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O・S・K story ~ oneesan to syounen to kurage? ~ お姉さんと少年とクラゲ? 1話 パート5

 クラゲ亭の店内。

 ポルカは現在、店内の客席側の廊下の鑑識をしていた。

 外に居た時と同じ黒いスーツのまま、店内の鑑識を終えたカウンター席に鑑識道具一式を置いて、床や壁などを調査している。 

 調べているのは、飛び散った血肉の痕跡、並びにそれが二次被害を及ぼさないかという調査。 ただ、血の痕すら、回収されている。

 警備員4人組は外で警備員を続けている。

 もう1人の鑑識の人材、衣服は着ていない岩石人の男性は店の外で鑑識を続けている。

 店主は店内に居た。

 そして店主は今、店内から見て右側の方にあった食券機を片付けている。

 玄関入り口の壁などは緊急的に補修して、ご近所の外から見えないようにしているが、店内側はそれでも散らかったままの状態だった。

 ポルカが調査を終えたら、その終えた部分を清掃する。

 その繰り返し。

 ひしょげて壊れた食券機から散らばった、何も書かれていない食券の紙テープなどが散らばっているのを片付けている際、

 「――――・・・」

 店主の触手の動きが止まった。

 「・・・」

 何かに気付いた様相。

 腰を下げて掃除していた店主は立ち上がり、玄関の方へと歩いた。

 それに、ポルカは気付く。

 「あのー・・・?」

 店主が、振り向き声をかける。

 「・・・少しばかり、外に出てくる」

 店主がそう告げると、ポルカは少し、しかし垂れ目気味で分かりにくい驚きの表情を示す。

 「えー・・・」

 そして言葉に迷う様相を示していた。  

 「困りますよー・・・私達の仕事は、ビリーさんとお店の護衛なんですからー・・・」

 その言葉に、店主は、

 「・・・おい、ポルカ」

 ふいに、ポルカの名前を呼んだ。

 それに対してポルカは「はいー・・・?」と疑問符混じりに応じる。そして、店主は、

 「お前や外のアイツ等は魔王行政の者としての覚悟はあるか?」

 そう、真面目な表情で尋ねていた。

 ポルカは怪訝な顔で、

 「・・・どういう事ですかー・・・?」

 と、尋ねる。

 店主は、

 「野暮な質問だとは分かっているが・・・事が事なんでな。・・・覚悟があるならお前等の何人か同伴して付いて来い。できれば鑑識のお前が来てくれた方がありがたい。あと鑑識のお前の護衛に一人か二人は居ると助かる。最悪でも最低でも、お前等を護る余裕なんてのは俺にはないかもしれんからな」

 「・・・」 

 店主のその言葉はポルカにとって理解するには容易だった。

 「・・・わかりましたー。イガさんは御店の鑑識に配置で・・・外にグーさんとフウエさんを配置します。車を回しておきますからー・・・ジィンさんとデゥーレンさんと私が同伴しますねー・・・」

 と、口にしてポルカは鑑識道具の使用を一時中断させて、外のメンバーを呼びに行った。







 ====================================






「―――――――・・・」

 魔王は、1人の男の子と対面し、職責の言葉を伝えていた直後で、ふいに黙していた。

 ソファー両隣の2人の女の子、鈴音と楓がそれに気付いて疑問符を浮かべる。

 すると、魔王が腰をあげた。

 「・・・ショウタ、悪いが・・・少し席を外させて貰うよ」

 対面し座るショータは顔をあげて、

 「ぇ・・・」

 単音こぼす。 

 そこで左隣の楓が、

 「一体どうしたんですか?」

 そう、尋ねた。

 そしてそれは鈴音も同じくで、顔を上げて魔王の事を見上げていた。

 魔王が2人へと伝える。

 「・・・例の問題だ」

 その言葉に、2人の表情は硬化し、緊張の走った顔になる。

 「私がショウタへと伝えなくてはならない事柄は、既に終えた。だから其方側に人手に回したい。御客人の方は、まだ説明が終えていないのでね。・・・ショウタ」

 魔王がショータを一瞥した。

 「・・・色々と、いきなりすぎて『考えておいてほしい』などとは・・・言うのは酷だとは理解している。・・・が、私の伝えた言葉に、嘘偽りを口にしたつもりは無い。・・・それだけは覚えておいてほしい」

 そう言うと、魔王は透明感を持っていったかと思うと、ふいに消えていた。

 それを見て楓は、

 (・・・)

 状況が動いているのだと、感覚的に理解した。

 (・・・・・・・)

 楓は、不要と思いつつも、魔王の身の安全を内心でふいに祈っていた。


 





 

 ======================





 


 メルーは魔王と2人で廊下を歩いていた。


 まず、少し歩いて直線の廊下とは雰囲気が違い、直線の廊下の最中にある、四角い床面積の広場の様な場へと連れて来られた。

 そこは、昇降フロアだった。

 右に階段があり、左にエレベーターがある。

 階段は横幅広く、エレベーターは3つ、設置されている。

 それだけ広場の広さを物語る。

 そしてメルーが昇ってきた階段でもある。

 メルーは魔王に案内されて真ん中のエレベーターに乗り込み、下へと降りた。

 エレベーターのオデコの辺りに階数表示があった。

 だが、それは分度器と針時計を合わせた様なタイプだった。

 そして、どうやら3階の辺りに降りた様だった。

 エレベーターのドアが開き、魔王が中から出る。

 メルーもそれに続く。

 そしてメルーは魔王に続いて案内された。

 メルーの左隣に魔王が共に歩く。

 右手側は壁とドアが連なる景観。

 左手側は、ステンドグラスの窓が連なる景観。

 3階のはずだった。

 だが、それでも魔王城自体が高台の位置にあるせいか、ステンドグラスの窓から覗ける景観は高い所から見渡す光景のようになってはいる。

 そしてそれなりに右折と左折をした道の先、目的の路に近づいている様だった。

 その通路は、展望台のあった通路の方と比べると、枝分かれする廊下の多い通路だった。

 どことなく、入り組んだ雰囲気があるようにメルーには思える。

 魔王城の城壁、そしてそれの向こう側に街並み。絶妙な位置合い。

 特にこれと言って多様な会話も無く2人は歩く。

 魔王の方が、メルーより横にした指数本分ぐらいは、背丈が低かった。

 ふと、特に他意はなく、疑問に思った事をメルーは口を開いて尋ねてみた。

 「・・・そういえば、何で人間の子達が・・・迷い込んだ人間が、子供だって分かるんですか?」

 それは、乖世感知に関する質問。

 それに対して魔王は、

 「生命の波長の様なものだよ。・・・それの感覚・・・としか言えない。・・・頭の中に大人か、子供か、大きさの輪郭が浮ぶんだ。そして身体の波長の老化や若さの状態も、ある程度分かる。そして西国で私が感知した反応は、どれも子供だった」

 「・・・」

 「・・・そしてその子供の居場所を、この世界に迷い込んだ後も追尾できればいいんだろうが・・・それは私なら千里眼を使い、12方学統治ノ協定を無視すればできるが・・・特異点能力を使用しない場合、この世界に迷い訪れたポイントしか私の場合は頭の中に浮かばず、そしてそれ以降の移動しているか否かなどは把握できないのが実情だ」

 「・・・」

 メルーは、鵜呑みにした訳ではないが、かなり便利なものなんだな、とふいに思った。

 そして12方学統治ノ協定のせいで、がんじがらめでもあるのだと。

 「・・・12方学統治ノ協定を率先して破ったりすれば、外交問題になる。・・・私もそれを無視して人間の子供を即座に保護できれば、とは・・・思うのだけどね・・・」

 ふいにメルーは思っていた所に、そんな言葉を言われて虚を突かれる。

 そして銀髪の魔王の声色は、どこか苦々しい色合いがあるように感じられた。


 そしてメルーは魔王に案内される形で歩き続けて、1つのドアの前まで来る。

 これまで歩いてきたドア全てが、似た様なドアで殆ど代わり映えがせず、区別が付きにくい。

 途中、所々に名札のあるドアもあった。そしてメルーが案内されたドアも、一応名札が人の目線の位置ぐらいの所に掛けられていた。

 名前は『090―客室』と書かれていた。

 (・・・090・・・?)

 メルーはふと、90番目の客室なんだろうかと疑問に思う。

 魔王が口を開いた。

 「キミ達を護衛する上で入ってもらう客室に付けた作戦番号だ。だから、客室の番号ではなく、魔王行政の護衛課などの者達が共通認識する為の番号だ」

 メルーはそう説明されて、少し何とも言えない気持ちになる。

 厳重。そこから来る言いにくい緊張感の走り。

 だが、ふと、

 (・・・『キミ達』?)

 そのワードが、引っかかった。

 ドアノブへと右手を向けようとしていた魔王が手を止めて、メルーの方を向いて口を開く。

 「・・・すまない、伝え忘れていた。アオバ・ショウタと部屋は隣になる」

 「・・・え」

 メルーは、その言葉を聞かされて、少し混乱した。

 「ぇ、ぃ、やなん、でっ・・・」

 「・・・」

 銀髪の魔王は、メルーの気持ちを読んで、汲んだ上でなのか、申し訳なさそうな顔をして、

 「・・・すまない、だが・・・万全な体制で護衛をするとなると、その方が都合が良くてね・・・キミが病室で目覚める前も、私の分身体がキミの事を廊下で護衛し続けていた」

 魔王は言葉を続ける。

 「ただ・・・楓と鈴音が来てくれて、引継ぎをお願いしたんだ。・・・分身体を創り出して使用し続けるのは・・・中々疲れるものでね。何より魔王城の外の方にも分身体を出動させて私自身が調査している地区が多いのもあるが・・・そういう意味でも能率が悪い。・・・最初は、キミ達を別々に護衛して、相手側のターゲットを分散させる方針も考えていたが・・・本体の私がキミ達2人を護衛した方が効率が良い」

 「・・・」

 メルーは、そう説明されて何とも言えない気持ちになる。

 メルーは目の前の魔王ではなく、分身体を出すなどという事はできないから、気持ちが分からない。

 だが、ふと、

 「・・・ショータの方の魔王様は分身体で・・・偽物で、本心から話されている・・・みたいな感じでは、ないんですか・・・?」

 不安に思った事を尋ねていた。 

 その質問に、魔王は和らかく微苦笑して、

 「本体であれ、分身体であれ、私だ。・・・分身体を創り出す特異点能力の名前は``ノット・フェイク``というものなんだが・・・これは分身体と本体の私の思考がリンクしているもので、単純に言えば共通並列回路の形みたいなものなんだ。分身体だからクローンの私の発言、という訳ではない」

 「・・・つまり並列処理している、って事ですか?分身体の会話も・・・」

 「そうなる」

 魔王はあっさりと肯定した。

 「だから、ショウタに対して示す言葉が偽物の私の発言という訳ではない。その点は安心して欲しい」

 そう言われて、メルーはやはり、色々と何とも言えない気持ちでなし崩しな感じになるしかなかった。

 そして魔王は伸ばし始めていた右手を再び動かして、ドアノブへと手をかけて、

 

  ガチャ、


 ドアを引いて開けた。

 メルーは最初、そのドアの先に部屋があるのかと思った。

 だが、ドアが開けられると中は部屋ではなく、左右に広がる廊下だった。

 床の形で言えば、横長な長方形の形。

 床には薄赤色のカーペットが敷かれていた。

 「・・・?」

 メルーは怪訝な顔をする。

 魔王が入室するのに合わせてメルーも中へと入る。

 すると、その廊下の入り口反対の壁側の左右には更に、ドアがあった。

 右と左に1つずつのドア。

 合間を大きく空けたシンメトリーな感じで設置されたドアの様相。

 ドアノブまで、左右対称となっている。

 右がドアの右手側。左がドアの左手側。それぞれドアノブがある。

 「これは・・・?」

 メルーのその疑問な声。

 魔王は声を返す。

 「右のドアの部屋がキミの客室だ。左のドアの部屋にショウタに入って貰いたいと考えている」

 メルーは、そういう様式の部屋なんだと今の説明で気付いた。

 魔王が言葉を続ける。

 「部屋はどちらも中は同じだ。だが、左右対称で反転している間取りだ。・・・右の部屋に入ろう。水周りなどの説明踏まえ、中を案内する」 

 魔王はそう告げて、右の部屋のドアのドアノブへと右手をかけて引いて開けて、中へと入って行く。

 そしてメルーもその後に続く。

 土足は厳禁の様で、魔王は白い靴を脱いでいた。

 しかも入って右側には人のお腹ぐらいまでの高さの両戸の下駄箱もある。

 そしてメルーは今更になって、

 「あ・・・」

 裸足だった事に気付く。

 病室で起きた時、スリッパの類も無かった。

 裸足で、ショータの居場所を探していた。

 ふいに魔王がメルーを見る。

 だが、魔王の右手には、青い包装袋に入っている除菌ペーパーが握られていた。

 「使うといい」

 「いつの間に・・・」

 メルーは、おそらくテレポートとかの特異点能力の類などを使っているんだろうと推測はする。

 だが、土足も同じ状態で部屋に上がるにはよくないと思い、

 「すみません、お借りします・・・」

 と、両手で受け取り、玄関の床に立ったまま、右側の方の下駄箱の上の棚に除菌ペーパーを置いて、包装の取り出し口を開き、中から箱ティッシュの紙を取り出すように一枚、ペーパーを取り出した。

 そして、まず右足の裏を入念に拭いて、右足は玄関の中へと入り、そして次に左足を拭いていく。

 その途中で、自分が薄緑色の患者服であった事を再確認したのだが、その時になって自分が、

 (・・・・・・)

 下着を着ていない事に気付いた。

 下は、すっぽんぽんだった。 

 (・・・・・・・・・・・・・・)

 何とも言えない微妙な間を置く。

 魔王城内をこんな格好で走り回ったという事実が、メルー自身に変な気持ちにさせた。

 とかく、店主にバレたら、怒られそうな事柄。

 だが、そんな事を考えている暇も無いので、とにかく早く玄関にあがれるように用意する。

 そして足裏を拭き終えて、玄関に両足があがった。

 「それは下駄箱の上に置いたままでも構わない。もしくは好きに使って欲しい。ゴミはそこの下駄箱の隣のゴミ箱にでも入れておいてくれ」

 魔王はてきぱきと教える。

 メルーは、下駄箱の左隣を見てみると、玄関に置かれている形で確かにバケツ型のゴミ箱が置かれている事に気付いた。 

 「キミが履いていたスリッパはそこに置いておく」

 そして、メルーはふいに下を見てみるとスリッパが現れていた。

 それは、ショータを座敷部屋の中で助けようと飛び出した時にまで履いていたはずの薄水色の爪先の見えるスリッパが綺麗に置かれていた。

 「す、すみません・・・」

 メルーはお礼を言いながら指示に従い、ゴミを捨てて、除菌ペーパーは下駄箱の上に置いたままにしてスリッパを履き、先に歩いていて廊下の出口(おおよそ4メートルぐらい先)の辺りで待っていた魔王の後に続いた。

 ドアも無く、部屋へはそのまま魔王が入るままにメルーも続くことが出来た。

 魔王が、その流れの中で入って直ぐ右手側の壁に備えられていた部屋の電灯のスイッチを点けていた。

 その部屋は、広い1ルームの部屋だった。

 この部屋も、魔王の執務室と同じ様に右手側に広がっている部屋で、床の形を正方形に近い長方形の形で比喩できた。

 入室したメルーの視界に写るもの。

 左側の壁には、中間より少し玄関寄りの位置に、白いシーツと枕のセッティングが既に済まされていたベッドが配置されていた。

 そして右側を見ると、魔王が電灯のスイッチを入れた入って直ぐ右手側の壁の方に連なる形でキッチンが存在していた。

 そして更にキッチンの先には、大型の冷蔵庫も備わっている。

 そして右前側の、キッチンの近くには大きめの薄木材色(白色に近しい)の大きめの食卓の机が置かれていた。

 その机の四方にそれぞれ4席、机の長い脚に合わせた椅子が置かれている。

 そして机の上には、何やら折りたたまれた衣服が置かれていた。


 「あれは、キミの服だ。此方で洗濯と乾燥を済ませておいた。後で患者服から着替えておくといい。担当の者が患者服の回収に来る」

 魔王が、机の方を一瞥しながらそう口にした。


 そして部屋の中心の辺り、食卓より先の辺りには黒い、執務室にあったソファーと似ている、だがそれより横長で大きめのソファーが設置されていた。

 そして右側の端の方には、お風呂場やトイレへの入り口と思われる通路がある。

 行き当たりの方であり、玄関とは反対の方には、白いカーテンの閉じられた窓があった。

 その窓はベランダへ行き来できるタイプらしく、カーテンは床近くまである。

 そして窓際で、お風呂場やトイレへの出入り口と思われる右側の壁の辺り、つまり右隅の方には、しっかりとした雰囲気の白くて格調高い感じの大型のタンスなどが2つ、横並びで壁際に置かれていた。手前側が引き戸型で、奥がハンガータンス型。

 (・・・わー・・・)

 メルーは、自分には縁が無いというか、縁が無さ過ぎて逆に落ち着かない雰囲気の部屋を見せられて、少し困惑した。

 何ともなしになんとなく、自分の部屋が恋しくなる。

 まさに他所の家に預けられた猫の状態だった。

 (・・・あ)

 そんな気持ちの中で、メルーはふと思い出した。

 「あの、魔王様・・・?」

 「・・・」

 魔王は沈黙していた。

 サトリを使っているからメルーが思い出した事が、分からないはずがない。

 メルーは、その様子が逆に怖くなった。

 だが、聞くしかない。

 「・・・クラゲ亭の2階から上が消え去ってて・・・1階の天井も無くなってた様な気がするん、ですけど・・・」

 「・・・すまない」

 その言葉は、メルーの懸念を肯定するものだった。

 メルーはあんぐりとする。

 魔王は、少しだけ慌てた様子で言葉を繋げる。

 「部屋は必ず戻す、だから安心して欲しい。・・・あれは、人質に取ったんだ」

 「・・・は、い?人質・・・?」 

 メルーには、何の事か分からなくなった。

 「・・・ビリーに対する人質だ」 

 「店長、に対する・・・?」

 「彼も魔王城で保護したいと思っている。・・・だが、彼はキミやアオバ・ショウタが魔王城で保護されたと知ると・・・恐らく1人で動こうとする。・・・だから、それを止める為の人質だ」

 「動こうとする・・・?」

 「・・・この事件に対して解決する為、にだ」

 その言葉に、メルーは怪訝な顔をした。

 「店長は、知らないんじゃ・・・」

 「・・・彼も確信的に気持ちを決める程ではないが・・・彼のコミュニティやツテの範囲で言えば、この事件の情報屋経由レベルでなら、彼も西国の問題の事は幾らかは知っている」

 「えっ」

 「・・・彼の性分の様なものだ。・・・何か事件があれば、余裕があれば調べる。・・・そういう男なんだ、彼は・・・」

 魔王は、どこか釈明するようにメルーへとそう言葉にしていた。

 逆にメルーには、店主がそんな事をしているという事が意外すぎた。

 「・・・何より、私が保護を申し出ても彼は拒否するだろう。・・・私と彼は、そういう間柄だ」 

 「・・・」

 メルーは、店主が普段『魔王』に関連する話をする時の物腰を思い出した。

 目の前の魔王は女性なのに、店主は『あの野郎』と指して、センルーザーという名前すら呼んで指した事は無い。よくて『魔王』とか『西南国の魔王』とかだ。

 ご近所も『ウチの魔王様~』や『センルーザー様~』という具合に切り口を出す。

 だから、メルーはシャルディアという名前も知らなかった。ただ、正しくはメルーの勉強不足に過ぎない話なのだが。

 どちらにしてもメルーは店主が目の前の魔王の事を指す時には、女性なのに『あの野郎』と呼ぶ縁なのだというのは大雑把に漠然とは理解していた。

 それが、今しがた、よく分からない、奇縁とも言える姿を見た様な気がした。

 魔王の口振りからして、だが。

 そしてふと、魔王は何か気付いた様に数瞬、沈黙した。

 そして、

 「・・・メルー=アーメェイ」

 「・・・は、はい?」

 「・・・キミを利用しても、いいだろうか?」

 その言葉に、メルーは訳が分からなくなる。

 「そ、それはどういう・・・」

 「キミは、乖世感知や乖世収集、そして12方角統治ノ協定などに関して、知らない事も多い。だからこそ、その答え合わせになるように、ビリーを呼んで整合性を得た方がいいんじゃないだろうかと・・・私は思う」

 「・・・あ、なるほど・・・」 

 一応、メルーは納得できる提案ではあった。

 ただ、目の前の魔王が偽物のビリー店主でも創り出したりしないかと懸念は抱く。

 「そんな特異点能力は無いよ・・・メルー=アーメェイ。似た様な魔式を使う魔王などならば・・・私は知っているが・・・」

 「ま、魔式なら居るんですか・・・」

 メルーは、何とも言えない気持ちになる。

 魔王は、真面目な様相で言葉を続ける。

 「とりあえず・・・いいだろうか?ビリーは私が保護をしたいと言っても、応じる事は無い。下手に無理をすれば彼と荒事になってしまう」

 「・・・荒事って・・・」

 「だから、キミがビリーを呼んでいる、という事にして魔王城に来て貰う形にして欲しい」

 「・・・」

 メルーは、それがビリー店主をおびき寄せる為の罠か何かなのかと思った。

 だが、もしメルーが人質という扱いになっているなら、既にビリー店主が知っていないとおかしい気もする。人質扱いでビリー店主をおびき寄せるとか言うなら、既にビリー店主がやってきてもおかしくないはずだと思えた。

 それに、わざわざ確認を取る理由が無い。

 メルー自身が起きる前に、一方的に人質であるという風にビリー店主に告げていればいいのだから。そうすればおびき寄せるのは完了だ。

 (・・・・・・うーん・・・)

 メルーは、何とも言えない気分になる。

 「・・・一応、其方にお任せ、します?」

 メルーは、わざと玉虫色な答えを出した。

 すると、魔王は、

 「・・・すまない。・・・本当に色々と・・・」

 そうお礼を言っていた。

 

 






 ====================================








 「・・・」

 「・・・・・・・」

 鈴音と楓は、魔王の去った部屋の中で、手持ちぶたさな状態になっていた。

 対面するは、何も言わず俯き続けている一人の男の子。

 (・・・うーん・・・どうしたもんか・・・)

 楓は少し悩む。

 目の前の席に座っている一人の男の子は―――何となく、かなり前の自分を見ている様な気がした。

 (・・・声を・・・かけてもいいものか・・・。・・・帰れない、って宣告されたばかりだしなぁ・・・) 

 悩めば悩む程、当事の自分を思い出していく。

 (・・・しかも色々と言語知識とかも備わってるんだよね・・・現状を理解して貰う為に)

 そして、次に思い出すのは、

 (・・・鈴音も、こんな感じだったような気が・・・するなぁ・・・)

 そんな事を、ふいに思っていた。

 

 そんな中で、

 

   スッ・・・


 鈴音が、席を立っていた。

 (へ?)

 楓が心の中で単音をこぼす。

 鈴音は自然体な雰囲気で、ショータの間近へと歩んでいる。

 そして、ショータと手を伸ばせば届くぐらいの距離に立つと、鈴音は、

 「・・・はじめまして」

 声を出して、

 「ショータちゃん」

 男の子の名前を、呼んでいた。


 ショータが顔を上げると、間近に一人の女の子が居た。

 それは、魔王から、自分と同じ人間であるという事を教えられた一人の女の子の存在。

 ショータの思考は、終わりの見えない真っ暗な地平線の中を、ずっと歩いているような感覚だった。

 だから、誰かが近くに近づいてくる事にも気付けず、返事も遅れた。

 ショータは、顔を上げて女の子の声に、何かを、何かの言葉で、返事をしようとした。

 

 それなのに、ショータの口は、使い方を忘れてしまっているかのように、上手く動かせない。

 

 ただ『なんですか?』という言葉を出すのも、何故か今のショータには辛く感じられた。

 だが、ショータは言葉を発そうとする。

 しかし、


 「さびしい・・・?」


 先に、女の子の方が、ショータへと尋ねていた。

 ショータは、今、何を言われたのか一瞬分からなかった。

 その代わり何故か両目が少しだけ、反射的に、反応するように見開いていた。

 

 「・・・私も、そうだったから・・・」

 

 女の子は、ただ言葉を繋いだ。


 そして、女の子は腰を降ろしてショータの隣に座り、ショータの左手を両手で握った。

 「さびしい時は、誰かが居ると、楽・・・だよ・・・」

 その言葉と、手の体温が、ショータに触れた。

 ショータはただ、何かに反応したままで目を少し見開いたままで、何も言えない。

 そして、女の子が確認するように、

 「ショータちゃんは・・・さびしいの?」

 そう、ショータへと尋ねていた。

 「・・・・・・」

 (さび、しい・・・)


     ――――――わから、ない


 ショータの脳裏に、2つの影が浮ぶ。

 

 (・・・お、・・・う・・・さん―――・・・おか・・・さん・・・)

 

 ぼんやりしているはずなのに、その影はくっきりとし続けている。


 (・・・)


 1つの影が増えた。

 それは、近くにあった気がするのに、今は一番遠い気がする1人の影。

 

  ――――眼鏡をかけた、落ち着いた物腰の、一人の女性―――――――

 

 ショータの心に、

 寂しさが、急に溢れ出した。

 

   ツゥ・・・


 ショータの両目の端から、涙がこぼれていた。

 表情は魂が抜けたように無色なのに、ただ、止まらない。

 

 楓が、不安と性急の表情を映した。

 そして、席を立ち、鈴音の近くに立ち鈴音の両肩を後ろから掴む。

 「す、鈴音。とりあえず・・・」

 それは、制止の声。

 しかし、鈴音は返事をしなかった。

 鈴音はただ、

 「・・・さびしいなら・・・私達がいるよ・・・?」

 ショータへと声をかけていた。

 ショータはただ、無色の表情のままで鈴音の方を見て、

 「ぇ・・・」

 単音をこぼした。

 そして、鈴音は、

 「家族になる・・・わたし達が・・・・・・」

 ショータへと、そう告げていた。


 数瞬の間が訪れた。

 それは、無色の表情だった男の子の顔が、小さな呆気に満たされた一時。

 そしてそれが示すものは、 

 一人の男の子の両目の端からこぼれだしていた涙が、もう溢れる事は無く止まっていた事。

 それは、どちらの女の子にも、今止まったのだと、気付けない程の微細で遅い流体の変化。


 ただ、それでも涙が、いつの間にかは止まっていたことを、時間と引き換えに楓は気付いた。

 それ故に、楓は少し驚いて鈴音の背中を一瞥した。 

 鈴音の背中は、やはりその身丈のままに小さい。

 それなのに、自然な言葉を紡ぐ。

 (・・・)

 楓は自分の事を、情けないと内心で思った。

 

 年上なのに、こういう時は鈴音の方がしっかりしているのかもしれないと楓は思った。

 それとも、歳が近く幼いからこそ言える言葉なのかもしれないと、楓はふいに思った。

 

 ただ、どちらにしても、

 

 本当に、これから家族になるかもしれない相手に尻込みしていたら、何にもならないのかもしれないとも、楓は思えていた。

 (・・・ン)

 楓は、決めた。

 「アオバ君」

 楓は男の子の名前を呼ぶ。

 そして無色の色彩の表情の男の子が楓の方を見上げて一瞥する。

 そして、楓が伝えた。

 「・・・無理やりって訳じゃないんだけど・・・キミが望むなら、本当に私達はあの人の子供・・・って事で姉弟になるの」

 「・・・」

 何も言わない無色の色彩だった表情の男の子の口から、

 「きょう・・・だい・・・・・・?・・・」

 そう、小さな声がこぼれていた。

 楓は、言葉を続けた。

 「そ。・・・貴方は私の弟分、って事になるかな」

 その言葉を聞いて無色の色彩の様な表情だった男の子の顔は、少しだけ変わった様な気がした。

 それが、言葉にできるものでないにしても、大きく喜怒哀楽のどれかに変化したものだと言えない小さなものでも。

 無色の色から変わらないものだとしても。

 それでも確かに何かが変わっている様な気がした。

  

 楓は、八重歯を見せるような苦笑を示して、

 「・・・とりあえず、このまま何もしないっていうのもアレだし・・・お茶にでもしましょうか。コミュニケーションの花代わりに。・・・それに私もちょっと喉が渇いちゃったから」

 そう話した。

 「私はちょっと紅茶でも持ってくるわ。自室も近いし・・・アオバ君も紅茶でいいかな?」

 楓のその問いに、ショータは、

 「・・・ぁ・・・は、い・・・」

 返事を返せていた。

 楓は微笑を浮かべて、

 「ン、分かった。じゃあちょっと行ってくるね」

 と、ショータへと伝えて部屋を後にする為にドアの方へと赴こうとした。

 だが、そこで、

  

  ギュッ・・・


 席の場近くを離れようとした楓のスカートが、引っ張られていた。

 「へ・・・?」

 楓は後ろを見る。

 すると、鈴音が左手で楓のプリーツスカートを後ろから引っ張っていた。

 「・・・お姉ちゃん」

 「な、なに?どした?」

 ふいな鈴音の制止に楓は驚きながら、応対する。

 すると、鈴音は、何故かどこか不満げな色合いで、

 「・・・``弟``分・・・じゃなくて、・・・ショータちゃんは、女の子。・・・だから『姉妹』・・・」

 どことなく舌足らず気味ながらにも、楓へとそう抗議していた。

 楓は「へっ?」と単音こぼして状況が分からず微妙な混乱の間が生まれる。

 そして、

 「い、や、アオバ君は男の子だよ?『アオバ「君」』って言ってるっしょ?私」

 「・・・?けど・・・かわいいよ・・・?」

 「・・・あ、アータ(あんた)・・・、報告書はちゃんと読んだ?」

 「・・・・・・・・・」

 「報告書には、アオバ君の性別がちゃんと書かれてるわよ?魔王様も診断したし・・・」 

  

 楓と鈴音の対面。

 変に長い間が訪れた。

 

 楓は、何も言わずにじっと見てくる鈴音の様子に、何が何だか分からなくなってしまう。

 ひとまず楓は、

 「と、りあえず飲み物を持ってくるから・・・」

 場を離れようとしたのだが、

  

    ギュッ・・・

 

 鈴音は、スカートを離してくれなかった。



 今度は、もっと強い力でしっかりと制止するような感じで、鈴音はスカートを握り続けていた。

 






 ====================





 

 

 『では・・・護衛課の者達が来たら、引継ぎをして、私はショウタの方へと戻る。この部屋は自由に使って欲しい』


 魔王は色々と部屋の説明を終えた後、そう言って部屋の外に出て行った。

 メルーが後を追うと、部屋分け廊下の方に魔王は居た。

 その時、魔王は少しだけ困った様に微苦笑していた。

 『まだ引継ぎの者は来ていない。しばらくは、私はココに居るよ』

 文字通り、引継ぎが来たら交代するという事らしかった。

 

 この客室は防音性が高く、部屋分け廊下の方の音が玄関廊下にまで漏れてくる事も無い。

 メルーは、魔王に言われた通り机の上に用意されていた私服に着替えて、色々と身の整理をしてからベッドの上に腰を降ろしていた。

 患者服は一応、机の上に折りたたんで置いてある。

 防音性が良すぎる為に、引継ぎがあったのか否かもよく分からない。

 (・・・)

 ショータが、隣の部屋に来たのかも、メルーには分からなかった――――

 

 

 ――――時間だけが無為に過ぎていった――――

 

 そして今の時刻――――

 


 辺りを見渡してやっとメルーは気付く。

 ベッドの枕元が隣接する壁際の方。

 壁の右上側の辺りに丸時計がある事を知る。

 その時刻は4時40分を過ぎていた。

 正しくは、4時43分。

 

 ベッドの上で何も出来ずに居たメルーは、ただぼんやりとアレコレ考えていた。

 魔王から説明された内容。

 その整合性。

 「・・・」

 多くが自分の知らない内容で、治世の常識の知識なのか、それとも嘘なのか、判断がつかない。

 だが、1つだけ考える事は出来た。

 『囮に使ったという事に対する気持ち』。

 少しだけ、微妙な気持ちだった。

 (・・・小を殺し、大を生かす・・・ってヤツ・・・なのかな・・・)

 メルーは、ふいに思った。

 

 ――――管理外の魔王。


 その存在は、あまりにメルーにとって信じがたく、それでいて天変地異の前触れでも聞かされたかのような気持ちだった。

 それだけ―――危険性は高い所ではない沙汰の事柄である。

 (・・・もし、魔王様の推察が現実だったら・・・)

 考えたくも無い気持ちだった。

 ただ、仮に本当に魔王と成った者が首謀者だとして、

 (・・・なんで、ショータみたいな・・・人間の子供を・・・?)

 その懸念や疑念を抱く事しかできなかった。

 そこに、乖世収集云々の沙汰を抜いて考える。

 子供を誘拐したいらしい首謀者?

 それとも、乱雑な魔界の一般人も狙った誘拐?

 もしくはやはり銀髪の魔王の推察がややこしくしてるだけで、ただの普通の一般人の身体の犯罪者の狂気的な犯行の類?

 「・・・」

 現時点では、どうとでも転ばせられる内容だった。

 本当に、推察の域を出ない。

 そもそもが、ココは西南国なのに、西国の事件の問題を引き合いに出されるというのは、ナンセンスに思える。

 (・・・やっぱり、魔王様が嘘をついている・・・のかな・・・)

 だが、それならそれで口封じとかをするなら、自分を生かしている訳が無いように思える。

 魔王として決断力のある御方だ、という治世の評判も耳にしたことにあるメルーにとっては、仮に小を殺し大を生かす、という上に立つ者の姿勢を魔王が示すならば、メルーが生かされている理由が無い。

 そういう点では、現時点では一応『保護されている』とは言える。

 (・・・わかんない・・・)

 メルーは、あれこれ考えてもどうしようもないと思い、そこら辺は考えるのを止めた。

 ただ、それでも、

 (・・・)

 ショータを囮にした、という主張を耳にした言葉は残響音の様に耳に残り、もやもやとした気持ちがずっとメルーの中に残ってる。

 それが、自分でも何となく怒りの類なんだとは、漠然と把握できた。

 だが、もし管理外の魔王が本当に現れたというのであれば、それが抑止力となってしまう。

 それだけ、危険な沙汰なものだから。

 (・・・管理外の魔王とかも推察に過ぎない訳だし、ハッタリ、とか・・・?)

 メルーはまたあれこれ考える。

 だが、やはり推察の域は出来ない。

 また無限ループの様に思考に陥っているのに気付き、とりあえず今は別の事を考える事にする。

 何か考えるネタでもないだろうかとメルーはあたりを見渡してみる。

 場合によってはふて寝でもしてしまおうかと思いながら探してみる。

 そして、ふと、

 「・・・?」

 ベッドの枕元側の方の棚に目が行った。

 ベッドの枕元側は、壁際に沿う様に配置されている。

 だが、ベッドと壁の合間には、奥行きの薄い、ベッドの横幅のサイズに合わせた備品的な棚が備わっている。

 その棚は、シーツでも被せられる形で棚上の小物置きの場にでもなっているのかと思った。

 だが、その棚はシーツではなく、カーテンが閉じられている形だった。

 「・・・」

 メルーは手を伸ばして、そのカーテンを開いてみる。

 すると、中は一段だけの本棚が姿を見せた。

 中には、様々な辞書の様な本が納まっている。

 魔界の知識書が、棚のスペースの8割を占有する形で置かれていた。

 (・・・あ)

 その中に、魔界の史学書が置かれていた。

 メルーは、その本を手に取ってみる。

 そしてベッドの端に、玄関側と対面する方に脚を降ろして座りなおして本を開いてみた。

 内心、魔王から説明された『偽者の書籍』みたいな事柄も念頭にあって、本物だとは思わず一応調べてみるだけ調べてみる程度の気持ち、基本的に鵜呑みにしない姿勢のままで本を読んでみる事にした。

 まずは目次。

 「・・・」

 中身は、メルーも知っている事柄がそれなりに載っていた。

 この歳になるまで勉強してきた事の復習みたいに思えた。

 (・・・意外と普通・・・かな・・・)

 メルーはそんな事を思いながら、本をぱらぱらと読んでみた。

 そんな中、ふと、

 

   【魔王という種に成る為の条件、及び歴史上に置ける確定性の高い情報】


 そんなワードが、目についた。

 ぱらぱらと開いていた手が止まる。

 「・・・」

 本の左上の項目題名がでかでかと載ったページをメルーは幾許か凝視した。

 そこに載っているモノの最初の文面は、メルーも知っている内容だった。

 

   〈魔界の『緑化』、または別名『緑地化』を、されていない各地には、魔素間欠泉というものがあります〉


 「・・・」

 その文章を読んで、メルーはふと想起した。

 (管理外の魔王、か・・・)

 メルーは、魔王そのものの存在の在り方について、ぼんやりと思い浮かんでいた。

 そして、それを復習するに、十分な内容が記載されていた。

 

 

   〈魔界の各地には魔素間欠泉というものがあります。それは高濃度の有害性を持ち、

         長時間その場に居続けた場合には、死に至る可能性が非常に高いものです〉


   〈基本的には荒野などの自然の根付かない土地の、地下、または非常に低い標高の位置の

     岩盤や硬化土などの切れ目から黒いガス状のモノが噴出す状態が魔素間欠泉と言われ、

               その魔素間欠泉から吹き出る黒いガスが『魔素』と呼ばれます〉


   〈魔素間欠泉から吹き出る魔素とは、空気中の呼吸栄素(酸素)との共存性が非常に高く、

                     浮遊し続け、大気中に存在し続ける状態になります〉


   〈濃度は魔素間欠泉から離れれば減少します〉


   〈魔界の生物種は例外なく魔素を個人により微小、多量と違いはありますが保有し、

             それが『魔素遺伝子』として個人の魔力の情報の要素となります〉

 

 どれも、メルーの知っている情報だった。

 別にメルーは知識が豊富という訳ではない。

 コレは、魔界に住む者ならば誰もが知っている様な情報。

 そして、


 

   〈魔王とは、魔素間欠泉にて1~2ヶ月間滞在し、存命した個体の者を指します〉



 魔王の存在の在り方も、そこに記載されていた。



   〈存命した個体の者は、その個体の者の属する種族としての、

             固有する傾向のある能力以外の、多様な能力を保有します〉


   〈その為、元々の種族の範疇に納まるのではなく、変異種的な個体の者として認識されます〉

   

   〈その変異種を、魔界では『魔王』という種として扱われます。

            そして、12方角統治ノ協定に基づき、

                様々な対処が『魔王』と成った個人に対し、行われていきます〉

 

 

   〈現時点で、魔王という種の数は、魔界の歴史の中で分かっているだけでも

       100名を越さない人数しか、歴史書、または古文書の記録から分かっていません〉

  


   〈魔王とは、その個体としての能力が一般人と比べ、筋力、魔力、

      その他含め、一線を画す存在となります。その為、非常に危険性の

        高いものとしても扱われます。その為、12方角統治ノ協定に基づき、

                       監視、管理される体制が形成されてきました〉

 



 

   〈魔界の歴史とは――――――



 「・・・」

 メルーは、その辺りまで読んで本を閉じた。 

 殆どが自分の知っている情報と遜色ない内容だった。

 だから、斜め読みを少ししていた。

 それが、ふと、嫌な部分に目が止まった。


 そこから先を読むのは、今朝の血肉の臭いを、無意識に思い出しそうになったから。


 だから、読むのを止めた。 

 本を閉じて、小さく溜息をついて何気なく天井を見上げるようにぼんやりと上を向いた。

 「・・・」

 

 ――――管理外の魔王―――――


 (・・・『外側』・・・?)

 ふいに、メルーは何となく、とある事を思い出していた。

 それは、古い時代から言われていたらしい、1つの懸念材料の物事。

 それをメルーは、漠然と思い出しながら思考する。

 (・・・・・・)

 幾らか、イメージが浮んで思考を纏めていこうとしていた。

 そんな風にしていた所、


   ―――リィン~♪  


 この部屋のインターホンの呼び出し音が鳴っていた。

 それは、小さなハンドベルの様な音の音。

 「・・・っ?」

 メルーは、ふと、ハッ、として何かという様相を示した。

 メルーは目線を下げて玄関廊下の方を向いた。

 (・・・誰だろ・・・)

 何気なく独り言のように呟いた内心の言葉。

 怪訝気味な顔をして、玄関廊下の方へと歩いた。

 そして玄関のドアの間近まで来る。

 玄関の靴床には、外を出歩く靴代わりの緑色のサンダルスリッパが置かれていた。

 それも、魔王が用意した物。

 メルーは今履いている薄水色のスリッパを脱いで、それを履いて、ドアの間近へと寄る。

 メルーは今更気付くが、ドアにはドアスコープやドアチェーンに、鍵なども備わっていた。

 だが、一応とりあえずメルーはどれにも手をかけず、耳をたててみる。

 

 『すみ・・・っす~、いらしゃ・・・すっすかぁ~?』


 女性の声が響いていた。

 それは、メルーと比べて少し上ぐらいの、しかしどことなく奔放な感じの物腰声だった。

 「・・・?」

 メルーは、ドアスコープを覗いてみる。

 すると、ドアスコープに写ったのは、

 (・・・メイド、さん・・・?)

 文字通りの、女性だった。

 歳合いは、人間の感性で言えば20歳になったばかり、という具合の快活さと大人さを備えた雰囲気。

 その背丈は、魔王と近しいが、魔王より背丈は少し低い。

 そしてその種族は``マーメイド``種という、エルフ種の様に、人間と姿形は近しいが、部分的に違いのある種族の者だった。

 マーメイド種とは、水中に入り下半身を魚の様にする、アチラの世界で言う『人魚』の様な種族。

 耳は魚のヒレの様になっている種族でもある。

 そして女性の耳は白い結晶体の様に綺麗なヒレの耳を持っている。その大きさは、メルーの片手並に大きい。

 透き通るような肌。

 顔立ちは整いを示す。

 髪は薄緑色の色彩で、肩に届く程の長さ。

 ただ、ワカメの様、と言えてしまうぐらいに全体的にウェーブがかっている。

 

 着ているメイド服は、上と下がセットになった様な黒い布地の物。

 上は肩の部位が膨らみのある半袖。下はロングスカート。

 そして上の服の下には白いYシャツの類を着ているらしい事を示す白い首襟がある。

 そして上の服には更に白いエプロンを着ていた。

 頭の上には白いフリルのメイドカチューシャを備えている。


 『う・・・ん、おやす・・・ゅう、っす・・・ねー・・・』


 防音性が良すぎてよく聞こえない。

 だが、メルーは何となく『お休み中です(か)ね』?という風には聞こえた感じがした。

 だが、言葉の物腰は多分違う気がする。

 そして何より、どうやら右側の方に誰か居るようで、誰かと話している感じの、メルーから見て右側を向いて発した言葉のイントネーションでもあった。

 (なんだろ・・・)

 メルーは疑問に思う。

 そしてふと、

 

 ――――『担当の者が患者服の回収に来る』


 魔王の言葉をメルーは思い出していた。

 (・・・)

 メルーは、とりあえずドアを開けて応対してみる事にした。

 

   ガチャ、


 ドアを押し開いて、

 「えと、どなた・・・ですか?」

 と、メルーは恐る恐る聞いてみた。

 「あ、いらっしゃったすかぁ~」

 安堵したかのような、マーメイド種の女性の言葉。

 女性の脚は、水中ではないので2足を示している。

 細い足で白いストッキングを履いているようだった。

 そして靴は黒い皮靴。

 

 そしてメルーは右側の方を見てみた。

 すると、そこには魔王の姿が無く、別の人が立っていた。

 それはどうやら、魔王と引継ぎで警備の役割を交代した者らしかった。

 それは、``ファイター``種の男性だった。

 ファイター種とは、此方もエルフ種と似た様な種族である。

 だが、耳は人間に近い。

 だが、全身のその身はおよそ人間の皮膚と同じではない。

 ファイター種の皮膚には全身に黒い文様がある。

 それは個人により全然違うが、幾何学的で意味がありそうだと思わせる程に、独特な紋様を生まれながらにして備える種族。

 皮膚は褐色肌の者が多く、傾向としては背丈はばらつきがあるが、全員がその身が筋骨隆々とした体躯をしている者が多い。

 つまり、着ている衣服が張り易い感じである。

 

 そしてその男性は、歳合いで言えば、メイド服の女性と同じぐらいに、人間の感性で言えば20代に入ったばかりか否かぐらいの若い顔立ちをしている。

 顔立ちの整いで言えば、男性の若者らしい精悍な整いをしている。

 肌色は薄い褐色色。

 着ている衣服は黒スーツ。

 髪の色は額を軽く隠す程度に長く、もみあげも少しだけ長い赤茶髪という、落ち着いた雰囲気。

 皮膚の見える顔や手の甲には、黒い文様が備わっている。

 顔の紋様は左右対称の感じで、風切りのカマイタチ2匹が風邪の中で踊り通り抜けるかのような紋様をしていた。

 背丈は、メイド服の女性と然程変わらない。


 メイド服の女性が口を開いた。

 「すいませんっす~・・・患者服の回収に参ったっす」

 独特な口調だった。

 メルーは、その口調に虚を突かれた気分になりながらも、

 「わ、わかりました」

 応じて、一旦部屋の方へと戻っていく。

 スリッパを履き替える。

 そして畳んだ患者服を手に取り、玄関のドアへと戻ってきて、またスリッパを履き替えてドアを開き、

 「あ、此方になりますっ・・・」

 両手で持って、それをメイド服の女性へと手渡した。

 そしてメイド服の女性はにこやかな顔をして、

 「お預かりいたしますっす」

 そう応じていた。

 笑顔の似合う明るい雰囲気の女性だった。

 「自分、清掃課のムラタ=タロウっていいますっす」

 不意に、その女性は自己紹介をしていた。

 「そして此方は護衛課のヅァッちゃんっす」

 若い顔立ちのファイター種の男性は、ズッ、とズッコケそうになった。

 「・・・ヅァッちゃんじゃない、ヅァ、だっ・・・」

 男性は、居佇まいを直しながらメルーの方へと向き直る。

 「・・・ヅァ=サバクです。魔王様がお離れになる間、ここを任されました。よろしくお願いします」

 ファイター種の男性、ヅァ=サバクは礼儀正しい雰囲気でお辞儀した。

 メルーは慌てて、

 「よ、よろしくお願いします・・・あ、私の名前はメルー=アーメェイ、です」

 自己紹介をして返事をしていた。

 「アーメェイさんっすか~よろしくお願いしますっす」 

 「は、はい。・・・」

 メルーは、目の前の女性の名前を聞いて、

 (・・・ムラタ、タロウ・・・?)

 ふと、その手の類の名前を聞いて、何とも言えない気持ちになった。

 それは、侮蔑しているとかではなく、魔界特有の1つの傾向。

 いわく、この手の名前という事は、かなり古い時代から生きている人なのかもしれない、という事を判断する要素になりえるからだった。

 ふいに何気なく、先程読んだ本の読むのを止めた事柄を思い出して、頭の中を拭き取る様に自身の意識を正す。

 そんな中で、ふと、ヅァ=サバクが、

 「あの・・・」

 メルーへと声をかけていた。

 「あ、は、はい?」

 メルーは返事で応じる。

 するとヅァ=サバクはムラタ=タロウを一瞥して、

 「・・・西南国の魔王城は、黒スーツの衣服が正装として推奨されてまして・・・」

 「・・・はい?」

 「・・・コイッ、じゃなく、彼女の着ているメイド服は、清掃課の制服でも何でもないので、勘違いしたりしないように気をつけて下さい」

 そう、どこか常習犯相手に困っている被害者の様な、そんな感じでヅァ=サバクは口にしていた。

 そしてふいに、ムラタ=タロウは、

 「・・・はっ!?」

 何かに気付いた様に、

 「・・・『清掃せいそう』課の『正装せいそう』・・・ッ・・・」

 そんな、言葉を口にしていた。

 ヅァ=サバク、とメルーは、

 「・・・」

 「・・・」

 無言。

 対してムラタ=タロウは、

 「なんちゃってっす」

 そう、テヘッ、とでも言わんばかりの雰囲気で、そう口にしていた。

 ヅァ=サバクは、

 「・・・」

 無言。

 メルーは、

 (・・・だ、駄洒落・・・?)

 今、多分、そうかもしれない、と気付いた。

 ヅァ=サバクは無言でメルーへと視線を戻して、

 「・・・勘違いしないよう、お願いします」

 そう、告げていた。 

 メルーは、微妙に困惑して、

 「は、はい・・・」

 生返事気味な声をこぼす。

 それに対してムラタ=タロウは 

 「あ~ん、ヅァッちゃんのいけずっすぅ~」 

 と、不満げな雰囲気で口を尖らせながら、そう口にした。

 メルーは、何とも言えない状況に言葉に色々と困ったが、何となく、

 「・・・えと、タロウさん、は・・・私服としてメイド服を着ているということですか?」

 そんな事を聞いてみていた。

 すると、ムラタ=タロウは、

 「はい、そうっすよ~?・・・あ、自分の事はムラタでいいっすよ?さん付けも必要ないっすよ?」

 「えっ・・・」

 メルーは天然に自然に堂々と主張するムラタ=タロウに少し驚く。 

 メルー当人もそこら辺は無自覚で似た様なものなのに、他人から堂々とされると以外と彼女は驚きやすい。

 「さ、さすがに初対面で呼び捨てはどう、かと思うので・・・じゃあ、ムラタさん・・・でいいですか?」

 メルーはそう尋ねる。

 ムラタは、

 「う~ん、確かにいきなりすぎたっすかね・・・分かりましたっす」

 そう、応じていた。

 そしてメルーは、

 「あ・・・じゃあ、私も、メルーで構いません」

 そう2人を一瞥して口にしていた。

 するとムラタは、

 「そうっすか?ならメッちゃんっすね♪」

 メルーが不意と虚を突かれる言葉を口にしていた。

 ヅァ=サバクが、再びズッコケそうになりながら、怒った目線をムラタに向けた。

 「お、おい・・・コラッ客人にっ・・・」

 メルーがそれを見て少し慌てて制止する。

 「い、いいですよ?!メッちゃんでっ!」

 その声を聞いて、ヅァ=サバクは微妙な顔で、メルーへと、

 「本当にすみません・・・ウチの者が・・・」 

 と、頭を下げて、気苦労多そうな雰囲気で、そう口にしていた。

 「それじゃあヅァッちゃんもヅァッちゃんでいいっすかね?」

 それなのにムラタはヅァ=サバクへとそう聞いていた。

 ヅァ=サバクは巻き込まれたかのような様相で、虚を突かれた表情をしていた。

 「何を・・・」

 「だってここに居る3人が個人名呼びなのに、ヅァッちゃんだけ苗字呼びじゃテンポがよくないっすよ~」

 メルーはその言葉に、

 (・・・て、テンポ・・・)

 何とも言えない、どうつっこめばいいのか分からない言葉に苦心した。

 それに反してヅァ=サバクは、

 「お前は何を言っているんだ・・・」

 気疲れした雰囲気で、そうツッコミを入れていた。

 その様子を見てメルーはなんだか不憫に思えてしまって、

 「あ、あの・・・じゃあ、サバクさん、でいいですか・・・?」 

 と確認を取ってみた。

 だが、ヅァ=サバクは、メルーがヅァを不憫に思えてしまったかの様な気持ちの言葉を肌で感じ取ってしまったのか、微妙な顔で、

 「・・・いえ、ヅァ、でいいです」

 どこか、張り合いを示す角の部分も間違えているような、しかしどこか諦めた様相でヅァ=サバクはそう口にしていた。

 メルーは、少しばかり困惑しながらも、

 「わ、わかりました・・・では、ヅァさん、で・・・」 

 「・・・」

 「・・・?・・・どう、しました?」

 「・・・いえ、・・・久しぶりにヅァをマトモに呼んで貰った気がしましたので・・・」

 メルーは、返答に困る返事をされていた。

 「ヅァッちゃん、他の同僚の人達から真面目な人って思われてるっすから、サバク、って呼ばれちゃうんすっすよねぇ~・・・」

 どこか、遠い目でムラタはそう口にしていた。

 ヅァは、何か、ムラタへと上段回し蹴りでも放ってしまいそうな闘気の膨張を示していた。

 だが、特に何事もなく沈静化する。

 メルーは、何やら不穏な空気は一応感じたので、話題を変えるべきかと四苦八苦する。

 そしてふと、1つ聞いてみたい事が思い浮かんだ。 

 「あ、あのっ」

 二人が「?」という様相でメルーを見る。

 メルーは質問した。

 「魔王様に人間の女の子が2人・・・養子に迎えられているって・・・お2人もご存知なんですか・・・?」

 その問いに、2人は顔を見合わせて、ムラタは、

 「スズちゃんとシーちゃんの事っすよね?」

 と、言葉を投げかけていた。

 (す、スズちゃん?シーちゃんっ・・・???)

 メルーは微妙な顔をするしかなかった。

 ヅァが、気疲れ示すままに、ムラタは無視して言葉を連ねる。

 「雨戸鈴音、獅子崎楓の事ですか?」

 その問いに、メルーは、

 「あ、は、はいっ。そうですっ・・・」

 返事をして返す。

 ヅァは言葉を続けた。

 「あの2人は確かに、現時点では魔王様の養子という扱いで魔王城に御住みになられています。ただ、お2人は補佐課・・・魔王様の日常的な身の回りのお世話をする課に名簿上は所属しています」

 「・・・・・・」

 「・・・?・・・どうしました?」

 「あ、いえ・・・箝口令みたいなのって敷かれてないん・・・ですか?補佐課、とかの所とか色々教えてしまって・・・」

 「ああ、それなら箝口令などは特に敷かれてませんよ。ただ、悪意のある吹聴、例えるならメディア媒体へのリークをしての世間への大規模の公表を意図するような問題毎などは、魔王様が自ら取り締まりになられますが」

 「ですから~魔王行政以外の人も、知ってる人は知っているっすけど、知らない人は知らないっすねぇ~。魔王城のあるレイアーラ0番地区の民間人の方々とかって、結構知っている人も居るっすけど、それでも0番地区の方々でも都市伝説とか面白嘘半分な噂程度だと思っている人達も多いっすよ~?それ以外の地区なら言わずもながらっす」

 2人はごく自然にそう説明した。

 それを聞いて、メルーは少しだけ内心で驚いていた。

 人間の女の子達がごく自然に受け入れられているというのもあるが、絶妙なバランスであの2人の女の子は立場が保全されているのだとメルーは思った。

 ただ、それは先程の魔王との執務室での会話の内容を鵜呑みにすれば、の話だ。

 一応、メルーは話半分に聞く。

 そしてふと、ムラタが口を開き、

 「他に何かお聞きしたい事ってあるっすか?お部屋の事とかでもお答えできると思うっすよ~」 

 そうメルーへと伝える。

 メルーは、そう聞かれて、

 「あ、いえ・・・他には特には・・・」

 と、答えた。

 そしてムラタは、

 「ありゃ?そうっすか?なら・・・自分はそろそろこの患者着を洗濯にし行くとするっす」

 ムラタはそう言って、ヅァの方を見ると、

 「ヅァッちゃん、後はよろしくっす」

 そう言って、メルーの方をまた見て、

 「では、これからよろしくお願いしますっす~」

 お辞儀をしながら、のんびりとした様子で軽い手を振る仕草をして、部屋分け廊下のドアを開けて退出していった。

 すると、ふと、開いたドアの先には更に黒スーツの人々が居た。

 窓の方から入る逆光とかで種族とかまでは分からなかったが、あの隆々骨肉な雰囲気は集団の男性のモノと言えた。

 そんな人々が警備員の様に立っていた。

 そんな最中をムラタはごく普通に自然に通って行っていた。

 そしてドアが自然と閉まり、そんな光景も遮られた。

 「・・・あの、ヅァさん」

 「?、はい?」

 「外の廊下に・・・人が一杯居たんですけど・・・」

 「ああ、あれは護衛課の者達です。不審者の類では無いので安心して下さい」

 メルーはそう言われて、何だか段々と、今更ながらにだが当事者として別の段階の形でとんでもない事に巻き込まれているんだなぁ、と再確認するような自覚をした。






 

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 シャルディアは廊下を歩いていた。

 メルーを案内し終えた本体のシャルディア。

 そして今はショータ達の居る展望台の部屋へと歩を進めている。

 

 (・・・)

 シャルディアは、少しばかり、内心正味で言えば、困惑していた。

 それは、ショータ達の方を特異点能力を用いて見聞きしていたから。

 サトリ、千里眼、それ等を用いた遠隔での監視と護衛。

 だが、だからこそ、些か変な状況になっていた事はいの一番に気付いていた。

 「・・・」

 シャルディアは、展望台へと繋がる様にしたドアの前まで来た。

 そして、ドアを開けて中に入る。

 すると、


 「ちょっ、鈴音っ!離し、離しなさいってばっ!!」

 「~~~!」


 ショータの隣に座っている鈴音が、楓のスカートを引っ張って、足止めをしていた。

 ドアを開けばそんな姿の女の子達と対面するのだから、もし魔王が成人男性だったら色々と物でも投げられてしまいそうな状況であった。

 もし、魔王が心を読んでいなかったら(これは・・・)とでも内心で声をこぼしていたかもしれない。

 しかし、既に心を読んでいたので、鈴音の行動の理由をシャルディアは一応理解している。

 3人がまだ魔王に気付いていなかった。

 シャルディアは、口を開いていた。

 「鈴音」

 その呼びかけの言葉、それと同時に楓と鈴音とショータは魔王が入室してきた事に気付いていた。

 すると、鈴音が性急な雰囲気でシャルディアの方を見る。

 鈴音の顔は、

 「~~~」

 真っ赤だった。

 そして、どことなく、涙目気味になっていた。

 そして鈴音は何も言葉は発さず、ショータから手を離し、どこか、明らかな様相という訳ではないのだが、小さなオロオロという感じの雰囲気を示していた。

 それが、数秒か否か、ぐらいの微妙な間を置いた。

 そして鈴音は何故か、

  

   スッ・・・


 「ぇ・・・」

 ショータの頭を右手で撫でていた。

 ショータは、呆気な顔で単音こぼして、それをする鈴音と対面した。

 鈴音は、俯き気味になって、ショータの頭を右手で一通り撫で終えると、楓のスカートから手を離して、その場から逃げる様に離れていった。

 そして向かう先は、シャルディアの所。

 鈴音はシャルディアのお腹の下に顔をうずくめるように逃げて、そして今度はシャルディアの後ろに壁にするかのように逃げ込んでいた。

 そして耳まで真っ赤になりながら、恥ずかしそうに震えていた。

 そんな鈴音へと、シャルディアは左手を鈴音の頭に軽く、ポン、と置いて緩く撫でる。

 置いてきぼりの楓はぽかんとしたままで、何が何だかという感じでその光景を見つめている。

 そしてショータも、ただ頭を撫でられた感触を覚えていながら、何で撫でられたのかも分からない表情で見つめていた。

 ただ、無色な表情だったショータの顔は、呆気の色合いが完全にではないが、幾らかを示す程度には変化していた。

 否応なしの変化。

 だが、表情は色を戻している。

 シャルディアが、口を開いた。

 「楓」

 楓が呼ばれる。そして楓はハッ、として、

 「な、んですか?」

 と、遅れ気味に返事をする。

 すると、シャルディアは、

 「ショウタを客室に案内する。楓は鈴音と一緒に自室に戻っておいてくれ」

 そう、告げた。

 その言葉に楓は、鈴音の暴走気味な行動がよく分からない気分になりながらも、一応、

 「・・・はぁ・・・わっ・・・、かりました」

 と、肯定の返事を返した。

 楓は、シャルディアの方へと赴く。

 そして楓は鈴音の方を、シャルディアの左腕側から覗き込むように見つめて、 

 「ほら、行くよ鈴音」

 姉妹の姉の様な雰囲気で、鈴音へとそう声をかけていた。

 そして、鈴音は、俯き気味になりながら小さく頷いた。

 楓は鈴音の右手を左手で握った。そして、2人は歩き出して、シャルディアの開けたドアの方へと半ば通り、楓が、

 「それじゃあ、あとはよろしくお願いします。シャルディアさん」

 シャルディアへとそう告げていた。

 「ああ・・・其方も鈴音を頼むよ・・・」

 そしてシャルディアも、気さくな感じでそう返事をしていた。

 魔王の娘の2人は退出した。

 そして魔王は、どことなく状況が飲み込めていないままになっている一人の男の子の傍へと歩み寄る。

 そしてショータの傍に立つと、

 「ショウタ、鈴音の行為を許してあげてほしい・・・」

 願うように、そう告げた。

 ショータはただ、

 「ぇ、ぁ・・・」

 ショータ自身の周囲の状況が早く動きすぎているからか、上手く言葉を咀嚼できない感じながらに、そう言葉にならない様相で反応を示す。

 魔王は、微苦笑して、

 「あの子に悪意があって・・・キミの傍を離れた訳じゃないんだ・・・ただ・・・」

 「・・・?」

 「・・・あの子が、この世界に来て、・・・そして私の養子になってから一年、同じ人型の男の子というものにキミと触れ合う程に長い時間、会った事も無かったんだ。・・・いや、それ以前に、あの子は魔界へと迷い込んでくる前は、女学園に通っていた。・・・いわゆる男の子に免疫が無い子なんだ」

 「・・・」

 「それでも・・・あの子がキミの頭を撫でたのは、本意でキミの事を新しい妹・・・いや、頭を撫でていた時は弟と認識して接しようと努力していた。・・・楓がいなくなったら、男の子相手に自分一人でどうすればいいのか分からない・・・そんな気持ちで、あの子も取り乱した」

 ショータは、その説明を受けて、ふいに俯いた。

 だが、その表情は暗い色合いは、あまり写っていなかった。

 どちらかと言えば、不思議な気分を、ただショータは内に秘めた感覚の状態。

 その言葉が、一番適切かもしれなかった。

 魔王が口を開き、微苦笑と、どこか冗談交じりの雰囲気で、

 「私は人の心が読めるマホウツカイだ。・・・少なくとも、今の内容に関しては私は脚色も嘘もついていない」 

 ショータへとそう告げて、

 「・・・だから、もしかしたら姉達になる子達に対して、深い困惑は抱いても、・・・さっきの短いやり取りだけで、深い拒絶や否定があったのだとは・・・思わないであげてやってほしい。・・・それは、互いを知ってから生まれるべき溝か、橋なのだから」

 ショータは、ふいに顔を上げた。

 そして、シャルディアの顔を数瞬見つめて、

 「・・・わかり、ました・・・」

 と、返事をしていた。

 シャルディアは微笑を浮かべて、

 「ありがとう、ショウタ」

 と、告げていた。

 そしてショータは、

 (・・・)

 色々な事が、頭の中で浮んでは、消える様に沈んでいた。

 ショータは、自分で自分の考えている事が、言葉にできなかった。

 それは、ただ側面的に言えば『迷い』であるという事を、ショータ自身が理解できていなかった。

 涙は出ずとも、郷愁の念がこぼれだす。

 それなのに心のどこかが、落ち着いているのか、震えているのか、それもショータ自身には分からない。

 そしてそれが側面的な『迷い』である事が誰かに分かっても、きっと本質は誰にも分からない。

 一極の事ではなく、ただ答えの無い心のままだから。

 ただ、魔王は――――――シャルディアは、


   スッ・・・


 右手を手向け、

 「・・・ショウタ、」

 緩やかな物腰のまま、

 「客室まで、エスコートを・・・させて貰えないだろうか?」

 その姿勢を持って、ショータに応えていた。

 ショータは、その手向けられた右手の先をただ見つめた。 

 そして見つめる先の女性は、緩やかな姿勢を示していた。

 魔王は、どこか冗談っぽく、

 「・・・もし、この部屋に居たいならこの部屋を貸そう。だが湯浴みの場はココには無くてね・・・この部屋に居たいなら魔王城内の大浴場の様な施設の説明をしようと思う。どうだろう?」


 わざと、大仰な引き合いを出す。

 魔王はそれがわざと出すには効果的だと分かっていた。

 だが、逆効果だったとしても、それはそれで構わないとも、思っていた。


 目の前の、男の子には。

 ショータは、どこか小さな呆気を浮かべつつ、

 「っ、ぁ・・・」

 申し訳ない気持ちになって、ただ手向けられた右手に応えようとしていた。


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