かった。



 


 ====================================================






陽の光が外から入り込んだ。

 カーテンは閉じられている。

 だから、木々の葉の隙間から入り込む木漏れ日の様なゆるさが、部屋を満たしていた。

 電灯の類は無い。

 あるのは自然光の明かりの照らし。

 いや、違うのだろう。

       ―――これは自然光の明かりですらない。

 「・・・」

 ソファーの上に座るシャルディア。

 シャルディアは膝枕をしていた。

 ショータはただ、泣きつかれて寝てしまった。

 左肩をソファーに着け、眠り続けている。

 それでも、完全に手先の意識が失われるまで、歯ブラシセットもコップも持ち続けていた。

 だが、それが落ちそうになれば、シャルディアはそれを手に取り、テレポートで机の上に転移して置かせておいた。

 「・・・」

 自分に何もできないと思った。

 ただ、傍に居る事しかできない。

 これが正しい選択なのかも、分からない。

 今は、ただ傍に居る事しかできない――――されど、傍に居たい――――

 矛盾している様で着地点は同じ気持ち。

 (・・・こういう時、・・・彼なら・・・どうするのだろうか・・・)

 シャルディアは、隣室で料理を作る者の事を脳裏に浮かべた。

 1つの店の店主。

 そしてその店で預かる従業員。

 

 親の、立場。


 2人の人間の女の子がそれぞれやってきた時の繰り返し。

 されど、それよりもっと大変な一時。


 ただ、自分の無力感を呪った。

 だが、答えは思いつかない。


 シャルディアは、ただショータの頭を撫でて、この朝の木漏れ日の一時を傍に居続けた。

 「・・・」

 シャルディアは、ショータの右肩に右手を置いた。

 そしてゆるく撫でる。

 

 これは――――祈り――――

 

 そして――――意思と、願い――――


 (――キミが・・・抗うと決めた時は、私はいつでもキミの傍に在れる様に・・・―――)


 それは、シャルディアの言霊にしない祈りだった。






 ==========================================

 

 




ただ、部屋分け廊下の壁に背中を預ける、別のシャルディア――――

 それは、本体であり、客室などに居る分身体ではない形の1つ。

 それは荒事としての護衛者としての役割。

 

 彼女の意識は俯き気味の顔のままに、薄暗く、静かなままだった。

 その脳裏に、一人の男の子の事も思いながら、並列的に他の事もただ行っていた。

 (・・・体力、調整・・・問題点・・・)

 ただ頭の中が自分の体調の確認をする。

 体力の回復は、分身体をショータと一緒に寝させた時の頃、ビリー店主が同伴したお陰で本体のこの身を半分寝かせ、ある程度の精神的な回復が見込めた。

 だが、それでもこの一週間の体力の消費は激しかった。

 常に西南国全域に展開している特異点能力が多かった。

 普段は、攻撃性波長感知などを用いて現場急行の様な動きをする。または事前に事件対策があれば、今回みたいに時間もかからずスムーズに事を運んだりで対処する。

 今回の事件は、敵方の魔式の可能性高く、前例無く、それでいて相手の尻尾も掴めない状況でもあった。

 そして、首謀者が魔王と成った者、もしくはそれに連なる者達による集団行動の可能性。

 負担となる要素は、十二分に大きかった。

 

   ブルル・・・


 ふと、シャルディアのドレスのポケットから振動音が鳴った。

 シャルディアはドレスのポケットの中へと手を入れる。

 そしてシャルディアは手帳の様な携帯電話を取り出した。

 その画面に手を触れて耳元に携帯電話を近づける。

 「私だ。どうかしたかい?」

 『緊急のご来客の要件です』

 電話の向こうの声は老いた感じの、忠舌的な男性の声だった。

 そしてシャルディアは、

 「・・・」

 その来客が誰か、分かっていた。

 「ハスノ、要件は?」

シャルディアは、疲れ故か無意識にか、体力の浪費を抑える為か、遠距離の``サトリ``の使用をせずに尋ねていた。

 電話の相手は、

 『・・・西国の魔王様が、会談地議決に関しての慣例に基づいて、の例外の面会となります・・・』

 「・・・・・・そうか・・・」

 ただ、それでもシャルディアの声色は、知っていた事柄の案件であっても、明らかに変化していた。



 

 

 ========================================






 「ほらぁ・・・鈴音・・・」

 廊下を歩く楓は、後ろにずっと傍に居る鈴音に対して声をかけていた。

 今日、楓が着ている衣服は、白いスパッツに緑色のプリーツスカート。上は白いYシャツだけ、という出で立ち。

 そして鈴音は昨日のと同じだが、真新しさから見て、替え(洗濯済み)のものを着ている様だった。

 「・・・」

 鈴音は少し震えて、部屋の外でも中でも、ずっとこんな感じで楓のどちらかの手を握ったままで、へばり付いているかのように傍に居る。

 ここには誰もいない廊下なのに、鈴音は昨日からこんな風に誰かと目を合わせるのも怖がっているかのような状態だ。今は楓は左手で鈴音の右手を握っている。

 「もうっ・・・そんなんじゃアオバ君に失礼でしょっ・・・?」

 楓が呆れた様に口にする。それに対して鈴音は、

 「・・・わ、か・・・って・・・る・・・」

 と、恥ずかしそうに声をこぼしていた。

 「・・・アータ(あんた)、魔王城の年上っぽい男の人達は問題ないのに、何でアオバ君はダメなのよ?」

 楓は疑問に思っていた事を尋ねた。すると鈴音は、

 「わか・・・んない・・・、け、ど・・・」

 「・・・?」

 「・・・」

 「・・・・・・?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・だい、じょうぶ、だから・・・」

 そう、気恥ずかしそうに答えていた。

 より目がかなり泳いでいるのか、しっかりとした気持ちで見据えているのか、何とも言えない。何せ鈴音の顔立ちは表情の変化が少し乏しくておっとりしている感じがするから。

 楓にはどういう感覚なのか今ひとつピンとこない雰囲気を示している。

 「・・・はぁ、」

 楓は溜息をついた。

 (こりゃあ・・・シャルディアさんにお願いして私達をシャルディアさんと自宅学習する形じゃなくて、普通の学校に通わせて貰った方がいいんじゃないかなぁ・・・もしくは魔王城内の孤児院学校に出席する形にするか・・・) 

 楓はあれこれ考えながら、廊下を鈴音と一緒に手を繋いで歩いた。

 (・・・私も、同世代との関係性のコミュニケーションのノウハウ、って・・・多分低いだろうしなぁ・・・仕事・・・なんてご大層な事は言えないだろうけど、補佐課の補助みたいな事ばっかりしてきたから、大人との付き合い方は分かる・・・とは思うんだけど・・・)

 楓は内心で色々と思った。

 そして今は、内心で思った『補佐課』の方へと、鈴音と一緒に行こうとしていた。

 補佐課とは、魔王の身の回りの世話、毒味役(楓達は禁じられている)や調理等も職務とする人々の属する課へと赴こうとしていた。

 楓や鈴音はもっぱら事務仕事や雑務ばかりだが。

 そんな中、曲がり角に身を出した頃合いで、

 「うん・・・?」

 楓は、廊下の前方に居る集団に目が移った。

 

 それは黒服のsp(護衛者)だらけの姿。

 そして種族はエルフで統一されている集団。人数は10人以上居る。


 男女問わずのエルフの集団の中で、真ん中に居る1人の、楓とそう歳は変わらない様に見える女の子の姿。

 胸や腹部下の辺りに大きめの白いフリルカーテン、そして手首やスカート全体にも細やかな白いフリルのある青いドレスを着た姿。

 背丈は楓程、髪は長い金髪。だが髪の数が多いからなのか、金髪の幾らかを縦ロールにしている。

 モミアゲの辺りに2つ、後ろにも8つ以上は腰に届きそうな髪の長さに合わせた縦ロールに髪を整えている。

 その中に存在するストレートの金髪は踊る様に揺れる。

 整った前髪も、その気品さをただ示す。


 後ろ半身姿。そのせいで顔の全体は見えない。

 だが横顔気味の雰囲気だけで言えば『お嬢様』という言葉が似合う雰囲気の女の子の後姿がそこにあった。

 だが、楓は顔を見ずともその後姿を知っている。

 後ろ半姿が楓達の方に気付いた。


 「・・・あら?」


 曲がり角から身を出したばかりの二人に、その女の子は気づいた。

 その顔立ち、やはり『お嬢様』然として、それでいて気強い高貴さを示すような大きな赤い瞳の双眸。


 「楓じゃないっ、それに鈴音もっ―――」

 

 ――――その女の子は、SP達がざわめくのも気にせず、楓達の方へと駆け寄っていた。

 そして曲がり角から身を出したばかりながらに、気付いた楓は、その近寄ってくる女の子に対してお辞儀気味になっていたが、それも気にせず女の子は楓と鈴音の傍に飛び込み、二人を抱き寄せた。

 女の子は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 左腕は楓を、右腕は鈴音を抱き寄せた状態。

 楓は、口を開いて、

 「お、お久しぶりです・・・西国魔王様」

 そう、口にした。

 それに対して金髪の女性は、

 「もうっ!スティアラって呼びなさいって言ってるでしょう?お姉様の娘なら、私の娘も同然なんだからっ」 

 そう、楓へと告げ、

 「貴方達は、無事なのね?本当に、よかったっ・・・」

 安堵をする様に、言葉をこぼしていた。


 





 =======================================






場所は執務室。

 そこにシャルディアは出席し、執務室のソファーに、昨日メルーと対面した時の様に座っている。

 そして、今日対面するのは、メルーではなく金髪の縦ロールの多い赤い瞳の女の子。

 そして、その後ろの方に部屋の出入り口周辺を固めたエルフ種のみで構成されたSP達。

 シャルディアの背後には、楓、鈴音、そしてヅァ=サバクや、ビリー店長と一緒に魔王城に戻ってきていた赤髪のエルフ男性のジィンの2名の護衛課の者が同伴していた。

 西南国魔王、シャルディアの背後に立つはその者達。

 だが、もう1人西南国魔王に類する者が居る。

 その人物はシャルディアの後ろではなく、ソファーで対面する2人の存在の机の横。シャルディアから見て左、金髪の女の子からして右の側で、ティー配膳車を用いて紅茶の準備をしていた。

 衣服は黒い執事服。細く、シャルディアよりは高い背丈の身に纏っている。

 手には白い礼装手袋。足には黒い革靴。時折見える黒い靴下。

 その年齢は老齢の雰囲気。しかしシワは多いが雰囲気としては紳士的な雰囲気がある。

 種族はエルフ種を示す後ろに長めの耳。しかし耳はエルフ種にしては短め。

 首の後ろを晒すぐらいの短髪の白髪のオールバック。

 鼻の下には白い髭を蓄えている。

 その雰囲気は執事然とした出で立ち。

 その男性は、シャルディアと来客の女の子と言えるあどけなさのある雰囲気の来客へと、受け皿込みの紅茶の注がれたカップをどちらにも、

 「失礼いたします・・・」

 物腰落ち着いた雰囲気、静かだがちゃんと通る声で、礼儀ある流れでスムーズに置いていた。

 畏まった礼淑な姿勢。

 紅茶の配膳が終わり、来客の女の子が、

 「ありがとう、ハスノさん」

 執事然とした格好の男性の名前を呼んで礼を言った。

 そして執事然とした男性、ハスノは、右腕は降ろしているが肘の関節部分だけ曲げて右手首の辺りを左脇腹の前の宙に置く姿勢を取って一礼し、

 「もったいなきお言葉です・・・西国魔王様」

 と、口にして配膳車と共に、シャルディアの背後のSPや楓達とも距離を少し置いて、金髪の女の子から見て右側の窓際の辺りで待機の姿勢を示した。

 そして、赤い瞳の女の子の方の背後の、sp達の内の1人が近寄る。

 エルフ種、黒服、短い黒髪の、エルフ種にしては珍しいぐらいにジィンよりも骨格が太く筋骨隆々とした、厳格な雰囲気の男性SP。

 その人物の前へと出た挙動を女の子は理解しているように、男性spの2歩目が出る前に右手を上げて制止する。

 「私に並大抵の毒は効かないのは知ってるでしょう?毒味は必要ないわ」

 そう、告げて赤い瞳の女の子は自身に配膳されたティーカップを手に取り、口に触れさせて飲み始めた。

 「・・・ん」

 女の子は、最初は綺麗な居佇まいを維持したが、

 「・・・っァッづ・・・・・・」

 どうやら熱かったらしい。

 何とか喉を押し殺して超小声にはなっていたのだが、少しだけ手厳しいような感じを示した。

 そして彼女はとりあえずティーカップを受け皿へと戻す。

 そして前に出ようとしてきたエルフ種の男性の方を後ろ見て、

 「ど、どうよ?問題ないれしょう?」

 舌が熱かったのか、少し呂律が回ってない。

 それを受けてか、黒髪の厳格な雰囲気の男性のエルフ種は、

 「・・・お嬢様、お水をお持ちしましょうか?」

 真面目だが、どこか少しだけ苦悩気味にそう尋ねたが、

 「か、構わないわっ」

 主にノーを突きつけられていた。

 そして赤い瞳の女の子はシャルディアの方へと目線を戻し、

 「ごめんなさい、お姉様。急な来客をしてしまって・・・」

 そう、申し訳なさそうにシャルディアへと告げていた。

 シャルディアは応対し、

 「いや、構わないよ・・・それに、急な来客という事でもない。事前に決まった事なのだから」

 物腰柔らかい雰囲気で奥ゆかしく、応対していた。

 そしてシャルディアは会話を始める。

 「・・・明日、中心の地・・・会談地に赴かなくてはいけない要件。・・・その認識でいいかな?」 

 「・・・そうです」  

 西国の魔王は、数瞬の間を置いてから――――先程までの女の子の様な雰囲気の無い、魔王の表情になって答えていた。

 「・・・」

 その会話を経て、シャルディアは後ろの方を、自分の部下達、そして娘達を一瞥して、

 「・・・できれば、執務室の隣室で待機していて貰えないかい?」

 と、部下達に、娘達にざわめきが走る声を発していた。

 シャルディアが指していたのは、入り口から右奥の壁の窓際隅にある隣室へと繋がるドアの先の事を指している。

 そしてざわめきが走るのは、西国側のSP達も同じだった。

 ジィンが口を開く。

 「魔王殿下、一体何故・・・」

 「・・・できれば、スティアラと2人で話したいだけなんだ」

 シャルディアはそう言って、スティアラのSP達の方も見る。

 「・・・お願い、できないだろうか?」

 その問いに、スティアラのSP達は互いの顔を見合わせていた。

 そしてスティアラが、

 「・・・しばらく、廊下にいてくれないかしら・・・皆」

 そう、口にした。

 厳格な短髪の黒髪の男性エルフが、

 「しかし・・・」

 と、口にする。スティアラは、

 「無理に・・・とは言わないわ」

 そう、気品が崩れるような事は無く、そう告げた。

 「・・・」

 男性エルフが黙す。

 そして口を開いた。

 「了解しました」

 すると男性は、他のSPの者達へと指示を開始して、シャルディアの方を向き一礼し、

 「西南国魔王様、しばらくの合間、廊下の間をお借りする事をお許し下さい」

 「ああ、構わない・・・此方こそ、ワガママを言ってすまない」

 スティアラのSP達は全員、出入り口のドアを通り、廊下の方へと退出していった。

 そしてジィン達と楓達も、ハスノも、本棚の群れを通り過ぎて、隣室の別室へと繋がるドアを通り、退出していった。

 そして、シャルディアとスティアラだけが、執務室に残った。 

 そして、スティアラは視線をシャルディアへと向けて、質問をした。

 「・・・お姉様、``サトリ``をお使いになられたの?」

 それは、スティアラの望んだような状態になったからこその質問。

 だが、それは一種の冗談とも言える質問。

 それの答えは、どちらも知っているから。

 だから、シャルディアは普通に答えた。

 「いや・・・私達魔王同士や・・・極端に例外すぎる魔力量の者には、``サトリ``の類は意味が成さない事を知っているだろう?・・・使っていないよ」

 「・・・・・・」

 スティアラは、顔を少しだけ赤らめ微苦笑した。

 「・・・ありがとう、お姉様」

 そして、お礼を言っていた。

 「・・・私が、不甲斐ないばかりに、本当に・・・ごめんなさい・・・」

 そしてスティアラはシャルディアに謝っていた。

 その言葉にシャルディアは口を開く。

 「・・・スティアラ、キミの職責ではあっても・・・最近の事件に関しては、例外的な点も多すぎる。・・・だから、気負いすぎるのはよくないよ」

 「・・・それでも・・・西国の事件は私が統治する国である以上は・・・本来なら私が解決しなくてはならない事柄のはずです。・・・そのせいで、こうやってお姉様にご迷惑をかけ続けてしまう。・・・今回、お姉様の元に来たのも、その一件のせいで魔王の会合が緊急で決まったせいでもあるから・・・ルールに従い、連絡に参らせて貰ったのも、あるから・・・」

 「・・・致し方ないさ。・・・・・・乖世感知が使える魔王全員が、この世界に人間の子供が・・・異常な頻度で訪れた事を知っている。・・・私達の管轄の外の、魔王と成った者の暴走の可能性がある以上は・・・そうなるのは避けられないことだ」

 「・・・はい・・・」

 「・・・先程から、スティアラの部下達の思考を読んだが・・・あのSPの者達の中に、誰かが間者であるという訳ではなかったよ」 

 スティアラは、顔をあげて表情を少し晴れやかにした。

 「・・・お姉様、やっぱり私にも`サトリ``を使ってるみたいに思えちゃうわ」

 そして、苦笑気味に話す。

 シャルディアは、緩美やかな雰囲気のまま、言葉にする。

 「・・・不安、なんだろう?」

 「・・・ええ、不安です。だから、私がお姉様の所に来た際には、色々とお姉様の力も借りたかったのが本音です。・・・私は、魔王としてはあまりに必要であれと言える能力が・・・無さ過ぎる魔王だから・・・」

 それは、スティアラの部下達に事件首謀者側の者が紛れ込んでいないかという事。

 そして、スティアラという魔王がシャルディアとは違い、特異点能力に多様性が無い事を示すもの。

 「・・・本当にありがとう。お姉様」

 スティアラは、少しだけ肩の荷が降りた様な風になっていた。

 例の事件の、当事者国の魔王という重責からか、彼女もシャルディアと同じ様に精神的な疲れがあるようだった。

 シャルディアの様な、多様な能力の持ち合わせがある訳で無い魔王だからこその、悩み。

 「・・・お姉様、慣例の伝達はお姉様で最後です。ですからお姉様が他の魔王に連絡する必要はありません」

 スティアラはそう伝えた。

 「今回は、3日前に行われた東国と東南国の会談地召集の議題提出が12国魔王の投票の際に多数決で決定された事、並びにその最終確認による東国は逆時計周り、そして東南国は時計周りに、慣例に基づいた口頭伝達と確認のものです。・・・南西国には、私からお姉様に伝達したい旨を連絡済みです。・・・お姉様も了承してくれてありがとう。・・・ワガママに付き合ってくれて・・・」

 12国、それは時計の数字の位置の様に存在している。

 そして会談地の召集は、会談地召集を議決提出した国の代表が隣国へと時計回りに伝達していかなくてはならない。

 だが、議決提出が共同提出である場合には、その共同提出した国の位置次第で伝達方法は効率化を急ぐものになる。

 だが、西国の魔王はそれを妨げ、シャルディアとの面会の場を欲した旨を今しがた口にした。

 そして、

 「・・・お姉様」

 スティアラは、神妙な顔で、

 「・・・お姉様は、分身体を赴かせて下さい」

 そう、シャルディアへと告げていた。

 シャルディアは、

 「・・・」

 ただ、無言でスティアラの言葉を聞き続けた。

 スティアラは、言葉を続ける。

 「私が護ります。ですから・・・お姉様の本体は、ココに居て下さい。・・・でないと、分身体では・・・何かあった時・・・」

 「・・・スティアラ、それは・・・ダメだ。ルールに逸脱してしまう」

 その言葉に、スティアラは言葉を飲む。

 シャルディアは、言葉を続ける。

 「確かに、国を空けるのは本来ならこの状況では愚策でしかないが・・・だが、魔界の魔王と成った者の歴史においていえば・・・分身体を赴かせたりすれば、その時点で分身体を討たれて当然となる沙汰だ。それを護る側、共謀する側として加担すれば、キミも責を追及される。・・・繊細に扱わなくてはならない今回の問題に、他国とのイザコザの元となる事までするのは・・・何のメリットも無い」

 「け、けどっ・・・」

 「歴史の上では・・・本体が赴かなくては謀略の沙汰と疑われる事だ。本体の私が出席せず、結果として他国の魔王が自国の防衛を空けていることに連ねて『西南国魔王は我が国の国盗りを、もしくは破壊をするのでは』と私を疑っても、それは間違いでもなんでもない事だ。・・・そういう歴史も事実あった事」

 「っ・・・」

 「民草を護る為ならば疑う事でもある。そこに人格や信頼などは、関係性が無い。・・・だから時間厳守や細やかな会談のルールがある。・・・私達は、1人で多くの事が出来すぎてしまうんだ。スティアラ」

 「・・・」

 スティアラは、説き伏せられるように、微妙に俯き気味になっていた。

 「・・・気にしなくていい。確かに運が悪ければ・・・現状で言うキミの危惧そのままの最悪のケースもありえる。・・・だが、私はあの子達を・・・人間の子供達を大切に思っているし、護りたいと思ってはいるが・・・この国の民草も大切だし、護りたいと願う。それなのに異世界の種の者達だけに魔王の職責の位にある私がかまける状況になってもいけない」

 シャルディアは、そう告げた。

 「今回の会談は、いわば各国との一時的な共同歩調を整えなくてはいけない物事だ。・・・それなのに、それを最初から猜疑心が絡みてはご破算にしてしまうような事は避けたい。加えて謀略に民草が最悪のパターン次第では巻き込まれる事ですらある以上は最良を願い、尚且つそれに徹するしかないだろう。でなければ、・・・共同歩調も取れず、尚且つ12国の魔王の誰かと私やキミが戦争で殺し合う状況にまで発展しかねないケースという・・・最悪の可能性の形がまた増える事を意味する。・・・まぁ、それは可能性としてはそこまで高くはないと願いたいものだとしてもだが・・・」

 「・・・」

 「そして何より・・・スティアラ、キミは今は疑われている側の立場だ」

 「っ・・・」

 「・・・他の魔王含め、キミが乖世収集を行っていないのは私も把握はしているが・・・それでも、キミが新たに民草の中から出てきた管理外の魔王と共謀している疑惑はどうしても存在する。故にキミが私に対して分身体を向かわせるべきと言うのは・・・会談がご破算となる危険性を孕ませる発言にしかならず、尚の事キミの立場を悪くするものでしかない」

 「・・・軽率でした・・・」

 スティアラは、申し訳なさそうに言葉にした。

 シャルディアは微苦笑した。

 「だが・・・私もできうる限りの事をする。そんな沙汰にはならないように、ね。・・・だが、もし、何かあったらスティアラに頼るかもしれない。・・・その時は、すまないが・・・力を貸して欲しい。・・・頼む」 

 「は、はいっ!」

 スティアラは、返事を示した。

 そしてその会話が終わった頃合いにて、スティアラが口を開く。

 「・・・そういえば、お姉様。報告でお聞きしたのだけど・・・」

 「・・・?」

 「・・・アオバ・ショウタ、という人間の男の子の保護に成功したと聞きました。ココから先は、あまりに不躾な話の持ち込みになるんだけど・・・」

 「・・・」

 「その子、は・・・その・・・大丈夫、ですか・・・?」

 スティアラは、不安そうに尋ねていた。

 その言葉に、シャルディアは、

 「・・・分からない」

 そう、答えるしかなかった。

 スティアラは虚を突かれた顔をした。

 「お姉様は、サトリが使えるのに・・・?」

 「・・・今の所は、あの子の心は安定しているかもしれない。・・・だが、しばらくはそっとしておいてあげる方がいいだろう。サトリが使えても、今後の気持ちの変化を先読みできる訳じゃないからね・・・」

 「・・・そう、ですね・・・」

 スティアラは、シャルディアのその短い言葉だけで、おおよそを理解していた。

 そして不躾な事を聞いた事を、少しだけ恥じる。

 次は、シャルディアが質問を始めた。 

 「スティアラ。・・・西国の魔王行政には、ヴィシャー種やサトリ種の者達が所属志願を出し始めたかい?」

 その質問にスティアラは、

 「・・・いいえ。・・・公布は出しているのですけど・・・どちらも・・・」

 スティアラはそう答えた。そして言葉を続ける。

 「事件現場をたまたま``サトリ``や``千里眼``の種族能力で見ていたりしていないか、その旨の情報提供の依頼の公布を出しているのですけど・・・ヴィシャー種、サトリ種、どちらからも情報提供の類は発生していません」

 「・・・ふむ・・・」

 「かの種の人々は自治姿勢が強い種族です。何より種の枠内で生きる事を優先する者達でもあるから・・・。それに、事件現場はヴィシャー種、サトリ種の種族地区とは離れた場所でもあったから、やはり単純に誰も見ていないという可能性の方が高いと思います。・・・お姉様みたいな魔王なら、国中を・・・やろうと思えば外側でさえも目を、耳を届かせることができるけど・・・ヴィシャー種や千里眼種は、よくて数メートルから数十メートルレベル、余程に素養のある個人の者でも、よくて数キロ規模のものですし・・・」

 サトリ種、そしてヴィシャー種とは、魔王と成った者が保有する事のある特異点能力の``サトリ``や``千里眼``を、種族として保有している種の者達である。

 つまり``サトリ``、``千里眼``を種族能力として保有している種を指す。


 サトリ種とは、元々はその種としての名前が先であり、能力も付随的に同名である種の者達。

 その特徴の傾向は、人型だが瞳は瞼が基本的に閉じており、非常に細身で、体力が無く虚弱的な体質の者が多い。

 そして皮膚は顔と胸周り以外は白みがかかっている。

 額から瞼から頬にかけて縦線気味の赤い(個々により形はバラバラ)な刺青の類ではない、種としての文様がある。


 ヴィシャー種とは、上半身は人型に近いが、下半身は4脚の馬の様な輪郭を示す者達。

 全体の輪郭を言えば、アチラの世界の空想上の生物ケンタウロス(馬の首から上が人間の上半身に置き換わった生き物)に似ている。

 しかし、全体像で言えば、異なる。

 顔は狼や狐の様な霊獣のごとき輪郭と形を示す。

 頭髪は黒髪か、老齢加えた白髪の者のみ(染めているのは除く)。そしてその頭髪は早く伸びやすく多くの者が長髪となっていやすい。

 肩から肘まで黒い体毛に覆われ、そして背中にも黒い体毛が備わっている。その体毛も老齢加えて白くなる事がある。

 そして下半身の4脚も、ヘソを出すがそれ以外の腰周りは黒い体毛に覆われてそれが続く形で4脚は全て黒い体毛に覆われている。

 足はヒヅメなどではなく、5本の人の足の形を示しているが、指1つ1つが鎧の様な、鳥のクチバシのような甲殻が指の上と下の部分が爪の如く覆われ、そしてカカトの裏に輪郭に沿った甲殻の様なものが備わっている。

 そして額と、4脚の身体の様々な部位に、瞼の閉じた瞳がある。

 その体躯はエルフ種などより総じて巨体。岩石人種などに近い背丈を示す。


 その2種族は、その保有する特異点能力の希少さなどはあるが、自治姿勢が強い。

 その為、どの魔王行政にも、多くは属さない、または属してすらいないという事も多々ある。

 そして、スティアラの西国の魔王行政には、どちらも所属していない状況。

 もし、西国にどちらの種族の個人が行政に属し、尚且つ運が良くスティアラと歩調合せて感知追跡が成功していれば、事件の改善には進んだかもしれない。

 だが、スティアラ自身が言う様に、数メートルから数十メートルでは、1つの土地コミュニティに一種族の自治、という傾向である魔界では―――アチラの世界の言葉を借りた比喩の言い方をすれば「県を跨ぐ」「州を跨ぐ」のようなものであり、普通のヴィシャー種やサトリ種の者達が種族能力を用いたとしても感知追跡や探査などは、到底不可能に近い内容でもある。

 それこそ、西南国魔王スティアラ=センルーザーの様な、魔王と成った者の様な存在でもないかぎりは。

 何より、サトリ種やヴィシャー種のどちらのコミュニティとも離れた土地で4件の人間の子供、並びに魔界の一般人の失踪事件は発生している。

 そして西国の魔王の乖世感知が使えない事を踏まえても、計画的な犯行とも言える事柄。

 スティアラが、口を開く。

 「お姉様から情報を提供して頂いた、例のお店を襲撃してきた人形達・・・あの遺伝子情報や魔素遺伝子情報などから、西国の現場で一致する痕跡が無いかを調査中です。・・・ですが、今の所は見つかっていません・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・?どうしました・・・?お姉様・・・」

 「・・・いや、ね・・・」

 シャルディアが、ふと声をこぼす。

 「・・・不明瞭な事だとは・・・思わないかい?スティアラ」 

 「・・・不明瞭・・・?」

 「・・・ああ、すまない。説明が足りなかった。・・・西国では電撃作戦の如く一瞬で一般人が失踪している。これはあの人形達が機械的に組織的に行っているのであれば、・・・スティアラが乖世感知が使えず、他国からの連絡が行政間の事務処理を経なくてはならない以上、どうしても起こるタイムラグでもある。・・・他国から他国への伝達とは・・・事務処理のせいで早くて数分だ。今回はそこを突かれたんだと思う」

 それはつまり、そのタイムラグの合間にクラゲ亭を襲撃した人形達の様な存在が一般人と人間の子供を即座に誘拐した可能性があるという事である。

 「ええ・・・それで・・・?」

 「・・・もし、管理外の魔王と成った者の行為であるならば、乖世収集を用いて、ヴィシャー種やサトリ種のコミュニティを避けた土地に人間の子供を迷い込ませる事は出来るだろう。・・・そしてあの人形達ならば、誘拐も容易だろう」 

 シャルディアは説明をする。

 「事実、西南国で起きたあの人形達の襲撃、それは私が乖世感知を用いて現場に既に赴いていない、または千里眼での監視の類などもしていなかったら、あの人形達にみすみす誘拐を許していた可能性もある。・・・ただ、相手側も現場の者の力量を見誤っていた様だし、どちらにしても誘拐が成功する可能性は0に等しいものだったかもしれないが・・・」

 「・・・現場の者・・・ビリー、のことですよね?」

 「そうだ。・・・ただ、ビリーでなければ誘拐を許していた可能性は高いだろう。それだけ、あの人形達は戦闘にも特化している。・・・感情が無いからこそかもしれないし、だが、それだからこそ私の攻撃性波長感知などにも引っかからない。・・・厄介な相手とは言えるよ。・・・だが、何故わざわざ西南国で事件を起こしたのか・・・いや、西南国に人間の子供を迷い訪れさせたのか・・・それが不明瞭だ」

 「・・・?、あ、そう、か・・・」

 スティアラは直ぐに気付いた。

 「・・・私が、民草も護れず、人間の子供を保護する事も成功していない以上・・・相手は西国で事件を何度も起こせばいいのに・・・わざわざお姉様の国で事件を起こしている可能性が、ある・・・」

 「・・・スティアラには悪いが、そういう事だ」

 「いえ、悪いだなんて・・・私の力が及ばないのは、事実です・・・」

 スティアラはそう言葉にした上で、

 「・・・けど、確かに・・・なんで・・・」

 「何より・・・即時的に人形達が動いたのではなく・・・翌朝に動いている」 

 「・・・お姉様を警戒した・・・?」

 「・・・それは分からない」

 疑問が尽きない状態になった。


 乖世感知は、次元の変化を把握する。

 それは世界の変化の観測。

 だが、何が迷い訪れたかは、魔王と成った者の個人の素養によりけりの形でどこに訪れたかを把握する能力に差異はできる。

 距離が離れれば離れる程に、それは不明確になる。

 だが、それでもどれだけ距離が離れていようとも自らの拠点の大まかな位置を晒す様な事は相手はしないだろう。

 

 だからこそ、西国に迷い訪れさせたというのが、相手の意図だとシャルディアは考えていた。

 そしてその上で、何故西南国に迷い訪れさせたのかという点が気になった。

 可能性は色々ある。

 だが、どれも確信には至れない。

 (・・・)

 そしてシャルディアは、ふと別の懸念も抱いていた。

 それは、現在調査中の内容。


 『外側』の方も、仕分け壁近辺の凄惨な事件現場の様になっている地区があるかもしれないと、懸念を抱いていた。


 いや、既にそうなっていなくては、『運び出す』などという事は出来ないだろうとシャルディアは考えていた。

 人形達が拠点まで運ぶ必要は無い。

 環境さえ、整えればいいのだから。


 「・・・どちらにしても、スティアラ。キミは早く国に戻った方がいい。分身体を作り出せないキミでは、自国を空けておくというのは非常に危険だ」 

 「はい・・・お姉様」


 




 ===================================





 

 ジィンは、

 「分かっちゃいたが、あんまり良い状況じゃないな・・・」

 状況を苦心するように声をこぼした。

 場所は執務室の本棚の群れの先の右端のドアの先の部屋。

 執務室の別室。

 此方も執務室の入り口と同じ様に廊下から入れるドアがある。

 しかし広さは執務室の3分の1にも満たない程度。

 部屋の中心に、執務室側の来客対応の場と同じ様に、廊下から入れる入り口のドアの直線状に前と後ろを見せる配置の、来客対応の場のソファー2つと合間のガラス机の置かれた場がある。 

 だが、どれも執務室のソファーなどより一回り小さい。

 廊下からの入り口から見て左側の壁際には何も置かれておらず、右側の壁際には、背に壁をつけて本棚が詰められて並んでいる。

 そして廊下からの入り口の反対の方は窓際となっている。だが、執務机の類は置かれていない。

 此方の部屋は壁や床や天井含め赤茶色の様式。

 ジィンは執務室との行き来するドアの右横に立ち、

 「・・・やべぇな・・・」

 声をこぼしていた。

 そして、そのジィンの声を受けているのは、反対のドアの左横に立つヅァ=サバク。

 ヅァも、声をこぼす。

 「魔王様が予定通り会談地へと赴かれるとなると・・・やはり此方の魔王城は警備上、塞ぎようの無い穴が空きますね・・・」

 「ああ、やべぇわ・・・まぁ、進言した奴は居るっちゃ居るが・・・ルールと歴史のイザコザがあるからな・・・」

 ジィンも、シャルディア=センルーザーという魔王の本体が、西南国に留まる事を願う立場の者。

 ただ、そう都合よくはいかないのが現実。

 「もし相手さんがマジで管理外魔王みてぇな初めての前例になるような沙汰だったら、どうしようもねぇな、俺達だと・・・」

 「・・・・・・」

 2人の会話。

 ハスノは、窓際に立ち、静粛に右横にティー配膳車を傍にして立ち続けている。

 そして、楓と鈴音は、ソファーの席の1つに(窓側に背を向ける席)、2人で座っている。

 左が楓、右が鈴音。

 鈴音は、ジィンとヅァの会話を耳にして、不安そうに震えていた。

 楓はそれを左手を鈴音の頭において落ち着かせるようにしている。

 ジィンが会話続けに言葉を口にする。

 「魔王殿下も、分身体は残されるんだろうが・・・」

 その手厳しいと言った様相の声。

 

 西国魔王スティアラ、スティアラ=エシェンバッハ。俗称【西国エシェンバッハ】の魔王。

 彼女の要件。それは会談地への召集。


 12方角統治ノ協定。


 それは東西南北に時計回りに存在する12の国の協定。

 そして魔王が秘匿とし、魔王自らが伝達役を務める、12方角統治ノ協定に文面にて定められた東西南北12の国の中心地。緩衝地帯であり何も無い舞台。ただあるは、魔王達の会談の場。


 《会談地》―――そこへの秘匿な召集の場合は、召集理由を掲げた魔王の誰かからの提起後の多数決で決まった際には、半時計・時計回り問わず、魔王が自ら伝言をバトンにする形で召集の伝達をせねばならない。


 西国魔王の要件は、それに当たる。

 つまり、シャルディアは12の国の中心地の会談地へと、赴かなくてはならない状況になっていた。

 西南国センルーザー。そこはシャルディア=センルーザーという魔王としての能力が治安維持や対策として大きな要素となっている面が強い。

 分身体が置かれて、会談の場へと赴いたとしても、分身体は本体よりも脆弱なのが、魔王と成った者の保有する事のある分身の特異点能力``ノット・フェイク``の特徴である。

 ほかにも不安の残る要素は多々ある。

 ジィンは自分達が護衛課に過ぎない立場であり、警察などの魔王行政とは飽くまで別個の組織である類とは職責が違う。

 それでも、自分達が無能だと思う様な事はしたくないと考えた所で、それすら霞む程の今回の事件の首謀者の可能性の中身が問題である。

 管理外の【魔王】がもし、本当に首謀者であるならば、路端の石にすらなれないだろう。

 そんなジィンの苦悩。

 そしてそれを、人間の女の子である楓はジィンの苦悩を読み取り理解している訳ではないが、同じ様にどれだけ厄介な問題の沙汰かという事は把握していた。

 鈴音を左横に座らせ、鈴音を抱き寄せて座り続けている。

 鈴音は、どことなく不安そうな顔をし続けている。

 楓はただ鈴音が怖がらない様に抱き寄せているつもりだった。

 だが、

 「お姉ちゃん・・・」

 鈴音がふいに楓に声をかけていた。

 そして鈴音は、楓が気付いたと同時に腰をゆるりと上げた。

 楓はふいな鈴音の行動に小さく驚く。

 鈴音の頭に載せて撫でていた左手もふいに下ろしてしまった。

 「鈴音・・・?」

 妹分のふいな、ソファーから立ち上がった行動に疑問符をつけて、どうしたのかを訪ね始める。

 「どうしたのよ・・・?」

 「・・・ショータちゃんの部屋に、行く」

 「へ・・・?」

 鈴音は、早足で部屋の廊下の外へと繋がるドアへと駆けて、ドアを開けていた。

 この場に居る全員が、ふいな事に呆気な顔をする。

 鈴音は退出していった。

 「す、鈴音っ?!」

 楓はそれを追いかけた。

 ヅァ=サバクやジィンも、その様子を見て性急な顔をした。

 そして2人も後を追いそうになったが、ヅァがジィンを見て、口を開いた。

 「ルースさん、ここは自分が行きます。其方はカギロイさんと共に魔王様の護衛をッ」

 「あ、ああ分かったっ」

 ジィンは応じる。

 そしてカギロイとは、執事然とした出で立ちのハスノ――――ハスノ=カギロイの事―――も、些か驚きの顔を示していたが、ヅァの言葉の指示に無言で応じていた。

 ヅァが、楓達の後を追って廊下に出た。

 鈴音が一番、楓が2番、楓が鈴音を抱き寄せとめようとした頃合いにヅァも追いつく。

 執務室入り口のドア周辺に窓際と壁際それぞれに一列で待機していた。西国のsp達は怪訝と困惑の顔で、そんな3人を見つめていた。

 楓はそんな視線に気付きながらも、とりあえず先に鈴音の身を抱き寄せて止めて、声をかける。

 「す、鈴音、ちょっ・・・タンマッ」

 楓は、騒音にならないよう注意深く抱き寄せ止める。

 ヅァも後に続く。

 ヅァが後ろに続いていたのに楓は気付いて、とりあえずヅァと共にドア側の壁際に寄る。

 ヅァが西国のspの者達の目線を受ける壁代わりになる形で、楓が性急に質問を始める事にする。

 声はある程度潜めて鈴音に質問を開始した。

 「ど、どうしたのっ、鈴音っ・・・一体・・・」 

 「・・・ショータちゃんの、部屋に行きたい」

 ふいな答えだった。

 楓とヅァは、互いの顔を見合わせた。

 楓が尋ねる。

 「・・・どうして?理由は・・・?」

 すると鈴音は、数瞬俯き、


   ・・・ズッ・・・

 

 「へっ・・・」

 楓が、微妙に引きずられるぐらいの勢いで鈴音はお構い無しに前進し始めていた。

 歩調は、早くない。

 楓も慌てて力を入れて抱きとめようとする。

 しかし、昨日の鈴音が楓のスカートの裾を掴んでてんやわんやした時よろしく、鈴音は意外と力持ちなせいか、楓もそれに四苦八苦する。

 引きとめようとしても、微妙に引きずられる。しかも徐々に徐々に。

 楓は、さすがに下手に騒ぎになれば他国のsp達を刺激しかねないと思って、

 「わ、分かったからっ・・・!いいから、鈴音っ、行ってもいいから・・・!ちょっと待ってっ・・・!」

 「・・・」

 と、鈴音に告げてとりあえず一旦停止して貰う事にした。 

 鈴音は楓の顔を見る。

 そして楓はこう告げる。

 「と、とりあえず・・・私も行くから・・・今の状況で1人で出歩くのはホントにダメだからっ・・・」

 楓の言葉に、鈴音は数瞬俯いて、一応大人しくなった。

 それは、楓の言葉を信頼している事を示すもの。

 楓は、ヅァを一瞥した。

 「す、すみません、サバクさんっ・・・ちょっと行ってきます」

 そう告げると、ヅァは少しばかり困惑した表情になったが、

 「・・・分かった。けど西国のSP達も居るから自分もついていく。・・・いいな?シシザキ達に何かあってはいけない」

 そう返事をした。

 そしてヅァは黒スーツの上着の胸裏のポケットから携帯電話を取り出す。

 そして、電話を始めて、

 「・・・ルースさん、シシザキ達を客室の方まで護衛同伴、その後、客室を護衛しているキリハヤさん達の方にシシザキ達の事を頼んできます。・・・ええ。すみません、感謝します」

 ヅァは通話を終わり携帯電話を黒スーツの上着の胸裏のポケットの方へと仕舞い直した。

 「さぁ、行こう」 

 楓は申し訳なさそうな顔をして口を開いた。

 「すみません、助かります。・・・いいんですか?サバクさん」

 「魔王様と西国魔王様ならば、大きな荒事の問題となる事も無いだろう。仮になっても、護衛者が傍に居ても意味は無い。魔王同士の荒事であるならな」

 その言葉に、楓は苦々しい気持ちになりながら、納得の理解を示して応じる。

 魔王が他国で暴走した時、魔王を止められるのは魔王のみになる――――そういう常識ができあがる程の背景故に、今はシャルディアは客室の方に分身体しか護衛に置いておらず、本体が西国魔王と対面している。

 「・・・わかりました、」

 楓は相槌してから鈴音の方を見て、

 「ほら、鈴音?行こっか」

 そう、告げた。

 だが、鈴音は、 

 「・・・」

 何か、焦っている感じで楓の左手を右手で握って、急ぎ足になりそうな雰囲気で歩き始めていた。

 ヅァも、楓も、そんな鈴音の性急な様子に軽い疑問符を浮かべるしかなかった。 





 ======================




 

 『・・・いいのかい?』

 ふいに、銀髪の女性の声が聞こえた。

 そして、耳元で、

 『うん。おかあさん』

 また、別の、聞き覚えのある女の子の声が響いていた。

 『なら・・・あれを、渡しておいてほしい』

 また、銀髪の女性の声が聞こえていたような気がした。

 

 ショータの意識が、1割にも満たぬながらに、その1割のレベルでは半覚醒していた。

 まどろみの中で耳が自然と拾った声。

 数瞬か、数秒か、数分か、それも定かではない意識の遅れを持って、ショータの意識が目を覚まし始める。

 そしてショータは瞼を開けた。

 「・・・ぇ・・・」

 ショータの視界には、鈴音の顔が写っていた。

 天井が遠く後ろに、そして間近に鈴音が顔を少し赤くしてショータを見つめてる。

 それは、膝枕されている者の視界の景観。

 そして鈴音が、ショータの瞼が開いたのに気付いて、

 「ぁ・・・おは、よう・・・」 

 ショータに、そう声をかけていた。

 鈴音の左手は、ショータの頭を触り続けている。そして右手はソファーの上に置いたまま。

 ショータはふいな顔をした。 

 第三者がその光景を見れば、姉妹の妹が起きて、姉に膝枕をされていて驚いている光景、と言えるかもしれない。ただ妹ではなく中性的であっても、弟というのが正しいが。

 ショータは、寝起きの眼ながらに、薄目であれど呆気な顔をしていた。

 それに対して鈴音は、顔の赤みが少しずつ消えて、緩美やかな表情になっていた。

 鈴音の右手が、ショータの左頬に触れる。

 「・・・まだ・・・寝てて、いいよ・・・?」

 鈴音はショータへとそう告げた。

 そして、

 「・・・きっと・・・大丈夫、だから・・・」

 何かに震えるように、そして何かに怖がっているのを強がって隠して、ショータに『大丈夫だよ』と言うかのように言葉を続けていた。

 ショータはただ何も言えず黙していた。それは呆気も含まれる。

 この状況に理解できない事。そして昨日の鈴音の顔を赤くした一幕の事。

 それは、ショータ当人からすれば、置いてきぼりな事柄。

 ソファーの背もたれの後ろで腰をかけて鈴音の後ろに立っていた楓は、ショータは置いてきぼりで、この状況がよく分からない事だろうと察しながらも、

 (・・・)

 無言になったまま、鈴音の急なこの行動の理由が、何となく分かってしまった。

 鈴音は、シャルディアが半日か、それ以下か、会談地へと赴き、魔王城からいなくなってしまう。

 そして鈴音は、今回の事件の問題の程を、理解はしているようだった。

 2つの危険な要素―――『管理外の魔王』『魔王の留守』。

 鈴音は見た目は幼いが、これでも10歳。物事の分別がちゃんとしっかりする歳という訳でもないが、危険な事柄の機微を理解するぐらいはできる年頃になっている。

 だから2つの危険な要素があるだけで、鈴音も理解はできてしまっているようだ。

 それが、怖い人が来るかもしれないという事でも。

 そして、ターゲットはショータであるという事実があるから。

 

 鈴音はただ、不安なのかもしれないと楓は思った。

 

 もしかしたら、気付いたらいなくなっているかもしれない。

 新たな家族となる存在が、いなくなっているのかもしれない。

 

 だから、魔王が――――おかあさんが――――いなくても、自分が護るからと言いたいのかもしれない。


 されど楓は、鈴音がそんなに気強い子ではない事を知っている。

 変な所で頑固だけど人見知り。

 それに色々とまだ同世代で同じ人間の男の子とかにも、免疫はそんなにないはずだろう。

 されど不安があるからこそ、それが弟になるかもしれない存在を護りたいという気持ちに転化したのかもしれない。

 気強い子でないとしても、免疫が無いとしても、それを補い余る程の気持ちとして。


 楓は、只漠然と想像で、妄想にすぎないけども、そんな事を思ってしまっていた。 

 ただ、先程まで、ショータの膝枕をしていた自身の母の立場となった存在―――魔王―――が、ふいな鈴音の行動に対して驚いてサトリを使って意図を汲むような事をしない訳がないと思い、そして尚且つ楓自身の考えに対して注意や注釈の類は耳打ちする事も無かった為、当たからずも遠からずだろう、と楓はただ思っていた。


 何より楓は小声で退出するシャルディアへと『サトリを使って鈴音と私の考えとか見てましたか?』と訪ね、シャルディアは、『ああ・・・視ていたよ』と微苦笑で答えていた。

 十中八九、というヤツかもしれない。

 魔王が嘘をついているなら、違うかもしれないが。

 だから、楓は、

 「・・・」

 (・・・しばらくは一緒に居るか・・・な・・・)

 ふいなまどろみの様な午前の時間帯。

 妹分は気恥ずかしい気持ちを抑えて顔をまだ少しだけ赤くしながらも、ショータの傍に居る事を決めていた。

 だから、楓はそんな妹分の傍に居る事を決めた。

 妹分が傍に居る事を決めた、弟分になるかもしれない男の子の傍に居る事も、決めていた。





 ============================





 分身体のシャルディアは退出していた。

 そして、退出が終えると同時に姿を消す。

 そして、元々部屋分け廊下の方に居た別の分身体のシャルディアのみになる。

 元々部屋分け廊下の中心の方に居た分身体のシャルディアは客室出入り口ドアのある側の壁に背中を預け、待機している。

 そして、そんなシャルディアと対面している2名の者が居る。

 その2名はシャルディアの居る位置とは反対に、表廊下の出入り口のドアの方の間近に立っている。

 男性エルフ3人組の、ジィン=ルースを除いた、金髪の顔立ち良いが水商売の類でもしていそうな者と、青髪の平凡的ながら好青年な雰囲気の者、その2名。

 青髪の者が口を開く。

 「魔王様、お嬢様方は・・・」

 2人は、ジィンから連絡があって、楓と鈴音の身の安全の引継ぎを任された立場だった。

 ここまで連れて来たヅァは、また執務室の隣室の方へと戻って行った。

 だから、青髪の男性エルフが尋ねた言葉は、職務としてどうするべきか、という意味合いも含まれていた。

 なぜなら、護衛の引継ぎを願われた二人の人間の女の子は、保護・護衛をする別の人間の男の子の居る客室の方へと入ってしまっている。

 シャルディアは、微苦笑を示していた。

 そして冗談っぽく左手の人差し指を自身の口元にシャルディアは当てて、緩美やかに、『静かに』と言うかのようなジェスチャーを示していた

 そして2人に小声で声を伝える。 

 「あとは私が引き継ごう。・・・2人は廊下の方の護衛課としての仕事に戻って大丈夫だ」

 その説明に男性二人は互いの顔を見合わせながらも、青髪の男性が口を開いて応じる。

 「わかりました。・・・では、自分達はこれで・・・」

 そして2人は部屋から退出した。

 部屋分け廊下から表廊下の方へと出る。

 表廊下の方は、数メートルから十数メートル単位で距離を置いて、警備の班がそれぞれ配置されていた。

 廊下の多岐に渡る曲がり角に配置されている。

 武装をしていた。

 手に持つは、室内用の大型銃器。

 そして全員が黒スーツが腫れるような装備の状態になっている。

 それは、下に防弾チョッキなどを装備している事を示す様相。

 中には黒スーツを脱ぐか、黒スーツの上に大型拡張型の防弾性の強いアーマーなどを装備している者も居る。

 2人は、部屋分け廊下の入り口の辺りで、点検員の役割がある。ビリー店主などの魔王が事前に伝達してあり通す旨を言われている人物は除いて。

 部屋分け廊下前の廊下周辺に他にもエルフ種の者達が4名配置されて警備されている中で、2人はドアの左右横に置かれた椅子に腰を降ろすのが今の役割。

 ちなみに、交代制であり他の4名のエルフの者達とも後で腰を降ろす休憩含めて交代する事になる。

 それは他の警備拠点も等しく同じ。

 青髪の男性エルフは、ドアから出てきて左側の席に腰を降ろした。金髪の男性エルフはドアから出て右側の席に腰を降ろした。

 そして周囲を見渡す。

 (・・・会談地への召集か・・・)

 青髪の男性エルフは内心で声をこぼす。

 この場に居る警備している者達ならば全員、知っているであろう事柄。

 そして、それだけ危険な状況であるという事は理解している事柄。

 (・・・何もなければいいんだけど・・・)

 ふいに不安も抱きつつ、そう青髪の男性エルフは願う。

 ふと、そんな青髪の男性エルフの者へと、右側の隣席に座る金髪の男性エルフが声をかける。

 「どう思う?フウエ」 

 その声は、他の同僚達には聞こえないぐらいの密やかな会話の声だった。

 青髪の男性エルフ、フウエ=キリハヤはその声に反応する。 

 「西国魔王様の事かい?ルーヴィ」

 フウエは、同じ様に密やか気味の声で、金髪の男性エルフ、ルーヴィ=グーへとそう応対する。

 ルーヴィは「違う違う」と答える。

 フウエは「?」と怪訝な顔をした。

 ルーヴィは足を組んで、左手を軽く広げ、キザっぽく、

 「魔王様の事さ」

 と、フウエがふいな顔をする言葉を口にしていたい。

 フウエはどういう意味か分からない、といった顔をする。

 「どういう意味?」

 「中々上機嫌な顔をなされていたと思わないかい?」

 その言葉に、フウエは返事に困る。 

 「・・・上機嫌、って言うと?」

 「いや、私には分からないさァ・・・だが、」

 やはり、キザっぽく言葉を続ける。

 「だが、ミス・プリンセス達が来ていた事を踏まえて・・・何か色々あったんじゃないかと思ってね・・・いわゆるメンタルの問題だ」

 「・・・?」

 「センチメンタルな所もあるとは思わないかい?何せ新しい人間の子供が現れたという事実がある」

 「・・・」

 「だからこそ、魔王様のあのお顔を見た上でだが・・・魔王様は些か、気が少し楽になったんじゃないだろうか?という仮定のお話さ。ミス・プリンセス達がやってきて、ね」

 「・・・何が言いたいの?それ」

 「シンプルな事さ。魔王様が元気になってハッピーって事さ。何せ士気に関わるからねぇ」

 「・・・」

 (・・・まぁ・・・言いたい事は分からないでもないけど・・・)

 フウエは、同僚のペラペラと、口のチャックが全開になっているかのような喋りに、釘を刺す。

 「・・・あのさ、ルーヴィ」 

 「ん?」

 「魔王様が身近に居て、しかもサトリを常時発動しているみたいな警戒態勢なのに、そんな事を他の同僚達が居る前でペラペラ喋るのはよくないよ」

 一応、他の同僚達にはあまり聞こえないように喋ってはいるが、それでも密やかな会話とは、この状況ではあまり好ましいものでもないだろう。

 加えて、魔王自身が把握する内容ですらある。

 「なぁに、構わないさ。仮に頭で思っても魔王様なら把握なされる事。魔王様はそんなにお心狭くは無いさ。だったら身内に話してスッキリするのも悪くはないだろう?」

 その言葉に、フウエは困惑して、小さく溜息をこぼしていた。






 

 ================================================






お昼が過ぎた頃合い。

 時計の針が動く姿だけが進む頃。 

 「・・・そうか」

 ビリー店主が、シャルディアから聞いた説明を聞いて、その声をこぼした。

 場所は部屋分け廊下。店主がメルーの世話を終えてから、再び護衛者として部屋分け廊下の方で立つ事を決めた後、同じ部屋分け廊下の場の席にて同伴するシャルディアから教えられた内容を耳にしての店主の言葉だった。

 「だから、しばらくは留守を頼む事になるかもしれない」

 シャルディアが店主へと伝える。

 店主が口を開く。

 「アイツは・・・分身体を出す能力の持ち合わせが無かったはずだから、早めに帰らんとマズイはずだが・・・もう西国に戻ったのか?」

 ふいな疑問を抱いたままに、店主は尋ねた。

 「ああ、もうスティアラは先に、そして同伴者達は西国に戻ったよ。そして戻ったらそのまま同伴者達の一部は直ぐに護衛や撮影班として会談地に向かうようだ」

 「そうか・・・」

 店主は、一応安堵する。

 だが、

 「・・・ただ・・・」

 シャルディアがふいに声をこぼしていた。

 その表情は、どこか苦笑が混じっていた。

 店主が「ん?」と怪訝な顔をする。

 「どうした?一体・・・」

 するとシャルディアは、こう口にした。

 「・・・ただ、戻る前に一度ショータに会いたいとは・・・言っていたよ」

 その言葉に店主は、

 「・・・はぁ?」

 苛立ちを覚えるように、そう声を吐露していた。 

 「・・・緊張感がねぇのか・・・アイツは・・・」

 「彼女のは・・・少しばかりの願いのようなものだと思う。何より彼女自身が叶わないとは自覚している発言はしていたと思うから・・・そう怒らなくていいと思うよ・・・ビリー」

 「・・・たくっ・・・」

 店主は、悪態つくように声をこぼした。

 そして、

 「・・・『外側』の調べはついたのかよ?」

 その問いに、シャルディアは、

 「現在調査中だ」

 そう、簡潔に返事した。

 そしてシャルディアは言葉を続ける。 

 「一応、其方の方も・・・というより、もし管理外の魔王と成った者が存在するならば、其方の可能性が高いのは、此方も把握している。・・・だが、私の分身体を外側の方へと・・・開拓隊と共に出向させる余裕がなくてね・・・」 

 「・・・」

 店主は、その言葉に意味をある程度理解する。

 そして、

 「・・・面倒だな・・・」

 そう、声をこぼしていた。






 ================================





 


 ショータは今、お風呂場に居た。

 それは、昨日の朝からお風呂に入っていなかったのが理由。

 

  ワシャワシャワシャ・・・


 そして、風呂場の洗い場の床に置いた風呂椅子に座るショータの頭がシャンプーの泡で泡立ち、洗われていく。

 洗っているのは、シャンプーハットを被っている鈴音。ショータの座る風呂椅子より少し座高が高い風呂椅子。

 そしてそんな鈴音のシャンプーハットを被った頭を後ろから洗っているのは、同じ座高の風呂椅子に座る、大きめのロングタオルを身体に巻いた楓。

 「・・・ショータちゃん、・・・いたくない?」

 鈴音が、ふいにショータに尋ねた。

 「ぁ・・・は、い・・・」

 ショータは、状況への理解が微妙に追いついていない、目を閉じた顔で返事をした。



 ――――十数分前、

 


 ショータは、視界に写る光景に少し混乱した。


   いつの間に自分は寝ていたのだろう。

   なんで自分は膝枕をされているんだろう。

   なんで、この子達が居るんだろう。

 

 そんな感じの事柄を、言葉ではなくても漠然とした感覚の疑問で思っていた。

 混乱の中で思い出せる記憶の欠片。

 そこにあるのは魔王の傍に居て泣いてしまっていたはずの自分。

 だけど、そこから先の記憶がぼんやりしているようで、無いようで、思い出せない。

 まるで、魔王が傍に居たあの一時が夢で偽物だったんじゃないだろうかと、ショータはただ思う程に、目を覚ましたら映りこんだこの状況に困惑していた。


  ――――それはショータ当人が、泣きつかれて寝てしまった事を知らないから。


 ショータは、膝枕を受けるのが申し訳なくなって、

 「す、みませんっ・・・」

 声を前もってかけてから、身を起こそうとした。

 そして鈴音は、

 「・・・」

 表情の読めないおっとりとした、どこか微笑んでいるような、されど赤らみのある顔のまま、ゆるりと手を離した。

 ショータはソファーの上に腰を降ろした状態だが、起きる事ができた。

 そしてこの身を起こした時に、ショータは鈴音だけではなく、楓も居る事に気が付く。

 ショータは、ここが客室なのだろうかとその座った状態から辺りを見渡す様に見つめた。

 だが、その時に、

  

  ギュッ・・・


 ショータの後ろ。ショータの背中。ショータの腰の周り。体温が感じられた。

 ショータは首を左後ろに少し回して向けて視線も動かし後ろを見る。

 すると、鈴音がショータを後ろから、ショータの腰に回して、まるでショータを大きな人形の様に抱き寄せていた。

 ショータは少し目を見開いて驚いていた。

 しかもショータは、自分の身体の自由が、殆ど効かない事に気が付く。

 それは大人な言い方をすれば、万力に挟まれた、とでも言えるかのようなソファー上での感覚。

 鈴音の方が少しだけ背が高かった。だが、2歳差でこの背丈とあどけなさの少ない差だと、同年齢にすら見えてしまう。

 だが、どちらにしても鈴音の方が少しだけ背が高いから後ろから抱き寄せたままで、顔を赤らめたままで、ショータの頭の後ろに鈴音は自分の頭を、左頬から置いた。

 (・・・)

 ショータは、ふいに思い出す。

 後ろの女の子が、自分みたいなのにどう接すればいいのか、分からなかったらしいのかもしれないと言う事を魔王に聞いた事を。

 それなのに、言葉もなく抱き寄せ続けられる状況に、ショータは困惑した。

 「・・・」

 ただ、それでも、

 (・・・ぁ、った、かい・・・)

 ショータは無意識に、瞼が閉じそうになる程に、その体温の在り処を確かに感じていた。

 後ろで楓が両手をソファーの背もたれの頭に置いて腰かけ、そんな2人の光景を、ショータ以上に少しだけ驚いた顔で見ていた。

 そんな中で、数瞬とも数秒とも言えない、ほんの少しだけ長いような間が流れてから、

 (っ、ぁ・・・)

 ショータは、1つの事を思い出した。

 「ぁ、の・・・っ」

 ショータの声は、少しだけ急ぎ気味。

 ふいに話しかけられた鈴音は顔の赤らみを少しだけ強めて、少し遅れて、

 「・・・なぁに?」

 顔を離し、首を緩くショータの向けた左側からの視線に合わせるように傾けて、声を交わした。

 そしてショータは、

 「あ、のっ・・・歯ブラシと、コップ、が・・・」

 その言葉に、楓が身を動かして、

 「これの事かな?」

 と、2つ共、机の上から手にとり、そして同じ様な姿勢に戻って、ショータへと手渡した。

 「ぁ、・・・ありがとう、ございます・・・」

 ショータは、それを受け取り、一旦落ち着いた。

 だが、別の懸念もあった。

 「ぁ、の・・・」

 それはまた、鈴音に対して告げる言葉。

 「昨、日っ・・・お風呂、に、・・・入ってなくてっ・・・、」

 「・・・?」

 「だ、から、・・・ウチ、汚く、て・・・」

 ショータは、自分の事を指す『ウチ』という言葉を使って、顔を赤くして恥ずかしそうにして、

 「いけ、ないですっ・・・ご、迷惑、になって・・・しまい、ます・・・」

 そう鈴音へと申し伝えていた。

 その言葉を、座り抱き寄せた鈴音の後姿を見ていた楓は、ショータの言いたい事を理解した。

 そして鈴音はどうするだろう、と楓は思う。

 すると、

 

  スッ・・・


 鈴音は、ショータを抱き寄せたまま、ソファーの上から降りて立った。

 「へ?」

 楓が単音こぼす。

 そして鈴音は、驚き顔のショータに構わず、ショータの頭が右斜めに来るように、半抱っこするかのような形で、お風呂場の方へと、ショータを前に抱き寄せたままで歩き始めていた。

 半抱っこにしている為、ショータの足と鈴音の足がぶつかることが無い。

 それどころか、ショータの足は鈴音の左側でどちらも微妙に宙を浮いている。

 それを見て楓は、

 「ちょっ、っちょ、まっ鈴音っ?」

 制止の声をかけた。

 そして、鈴音がショータの足が微妙に床に着かないぐらいに高く抱き寄せて掲げたままで、楓の方を向く。

 「なぁに・・・?」

 「い、いや、何する気?」

 「ショータちゃんと、お風呂に入る・・・」  

 楓は、呆気で表情に大きな変化は無いのに、どこか目玉が飛び出そうな顔、と言えるような独特なまで虚を突かれた顔になっていた。

 そして楓は、

 「と、とりあえずアオバ君を降ろしてっ?そして鈴音、ちょっとコッチ来なさいっ?!」

 そう注意する。

 そして鈴音は疑問符を浮かべた顔になりながらも、楓が性急な顔の為か、言う事を聞いてショータ右耳の辺りに顔を出して、

 「ちょっと・・・まってて・・・」

 そう声をかけてからショータを降ろし、そして鈴音は楓の傍に行った。

 そして楓は傍に来た鈴音と目線を合わせるように膝を曲げて膝を床に着けて、そして鈴音の両肩を掴み、ショータには聞こえないようなひそひそ声の感じで、

 「な、何故にアオバ君と一緒にお風呂に?声は私にだけ聞こえるレベルで答えてちょーだいっ・・・」

 と質問すると、

 「・・・?」

 鈴音はぽんやりとした目の垂れたおっとりとした顔で疑問符を浮かべて、それから、

 「・・・おねえちゃんも入ろうよ・・・?」

 そう鈴音は楓に口にしていた。

 それを耳にして楓はまた驚く。 

 「こ、答えになってないっちゅーにっ・・・というか、なんでっ・・・」

 「・・・1人に、したくない」

 「・・・え」

 鈴音は、小さく俯いていた。

 「・・・おかあさん・・・しばらく・・・いない・・・」

 「つ、ぁ・・・」

 楓は、鈴音のその言葉に声が詰まった。

 そしてそれは、飽くまで自分の想像に過ぎず、自身の母代わりのシャルディアから注釈も注意も受けなかったから、ただ漠然と楓の心情を想像していた鈴音のイメージ。

 だが、鈴音の口から、それを半ば的に確定してしまうような言葉が出た。

 それを一番傍で、対面で、耳にした楓には、数瞬、何も言えなくなった。

 だが、楓は声を取り戻し、

 「け、けど、だからってお風呂ぐらい、アオバ君1人で・・・」

 「・・・」

 「・・・ぬ、む・・・」

 鈴音は、表情の変わらないぽんやりとした目線をずっと楓に向けていた。

 それが怒っているような目線だったら、番犬の睨みつけるみたいなものかもしれない。

 けど、鈴音のそのぽんやりとしておっとりとした目線は、小型犬がずっとコッチを見てきているかのような感じのものだった。

 「・・・」

 楓は、折れた。

 「・・・わ、分かった。・・・入ってらっしゃい」

 不安を一抹に抱きながら、楓は両手を離してふとももに置いて、うな垂れるようにそう伝えた。

  

  ガシッ


 だが、鈴音の右手が楓の左手を掴んでいた。

 「・・・へ?」 

 「おねえちゃん、も・・・いっしょに・・・」

 楓の顔は、一瞬呆気になって、

  

  グイッ


 引っ張られた事を、把握した。

 「ちょ、まっ!??」

 楓は、何とか声をかけて静止しようとした。

 だが、想像以上の馬鹿力。何せ楓が前のめりに転びかけてしまう程だったから。

 そこから先は、楓が抗っても腕にロープをくくりつけて車に引っ張られているんじゃないかという具合の程に引っ張られて、なし崩しに楓は鈴音と一緒に、ショータのお風呂に入る事になった。



 ――――そして今、



 楓はなし崩しに一緒に入浴して、妹分の頭を洗っている。

 (・・・)

 楓は、目の前の妹を見て、

 (・・・プロレスラーとかボディビルダーの生まれ変わりじゃないでしょうね・・・)

 と、自分が前に倒れこみそうになる程の力で引っ張り、しかも空いた左手でショータの事まで引っ張ってお風呂場の脱衣場に半ば来させられた事を思い出して、そんな事を思う。

 さすがに途中からは楓も下手に抗ったり大声出してショータを驚かしたりしたくなかった一心で諦めて、鈴音から手を離して貰って自分で歩いたのだが。

 楓は鈴音の小さな身体の背中を見ながら鈴音のシャンプーハットを被った頭をわしゃわしゃと泡立てて洗う。

 「・・・」

 そして楓は、そんな妹分の背中を見ながらも、もう1人の背中を見つめた。

 (・・・本当に男の子には見えないわね・・・ほっそい上に肌・・・というか、骨格の時点で何と言うか・・・)

 楓は、ショータの背中を見てそう思った。

 (しかも鈴音より少し小さいし・・・)

 間近に居る一人の男の子は、本当は女の子なんじゃないかと楓は錯覚しそうになる。

 報告書やらで男の子だと昨日の時点で知っていたはずなのにだ。

 だが、脱衣場で、鈴音に腕力で脱がされたも同じな裸のショータと顔の方から対面しているので、

 (・・・〜〜〜)

 鈴音は、何とも言えない顔で瞼を閉じて顔を赤くして、鈴音の頭をわしゃわしゃわしゃわしゃとしまくった。

 「おねえちゃん・・・イタい・・・」

 「っぉ、あ、あご、ごめん」

 楓は慌てて力を抜く。

 再び、頭を洗う合間になった。

 楓は鈴音が続けるので、何となく続けているが、いつまで続けるんだろうと幾らか疑問に思う。

 ただ、そんな間が置かれた合間な為か、ぼんやりとした思考もある中で、

 (しかし・・・アオバ君が何かこう、男の子だから?みたいな感じになるかなぁ〜・・・とか何か、こう・・・変な事になったりしないだろうかなぁ〜・・・・・・なんて不安に思ったけど・・・のほほんとしてるな・・・)

 ショータが、ごく自然体に、この場所に傍に居る事に対して、ふいにそう思った。

 鈴音も、ショータもどちらもタオルを巻くような事はしていない。

 逆に楓は鈴音から、タオルを巻いた事に対して疑問符を浮かべた目線を向けられた側である。

 「・・・」

 楓は、なんともなしに思う。

 (・・・私が思春期すぎるのかなぁ・・・・・・というか鈴音とアオバ君が子供すぎる、のか・・・?)

 楓はふいにそんな事を思った。

 鈴音がショータの頭を洗うのを止めて、洗い場の壁にかけられた、腰を降ろしたままでも手に取れる位置の吊り掛けに収まったシャワーヘッドへと手を伸ばして、鈴音はショータの頭を洗い始める。

 そしてそれを見て楓の方は浴場の中に溜まったお湯の方を風呂桶ですくいあげて、鈴音の頭へと少しずつお湯を垂らし始める。

 湯気が昇る。

 (浴槽の御湯が保温状態でよかったけど・・・電気代の無駄なんじゃないかなぁ・・・)

 楓は、そんな風に少しばかり所帯染みた事を思う。

 「っ、と・・・」

 色々と思う中で、鈴音はショータに対してシャワーのお湯をかけるのを止めていた。

 ショータの髪の毛は水を吸って重く垂れていた。泡は全て、落ちていた。

 その水の滴る姿の背中を見て、ふいに楓は、

 (・・・すご・・・)

 髪の毛が変に首に纏わり付いているから男の子としての骨格が更に浮き出そうなものなのに、逆に何と言うか、女の子である楓からしても妖艶というか何と言うか、言いようのない中性的なすごさがあった。

 そんな光景を見て、楓は小さく驚いていた。

 楓の方も鈴音の身体を数回の風呂桶ですくったお湯で洗い終える。

 楓は、一応これで終わりかと思ったのだが、鈴音は別の行動をしていた。

 ショータを後ろから抱き寄せて、

 「ショータちゃん、・・・はいろ・・・」

 と告げてショータが「ぇ」と単音こぼすのもお構い無しに、鈴音はショータを立たせて、そして鈴音が先に入るとショータへと両手を前に出して、来てほしい、というジェスチャーをしていた。そしてそのジェスチャーは数瞬だけで、直ぐ様にショータの右手を両手で掴み、ショータが入るのを促すような雰囲気になっていた。

 なし崩しに2人は入浴していく。

 そんな状況を見て、楓は目を少し見開いてきょとんとして驚いた。

 鈴音はマイペースに、お湯につかって心地いいのか、そんなのほほんとした顔をしながら、ショータを前に抱き寄せたままに、客室用の浴槽で子供2人だからある程度余裕がある感じでお湯に浸かっている。

 ショータは最初、困惑気味に、俯き気味に浸かっていたが、

 「・・・」

 お湯の温かさに身体の緊張がほぐれたのか、はたまた寝起きのせいか、再び寝てしまいそうな雰囲気を示して俯き気味になっていた。

 楓は、もうツッコミ気力すら色々と沸かない気分になってきたが、

 「す、鈴音・・・なーんで余裕なのかなー・・・?」

 と、暗に、鈴音が自分のスカートを掴んだりしてきた時の様相とは違う、些かコミュニケーション力が高すぎやしないか、という疑問を呈する表情で、問い尋ねる事を言ったのだが、

 「・・・・・・ぇ・・・」

 それは物凄い小さな鈴音の吐息声。

 のほほんとして、浸かっている姿の聞こえているのか否かも判別つきにくいリラックスした様相。

 それは正しくは「ふえ?」と言っていた。

 瞼が閉じて、顔は単純にお湯に浸かっての赤らみ、お湯が心地よくてよく分からない生返事気味の声。

 それが「ぇ」という感じで鈴音の口から出ていた。

 楓は、ガクシッ、とでも上半身だけでズッコケそうな気持ちになりながら、鈴音が既にかなりマイペースな状態になっている事を理解した上で、質問の答えは期待できないと思い、自分は先にそろそろあがろうかと思い始めていた。

 風呂桶のお湯で軽く身体をお湯洗いした程度だが、それでいいと思った。

 だが、その時に、

 「・・・ぁ・・・おねぇ・・・ちゃん・・・」

 鈴音がお湯に浸かって心地よさそうな顔で、しかし気付いた様子で、

 「・・・からだぁ・・・あらわないとだめぇ・・・だよぉ・・・」

 と、楓へと口にしていた。

 楓は再びズッコケそうになる。

 鈴音に抱き寄せられたままで、どうしたらいいのかという風で俯き気味で目が泳いでいるショータの表情合わさって、放置していいのか分からない気持ちにすらなってきた。

 ただ、さすがに、

 (・・・お、男の子の前で、変に裸を披露するのは・・・抵抗感がある、なぁ・・・)

 一応、脱衣場の時点では先に2人を向かわせ、自分も後で服を脱いでタオルを巻いて続いた立場。

 なので、一応ショータに対して裸は見せていない。

 ロングタオルも太ももの半分まで隠すぐらいだ。

 「わ、私はいいや。軽くシャワー浴びてあがるからっ」

 楓はそそくさとタオルを巻いたままでシャワーを浴びた。

 その様子を見てか、鈴音(は、どうも湯に浸かり寝ぼけ眼みたいになっている)は不思議そうな顔をしていた。

 その目線に気付いてか、楓は、

 (ええぃっ純朴なっ・・・)

 楓はいささか色々と恥ずかしい気分になりつつ、お湯を浴び終えてから、

 「ほ、ほらっ鈴音っ!あがるよっ!」

 少しばかり強調した感じの声。

 鈴音は疑問符を浮かべて首を傾げる。

 強調した声に俯き気味で寝てしまいそうだったショータは、ふいに目が覚めて顔をあげる。

 子供の純朴な目線が色々と気恥ずかしい為、楓は湯船の方に身を乗り出して、鈴音の湯上りを急かしていた。

 楓は内心、鈴音を急かすあまりに布一枚の姿でショータの顔の近くにまで来ている事を幾らか失念している。

 対して鈴音は、

 「・・・?まだ、いーよぉ・・・?」

 寝ぼけ眼気味の顔で、疑問符をやっぱり浮かべた顔でそう口にした。

 それに対して楓はどう言ったものかと数瞬迷いを経たが、ふと思いついて口を開き、

 「す、鈴音っ?のぼせたりしちゃマズいでしょーがっ?ねっ?!」

 そう、伝えた。

 その呼びかけに、鈴音の方は少し遅れ気味だが反応を示した。

 「ぅ・・・ん・・・わかったぁ・・・」

 鈴音のその返事。それを受けて楓は一安心する。

 そして鈴音は「ショータ、ちゃぁん・・・あがろぉー・・・」と、声をだして、ショータと一緒にあがり始めようと左手を前に出していた。

 その鈴音の左手は、浴槽の壁の頭ではなく、

 

   キュッ・・・


 「へ?」

 楓の、巻いたタオルを掴んでいた。

 

  ッ―――シュル


 それは、水を含んで重みがあったタオルのほぐれる音。

 湯船の上に、タオルが舞い降りた。


 「あ」


 楓の単音の声。


 その後に続いたのは、声にならない、

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!????!!!???」

 顔を真っ赤にした年長者の喉声の叫びだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ