表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

O・S・K story ~ oneesan to syounen to kurage? ~ お姉さんと少年とクラゲ? 1話 パート4

 「・・・」

 

 まぶし、かった―――――

 

 「・・・?」

 

 ―――――――――――ーこ、こ、は・・・・・・・?




 ――――ショータの頭は、ぼんやりとしていた。


 開いた瞼。

 そこから入る真っ白な光。

 意識が目覚めて、起き上がる事を始める。


 「・・・」

 (・・・こ、こ・・・は・・・)


 ぼんやりとする頭の中で、辺りを見渡した。


 そこは、全体的に白い場所だった。

 床も、天井も白い大理石の様なもので出来ている。

 高さは10メートルぐらい。

 距離感も測りかねる、空けた広い場所。 

 ショータは見渡した。

 その場所は円の広場だった。

 遠くに見える壁は無く、支えるのは円の線上の上でずらりと並ぶ、白い円柱の柱達。

 それは時計の数字の様な感覚で立ち、数えるには数秒かかりそうなぐらいの数。

 柱と柱の合間からは、白いぼんやりとした光が差し込んでいた。

 その光の先は、見えない。

 光が入り込んでいるような感じなのに、柱の裏側に影がなかった。

 まるで部屋全体が白い色彩の光を自然に、人の視認に気付かせないように放っているかのように、明瞭だった。

 柱と柱の合間から入り込む光だけが、ぼんやりとした感じで独特な違いがあった。

 

 不思議な場所だった。


 ショータは、視線を下に向けた。

 

 ショータは、自分が白い敷きシーツが敷き詰められたベッドの上に居る事を理解する。

 ベッドの高さは、床との距離から見て人の膝ぐらいの高さがある。

 そしてショータ自身のお腹から下を覆う様にかけられた白い厚手の、和式で言うならば掛け布団用途のベッドシーツ。

そして着ているのは、薄緑色の患者服を着ていた。

 だが、ズボン型ではなく上の服がそのままスカートになっている検査着も兼ねた様なタイプ。

 後ろを見れば、白くて大きな枕の姿もあった。 

 「・・・」

 ショータは、見覚えもないこの場所で意識が覚めた事に戸惑いを覚えた。

 ショータは記憶を辿らせる。

 だが、

 「――――っ・・・?」

 頭の中で、霞がかかったかのように、上手く思い出せない。

 ただぼんやりとした白みがかったものが脳裏に浮ぶ。

 唯一、浮ぶのは、

 (・・・メルー、さ・・・ん・・・?・・・)

 ショータの頭の中には、ショータの名前を呼んで抱き寄せ、まるで何かから護ろうと飛び込んでくるメルーの姿が浮んでいた。


 だが、理由も、わからなかった。


 その前後が、まるで空白になったかのように、靄がかかったかのように、ぼんやりとして思い出せない。

 「・・・・・・」

 ショータはふいに、数瞬の沈黙を置いた。

 



 「気分は・・・どうかな?」

 



 ショータは、目を見開いた。

 ショータの耳に、人の声が入り込んでいた。

 それは、若い、青年的な様で、壮年的にも取れる不思議な女性の声。

 ショータは、声のした方を見た。

 それは、先程辺りを見渡した時には誰もいなかった辺り。

 ベッドの方角で言えば、後ろに枕元を置いた形で、右側の方角の場所。

 距離にして、10メートルぐらい。

 それだけ離れていても、よく透き通る声。

 そこに、1人の女性が居た。


 その衣服は、白い、ロングワンピースの様な、精錬とした半袖のドレス服。

 全体的にゆったりとしていて、その着る者の体躯より大き目のサイズ。

 そして首元は軽く鎖骨が見える程度に開いた衣服。

 

 膝元に届く程の銀髪。

 膝元にまで届く長さの銀髪。

 深緑の色彩の右の瞳。紅玉の様な左の瞳。  

 10代後半の程度にしか見えない顔立ち、しかし居合わせる異質な壮年さ。

 中性的な顔立ち、それは絶世と言えるような顔の整い。

 

 そんな1人の――――ショータから見てメルーと背丈はそんなに相違の無い――――女性が立ち、腕もゆるりと降ろしたままの雰囲気で佇んでいた。


 そして、その女性はショータの方へと歩みを始めた。

 そして距離が3メートルぐらいまで縮む。

 あと数歩歩いて手を伸ばせば、届く距離に女性は来た。

 

 ―――――そして女性は腰を降ろした。 


 そこには、椅子も何もなかったはずだった。

 しかし、ショータは気づけば、その女性の後ろには背もたれのある横長な黒いソファーが現れていたことに気付いた。

 そして女性は自然とそのソファーの上へと座る。

 「――――はじめまして、だね」

 壮年として、礼然とした雰囲気で、女性は言葉を連ねた。

 「・・・まずは、自己紹介からするのが礼儀・・・かな」

 その女性は、微笑んでいるのか、自然体なのか、判別もつかさない程に緩美やかな居佇まいで口を開いた。

 「私の名前はシャルディア=センルーザー」

 そして、その女性は、

 「・・・この国の魔王をやらせて貰っている者だ」

 そう、その職位をの名を、名乗っていた。







 ============================






「――――っ、ぅっ!?」


 メルーは目を覚ました。

 瞼の重みを感じる事も無く反射的に開いた。

 目の視界に入り込んだのは、白い天井。

 「・・・??」

 メルーは視界を動かす。

 首までは動かしていないながらにも、見える範囲だけで言えば、辺りは病室の様な白くて清潔感のある雰囲気の場所の天井の景観が入り込んでいた。

 「・・・っ、・・・?」

 メルーは首を動かして辺りを見渡す。そしてそのまま身を起こす。

 広めの場所だった。

 そして、病室の様な場所、という表現は正しかった事を理解した。

 

 そこはまるで、2〜3人程度の集団用病室を一人用の個室の病室に変えたかのような広さの場所だった。

 メルーが全体像を見渡しせたのは、右側に白いカーテンの閉じられた窓際を置いて、ベッドの枕元が壁際近くで、部屋の隅から見渡せたかの様な居地だったから。

 白いカーテンの閉じられた窓以外、目立つ物と言えば、視界の左側の方、窓際とは反対の壁の方に見えた横幅がそれなりに広い廊下の姿だけ。

 四角い部屋の中に棒線分の面積が追加されたみたいに、メルーの位置からだとその先にドアがあるのか否かもよく分からない感じに目立っていた。


 メルーは、自分が薄緑色の患者服の様なものを着ている事に気付いた。 

 その患者服は、検査着も兼ねているタイプなのか、スカート型だった。 

 しかし包帯の類は巻かれていない。

 傷の類も見受けない。

 代わりに病院ベッド用の掛けベッドシーツが自分の身にかけられていた。

 

 外の明るさは強くないが、まだ陽のある外の光がカーテンに差し込んでいて半透明にする。

 ベッドの高さは人の膝より上ぐらいの高さ。

 それに連なるメルーの目線。

 「・・・」

 メルーは自分が病院にでも入院したのだろうかと思った。

 そんな覚えはない。

 メルーは記憶を辿り始める。

 そして、

 (―――っ・・・)

 メルーは、思い出した。

 (そう、か・・・)


 クラゲ亭に、何かがやってきていた。


 それを、メルーは目視した訳じゃない。

 それでも、あの座敷部屋の閉じられていたフスマ越し、店内側の方の荒音と、匂いと、気配は、あまりに異質が過ぎた。

 そして何より店主の荒々しい触手の唸る音。

 あれは、店主が戦っている事を示すものだとメルーは理解した。

 メルーは、一体何が起きたのか、分からなかった。

 そして何故、そんな事があって自分がこの場に居るのかも、分からない。

 何かが襲ってきていて、巻き込まれて無意識に入院に至ったのかと一瞬思ったが、

 (・・・あっ・・・)

 メルーの脳裏に浮ぶ、銀髪の女性の姿。

 

 そして、メルーは自身の両手の腕の中を見る。

 

 (・・・ショー、タ・・・・?)

 メルーの気持ちは、一瞬で狼狽した。

 かけられたか布をとっぱらい、そしてメルーはベッドから降りる。

 そして、考えるより先に、この部屋の外へと歩もうとしていた。

 

 窓際の反対の方の壁の、目立っていた廊下の方へと歩む。

 視線が直線状に入り、その廊下の先にスライドドアがある事を理解した。

 そのドアのドアノブはレバードアノブで、右側にあった。

 廊下の幅は、車椅子二台が通れるぐらいの幅だった。

 だが、スライドドアは部屋の外に溝がある形で壁収納型なのか、幅の広いドアが1つだけだった。

 そしてその廊下の先のドア以外にも、途中で左右にドアが1つずつあった。

 「・・・」

 メルーは部屋の様式的に、左右のドアはお風呂とか、トイレとかの類の様に思えた。

 もし、ここが病院であるならばだが。

 そして真っ直ぐ突き当たりのドアが、出入り口の様にメルーには感じられた。

 「・・・」

 メルーは、脳裏の狼狽と不安、そしてここが未知の場である事に対する覚悟を抱きつつ、歩を進める事を決めた。

 

 1歩目を踏み出す―――


   ガチャ、


 ――――その時、突き当たりのドアのレバードアノブが回っていた。

 スライドドアの閂が外れる。

 「っ?」

 メルーはふいに足を止めた。

 ドアノブが最後まで回り、ドアがそのままメルーから見て左にスライドしていって開けられていった。

 そして、

 「ぁ・・・」

 小さな女の子の声が、向こう側から響いていた。

 その女の子の姿は、メルーに見えていた。

 「ん?どしたの鈴音?・・・あ、」 

 そして、続けてドアが開いて、別の女の子の声が響いていた。

 その別の女の子の姿も、メルーに見えていた。

 ドアが開き、2人の人型の輪郭が姿を現していた。


 メルーの視界に写る通り口の囲いの中に写る2者の輪郭。

 

 ―――右の小さな、ショータより、横にした指数本ぐらいは背が上かぐらいの女の子。

 その歳の頃合い、背丈、どちらもショータより1つか2つぐらいしか変わらない幼さ。

 胸元に届くぐらいのモミアゲと後ろの黒髪。

 額と眉毛を軽く隠す程度の前髪。

 もみあげはどちらも、白い紐リボンで半ばの辺りを蝶々結びで纏めている。

 上着は赤茶色のブレザーを着ていた。

 そしてそのブレザーの首元から出ている白い衿は、上着の下には白いシャツの類を着ている事を示す。

 そして下は、裾先に白いフリルのある紺色の、膝を少し隠す程度のスカート。

 白い靴下に、灰色の革靴を履いていた。

 テディベアのぬいぐるみでも抱きかかえていれば、似合いそうな大人しい雰囲気。

 顔立ちは大人しそうな雰囲気のままに綺麗に整った女の子だった。

 

 ―――左の背の高い、しかしメルーよりは拳1つ分ぐらいは小さい女の子。

 その顔立ち、雰囲気の歳の頃合いは11歳から13歳のどれかぐらい。

 しかしそれにしても背丈は比較的ある方。

 薄茶髪気味の色合いの髪は肩に届くか否かぐらいの長さ。

 その髪は癖毛が元々酷いのか、整えている感じはするがそれでも少しだけ横広がり気味な感じを示している。

 上の衣服は、白い厚手の長袖のYシャツ。

 それを第一ボタンを外して着ていた。

 下は黒いプリーツのミニスカート。

 そしてそのスカートの下にはふとももの半分ぐらいの辺りの長さの黒いスパッツを履いている。

 白い靴下に、白色の運動靴を履いていた。

 顔立ちは女の子として凛とした整いがあるのに、男の子の中に混ざって運動で遊んでいても違和感の薄い、逆に画になりそうな雰囲気のある女の子だった。

 

 『鈴音』と口にしていたのは、背丈の高い方の女の子。

 そして『鈴音』と呼ばれたらしいのは背丈の低い女の子。

 

 そんな2人の女の子と対面してメルーは、

 「・・・・・・!?」

 この状況に感覚が性急で鋭敏と、緊張感ある物と化していて――――尚且つ直線のドアに意識が集中していたから―――直感的に気付けていた。

 ショータの時とは違って、鋭敏な感覚だったから――――

 

 ――――唖然とした。

 

 「に、んげん・・・?」


 昨日の夜とは、中身の違う緊張感の感覚――――


 メルーは、


 この世界で数十年生きても1日に起こりえるか否かの事柄が、2日続けて起こってしまっていた光景の状況に遭遇して、唖然としていた。


 そして自分より年下の存在を更に2人も見つけたという事に、驚きを覚えながら。




 ===========================






 (ま・・・おう・・・?)

 教えられた言葉をショータは内心で反復した。


 ショータの頭の中では幾許かのイメージが浮ぶ。

 シャルディア=センルーザーと名乗った女性が、いつの間にか、ソファーを出現させていた事。

 メルーと、お風呂に入った時に教えられた事――――マホウツカイ、という概念。


 対面する女性は、足を組むことも無く、手を前に降ろして緩美やかに自然に座っている。

 不思議な女性。

 それを見てショータは、1つの言葉が脳裏に浮んでいた。

 女性は、微苦笑を示した。

 「・・・『マホウツカイみたい』、か」

 虚を突かれたように、ショータの両目は少し見開いた。

 ショータをそうさせた女性は少しだけ苦笑をしつつ、そして雰囲気を軟らかく言葉を続けた。

 「確かに・・・キミの世界で言うならば、それも間違いでもないのかもしれない」

 女性は瞼を半分だけ閉じたような瞳で、何か思うように俯きながらそう口にしていた。

 ショータは、呆気な顔をしていた。

 疑問を思っていた。

 なんで、目の前の女性がショータの思った事をそのまま口にしたのかを。

 ショータは確かに『マホウツカイみたい』と思っていた。

 そして女性は、

 「キミが連想した通り・・・私はマホウツカイだから・・・と考えてくれたほうが、話は早くて助かると思う」

 諭すようにショータへとそう告げていた。

 ショータは、数瞬沈黙してから、

 「・・・わかる、ん・・・ですか・・・?」

 そう尋ねた。

 そして銀髪の女性は、

 「ああ・・・わかる。キミの考えている事も・・・そして疑問も・・・」

 「・・・」

 ショータは、その言葉を聞きながら、ふとある疑問を抱いていた。

 (―――マオウ、なのに――――マホウツカイ?)

 不思議な疑問だった。

 そして銀髪の女性は、瞼を開いて和らかい笑みを浮かべて、

 「世の中には・・・色々なお仕事があるね?」

 「・・・?」

 「お医者さん・・・消防士の人、お巡りさん・・・色々だ」

 「・・・」

 「私の魔王の立場も、そういうものだと思ってくれればいい。・・・つまり、お仕事だ」

 「・・・しごと・・・?」

 「そう、仕事だ。私は、キミと同じ生き物だ。そんな生き物が魔法を使えて、そんな生き物が魔王をしている・・・そういうものだと思ってくれると、私としては助かるよ」

 銀髪の女性の、真摯な雰囲気の言葉。

 ショータはその言葉に、疑問が幾らか1つの線に集まっていく。 

 それは、ここがどこなのかという疑問。

 そして、ショータは対面する女性が本当に考えが読めるのだろうか、と、

 (・・・『ここは、どこですか』・・・?)

 わざと、内心で強めに疑問に思ってみた。

 銀髪の女性は――――苦笑を示した。

 「ここは・・・私がよく使わせて貰っている部屋の1つ・・・城の者達からは私の私室と思われがちだが、本来は展望台の様な場所・・・になる」

 ショータは、その女性のその言葉に、本当に心が読めているんだと思った。 

 そしてふと、銀髪の女性は左手をあげて、女性の左横の方角を指差していた。

 そして女性の視線も半分は其方の方を向いている。

 「・・・?」

 ショータも、その様子につられて視線を向ける。

 すると、

 (・・・ぁ、れ・・・?) 

 先程辺りを見渡した時とは違う、微細な変化が柱と柱の合間から入り込む光の方で起きていた。

 女性の指差す方。

 そこの柱と柱の合間の光が、濃ゆい感じになっていた。

 それは、柱の影も殆ど先程までできなかったはずなのに、白い光が包んでいる中であるかのようなのに、不思議な白い影のようなものが出来上がっていた。

 「―――あの光含め・・・」

 女性が、ふいに声をこぼしていた。

 ショータは女性の方を見る。

 「この部屋の柱の合間から入り込んでいる光は・・・外の陽射しの光の類じゃないんだ。そしてこの部屋も、普段なら明かりがなければ・・・柱の外から入り込む光だけでは、日陰ばかりの場所になる」

 「・・・」

 「キミが寝ていた。だから・・・外から誰かが見る事が叶わないようにああしていたんだ。これも、私がマホウツカイだから出来る事柄の1つ・・・と思ってくれると助かる」 

 その言葉に、ショータは疑問符を浮かべるしかなかった。

 なんで――――どうして――――と、外から見えないようにしているという言葉に対する純朴な不思議なものを見るような疑問が、ショータの中で芽生えた。

 対する銀髪の女性は、腰をあげて言葉を続ける。

 「・・・ここからでは・・・」

 女性はショータの座る病床の方へと歩み寄る。

 「外の景色も、光に満ちて見えない。・・・だが、柱の近くにまで行けば、外の景色も観る事はできるだろう」

 ショータの眼前に女性は立ち、そしてショータへと女性は左手を伸ばし差し出した。  

 「望むのであれば、気分転換に外の景色を眺めるのもいいかもしれない」

 「・・・」 

 「私とキミが手を握っていれば・・・他者からは姿が見えなくなる。・・・少し、歩かないかな?」

 その言葉は、本当に散歩に誘われているかのような、自然な言葉だった。

 ショータは数瞬の迷いと、目の前の女性が誰なのか分からない不安を抱いたまま―――されど、不思議と怖さや敵意の類も感じないまま――――沈黙を経て、

 「・・・」

   スッ・・・

 ショータはここがどこなのか、知りたくてその誘いを受ける事にした。

 右手を伸ばし、女性の左手に触れる。

 そしてショータはベッドから降りる。

 そしてショータは歩み始めて、女性もその歩く早さにあわせた。

 女性の指差した柱と柱の合間。

 距離にしてそれなりに長い距離だった。

 会話も無い沈黙の合間が続いた。

 それなのに、何故かショータの心は不思議と不安は少しだけ落ち着いていた。

 ショータの右を隣に歩く1人の銀髪の女性。

 その人は、不思議な雰囲気で、まるでそこに居るのが自然体であるかのような歩調をショータに示していた。

 それはショータに時間を少しだけ忘れさせる。

 気付けば、ショータは女性が指差した、少しだけ濃い光の場の近くまで来ていた。

 光の陽炎が、ショータの身に当たっていた。

 その光は暖かく、静かな木漏れ陽のように感じられた。

 「――――あと3歩、近寄れば外が見えるようになる」

 ふいに女性がそう口にした

 ショータは女性の方を見上げた。

 女性は、微笑んで、

 「ガラス越しですまない、が・・・外を見るには充分だと思う」

 そう、口にしていた。

 「・・・」

 ショータは、歩み始めた。

 ショータの左手を握る女性も、共に歩いていく。

 

 1歩目・・・2歩目・・・3歩――――


 「っ・・・」

 ショータの視界の中、ショータの目をまったく傷めなかった暖かな光が晴れていった。

 そして、

 「・・・!」

 ガラス越し―――快晴の空が、映し出されていた。

 夕刻が近いか否か、ぐらいの、しかし雲が殆ど無い空が映し出されている。

 柱と柱の合間へと立ち入ると、この場所は壁が無い吹き抜けの場所だったのではなく、窓ガラスが円に沿う形で張り巡らされている事を、ショータに理解させた。 

 それを光が隠していた。

 「・・・」

 ショータはふいに、後ろを見る。

 おかしな感じだった。

 光は無かった。

 その代わり、先程までベッドなどがあったはずなのに、それ等が無い、まるでショータ自身がそこにはいなかったかのような展望台と言われた場所の姿が映し出されていた。

 「・・・蜃気楼の偽物・・・偽の光景の姿を見せている、と思ってくれるといい」

 ふいに、女性の声が響く。

 その言葉を視線を向けて聞いて、ショータは数瞬呆気になりながらも、視線を前に戻した。

 窓まで、まだ距離がある。

 空は見えても、下はまだ見えない。

 平行の視点が遮る空しか見えない。

 爪先が、床が邪魔して下がよく見えない。

 ショータは歩いた。

 そして銀髪の女性も歩いた。

 そして柱と柱の合間の最中の場、そこを数歩歩き始めて、

 「―――」

 ショータは、ただ段々と意識が呆気なままになっていた。

 それは、段々と下が、見え初めていたから。

 無意識に、窓までまだ半分ぐらいの位置で、足が止まる。


 段々と見え始めていたのは、街並み。

 それも、とても高い所からでないと、見渡せない光景。

 

 高層ビルや、大型のタワーなどの最上階から見ているかのような景観。

 

 遥か向こうの地平線の先まで点在する街並みの中の建物の一つ一つが、米粒並みに小さく見える。


 しかし、街並みの在り方は独特で、ショータは見た事も無いものだった。


 蜂の巣か、蜘蛛の巣か――――そんな風に張り巡らされた白い壁があった。

 そして、それは地平線の先まで続いている。

 そして、街並みが点在するかのように分けていた。

 まるで蜂の巣の1つの穴毎に、その穴の中心に街並みがある姿。

 1つ1つの街並みは、その蜂の巣の穴の面積の3分の1か半分ぐらいの周辺距離の規模で、中心を主体に街並みを形成しており、街並みの外―――白い壁に近くなれば近くなるほど―――森林や草原地帯―――所々に見受ける高速道路の様な長距離路――――を置いて、形成されている。

 そして蜂の巣か蜘蛛の巣の様に張り巡らされた白い壁は、どの街並みの建物よりも高い感じだった。

 だが、その白い壁が生む日陰は街中に届く程ではない。

 それだけの広大さを、示している。


 しかし、それは本当に高い所からでないと全体が見渡せず、何がどうなっているのかも分からない程の巨楼な規模を示す。近くの白い壁は膨大すぎて、遠めに見える部分がやっと蜂の巣などと比喩できるぐらいには隔てられているのが分かるぐらいだったから。

 ショータの居る場所から近ければ、それだけ白い壁の作る一つ一つの街並みのコミュニティは近ければ大きすぎて全体が見えず、遠くなれば遠くなるほど分かりやすいものになっている。

 

 「どうかな、この街は」

 ふいに銀髪の女性が口を開いていた。

 「この街・・・いや、国の名前は西南国と言うんだ。そして、私が魔王をしているから``センルーザー``の名前でも呼ばれてもいる」

 「センルーザー・・・」

 「そう、私の苗字になる」

 窓ガラスの間近のショータの隣で、ショータと共にその景観を眺めている女性。

 そして女性がふいに景観を見渡すのではなく、景観の真下の辺りを見下ろす視線を向けた。

 手を繋いだまま、銀髪の女性の方を向いていたショータはそれにつられて下を見る。

 だが、床が見えるだけで、何も見えない。

 女性が、クス、と微笑んだ。 

 「すまない・・・まだ、見えないね。・・・もう少し、前に行こうか」

 そう言って、女性は1歩、前へと踏み出していた。

 ショータは、その女性の言葉に沿い、自身も歩き始める。

 そして窓ガラスに手を伸ばせば届く距離まで来た所で、

 「・・・っ・・・」

 その見下ろせる景観を覗き観る事ができるようになった。

 まず、初めに感じたのは、高すぎる位置だから怖いという感情。

 しかし、直ぐに来たのは、別の感情。

 (き、れい・・・)

 それは、何なのか分からなかった。

 高い所から見下ろすから、小さな点の色の集合体のようなものに見えていた。

 そんな、色とりどりな色彩のある広場が、真下の方に広がっていた。

 それは、数瞬経ってショータは花の庭園である事を理解した。

 手を伸ばして手と比べてみても、手に納まりきらない。

 まるで王宮の最中の様な庭園。

 庭園より距離を置き、広場や様々な建物を内側に内包しながらも灰色のレンガの壁の城壁が円を描くように囲う。

 その灰色のレンガの城壁は、蜂の巣の様な白い壁よりも高かった。

 しかし、その最中に広がる巨円な真下に見える庭園の姿は、周りの雰囲気と比べてあまりに儚く、それでいて美しいものに見えていた。

 「あれは、魔王城の庭園だ」

 女性が、説明していた。

 「研究用などに栽培しているものでね・・・そして、あの庭園を囲う城壁、もとい今、私達の居る場所を含めて・・・ここは魔王城になる」


 ――――魔王城、そう口にされた言葉の場所―――


 地平線の向こうまで見渡せる街並み。

 その高さが示す事。

 それはショータ自身が今居る場所が、とてつもなく高い場所だという事。

 

 ショータは感覚的に連想した。

 広がる街の中に、物凄い高い灰色の色彩の建物がある。

 そんな場所に、自分は居る。

 そんな感覚を、言語で認識していなくても、直感的に想像していた。

 

 「キミの今の想像は・・・正しいね」

 ふいに、声をかけられたショータは銀髪の女性の方を見た。

 「・・・」

 「この場所の事を・・・分かってもらえたかな?」

 奥ゆかしく、ゆるびやかで柔らかい問い。

 それは、女性がショータの思っている事を知っているのか否かすら、他者に察しさせない、あまりに自然な会話の物腰。

 だから、ショータはただ、目の前の女性が自分の考えている事が読めるという事に対する念頭すら無くて、無意識に近い感覚で自然に疑念に思った事を聞いていた。

 「ココ、は・・・あなたの、イエなんですか?」 

 その質問に、女性は奥ゆかしく笑い、

 「そう。ここが私の家、だ。・・・今の所はね」

 そう、肯定した。

 そして、女性が注釈をするように口を開く。

 「だが・・・私1人の家という訳じゃない」

 「・・・?」

 「ここには―――――




   ドバンッ!




 けたたましい、開け破られたドアの音―――――




  「ショータァァァ!!???」

  「 」


  「ちょ、まッ、てッ、て、のっ!?」

  


 ふいに響いた、その声にショータの意識は奪われる。

 ショータの目線は、展望台の中の方へと向いた。

 だが、中の姿が見えない。

 いや、正しくは偽物の景色で中がどうなっているのか、分からないようになっている。

 「・・・手を繋いでいるね?」 

 銀髪の女性が、ふいにショータへと尋ねた。

 「アチラの情報をキミと私にだけ見える様にしよう。手を離さない様にしてほしい・・・」

 女性はそう言っていた。

 ふいに握るショータの手が暖かく感じられた。

 そして、女性は自らが動いて、ショータが180度、手を繋いだままでも回転できるようにショータの周りを少し歩いた。

 そして、ショータは、自分の視界に変化が訪れていた事を理解する。

 偽物の展望台内の景色だったはずなのに、そこにはショータが居たベッドや、女性の座ったソファーの姿が、うっすらと輪郭を持って存在を示し始めていた。

  

 そして、それ以外の知らない光景も写っている。

 それは、状況が変化した光景。


 ショータのベッドよりも向こう側。

 ショータの居る柱と柱の合間の反対の辺り。

 そこも、柱と柱の合間だが、しかし、そこの1つだけが、先程までは白い光で満ちていたはずなのに、それが消えて、その奥に白い壁と、白いドアが出現していた。

 そのドアが全開まで開け放たれていて、3人の人影が、この場所へと入り込んでいた。

 ドアを思い切り開いたらしい存在、それは、

 (ぇ・・・) 

 ショータの知る、

 (メルーさ、ん・・・?)

 存在だった。

  

 メルー=アーメェイが、息をきらして立ち入っていた。

 何故か、背中には、両のもみあげを白い紐リボンで蝶々結びで軽く纏めた、黒髪の、ショータより一歳か二歳ぐらい年上に見える女の子を抱っこしていた。

 左手は女の子の臀部と背中を器用に柔軟に曲げて抱きかかえるのに使っていて、右手でドアを開き破っていた。


 そして、後に続いているのも、ショータの知らない女の子だった。

 此方は、ショータと違って10代の世代に入り込んだ後とは見える女の子で、背丈はメルーより小さい女の子だった。

 肩に届くか否かの薄茶髪気味の、横広がり気味に癖毛な髪を揺らしていた。

 息も切らして、遅れて部屋へと入ってきていた。

 その女の子は、疲れたように腰を曲げて、両膝に両手を置いてうな垂れた。

 そして、うな垂れたまま、

 「〜〜〜あっ〜〜〜もうっ・・・!」

 苛ただしげにその女の子は口を開いた。

 「ほ、ホントにな、に・・・つーか、もうシャルディアさんの所に来て・・・」

 声が途切れ途切れになって、最後まで喋るのも苦労している。

 どこか、半ば諦めの様子。

 いや、手遅れという様子。

 そんな女の子の様子に対してメルーは闘牛の如くのままに目線を向けて、

 「ショ、タ、いや、ショータはっ!??」

 探し人の安否を気遣うままの暴走の声を吐き出し尋ねていた。

 その質問にうな垂れる女の子は、

 (なんでそんなでっかいもんぶらさげて・・・しかも、鈴音を抱っこして早く走れんのよ・・・)

 内心で、メルーの胸の事含めて、そんな事を少し思った。

 

 メルー達に、ショータの姿は見えていなかった。


 そしてショータは、メルーが名前を呼んでいるのに、なんでココに居るのに気付かないんだろうという風に怪訝な顔をした。

 距離は確かにあっても、見えない程ではないはず。

 ただ、直ぐに隣の銀髪の女性――――マホウツカイが何かをしているのだと、漠然と思えた。 銀髪の女性が、口を開いた。

 「彼女達に会いに行こうか・・・」

 「ぇ・・・」

 「ここからでは、彼女達は私達の事は見えない。だから、近づいた方がいいだろう」

 その言葉に、ショータは、

 「・・・わかり、ました・・・」

 肯定を示した。

 ショータは何気なく1歩前に踏み出した。

 そして女性も同じく歩み始めた。

 そして、光の壁があった辺りを通り過ぎた辺り、


 「――――・・・ショー、タ?」


 2人に気付いたメルーが、ショータ達の方を見ていた。



 

 メルーは、不思議な部屋に入ったと最初思っていた。

 それが、急に柱と柱の合間の漏れ出している光の、入ったドアの反対の方学の方から、2人の人影が姿を現していた。

 それに、メルーは呆気な顔をした。

 メルーの探していた男の子の姿があった。

 

 そして、もう1人――――

 

 (魔、王・・・様・・・?)


 メルーはただ、更に呆気な色合いを強めていた。

 メルーは後ろを見て、薄茶髪の女の子の方を向いた。

 それは、あまりに状況がとんでもなくて、暴走が再燃した様な様相。

 「なっ、なんでっ?!『シャルディアさんの部屋に居る』って言ってたよねっ!?」

 尋ねられた女の子は、うな垂れ気味のまま、どこか困惑気味の表情を浮かべて、

 「いや・・・だからシャルディアさんの部屋じゃ・・・、・・・でしょう?」

 薄茶髪の女の子は、調子とペースを取り戻したのか、最後の辺りが砕けた言葉遣いになってしまいそうになっていたのを戒めて、口調を少し真面目な感じに切り替えていた。

 その返答に対して、メルーはこう尋ねた。

 「ま、魔王様の名前ってセンルーサーって御名前なんじゃ・・・」

 その質問に対し、薄茶髪の女の子は、

 「・・・それ、苗字ですよ・・・?」

 そう、逆に問い返していた。

 メルーの顔は、

 「・・・」

 どことなく、色々なものが果ててしまったかのような、自失のままな表情をしていた。

 それは、呆然とも、言えるかもしれない。

 もしくは、やってしまった、という顔。




 薄茶髪の女の子と話すメルーの背中をショータは、疑問符混じりで、遠くから見つめていた。

 銀髪の女性を隣に一緒に歩く。

 そして距離がせばまり、あと10メートルという所で、

 「やぁ・・・メルー=アーメェイ」

 銀髪の女性は、メルーの名前を呼んだ。

 それは、澄んでいて、10メートルぐらいの距離がありながらよく通る声。

 メルーは気付いて、2人の方を見る。

 2人は歩き続けて、銀髪の女性は言葉を続けた。

 「共通の知り合いは居るが・・・初対面、だね」

 その言葉が終わる頃には、距離はもう互いに5メートルも無い所まで来ていた。

 銀髪の女性は、改めて、という風な雰囲気で、微笑みを浮かべて言葉を口にした。

 「・・・改めて・・・はじめまして、メルー=アーメェイ。魔王をやらせてもらっている、シャルディア=センルーザーだ・・・。以後、よろしくたのむ」

 女性は物腰が穏やかに、メルーの様相を気兼ねる事も無く、真面目な態度でメルーへと自己紹介をしていた。

 メルーは、冷や汗浮かべて、銀髪の女性へと回れ右して、

 「は、はぃっ!」

 背筋伸ばして、そう返事をしていた。

 銀髪の女性は、苦笑して、

 「そう、畏まらないでほしい。私は・・・そういうのは少し苦手だ」

 そうメルーへと告げた。

 メルーは、どうすればいいのだろうという具合に困惑の表情を浮かべた。

 それに対して銀髪の女性は、苦笑を浮かべたままで、

 

 「・・・さて、鈴音、シシー」

 

 その目線を、薄茶髪の女の子と、メルーの後ろで未だに抱っこされたままの女の子の方へと一瞥させて向けた。

 すると、薄茶髪の女の子が、

 「シ、シシーじゃなくて、獅子崎ですってば!」

 と、抗議の声を出していた。

 「人前なんだから普段通りに呼んで下さいっ!・・・コッチは色々疲れてるんですよっ?この人が何だか、暴走するからっ・・・」

 獅子崎、と名乗った女の子はメルーにジト、とした目線を向けて口にした。

 メルーは、あう、とでも言いたくなってしまいそうな肩身狭い雰囲気になっている。

 その言葉に、銀髪の女性は、慎ましく、微笑を示して、

 「はは・・・すまない、楓」

 と、獅子崎と名乗った薄茶髪の女の子の名前を呼んだ。

 そして銀髪の女性がまた口を開き、獅子崎と名乗った女の子へと、

 「・・・状況の説明を、してもらってもいいかな?」

 と、尋ねていた。

 その言葉に、薄茶髪の女の子は疑問符を浮かべて怪訝な顔をした。

 「・・・?心を読んでくれれば・・・いや、警備的にもずっと視ていたんですよね?私達の事」

 と、口にした。

 「というか・・・分身体を此方側に回してくれれば・・・、こんな面倒な事、起きなかったじゃないですか」

 楓と呼ばれた女の子は、どこか不満げにそう口にした。

 それに対して銀髪の女性は、

 「少しだけ楽がしたくてね・・・私もここ一週間は中々・・・ね」

 「っ・・・」

 「平時であればそうしたかったが・・・今はそうでもない。他の調査懸案含めてね。危険も無いようだから・・・彼女の奔放な気持ちに任せたんだ。・・・すまなかった、楓・・・」

 「・・・」

 楓と呼ばれた女の子は、どこか軽率だったという風に、

 「いえ、すみません・・・ワガママ言って・・・」

 そう返事をしていた。

 銀髪の女性は、ありがとう、と言う言葉が似合いそうな和らかい微笑みを浮かべていた。

 そして、楓と呼ばれた女の子は頭の右側面を右手で押さえ、気心隠しな仕草をしてから、

 「・・・それじゃあ説明しますけど・・・」




 =======



 ――――数分前、


 

 「貴方、達は・・・?」

 メルーが、呆気な顔で尋ねた。

 白い病室のドアの位置に立つ2人の女の子。

 左に1歩前に踏み出し、小さい女の子を後ろにして立つ薄茶髪の女の子は口を開いた。

 「えーと・・・はじめまして。魔王様の小間使いをしている者です」

 その言葉に、メルーは少し驚いた。


 魔王様の小間使い。

 それが、人間?


 薄茶髪の女の子は言葉を続ける。

 「私の名前は獅子崎楓、って言います。コッチの子は雨杜鈴音」

 薄茶髪の女の子、獅子崎楓は左手を隣の小さな女の子の背に手向けながら、そう紹介した。

 小さな女の子は、言葉は出さず、しかしお辞儀でメルーへと挨拶した。

 メルーは、挨拶を返す余裕も無い状況の驚き様のままに、

 「魔王様の小間使い、って・・・まさか、ココ・・・」

 疑問を質問としてぶつけようとした。

 しかし、先に獅子崎楓が、答えた。

 「はい、ここは魔王城です」

 その言葉に、メルーの目が見開いた驚きは、更に持続を続ける。

 獅子崎楓が言葉を続ける。

 「魔王様が保護されて、この病室に貴方は検査を受けてから運ばれ、お休みになられてました」

 その言葉に、メルーの脳裏に、クラゲ亭の襲撃者達の光景が浮かび上がってきた。 

 それは、つい今しがた浮んだ光景。

 クラゲ亭の2階が消え、天井の消えた1階の壁の上に立っていた銀髪の女性の姿。

 メルーの思考が、この状況への理解を得る。

 しかし、

 「・・・っ、」

 メルーの意識は、外聞も無く別の不安に駆られていた。

 「あ、あのっ、しょ、ショータはっ!?」

 メルーは、性急な表情で薄茶髪の女の子へと詰め寄る。

 獅子崎楓は、その勢いに、

 「え、ちょっ、まっ・・・」

 そう声をこぼす。

 その言葉に、メルーはハッ、我に帰り、詰め寄ってしまっていると気付いて自分を戒め、足を止めて話を聞こうとした。

 だが、

 「・・・っ?」

 メルーの五感は、別のものを拾っていた。

 それは、メルーの種族柄の認識。


 急に何も言わずに立ち尽くしたメルーに対して、獅子崎楓、そして雨戸鈴音は疑問符を浮かべる。

 2人が、どうしたんだろう、という風に顔を見合わせる間すらあった。

 

 メルーの目線は、獅子崎楓を見ていなかった。

 獅子崎楓の頭の上を視線は通り過ぎ、廊下の方を一瞥している。

 そして、メルーの口が開き、

 「ちょっ、ちょっとごめんね?」

 と、獅子崎楓が「へ?」と単音こぼすのも気にせずに獅子崎楓の間近に来て、そして両肩に触れてやんわりとどいてもらって、メルーは廊下の方へと出ていた。

 そして、メルーは再確認するかのように、

 

   スンッ・・・


 一度、鼻腔を動かしていた。

 「・・・」

 メルーは数瞬、また沈黙した。

 それに対して獅子崎楓と雨戸鈴音は、再び疑問符を浮かべざるをえなくなる。

 メルーの目線は、2人の方ではなく出た廊下の左側の果ての方を見つめていた。


 広い廊下。それは横で十数人が横並びで歩いても余裕がありそうな王宮の様な廊下。

 カーペットが敷かれていない白色とも灰色ともとれる鏡面反射を生む綺麗な大理石の床。

 メルーの視界から見て左側の壁、もとい出た病室のあるドアの方は、ずらりと間隔を置いて先までドアが並んでいる。 

 そして右側の方には、ロジック調のステンドグラスの窓が右から左の果てまで間隔を置いて

存在している。


 しかし、メルーの視線は、感覚は―――どれも視界の中に納まっているものを直視していない。

 まるで、遠い何かを感知しているかのような様相。

 それに気付けた小さな女の子、雨戸鈴音はそんなメルーが、どこか行ってしまいそうな気がして、ふいに右手を前に出して、メルーの患者服の上の服の腰裾へと手を伸ばした。 

 しかし、それと同時にメルーは1歩前へと踏み出していた。

 獅子崎楓は怪訝な顔をする。

 雨戸鈴音は慌ててメルーの腰へと抱きついた。

 それを見て獅子崎楓はふいに驚く。

 メルーは、後ろに抱きついた存在に気付いたが、まるでそれに意識は向けず無意識の様に、左腕で雨戸鈴音を後ろで抱っこしていた。

 「ぇ・・・」

 雨戸鈴音のふいな単音の声。

 「は、い?」

 獅子崎楓の、呆気な声。

 更に1歩、前に踏み出す。

 獅子崎楓はそれを見て、

 「ちょ、どうしたん、ですかっ?」 

 制止するような声を出す。

 しかし、メルーは、

 

   ダッ!


 雨戸鈴音をしっかり背中におんぶしたまま、走り出していた。

 

 獅子崎楓は、

 「――――はッァ!??」

 唖然とした。

 「ちょ、ちょっとッ!??」

 獅子崎楓が叫ぶ。しかしメルーはお構い無しに走り続ける。

 「っ、なんっ・・・!?」 

 獅子崎楓は性急に後を追う。

 相手は女の子1人をおんぶしているはずなのに、全然距離が縮まらない。

 いや、逆に段々距離が開いているような気がする。

 全力疾走に近いぐらいのはずなのに。

 獅子崎楓は喉がつまりそうになりながらも、大声を出す。 

 「ど、どこに行くんですかっ!!??」

 その声に、メルーが獅子崎楓の方を見て、 

 「ショ、ショータの所にっ!」

 メルーは、どこか必死な様相だった。


 ―――それは、心配な気持ちが先走っていて、周りが見えていない様相。

 ―――居場所が感覚的に分かって彼女の意思の表れもない交ぜになった暴走。


 おんぶされている雨戸鈴音は目を見開いてきょとんとしていた。

 もちろん驚いている。

 だが、自身の身の回り全体が、温かいもので覆われている感じで、凄い速さで走っているのに、全然振り落とされたりしそうな感じがなかった。

 メルーの両手が器用に曲がり、抱きかかえているからかもしれない。

 だが、それだけの物じゃなかった。

 まるで雨戸鈴音の周辺だけが安定感を手に入れられたかのよう状況。

 雨戸鈴音は、その感覚を知っている。

 魔力の、類。


  ――――――それは、1人の男の子が座敷部屋で食事の席の前へと抱き運ばれた時と同じ力の源泉の庇護――――


 「ご、ごめんねっ?」

 ふいにメルーが雨戸鈴音へと声をかけていた。

 「もしかしたら、このお城の階段とかの道案内、頼むかもっ!しっかり掴まってて!!」

 「ぇ・・・」

 雨戸鈴音は、破天荒な状況に呆気になるしかなかった。

 だが、直感的に、このおんぶする女の人が、魔力を使って自分を覆い、落ちたりしないようにしているんだと、気づくことが出来た。

 後ろで何とか距離が空くのを少しに抑えて追う獅子崎楓は、息を切らす中で声を振り絞り、何とか伝える。

 「ショ、ショータって、シャ、ルディアさんの、っ所に居る子の事ですよねっ!??」

 その言葉に、メルーが反応した。

 「シャ、シャルディアっ?」

 メルーは聞いた名前を口にして、

 「女の人の、名前っ!?」

 息を切らすことも無く、そう尋ねるように口にしていた。

 そして獅子崎楓は、

 「そ、りゃ女ですけどっ」

 息を切らしながら、何とか答えて、

 「色々、やりたい、事があるから、ってっ2人、でっ!」

 その言葉に、メルーは一瞬、目を見開いた。

 そして、

 (ル、ルールを無視して、見知らぬ誰がっ・・・!?)

 ただただ、メルーは不安になった。

 それは、その女性にも、ショータにも、危険の種しか生まない様な事だったから。

 ショータの身の安否を、そしてその見知らぬ女性の安否を、心配した。

 雨戸鈴音は、

 「ぁ、ぅ・・・?」

 自分を覆う魔力が、一瞬乱れた感じがしたのに気付いた。

 そして、

 メルーの走る速度が、更に速まった。

 「え、ちょ」

 獅子崎楓は、即座に再び距離が開いて目を見開いた。

 段々と距離が広がっていく。

 (な、なんでだぁぁああああ!????)

 獅子崎楓は、もう声を出す事も止めて短距離走の全力失踪の勢いで、自身がチーターになる勢いで、後を追う事になった。




 

====================================






 薄茶髪の女の子からの説明を一通り終えた。

 「・・・楓、ありがとう」

 銀髪の女性は、魔王は、楓の語り部としての説明を労った。 

 部分的な内面の言葉の一部は、魔王が横で注釈しながらの事情の説明と相成った。

 それは全て、ショータに対して教える為だった。

 そして魔王はメルーの方を見て、

 「・・・すまない、誤解を招き、案内に滞りがあったようだ。・・・申し訳ない」

 メルーへと、魔王は謝っていた。

 一応、メルーの内心の色々な不安の理由は、伏せてはいた。

 ルールに逸脱していた訳じゃなかったから。

 だが、逆に、メルーの緊張が更に高まって固まってしまう様相へと至らせる。

 メルーは既に青銅の人物像の頭からヒビが入り込みまくったかのような様相になっている。

 それは誰の目から見ても明らかな程。

 それだけ、肩身が狭い感じ。

 そしてメルーは口を開いて、

 「い、いえっ、こ、此方こそ、誤解して、すみませんっ!」

 思い切り頭を下げて、そう口にしていた。

 「わ、私の種族柄だとっ、ひゃ、百メートル先のショータの匂いを嗅ぎ分けて助けに行くなんてーっお茶の子サイサイ、なもんですからっ??!」

 メルーは、自分が何を言っているのか自覚していない程に混乱している。

 そのせいか、変な事を色々口走っていた。

 魔王は数瞬、虚を突かれた顔になったが、表情を少しだけの苦笑に変えていた。

 そしてショータは、何が何だか分からない様相で表情を変える事もできないままでいる。

 その中で唯一、楓は口を開いて、

 「100メートル先、て・・・」

 何か、呆れたかの様な声をこぼし、

 「あの病室からここまで、それ以上に距離があるんですが・・・」

 メルーに対してツッコミを入れていた。

 「それ以前に・・・種族柄って事は、間接的に私に対して自白をしてしまっていますよね?

・・・あの訳の分からない追いかけっこになった原因が貴方にある、って」

 その言葉に、メルーが涙目になった石像の様相みたいになって更にピシッ、とヒビが入ったかのような状態になる。

 このまま砕けたら頭を下げているのもあってスライムみたいに広がるかもしれない。

 そんな一幕に魔王が一息喉元過ぎさせて、

 「楓・・・やめなさい」

 困った様子で、そう口にしていた。

 楓は、まだどこか不満がありそうな顔だったが、

 「・・・わかりましたよ・・・」

 どこかスネた感じでそう口にした。

 そして魔王は、またメルーの方を一瞥した。

 「顔を上げて欲しい・・・メルー=アーメェイ」

 その言葉に、メルーはおそるおそる顔を上げる。

 銀髪の魔王は、少しだけ微苦笑混じりだが、緩やかな友好的な態度を示していた。

 だが、その態度は真摯な雰囲気に満ちていた。

 どこか、段々と微苦笑の雰囲気は抜けて、自然体な真面目の様相に変わっている。

 「・・・いきなりですまないが・・・キミがこの場に居る事を踏まえ」

 銀髪の魔王は、メルーへとこう言葉にした。

 「・・・これから、私の職責を勤めたいと思う。魔界への来訪者に対する仕事として」

 その言葉を聞いてメルーの表情は、明らかにさっきまでの緊張とは毛色の違う類の、緊迫的な色合いが写った。

 2人の女の子も同じくその様子。

 唯一ショータだけが、その緊張の空気を肌で感じて、不安ながらに疑問符を浮かべた表情になっていた。

 メルーはに小さく俯き、黙した。

 しかしメルーは直ぐに、顔をあげて魔王へと、

 「あ、の・・・魔王様」

 言葉を告げて尋ねた。

 魔王は、

 「・・・何かな?」

 メルーの言葉に応対する。 

 そしてメルーは、尋ねた。

 「・・・ショータに近づいても、いいですか?」

 その言葉に、魔王は、

 「私は構わない。・・・が、いいんだね?」

 再確認するように、そうメルーへ尋ねた。

 そしてメルーは、

 「・・・はい」

 肯定を示していた。

 「・・・魔王様の・・・職責でも、一時的に保護をした私にも、その責務はあると・・・思うので・・・」

 メルーは、ショータの方を一瞥した。

 そしてショータの方へと歩み寄った。

 それを魔王は見て、ショータへと、

 「大事な話だ。・・・私は少し後ろに離れさせてもらうよ」

 と告げて、ショータから手を離し、数歩後ろへと下がっていた。

 そして代わりにメルーが、ショータの間近へと立つ。

 そして、メルーが腰を降ろして膝を床に着き、ショータと近い目線になった。

 「・・・」

 メルーは、何か言葉を探すかのような表情をしていた。

 そして、メルーは、

 「ショータ・・・大、丈夫?」

 確認するような言葉をショータへと告げた。

 「ぇ・・・」

 ショータはその言葉に単音の言葉をこぼず。

 メルーは説明を、したいけど出来ないようなもどかしい感じで、

 「え、と・・・ほら。色々と、今朝の、が・・・怖かったり・・・」

 飽くまで抽象的に、まるで危険物に触れるかのように、そう言葉にしていた。

 不自然な言葉。

 しかし、メルーにはそういう言葉を出す事しかできなかった。 

 それは、ショータの記憶の中身を確認する行為だったから。

 

 「メルー=アーメェイ。その点については問題ない」

 

 ふいに銀髪の魔王が言葉を口にしていた。

 メルーは「えっ・・・」と単音をこぼす。

 そして魔王は、

 「目視をしていた訳ではなかった。・・・だが、それ以外の要素の部分などの処置は済ましてある。・・・その件は気にせず、伝えたい事を・・・伝えなさい」

 メルーにしか分からない言葉を口にしていた。

 その言葉に、メルーは数瞬、苦しみがあるような表情をした。

 だが、それと同時に安堵も混じったかのような表情をしていた。

 

  ―――――ショータが見聞きしてはいけないであろうあの瞬間。

  ―――――それは、ショータの中には無い。


 メルーは、その理解を経て、

 「・・・あの、ね?」

 覚悟を決めて、

 「大事な事を、私は伝え忘れていたんだ」

 ショータへと、伝える事にした。

 「ショータは、ね?・・・「

 「・・・?」

 

 「――――――故郷に、帰れないんだ・・・」


 

 その言葉は――――メルーと、ショータの合間に、数瞬の沈黙の間を作った。

 

 沈黙を破ったのは、

 「ぇ・・・」

 ショータ、だった。

 「どう・・・いうこと・・・ですか?」

 ショータは、メルーの言う事が曖昧で、理解できないままに居た。

 そして、その声色は、どこか少しだけおかしかった。

 不安だが『なんで』『どうして』『何故』という声色。

 それは、メルーの想像した相互に起こりえる認識とは違う、声色だった。

 「シヤクショには・・・いかないん・・・ですか?」

 その言葉に、俯き気味だったメルーは顔をあげて、一瞬言葉の意味が理解できなかった様相を示した。

 そこに、魔王が、

 「メルー=アーメェイ」

 会話に入ってきていた。

 「彼は・・・異世界の感覚も分からない。そうだろう?」

 その言葉に、メルーは、

 「は、はい・・・」

 相槌を返す。すると、

 「ならば、ここから先は私の仕事だ」

 そう、魔王は口にしていた。

 「ある程度の言語の概念や知識、それを私が彼に与え、その上で事の顛末とルール、それを教えなくてはならない。それはキミにはできない事だ」

 その言葉に、メルーは目を少し見開いた。

 そして、唇を噛むような、苦い表情をしていた。

 表面は平静を装うとしているのに、それも上手くできない。

 メルーは腰を上げて、

 「・・・おねがい、します」

 魔王へとお辞儀をして、頼んでいた。

 その言葉に、魔王は小さく間を置いて、

 「・・・任せてほしい」

 そう返事をしていた。

 そして、

 「・・・今、キミが伝えたかったもう一つの言葉は、胸に留めておいてくれないか?」

 「っ・・・」

 当人達にしか分からない会話が始まった。

 「その件も含めて説明したい。できれば廊下の方に退出しておいて貰えないだろうか?」

 「・・・」

 メルーは、何が何だか分からなかった。

 だが、今は、

 「・・・わかり、ました」

 了承の返事を示すしかなかった。

 ショータと対面していたメルーは、

 「・・・ショータ、・・・ごめん、ね・・・?」

 振り絞るように、その言葉を吐露していた。

 そしてメルーは、立ち上がった。

 メルーは、ショータに背を向けた。

 ショータはふいに背を向けたメルーに対して、不安を抱いた。

 

  ――――もう、会えない――――そんな直感がショータの頭の中によぎった。

 

 それが、奇しくも、女の子が口にしようとして、止められた思いと、同じ。


 ショータは、ただメルーの後を追おうとした。

 だが、気付けばショータの右肩には、銀髪の魔王の左手が置かれていた。

 「ショウタ・・・今は、ダメだ」

 その言葉に、ショータは何が何だか分からなかった。

 だが、銀髪の魔王はショータにしか聞こえないような声で、

 「・・・さよなら、なんかじゃないさ」

 そう、口にしていた。

 その言葉に、ショータはふいな顔をして、性急な感覚が鎮火させられたかのように鎮まった。

 

 そして、メルーは一度も振り返る事は無く、ドアを開けてこの展望台の場から退出していった。





 

=================================





 展望台の場から、メルーは退出した。

 「・・・」

 廊下に出て、廊下の横幅の距離を置いてステンドグラスの窓が夕日近くの青空に映えながら出迎える。

 ドアは閉まった。

 もう、ショータの姿をメルーが見る事は叶わない。

 廊下を2、3歩いた。

 ドアから離れたい衝動に駆られて。

 せめてドアと直線状に居たくないと、壁際に左肩を触れさせ、もたれかかる。

 何も言葉にせず、時間が過ぎようとしていた。


 「・・・すまないね、メルー=アーメェイ」


 ふいな声が、後ろから響いた。

 メルーは目を見開き、後ろを見た。

 すると、後ろのドアの辺りには魔王が居た。 

 メルーは、ふいに性急になって壁にもたれかかっていた姿勢を正す。

 そしてメルーは、混乱した様相で、

 「えっ・・・も、う、・・・ショータへの説明が終わったん、ですかっ?」

 驚き混じりに、そう聞いた。

 それに対して魔王は、

 「・・・いや、この私は分身体だ。人手を分けた、と言った方がいい」

 「ぁっ・・・」

 「・・・この能力に関しては、この土地にそれなりの年月を経て住んでいるキミも知っているね・・・?」

 その言葉に、メルーは自分が早とちりをしたのだと気付いた。

 これは、本物の魔王本人ではあるけども、本体という訳ではない。

 合点はいくが、その結果驚きは消えて、暗い表情は表に出やすくなる。

 メルーは平静を装う心の姿勢を保とうと心がける。

 だけど、それも意外と難しい。

 「・・・キミが起きた時」

 そんな中、ふいな声が響いた。

 「私が病室に説明をしに行ければよかったのかもしれない・・・が、そうなると、キミはあの子に対してさっきの言葉を口にする事を躊躇ったかもしれない」

 「え・・・」

 「メルー=アーメェイ、キミがアオバ・ショウタの元へと来ようとした時、その気持ちを私は利用した。キミがこのまま先程の部屋に来れるように、と・・・そしてアオバ・ショウタと出会い、キミが、心残りがないように話す事ができるように、と・・・」

 「・・・」

 「悪辣な事をしているという自覚はある、が・・・・・・意外だな」

 銀髪の魔王は、少しだけ驚いていた。

 「・・・キミは、私がキミの気持ちを利用したというのに・・・嫌な気持ちは・・・抱かないのかい?」

 その問い掛けに、メルーは答えていた。

 「・・・わかり、ません・・・けど、魔王様なりに、気を遣ってくれたんじゃないかと、思ったので・・・」

 「・・・そんな事はないよ。利用しただけだ。・・・私の行為は悪辣なものだと思ってくれればいい。何より・・・そうでないと、これから話す事は、説得力も薄れる」

 「・・・?」

 「悪意があれ、なんであれ・・・そんな事を今私がここで話す必要は無いと思わないだろうか?・・・そして何より、人の心の問題は公にして利用したなんて事を口外するのは・・・時と内容と次第ではあろうが、今回のキミみたいな場合は、第三者から見て私の存在は悪役そのものに写るものだろう。そしてその自覚が私にはある」

 「・・・」

 「そして何より、私は悪役なんだ。・・・此方側の都合含めてね」

 「・・・?一体、どういう・・・」

 「単刀直入に言えば、面倒な事件が起きている」

 「・・・ショータの、事ですか?」

 「半分正解かもしれないが、あの子が主体の問題ではない。・・・どちらかというと、魔界の側の問題と、言えるかもしれない」

 「え・・・」

 「だからこそ、私は腹を割って話したいと言い、そして悪辣な行為の自白をしたという理由もある。・・・キミにとっては信じられない様な事柄も、幾らか含むからだ」

 「・・・?」

 「・・・場所を移そう。近くに私の執務室がある」





 

 ==================================





「さて・・・」

 展望台に居る魔王が、声をこぼした。 

 ショータの右肩から左手を離す。

 「・・・アオバ・ショウタ、」

 魔王が、ショータの名前を呼ぶ。

 そして、

 「・・・いや、ショウタ・・・で構わないかな?」

 そう確認するようにショータへと尋ねていた。

 「っぁ・・・は、はいっ・・・」

 そしてショータは、肯定した。

 それを受けて魔王は、

 「ありがとう、ショウタ」

 と、奥ゆかしく微笑を浮べ、ショータの名前を呼んだ。

 そんなやり取りを経ながら、ショータは、

 「・・・ぁ、の・・・」

 ただ、疑問に持ち続けた事柄を、問い尋ねた。

 「・・・メルーさん、がいっていた・・・かえれない・・・っていったい・・・」

 「・・・」

 魔王は、小さく間を置いて、

 「・・・文字通りの意味になる」

 そう、口にした。

 「・・・とりあえず、まずは座ろう」

 魔王は、楓と鈴音の居る方へと歩み、そしてショータと対面する位置に立った。

 そして今度は魔王は、自然と腰を降ろした。

 すると、そこには何も無かったはずなのにソファーが姿を現していた。 

 それは病床の上にショータが座っていた時、魔王が現していたソファーと同じもの。

 ショータはふいに後ろを見た。

 やはり、ソファーは姿を消していた。

 そして何より気付くとショータの後ろにも、同じ様なソファーが存在していた。

 「ショウタ、キミも座ると良い」

 展望台の出入り口近く。

 魔王のその言葉。

 ショータは、一瞬で起きる事柄に驚きを隠せずながら、緊張を抱きつつも腰を降ろした。

 ショータは前を見る。

 気付けば、2人の女の子達は魔王の座るソファーの後ろで、どこか緊張した様子で立っていた。

 ショータの視界から見て魔王の右側に楓。左が鈴音。

 ふと、魔王が後ろの2人の方へと目線を向けた。

 「・・・」

 そして少しだけ、考え事をするように唸るような仕草を見せて、

 「・・・ショウタ、この2人も腰を降ろしての同席をしても・・・構わないだろうか?」

 その問いに、楓の方は少し驚いていた。

 小さな女の子は、よく分からない様相といった所。

 それに対してショータは、

 「ぁ・・・は、い」

 魔王の言葉に応じていた。

 それを経て、魔王は後ろの2人を、まず鈴音、そして次に楓の順で一瞥して、

 「座ってもらえるかい・・・?」

 そう口にして、鈴音と楓は互いに顔を見合わせながらも、2人共魔王の両側のソファーの空いた部分に腰を降ろした。

 3人座っても、まだ少しだけ余裕があるソファーだった。

 

 魔王は、それを経て視線をショータの方へと向けた。


 「さて・・・ショウタ」

 魔王は、両手を、両隣の2人の女の子の方へとそれぞれ向けた。

 それは、まるで紹介するかのように。

 「・・・この2人のことは、どう見えるかな?」

 そう、尋ねていた。

 ショータは、疑問符を浮かべた。

 言葉の意味がよく分からなかったから。

 魔王が、言葉を続けた。

 「この2人は・・・キミと同じ人間という種だ。そして、キミの故郷の世界からの出身でもある」

 「・・・」

 ショータは、魔王の言葉が上手く理解できず、だからこそ理解しようと無言で聞き続けた。

 そこに両手を降ろした魔王が、

 「この子達は・・・キミと同じだ。・・・だが、私は違う」

 「・・・?」

 魔王は、右手を軽く上げた。

 それは、指を鳴らす時の挙動。

 

    ―――――``       ``


 指の音が鳴った。

 しかし、それと同時に何か、ショータには違和感があるような気がした。

 そして魔王は、

 「さて・・・既に尋ねられた事だが、今度は私が訪ねよう」

 そう言葉にして、

 「・・・ここが異世界である・・・という事は、分かるかな?」

 

 ショータの目が、反射的に見開いた言葉を、口にした。


 「――――――ぇっ・・・」

 

 ―――ショータの内面で、変化が起きていた。

 

 魔王の言葉が、分かった。

 それは、ショータの見開いた目が、内外にただ示していた。

 『異世界』という、分からなかった感覚の言葉が。

 ただ、イメージのままに、脳裏に浮んだ。

   

    ―――――――丸い円と丸い円、交わらない2つの巨大な円。


 「・・・キミは、故郷の世界に帰る事ができない」

 ショータは、怖かった。

 急に、何かが理解できてしまっていた。

 だから、自分が自分でないように感じた。

 「・・・『帰』れ・・・ない・・・?」

 ショータは、そう言葉にした。

 歳相応の言葉遣いは変わらないのに、何故かその言語が明瞭に認識できる。

 酷く歪で、酷く不相応。

 それなのに、否応なしの強制。

 「・・・ただしくは、キミを・・・人間という種を故郷の世界に帰してあげる手段が・・・今の魔界には存在しないんだ」

 その感覚のままに、魔王の説明の言葉が、理解できてしまっていた。

 

 起きているのは、内面の変化。


 ただ、せまりくる波。

 それが頭の中で視界とだぶるかのような鈍痛のようなものを経ている。

 それなのに、ただショータは『帰れない』という言葉が、身に這いよる恐怖の様に、頭の中で何度も響く。

 

 「そして、この世界・・・《魔界》にはルールがある」


 魔王の言葉は、続いていた。


 「この世界に迷い込んだ人間という種は、迷い込んだ際に、その迷い込んだ土地を統治する魔王の所有物となる。・・・つまり、奴隷だ」

 「奴、・・・隷・・・」

 

 その言葉も、理解できてしまっていた。

 漠然と、だが、明らかに内面が異質なままにショータは言葉の意味が理解できてしまう。


 指の鳴らした音を聞く前では、上手く理解できなかったであろう言葉。


 ただ、それがショータを漠然と不安にさせる。

 まるで、自分じゃないもう一人が、自分の中に同席しているかのような、そんな錯覚に襲われていたから。


 「・・・そう、奴隷だ。・・・つまり、どの様に扱ってもいいというのが・・・魔界での、ルールになる。・・・命を奪うも良し、何かしらの好色に使うも良し、人間という種を調べる為の礎の実験に使うも良し・・・そういう事だ」

 「・・・」

 「その為・・・魔王の所有物であるから一般人は人間を保護をする責務があり、一般人が魔王の所有物に保護の範囲を超えて手を出す事はルールを破る事になる。・・・クラゲ亭の者達がキミを保護したのは、そういうルールがあるからだ」 


 ショータの心は、壊れそうになった。

 殆どの言葉が、単語が、何故か分かって、それが死の宣告に様に感じられたから。

 そして何より、

 (店長、さん・・・メルーさ、ん・・・)

 『ルール』の言葉の意味が、ショータにも分かってしまっていた。

 そして、メルーの謝罪の言葉の意味も―――


 「ショウタ、」


 魔王が、呼んでいた。

 

 「それが、この世界で言う所の建前だ」

 その言葉は、先程の真剣で、真面目な様子と比べて、和らかい物腰の言葉だった。

 気付けば真面目な雰囲気で話していた魔王の様相が緩和され、柔和な物腰、奥ゆかしい雰囲気に戻っていた。

 そして、

 「だが、私個人にはそういう趣味は無くてね・・・」

 と、口にし、苦笑混じりの微笑を浮べ、

 「だから・・・私は、」

 こう、ショータに伝えた。

 「キミが構わないなら、楓や鈴音と同じ様に・・・私はキミを養子に迎え入れたいと・・・考えているんだ」

 





 ==============================




 

 

 ご近所さん達がクラゲ亭の前を通り過ぎていく。

 しかしご近所さんはクラゲ亭の玄関周辺を迂回していく。

 「・・・」

 そんな光景を見て、緊急施工修理した1階の屋根の上に、黒い長靴を履いて居たビリー店主は悩ましく思った。

 クラゲ亭の2階は現在、2階から上は消え去ってしまっているが、何とか1階の屋根だけは店主が日曜大工の道具と木材と雨除けセメントやビニールを、家庭菜園などがある裏庭の方の奥の押入れから引っ張り出して修復を完了している。 

 今もビリー店主は細かい問題点がないかを探している状況。

 傍目から観たら何があったのかという様相。

 だが、それはクラゲ亭が2階から上が消え去った事とかよりも、もっと性質の悪い景観の悪化を招く者達が居る。


 「迂回お願いしまーす〜」

 

 クラゲ亭の玄関周辺。

 警備員たちが居た。

 全員が黒スーツを着ている。

 そして何故か、頭には建設現場ヘルメットと警備棒まで各々装備している。

 クラゲ亭の玄関周辺は立ち入り禁止の三角ポール(カラーコーン)が置かれて、尚且つ2つの三角ポールを用いて柵を作る棒も装備させて、まるで半円の形を持ってクラゲ亭の玄関前は封鎖されている。

 そんな物々しい状況だと言うのに、何故か警備員4名は全員が黒スーツを着て、あげくに建設現場ヘルメットを被って警備棒を装備して、ご近所さん達に対してにこやかに交通誘導をしている状況は、変すぎた。

 

 特に性質が悪いのが、4人の内の3人が、エルフ種で尚且つ顔立ちのかなり良い男性3人組という点だろうか。

 赤髪、青髪、金髪、その3人組が交通誘導すればご近所のマダムもオホホとでも言いながら頬を赤らめて素直に従う。

 緊急事態であるはずなのに緊張感の無い光景を店主は屋根の一階の屋根の上から眺めていた。

 一応、4名の内1人は、岩石人という種族の者で、その出で立ちはエルフ3人組とかけ離れてはいる。

 そのいでたちの特徴は、全身が岩石の集まりの様な体表を持ち、尚且つ顔立ちはアチラの世界で言う所の『エジプトのスフィンクス』に近しい彫刻されたかのような岩石の集まりの造形をしている。目は眼球などではなく丸く白い結晶体の様なものが両目に備わっていて、その結晶体の中に瞳の瞳孔の様な光が備わっている。

 そしてその体躯は、岩石人の特徴のままに2メートルを越える背丈で横幅は、エルフ種男性2人分ぐらいは横幅が広い。

 そしてもう1つの特徴は、左右の腕のサイズが違うという事。

 岩石人の左右の腕は、どちらかが大きい。

 そしてその岩石人の男性は、右腕が1、5倍ぐらい大きかった。

 黒いスーツは特注品なのか、そのサイズに合わせた大きめのもの。

 

 屋根から見下ろす店主の視界、分度器の様にカラーコーンと封鎖棒で閉じられた店の玄関の周辺。

 店主の視界で言えば、

 左側に岩石人の男性。

 左上に赤髪の男性エルフ。

 右上に青髪の男性エルフ。

 右に金髪の男性エルフ。

 という具合の配置で警備員が立っている。

 

 男性エルフ3人組の特徴。

 全員が、その背丈が180cm近くある上で言えば20代前半ぐらいか否か程の顔立ちの様相。ただ、実年齢は定かではない。

 そしてエルフ種の特徴のまま長い耳だった。だが、全員、やや後ろに長い耳である。


 赤髪の男性エルフの者は、短髪で荒々しい感じの赤髪で、中肉だが筋骨流々とした肩の張り方をしている。

 顔立ちは三白眼気味だが、少しばかり童顔的、悪い言えば悪ガキ的な色合いが見え隠れする顔立ちで、年下好きな女性には好まれそうな顔立ちをしていた。

 背丈は、然程変わらない横ばいの3人組の中で一番低い。

 耳は一番後ろ寄り。


 金髪の男性エルフは、額は露にして肩を軽く越す程度の金髪で、その体躯は3人の中では一番細身である。

 顔立ちはかなり整いが良い。だが、長めの金髪からして水商売の男とでも思われそうな雰囲気がある。

 3人の中では年長者的な顔立ちの雰囲気はあるが、エルフ種相手では測る事はできない。

 背丈は3人の中で一番高い。

 耳はやや横と後ろの中間寄りという具合。


 青髪の男性エルフの者は、平均的な、社会人的な短さの髪で、中肉で筋骨も平均的な様相を示している。

 そして顔立ちも整ってはいるが、悪く言えば整っているだけで、何か他の2人と比べたら地味な感じのする、平々凡々的な、良く言えば好青年的と言える若者だった。

 背丈は3人の中で真ん中。

 耳は後ろ寄りだが赤髪の男性よりは外寄り。

 

 そんな3人組。

 その内の2名は黒スーツの前ボタンを外して、白シャツを出して着崩しそうな雰囲気だというのに、ちゃんと着ていて交通誘導警備している。

 どこか異質でどこかおかしい風景だった。


 更に拍車はかかる。

 

 分度器に比喩できるカラーコン&封鎖棒の内側の方には、更に2名の者達が居た。


 その者達は、鑑識に必要な道具一式を持って、ちゃんと仕事をしている。

 

 右側に居るのは、1人の女の子、と比喩できてしまうほどに、その耳の特徴からエルフ種と分かり、されどエルフ種と分かるにしては背丈が150cmぐらいしかない、黒スーツ(下はズボン)を着た肩程の黒髪の女性だった。

 顔立ちもかなり童顔気味で、どこかおっとりしている感じがある。

 ただ、耳だけは他のエルフ種3人組と比べて赤髪の男性と同じく後ろ寄りだが、一番耳が長い。

 ただ、胸はそんなに大きくない。


 そして、左側に居るのは、黒スーツを着ていない左腕の大きな岩石人の男性だった。

 本来、岩石人種というのは衣服を着る必要の無い種族。

 それはビリー店主も同じ。

 だが、警備している方は黒スーツ着ているのに、片方は人型の感覚で言う所の裸だと、どうも違和感が強まる。

 何よりもう片方の背の小さなエルフ種の女性が鑑識として事件現場のあった床を調べてはいるのだが、お砂遊びでもしているのかと思われそうな、天然で自然に異質な緊張感の無い5人組の出で立ちの様相を示している。

 黒スーツではなくツナギ服か作業服みたいな服だったなら、ここまで酷くはないだろう。

 

 そして何より性質が悪いのが、これが全員ビリー店主と縁のある―――魔王行政の者達であるという事でもある。

 (・・・どうしてこうなったのかねぇ・・・)

 ビリー店主は、触手が持っていた日曜大工のトンカチを屋根の上に置きながら空を見上げて黄昏た。






 ==========================






―――――数時間前、



 

 「―――テメェっ・・・」

 ビリー店主は、2階から上の消えたクラゲ亭の壁の上に立っていた銀髪の女性をにらみつけた。

 「これはテメェの差し金かっ!?」

 店主は叫ぶ。


 この場が、その女性が得意とする『人払い』の力の展開がなされているということや、今しがたまで存在していたはずの血肉で出来た人形達の存在を指す問答。


 銀髪の魔王は、床へと降り立った。

 店主は素早い動きで、座敷部屋の方へと参る。

 その動きは、何かあれば即座に攻める動きだった。

 銀髪の魔王は、メルー達へと腰を降ろして膝を着いて、左手を手向けていた。

 それは、確認している動作だと、店主には分かった。

 

 そして銀髪の魔王は立ち上がり、ビリー店主を見つめた。

 「・・・やぁ、ビリー」

 銀髪の魔王は、安堵しているかのような表情を示していた。

 そして、寝てしまっていた二人を一瞥した。

 ビリー店主が、問いただす。

 「なんで眠らせたっ・・・!?」

 「・・・さきほどの凄惨な光景を子供達に見せたいのかい?キミは・・・」

 「・・・さっき聞いたよなッ・・・テメェの差し金か・・・!?」

 その声は最後に近づくに連れて怒気が深まる。

 それなのにビリー店主の声はあまりに冷静だった。

 矛盾しているはずなのに混在している様相。

 それは、今にも殺し合いが始まってもおかしくない様相だった。

 「・・・違う。・・・だが、クラゲ亭を・・・この子達を囮には使った」

 「―――なにっ・・・?」

 「・・・ビリー、後でココに魔王行政の者達・・・ポルカ達を回す」

 「・・・」

 『ポルカ達を回す』、その言葉に明らかにビリー店主は怒気が止まり、そして怪訝な色合いへと変化していた。

 銀髪の魔王は言葉を続ける。

 「面倒毎が起きているかもしれない。・・・ポルカ達としばらく行動を共にして欲しい」

 銀髪の魔王はメルー達を見つめた。

 「・・・この子達は西南国魔王城で預かる」

 「なっ・・・」

 「すまない、ビリー・・・」

 

 その言葉が最後に、西南国魔王はその場からメルーとショータと共に姿を消していた。



 


 ======================





空を見上げながら『面倒毎』とやらに対して懸念を抱く店主。

 

 「ビリーさ〜んー・・・」

 

 ふと、下の方から女の子の様な声があがった。

 そして背丈顔立ち合わせて女の子にしか見えない、おっとりとした顔のエルフ種の女性がビリー店主を見上げて呼んでいる姿だった。

 「・・・あー、なんだポルカ」

 ビリー店主は応対した。

 黄昏気味から雰囲気を戻して、背丈の低いエルフ種の女性、ポルカへと応対する。

 ポルカが口を開く。

 「そろそろ店内の確認してもいいですかー?」

 その間延びした感じの声に、店主は、

 「・・・ああ、分かった」

 と、日曜大工の道具を仕舞いながら1階へと戻る事にした。

 店主は1階の方へと足の触手を伸ばして降りる。 

 

 「おや?どうしたんだい・・・ビリー君や・・・」


 ふと、右側の路面の方から声がかけられた。

 その声は、店主の知っている人物の声だった。

 「ご隠居・・・」

 立ち入り禁止の柵の外側で、昨日と同じ衣服を纏い松葉杖を着いて歩くご隠居の姿があった。

 「これはぁ・・・何かあったのかい?しかも・・・知り合いの面々じゃのう・・・?」

 その言葉に、男性エルフ3人組や岩石人の男性2人は、反応して少し驚いた顔をしていた。

 そして、青い髪の男性エルフが、一旦作業を停止してご隠居の方へと歩み寄り、お辞儀をした。

 「お久しぶりです」

 そう挨拶して、他の面々も持ち場は離れず帽子を取って挨拶していた。 

 それを見てご隠居は、

 「ほっほ・・・仕事中かの?」

 青い髪の男性エルフへと質問すると、青い髪の男性エルフは、

 「すみません・・・久しぶりに会うのに世間話の1つもするのは難しいですね・・・今の状態だと」

 そう、申し訳なさそうに好青年な雰囲気のままに、そう答えた。

 それを聞いてご隠居は、

 「ほっほ・・・構わんよ。何かお仕事があるんじゃろう?この状況は。また後日にでも色々と話をしたいのぉ」

 そう言葉にする。

 そして青い髪の男性エルフも、

 「はい。また後日。・・・では、自分は持ち場に戻ります」

 そう言葉にして、彼は仕事場に戻った。

 そしてご隠居は店主の方へと視線を戻した。

 「・・・で、どうかしたのかの?これは・・・」

 その問いに、店主はどう返したものかと数瞬困るが、この場に居る魔王行政の面々と既に打ち合わせ済みの返答をする。

 「あぁ・・・なんかな、魔王に担保取られたかもしれん」

 「・・・なに?担保じゃとぉ・・・?」

 ご隠居は、呆気な顔で、訳が分からないという顔をする。

 店主が訳が分からないよと言いたい顔をしたいが、ここは堪える。

 「理由は分からんのですよ」

 その店主の冗談めかした返答にご隠居は、

 「・・・まーたセンルーザーちゃんと痴話喧嘩でもしたんかい?」

 「・・・」

 店主は、心底嫌そうな顔をご隠居に示した。

 事実、そのご隠居の言葉は正直、というかビリー店主からすれば誰が言おうと本当に嫌な気持ちになる主張なので隠しきれない。

 ご隠居は、楽しそうに苦笑する。

 「ほっほ・・・まぁ、まーた何かあったんじゃろ。深くは詮索せんよ」

 「・・・助かるよ、ご隠居」

 店主はそう答えて、ポルカの方に歩こうと思った。

 だが、

 「・・・そういやご隠居」

 「うん?」

 「・・・メルーになんか吹き込んだりしたか?」

 その問いに、ご隠居は「はて?」と声をこぼした。

 店主は、ご隠居の傍に近寄り、他の人には聞こえない位置に立って、

 「・・・『ショタ』とか『ショタコン』だとか、アイツが口走ったんですが・・・」

 「・・・・・・ほっほっ・・・」

 「・・・やっぱりご隠居かっ・・・」

 「ま、ま、許してちょぉー〜だい」

 ご隠居は、冗談っぽくそう口にした。

 店主は頭痛が酷くなりそうな気がしてきた。

 だが、ご隠居は、 

 「まぁ、あれは5日・・・いや、4日前ぐらい・・・じゃと思うんじゃが・・・」

 「思うんじゃがっ・・・」

 「まぁまぁ・・・で、・・・えーと・・・〜〜の事じゃったなぁ・・・」

 説明をし始めていた。


 

=====================



――――4日前、

 その日、ご隠居はいつもと同じ席に座りカキフライ定食を食べていた。

 時刻は4時。

 いつもより一足早い晩餐である。

 たまたま、他に客はおらず、ご隠居は、3時30分ぐらいからの休憩+暇な時間を外で遊んできたメルーと会話を楽しみながら食事をしていた。

 「ほっほ、メルーちゃんや。今日も近所に子供がいないのか探しに散歩に出てたのかい?」

 「うん、・・・今日もいなかった。・・・居たら一緒に遊びたいなぁって思うから・・・」

 メルーは、そう答える。

 「・・・けど、これまで・・・他所の子でも・・・会えた事も無いんだ。・・・ねぇ、ご隠居?」

 「ほ?」

 「・・・『男の子』って・・・何なんだろう・・・」

 「・・・」

 その言葉に、ご隠居は少し意外な顔をしていた。

 「興味があるのかいの?」 

 「うーん・・・皆会う男性の人って・・・大人だから・・・正直最初から大人なのかなぁなんて思っちゃう時もあるし・・・テレビとかで子供を見たりするけどさ?・・・肉眼で見ないと実感が沸かなくて・・・」

 「なるほどのぉ・・・」

 「・・・だるまさんが転んだとか、したいなぁ・・・」

 「ほほ・・・なつかしいのぉ・・・」

 ご隠居は、目の前の子供が自分の関係でそういう遊びをした事があるのを知っている。

 「・・・興味を持つっちゅー事はぁ・・・探求者じゃのう?」 

 「た、探求者って・・・そんなご大層なもんじゃ・・・」

 「ほっほ・・・まぁ、メルーちゃんには『ショタ』を引き続き探して欲しいのう・・・」

  

 ご隠居は、冗談半分にそう言葉にしていた。

 内心、茶目っ気のつもりで、それでいて落ち込まずに笑い飛ばせる様に、と。


 だが、メルーは、

 「・・・?」

 疑問符を浮かべて、

 「・・・ご隠居、『ショタ』って・・・何?」

 「ほ・・・?」

 そう言葉にしていた。

 それを聞いてご隠居は、

 「それはのう・・・」

 説明しようとした一瞬、少し考えて、

 (・・・ほむ)

 少しばかり、冗談に茶目っ気を付け加える事にした。

 一応、事実は踏まえて、尚且つ細かい背景とかはぼかして。


 まぁ、後々ちゃんと店主とかが修正するだろうと思いながらの悪戯心だった。





 =============================================





 「いやぁ〜・・・すまんのぉ。歳のせいか、2、3日以内に店主の修正が入らん様ならコッチで誤解を解いておこうと思ってたのを忘れておったわい・・・」

 「勘弁してくれ・・・」

 店主は、ご隠居にそう告げる。

「いやの、店主に宣言してみるとカッコイイと思われたりするぞい?なんて言ったりもしたでのぉ・・・」

 「・・・」

 店主は、やはり頭痛が酷くなりそうな気持ちになる。

 ご隠居は、

 「すわんすわん、なんての」

 ご隠居の種族柄可能な、骨右手を器用に折り鶴の様に関節動かし変形させて顔の前に持ってきて、そう告げた。 

 そしてご隠居は冗談はこれぐらいで、という風になってから、

 「・・・で、しばらくは店は改修工事とかにでもなりそうかいの?」

 「・・・とりあえず、しばらくは店は休みだなぁ・・・」

 店主は応対して答える。

 「わるいな、ご隠居」

 「ほっほ、構わんよ。何があったかは知らんが、生きているだけで儲け物じゃぞ?」

 「・・・はは、」

 店主は、軽い笑みを浮べ応対した。


 「ビリーさぁー〜んー・・・?まだですかー・・・?」


 ふと、店の玄関から顔を出してポルカがビリーの事を呼んでいた。

 だが、ポルカはご隠居の姿を見て驚いている。

 だが、ご隠居が先んじて、

 「ポルカちゃんや、お仕事中ならワシの事は気にせんでもええからのぉ?ワシはただの散歩じゃから」

 そう言葉にしていて、ポルカは少し慌てながらお辞儀をして、

 「た、助かりますよー・・・」

 そう言葉にしていた。

 そしてご隠居は店主を見て口を開く。

 「ほれ、ポルちゃんが呼んどるぞい?」

 「・・・へいへい。・・・ご隠居、それじゃな」

 店主は、ポルカの方へと歩んで行った。






 

 ===============================








メルーは魔王に案内される形で歩いた。

 階は変わる事は無く、少し直線に歩いただけの場所だった。

 ドアも展望台のドアと同じもの。

 まずシャルディアが先に入室して、

 「堅苦しい所ですまないが、入ってくれ」

 そう少しだけ軟らかい物腰で微笑を浮べ、メルーは、 

 「は、はいっ」

 後に続いた。

 メルーは入室する。

 すると中は、執務室と聞いていたイメージと少しだけ違った雰囲気の場所だった。

 簡潔に言い表すと、執務室と図書室を足した様な部屋、という雰囲気。

 

 メルーの視界から見て、左側の壁は近く、右側の壁は遠い。

 つまり部屋に入って右側に部屋が広がっている間取り。

 メルーの居る出入り口の側の壁とは反対側の方は、窓際なのか、白いカーテンの閉じられた姿を示している。

 その間取りは横長な長方形の形。

 長方形を縦線で半分に分けて例える事ができる。

横長な長方形の左半分、その下に出入り口のドアがある。

 そしてドアと直線状に線が沿う形で、黒い横長のソファーが2つ、背と前の側が線上で、向かい合うように置かれていた。

 そしてそのソファーの合間には、木製のなめらかでつるやかな、角も丸みを帯びている机が置かれている。

 それは来客対応の場に見える。

 そして窓際に近い方のソファーの後ろ、窓際の手前の方に、更に執務机と椅子が置かれていた。

 その執務机は四方の角が丸みがあり、それでいて格調高い雰囲気で、つるやかな黒木材色の様式のものだった。

 ソファーの合間に挟まれている机と色合いは似ているが、脚の長さは執務机の方が高く、荘厳さも執務机の方が装いがあった。

 執務机の上には書類立てや、その格調に合わせた筆記用具の類が整理されて置かれていた。

 

 そして部屋の間取りの、横長な長方形の右半分の側。

 其方の方は本や書類ファイルの詰まったつるやかな、黒木材の本棚が「三」の形で並んでいた。

 一列が3個の本棚を側面横並びに、そして背中合わせにする形で更に3個の本棚を2列を一列にする様な形で置かれている。

 そして右側の壁の方には、窓際近くに別室への出入り口なのか、ドアがある姿を示していた。

 

 床には赤いカーペットが敷き詰められている。

 壁や天井の様相は、外の廊下の石材や大理石の鏡面反射するつるやかな雰囲気のものと、同じ。


 メルーが初見して、少しだけ呆けるほどに、しっかりしている雰囲気の場所だった。

 銀髪の魔王がソファーの右側の方へと歩いていた。

 「・・・さて」

 魔王は、メルーの方を向いてソファーの方へと右手を手向ける。

 「メルー=アーメェイ、此方へ」

 「・・・あっ、はいッ」

 呆けていたメルーは我に帰り案内に従う。

 メルーは魔王の行動を注視する。

 魔王が先に座ってから自分も座ろう、と考える。

 しかし魔王は微苦笑を浮かべて、

 「堅くならなくていいよ・・・」

 そう告げて、窓際に近い方のソファーの右隣に立つと、右手をメルーの左横のソファーへと手向けていた。

 それを見て、メルーは、

 「し、失礼、しますっ」

 少しだけ性急な姿勢で、慌ててソファーの真ん中へと腰を降ろした。

 魔王は小さな苦笑を浮かべて、魔王も続いてメルーと対面するようにソファーの真ん中へと、緩美やかに腰を降ろした。

 メルーは、そんな流れる様な仕草に少しだけ見惚れる。 

 (・・・似合う、な・・・)

 メルーはふいに、そんなソファーに座る仕草1つに感想を内心でこぼした。

 すると、銀髪の魔王はメルーを見て微苦笑して、口を開いた。

 「お世辞として・・・受け取らせてもらうよ」

 その言葉に、メルーはふと、ハッ、とした。 

 そして、

 「・・・」

 少しばかり困惑しつつも、聞いた。

 「・・・``サトリ``、を・・・使われているん・・・ですか?やっぱり、今も・・・」

 メルーは、銀髪の魔王の持つと聞いた事のある力の事を聞いた。

 人の思考や、心が、読める力の事を。

 その言葉に、魔王は、

 「すまないね・・・これも、先程話した魔界での事件絡み・・・ちょっとした警戒態勢の状態に至っている故に使用している」

 肯定を示していた。

 「・・・普段なら、常に``サトリ``を使うような事は無いのだけどもね・・・」

 メルーはどこか、緊張のある顔で銀髪の魔王の事を見た。

 警戒態勢、その言葉がメルーを不安にさせた。

 「・・・平時の時ならば、紅茶の1つでも出したい所だが・・・今は面倒毎の多い公務の中の話だ。・・・いや・・・」

 銀髪の魔王は、

 「・・・私自身の責任の問題、・・・そして懺悔でもあるのかもしれない・・・」

 何か、悔恨のある様子で、そう声をこぼしていた。

 メルーは、その様子の理由が分からなかった。

 だが、生易しい話ではないであろう事は、否応無しにメルーでも理解できた。

 「・・・何から、話すべきだろうか・・・」 

 「・・・何から、というと、色々・・・あるんですか?」

 「・・・あぁ、少し・・・ね・・・」

 魔王の態度は、ゆるびやかさを崩さない。

 しかし、不真面目な色合いは、どこにもない。

 それどころか、メルーに対して気後れがどこかあるような気がした。

 言葉の取捨選択をしているように見える。

 そして、

 「・・・まずは、キミに謝るべきだろう」

 そう、口にした。

 メルーは、

 「へ・・・?」

 ふいなその言葉に呆気な声をこぼした。

 「・・・さっきの事で・・・ですか?」

 メルーはそう尋ねる。

 魔王は答える。

 「それもまた・・・含む。だが、それとは違う別件の事柄についても、だ」

 「別件・・・?・・・なんで、私が魔王様に謝られたり・・・」

 「・・・今朝の襲撃者達の事だ」

 「え・・・」

 メルーは、目を見開いた。


  ―――――『襲撃者達』、その言葉に。


 魔王は言葉を続ける。

 「・・・なぜ、私がアオバ・ショウタを昨日の夜の時点で保護しなかったのか・・・という要素も絡む」

 その言葉に、メルーの目が見開く。

 魔王は言葉を続けた。

 「キミは今朝の時・・・直接視認している訳ではないがクラゲ亭に現れた者達に関しての存在は感知できていたね?」

 「・・・は、い」

 魔王が言葉を連ねた。

 「・・・そのことに関して話したい。・・・だが、要件を限りなく纏めれば・・・」

 魔王が言葉を続ける。

 「・・・あくまで可能性に過ぎないが・・・あの襲撃者達はもしかしたらアオバ・ショウタを狙った者達かもしれないという事だ」

 「っ・・・!?」

 メルーは、目を見開いて、声を出した。

 「・・・一体・・・どういうことですか?」

 メルーは、そう尋ねた。

 だが、直ぐに、

 

 ――――――・・・なぜ、私がアオバ・ショウタを昨日の夜の時点で保護しなかったのか・・・という要素も絡む。


 今、言われた言葉が脳裏に浮んでいた。

 それは、まるでいつでも魔王が保護できたとでも言わんばかりの言葉。

 (ち、がう・・・)

 正しくは、保護できるはずの実態。

 

 ―――もしかしたら、という不安を抱いた。


 「――――キミが今思った通り・・・」

 魔王は、

 「・・・アオバ・ショウタを、囮に使った」

 メルーの抱いた不安を肯定していた。


 メルーは、聞き間違ったかと思った。

 懇意的な評価を抱いていたメルーにとっては、まるで1人の男の子を盤上の駒として扱った旨を自供するものと言えたから。 

 「・・・可能性、とか・・・囮、とか・・・どういう事ですか?」

 メルー自身は気を強く持ち尋ねた。

 聞かなくてはいけないとメルーはただ思った。

 鵜呑みにできないとしても、言い分は知らなくてはいけないという気持ちが、メルーにあった。

 整合性の判断は、聞いてからでも出来る。

 銀髪の魔王は答え始めた。

 「・・・私の知る範囲を一つずつ話そう。囮に関してもだ。・・・だが、その為にはまず、別件の事件に関しても、この場の話の要素に出さないといけない」

 「・・・別件の事件?」

 「・・・ここ一週間前から西国の方で起きている連続失踪事件に関して、だ」

 ふいにメルーは虚を突かれた気持ちになる。

 そして、その言葉が昨日の夜、ショータに聞かせるにはあまり良くないと思ったテレビのニュースの事件であった事を脳裏に浮かべた。 

 「事件番号は西国21―9870―7番。この内容に関しては・・・キミも知ってのとおり、西国で発生している連続失踪事件だ」

 銀髪の魔王は言葉を続ける。

 「本来、普通の失踪事件ならば事件番号同一のものとして処理はされないものだ。何より連続失踪事件だとしても個別に番号が割り振られる。後々のケース次第ではあるがね・・・だがこの一週間の連続失踪事件は、早期の段階で暫定的に同一事件の管轄内のものとして扱われている」

 「・・・その事件と、何の関係が・・・」

 「・・・関係性があるかどうか・・・それはまだ、完全な実証がされた訳ではない。だが、同一事件の管轄内のものとして扱われている理由を踏まえ、今回の場合はどうしても話さないといけない事柄でもある」

 魔王は、真摯に、真面目に、そうメルーへと口にした。

 その言葉に、ふいにメルーは疑問の声を一旦抑える。

 魔王は、それを把握してか、言葉を続けた。

 「・・・この事件の失踪の内容には共通点がある。・・・表の理由は、失踪した者達全員が、日常生活を送るに問題の無い家庭状態であった事、・・・そして居住の保有財産を持っての夜逃げの様子も無い事。居住を調べた上で、失踪した者達は着身物1つで失踪したと思われるほどに、各自の住居内の荷物が動かされた痕跡が無く保存状態が長かった物が多かったという事。これはいわば夜逃げの可能性が低いという点や、いわば誘拐された可能性が高いものとし要素として位置づけられているものだ。・・・そして目撃情報も無い。その為・・・暫定的に拉致・誘拐事件の線として見ている為、事件を現時点では一管轄化して捜査をしている・・・というのが、お題目だ」

 「・・・表の理由・・・お題目・・・?」

 メルーの気付いた疑問。

 それに対して銀髪の魔王は、言葉を連ねた。

 「・・・裏の理由は私達魔王が感知し把握して、今はまだ公にしていない事柄だ」

 「え・・・」

 「裏の理由、それは西国のその失踪事件のタイミングに合わせて同現場にて、・・・個別に1人ずつ・・・計4人の人間の子供が迷い込み、同じく行方不明になっているという点だ」

 その言葉に、メルーは、

 「・・・え」

 また、自分が聞き間違ったのかと思った。

 メルーは、何か声を発そうとした。

 だが、呆気が過ぎて言葉が上手く出ない。

 

 メルーは、ふと気付いた。


  ―――――魔王に、出来る事柄――――『能力』――――


 メルーは、その身に恐怖を感じながら、銀髪の魔王を見つめた。

 だが、銀髪の魔王は、

 「・・・キミが私を疑うのは当然だ」

 申し訳なさそうに、そう口にしていた。

 「・・・魔界に人間が迷い訪れてしまうというのは、本来なら数年から数十年に一度しかないような沙汰だ。・・・それが一週間で4回も発生している。あげくに年齢は近い。・・・キミが今イメージした通り、私達魔王と成った者が行える『事柄』を想起して疑うのも必然だ」

 「・・・」

 「・・・こうやって私の城に無理やり来て貰い、あげくにこうやって一対一で話すというのは・・・いわば私達の側が何かしらの大罪となる事柄を行っていて、キミを口封じをしようとしている、と・・・キミには写ってしまうだろう。・・・ただ、信じて欲しいなどとは言わないが・・・私はキミに、そしてアオバ・ショウタに危害を加えるつもりは無い」

 「・・・」

 メルーは、2人の人間の女の子達の事を思い出していた。

 魔王の付き人の様な事を名乗った2人の女の子。

 あの子達も、人間のはずだった。

 魔力が、無かったから。

 「・・・あの2人は、私の養子だ」

 ふいに、魔王がそう口にした。

 メルーは、少しだけ呆気な言葉を耳にしたかのような表情になる。

 魔王は口を開いて、 

 「・・・少し話が逸れてしまうから、その点も後で纏めて話そう。だが、今はこの事件に関しての説明を聞いてほしい。・・・何より、私達、魔王と成った者の出来る事、出来ない事も、同時に説明しなくてはいけないから・・・3つの事柄を一緒に話さなくてはいけないのでは、話を纏めきれなくなる」

 「・・・」

 メルーは、その魔王の主張に、一応の理解は示して抗議の声の姿勢を一旦落ち着かせた。

 「・・・すまないね」

 魔王はそうメルーへと伝えて、言葉を続ける。

 「・・・まず、メルー=アーメェイ。キミに対して魔王の行える事柄、そして12方角統治ノ協定に関する説明をしないといけない」

 「え・・・」

 「キミは``サトリ``などの私の能力・・・いや、正しくは魔王と成った者が保有する事のある能力を指す名称・・・『特異点能力』、または俗称で『魔王能力』に関して、多くを知っている訳ではない。何より・・・私が異世界から生き物であれ無機物であれ、異世界から何かを持ってくる事の出来る能力の名前も・・・知らない」

 「っ・・・」

 メルーは図星を突かれていた。

 「そしてキミは12方角統治ノ協定に関しても・・・魔界の住民であるから名前は知っていても、詳しい内容に関しては見識が無い。・・・これは私が``サトリ``を用いて・・・失礼を承知で、キミの知識を覗き見させて貰った上での判断だ」

 「・・・」

 メルーは、事実を指摘されて無言にさせられた。


 ――――12方角統治ノ協定―――、


 それは、メルーも名前は知っていた。

 魔界に生きる一般人として、誰でも知っているような法律の上位版みたいな、物だったから。


 12の方角にある魔界の国全てが責を負う協定。

 メルーは、それに対して漠然とした理解しか持っていなかった。

 何故、この場にその事柄が急に出てくるのか分からない程。

 メルーの理解としては余り明瞭なイメージは無い。


 ただ、メルーがショータの色々な事で『ルール』と危惧、懸念した様な事柄は、この協定の中に在る。


 魔王が言葉を続ける。

 「12方角統治ノ協定含め・・・知らないキミに説明をするというのは、この状況では嘘の刷り込みをしているのでは?という疑いがもたれるかもしれないが・・・それは後々キミ自身で調べて貰えれば私としては助かる。今から話す事柄は一般に、・・・本などの資料書籍や学問書などにも記載されていて、世に出ている情報や知識だ」

 魔王がそう前置きした。

 メルーは、自分が勉強不足だと遠まわしに言われた気がした。

 だが、メルー自身は事実知らないので、今の所は黙っておくことにする。

 鵜呑みにするのではなく、とりあえず聞いてみる。

 その上で後述された通り自身で調べて判断しようという気構え。

 そういう姿勢を整えたのを理解してか、魔王は話を始めた。

 「まず・・・特異点能力の事から話そう。キミが私を疑う『異世界から生き物であれ無機物であれ持ってくる事の出来る能力』に関して」

 メルーが疑問に思った連想のワードをそのまま引き合いに出して魔王は説明する。

 「・・・これは``乖世収集``という能力になる」 

 乖世収集かいせいしゅうしゅう

 その言葉にメルーは怪訝な顔をした。

 「・・・乖世、収集・・・?」

 「そうだ。・・・これは現時点では12国の魔王の内、当人達が公表している範囲で言えばだが、現時点で私含めて3人しか使えない特異点能力だ」

 メルーは鵜呑みにする訳ではないが、3人しか使えないという主張に少しだけ驚いた。

 使える人数が少ないという事に対する小さな驚き。

 ただ、背景や詳細も知らない事柄だからメルーには何とも言えない。

 魔王は言葉を続ける。

 「そしてコレとは別に・・・魔王と成った者が乖世収集を行った際には、それを感知する能力もある。・・・それは``乖世感知``というものだ」

 乖世感知かいせいかんち

 メルーは、また新しい名前が出てきたのを聞き落としたりしないように、

 (乖世感知・・・?)

 内心では怪訝に吐露しつつも、無言で説明を受け続ける。

 「これは今しがた説明した通り、私以外の魔王が仮に乖世収集を行った場合、それを察知して把握する・・・いわばアンテナみたいな能力だ。実際にはそれは側面的なもので、他の側面としてはこの世界・・・魔界に何か異世界から迷い訪れる自然現象・・・『外来』や『渡来』と俗称される、正式名称は『異世界漂流体』の現象を感知する能力としての側面がある」 

 魔王は説明を続けた。

 「だが、この乖世感知には問題点があってね・・・」

 「・・・問題点・・・?」 

 「この能力は、他の魔王と成った者と顔を合わせないとアンテナを張る事ができない。つまり、会った事の無い魔王・・・というより間近で認識していない魔王が乖世収集を行っている場合、それは『外来』などの形としてでしか、把握する事ができない」

 「え・・・」

 メルーは、虚を突かれた気持ちになった。

 魔王が説明を続ける。

 「だから、魔王と成った者、並びに魔王と成ろうとしている者は、12方角統治ノ協定に基づいて、管理・監視される対象となり、12国の魔王全員が把握していなければならないという監督役としてのルールがある。つまり12国の魔王が互いを監視し合う体勢になる。・・・そして乖世収集とは12方角統治ノ協定に基づいては・・・様々な決め事が多くてね。手続きや他国の魔王の同伴認証などもなくては、行う事のできない特異点能力なんだ」

 「・・・つまり・・・12国の魔王様のどなたかが、異世界から人間を連れて来ても、分かる・・・という事ですか?」

 「その通りだ」

 「・・・け、けどっ、さっき4人の人間の子供、って・・・」 

 メルーは、ただ抗議した。

 「外来で、しかも人間の人が迷い込んでくるなんて数年から数十年に一度あるかないかなんですよっ?西国の失踪事件ってたった一週間前なのにっ・・・」

 「・・・信じて貰えないだろうが・・・12国含めた私の知る魔王全員が、ここ一週間より以前から乖世収集は行っていない」

 「・・・え・・・」

 メルーは、呆気な顔をした。

 メルーは、鵜呑みにする訳ではなかった。

 それでも、尋ねるしかなかった。

 「・・・じ、じゃあ、ショータ含めて・・・西国のその4人の人間の子供達っていうのは自然現象で魔界に来てしまった・・・とか言うんですかっ・・・?」

 「・・・」

 魔王は、数瞬沈黙した。

 そして口を開き、

 「魔王の中での謀略の問題の可能性もなしきにあらず・・・ではある。だが、詳細に関しては推察の域を出ないものばかりだ」

 「推察・・・?」

 「詳細は何も分かっていないんだ。ただ・・・表立った私含めた12国の魔王同士の認識は比較的共通している。・・・単純な可能性、だがね」

 「・・・?」

 「12国の管理外の・・・魔王と成った者が居て、その存在が乖世収集を行ったかもしれない可能性・・・そういう事だ」

 「・・・・・!?」

 メルーは、その目を見開いていた。

 メルーが、呆気にとられて色々な事を脳裏に浮かべるが、上手く口にできない。 

 それだけ、前例が無くて、それでいてありえなくて、尚且つとてつもない大問題を、魔王の口から可能性の話だとしても、聞かされたからだった。

 メルーは、言葉が上手くでなくてもまくし立てるように聞き入りそうだった。

 それを先んじてか、魔王が、

 「・・・信じられないだろうし、嘘をついていると思うだろうが・・・飽くまで事件の調査の・・・最悪の可能性として推察されている情報だ。確定した事柄という訳でもない」

 そう口にして、メルーを落ち着かせた。

 メルーは、何とも言えない顔で身を落ち着かせる。

 それは、幾ら勉強不足なメルーでも想像したくない可能性すぎたから。

 そしてある程度、場が冷静になると魔王はワキはあまり開かず左腕を横に向けていた。

 肘から先を左横に出す姿勢。

 左手は天井を向いて開いていた。

 そして左の手の平から変化が訪れる。


    ――――――``   ``


 それは一瞬で姿を現していた。

 左手の上から、薄型テレビみたいな半透明な薄青色の長方形の四角の結晶体が現れていた。

 その大きさは、メルーの上半身が横に2人並ぶぐらいの大きさ。

 魔王の左隣に宙を浮いて出現していた。

 メルーは、

 「・・・」

 無言で驚いてそれを見た。

 そして尋ねた。

 「それは、一体・・・」

 魔王が答える。

 「これは魔王と成った者が保有する事のある特異点能力の1つ``情報結晶``というものだ。個人の素養によりけりとなるものだが・・・そうだね・・・大雑把に言えば私の場合は、私が見聞きしたものや、思考の中で纏めた情報をここに映像としてリンクさせて表示させる事ができる結晶体の様なものだ」

 そう説明する魔王は、ふと、

 「・・・先程、乖世収集と乖世感知に関して・・・説明をしたね?」 

 そうメルーへと尋ねていた。

 「・・・えっ、あ、はいっ・・・」

 メルーがふいを突かれて返事が遅れる。

 魔王は返事を聞いて言葉を続けた。

 「説明が足りない部分があったから注釈したい。・・・乖世感知とは異世界からの外来してきた生物種や無機物の迷い込んだ出現ポイントも正確に把握できる」

 「・・・えっ・・・」

 「だから、私はアオバ・ショウタがクラゲ亭の近くに迷い訪れてしまった事を即座に、正確に把握していた。そして何より昨日の夜アオバ・ショウタが現れた時点で私は現場に居た。つまり・・・キミがアオバ・ショウタに気付き、駆け寄っていた所から、私は空の方で姿を消して一部始終を場に居合わせていた」

 「・・・」

 メルーは、ただ驚いていた。

 そしてメルーは先程聞かされた『囮』の言葉が、重くのしかかってきた気がした。

 今しがたの説明はまさに、現場に居ながら放置していた、という事の自白でもあったから。

 「・・・ただ、それなのに何故、私が西国の問題を放置していたか・・・という事の釈明をさせてもらうと・・・」

 魔王は言葉を連ねた。

 「感知はできるが・・・他国の魔王が他国の地の現場へと出動するのは12方角統治ノ協定において内政干渉の問題になる為、禁じられているからだ。遠距離的な能力の使用で他国へと魔力の干渉を行う事も禁じられている。そしてそれは当事国を除いた他国の魔王も把握できてしまう事だ。・・・仮に、他国の魔王が乖世感知や乖世収集が使えないとしたら、乖世感知が使える魔王が情報提供や情報共有を優先する義務がある。基本的にその当事国の魔王が監督役として問題を処理しなくてはならないからだ。・・・これが迷い訪れた人間が当事国の魔王の所有物となる・・・というルールにも絡むものになる」

 「・・・」

 メルーは、その説明を聞いて、ふと、

 「・・・それ、って・・・」

 ある可能性を脳裏に浮かべて、無意識に声を吐露していた。

 まるで銀髪の魔王の物言いが、その部分へと誘導しているかのような発言だったから。

 それは先程の西国の失踪事件の事柄に関連する内容。 

 鵜呑みにする訳ではないが、ふと思えてしまった。

 西国の魔王の保有する能力の有無、それに対する疑念。

 「・・・メルー=アーメェイ。魔王本人が公表しているならば問題ないが・・・」

 ふと、釘を指すように魔王が口を開いていた。

 「本来ならば魔王の持つ特異点能力の保有の有無を、一般人が知っても口外する事は・・・あまり推奨されない」

 「えっ・・・」

 「他国や居住国の魔王とのイザコザになる事もありえるからだ」

 「・・・」

 メルーは、誘導された様な気がしたのに釘を刺されて驚いた。

 それは、あんまりじゃないかと、思えたから。

 だが、魔王は真剣な表情を少しだけ真面目なままだが和らげて、

 「・・・すまない、イジワルをして少し驚かせてしまった。今しがたの私の言葉は事実だが・・・西国の魔王に関しては乖世収集と乖世感知が使えない事は自ら公表している。だから安心していい」

 メルーは、その言葉を聞いて虚を突かれていた。

 少しばかり、驚かされた事に対して不満になる。心臓に悪いと言えたから。

 だが、鵜呑みにする訳ではないが、もし事実であるならば、覚えておいて損は無い事だと思えた。

 どこまで本当で嘘か、分からないから。

 現時点で居住国の魔王とこうやって面会していて緊張感が張り詰めすぎる状況なのに、他国の魔王とまで似た様な沙汰になるのは、メルー自身は自分の心臓が緊張感で破けてしまうんじゃないかと思えるレベルだった。

 一応、メルーはそんな心境を整理しつつ、口を開いて尋ねてみた。

 「・・・それで何で私達を、ショータを保護しないで・・・囮にしたり、監視したり・・・したんですか?」

 メルーは言葉を更に連ねた。

 「囮にした、って・・・今朝の店の外の方に、何かが来ていたんですよね?・・・それに対して囮に使ったとか言うんですかっ?・・・そしてそれがショータがこの世界に来てしまったこと含めてっ・・・管理外の魔王の仕業って言いたいんですか・・・?」

 メルーは、それが事実か否か分からなかった。

 鵜呑みにできない状況で、尚且つ真相も分からない状況。

 店主がこの場に居れば、とメルーはただひたすら思う。

 そうであれば、答えあわせが楽だろうと思えたから。 

 そして銀髪の魔王は、

 「・・・キミが思う通り、確かにビリーが同席していれば・・・キミにとっては楽なのかもしれないね・・・」

 そう、メルーの質問に答えず、そうメルーへと告げていた。

 だが、メルーはふと、銀髪の魔王の口にした名前に耳が引っかかった。

 『ビリーが同席していれば』、その言葉が引っかかったメルーに対して、銀髪の魔王はサトリを用いたのか、

 「・・・共通の知り合いが居る旨を・・・展望台にて伝えたね?・・・彼の事になる」

 「・・・」

 メルーは、そう言われて少し驚いていた。 

 だが、多分知り合いなのだろうというのは、店主の普段の目の前の女性に対する物言いから想像はしていたが、それが事実と知って驚いている感じだった。

 だが、銀髪の魔王はそれに連なってなのか、

 「ビリーが同席していれば、という思いは確かに事実だ。・・・すまない、此方の配慮が足りなすぎた」

 その言葉に、メルーはどこか肩身の狭い気分になりながら、

 「ぃ、いいえ・・・」

 そう、答えるしかなかった。

 メルーは、店主の事をココで深く追求するのは止めておく事にした。

 本当か否かも、分からなすぎたから。

 対して銀髪の魔王は、

 「話を戻そう。・・・今しがたのキミの質問に対して答えれば、・・・此方側、西南国魔王行政の事件調査の結果、そして並びに得られている要素の情報から見て・・・今朝の襲撃は、アオバ・ショウタがこの世界に訪れてしまった故の原因として可能性が高いとは私は考えている」

 魔王はそう口にした。

 「もちろん、別の可能性もある。・・・12国の魔王の誰かが関与している可能性とて0ではない。・・・だが、今回の事件においては判断材料はとても少ない。・・・手掛かりになりそうな情報は、今朝クラゲ亭を襲った者達が初めてと言えるレベルだ」

 「え・・・」 

 銀髪の魔王は、一度瞼を閉じて口にした。

 「此方側の見解としては、外来や渡来の異常な連続発生も疑う程に判断材料は少ない。ただ、安易にそうならないのは、連続失踪事件との関係性がありすぎる事と、人間の子供達が失踪しているという事でもあるからだ。・・・西国の魔王が犯人だと疑う声もある。・・・ただ、それだと子供の失踪に関しては事件性が無い。西国の魔王が事件として提起する必要も無くなる。・・・西国魔王の所有物になるから、命をどの様に扱ってもいいからだ。・・・民草は別としてもだが」

 「・・・」

 「・・・クラゲ亭を監視していた私の本音は・・・何も起きない事を願っていた。だが、手掛かりが必要だからこそ、キミ達を・・・そしてあの子を囮にした。・・・これが、私がキミに謝り、そして懺悔としなくてはならない理由になる」

 メルーは、懺悔の言葉の意味が、分かってしまっていた。

 だが、それとは別に免罪符足りえる要素を知ってしまった。

 『管理外の魔王』。

 それは、国の代表者である魔王の天秤にかければ、どうしようもなくなる程に私情を挟めない要素足りえた。

 「・・・」

 メルーは、何も言えなかった。

 それに対して魔王は、左側の(メルーから見て右側の)情報結晶がテレビの電源が点いたように白い画面に切り替えていた。

 「・・・これから、クラゲ亭を襲撃してきたモノ達の映像を流したいと思う」

 ふいな物事の進みに、メルーは不意を突かれる。

 だが、銀髪の魔王は言葉を続けた。

 「見てもらった方が早い。・・・構わないだろうか・・・?」

 そう、メルーへと魔王は問い尋ねていた。

 その問いに、メルーは数瞬、迷ってしまった。

 これまでの話を全部鵜呑みにしている訳でもない。

 だが、話を進めて情報を知る方がいいとメルーには思えた。

 「・・・は、い」

 メルーは、応じた。

 

 

   ―――――``     ``



 情報結晶に映像が出力される。

 

 それは、空からクラゲ亭を撮影しているかのような映像だった。

 画面の左下の隅の辺り、クラゲ亭の全容が映っている。

 だが、店の裏側の家庭菜園の畑などは見えない。

 クラゲ亭の建物の背中辺りが見える範囲で途切れている。

 クラゲ亭の周辺のご近所が左上側に写っている感じだった。

 クラゲ亭の店玄関の表の広場の様な広い路面も左下に降る斜めの線の形で写り、その路面を左右に分岐する裏路地の様な狭い路地や細かい車道なども写っていた。

 

 この映像はまるで、それなりに高い階数の、少なくともクラゲ亭よりも数倍は高い建物の屋上から撮影しているかのような映像だった。

 

 クラゲ亭のご近所の辺りに変化が起きる。


 画面の左側のクラゲ亭の玄関前の広場の様に広い路面とは違う、別の車道の方から入り込んだ物。

 一台の中型トラックが、左上の辺りの2車線ほどの路面に停車して停まっていた。

 そしてそこから、運転席、助手席、そして後ろ側の長方形の箱の様な荷台側のドアが開いて、中から黒スーツの男達が降りてきていた。

 その人数は20人は越えている。

 しかし、それはトラックの荷台のレベルから言って、みっちり詰めないと搭載できないような人数でもあった。

 そのぎゅうぎゅうさを物語る様に、中には、四つんばいで虫の様にトラックの箱荷台を這いずり回り、路面へ降りている者まで居た。

 「っ・・・!?」

 メルーは、その映像に嫌悪した。

 早く蠢き、狭い路面の方へと各々散開していく姿が一塩すぎる。

 そしてその男達は数分と経たずにクラゲ亭の玄関の前へと、集まっていた。

 距離にしてもあまりに早い動きだった。

 男達の種族の3通り、エルフ種とガーゴイル種とウッドマン種。

 それが列を成してクラゲ亭の前に集まった。

 そして最前列の真ん中辺りの黒髪の1人のエルフ種の男性が、クラゲ亭の店の玄関の方のインターホンを押していた。

 そして何故か、まるで命令されたロボットの様に無機質に列へと戻っている。

 そして段々と映像に変化が訪れる。

 クラゲ亭へと映像がズームアップした。

 上から見下ろした映像に代わりはないが、クラゲ亭の玄関周辺の天井は何故か透明になっていて、

 (店長っ・・・)

 ビリー店主が、店の廊下を通り玄関の方へと歩いている姿を示していた。

 そしてビリー店主は玄関のドアをスライドさせて応対する。

 そして先程列に戻ったはずのエルフ種の男性が再び前へと出ていた。


 『魔王行政の者です』


 そして音声が流れ出す。

 

 『・・・何用で?』

 『・・・この近辺にて人間の『外来』を魔王様が感知なされました。・・・調査をしております』

 『――――・・・其方が魔王行政の方々だという証拠はありますかね?』



 ―――そこから先、話していた男性エルフ種の男性が懐からナイフを取り出しビリー店主へと攻撃していた。

 店主の触手が、それをさばく。

 そして、そこで映像は一時停止された。

 「ここから先は血生臭い映像になる。・・・その為、一旦停止させてもらった」

 魔王がそう口にした。

 「先程、建物の天井が透視されていたのは・・・特異点能力の1つ``千里眼``というものだ。

情報結晶はこういう応用の仕方もある」 

 「・・・」

 メルーは、映像の中の男達の、あの無機質な、それでいて時折虫みたいに蠢いていた怖さに心が少し震えた。

 「・・・今の、変な黒服の人達は一体、なんですかっ・・・?店長はっ・・・!?」

 「・・・ビリーなら無事だ。安心して欲しい」

 メルーが、少しだけ肩の力が抜けた様な様子になる。

 そして魔王は、説明を続ける。

 「・・・だが、・・・あのモノ達には、``サトリ``が意味を成さなかった」

 「・・・ぇ・・・?」

 「そして、私の保有する特異点能力の中には、``攻撃性波長感知``というものがある・・・が、コレも意味を成さなかった。コレは生物の攻撃的な感情や思考や本能の波長を、西南国中に張り巡らせて扱い、受動的に感じ取るアンテナの様な特異点能力だ」

 魔王は言葉を続ける。

 「あのモノ達は、全員が攻撃を開始した時ですら、感情や思考の類は持ち合わせていなかった。故に受動的な攻撃性波長感知も意味が無かった。監視をしていて、サトリを私が使う自意識がなければ、そういう部分の点も把握すらできなかっただろう」

 「・・・」

 「そして、あのモノ達は、そもそも脳が存在していない」

 「・・・何を、言っているん・・・ですか?」 

 「端的に言おう。あれは生き物でもそれぞれの種の死体ですらない。・・・姿形だけ各種族を似せて作られた紛い物の可能性が高い。・・・人形と言った方が正しいだろう」

 「人、形・・・?」

 メルーは、目を少し見開いて呆気な顔をした。

 魔王は説明を続けた。

「・・・数は24、外見上はガーゴイル種が11体。エルフ種が5体。ウッドマン種が8体。・・・全員が西南国魔王行政において、私服自由ではあるが・・・私個人が推奨する正装の黒いスーツの衣服を着ている。だが・・・顔の造形の照会や遺伝子情報などの照会において、合致する者は西南国魔王行政、並びに西南国の住民データベースには存在しなかった」

 魔王は言葉を続ける。

 「中身は骨も内臓類も無い。そして血肉や頭髪や眼球は恐らく、魔界では違法であり、公的な研究用を除いて禁じられている、遺伝子組み換えに関する遺伝子学や遺伝子生態学に関する機械技術、並びに同じく禁じられているクローン技術の類で量産されたものだと思われる。、回収したあの人形達の遺伝子情報などをキミ達が寝ている合間に調べたが・・・外見上はガーゴイル種だというのに遺伝子情報の中にはエルフ種の特徴の配列があったりとしているからね・・・」

 「・・・」

 メルーは、段々と話が突拍子がなさすぎて、本当に鵜呑みにできなくなりそうな気分になった。

 それがいいのか悪いのか、よく分からない。

 自身が、今朝の事件の当事者であると言えたから。

 「この一時停止した映像を再生を開始すれば、ビリーがこの襲撃してきた人形達を破壊する内容が観られる。・・・だが、あまり若者に見せるには好ましくない映像だ」

 その言葉に、ふとメルーは、

 (・・・店長、が・・・?)

 店主が、破壊をしたという主張に、どことなく現実感の薄い疑問を少しだけ抱いていた。

 ただ、メルーは店主がどこか、腕っ節の立つ人だろうというのは何となくは思えてはいた。

 「・・・猟奇的な映像になる、ん・・・ですか?」

 メルーのその質問に対して、銀髪の魔王は、

 「・・・血肉がクラゲ亭の店の中を飛び散りまわる映像になる」

 そう答えていた。

 「一応、床に付着していた分含めて私が``テレポート``を用いて魔王城内へと回収した。この人形達は・・・指先の程の大きさまで勝手に動くようになっているみたいでね。色々と処置は済ました状態だ。・・・クラゲ亭の方は、現在店の中は血肉が飛び散った後みたいな状態から平時の状態に戻してある」

 「・・・・・・指先の程の大きさ、・・・ですか?」

 メルーは、信じられない事を聞いた気がした。

 鵜呑みにしている訳じゃない。

 だが、その上で尋ねた。

 「・・・それって、種族能力か、何か・・・ですか?」

 メルーはそう聞いていた。

 仮に魔王の言う内容がそのまま、『人形』と比喩できる襲撃者達がそういう存在だとして、それは生物ではない事を意味する。

 『種族能力』とは、種族が持ち合わせている能力を指す。

 例えるなら、ビリー店主みたいな触手スライムならば、触手を伸ばせる事などを指す。

 

 加えて言うと、メルーの目の前に座る銀髪の魔王の``サトリ``という能力。

 これも、種族能力になる。

 特異点能力とは、魔王特有のモノと、異種族の能力―――種族能力―――も特異点能力として保有する事がある。

 つまり``サトリ``という種族能力が使える種族も魔界に居る。

 そして魔王と成った者は、異種族の種族能力も得る事がある。

 それが、魔王と成るという事。


 そして無機物を遠隔操作するというのは、機械技術などを使っているならば不可能ではないかもしれないが、銀髪の魔王からはその旨の言葉が無かった為、メルーは単純に種族能力の類かと思って尋ねていた。

 幾らか、メルーにも心当たりと言える種族能力を知っている。

 だが、判断要素が少なく判断できなかった。

 だが、1つだけ言える事がある。 

 『指先程の大きさを遠隔操作でき、尚且つあの大人数を同時に操作する』というのは、あまりに異質で、種族能力だとしても、かなり高度なものだとメルーは気づいていた。

 「・・・種族能力の可能性は、恐らく0だ」

 しかし、銀髪の魔王はそう答えていた。

 「仮に種族能力で遠隔操作しているならば、魔力の逆探知を行い、今回の事件の首謀者の居場所を把握する事も出来たかもしれない。・・・だが、アレ等は遠隔操作されているものではなく、どちらかというと自律的な行動をしているモノ達だった」

 「え・・・」

 「何より魔力での遠隔操作ならば、魔力を経由して攻撃性波長感知や、サトリを用いて相手の思考も読み取れるが・・・それも出来なかった。・・・可能性としては、私が範囲を広げていた西南国内の外から遠隔操作していたという可能性も考えられたが、あの人形達自体に魔力が供給されての遠隔操作されている痕跡そのものが無かった。その為、国外から遠隔操作していたという可能性も消える」

 魔王は、淡々と、しかし真剣に説明していた。

 「結果としては・・・大雑把に言えば、AIを搭載されたロボットの様にあの人形達は動いていた・・・というのが可能性としては高い。キミが今さっき思った疑念の中に機械技術の類が使用されているのか否かというものがあったが、答えは否だ。ナノマシン技術の類も使われていない、表面は着飾った肉塊達だ」

 「・・・い、や・・・そんなまさか」

 メルーは、さすがに嘘だと思えた。

 今度はさすがにそんな、まるで無機物に機械思考を搭載させるような種族能力の類の見当はメルーにつかなかった。

 だが、直ぐに、とある事に気付いた。

   ――――――特異点能力?

 メルーのその疑念。

 それに対して魔王は、

 「・・・メルー=アーメェイ、特異点能力の中にも無機物にAIの様な機械思考を搭載させるような能力は、少なくとも現時点では表上は存在しない。・・・これまでの魔王達が秘匿していた場合は話は別だが・・・そしてキミが思った通り、そんな種族能力も、類似性はあるものはあるにはあるが、ここまでオーバースペックな種族能力はあまり想像しにくい。・・・もし、この首謀者が魔王と成った者だとして、新規新種の特異点能力を使用しているというのであれば、可能性としてはありえるだろうし、推察を広げてさえしまえば、未知の新種族の者がそういう能力だった・・・という事すらありえる。・・・だが、どれも可能性としては低い事に変わりは無い。・・・だが、別の論拠は存在している」

 「別の論拠・・・?」

 「今回あの襲撃してきた人形達に保有されていた魔力の情報から、読み取れた手掛かりがある・・・『魔式』だ」


 その言葉に、メルーは、数瞬目を小さく見開いた。


 だが、直ぐ様にそれを止めようと、まるで脳内からある事柄を消し去ろうとするように自身を戒める。

 それは、メルー自身の内側で隠したい情報。


 『魔式』という言葉は、メルーの心の中の隠したい事柄を否応なしに思い出させた。

 サトリを使う魔王は、簡単に覗き見できてしまう。


 手遅れだとしても、隠したかった。

 だが、銀髪の魔王は、

 「メルー=アーメェイ。キミの秘密にしたい事柄を私は既に知っている。・・・だが、絶対に口外しないと約束する。・・・だから、落ち着いて欲しい」

 緩く、それでいて和らかく、メルーを落ち着かせるような物腰で言葉を連ねていた。

 それは、この当事者二人にしか分からないであろう会話。

 第三者が居ても、分からないであろう会話。

 だが、会話は続く。

 「何より、それはビリーを経由して何年も前から私も知っている事だ」

 「っ、・・・?」

 「だから・・・それを信頼性として欲しい。私が口外した事も無く、キミも知らない秘密の共有者であった・・・という事で」

 メルーは、その言葉に何とも言えない気持ちになる。

 でまかせの嘘かもしれないとも思えた。

 だが、一応、メルーはその言葉に気持ちを落ち着かせた。

 どうせバレているのなら、今はショータの事を、そして『魔式』の事を、聞きたかった。

 そして、その上で、

 「・・・魔式、って・・・本当、なんですか?」

 メルーは聞いた。

 それに対して銀髪の魔王は、

 「ああ・・・可能性としては、ね・・・」

 そう口にしていた。

 魔王は、言葉を続ける。

 「魔式とは・・・いわば個人の素養の延長線上のものだ」

 魔王は、魔界での『魔式』の常識的な認識を、口にしていた。

 魔王は、説明を続けた。

 「魔式とは、種族能力でも、特異点能力でもないのか、もしくはどちらの能力の延長線上のものであるのかすら、・・・それも長い歴史の中の研鑽があっても知識としても不明瞭な部分の多いモノだ。・・・ただ希少な・・・知識や情報の研鑽で言えば、どちらの能力に当てはめようとしても逸脱しすぎている事柄が多く、現時点では個人の素質に左右されるモノとして認識されている部分でもある」

 メルーが知る通りの言葉を、魔王は説明をしていた。

 「そして魔式の情報は、他の魔式が使える個人の素養のある者ならば・・・他者の魔式もある程度、言語化して読み取る事が出来る。・・・私もある程度は魔式のレベルにあると言える私自身の種族の範疇を逸脱し、尚且つ魔王と成った上での特異点能力でもない力の持ち合わせがあるからこそ『読み取れた手掛かり』と言わせて貰った」

 その説明に、メルーは尋ねた。

 「・・・魔式を、読み取れたん・・・ですか?その、人形、とか言うのから・・・」

 「・・・そうだ。・・・ただ、写しだすのは容易だが、解析など出来ていない。・・・そもそもが、その本人にしか分からない様な独自言語や言葉や数字や文字の常用性に無い羅列の集合体だからだ。再現などは不可能なのが魔界での共通認識だ。・・・ただ、だからこそ、魔式の使える者には、そのパターンとでも言おうか・・・異質さの共通性を感知、把握する事はできる。・・・私や、他に魔式の使える者も含めての調査の結果の上での判断だ」

 「・・・」

 メルーは、信じられない気持ちだらけだった。

 そして何より、『もしも』の話が多すぎて現実感が無さすぎた。

 だから、逆に不信感に繋がる。

 自分が当事者だから。

 それなのに、変な嘘八百で踊らされているんじゃないかと、不意に思えるものでもあった。

 10代の若者のメルーには、答えを急ぐ気持ちが先んじてしまって、少しばかり閉塞感のある気持ちにさせられていた。

 そんな中、魔王が、

 「・・・初めての手掛かりが掴めたというのが、こういう部分になる。・・・だが、」

 そう口にしていた。 

 そして、その声色と表情はただ、

 「・・・それは、キミ達を危険な目に遭わせた上で手に入れた情報だ。・・・私がキミ達を囮にした事で得た情報だ」

 申し訳なさそうな色合いで、満ちていた。

 「・・・天秤にかけ、キミ達を道具にしたも、同じだ」

 そしてそのまま、頭を下げて、

 「謝らさせて欲しい。・・・本当に、すまなかった・・・」

 銀髪の魔王は、メルーへと頭を下げて謝っていた。

 それを見て、メルーは目を数瞬見開く。

 「あ、い、や・・・」

 メルーは、何とも言えない気持ちになる。

 自分の気持ちが読み取れる魔王。

 そんな魔王が頭を下げるというのは、正しいのか否か、メルーには分からなかった。

 だから、判断に苦慮する。

 だが、魔王が自分に頭を下げているという光景が、些か信じられないものとして写っていた。

 だから、メルーはとりあえず、

 「・・・顔、を上げてくださいっ。・・・とりあえず、まだ説明をなされていない・・・あの2人の女の子の事を、聞かせて下さい」

 そう、願った。

 銀髪の魔王は綺麗な物腰でゆるりと頭をあげて、申し訳なさそうな顔で口を開いた。 

 「わかった・・・話そう」

 そして銀髪の魔王は言葉を連ねる。

 「あの2人は・・・今現在で言えば・・・私の養子という立場になって貰っている」

 その言葉に、メルーは不意を突かれた顔をした。

 「養子・・・?」

 そのオウム返しになった言葉。

 それに対して魔王は言葉を続ける。

 「2人の名前は・・・キミに自己紹介を終えているから除き、内容は端的に話そう。楓は4年前、そして鈴音は1年前・・・どちらも8歳の頃に魔界へと迷い訪れた子供達になる」

 その言葉に、メルーは目を少し見開いた。

 「な、そんな短期間でっ・・・」

 鵜呑みにしている訳ではなく、その言葉はどちらかというと嘘への追求の姿勢が強いメルーの言葉だった。

 たった3、4年の合間に2人の人間が迷い訪れるというのは、確かに数年から数十年に一度の『数年』の方が偶然的に起きているものと言えるかもしれなかったが、この場で話していた話題で言えば逆に不審を強める内容だと言えた。

 魔王が、答えるように口を開く。

 「キミには嘘に思えるかもしれないが・・・事実だ。そして2人共、その当事の時も12国の魔王含めた魔王と成った者の乖世収集の反応は見られなかった。今回の事件に年跨ぎで巻き込まれている可能性もあるにはあるだろうが・・・その可能性は低いと思う。当時は特には12国では何も関連するような事件は起きなかった。・・・ただ、鈴音に関しては短い期間に2人目の迷い訪れた子供・・・という形になった為に、ちょっとした疑念や懸念が魔王城でも渦巻いた頃でもある」

 「・・・自然現象の『外来』って、言いたいんですか・・・?」

 「信じてもらえるなどと都合の良い事は思わないし・・・何より今回の事件との関連性も分からない以上、絶対とは言えないが・・・ね」

 その言葉に、メルーは殊更に迷いの渦に入り込んでいるような気がする。

 メルーは、自身を戒めて話半分に聞くべきだ、と自身叱責をする。

 そんな中、銀髪の魔王はと言うと、魔王自身の左側の方の情報結晶を一瞥していて、

 「・・・4年前と1年前というのを・・・信じて貰う為のものだが・・・」

 一時停止した状態の情報結晶の映像を消して、別の映像を出現させた。


 『――――あ、シャルディアさん・・・どうしたんですか?』

  

 一人の女の子が写っていた。


 ―――それは、魔王城の廊下のステンドグラスの窓を開けて外を眺めている最中で、映像を録画している側へと気付いて笑顔を向ける女の子の姿。


 (ぇ・・・)

 メルーは、その写っていた女の子を見て、少し驚く。

 それは、獅子崎楓だった。

 だが、背丈は小さく、その歳の程も背丈もショータと同じぐらいか少し上ぐらいの、小さな女の子の姿形を示していた。

 そして髪の毛もハネっ毛だが、腰に届きそうな程に長い。衣服は雨戸鈴音が着ていた衣服を着ている。


 映像が切り替わる。


 そして、今度は赤茶色の紅茶の様な色彩のベッドシーツと毛布の中で白い枕を頭にして眠る一人の女の子の寝顔が写されていた。

 それは、雨戸鈴音。

 此方は髪の毛が肩程までしかなく、メルーの知っている雨戸鈴音より、もう少し幼い感じがした。

 着ている服は白いパジャマの様な服だった。

 そんな映像が流れると、画面の映像が終了した。 

 

 「当事の・・・2人だ」

 魔王は、そう告げてメルーへと説明した。

 メルーは、ふいに銀髪の魔王へと目線を向ける。 

 (―――・・・)

 そして、メルーは少し呆気になって魔王の表情に変化に気付いた。

 そして、

 「・・・、・・・・・・」

 魔王の方も、サトリを用いてメルーの内心を読んだからなのか、一瞬だけ虚の不意な顔をして、自身を戒めたかのように居佇まいを真面目な様相に戻していた。

 

 ――――メルーが気付いた時の前―――

 ――――一瞬だけ、魔王の表情が―――母性溢れる緩美やかな表情をしていた。 

 

 それは、メルーが一瞬であれど見惚れてしまう程の、緩美やかさ。

 

 それを己を戒めるように消していた魔王は、一度、咳払いをしてから言葉を続けた。

 「・・・これがあの2人に関する説明だ。手短だが、これ以上は特に教えられる事が無い」

 「・・・」

 メルーは、ふと尋ねてみた。

 「・・・あの子達みたいな存在が居るなんて・・・初めて知りました」

 「・・・あの子達は、普通の女の子だ。・・・故郷の世界には家族も居る。・・・私が帰す方法を確立する事に成功すれば・・・帰してあげると約束し、今は魔界に住んでもらっている形だ。・・・私は、子供を見世物にするような趣味はない・・・」 

 「・・・」

 「一応、西南国の魔王行政の・・・この魔王城に居る者達は知っている事柄だ。治世にも噂程度には流れている様だが・・・公にしている事ではない」

 魔王はそう説明すると、三度居佇まいを正しつつ、

 「・・・以上が、私が説明しておきたかった内容だ」

 そう、メルーへと告げた。

 飽くまで話半分、鵜呑みにするのではない姿勢で聞いていたメルーは、尋ねてみる。

 「・・・なんで、管理外の魔王が現れたかもしれない、って・・・私に教えになられたんですか?」

 「・・・」

 「本当に管理外の魔王が現れたかもしれない、って事が・・・世間に知れ渡ったら・・・大パニックになると思います。・・・いつ襲ってくるか分からない、間近で一時停止してる津波とか、地割れとか・・・そんなレベルの話・・・ですよね?」

 メルーは、自分の説明した内容が自分の頭の中にあったからこそ、目の前の魔王の『囮にした』という言葉に対しての懺悔に激昂したりせず、ただ迷いを持つしかなかった。

 それが嘘か、事実か、どちらか分からないにしても、激昂するのを躊躇う事ですらある。

 その言葉に、魔王は、

 「キミ達を・・・西国での失踪事件の行方不明者達と同じ様な状況にしたくなかったというのもある。だが・・・この話をキミに話したのはキミが当事者でもあり、尚且つしばらくは魔王城で保護されていて欲しいからだ」

 「えっ・・・保、護?」

 メルーは虚を突かれる。

 そして内心に、

 (・・・やっぱり、口封じ・・・っ?)

 と、不安な気持ちを抱いた。

 銀髪の魔王は、真面目だが、雰囲気を少しだけ和らげて言葉にする。

 「口封じなどする気はないよ・・・何より、西国では既に、色々な噂の伝播が起きている為に、近々12国の魔王同士でも一問答起きて世間に情報を公開していく事になる問題だ。キミの口を封じる理由がない」

 「・・・」

 「・・・確かに私の話した内容全てが事実であるか否かは当人である私も現時点では手掛かり少なく、推察の域のみで分からず、信頼を得るには話の論理としては破綻している事は自覚している。・・・だが、保護をしたいというのは、西国での失踪事件に対する対策として万全を期したいからというのもある。・・・キミは、ある意味、初の前例なんだ。・・・人間の子供の出現した場所で、しかも接触しておきながら失踪していない者として。・・・つまり外交的な要素も些か絡んでいる」

 「・・・じゃあ、仮に保護されたとして、いつ帰れるんですか・・・?」

 「・・・すまない、それは分からない。・・・ただ、今回の事件が管理外魔王の手のモノでもなく、キミの事などを護衛するのが行政の者で済むレベルと判断できたなら別かもしれないが・・・事件の首謀者が魔式の使用を疑われているという点から言っても、そうなっていく可能性もかなり低いだろう・・・」

 「・・・」

 メルーは、脳裏に浮んだ事をそのまま言葉にして尋ねた。 

 「ショータは、どうなるんですか?」

 それは思ってそのまま聞いた言葉だった。

 メルーは自覚してないが、魔王が心を読むより手間すら先んじて出た言葉でもあった。

 だから魔王は内心で少しばかりの驚きを抱く。

 その言葉に、魔王は口を開き答える。

 「・・・あの子も保護したいと考えている。・・・ルールに則れば『所有物』などという扱いだが、そういう趣味や思想の持ち合わせは私にはない」

 「・・・」

 メルーは、どうすればいいのか分からなかった。

 「拒否権は・・・あるんですか?」

 「・・・残念だが、魔王としての私の発言で言わせて貰えば・・・無理だ。・・・私の側としては、この国の民草が犯罪に巻き込まれるのを黙って見ているだけというのは、容認できない。魔王としてなどは関係なく、私個人としてもだ」

 「・・・」

 メルーは、その言葉に、

 (・・・囮にしたのに・・・)

 という気持ちが浮んだが、目の前の存在がサトリが使えるという事を思い出して、気持ちを隠した。

 怒られると思ったから。

 どこか表情に苛立ちでも示すかと思ったから。

 だが、銀髪の魔王は居佇まいも雰囲気も変えない。

 (・・・?)

 メルーはそれを見て一瞬、きょとんとした。

 だが、魔王の凛とした姿勢、それが―――一種のそう思われて当然であるという覚悟を持ってこの場に面会に臨んでいる――――という姿勢であるとメルーにはふいに思えてしまった。

 もしくは対話の最上級の立場に居ると言える存在だからこそ、仮面をつけているのか。

 「・・・」

 メルーには、それが魔王としての公の姿勢なのか否か、段々分からなくなっていく。

 だが、拒否権が無いという事は既に言われた。

 「・・・・・」

 メルーは、一度内心で溜息でもつきたい気持ちになったが、それも堪えて、

 「・・・わかりました」

 魔王の言葉に応じていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ