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O・S・K story ~ oneesan to syounen to kurage? ~ お姉さんと少年とクラゲ? 1話 パート3

 脱衣場から中へ入ると、湯気が脱衣場の中に入り込んできていた。

 ショータが少しばかりそんな湯気に揉まれつつも、その先の中の様子をショータは目視で認識するようになっていく。

 湯気に目が慣れる。

 そして見えるのは、広めの浴場の姿だった。

 それは『一軒家のレベル』では収まらない広さと規模。

 四方の壁、床と天井は白く、脱衣場の石材や大理石を、浴場用のもので形成している雰囲気。

 入って直ぐ左手側は、右ドアノブのドアを限界まで押し開けてしまうと、人の手を伸ばした腕の分ぐらいも足せば届いてしまいそうな近くに壁がある。

 それが意味するのは入って右手側に浴場が広がっていく形の間取り。


 入って右を見れば、入り口のドアと地続きの壁の側に、リフォームしたばかりの銭湯などで見かける様な、タイプの真新しい、シャワーの栓や蛇口が一体型になってる、鏡も備わった洗い場が3つ手前から奥に等間隔で並んで備わっていた。

 その3つ共に下の方には壁と連なった角が丸みを帯びて、下が斜め棚になった石材棚が一直線に備わっている。

 そしてその石材棚は入り口の近くの辺りでは角の部分が球体の様に丸みを帯びている。

 まるで入室者などの足がぶつかっても角当たりを防ぐ様な様式。

 3つの洗い場にはそれぞれ、白いシャンプー容器の様なものが複数点置かれていた。

 ただ、個数にまとまりは無いし容器の色もまとまりは無い。


 浴槽は入り口から見て前の方にあった。

 合間に床の路を挟む、その浴槽の大きさは横が4メートル程。奥行きは3メートルぐらいある。

 合間の路も、同じぐらいの広さがある。

 浴槽の色も白色。だが、浴槽の白色は微妙に灰色混じりな感じがしている。

 床との区別がつきやすくする為の様式。

 路との段差はおおよそ人の膝ぐらいまでの高さ。

 いわく、地下掘りの底が深くなっているタイプの物である事を意味する。

 そして入り口の方角とは反対の浴槽の壁際には2つの窓が人の目線より少し高いぐらいの位置に備わっていた。

 浴槽の中からだと手が届かないぐらいの位置の為か、その窓の右側には操作アームが備わっていた。操作アームを変形させればレバーバルブの様になりそうで、浴槽の中から立っても手が届きそうな位置に備わっていた。


 どこからどうみても、『一軒屋のお風呂』ではなく、どちらかというと『片田舎の秘境の小さな温泉』とか『小さな寮の浴場』とかで見受ける様な規模のお風呂場だった。

 浴槽の中に入っているのが、透明な水ではなく、緑色の宝石の様な綺麗な色合いのお湯である事が、尚の事そんな雰囲気を強めている。

  

 ショータがそんなお風呂場の路の上で立ち往生して、驚いていると、メルーはドアを閉めて右側(脱衣場から見て左側)の方に手を伸ばしていた。

 ドアに隠れて見えなかったが、其方の壁際には半透明なプラスチック製を思わせる風呂桶や、風呂椅子が置かれていた。

 左に風呂桶、右に風呂椅子。どちらも5個分あった。

 積み重なられたそれをメルーは手馴れた雰囲気で重ねたままの状態で2人分、右手に風呂桶を、左手に風呂椅子を持っていた。

 「広いでしょ?ショータ」

 ふいにメルーがそうショータへと尋ねた。 

 ショータは、もう一度、このお風呂を見渡して、

 「・・・はい」

 少しだけ驚いた表情を示したままで、そう返事をしていた。

 メルーはそんな他愛もない会話を楽しむような表情をしつつ、

 「それじゃ洗い場に行こっか」

 メルーはショータと一緒に歩いた。

 そして3つある洗い場の内の真ん中の洗い場の方へと来ると、メルーは、風呂椅子や風呂桶を置いてから、

 「少し待っててね、ショータ」

 と、伝えた。

 『座って』ではなく『待ってて』。

 その言葉にふいにショータは疑問符を浮かべた。

 それに対してメルーは、洗い場の鏡の右上のシャワーヘッドへと右手をかける。

 シャワーヘッドは、握り部分に放出のON・OFFの押し栓が備わっているタイプ。

 押し栓に親指をかけつつ、シャワーヘッドの放出口を下に向ける。

 そして押し栓をゆっくりと、ある程度浅くしたりして、シャワーヘッドの放出口からちょびちょびと湯煙がほんのりあがる中で、少ない量のお湯を放出させる。

 そしてメルーは左手をシャワーヘッドの放出口の下へと伸ばしてお湯の温度を調べていた。

 (えーと・・・私みたいな『種族』と同じぐらいだから・・・)

 メルーはあれこれ考えながら試行錯誤しつつ、ショータの方を向いて、

 「ショータ、ちょっといいかな?」

 ショータの事を呼んだ。

 間近で立ち尽くしていたショータは、

 「は、い?」

 と、ふいに話しかけられて返事が途切れながらも、メルーに反応を示す。

 そして、メルーはショータに続けて話しかける。

 「温度はこれぐらいで大丈夫だと思うんだけど、一応とりあえずショータも試してみて?人間の・・・あ、いや、ショータみたいな子供でも大丈夫な温度のはずなんだけど・・・」

 「・・・?」

 「まずはね?ゆっ〜くり指先を近づけてみて?もし、いきなり浴びて熱かったり火傷しちゃ大変だし・・・あ、」

 メルーは、何か気付いたように、そしてどことなく自問自答するような声で、

 「そもそもが・・・そっか・・・。・・・えーとショータ?」

 「・・・はい?」

 「い、痛かったり、変な感じがしたりしたら直ぐに言ってね?」

 その言葉に、ショータは疑問符を浮かべ、

 「・・・は、ぃ・・・?」

 生返事気味な返事をするしかなかった。

 メルーの言わんとしている所の所以が、温度の調整であるという事は理解できても『人間の』という言葉を訂正した言葉や『痛かったり』とか『変な感じ』などの言葉に、ショータの側は深い理解を持つ事ができなかった。

 漠然とした疑問符が浮ぶばかり。

 メルーが、

 「ほ、本当に気をつけてね?慎重すぎるぐらいでやってね?」  

 と、厳重な注意を促している様子も、疑問符を強める要素と言えるかもしれない。

 ショータはそんな状態ながらにも、一抹の不安を覚えつつ、メルーの指示通りに動く。

 メルーは少ない量のお湯が出るシャワーヘッドを右側に居るショータが指を伸ばしやすいように、自身の手元から外側の方の位置にずらす。

 ショータは右手の人差し指を手向ける形でシャワーヘッドの下、お湯の出る放出口へと向けた。

 ショータの指先の近くの体温。

 ほんのりとしていて、火傷するような熱さはショータには感じられなかった。

 ショータは、メルーが厳重注意を促したのもあって、手が間近になった所でふいに不安を内心に生みながらも、右手をシャワーヘッドから出ているお湯へと、とてもゆっくり右手を触れさせた。

 そして、指先が感じた温度や感覚、それは、

 (・・・。・・・・・・あったかい・・・)

 火傷などをするような惨事に至るものではなかった。

 ショータは程よい暖かさのお湯を右手に浴び続ける。

 特に異常は起きない。

 その様子を見てメルーは、

 「大、丈夫・・・?」

 ショータに尋ねた。

 ショータは、

 「ぁ・・・は、ぃ・・・」

 ごく自然に、手に温かさを感じる中で返事をした。

 それを聞いてメルーは、

 「ふぅ・・・」

 と、一安心したように吐息をこぼしていた。

 そして、メルーは言葉を続ける。

 「よし・・・じゃあショータ、椅子に座って?」

 メルーは次のステップに進める事にした。

 真ん中の洗い場の席には2つの風呂椅子が横並びしている。

 メルーは仕草や雰囲気の流れでショータに右側の席に座るように促していた。

 右側の風呂椅子の席は、洗い場の鏡に顔全体が写る、いわば洗い場の中心寄りの配置になっている。

 ショータはメルーの促しに従うままに、右側の席へと腰を降ろした。

 そしてメルーは風呂椅子を少しショータの後ろに引いて、ショータの左後ろ斜めの位置に座る。

 洗い場の鏡に映るのは、それはまるで、妹の髪をとかす姉、姉妹が写っているかのような光景。 

 そんなものが、鏡には映っていた。

 それだけ、ショータの顔立ち、そして髪の長さなどが中性的な面を強める要素なのかもしれない。 

 メルーは右手にある、お湯放出をOFFにしたシャワーヘッドを持ったまま、それをショータの頭の上に持っていく。

 「ショータ、頭を洗っていい?」 

 メルーはショータに尋ねた。

 ショータはふいにそう尋ねられて、

 「ぁ・・・はぃ」

 肯定の返事をしていた。

 メルーは了承を得たので、そのままお湯放出をONにしてシャワーヘッドからお湯の雨を降らせた。

 ショータが喉に息を飲ませる喉声をこぼしながら、反射的に身体を少しだけ身縮みさせて、お湯の雨を浴びた。

 メルーは空いた左手をショータの頭において、軽く洗う。

 メルーは、ふと感じる。

 (・・・わー・・・)

 メルーの左手が感じたショータの髪の毛の感触。

 ショータの髪の毛は、とてもさらさらしていた。

 本当に、女の子の髪の毛にでも触っていると錯覚させる。

 そしてふいに鏡の方を見ると、そこに写る水に濡れたショータの姿は、いわゆる『水もしたたる』の言葉が当てはまるような、どこか危ない感じがした。

 (っと、いかんいかん)

 メルーは、鏡を見てる暇はないと、ショータの頭から左手を離して、洗い場の棚の方へと左手を伸ばす。

 その洗い場の席の棚には、2つの容器が置かれていた。

 白い容器と黒い容器。どちらもシャンプー容器の形をしている。

 そして、そこから白いシャンプー容器の様なものを1つ手に取る。

 大きさは、手の平で納まりきらないが、大きいという訳でもないサイズ。おおよそ400mlレベルのサイズの容器。蓋は開けるタイプのもの。

 そのパッケージ、ショータには、

 (・・・?)

 文字が読めず、内容がよく分からなかった。

 パッケージの雰囲気は、容器全体が囲いの花やツルの画がなされているかのような形で、中心には横文字が記載されている。

 そんなショータの疑問も気付かずなメルーは手元に持っていき、左手の親指だけで蓋を開ける。

 そして右手のシャワーヘッドは一旦お湯を止めて、壁の留め具の方へと戻した。

 シャンプーを左手に持ち、そして右手を皿にする。

 そして右手の中へと白い液体を注いでいく。

 それは、甘い香りがした。そして何よりショータの知っているシャンプーの匂いなどの目に入ると痛そうな匂いとは、また違う匂いがしていた。

 左手のシャンプーを棚に戻す。

 そして右手の中の液体を見つめてメルーは数瞬、

 「・・・」

 ふと気付いてショータの方を見る。

 「ショータ、ちょっといいかな?」

 「・・・?」

 ショータは疑問符を浮かべながら後ろを向く。

 そしてメルーと対面する形になる。

 そしてメルーはそれを見て、右手を前に出して、

 「このシャンプーを、さっきのお湯を触った時みたいに・・・慎重に触ってみて?」

 「ぇ・・・」

 ショータは、その言葉にまた疑問符を浮かべるしかなかかった。

 その疑問符を受けて、メルーは少し慌てつつ、

 「あ、えと、ね?」

 メルーは、どう説明したものか、という風になりながら言葉を続ける。

 「ほ、ほら、アレルギー?だっけ?とかあるじゃない?ショータの身体でも大丈夫なヤツだとは思うんだけど、ほら、心配だし、ね?」

 「・・・」

 また、御飯やお湯の時みたいな注意深い感じの事を口にしていた。

 ショータは、よくそれが分からなかったが、

 「わかりました・・・」

 メルーの提案に応じて、お湯の時みたいに慎重に触れる事にした。

 メルーの右手の皿の中に盛られた白いシャンプーの液体へとショータは右手の人差し指を近づける。

 そしてショータはそのまま伸ばして、数秒ぐらい触れていた。

 時間にして十秒ほど経ったか否かぐらい。

 「ど、どうかな?ショータ、大丈夫そう・・・?」

 メルーは尋ねる。そしてショータは、

 「ぁ・・・はい」

 ショータは顔をあげて、メルーに返事をしていた。

 そして、ショータは右手を離して自分の指を見てみる。

 特に異常は無いように見えた。

 それを見てメルーは、ふと、

 (ホントに人間が使っても大丈夫なんだ・・・)

 と、少し感慨深い雰囲気で内心に声をこぼし、

 (・・・コレって魔王様の作った製品だから・・・かな、やっぱり・・・)

 この甘い香りのするシャンプーが、少し一風変わった流通品である事を示す様な内心の声をこぼしていた。 

 メルーはショータに異常がなかったのを把握してから、ショータに声をかける。

 「それじゃあ、ショータの頭にシャンプーをつけて洗っていいかな?」

 そうメルーは尋ねると、ショータは、

 「・・・ぁ、ぁの・・・」

 どことなく、気恥ずかしそうに口を開いていた。

 それを見てメルーは、

 「・・・?・・・どうしたの?・・・あっ」

 メルーは、もしや、という風な表情を浮かべた。

 「もしかして、シャンプーハットがあった方がいい、かなっ・・・?」

 メルーのその質問。

 店主がこの場に居ればズッコケてしまいそうな言葉。

 しかしショータはそれを真摯に話の言葉として受け取ってなのか、自然に口を開き、

 「ぁ、ぃ、いえ・・・アワ、は・・・だいじょうぶ、です」 

 と、否定した上で、

 「・・・おせわ、になりっぱなし・・・です、ので・・・じぶんで・・・」

 自分で頭を洗いたい旨をメルーへと主張していた。

 それを聞いてメルーは、合点がいった顔をした。

 しかし、

 「・・・」

 メルーは、少し迷った様な表情を浮かべていた。

 そして、

 「んー・・・今回は、さ?」

 「・・・?」

 メルーは、決めた様に、どこか気恥ずかしそうな顔で、自分の頬を左手でぽりぽり?きながら、

 「私に・・・頭を洗わさせてくれないかな?」

 そう、どこか頼むように口にしていた。

 

 ―――内心で、『ルール』に逸脱してしまうと、思いながらも、メルーはそうしてあげたいと、思った。


 この一時ぐらい、許して欲しい。


 「・・・もし、さ?弟とかが居たら・・・こんな風に頭を洗ってあげたりするんじゃないかなぁ〜って思ってさ」

 「・・・おとうと・・・?」

 「うん・・・私、弟とかいないから・・・してあげたいなぁって思って・・・」

 「・・・」

 「ダメ、かな・・・?」

 「ぁ・・・ぃ、え・・・」

 ショータはふいに俯いた。

 そして、数瞬、迷った様相を示して、

 「・・・すみま、せん・・・おねがい、します」

 メルーにお願いする事にした。

 メルーは嬉しそうに気さくな笑みを浮かべて、

 「ありがとっ、ショータ」

 ショータにお礼を言った。

 だが、メルーは、

 「あ、」

 と、単音こぼして、

 「このシャンプー、ね?」

 「・・・?」

 何か思い出したように、ショータへと説明を開始する。

 「オモチャみたいなシャンプーで・・・凄い泡立つんだ」

 「・・・そうなんですか・・・?」

 「うん、名前は『木の実精製泡のシャンプー』って言うの」

 変わった名前だった。

 事実ショータも、少し不思議そうな顔をしていた。

 メルーは、言葉を続ける。

 「だから・・・しっかり、目を閉じててね?」 

 メルーは気さくだが、真面目な表情でそうショータへと告げていた。

 「それじゃあ、ショータ。前を向いててね?」

 メルーの言葉にショータは従い、洗い場の方を向いて再び、2人の姉妹が鏡に映るかのような状態に戻る。

 そしてショータは、童顔のままに大きめの瞳の瞼をしっかりと目を閉じた。

 そしてメルーは、右手の中に溜まったままのシャンプーをショータの頭の上へと垂らした。   

 そして、優しく髪の毛が抜けないようにショータの頭を泡立たせ始めた。

 (あ、)

 そしてメルーがふと、ショータの世界でこういう時に言う決まり文句で、こんなのがあったような、と一考した。

 そして冗談っぽく、口にする事にした。

 「『お客さん〜かゆい所はありませんか〜ぁ♪』」

 その言葉に、ショータは、

 「ぁ・・・はい、だいじょうぶ、です」

 律儀に答えていた。

 メルーは一瞬、スベってしまったかも、と思った。

 だが、ショータの方は、一瞬、メルーの冗長な言葉にふいに目が開いてしまいそうにはなった。

 それが、ショータの両肩がどことなく緊張が少しほぐれたように降りる形で示される。

 それを見て、メルーはリラックスしてもらうには充分だったかもと、喜びながら思った。

 (おぉ・・・やっぱりコレが決まり文句なのかな・・・)

 メルーは店長のツッコミが無いままに、そんなのほほんとしたことをふいに思った。

 

 ――――ショータは、

 「・・・」

 他人であれ、人の肌が触れて、一つのコミュニケーションの最中に居る状況に、

 (・・・・・・)

 見知らぬ外の路面の上に居た時の恐怖が、まどろみを覚えるかのように鎮まりかえり始めていたのを、無意識に、無自覚に、身体に示し現していた。

 

 シャンプーの匂い。

 鼻につく酸性臭ではなく、甘い匂い。

 これが、多分木の実の匂い。

 誰かが傍にいてくれる一時。

 自然と接してくれる時間。

 

 (・・・)

 

 影が、浮んでいた。

 それは、3つの影。

 そしてふいに、後ろの1人の女の子の存在が、影と色々な重なり方を示す。

 寂しさが――――薄れていた。

 (・・・・・・)

 ショータの意識は、無自覚の安堵感が内面によぎっていた。

 そのせいか、ショータの瞼はそのまま眠る事を選んでしまいそうなまどろみを生んでいた。

 数瞬とも、数秒とも言えぬ、されど確かな意識が途切れ途切れになった時間。

 

 「――――ぅ、わ、わ、わ、とっぉ?ッ?!」

 

 そんなまどろみの中で、ショータの意識は、メルーのふいな声で現実に戻る。

 メルーの声は、どこか慌てている雰囲気だった。

 ショータは瞼を閉じていた。まどろみの中の流れに任せたままで、シャンプーがどうなったかわからなくなってしまって、怖くて目を閉じたままだったから。

 「ぁ、の・・・」

 だからショータはメルーへと尋ねてみようとした。

 すると、メルーの方は、

 「ご、ごめんショータ・・・」

 と、何故か謝っていた。

 「ちょ、ちょ〜〜っ・・・と、泡立ち・・・すぎちゃったぁ・・・かも」

 と、口にしていた。

 ショータはその言葉に疑問符を浮かべた。

 そして意識が完全に明瞭な状況に戻ったのにつれて、自分の顔には泡の類もついていないらしい肌の感覚を感じた。

 それはメルーが人の頭を洗うのが上手いからなのかは分からない。

 しかし顔以外の全身に泡がついているような気はした。

 ショータは注意しながら両目を開けた。

 すると、

 「ぇ・・・」

 そこに広がっていたのは―――見渡す限りの泡の世界だった。

 顔の辺りには泡は無い。

 しかし顔以外の身体全身に城でも建てられたかのように白い泡がぷくぷくと湧いていた。

 そしてふいに後ろを見ると、メルーの方も肩まで、泡がメルーの3倍ぐらいの横幅で山の形を成すかのように覆っていた。

 浴場の方には泡は届いていないレベル。

 しかし3つある洗い場の真ん中は、泡で満たされて洗い場の鏡も棚もよく見えない状態になっていた。

 そんな白い泡の光景、ふいに万華鏡の様に泡が反射する。

 (きれい・・・)

 心の内に、そう思っていた。

 ほぼ、無意識に思えた男の子の内心。

 幻想的で、ショータの内面の中で空いたりしていた感覚が薄れたままで好機の興奮や驚きのようなものを覚えさせていた。

 (・・・ふわふわ・・・)

 ショータは両手を少し動かしてみる。

 物凄いふわふわとしていた。

 まるでマシュマロの様。

 (モコモコ・・・してる・・・)

 そんなショータの心が子供心のままにな状態の中。

 メルーは慌ててシャワーヘッドの方へと右手を伸ばす。 

 「ご、ごめんね?ショータっ、お湯で流した方がいい?」 

 「・・・あっ・・・」

 「・・・?」

 「・・・え、ぇと・・・・・・」

 メルーは一瞬、ショータのその、どこか迷っている様子で、されど内心に申し訳なさがあるような様相を示していて、疑問符を浮かべた。

 だが、ふいに、もしかして、と思って、ほんの少し微苦笑を浮かべて、

 「・・・どう、かな?この泡・・・面白い?」 

 「・・・・・・・・・は、い・・・」 

 ショータは、少しだけ恥ずかしそうに俯いて、返事をしていた。

 メルーは、その返事を聞いて、今度は気さくに微笑んだ。

 そして1つ提案してみる。

 「・・・ん、・・・じゃあ私も頭をシャンプーでごしごしして、一緒に御湯で流すまで・・・でいいかな?」

 「っぁ、は、はい」

 ショータは、それはほぼ無意識的にかもしれない―――少しだけ無邪気な嬉しそうな顔をして返事をしていた。

 そしてショータはそれにふいに気付いて、頭から湯気でも出すかのように、萎縮していた。

 メルーは、苦笑しながら、自分の頭を洗い始める。

 またたくまにメルーの頭の上は泡だらけになって半溶けの雪だるまか、水でただれたアフロヘアーみたいに泡が形を成していく。

 ショータは萎縮したままだったが、その目線は泡だらけの中を慎ましくも、じっと色々と見つめている。

 万華鏡のように色々な視点のものが乱反射して、飽きさせなかった。

 そしてそんな間が数瞬ほど、続いた頃合いで、

 「ぁ・・・ショータ、そろそろいいかな?」 

 と、メルーがショータに声をかける。

 ショータは後ろを見て、

 「は、い―――」

 と、とっさに慌てて返事を返した。

 だが、そこには、泡まみれで顔も少し隠れ気味になっていたメルーの存在が居た。

 ショータは少しだけどっきりする。

 まるで泡の怪人の姿になったメルーに対して。

 「ショ、ショータ〜・・・シャワー、取ってぇ・・・ちょっと、見えなく・・・なっちゃった・・・」

 メルーのそのお願いに、ショータはハッ、と我に帰って、直ぐ様にきょろきょろと視線を動かして、シャワーヘッドを壁掛けの所に見つけて、左手を伸ばす。

 ショータは左手の中に、シャワーヘッドを手に持つ。

 ボタンを押すタイプだとショータは分かった。

 そしてメルーの頭の上へとシャワーヘッドの放出口を向けて、

 「ぁ、の・・・ぁらい、ましょうか・・・?」

 そう尋ねていた。

 メルーは、その言葉に、ふいに少し虚を突かれた様子になっていたが、泡まみれの中、見えていた口元は、少しだけ嬉しそうにして、

 「じゃあ・・・お願いしてもいいかな?」

 そうショータへと言葉を連ねていた。

 「・・・はい、わかり、ました・・・」

 ショータは、少しだけ、目の前に居る泡の怪人の様な姿のメルーに緊張しながらも、シャワーヘッドから御湯を放出させて、メルーの上へとかけていく。

 そしてショータは見えてきたメルーの、光に映えて薄桃に見える髪を見た。

 「・・・」

 ショータは右手を伸ばして、メルーの髪の毛を気をつけながら丁寧に洗い始めていた。

 まるで、お返しをしたい、と言葉も無く行動で示すかの様に。

 メルーは、少しだけ驚いたが、ショータの柔らかい手が緩く触れていて、

 「ん・・・」

 メルーは、目を閉じたまま、少しだけ心地良さそうにショータの洗いを受け続けた。

 そしてメルーの周りから泡が消えて、メルーの裸体が完全に見える様相になっていた。 

 メルーは、目元を軽く手で拭いてから両目を開けて、

 「ショータ、ありがとう」

 今度は逆の立場になった状況の中で、メルーはお礼を言った。

 今度はショータが部分的な雪男みたいになっていた。

 羊毛を少しだけ刈り取った羊みたいと言えるかもしれない。

 お湯を浴びた足や太ももや両手は、肌が露出している。

 メルーは、ショータの左手へと右手を伸ばし、

 「それじゃあ、今度は私が洗ってあげるね?」

 このコミュニケーションを楽しむように、メルーはそう告げていた。

 頭の中に、色々な苦悩が無かった。

  

    ――――――無意識に、歳相応に楽しんでいた。

               『ルール』が、無かった――――――


 ショータからシャワーヘッドをもらい、そして腰をあげてショータの両肩に触れて、自然な流れでショータを座らせる。

 ショータは申し訳なさで『自分で洗います』みたいな事を言う暇もなく流れになされるがままに、席に着いた。 

 多分、それは1人の女の子が自然体だったから。

 そしてメルーは、

 「それじゃあ、頭洗うから目を閉じてね〜」 

 コミュニケーションを楽しむ様に、ショータへとそう告げた。

 ショータは、

 「・・・ぁっ、ぇ、と・・・はぃ・・・」

 メルーの押しの強さにされるがままに、応じていた。

 それでも心の内は、少しだけ暖かかった。

 今度はメルーがショータの髪の毛などを洗っていく。

 段々と白い泡達が洗い場の棚下の排水溝へと繋がる受け水の溝に流れていき、湯気がほんのりあがっていった。

 ショータの白い肌が見えるようになってきた。

 ショータの頭を器用に優しく洗うメルーは、ショータの髪の毛を手に触れて少し驚いた。

 (すご・・・綺麗な髪・・・。それに・・・)

 メルーは、ふいに棚の上に置かれている使ったシャンプー容器を見つめた。

 (・・・魔王様が開発した製品とはいえ・・・)

 ショータは後ろ姿だけで言えば、本当に女の子の様になってしまっている。

 しかもかなりの美肌美麗な方の。

 それが意味する所は、肌が物凄い綺麗な女の子に、メルーには見えていたからだった。

 (・・・まさか、人間にはものっすごい効果を発揮する・・・とかなのかな・・・この魔王様が開発したシャンプーって・・・)

 そんな事を思いながらメルーは、光に映えているだけなのかな、ともふいに思ったが、とりあえずショータの頭と身体を洗う事に専念する。

 そしてショータの身の回りから泡が消え去った頃合い。

 「ショータ、どう?・・・シャンプーの泡とか身体に残ってない?」

 メルーがショータへと確認を取る。

 そしてショータは、

 「ぁ・・・だいじょうぶ、です」 

 問題ない事を返事で示した。 

 メルーは「ん、」と微笑を浮かべて、

 「ならよかった」

 あっけらかんに口にして、メルーは右手のシャワーヘッドを前の鏡の右横の留め具の定位置に戻した。

 「それじゃあショータ、一緒にお風呂に入ろうよ」

 メルーはそう口にして、ショータを後ろから抱き寄せてそう口にした。

 ショータはふいに驚いたが、

 「ぁ・・・はい」

 返事をして、お風呂に入る事を肯定した。

 メルーはショータと一緒に立ち上がる。 

 そして一緒に歩いていこうとしていた。

 「あ、」

 すると、メルーは何かに気付いたように単音をこぼしていた。

 そして洗い場の棚の上においていた風呂桶を右手に取り、蛇口から御湯を出して軽く洗ってから、ショータの隣に戻ってきた。

 そしてメルーはショータへと、

 「湯船の御湯も、ちょっと確認してもらっていいかな?」

 と、尋ねていた。

 ショータは疑問符を浮かべた表情になるが、メルーが説明するように、

 「このお風呂って薬膳湯だから・・・シャンプーと同じで・・・あ、ほらアレルギーとか、もしかしたらあるかもしれない、でしょ?」

 と、誤魔化す様に口にした。

 ただ、少しだけ誤魔化しも慣れてきたのですんなり話せた。

 それに、何よりメルーにとっては内心、ほぼ事実でもあったから。

 (・・・魔界の薬膳湯とか、人間のショータを入れても大丈夫・・・なのかな?)

 メルーはふいに薄緑色の浴槽の中の御湯を見つめた。

 (店長も入るし、私も入るし・・・店長曰く、人間の人でも大丈夫だー〜って事を聞いた事はあるんだけど・・・構成とかは一切変えてないって聞くし・・・人間でも入れるもの・・・だとは思うんだけど・・・・・)

 メルーは色々と悩みつつ、浴槽の前に膝を床に着いて、風呂桶で中の薬膳湯を桶の半分量ぐらいだけすくいあげる。

 ショータもメルーが膝を床に着いたのに、つい同じように合わせてしまうかのように、膝に床をついて目線を近くした。

 メルーは薬膳湯の少し入った風呂桶をショータの間近の床においた。

 「・・・ショータ、これもシャンプーとか、お湯の時みたいに・・・触って確認してみて?・・・お願いね?」

 メルーのその言葉に、ショータは首を縦に振り、

 「はい・・・」

 肯定を示し、右手を伸ばしてみた。

 ショータも、度々重なれば、無意識に慣れてしまうのかもしれない。

 それとも綺麗なものを見て心が無自覚にほぐれていたからなのか、否か。

 ショータの右手は、桶の中の湯船に入る。

 お湯やシャンプーの時みたいに、触れてから数秒から十数秒ぐらいの合間を置く。

 これもまた、異常はなかった。

 だが、ショータはふと、

 (・・・)

 悪い意味ではなく、不思議な感覚を感じた。

 (・・・きもち、いい・・・?・・・)

 指先の疲れが抜けていくかのような、心地のいい感じがした。

 まるで、手だけ温泉に使っているかのような感覚。

 メルーが、

 「ど、どう?」

 と、尋ねる。

 そしてショータは、

 「ぁ・・・だいじょうぶ、です・・・」

 メルーへとそう答えた。

 そしてメルーは一安心したような様子になる。

 「・・・よし、じゃあ入ろっか」

 メルーは、一安心した様子で、先にお風呂の中へと入る。

 そしてメルーはショータへと右手を伸ばしてエスコートするように、ショータが転ばないように入浴させた。

 そしてお風呂の中心に二人が来た辺りでふと、メルーが気付く。

 メルーとショータは、結構背丈の差があった。

 メルーが立ったままで抱き寄せてしまうと、メルーのお腹の当たりにショータの顔がくるぐらい。

 「うーん・・・ショータの背丈だと、そのまま座ったら顔まで沈んじゃうね・・・」

 メルーは、悩ましげに声をこぼしていた。

 事実、ショータ自身それぐらいの深さを理解して、自覚していた。

 だからショータの脳裏は、

 (せいざ・・・)

 正座するような姿勢で入れないか、というイメージをぼんやり膨らませていた。

 しかし、

 「よし、」

 メルーがショータの後ろに回り、両肩を両手で掴んだ。

 「私が椅子になるよ。それならショータも顔が出るだろうから」

 と、メルーが腰を降ろし始めた。 

 ショータが「ぇ」という単音をこぼしながらも、そのメルーのエスコートの様な流れは自然で、ショータはそのまま湯面に身を落としていった。

 メルーは背中を、浴槽の、入り口反対の壁際の中央の辺りに寄せて、流れのままに足を女性座りで湯船に浸かった。

 そしてその膝の上に、ショータを座らせる。

 ショータの両肩に回していた両手は今はショータの腰の辺りに回す形で支えていた。

 ショータの顔は、首元がぎりぎり出るぐらいになって普通に浸かる事ができていた。

 「ぁ・・・ぅ」

 ショータが流されるがままにそんな状態になった所で、申し訳なさそうな表情で、

 「す、み、ま・・・せん・・・」

 メルーへと、礼を言う様に、そう告げていた。

 ショータはただ、メルーを椅子代わりにしてしまっている様で、失礼になるんじゃないかと、ただ思って声をこぼしていた。

 それに対してメルーはと言うと、微苦笑気味なのに、湯船に浸かって直ぐ様に顔がほぐれてほにゃららと言わん感じに気が少し抜けた感じで、

 「ん、いーよ〜・・・」

 そう、口にしていた。

 お風呂の気分を浸かって即座に満喫しているメルーもショータに言葉をかける。

 「ショータはどう〜?・・・熱くなかったりしないぃ・・・?」

 薬膳湯が心地良いのか、のんびりな口調。 

 ただ、ショータも入って直ぐなのに、心地よさを感じていた。

 まるで、温泉に入ったかのような安らぎ。

 「っ、ぁっ・・・」

 ショータは、ふいに2、3秒にも満たない小さな間ができてしまって、メルーへの返事が遅れた事を戒める。

 ショータは顔を左からまわしてメルーの方へと向けて、

 「っぁ・・・だいじょう、ぶ、です・・・」

 答えて、そう口にしていた。

 

 うなじ、端正な振り向き顔、水もしたたる――――


 (・・・)

 メルーは少しばかり、刺激の強いものでも見たかのような気分になった。

 (・・・ホ、ホントに女の子に見えた・・・)

 そして、メルーの内心が、ただそういう驚きに満ちていた。

 中性的だけど、元が女の子の様な雰囲気の比重の大きい整い。

 それの天秤が、少しズレていた様な気がした。

 そんな驚きも共にした、のんびりとした一時。

お湯に浸かりながらの脱力した一時は、時間の流れも分からないものにさせそうだった。

 ショータも、メルーと同じ様な様相で、心地良さそうにしている。

 2人共瞼を閉じてのんびりしている。

 そんな気分のままで、メルーは静かな間を置いてショータと2人でお湯に入っていた最中、

メルーがふと、

 「・・・あ」

 ある事に気付いた様子で瞼を開き、単音をこぼしていた。

 メルーと同じくリラックスしてしまっていたショータは、半分寝てしまいそうになっていた中でメルーの声に気付き、メルーの方を一瞥する。

 すると、メルーが口を開いて、

 「そういえば・・・私はまだ、自己紹介をしてなかったね」

 メルーは左手で左頬をかきながら苦笑して、そう口にした。

 そしてメルーは言葉を続ける。

 「私の名前はメルー、・・・は知ってるかな、店長が言ってたし・・・。私の苗字はアーメェイ、って言うの」 

 「あーめぇい・・・」

 「そ。メルー=アーメェイ。・・・できればメルー、って呼んでほしいな」

 「・・・」

 ショータは、数瞬視線が前戻りになりながら、メルーにはうなじを多く見せる顔向けの目線で、口を開き、

 「・・・メルーさ、ん」

 と、メルーの名前を呼んでいた。

 メルーは微笑を浮かべて、

 「ん、」

 と、だけ、短く、されど嬉しそうに瞼を閉じて相槌していた。

 しかしそんな最中でメルーはふと「あ、」と、また単音こぼして、とある事に気付いた。

 「そういえば、店長の名前をまだ教えてなかったね」

 メルーは口を開いて、教えた。

 「店長の名前は、ビリー=ラグラギァさん、っていうの」

 「ら、ぐらぎぁ・・・?」 

 「そ、ラグラギァ。発音しづらいでしょ?」

 メルーが苦笑交じりにそう口にした。

 ショータはそれに対してふいに、

 「・・・ガイコクジン・・・のかた、なんですか・・・?」

 と、尋ねていた。

 その質問にメルーは、

 「・・・うーん」

 と、どう説明したものか、と少し困った顔をした。

 この場合は、どちらかというとショータが外国人とは言えるかもしれないから。

 だが、メルーはこう答えた。

 「この土地ではね?みんな・・・こんな感じの、ショータの故郷の世界の感覚と比べると違う・・・多分、ちょっと変わった感じになると思う発音の名前なんだ」

 「みんな・・・?」

 「うん、・・・けど、ショータみたいな名前と似てる感じの名前の人も居るんだ。・・・ここら辺は、ショータがもっと色々分かるようになったら、自然と分かると思う」

 その言葉に、ショータは少しだけ不思議そうな顔をしながらも、メルーの言う言葉に一応の理解を示したらしく、深く聞いてくるという事はなくなった。

 それを見てメルーは、

 「ま、大丈夫」 

 「?」

 「魔王様のお陰で言葉とか言語が・・・刷り込みで分かるように自動翻訳されているはずだから、あとは慣れだと思うよ?」

 「・・・?、・・・??」

 ショータは、ふいにメルーが何気なく口にした言葉に、理解が追いつかずに少しばかり困惑していた。

 それを見てメルーは「あっ、」と、自分が説明不足な上に、8歳の子供には訳の分からないであろう難しげな単語ばかりで話しているのに気付いて噛み砕いた説明をする事にした。

 「説明下手でごめんね?え、えーと・・・・・・あっ、ほら、店長ってさ。人型・・・じゃなくて、えー・・・えと、『人間』っ、じゃないでしょ?」

 「・・・ぇ、・・・ぁ、は、い・・・」

 ふいなメルーの言葉に、ショータは少しだけ首をかしげた様子で、相槌する。

 メルーは言葉を続ける。

 「店長、人間じゃないのに・・・ショータは言葉が分かるでしょ?」

 「はい・・・」

 「それは魔王様の能力・・・じゃなくて、えーと・・・」

 (どう言おう・・・あ!)

 メルーは良い言葉を思いついた。

 「魔王様の魔法のおかげ、なの」

 「・・・マホウ・・・ですか?」

 「そうっ、・・・ココとかを目一杯・・・魔法が覆いつくしてて・・・それでここに住んでる人達はお互いの言葉が分かるようになっているんだ」

 「・・・」

 「だから、店長や私は・・・ショータとお話する事ができるの」

 その言葉に、ショータは深い理解はできていない感じだった。

 だが、魔法という言葉のお陰か、漠然とした理解は得てくれた様で、

 「・・・ガイコクゴが、わかる・・・ってこと・・・ですか?」

 メルーへとそう、ショータなりの解釈を得た感じでそう尋ねていてきた。

 メルーは「おっ」と幾らかの理解の足がかりになってくれる感覚を持ってくれた事を喜びながら、

 「そうそう、そういう事」

 と、メルーは気さくに相槌した。

 そんな会話を経て、ショータは数瞬、沈黙してから、

 「・・・・・・マホウ・・・」

 メルーが口にした『魔法』というワードを、どこか遠い所を見るように反復していた。

 それを見てメルーはふいに疑問符を浮かべて、

 「どうしたの?」

 と尋ねていた。

 すると、ショータは、

 「ぁ、の・・・」

 「うん?」

 「・・・マホウ、ってことは・・・マオウ、サン・・・は・・・マホウツカイ・・・なんですか?」

 その言葉に、メルーは、微笑んでしまった。

 それは、ショータを馬鹿にする笑いじゃなく、ショータの言葉が、あまりに初々しく、顔がふいにほころんででてしまった笑み。

 「うん、そうかも」 

 メルーは、ショータに対して、ほがらかな笑みを浮かべて、そう答えていた。





 =============================





テレビの電源も点いていない、天井の電灯の明かりだけが点いていて、寂しさがどことなくあるクラゲ亭の店内側。

 「ああ、・・・じゃあ、頼む」

 メルーが普段座る電話番の席に店主は座りながら、黒電話の受話器を持ってそう口にしていた。

 そして、店主は電話が終わったのか、受話器を固定器に音もなく置いた。

 「・・・たくっ」 

 店主のその態度は、電話先との会話が長かったらしい事を示す態度。

 (・・・)

 ふいに、店主は天井を見た。

 そして瞼を閉じて視線を降ろした。 

 (・・・風呂に入るか・・・)

 店主は、従業員用通路内から出ようと歩いた。

 2足で歩く触手の足にはかれたキッチンブーツがパタパタという音も出さずに静かに歩を進める。4足の時はキッチンで働く時の為、履いていない。 

 (・・・そういや、ショウタの方は風呂はどうしたもんだろうな・・・)

 店主はふいに、そんな事を思う。

 ただ、内心でそんな事をボソ、と呟いているのに、頭は別の事も考えている。


 会話にかかった時間が十数分以上はかかっていた。

 電話の相手側が、一度だけ、タライ回しにした。

 だが、その後は、店主の口調が示す相手側が出て、ある程度はスムーズに進んだ。

 ただ、色々な確認で黙秘された。

 そこからカマかけで引き出そうと思い時間がかかった。

 それでも、あまり収穫は無かった。

 「・・・」

 店主は、考えても予想の域も出ない思考の中で、廊下の方へと出て、座敷部屋の方へと歩こうとした。

 その時、

 

 「あ、店長」

 

 リビングの方から顔を出したメルーの声が店側にも聞こえていた。

 ふいに目線を下に向けて考え事をしていた店主は、座敷部屋の方へと目線をあげて応じようとする。

 「ああ、どうし・・・」

 店主は『どうした』と聞こうとした。

 だが、店主の言葉は途切れ、目は怪訝なものになった。

 メルーの髪の毛や皮膚が、湿り気を持っていて、ほんのり湯気があがっていた。

 そして、

 「・・・なんだ、その格好・・・」

 と、店主が口にせざるをえない格好をしていた。

 

 メルーの格好。

 それは、上半身は胸回りだけを隠す、お腹や肩回りや首元は露出した、ゆるゆるで、ヒラヒラとした、しかし胸が大きすぎて張ってしまっている、薄緑色のタンクトップを着ていた。

 そして下半身は、何故か白いロングタオルを腰に巻いて、ロングスカートの様にしている。

 そのタオル、風呂場に備えている身体を拭く用の、使ったら直ぐに洗濯するように言ってあるロングタオルである。衣類ではない。

 店主は怪訝な顔をして尋ねる。

 「・・・風呂に入ったのか?」

 「あ、はいっお先に入らせて頂きました〜」

 「・・・まさか・・・ショウタと一緒に入ったのか?」

 「・・・?はい、そうですけど・・・」

 メルーは、きょとんとしてそう返事をしていた。

 店主は、頭痛がしそうな気持ちになりながら、メルーのそんな素の返事に対してあれこれ言うのも馬鹿らしく感じた。

 「・・・とりあえず、なんだその格好は。着替えを置き忘れてたのか?確か夕方前辺りに、いつも通り部屋に戻って服を脱衣場に用意してただろ」

 その問いに、メルーはきょとんとした顔から、今度はどこか満足気は表情を浮かべて、リビング側から座敷部屋の方へと入り、店主の視界から見て右側の方へと立ち居地をずらした。

 それは、まるでリビングの方を見てくださいとでも言わんばかりの様相。

 店主は怪訝な顔をしたが、リビングへの入り口の方には、何もない。

 だが、ふと、1人の人影が入り込んだ。

 その人影は「・・・?」と疑問符を浮かべて、リビングへの入り口の方に立ち、メルーを一瞥し、店主にも気付き一瞥すると、お辞儀をした。

 「・・・おゆ、を、おかり、しました・・・」

 メルーの後ろに自然について回っていたらしいショータの姿だった。

 

 ショータの格好。

 それは、店主に見覚えがあった。

 

 白い長袖のYシャツ。水色のショートパンツ系のズボン。


 どちらもぶかぶか気味で、Yシャツの腰裾はショータのふとももの付け根を少し越す辺りまで隠している。

 見間違えれば裸Yシャツにでもなっているかのと錯覚させる出で立ち。

 

 Yシャツの前の下のボタンのされてない所から見えるショートパンツ系のズボンも、腰はボタン&ゴムのタイプのもののようで、ゴムをキツめにする事で、ぶかぶかだが下に落ちないようにしている。

 だが、元々が足の裾が殆ど無く太ももの殆どが露出するようなズボンの為、ショータが着ると裾の殆ど無いトランクスパンツみたいになってしまっている。


 「どうです、店長っ?」

 メルーは、何かやりきった表情でそう口にしていた。

 それは、まるで自分がやってみたコーディネートが、予想以上に完璧だったとでも自慢したげな表情。

 店主は、少し呆気ながらに微妙な顔で、

 「・・・それ、お前の着替えを着せたのか?」

 そう、尋ねていた。

 そしてメルーは、

 「はいっ」

 と、満足げな笑みのままに、返事をしていた。

 それに対して店主は、

 「・・・・・・お前、ショータと風呂に入ったんだよな?」 

 馬鹿らしく思ったが、やはり『やるべき注意』はする事にした。

 店主の問いに、ふいにメルーは、

 「・・・へ?はい」

 きょとんとしながらも、店主の再確認の言葉に対して返事を口にした。

 だが、メルーは、

 「・・・――――!???」

 座敷部屋の様相に気付き、ハッ、とした。

 「な、なんですかッ店長っ?!」

 気付けば店主の数本の触手は座敷部屋の四方にメルーの死角を突く様に既に天井を伝う蛇の如く、配置されていた。

 それは、まるでコロニー。

 何故か、メルーはゲンコツをされそうな気がした。

 メルーは、大慌てで店主の方へと駆け寄り、ショータには聞こえない程度の小声で弁明した。

 「ちょ、て、店長っ・・・?お風呂に入れてあげただけですよっ・・・ッ?」

 「・・・何もしてねぇだろうな?」

 「へ・・・?・・・何、って言うと・・・?」 

 「・・・まぁ大人な意味のだ」

 「・・・?・・・あ」

 メルーは、頭の上に豆電球を示して、

 「生殖行為とかですか――――」

 

   ゴッ 


 メルーの頭の上に、4つのコロニーの内の1つが落ちた。

 「ッッッッ・・・・!???」

 メルーは両手で頭を押さえる。

 ショータはただ、驚いて目を開いている。

 店主は口を開く。

 「・・・ショータに聞こえたらどうする気だ?」

 その問いに、メルーは、

 「ぇぅぅ・・・な、なんでですかー・・・」

 痛そうに抗議していた。

 そのままメルーは訳が分からないという風な顔で尋ねる。

 「聞こえたら、って・・・結婚相手でもないのに・・・」 

 「・・・ショータが結婚相手ならするのかよ?」

 「・・・?ショータは8歳ですよ?・・・確か人間の人は15歳ぐらいを越えてからじゃないといけないんじゃ・・・」

 「・・・」

 「それに、『結婚』とか、変な前提とかを付けられても・・・初対面の相手ですよ・・・?それに・・・」

 メルーは、困惑するように口にしていた。

 「・・・『ルール』が、あるんですよ・・・?店長・・・」

 「・・・」

 その言葉に、店主は言葉に詰まった。

 だが、それは表に、顔に出さなかった。

 飽くまで平静を装う雰囲気で、わざと内心で、

 「・・・」

 (・・・はぁ・・・)

 自分の喉が、言葉詰まりをしたのを誤魔化す様に溜息こぼした。

 その部分だけを表面に少し出す。

 店主は、色々と目の前の従業員に対して、頭が痛くなってきた半面、最後の『ルール』という部分に関しては、反論はできなかった。

 

 だが、それとこれとは別。


 そしてその上で、『でかい学校』なんてワードが頭の中に浮かんで出てきたのが、内心自分自身に対しての苛立ちになってしまう。 


 (・・・恥ってのは、近しい立場の集団の中に揉まれて生まれるもんだな・・・やっぱり)

 店主は、内心でそんな事を目の前の従業員に対して思いながら、溜息を付きつつショータの方を向いた。

 「・・・ショウタ、ウチの従業員が・・・何か変な事をしたか?」

 その問いに、ショータもメルーも、あまり判然としていない様子になった。

 だが、メルーは『変な事』の意味をこの会話の流れで検討がついてなのか、どことなく理解した様子で、

 「店長・・・してないんですけど・・・」

 困った様に――――ちゃんと、どう説明すればいいのか、思いつかなくて、寂しげに言葉を口にしていた。

 そしてショータも口を開き、

 「・・・?・・・へんなこと・・・ですか・・・?」

 疑問符混じりで、どう答えればいいのか分からない表情になっていた。

 そんな2人の光景を見て、店主は溜息をついて触手を四方に張り巡らせるのをやめた。

 店主の触手が元の鞘に納まるように縮小していく。

 店主は間近に居るメルーへと、小声合わせで伝える。

 「・・・勝手に風呂に入れたりするんじゃない。ココは魔界だぞ?何かあったらどうするんだ」

 「・・・何か、というと・・・薬膳湯・・・がちゃんと入れる、とかですか?」

 「・・・ン?・・・ああ、まぁ、そうだが・・・。・・・お前、変なシャンプーとか使って洗ってないだろうな?ショウタを」

 「それなら・・・魔王様印の開発品の人間でも使えるものを使いました。薬膳湯のお風呂に入れても・・・大丈夫でした、よね?」

 「・・・ああ、まぁ俺もお前も入るのに毒物なんか入れる訳がないだろ」

 「・・・ですよ、ね」

 メルーは、一安心した様子で、そう声をこぼしていた。

 2人の小声の会話。

 店主は仕舞いとするかのように小声で溜息つく。

 「・・・まぁいい。・・・コッチは連絡が終わった。・・・ショウタを2階の空いてる部屋の方に案内してやってくれ」

 「あ・・・それじゃあ・・・」

 「・・・ああ、連中は今晩の内には来ないつもりらしい」

  どこか、店主は、何かに苛立ちを覚えている表情だった。そして、言葉を続ける。

 「お前の隣の空き部屋にも、月2で手入れしてある布団が押入れに確かあったな?アレをショータに使わせてやってくれ」

 店主はそう言った。それに対してメルーは、

 「え・・・一人で寝かせるんですか?」

 と、困惑の表情を浮かべていた。

 「・・・お前は何を言っているんだ」

 今度は店主が困惑の表情を浮かべた。

 それに対してメルーは、

 「いえ、店長か私と一緒にでも寝てあげたほうが、ショータも安心するんじゃ・・・」

 「・・・見ず知らずの他人の、しかも人型ですらない俺が一緒に寝ても安心するとは到底思えんのだが」

 「うーん・・・」

 「・・・一緒に寝ようとか思うなよ?」 

 「えっ」

 「思うなよ?」

 店主がズイ、と釘を指すようにメルーへとそう告げる。

 メルーは、

 「な、なんで・・・???」

 「・・・」

 気圧され気味になりながら、

 「わ、わかりました・・・」

 応じていた。

 そして店主は座敷部屋へと履物を脱いであがり、メルーの右横を通り過ぎつつ、

 「俺は風呂に入ってくる。・・・」

 そうメルーへと口にしてから、リビングの入り口の方へと店主は歩いた

 そして店主はショータと向かい合い、

 「ショウタ、寝床は2階にある。・・・で、だ」

 「・・・?」

 疑問符を浮かべるショータに対して店主は、こう言った。

 「あいつが何か変な事をしようとしたら大声で俺の事を呼んでくれ。俺の名前はビリーだ」

 その言葉に、メルーがまた困った顔をしていた。

 そして店主と対面し見上げるショータの口から声がこぼれた。

 「ビリー・・・ラグラギァさ、ん・・・」

 その言葉に店主は片眉あげる。

 「ん・・・?なんで俺の苗字を・・・?」

 「ぁ・・・はい、おふろ、でメルーさん、から」

 「あぁ・・・」

 店主は納得した様子で声をこぼした。そして、目線をふいにキッチンの方へと向けて、

 「喉が渇いたなら、あっちのキッチンの冷蔵庫に飲み物が入ってる。メルーがそこら辺は説明してくれるだろうが、まぁ喉が渇いたら飲んでくれ。どれもショウタも飲めるヤツだ。・・・酒は元々店用以外のは置いてないしな」

 そう口にして説明する。

 そしてショータは、

 「っ、は、はいっ」

 少し慌てながら返事をした。

 その返事を聞いて店主は、顔をふっ、と少しだけ和らげて廊下の方へと4つの触手で歩いて行った。

 店主がいなくなったリビング周り。

 メルーがショータへと近づいた。

 「じゃあ、ショータ。キッチンに行く?」 

 「ぇ・・・」

 「私、喉渇いちゃったから・・・ショータは喉かわいてない?」

 「ぁ・・・ぇ、と・・・」

 ショータは、どことなく、申し訳なさそうな顔をしていた。

 しかしメルーは、

 「私ね、アレしたいんだ」

 「・・・?」

 「ほら、グラスとグラスを合わせて乾杯、みたいなヤツ」

 「・・・」

 「できれば、ショータにも付き合って欲しいなぁ〜・・・なんて・・・」

 メルーは、苦笑交じりにそう口にした。

 ショータは、少しだけ顔を赤らめて、

 「・・・いただき、ます」

 と、お辞儀して了承していた。

 「ん、じゃあキッチンへ行こっか」

 と伝えて、二人でリビングを通り、そのままキッチンの方へと赴いた。

 メルーは食器棚の方へと歩いた。

 ショータも後に続く。

 食器棚の背は高く、メルーより頭1つ分ぐらい高い。

 メルーは食器棚の数ある内の、コップが納まっている左真ん中辺りのガラス戸棚を開けて、中からガラスコップを2つ取り出した。両手に1つずつ持つ。

 そして、右のコップを握ったままの手の甲で戸を閉める。

 そして、メルーは後ろを向いてショータへと右手のコップを差し出した。

 「ごめん、ショータ。ちょっと持っててくれるかな?」

 ショータは、少し慌てて、それを、

 「は、はいっ」

 受け取り、メルーを待った。

 そしてメルーは空いた右手で冷蔵庫のドアを開ける。

 そしてドアを開きっぱなしにしてショータの方を向いて、

 「ショータ、何が飲みたい?今あるのはこんなラインナップだけど・・・」

 メルーのその言葉にショータは応じて、冷蔵庫の中を見た。

 すると、冷蔵庫の戸の裏の飲み物置き場の方には、4つの紙カップの容器が納まっていた。

 どれもラベルが独特な感じだった。

 ショータから見て左側から順にオレンジ色・白色・緑色・黄色の容器色で、読めない文字のパッケージが備わっている。

 「・・・?」

 ショータは疑問符交じりの表情を浮かべるしかなかった。

 それを見て、メルーはハッ、と気付いた。

 「あ、ごめん・・・まだ読めない・・・かな?」

 その問い掛けに、ショータは、

 (・・・まだ・・・?)

 ふいに、疑問に思いながらも、

 「は、い・・・」

 そう返事をしていた。

 メルーは一番左の容器を左手で手向け指して、

 「これが、オレンジジュース。で・・・」  

 順に右側の容器へと指をずらしていった。

 「これが牛乳。そしてこれがお茶。これがココナッツジュース・・・だよ」

 メルーは案内を終える。

 そしてメルーは、

 「お風呂場で、さ?魔王様の・・・魔法の事を話したでしょ?」

 ショータへと話しかける。

 「その魔法が及んでるこの街中とかに長く居ればね?この文字とかも読めるようになるんだ」

 「・・・モジ、も・・・ですか・・・?」

 「そっ」

 ショータは不思議な気持ちを思った。

 そしてメルーはマイペースなままに、言葉を続ける。

 「それじゃあショータはどれにする?」

 ふいに問い尋ねに、ショータは少し虚を突かれた感じになりながらも、メルーが案内した飲み物達を一瞥して、

 「・・・じゃあ・・・おちゃ、を・・・」

 と、口にした。

 「ん、分かった」

 メルーは了承して、お茶の容器を取り出した。

 そして、冷蔵庫を閉める。

 「私も冷えたお茶が飲みたかったから、丁度いいね・・・リビングで座りながら飲もうよ」

 「ぁ、はいっ」

 ショータは応じる。

 そして2人はリビングの方へと歩いた。

 そして、リビングの椅子の方へと座る。

 ショータは、メルーが手の平を緩く手向け示したテレビと向かい合う位置(後ろのソファーがある位置)に、そしてメルーはショータの左側の席(後ろにキッチンの入り口)に座った。

 そしてメルーがショータの手元にあるコップへとお茶を注いでいく。

 そして自分のコップにも注ぎ終えて、お茶の蓋を閉じてから机の上に一旦置いて、

 「それじゃ、乾杯〜♪」

 メルーは、冗談っぽくそう告げて、ショータの方へと手向けだした。

 ショータも少し慌ててそれに応じて、両手でお茶の入ったコップを持ち、コップの口先をメルーの差し出したコップに合わせて音を鳴らした。

 メルーは、苦笑と微笑の混じった、気さくな笑みを浮かべていた。

 ショータに変に気を遣わせず、飲み物を飲んでもらうお題目のつもりで乾杯をしたのに、何だかんだで少し楽しんでいる自分が居たから。

 メルーはお茶を飲み始める。

 そしてショータもまじまじと、コップを見つめながら、コップの方を口元へと近づけ始めた。

 冷茶なのに、ほのかな、甘みのある香りがした。

 ショータは口へとつけて飲んでみる。

 「・・・」

 (・・・おいしい・・・)

 ほんのりとした甘みと苦味が広がった。

 ただ、苦味は強すぎない緑茶の柔らかい味わい。

 ショータはふいに、メルーを一瞥した。

 メルーは、一口の含み飲みとかではなく、常に口をつけて、 

 「んっ・・・」

 飲み終わっていた。

 そしてメルーはどこかすっきりした様子で視線をさ迷わせていた。

 そしてメルーはもう一杯、お茶をコップに注いでいた。

 そんなメルーと、ふと目線が合って、メルーが、

 「おかわりしたくなったら、注いであげるね?」

 そう言いながら、お茶を再び、今度は一気ではなく、程分けな感じで飲んでいた。

 そしてメルーは机の上に置かれていたリモコンへと左手を伸ばして、

 「あ、ショータ。ちょっとニュース見るね?」

 そうショータへと告げて、テレビを点けていた。

 メルーがチャンネルを切り替えていく。

 チャンネル数が多いのか、切り替えに時間がかかっていた。

 そして、


 『―――では、明日の天気予報です』


 と、ニュース番組におなじみな、天気予報図が流れている画面で停止した。

 メルーは、天気予報をじっくり見つめていた。

 「明日はどうなるんだろなぁ・・・」

 メルーは、のんびり気ままな感じで、そう口にする。

 ショータもテレビを観た。

 その上で、

 (・・・・・・?)

 ショータの頭の上には、疑問符が浮んでいた。

 テレビに映っている天気予報の映像。

 画面の映像の構成、それは右側に予報図のパネルがあり、左側に指図棒を持った人が居る。

 右側に写っているのは、ショータの記憶の中にある日本の地図の形ではなく、アメーバ状の土地の姿が写っていた。

 所々に海を示すかのような青い線や大きなアメーバ状の丸が混在しているが、それでも海洋国家と言われる日本の様な周囲全体が海で覆われている形ではない。

 ただ、そこはショータにとって大きな疑問の要素にはなりえない。

 8歳の子供には、左側の部分こそが、疑問になっていた。


 そこに写っている指図棒を持っている人は、上下黒スーツを着ていた。

 ネクタイをビシッ、と閉めている。

 両手には白い手袋。

 そして顔は、バッタの仮面なライダーの様な、どこぞの特撮ドラマにでも出てきそうなヒーローっぽい顔をしていた。

 しかし、それはお面や仮面の様に動かないのではなく、明らかに口元や目元が動いている。

 上下黒スーツなのもあって、かなりシュールな光景だった。


 『――――の、予想になるでしょう』

 

 その天気予報の司会をしている人が説明を終えていた。

 ショータは目線が釘付けで、疑問符ばかりが浮ぶ状態で、天気予報の内容を聞いてなかった。

 だが、メルーは聞いていたようで、

 「明日は晴れかぁ・・・」

 と、呟いていた。  

 そしてショータの疑問符の解消もされないまま、テレビの映像はニュース司会の映像に切り替わっていた。

 ショータは、自分の目線が疑問のせいでテレビからメルーの順に釘付けだったのに気付いた。

 そしてメルーのコップのお茶は全部飲み終えていたのに気付く。

 ショータは少しだけ慌てながら、お茶を飲むのを再開して、意識と目線がテレビから離れた。

 メルーの視線はニュースを写した。

 ニュースの映像で、重要な事が流れないかを確認するかのように。

 そのニュースは、テレビの番組の合間に流れる5分ニュースみたいなもののようで、今しがたの天気予報は終わり前に流れる類のものだったらしい。その為、司会の映像のものは、前半に流したらしい短いニュースのまとめ項目を紹介する形だけで、意外と早く終わっていた。

 そのまとめ項目を見る限り、大きな事件のニュースの類はなかった。

 (・・・んー・・・)

 メルーは少し一考した。

 (ショータに関してのニュース・・・みたいなのは今は・・・流れてないのかな・・・?)    

 細かく調べた訳でも、このニュースを最初から観ている訳でもない。

 しかし、メルーが気になった情報などは、流れていなかった。

 そもそも、メルーが生きている内の範囲で言えば前例が無いとも言える。

 色々と考えにふけるメルー。それに対してショータが、

 「ぁ、の」

 と、メルーの事を呼んでいた。

 メルーが気付いて、

 「う?どうしたの?」

 と聞いてみた。

 すると、ショータは、

 「あらい、ばに・・・おいてきても、いいですか・・・?」

 と、コップを手にして尋ねてきていた。

 メルーは問い尋ねの意図を理解して、

 「うん、大丈夫だよ。・・・あ、台所の辺りでもいいし、洗い場の中に置いとくとかでもいいからね?カゴには入れないように注意して?」

 説明交えて、そう口にした。

 「わ、かりました・・・」

 ショータは席を立ち、

 「あっ・・・いっしょ、に・・・もって、いきましょう・・・か・・・?」 

 「へ?・・・あ、ああ。私のはいいよ。あと少しだけ飲もうと思ってたからさ」

 「ぁ・・・わかり、ました。・・・で、は・・・」

 ショータの足はキッチンの方を向いて、

 「い、いってきます」

 そう口にして、キッチンの方へと歩いて行った。

 (・・・あはは、かわいいなぁ・・・)

 『いってきます』という言葉に、メルーはどことなくそう思ってしまった。

 メルーも、お茶をもう少しだけ飲もうと思っていたので、コップにお茶を3分の1ぐらい注いで、飲み始める。

 その頃合い、

 

 『――――――では、による行方不明者の事件が・・・』

 

 「・・・?」

 気付けば、テレビは既に別の、一時間枠のニュース番組に切り替わっていた。

 メルーとしては、都合のいいタイミングの様には思えた。

 だが、

 (・・・うーん・・・)

 冒頭から流れ始めた事件は、些かヘビーな感じがして、ショータが居る前で流し聞きするのは避けた方がいいように思えた。

 それは、メルーもここ数日前から見聞きしている、少し怖い事件だった。

 内心、メルーはショータに関するようなニュースが流れ始めたら、即座にチャンネルを変えて誤魔化し、飽くまでそういうニュースが世に出ている状態である、という事を把握する程度のつもりで、ニュースを見ていた。

 メルーは、ショータに聞かせるには不安を抱かせそうな気がしたのと、既にショータも飲み物を飲み終えているので、ショータが戻ってきたら直ぐに2階に案内しようと思っていたのもあって、リモコンを手に取り、テレビの電源を切る事にした。

 テレビが黒い液晶だけを写す。

 メルーはお茶を飲み終えて、コップと紙容器を持って、キッチンの方へと歩く。

 ショータがキッチンの水受けの洗い場にコップを、つま先を伸ばして置いていた。

 メルーはそんな後ろから、ショータに続いて自分の持つコップを洗い場の水受けの中へと置く。

 そしてショータと目線が合って微笑して、メルーはそのまま冷蔵庫の方へと歩き、お茶を元の位置に戻す。

 そしてメルーは、キッチンの中で、ショータと対面して、

 「ショータ、そろそろ2階の客室に案内するよ」

 と、伝えていた。


 




  =============================

 




 ショータは、メルーに案内されてT字路のような階段前の場所に案内されていた。

 そして、メルーはふいに薄暗い左折の先の方学を指差した。

 「あっちは店長の部屋がある方なんだ。あそこの両戸のフスマの部屋がそうなの」

 メルーは、そう説明した。

 ショータはふいなその説明に、指差された廊下の先へと目を凝らす。

 薄暗くてよく見えないが、確かに両戸のフスマのドアが右側の突き当たり近くの壁にある事をショータは認識できた。

 「私の部屋とか、急な泊まり客の部屋とかは、2階にあるの」


 そう告げて、メルーは階段右手側の壁にある、電灯を点ける為の、複数並んだスイッチの1つを入れる。

 すると階段の上の方から明かりが点いた。

 メルーは手すりに左手を置いて階段を昇り始める。

 ショータもその後に続く。

 メルーが一足先に2階に到着する。

 そしてショータも2階に到着する。

 ショータの瞳に写った2階の光景。

 まず目の前に広がったのは、階段を昇った者を出迎える横長方形の少しだけの広場。

 それは階段の昇り降りの入り口の幅に合わせた規模。 

 幅はおおよそ5、6メートルあるか無いかぐらい。

 そして奥行きはおおよそ3メートルぐらいある。

 

 その場所から見渡すだけでも分かるのは、壁や天井は白色ではなく、濃い色合い、黒木材色のフローリング調のつるやかな色合いをしていた。

 

 そしてその奥行きを超えると、左右に廊下が連なっていて、向かいは壁となっていた。

 

 ショータの居る階段を昇り終えたばかりの辺りからでも見えるのは、その向かいの壁の左右の廊下で左右対称で姿を示す、壁の向こうの部屋への入り口を示すドアがあった。

 ただ、それは見切れていて、階段前の広場の左右の角が少しだけ死角になっている。

 そして2階のその廊下の方の明かりはまだ点いていないらしく、薄暗い。


 メルーが前に歩き始める。

 それに合わせてショータも前に進む。


 そして廊下に入り、ショータが右左の順に一瞥すると、更に廊下の先に1つずつの部屋がある事を示すドアがあり、計4つの部屋がある事をショータは理解した。

 4つのドアは等間隔の幅で合間がある。

 階段前の広場からだと見えない程度には距離があった。


 2階からは、階段前広場で見えたままに、廊下も端から端まで黒木材色のフローリング調で仕上がった屋内様式を示していた。


 メルーは、廊下の左側の方を向いて、

 「ショータ、私の部屋はアッチの方の端の方なの」

 そう店主の部屋を指した時みたいに左手で指差して、左端の方を手向け示した。

 「それでコレが廊下の明かりのボタン」 

 すると、階段前の広場から左折して直ぐの左側の壁にあった、メルーの胸の位置ぐらいの高さの電灯ボタンをメルーは押していた。

 すると、階段前広場の明かり頼りだった薄暗さが解消されて廊下も全体的に明るくなる。

 「夜に何か部屋の外に用事があったら、ここの電源を押すといいよ」

 メルーはそう説明して、次の要件に移る。

 「で、ショータに泊まって欲しい部屋はココ」

 そしてメルーは、階段前広場の時点で見切れはしていたが、最初から見えていた、メルーの部屋の右隣の部屋、階段前の広場から見て左側の部屋の方のドアに近寄りながら声をかけていた。

 メルーは右手でその部屋のドアのドアノブに手をかけて、ドアを押して開けて、中に入っていく。

 ショータも、少し慌てながら後に続いていく。

 中は暗かった。

 メルーは、開けたドアの右側手前の、部屋の壁の方へと手をまさぐる。

 すると、パッ、と明かりが点いた。

 どうやら、そこに電灯のボタンがある様だった。


 その部屋は、横幅は4メートル程。そして奥行きは6メートルぐらいの部屋だった。

 入り口の反対の方には、ベランダ窓があるのか、床まである白いカーテンが閉じられている姿が出迎えた。

 部屋の雰囲気は外の廊下と同じく黒木色のフローリング系で床と天井は備わっている。

 しかし壁はリビングと同じで白い色合いになっている。 

 左側の壁には床や天井と同じ色合いのつるやかな木材で作られたフスマで閉じられた押入れの姿がある。

 フスマの戸は2つ、だがそれは両戸でも交差戸でもなく、白いカーテンの方へと押し閉じられていく一体型のタイプの物だった。

 その為、床のフスマの移動溝がカーテン側(ベランダ側)まで続いている。

 右側の壁には、ひっそり置かれた、何も乗っていない机だけがあった。 

 机と言っても、横幅はおおよそ人の肩幅より少しあるぐらいで、奥行きは30cmぐらいしかなく、小物置きの棚、という方が正しいかもしれない。

 4脚の足も細い金属棒の物だ。


 メルーはその部屋へと入っていき、そして左側の押入れの方へと歩いていく。

 そしてメルーはその押入れフスマを全部、ベランダ側へとスライドして全開にする。

 押入れが出迎える。

 押入れの中は、左右の内、左側の3分の2は押入れと一体型になっている白いタンスの姿を示していた。

 床から人のふとももぐらいの高さまで引き出し戸が一列に3戸並んだのが、3段ある。

 ふとももぐらいの高さから上は、両ドアの戸のタンスになっていた。


 そしてタンスの右側の押入れのスペースは、上下に分かれた2段押入れの姿になっている。

 下の段には何も入っていない。

 そして上の段には、布団圧縮袋みたいなものに入れられた布団のセットが入っていた。

 敷布団と掛け布団と枕、そしてシーツ、全て別の圧縮袋に入った状態のものが畳まれ、仕舞われていた。

 メルーは、そのビニール包みになっているような布団達へと手をかけた。

 「ショータ、ちょっと待っててね〜すーぐ、ひくから」

 メルーのその言葉。

 ショータはふいに、メルーの始めようとしている事を理解して、メルーの傍に近寄る。

 そして、メルーが複数ある布団セットを引っ張り出そうとした時、ショータもメルーの左横に立って、布団へと手をかけていた。

 それを見てメルーが、きょとんとした顔で、

 「ショータ・・・?」

 どうしたのだろう、という風に尋ねた。

 そして、ショータが答える。

 「ぁ・・・おせわ・・・に、なりっぱなし・・・ですの、で・・・じ、ぶんで・・・」

 その言葉に、メルーは一瞬、

 「・・・」

 きょとんとした呆気のままで、数瞬の後に、少しばかりの苦笑をしてしまった。

 そしてメルーは腰を曲げてショータと目線と顔を近づける。

 「なら・・・一緒にやろっか」

 「ぁ・・・と・・・」

 メルーは腰を伸ばし、そして胸を少しだけ張って、ふふん、とまでな感じではないけど、臭くな雰囲気で、

 「ちょっとした共同作業」

 そう口にした。

 「ショータ1人に任せてもいいかもしれないけど・・・さ、上の段から降ろすのはショータの背丈だと・・・ちょっと大変でしょ?」 

 「ぁ・・・、ぇ・・・と・・・」

 ショータは、そう言われて言葉に詰まる。

 「だからさ、私がショータに流れ作業でお布団を手渡すから、一緒にやろうよ」

 「・・・」

 ショータは、少し迷った様子を示したが、

 「・・・わかりました、おねがい、します」

 申し訳なさそうにお辞儀をしてお願いした。

 メルーは「ん」と気さくな笑みを浮かべて、作業を開始した。

 最初は、メルーが1つ目の敷布団を取り出して、ショータと一緒に、

 「この袋はね?ここを開けて・・・」

 という風にショータにやり方を教えて、ショータも圧縮袋から取り出す事ができるようにして、後は流れ作業を始めた。

 メルーが手渡して、ショータが受け取り開封して敷布団の上に設置していく。

 2つ目の袋は中身は白いシーツ。

 ゴムチャックみたいな柔らかく白いチャックを開けて、ショータはシーツを取り出して敷布団に敷いていく。

 メルーは指示する事も無くショータが敷布団の上にシーツを敷いて整えたので自分の仕事に専念する。

 メルーは押入れの中で、3つ目の掛け布団の圧縮袋のチャックを開けて、次に手渡す用意をしていた。

 布団は、低反発系で掛け布団はシーツを必要としないタイプの物の様だった。

 敷布団も必要は無い様だが、メルーはどうせだから使っておく事にする。

 掛け布団を圧縮袋から取り出し、そしてショータへと手渡した。

  

   グラッ・・・


 ショータが、布団の重みに負けたのか、敷布団の上で身体をグラつかせていた。

 「ショータっ・・・?」

 メルーが心配になって声をかける。

 「――――だ、だいじょうぶで、すっ・・・」

 1、2秒ぐらいの間があっただろうか、それぐらいの遅れがありながらも、ショータはそう返事をしていた。

 ショータは体勢を立て直し、敷布団とシーツの上に敷く。 

 そして最後に枕をメルーが手渡して、ショータがベランダ側を枕元にする形で枕を置いて、整えは終わった。

 メルーがそれを見て口を開く。

 「よし、完成」

 ショータの寝床はできあがった。

 メルーは少しだけ嗅覚を働かせる。

 防虫剤や清涼剤を入れていた為、変な匂いがしたりしないか不安だったが、特に匂う感じはしなかった。

 布団は全体的に真ん中寄り。

 ショータとメルーは押入れの方に立って、布団を見下ろしていた。 

 布団を敷き終えたので、一階に用事があるメルーがショータへと尋ねる。

 「ショータ、私はちょっと一階に用事があるんだけど・・・」

 「・・・」

 「・・・?ショータ・・・?」

 メルーのその声に、俯き気味のショータから返事がなかった。

 メルーは、ふいに返事がなかったのを怖く思いながらも、ショータの顔を覗きこむ様に腰を曲げる。

 すると、ショータの顔は、少しだけうつらうつらとして、瞼が今にも閉じ続けてしまいそうな顔をしていた。

 (・・・あ、さっきの・・・)

 メルーは、ショータがちゃんと持てたと思ったのに、急に体勢が変にブレたのが、眠気のせいなのだと気付いた。

 そしてショータの方は、

 「っ、ぁ・・・」

 ふいに、意識をどことなく、半分か、上か、下か、どれくらいかも不明瞭な具合に覚まして、メルーの声に気付いたのか、

 「・・・は、はい?」

 どことなく、返事をして正しいのか、分かっていない感じのニュアンスの声でメルーに返事をしていた。

 メルーは微苦笑した。

 そしてショータをお風呂場で腰を降ろさせた時みたいに、掛け布団を軽くのかしてから、メルー自身も膝を敷布団の上に着くぐらいの感じで姿勢を下げながら、ショータのスリッパを脱がせながら敷布団の上に座らせる。

 「大丈夫だよ、ショータ。もう寝ててもいいよ」

 「ぁ・・・ぅけど、いま・・・なに、か・・・」

 「あ、えとね?さっき廊下で言ったけど・・・隣の部屋が私の部屋だからさ、何かあったら尋ねてね?」

 「ぁ・・・は、ぃ」

 「ん、それだけ。あ、ちょっと一階に行ってるから、今直ぐに隣の部屋に行っても私はいないから・・・気をつけてね?」

 「わかり・・・ました・・・・・・」

 「ん、オッケ。ショータ、」

 メルーは、ショータの背に手を置いて軽く抱き寄せて、ショータを布団の上に寝かせた。

 「す、み・・・ません・・・」

 「ん、いーのいーの」

 メルーはそう気さくに笑いながら、かけ布団をショータの身の上へかけた。

 「おやすみ、ショータ」

 メルーは、ショータを寝かせようとした。

 だが、ショータの目は、まだ半開きだった。

 それは、まるで最後に何か伝えたいかのような瞳。

 「・・・メ、ルーさ・・・ん」

 ショータは口を開いた。

 そして、

 「・・・あ、りがとぅ・・・ざぃ・・・す・・・」

 最後にそう声をこぼして、ショータは眠りについた。


 それを見て―――そんなお礼の言葉を聞いて――――メルーは、


 「・・・」

 少しだけ、苦くて、どこか物寂しげな表情をしていた。

 (・・・気にしなくて・・・いいんだよ・・・)


 この世界のルールに則れば、自分はお礼を言われるような立場にある者ではない事実を、内心で、こぼしていた。






 =====================================================





 

 『―――――』



 リビングで、テレビの音が鳴っていた。

 だが、それはチャンネルが一定ではなく、直ぐ様に切り替わる連続だった。

 リビングのソファーに座り、操作し、そんな変化を眺めていた店主は、手元のソファーに置いていたリモコンで、それを消した。

 (・・・ロクなもんが、写らないもんだ)

 ロクなニュースが無い。


 この家に人間が居る事は、まだ誰も知らない事――――


 「・・・けっ」

 店主の脳裏には、1人の影がちらついた。

  

      ―――――――長い、銀髪――――


 それを思い出すと、この不明瞭な状況に対しての苛立ちをふいに覚える。

 店主は、触手の一本の1つを額に当てて、目頭をマッサージするかのように動かした。


 店主の風呂上りのそんな頃合い。

 少しすると、キッチンの方から人影が姿を現す。

 「・・・あ、店長」

 メルーが顔を出していた。

 「もう御風呂あがったんですか?」

 その質問の声に、店主は「ああ、」と答えた。そして、

 「・・・もうショウタは寝たのか?」

 店主も、尋ねていた。

 その質問に、メルーは数瞬の沈黙の間を置いて、

 「・・・物凄い、気を張ってた・・・のか、もしくは疲れてた・・・んでしょうか・・・布団を敷き終えた所で、もう・・・うとうと、してました」

 そう、正直に答えた。

 そして店主は、

 「・・・そうか・・・」

 メルーの沈黙の間と同じか、近しい気持ちの意味の間を置いて、相槌していた。

 「・・・店長」

 ふと、メルーが、何かを申し尋ねたい雰囲気で口を開いた。 

 「・・・ショータは・・・どう・・・するんです?」

 メルーのその疑問は、メルー自身も答えを知っている事だった。

 そして、それを店長も理解している。

 だから、意味の無いはずの問い掛け。

 それなのに、メルーがそう口にすると言う事。

 それは、店主からすれば、

 「・・・俺が決める権利のある事じゃあ・・・ない」

 そう口にするしかない事柄だった。

 メルーは、

 「・・・」

 少しだけ俯いて、沈黙した。

しかし店主の口は、

 「・・・だが、」

 言葉を続けていた。

 メルーが、顔をあげる。

 そして、店主は、

 「・・・余程の・・・ルール度外視な縁があるなら、・・・また別かもしれんがな・・・」

 そう、メルーに伝えていた。

 その言葉を聞いて、メルーの表情は、何とも言えない気持ちながらにも、少しだけ暗い表情が緩和されていた様な気がした。

 だが、それは気休め程度の、本当に小さなものだった。

 「・・・そう、ですね」

 メルーは、自覚した上でそう返事をした。

 「・・・部屋に、戻ります」

 メルーは、部屋に戻る事にした。

 そして店主は、

 「・・・ああ」

 と、返事をした。

 だが、ふいに店主は、

 「・・・おい、メルー」

 店主が、ふいに声をかけていた。メルーが疑問符を浮かべて振り返る。

 そして、店主がこう口にした。

 「・・・いい加減、ズボン履け。いつまでタオル巻いてんだ」

 「・・・あ」

 メルーは、素で気付かなかった事に今が気が付いた。

 「もし店やってる時にんな姿晒されたら客足が遠のくだろ・・・」

 「す、すみません・・・部屋に戻って着替えます・・・」

 メルーは、そそくさと廊下の方へと戻って行った。

 それを見送り、店主はふと、

 (・・・重症・・・かね・・・)

 何とも言えない、気持ちを内心で吐露した。





 

 =================================






 深夜の2時30分。


 

 コン、コンッ


 メルーの部屋のドアが、ノックされた。

 「・・・ぅ、ぅ〜〜ん・・・」

 寝起きの悪いメルーは、ぼんやりとした頭と、ゆるゆるになった顔でふらふら起き上がる。

 明かりの点いていない、何処に何があるかも不明瞭な自室で何とか起き上がり、明かりは探さず身体が覚えているままにドアの方へと赴く。

 今は、下はタオルではなく、ショータに貸したショートパンツ系のズボンと同じタイプのものをはいている。

 色合いは薄水色。どちらかというとマラソン選手が履く様な通気性の良さそうなものだった。

 しかし上はYシャツも着る事無く、ひらひらとしたゆるゆるのタンクトップのまま。

 そしてふらふらとしながら、ドアへと、


   ゴツン、


 「ん、が・・・」

 頭を打ちながらでさえも、目覚めをしっかりとさせず、

 「ほなたぁ・・・ですくぁ・・・」

 と、よれよれな喋りでドアの向こう側に尋ねた。

 

 『ぁ、ぁの・・・』


 ドアの向こう側からは、ショータの声がした。

 メルーのぼんやりとした意識は、その声を拾って、少しだけ意識をしっかりとさせる。

 「・・・〜んっ」

 メルーは、自分の喉で一括する。

 幾らかマシになった。だが、まだゆるゆる気味な表情。

 メルーはドアを引いて開けた。

 すると、廊下は明かりが点いていた。

 メルーは目線を下げつつ応対した。

 「どぉうしたのぉショータぁ?」

 呂律が少し長い声。

 メルーは、目線を下に下げた中で、来客者がちゃんと居る事を把握した。

 ショータは居た。

メルーが一応伝えておいた通り、スリッパを履いて廊下を歩いて欲しいという旨に従い、足には緑色のスリッパを履いていた。

 そして、どこかいそいそとしていた。

 「ぁ、ぁの・・・」

 「ぅー・・・?」

 「・・・トイレを・・・おかり、したくて・・・」

 その言葉に、メルーは意識を少しだけ、ハッ、とさせた。

 「ぁ、あ、ぁう、んぅ、・・・1階の方にある、よ・・・。一緒に、行こう、か?」

 半覚醒した意識と呂律の悪い意識が混在するような感じで、しかし緊急事態な気持ちのままで、メルーはそう尋ねていた。

 ショータは、

 「は、はいっ・・・」

 直ぐに返事をした。

 そして、

 「ばしょが・・・わか、らないので・・・でき、れ、ば・・・」

 そう嘆願していた。


 メルーはショータをまた案内する事になった。


 さすがに階段を降りるので、メルーは自分の意識をしっかりさせようと両頬を両手で軽く叩く。

 メルーは普段、目覚まし時計を5個程距離を置いて配置して使って、そして手元の目覚まし時計一個を止めるが、そのまま鳴る他のアラームで目が覚めて、そのまま起きて、他のアラームも止めに行こうと身体を起こして本格的に目を覚ますタイプ。

 普段の習慣の補助が無くて少し心細くならないだろうかとメルーは思ったが、一応は何とか意識をしっかり保てていた。

 

 メルーは、普段は部屋の中はスリッパで動き回らず、室内から見てドアの左側の辺りに脱いだスリッパを置いておく。

 それを履いて、廊下の方へと出た。

 廊下は既に消灯していたので、ショータの客室となっている部屋のドアの、反対側の壁の近くにある電灯の電源のスイッチを押して、明かりを点けた。

 メルーの自室の明かりも点いていないのに、器用に明かりを点けられるのはメルーが住み慣れた者である事を示す様な流れ。

 メルーはショータを連れて案内を始めた。

 そして1階へと降りてくる。

 1階の廊下の明かりは店主が消したらしく真っ暗。

 だから、階段前の、降りてきたから今度は左手側にある複数ある電灯のスイッチを押して廊下に明かりを点す。

 メルーは左折して、脱衣場へと続く廊下の方を歩いてショータを案内した。

 そして、脱衣場のドアが左側にある中で、右側の壁の中の2つあるドアの手前の方へとメルーはショータに手向け見せた。

 「ショータ、ここが・・・。・・・っと、いかんいかん」

 メルーは一瞬、意識はしっかりしているのに、頭がまだどことなくぼんやりしているせいか、間違えてお風呂場、と説明しそうになって自身を戒める。

 「・・・ここが、トイレ。中はショータが使っても大丈夫なタイプのはずだけど、何か問題があったらノックしてね?」

 「は、はい・・・」

 「ささ、早く・・・」

 メルーは、またどこかぼんやり気味な頭で、そうショータに任せることにした。

 ショータはトイレのドアのノブへと手をかけて、

 「す、みません・・・おかり、します」

 ドアを開けて、床も壁も天井も白みのあるベージュ色で、広く、清潔な洋式のトイレの中へと入っていった。

 「・・・」

 メルーは脳裏で色々と、ちゃんと使えるだろうかと心配になる。

 何せ、ここは魔界だから。

 人間のショータでは、勝手が違わないだろうかとふいに思う。


 一応、トイレは人型の種が入っても大丈夫な、アッチの世界で言う洋式トイレとほぼ同じ筈。

 水周りの機能も基本同じ。

 ただ店長の趣味で防音加工されてて音が漏れない。


 そんな、幾らかの事を悶々と思い出しながら考えていた。

 (店長がトイレに入ってて鉢合わせ、みたいなことにならなくてよかったぁ・・・時間がかかりそうなら、お店のトイレを使った方がいいかもしれないし・・・)

 店のトイレ。

 それは、店内側から見て座敷部屋の右側の方のフロアに出入り口のドアがある辺り。

 ソッチのトイレは、店主の衛生管理感覚が徹底しすぎていると言えるぐらいの、料理屋とは言えない程の大人数受け入れ型で、掃除の手が行き届いている場である事をなんともなしにメルーは思い出していた。

 (・・・お店のトイレの方がよかったかな・・・それとも。・・・アッチも防音とか・・・色々凄いし・・・うーん・・・)

 メルーは、どうでもいいような事柄を連想ゲーム感覚のまま、頭がぼんやりするままにぽんぽんと頭の中で思い浮かぶように考えていた。

 そして、

 (・・・ショータはぁ・・・御花を摘みにいくていど、かなぁ・・・)

 だんだんメルーは眠くなっているのか、頭のネジがどこか酷く緩くなっているような事を、連想ゲームも破綻し始めている事をふいに思い浮かべていた。

 御花を積みにいく、と内心で思ってしまっている事が、何より酷い。

 ショータは男の子―――この場合は『雉を討ちにいく』。

 『御花を摘みにいく』とは、性別的に女性の方を指す言葉。

 見た目が半信半疑させるものだとしても、お花を摘みにいくものではない。


  ガチャ、


 トイレのドアが開いた。そして中から流水音も響いてきた。

 時間はかからなかった為、メルーの想像通りの様だった。言葉は違うとしても。

 ショータが口を開き、

 「すみ、ません、・・・トイレを、おかりしました・・・」

 そう口にしていた。

 眠気が少しきていたメルーは、苦笑交じりに、

 「ん、いーよおぃーよぉ」

 と、答えた。

 そしてふと、ショータが、

 「ぁ、ぁのっ」

 メルーに尋ねる。

 メルーは「・・・?」と疑問符を浮かべた。そしてショータが言葉を連ねる。

 「ぁの、・・・あそこに・・・はいっても、いいですか?」

 と、尋ねてきていた。

 メルーはショータの目線の方を向いた。

 それは、脱衣場の方角。

 「テを・・・あらいたくて・・・」

 メルーはその言葉を聞いて、

 「ん・・・だいじょうぶだよー?」

 と、少しだけ眠気が喉から出てしまった間延び声で答えていた。

 まだ意識はしっかりしている。

 ショータはメルーのその返事を聞いて、

 「おかりし、ます」

 脱衣場の方へと赴いていった。

 そしてメルーがふと10数秒以上の間を置いてから、「・・・あ」と単音こぼし、 

 (・・・すこし顔をあらっとこ・・・)

 と、思いついて、ショータの後を、少し遅れて続いた。

 脱衣場は、ショータが電源も点けずに廊下から入り込む明かりを頼りに使用していた。

 手を洗い終えていたらしく、石棚のカゴの中に入っているタオルを取り出して、手を拭いていた。

 それは、メルーがショータと一緒にお風呂からあがった時に、メルーがショータに言付けておいた『タオルを使いたかったら、これを使って?』の言葉通り。

 そんな石棚の方のカゴの近くに立っていたショータは、やってきたメルーを見て、少し固まっていた。暗い部屋の中にいきなりやってきて、驚いた、という感じの雰囲気。

 メルーは脱衣場の明かりを点けながら苦笑いして、

 「あはは、ごめん」

 と、口にして電灯をつけて洗面台の方へと赴いた。

 そしてメルーは、蛇口を捻り、水を出し、そして顔を洗った。

 「ふぅ・・・」

 眠気が強まっていた感覚をさっぱりさせて、メルーは意識をしっかりさせた。

 そしてメルーは自分の顔から垂れる水に気付いて、

 「あ、ショータっ・・・」

 メルーはショータの事を呼んだ。

 「そのタオル、使い終わったら・・・そのまま、コッチに持ってきてくれるかな?」

 その言葉を聞いて、ショータはふいに疑問符を浮かべた。 

 メルーが口にする。

 「そのままそれで顔を拭きたいからさ・・・ほら、変に洗濯物を増やすのもなんだし・・・」

 ショータはメルーのその説明で理解して、言葉に従い、メルーの方へと赴く。

 メルーが立つ洗面台の方へとショータは来た。

 そして、メルーは、

 「ありがと、ショータ」

 と、ショータが両手で持っていたタオルを受け取り、顔を拭いた。

 そしてメルーは一通り使い終わると、タオルを持ったままショータの方を見て、

 「ショータ、他に何か用事はあるかな?」

 そう、尋ねていた。

 「ぁ・・・ぃえ」

 「ん、なら戻ろっか・・・」 

 メルーは、手にあるタオルを、浴場出入り口のドアの左側の床置きの大きなカゴの方へと赴いて、入れた。

 そしてメルーはショータの隣に戻り、一緒に出入り口の辺りまで来て、メルーは電源を消して、ショータの後に続いて部屋を出る。

 メルーは再びショータと一緒に来た道を戻った。

 その都度、廊下の明かりを消して階段の方へと歩いていく。

 そして2人は階段を昇り終えた。

 そして2人共、廊下に出て部屋の方へと戻るだけとなった頃合い、

 ふいにメルーが。

 「・・・ふわぁ・・・ぉほ・・・」

 大きな欠伸をした。

 「・・・む、にゃ・・・」

 そしてメルーの様子は、どことなく眠気が酷くなってきている感じだった。

 ショータはふいに、そんなメルーに気付いて心配になりながらも、一緒に歩く。

 そしてショータの客室の前まで来る。

 ショータは、ドアノブへと手を伸ばし、ドアを開けて押して、部屋の中へと入った。

 そしてショータは右側から顔を後ろに振り返りメルーに「おやすみなさい」と言おうとした。

  

 ――――だが、

  

 「・・・ぇ?」

 メルーは、何故かショータと一緒にショータの客室の中へと雪崩になるかのような形で入室してきていた。

 廊下の明かりは消えていない。

 ショータは少し驚いた様子になって、

 「メルーさん・・・?」

 そう呼びかけるが、メルーは、 

 「・・・むにゃ・・・」

 もう既に、完全に立って眠っているという様な状態に8割方以上浸かっていた。

 そして無意識なのか、スリッパを室内とドアの中間ぐらいの辺りに脱ぎ散らかして、

 「・・・ふとぉん・・・」

 メルーは、膝から倒れこんでしまった。

 それを見て、ふいに支えようと膝を下げて受け止めたショータはそのまま巻き添えになった。

 メルーという雪崩がショータの身の上にのしかかる。

 ショータは無意識に反射的に受身の様に身体を側面に向けて、膝を曲げつつ床に近くなりながら倒れていたので、怪我はしなかった。メルーも膝から着いて倒れていたのも幸いした。

 メルーも全身で覆い被さったのではなく、右半身少しがショータに引っかかる感じでもあったので、重さも感じなかった。

 ただ、結果、ショータの寝る布団に、ショータが下に、メルーの右半身が上に覆いかぶさったみたいない状態になってしまった。

 ドアは開きっぱなし、廊下の明かりは点いたまま。

 ショータは呆気な顔で停止していた。

 「メルーさ、ん・・・?」

 ショータが声をかける。

 しかしメルーは既に寝息を立てて寝てしまっていた。

 「・・・」

ショータは困惑した。

 (・・・どう、しよう・・・)

 ショータはとりあえず廊下の電気を消す事をしないといけないと思った。

 メルーが起きないようにメルーの下から身をずらして、ショータは布団から脱出した。

 ショータが寝るはずだった布団に、メルーが既に安眠してしまっている。

 ただ、胸が反発したのか、ショータが自然に逃げるのに合わせた時の流れか、メルーは左肩を下にした横向きで寝ている姿になっている。

 とりあえずショータは廊下に出て、電気を消した。

 次にメルーの脱ぎ散らかしたスリッパをとりあえず室内の、布団の真下の辺りに置く。

 そして部屋のドアの位置に立ち続ける。

 「・・・」

 ショータはまた、困惑した。

 

 「・・・しょーたぁ・・・」


 ショータは、ふいに、ハッ、として目線を寝ているメルーの方へと向ける。

 メルーが起きているのかと思った。だが、メルーの寝言だった。

 ただ、寝言でありながら、


 「・・・いっしょに・・・おふろぉ・・・・・・」

 

 どこか、楽しい夢でも見ているかのような寝言のイントネーションの声を出していた。

 寝言が途切れ、さも『Zzz』とでも口から出ていそうな眠りの様子にメルーはなっていった。

 「・・・」

 それを見聞きして、ショータは、メルーの下に掛け布団がひっかかっておらず、掛け布団はどかしていた状態だったのでまだ使える事に気付いた。

 「・・・・・・」

 ショータは、自分が案内された客室の中へと戻る事に決めた。



 




 =================================







朝7時。



 「・・・ん、む?」

 メルーは目を覚ました。

 生活習慣で身についた起きる時間の感覚のお陰で、目覚し時計いらずに目を覚ました。

 だが、それは、

 (あれ・・・今、何時だろ・・・朝なのに目覚まし鳴ってない・・・え、マズイ?)

 普段、6時にセットしているはずの目覚ましが鳴らなくて、起きれなかったら本能的に身体が目覚める類の、いわば店主に怒られるのが怖いからの身についたものの目覚め。

 メルーは、視界が少しぼんやりする中でありながらも、慌てて身を起こす。

 「な、何時っ・・・」

 メルーは、辺りを見渡そうとした。

 そしてその時、

 (・・・あれ?)

 自分の部屋ではない事を、辺りの景観は示していた。

 「・・・ぅん・・・」

 そして左下から、生暖かい体温が感じられた。

 ふと左下を見る。

 「・・・・・・」 

 メルーは、固まった。

 ショータが、自分の左隣で、右肩を下にして横になって、身体を小さく曲げて寝ていた。


 メルーの長い沈黙。


 そして、

 (・・・え、なん・・・あれっ・・・?!)

 ただ内心で驚いた。

 メルーは状況確認しようと見渡す。

 その上で目線がショータの方を拾う。

 ショータの格好は、シャツの衣服が少しはだけた状態になっていた。


 それは、また、独特で中性的な、どこか危ない香りがするような気がした。


 だが、メルーの内心はそれどころではない。

 時間と、店主に怒られるのではないかという気持ちが先走っていた。

 そしてそんな中で、

 「・・・ん、ぅ・・・?」

 ショータが目を覚ました。

 そしてのそり、と、これまた中性的になめらかな仕草で身を起こした。

 ショータの、どことなく背徳的な雰囲気の姿に対して、色々と性急で怒られない為の状況把握を優先しているメルーは、既にしっかり目が覚めてしまっていた。

 それに対してショータはまだ少し寝起きでぼんやりしている雰囲気だった。

 髪の毛が数本ハネている。

 そんなショータの視線はぼんやりしたまま、自意識が明確な状態なのか否かも分からない様相で、されどメルーと目線が合うと、頭をマイペースな雰囲気で下げて、

 「・・・おはよう・・・ございます・・・」

 そう挨拶をしていた。

 メルーもメルーで、そんなショータと目線が合うと、一瞬女の子と寝ていたのだろうかと錯覚しそうになりつつ、

 「お、おはようっござい、ますっ」

 声が裏返りそうになりながらも、挨拶を返した。

 そして、


   『ドッドッドッド』


 そんな音が、聞こえていた。

 まるで、心臓の音。

 (え・・・・・・)

 メルーには、何が何だか分からなかった。

 だが、耳を澄ませば、

 (・・・んん?)

 自分の胸の鼓動などではなく、ドアの向こう側から聞こえる荒い足音だと気付いた。

 そして、 


  『ドンドンッ、』


 ドアの向こう側から無骨なノックの音が響いた。

 『ショウタ、起きているか?』

 その声が届くや、メルーは直ぐ様に自身の状況下踏まえて、

 「・・・っ!?」

 死神がドアを叩いている状態なのだと、気が付いた。

 『・・・それとォィコラァ・・・いや、・・・メルー』

 最初の時点で怒気がこぼれていて、それを何とかぼかしたかのような店主の声が、聞こえていた。 

 恐らくぼかしたのは、8歳の子供が居るからかもしれない。

 (あわわわわ・・・)

 メルーの口元が波状になった。加えて涙目になった。 

 怒られる覚えがある。

 店主に注意されていたショータと寝てはいけないという事。

 メルー自身は、正直ピンとこなかった事柄。

 それでも、あの時の気圧されたままをさせる店主の注意の表情は、多分怒られるであろうものとメルーには思えていた。

 もう既に、頭もすっきりと、それはまるで酔いが覚めたかのようになっている。

 それに対してショータはまだ、どことなくぼんやりとしていて状況が把握できていない表情になっている。

 そして、そんなショータへと、

 『・・・ショータ、その部屋にメルーは居るか?』

 店主は、問い掛けをしていた。

 そしてショータが、

 「・・・・・・?・・・、」

 口を開き始めていた。 

 メルーは、ギョ、とした顔で大慌てでショータの口元を塞ぎに行った。

 そして、直ぐ様にジェスチャーでショータへと、しーっ!、という感じの人差し指を上に口元に当てた姿勢を示した。

 それを見て、ショータも流石に半分以上目が覚めた。

 主にメルーの訳の分からないその勢い故に。

 店主からすれば、大人な意味で単純な怒りかもしれないが、メルーからすると別の単純な意味でゲンコツを受けるかもしれないという危惧が、そうさせていた。認識の違い。

 疑問符が次から次へと出てくるショータの様相に対してメルーは、ショータのそんな状態を確認する余裕もなく、ショータが沈黙してくれた事を了承と受け取って、即座に行動に移そうとした。

 (と、とりあえずっ、ベランダに逃げてッ・・・!)

 メルーは、ベランダを経由して自分の部屋に逃げようと算段立てた。鍵が閉まってるから外から入れないとかは頭の中から失念しながら。

 そしてメルーは、窓の方へと足音もなく逃げようとした。

 だが、


   ガチャ、


 動くに遅く、死神が既にドアを開けてしまっていた。

 ドアを開けて入った者の視界には、呆気な顔で座り続けている一人の男の子と、少し離れて窓際へと逃げようとしているコソ泥みたいな1人の女の子の姿。

 メルーの口から、

 「あ、あはは・・・はは、」

 乾いた笑みがこぼれていた。


          シュッ


 店主の触手が、気付けば四方に張り巡らされて、

 「!??」

 メルーの両手両脚を拘束して、メルーを宙に浮かせていた。

 メルーは、目を見開いて驚いた。

 そしてショータも、

 「・・・っ・・・、?、・・・!?」

 驚いていた。

 そしてメルーは、

 「ちょっ、店長っ?!」

 と、声を出した。しかし、直ぐ様のメルーの口周りを触手がマスクの様に口を塞ぐ。

 それに対して店主は、ショータの方を一瞥して、

 「ショウタ、おはよう」

 メルーに反応を示す事はなく、ショータに挨拶をしていた。

 驚きに満ちたショータはさすがに完全に目が覚めて、ぽかんとしていた。

 しかし、ショータは店主の挨拶に、

 「ぉ・・・ぉ、はようござい、ます」

 一応、お辞儀をしながら挨拶を返していた。

 そして店主がニコ、と笑い口を開く。

 それを見てメルーは、

 (あ、これダメかも・・・)

 多分、ゲンコツが降りてくるな、とほぼ諦めた。

 店主はショータに話しかけ続けている。

 「ああ、おはよう。ショウタ、もう朝だ。朝飯の用意がもう少しで出来る。下に行って顔や手を洗ったりしてきなさい」

 丁寧な敬語の言葉遣い。しかし、それが逆に怖さを引き立てた。

 ショータは「ぁ、ぁの・・・」と、何が何だかを確認しようとする。しかし、店主が、

 「あぁ、コレか?コレはウチのモンに・・・ちょ〜っとした説教が必要なもんだからな。だからな?気にするな。な?」

 「・・・は、い」

 ショータは、店主のその凄みにへこたれながら、呆然気味に返事を示した。

 しかし、ショータは「・・・ぁ・・・」と単音こぼして何か気付いた様な様子、店主は「どうした?」と尋ねると、

 「・・・ふ、とん、を・・・かたづけないと・・・」

 と、ショータは口にこぼしていた。

 それを見て、店主は、幾らか表情を和らげていた。

 メルーも気付くほどに、ショータの自主的な言葉が毒気を抜いていた。

 「あぁ、それならメルーがやる。ショータは先に脱衣場に行って乾いているショウタの服に着替えてきてくれ。洗濯機の中じゃなくて、石棚の上にカゴがあっただろ?」

 「ぁ・・・はい・・・」

 「脱衣場に入って一番近いカゴの中に入れておいた。だから着替えてくれ。・・・・・・今日、くるからな」

 「・・・っ」

 「・・・ショウタの事を保護する人達がな」

 その言葉に、ショータは数瞬の沈黙を置いて俯いていた。

 俯きの間を置きながら、

 「・・・わかり、ました」

 ショータは場を立ち、店主が開けたドアの方へと歩む。

 そして、布団の足の向きの方の空いた辺りに置いていた自分の分のスリッパを履いて、廊下の方へと身を出し、

 「・・・い、って・・・きます」

 と、店主に伝えて階段の方へと赴いて行った。 

 そして店主は耳でショータが一階の脱衣場の方まで行った事を確認し終えた。

 「・・・」

 店主は、幾許か、何とも言えない表情をしていた。

 だが、その表情も店主は、わざと捨てたかのようにメルーと向き直る。

 「・・・さて」

 店主は、メルーの口周りの触手を緩めた。

 「・・・何か言い残す事は?」

 店主のその言葉に、メルーは、

 「え、冤罪ですっ!と、というか私もなんでショータと一緒に寝ていたかっ・・・、・・・

・・・!?」

 メルーの頭の上には、死兆星の如くの衛星があった。

 それは、店主の触手の先のゲンコツ。

 メルーが弁明して店主の耳に入っても、

 どちらにしても現行犯としてそのゲンコツが振り下ろされる事には、変わらなかった。



 すがすがしい程の音が、クラゲ亭2階で奏で響いていた。






 ============================================






 一階の廊下、メルーは、

 「おぉぅ・・・」

 頭にできたたんこぶを右手でおさえながら歩いていた。

 左手には、用意に少し時間のかかった着替え一式を携えている。

 (ぅぅう〜〜・・・絶対ご隠居とかに暴力店主、っていいふらしてやるぅ・・・)

 そんな事を考えながらメルーは、脱衣場の方へ、もとい洗面場の方と廊下を歩いていた。

 キッチンの方から色々な音がする。 

 店主はあの後、一階に戻って朝の用意の仕上げに戻った。

 そしてメルーはショータの代わりに布団を片付けた。

 自分の部屋の分も片付けたので、思ったより時間がかかった。

 キッチンから入り込む美味しそうな香りと音。

 「・・・」

 その香りと、音を五感で感じてメルーはふと思う。

 (・・・朝ごはん食べたら、歯磨きしないとなぁ・・・)

 メルーは、朝は朝ごはんを食べた後に歯磨きをするタイプ。

 (・・・あ、昨日の夜、歯磨きするの忘れてた・・・)

 そして昼も夜も歯磨きをするタイプである。

 (・・・うーん・・・昨日はショータが居て色々びっくりしてたからなぁ・・・一応歯磨きしようかな・・・・・・ご飯食べてからでいいかなぁ・・・)

 メルーはあれこれ考えながら、脱衣場の方へと、廊下を歩いた。

 (・・・ぁ、そういえば・・・)

 そんな廊下を歩く中でふと、

 (ショータの歯ブラシは・・・どうしよう・・・)

 と、ぼんやりメルーは考えていた。

 考えながら、脱衣場のドアへと手をかける。

 そしてスライドさせて脱衣場の中へと入った。

 そしてメルーは、

 「・・・」

 少し驚いて、固まった。

 

 「ぁ・・・メルーさん・・・」


 脱衣場、もとい浴場の出入り口の辺りに居たのは、裸の姿のショータ。

 しかも湯気が舞い、お湯が全身に滴っている。

 床のタオルマットの上に、白いタオルを右手に持って、さもお風呂上りの雰囲気を示していた。

 それもまた、一瞬、女の子のお風呂上りの現場に入り込んでしまったのかと錯覚を抱いてしまっていた。

 だから、ふいに少し驚いてしまった。

 「ショ、ショータは朝風呂に入ったの?」

 そう尋ねるとショータは、

 「ぁ・・・ぃ、え、シャワーを、おかり・・・しました」

 その言葉にメルーは「あ、」と単音こぼして内心で(そりゃそうか・・・)と、声をこぼしていた。

 浴槽に入っていた薬膳湯は、店主が既に裏庭の家庭菜園の畑に水の再利用として撒いているはずだ。あの薬膳湯は、野菜にも効果があるらしい事を、メルーは店長から聞いた事があったのを思い出した。

 だからシャワーか蛇口からしか浴びるお湯がないはずだ。

 ショータが言葉を続けて説明をした。

 「テンチョウさん、に・・・きいて、オユ、を・・・おかりしました」

 お湯をお借りしました、礼儀正しい物言い。

 メルーは一瞬、自分より年上と話しているんじゃないのかと錯覚しそうになる。

 変な錯覚を覚えながらも、メルーは居佇まいを戻すと、ショータが右手にタオルを持ちながらも、まだ身体を拭き終えていない事に気付く。

 そして右側の壁の石棚の上のカゴの中を見つめて、中から水色のロングタオルを取り出した。

 そしてメルーはショータの方へと歩き、

 「ショータ、身体を拭くね?」

 と、口にしてショータの頭にタオルを被せて柔らかく拭いていった。

 「わ、ぷ・・・」 

 ショータがふいに、タオルがかかった事に対しての反射的に声をこぼしていた。 

 メルーがショータの身体を拭こうと思ったのは、自分のせいで会話が長引いて、ショータが風邪をひいたりしないか心配になったから。

 メルーはショータの頭を拭いていった。

 メルーは、無意識にこのコミュニケーションすら、楽しんでいた。

 ショータも右手のタオルで身体を拭き始める。

 一通り拭き終えた辺りでメルーがショータへと、

 「ショータ、もう髪の毛とかは大丈夫かな?」

 そう尋ねて、ショータは、

 「ぁ・・・はい。だいじょうぶで、す」

 身体の方も拭き終えた旨を雰囲気で示した。

 メルーはさっき、右側の壁の石棚の上のカゴの中からタオルを取りに行った時、隣のカゴの中の方も一瞥していた。

 そして、その中にショータの着替えがある事も把握した。

 とりあえず、メルーは大丈夫だろう、と思いつつ、自分の手のロングタオルを自分の首にかけた。

 ショータはそれを見てふいに疑問符を浮かべた表情になった。

 だが、ショータはそれが、深夜にトイレに行った時、メルーがもったいないから、とタオルを借りた時と同じなのだろうと、ショータはふいに思った。

 ショータは、メルーの真似をして、タオルを畳んで右手に持ち続ける事にした。 

 そしてショータはメルーに、

 「ありがとうござい、ます・・・メルーさん」

 と、お辞儀をしてお礼を伝えた。

 メルーは微苦笑して、口を開いた。

 「風邪ひいたりしたら大変だし・・・早く着替えないとね」

 「ぁっ、はいっ」

 メルーのその言葉に理解を示して、ショータは、性急な雰囲気で入り口から見て右側の壁沿いの石棚の上に置かれた入り口に近い方のカゴへと赴いた。

 ショータは石棚の上にタオルを置きつつ、着替え始める。

 そんな後姿に平和を感じながらメルーは、その歩を洗面台の方へと進めた。

 洗面台から水を出し、手を洗い始める。

 その時、ふとメルーは世間話をするつもりの程度で、疑問に思った事をショータに聞いてみた。 

 「・・・そういえば、ショータは朝にお風呂に入るタイプとか・・・だったかな?シャワーを浴びてた、って事は・・・」

 その言葉に、ショータは、

 「ぁ・・・ぃえ・・・ゆうがた、か・・・よるに、おふろにははいります。・・・あさは、ゆあみ、を・・・」

 「ゆ、ゆあみ・・・」

 と、メルーが、たちろぎかける内容で答えていた。


 湯浴みとは、身体の汚れを落とす、という意味がある。

 そして朝の湯浴みとは、俗称的な意味では、幹部摩擦や滝打ちの様なものに近いしいスピリチュアルな意味合いがあったりする。

 そしてそれらの意味含め、身体を石鹸とかでは洗わずお湯で洗う程度、という風にも使われる。

 メルーは、本当にこの男の子は自分より年下なんだろうか、と疑問に思う表情になった。

 石鹸の香りのしない、ショータの子供の匂い。

 事実、シャワーだけを浴びた感じみたいだ。

 メルーは尋ねてみる。

 「・・・湯浴み、は習慣・・・とかなのかな?」

 その質問に、ショータは、

 「ぁ・・・はい」

 と、答えていた。

 だが、どこか表情が少し沈んでいた。

 急に表情が少し沈んで、メルーは「え」と単音こぼして不安になった。

 「どう、したの・・・?」

 メルーは、尋ねてみる。

 ショータは、

 「っぁ、ぃ、いえっ・・・」

 少し慌てて返事をして、表情を戻し、

 「・・・ハハに、ゆあみを、おしえてもらってから・・・です」

 そう、言葉をこぼしていた。 

 メルーの目は、少し見開いた。

 そしてメルーの胸の内は、どこか締め付けられる気持ちになった。


 魔界の―――ルール。

 それが刻一刻と迫ってきている。

 

 魔界の者であるメルーにとっては、重くのしかかるものだった。

 だから、そのショータの言葉が、メルーの心を悪意はなく、ただ立ち居地だけ故に、抉っていた。

 メルーは、それが致し方の無いものだと、理解している。

 だからメルーは―――空元気な、されど誰にも悟られないような微笑を浮かべた。


 「ん、そっか・・・お母さんに教えてもらったんだね」 

 「は、い・・・」

 「いい・・・お母さんだね」

 メルーは微笑む。

 そしてショータはそのメルーの微笑を見て、少しだけ暗い雰囲気が、和らいだ。

 小さな会話。

 メルーは、

 (・・・・・・。・・・お母さん、か・・・)

 ただ、ふいに、

 (羨ましいなぁ・・・)

 そんな言葉を、内心でこぼしていた。

 メルーは話を変える事にした。

 「・・・ショータは、歯磨きとかはどうする?」

 そう尋ねるとショータは顔をあげて、

 「ぁっ・・・」

 と、単音混じりな、気付きの声を出していた。

 それは、当然だがショータに歯磨きの用意なんてものは無い事を示す物。

 「ぁり、ま・・・せん・・・」

 「ん、なら私の替えをあげるよ。着替えながらちょっと待ってて?・・・ぇーと・・・」

 メルーは洗濯機の横の黒い戸棚の方へと歩いた。

 そして、昨日洗濯洗剤の箱を取り出した棚から、2つほど右の戸棚の戸を開ける。

 中には、未使用の半透明な紙包装がされた歯ブラシが左側に、右側にチューブタイプの歯磨き粉や歯磨きケースなどが置かれていた。

 メルーはそこから、白いチューブケースで表面には横長の青い長方形プリントがされて色々と文字が記載されているパッケージの歯磨き粉と、白色の柄の歯ブラシと、透明で箱型気味なゴムチャックの様な開閉口の長方形ポーチの歯ブラシケースを持って、ショータの方へと赴いた。

 ふと、メルーが目線を外していたらショータは服を着始めていた。

 下は洗濯の終わった薄緑色のトランクスパンツを着ていた。

 昨日、洗濯物を預かった時にはメルーは気付かなかった。

 だからか、そんなショータの格好を見て、

 (トランクスなんだ・・・)

 正直に言うとあまり似合っていない姿を見て小さく驚いていた。

 女の子が、トランクスをはいているように見える。

 女の子が短ズボンを履いていると思えば、似合うかもしれない。

 ショータはズボンを履き始めていた。

 そしてメルーはショータがもう着替え終えるだろうと思って、歯磨きセットを持って、ショータの方へと歩いた。

 「はい、ショータ。これは私の買い置きだから全部あげるよ」

 両手の中にある歯磨き道具一式をショータの方へと手向けた。

 「この歯ブラシ粉も大丈夫なはずだけど、変な感じがしたらすぐに口をゆすいで吐き出してね?歯ブラシケースに歯磨き粉も入る大きさだから一緒に入れればいいよ」

 その言葉を受けて、慌てて上の服を着終えるショータは、それ等を受け取り、お辞儀して、    

 「ぁ、ありが、とうございますっ・・・」

 御礼を言った。

 そして両手に受け取り持ったショータは、歯ブラシセットをじっと見つめて、

 「ぁ、あの、」 

 メルーに尋ねるように声をかけた。

 「うん?」

 「・・・あさごはん、を・・・たべてからで、いいですか?」

 メルーは、その質問に、少しだけ意外性があった顔をした。

 それは、自分と同じ生活習慣なんだな、という程度のもの。

 メルーは微笑を浮かべて「そっかそっか」と声をこぼし、

 「私も朝ごはんを食べた後に歯磨きするタイプだから・・・後で歯磨きをしよっか」

 そうショータへとメルーは返事をした。

 「は、はい」

 ショータも返事をして、お互いに了承した。

 

 メルーは、「ちょっと待っててね」と伝えた。

 そしてメルーは顔洗いと手洗いを手早く済ませる。

 ショータは、歯ブラシセットを全て歯ブラシケースに入れて、ズボンの右ポケットの中へと収納する。

 タオルをどうしようかとショータは一考すると、メルーが、

 「あ、タオルは石棚のカゴの横にでも置いとくといいよ。後でまた歯ブラシして使うだろうし」

 そう、告げたのでショータはタオルを畳んで石棚の上に置いた。

 

 そして身支度を終えたメルーと一緒に廊下へと出た。

 




 =================================





 廊下を歩いてリビングへと近づくたびに、朝ご飯のにおいが近くて満ちていく。

 においだけでわかる和食の匂い。ご飯とお味噌汁の匂いがした。

 メルー達はキッチンの方へと顔を出した。

 店主が、キッチンからリビングへと配膳している姿があった。

 「おぉ、きたか」

 店主が2人が来た事に気付いて声を出す。

 「リビングの席についてくれ。飯の用ができているから」

 

 

  『各地の降水確率は――――』


 

 店主の声と一緒に、リビングの方からテレビの声が流れてきていた。

 

 そんな音も耳に拾いながらメルーは店主の声に反応して返事を返す。

 「はい、わかりました〜」

 そしてメルーはショータの方を向いて、

 「ショータ、邪魔になっちゃうから、リビングの方の入り口から入ろう」

 キッチンを経由してリビングへではなく、廊下からそのままリビングの方へと入る、フスマドアで閉じられた入り口を開けて通る形で、メルーはショータと一緒にリビングに入った。

 リビングの机の上には、朝御飯が並んでいた。

 昨日の晩御飯と同じぐらいのレパートリー。

 しかしからあげなどは無く、代わりに焼き魚や漬物、そして卵焼きなど朝食らしい雰囲気の食事になっていた。

 メルーはショータに尋ねる。

 「昨日と同じ席でいいかな?」

 「・・・?」

 「ほら、飲み物を一緒に飲んだ時の席。ショータの席が普段空いてる席だからさ」

 「は、はいっ」

 ショータはそれに従って、昨日の時みたいにテレビと対面する席の方へと座った。

 ショータは右手側の辺りに、タオルを畳んで目立たない様に置いた。

 そしてメルーは左側にテレビを置く席へと腰を降ろそうとした。

 だが、ふとメルーは停止して、

 「あ、ちょっとキッチン行ってくるね?」

 中腰をあげて、キッチンの方へと歩いていった。

 ショータはふいに疑問符を浮かべながら、メルーの後姿を見つめた。

 メルーはキッチンに居る店主の方に歩み寄っていた。

 メルーはショータの視線に気付いて、右手をあげてグーパーグーパーと握って開いての仕草を、苦笑しながら行い、まるで『なんでもないよ』とでも伝えるかのような雰囲気を示した。

 その後ショータの視界に写ったのは、店主の真横に方へと歩くメルーの姿。

 メルーは店主へと話しかけていた。

 ショータの居る位置からだと、聞こえない小さな声。

 ショータはふいに、疑問符を強めたが、盗み聞きするのは失礼かもしれないという感覚の類を抱いてふいに目線をテレビの方へと外した。

 

 メルーは、店主へと言葉を連ねていた。


 「――――いつごろ・・・ショータに話すんですか?」


 その声は小声だった。

 しかし、さっきまでの、ショータに対して見せた気さくな雰囲気とは、違った。

 その言葉に店主は無言を示した。

 「・・・」

 微妙な間の沈黙を置いていた。

 だが、それを終えて店主は口を開く。

 「・・・少なくとも、飯時には言わねぇよ。それに、お前は俺が教えてもいいのか?」

 「・・・、・・・」 

 「教えていいなら・・・教えるよ。少なくとも、ココの責任者は俺だ。お前が負う類の責任でも、罪悪感の類でもねぇだろ」

 店主は、淡々と答えていた。

 それは、ショータに気取られないようにわざと淡々と大した事は話していないように見せているように見えた。

 「・・・それに、少なくとも、何も話さないで連中が来て保護すりゃ・・・お前がこの家の中でイザコザ・・・いや、禍根、か・・・になるようなパターンは防げるぞ?」 

 その言葉に、メルーは苦渋の選択肢を掲示されたかのような気分になった。

 「俺は変に前例のパターンが起こらない様、連中が来てから説明しようとは思っていた。逃げ出されては困るからな・・・いや、場合によっては話さないってケースもある。保護する連中の主張する内容次第だがな」

 「・・・」

 「・・・朝飯の後、連中が来るまでそれなりに時間はある。そん時が来た時に部屋に篭るか、同伴するか・・・それは飯を食いながら考えとけ」

 「・・・・・・」

 「・・・今日は、店は休むしな」

 メルーは、俯いて沈黙してしまった。

 「・・・わかり、ました。とりあえず、朝ごはんを食べてから考えます」 

 半ば、現実逃避気味に、メルーはそう口にしていた。

 「・・・タオル、置かせて貰いますね。食器洗いをした後用に・・・」

 メルーは首にかけていたロングタオルを畳んで、洗い場の右隣の作業台の、右端の洗い場から離れた辺りに畳んで置いた。

 そして、メルーは席の方へと戻っていった。 


 『本日は午前中も午後も晴れとの事です。ちなみに今後一週間の予報では・・・』


 天気予報も、終わりに近づいているようだった。

 「・・・晴れ、だね」

 メルーがそう何気なく口にした。

 ショータが、

 「っ、ぁ、はい」

 と、ふいに話しかけられて返事をした。

 ショータの目線がメルーに向く。

 そんな何気ない無垢な目線を受けてメルーは、どこか、胸の内側が少し痛む感覚を抱きながら、微笑を浮かべて帰していた。

 ――――空元気?

   ――――それとも苦笑?

 きっと、メルーには分からない。

 自分自身の事なのに。


 朝食の準備が終わった店主の触手が伸びて、器用に机の上へと色々と配膳していく。

 それはお味噌汁と御飯の類と、2?以上ぐらいの、透明なジョウロ水筒容器に入った氷水とコップの姿。

 伸びるたくさんの触手が器用に配膳していく姿を見て、ショータは少し呆気な顔で驚いていた。

 「ほれ、ショウタ。箸だ」

 触手は配膳を9割がた終える中で店主はキッチンから流れる様に出てきて、そしてショータとメルーへと伸びた触手で箸を渡していた。

 机の上には、気付けばいつの間にか箸受けまで各々の手元位置に置かれている。

 「ぁ、ありがとうございますっ」

 ショータは、呆気の残るままながらにお礼を言った。

 「おう」

 店主はそう相槌しながら、流れのままに空いた席の方へと腰を降ろした。

 それは右側にテレビを置く席の位置。

 「・・・んじゃ、いただきます、だ」

 店主はメルーとショータを見比べて、触手二本を自分の眼前で合掌するようにした。

 メルーもそれに合わせて、ショータも少し慌てて習う。

 「いただきますっ」

 「ぃ、ただき、ますっ」

 メルーの習慣的な声。ショータの拙くも何とか習う声。

 「ショウタ、おかわりがしたかったら言ってくれ」

 店主は食事を始めようとした時にショウタへとそう告げた。

 「は、はいっ」

 ショータは慌てて、そう返事をした。

 そんな光景を見て、メルーは少しだけほがらかな気持ちになってしまった。

 「・・・」

 メルーはそんな光景を俯瞰するかのように見つめ、心に置いた。

 そして、ふと、贅沢な事を思ってしまった。

 (・・・これが・・・)

 それは、ルールに則れば、絶対にありえないはずの事柄。

 (・・・明日も続く・・・とか思ったら・・・ワガママ・・・だよね・・・)




 


 =====================================





朝食が終わり、メルーは店主と一緒にキッチンの洗い場に立っていた。

 

 今日も、2人はショータは食器洗いは、保護されている立場だからしなくていいと告げて、普段通りに食器の片づけをしている。

 洗い場の両側の作業台のスペース。それぞれの位置にメルーと店主は立つ。

 左側が店主。右側がメルー。

 それぞれ2つある水の出る蛇口を、それぞれ使う事で、2人は泡につけて汚れを落とした食器を順次洗っていく。

 そしてどちらにもある銀色の4脚で受け口の棚が2段ある食器カゴへ中へと干していく。

 台所は浄水の流水の音で満ちていた。

 そして匂いは洗剤の匂いがかすかにする。

 作業台の上、泡漬けされていた食器の類は殆ど無くなっていた。

 その頃合いに店主が、

 「メルー、もういいぞ、歯を磨きに行っても」

 後はする旨をメルーにそう告げた。

 「え、あっ・・・そう、ですか?・・・じゃあ、お願いします」

 メルーは店主の言葉を素直に受ける。 

 蛇口から水を出して、手を洗い泡を落とす。

 泡漬けしていたせいで泡水で濡れた作業台の上。

 しかし、メルーは、作業台の右端、泡水も届かない位置に置いていたロングタオルで手を拭く。

 「店長、これ・・・使いますか?作業台を拭いたり、手を拭いたりで・・・」

 「ん?・・・ああ、じゃあまた同じ所に置いておいてくれ。後で俺が洗濯前のカゴの中に入れておく」

 メルーはロングタオルを畳んで元の場に置く。

 そしてメルーは、その場を離れようとした。

 その時、店主が、

 「・・・あと一時間ちょいで連中は来る」

 メルーに、そう告げていた。

 「・・・」

 メルーは、ふいに足を止めていた。

 ただ、店主に背を見せ、顔を少しだけ左側から向ける視線を示して、

 「・・・はい」

 空元気も無く、どこか寂しそうな返事をして、廊下の方へと歩いて行った。

 廊下を歩き、メルーの足は脱衣場へと向かう。

 (・・・)

 メルーの思考は、ふとよぎった。


 (―――私は・・・)


 それは、自認。


 (―――ショータと・・・仲良くなる事は、しちゃいけないはず・・・なんだ・・・)


 そして――――戒め――――

 

 「・・・」

 沈黙のままで、メルーは脱衣場の方へと赴いた。

 そしてふすまのドアをスライドさせて中に入る。

 洗面台の方へと歩いた。

 

 「・・・っ、ぁ」


 ショータの慌てるような声がした。

 メルーはショータと目線が合った。

 ショータは、ふいに口元を左腕で隠していた。

 ショータの口には右手で持った歯ブラシが加えられていた。

 そしてショータの唇の左端からほんの少し、白い、少しだけ粘着性のありそうな液体がこぼれていた。

 それは、歯磨き粉と唾液が混じったものだと、メルーは即座に、それが分かってしまった。

 何故なら、自分も似た様な状態になる事が、よくあるから。

 メルーは、少しだけきょとんとしてしまった。

 そして、ショータのそんな恥ずかしがった仕草に、苦笑してしまった。


 ―――私も、同じだから必要ないのに―――


 ただ、そんな気持ちがあったから、微笑ましくて、メルーは微苦笑してしまっていた。

 「ね、ショータ」

 メルーの尋ね。

 ショータはふいに、顔を恥ずかしそうに赤らみを増させていた。

 メルーは、微苦笑したままで言葉を続けた。

 「ショータも、歯磨き粉を使って歯磨きしてると、口の中に泡とか溜まっちゃうタイプ?」

 その問い尋ねに、ふいにショータは少しだけ、その赤らみ恥じた様相は残しつつも、少しだけ呆気混じりなきょとん、と言う風な表情をしていた。

 「私もなんだ。よくなっちゃう」

 メルーは―――それはわざと空元気を装ったはずなのに――――自然に「あはは」と笑いながら、言葉を連ねることができていた。

 「何度も口の中から出すのに、気を抜いたら口からちょっと出ちゃったりしてさ。大変だよね」

 「・・・」

 ショータは、少しだけ俯いて、左腕で口元を拭いながら、洗面台の水受けに口の中を吐き出して、どこか目を泳がせながらメルーに尋ねた。

 「・・・メルーさん、も、なん・・・ですか・・・?」

 メルーは、微苦笑した。

 それは、自分も悪癖がある事への自嘲混じりの微苦笑。

 「ん、だから私の前でそんなに恥ずかしがる必要ないよ。・・・それどころか私の方がお姉さんなのに、注意しててもたまたま無意識に口から出ちゃったりで、びっくりしちゃう時もあるしさ」

 メルーの世間話混じりなそんな言葉。

 それに対してショータは、

 「・・・」

 少しだけ、困った様で、共感してくれている様な、苦笑を返してくれていた。


 それは、苦笑だとしても――――初めて見るショータの笑みだった。

 

 メルーは、ふいに少しだけ目を見開いて驚いた。

 そして、空元気を装うとしていた自分が、いつの間にかいなくなっていた事に気がついた。

 

 中性的で、苦笑だけど―――柔らかい笑み。

 

 ただ、迷っていた自分も消えて、どうしようかと考える自分すら、消えていた。

 「・・・」

 不思議な気持ちだった。


 「・・・?」

 ふいに呆けていたメルーをショータは疑問符を浮かべて見つめた。


 その視線に気付いてメルーは、ハッ、と我に帰り、歩み始めながら口を開く。

 「あっ・・・と、私も・・・歯磨きするから、洗面台を使ってもいいかな?」

 そのメルーの問い掛け。

 「は、はい」

 ショータは返事をして、後ろの黒い戸棚の方へと身を引いてメルーが洗面台の場に立つスペースを空けた。

 2人で半分こにした洗面台のスペース。 

 メルーは、

 「ありがと、」

 そう告げて、ショータの左隣に立つ位置になって洗面台を使い始めた。

 鏡の手前の棚の上に置かれた、半透明の緑色のコップへと右手をかける。

 コップの中には青い柄の歯ブラシが立てかけられていた。

 そしてメルーは隣の歯磨き粉へも左手をかける。

 そして、メルーは続いて左手で空いた指で歯ブラシを持って、コップを空にすると蛇口を操作して、蛇口から水を出してコップの中を軽く洗ってから、中へと水を貯めた。

 蛇口の栓を閉める。

 その後はコップの中の水を軽く口の中に含んで、口の中をゆすいで洗い場に吐き出す。

 水の入ったコップを洗面台の鏡の手前の棚の方へ置く。

 右手に歯ブラシ、左手に歯磨き粉を持って、歯ブラシに歯磨き粉をつける。

 歯磨き粉を鏡の前の棚の定位置に戻し、左手は空かせて右手は歯ブラシを持って、歯を磨くという風に流れを進めた。

 隣でショータも同じ様に歯磨きを続けていた。

 少しだけ、静かな時間が訪れた。

 シャカシャカという歯を磨く音が聞こえる。

 そして、ショータの方は歯磨きを終えたみたいで口から歯ブラシを取り出して、蛇口の栓を開けて水を出し、そしてそのまま歯ブラシを洗い始めた。

 そしてショータは栓を一旦閉める。

 そして左手で歯ブラシを持ち替えて、右手は右ズボンのポッケへと伸ばした。

 そこから歯ブラシケースを取り出して、その中へと左手の歯ブラシを仕舞いなおす。

 そして再び歯ブラシケースを右のポケットの中へと入れると、再び蛇口の方へと手を伸ばす。

 そして栓を開けて、水が流れ出したら両手で皿を作って水を手の中に貯めて、それで細かく口の中をゆすいだり、うがいしたりをし始めた。

 だが、背丈が低いので、少しだけショータは不便している感じだった。

 両手を蛇口の前に持っていくのも、爪先立ちをしている。

 それを見ていたメルーは、

 (あ、しまった)

 ショータに、今更ながらにコップをプレゼントするのを忘れていた事に気付いた。

 だが、メルーはうがいの途中で邪魔するのもタイミングが悪いし、何より自身の口の中も、さっきのショータみたいに気を抜いたら酷い事になりそうな状態だった。

 ショータは、一通りうがいを終えたらしく、蛇口の栓を閉めた。

 そしてショータは、ふと、ハッ、として何かを探す様に辺りを見渡し始めた。

 するとショータは、湯浴みの後の時に着替えていた場所の方を見る。

 それは、着替えが入っていたカゴが置かれている石棚の方。

 そしてショータは其方の方へと少し急ぎながら近寄る。

 そしてその石棚の上に置かれっぱなしだったタオルを手に持って、手を拭き始めた。

 人様の物、という気持ちがあるからなのか、ショータは自分の服の右の肩袖で口元を拭いていた。

 そして使い終えると、ショータは床に置かれているカゴの方へと歩み始めていた。

 使い終えたから、ちゃんと片付けようとする。

 だが、メルーはそれを見て止めようとした。

 口の中を洗面台の水受けに吐き出して、ショータの方を向いて声をかける。

 「あ、ショータ。そのタオル、トイレの時みたいに貸してよ。私も手を拭くからさ」

 その言葉に、ショータは、

 「っ、ぁ、わ、かりましたっ・・・」

 今にも浴場入り口のドアの左側手前の辺りの床に置いてあるカゴにあと2、3歩で到着しそうだったのを止めて、メルーの方へとタオルを折りたたんでメルーにショータは歩み寄り、手渡した。

 「ん、ありがと。ショータ」

 メルーは微笑を浮かべて、それを空いていた左手で受け取った。 

 だが、ふと、何かショータが、

 「ぁ、の・・・」

 言葉を選ぶのに慎重になっている雰囲気で、何か聞こうとしていた。

 メルーは疑問符を浮かべて、ショータの言葉を待つ。

 そしてショータは、右手をズボンの右ポケットへと伸ばして、歯ブラシセットを取り出して尋ねた。

 「・・・こ、れは・・・ほんとうに、・・・いただいてしまって、いいんですか・・・?」

 その言葉にメルーは少しだけ虚を突かれた顔をしていた。

 そして、メルーは、

 (・・・)

 心の中が、少しだけ寂しく思えてしまった。

 理由は、

 「うん、いいよ。・・・ほら、もし、さ?」 

 「・・・?」

 「ショータの事を保護するお仕事の人達が来たら・・・ショータとはお別れ・・・になるかもしれないし、さ・・・?」

 「・・・ぁ・・・」

 ただ、それだけの事で、だけど、唯一の繋がりになるかもしれないと、思えたから。

 「ね?」


 メルーは、和らかい笑みを浮かべて、諭すように、そう口にしていた。 


 そしてそれは、多分―――1人の男の子の事を保護しにくる人達が来たら、その時自分は見送りの場にいないかもしれないという罪悪感を誤魔化す為の笑みだったのかもしれない。


 諭すような笑み。

 ショータはふいに、俯いてしまっていた。

 それは、メルーの複雑な気持ちに気付いたんじゃなく、ただ諭された言葉に――――こんな一時は、もうないモノだと、明確に理解していたから。

 

 そんなショータと対面して、メルーは数瞬とも言えぬ言いにくい間を置いてしまっていた。

 しかし、メルーはショータの手にある歯ブラシセットを見つめて、ふと、ある事に思い至る。

 「ショータ、ちょっと待ってて」

 メルーはそう告げて、歯ブラシを一旦洗面台のコップの上に横にして置いた。

 そして洗面台と一体型になっている両横の、その内の右側の、背高い戸棚の方へと手を伸ばした。

 上から下まで4段構成の内の上から2番目の戸を開けた。

 メルーは中から、メルーが使っている半透明の緑色のコップと形が同じ、色は水色の、透明なビニール包装で未開封で包まれたコップを取り出した。

 その戸棚の中には、他にもあと5〜6個ぐらいの未開封の予備のコップが奥に敷き詰められる様に入っている。

 そしてメルーは両手でそれをショータの方へと手向けた。

 「遅くなっちゃってごめん、コップ渡すの忘れてたや・・・」

 メルーは苦笑しながら、

 「これもあげるね?」

 ショータへとそう告げた。

 メルーは、ショータの意思も確認せずに、ショータが貰っていいのか確認してきた歯ブラシセットを乗せた両手の中に、ゆるりと置いた。

 ショータはふいに少しだけ呆気な顔をしていた。 

 「ぇ、ぁ・・・」

 ショータは顔をあげて、メルーは微笑と視線が合った。

 メルーは、口を開いた。

 「これを・・・縁だと思ってよ」

 ふいな言葉。

 それにショータは、

 「・・・エン・・・ですか・・・?」

 疑問符を浮かべながら、そう声をこぼしていた。

 「あ・・・分かる、かな?ほら、会った記念とかの・・・思い出とか記憶、とか・・・」

 「・・・ぁ、・・・は、い」

 ショータは、ふいに俯いてコップを見つめた。

 メルーは言葉を続ける。

 「その歯ブラシセットとか、コップ、とかは・・・気休めみたいなもので、ちょっと大袈裟だけど、さ?・・・また会えたらいいな、っていう・・・願掛けみたいなもの、かな」

 「・・・」

 「だからさ、気にせずに受け取ってよ。縁の思い出みたいなものがあった方が・・・」

 メルーは、ふいに言葉が止まった。

 『私も嬉しいし』――――そんな言葉が出そうになった所で、その言葉が、あまりに自分勝手だと、気付いた。


  ――――逃げる事を決めていたかもしれない感覚――――


 その気持ちがどこかにあった自分が、そんな事を言うのはあまりにふざけているとメルーには思えた。

 「・・・」

 メルーは、また言葉が止まってしまった。

 だが、その間を切り捨て、メルーは、口を動かした。

 「―――また、会えたら・・・その時、私はショータに・・・謝らないといけないかもしれない、し・・・」

 「・・・ぇ・・・」

 ショータには、分けのわからない言葉だった。

 それでも、メルーは、

 「だから、受け取って欲しいんだ・・・」

 願う様に、そう告げた。


  ――――この時は、意味合いが全然違った縁を願う言葉――――


 自分が卑怯者だと自覚した言葉。

 怖くて今は言えない言葉。 

 だから、せめて、責められる事を望む言葉。 


 偽善的で自分勝手だとメルー個人は自身を思ってしまっていても、怖くて言葉にできなくて、それぐらいしか選ぶ事が出来なかった。


 1人の年上の女の子は、その言葉を真剣に続けていた。

 その様子に、ショータは気圧され気味になって黙してしまっていた。

 だが、ショータはそれでも何か、メルーが大切な事を言っているような気がして、ただ理解もしていなかったが、

 「・・・これ、を・・・」

 両手の中に納まる一式の道具を見つめて、そしてメルーへと軽く手向け、示して、

 「・・・いただ、きます」

 受け取る事を口にしていた。

 



 


===================================






 先に歯磨きを終えて廊下へと出ていたショータが、リビングへと戻ろうとしていた時―――



 「・・・」

 キッチンで洗い終えた鍋を食器棚に整理していた店主は、少し前から店の外の周辺、いや、この場合は地域の近辺に、気配を感じていた。

 何か、おかしかった。

 そして、

  

  ピンポーン・・・


 来客の報せが鳴っていた。

 それは、店主の部屋の方の近くにある出入り口の方のインターホンではなく、店の玄関の方のインターホンの音だった。

 (・・・)

 店主は怪訝な顔をした。

 (誰だ・・・)

 

 ――――奴さん連中は、いつもならば、


 店の玄関ではなく、一軒屋側、店主の私室の近くの出入り口の方のインターホンを基本的に鳴らす。


 営業時間外の時の私的な時には、確かに店側のインターホンを鳴らす時もたまにあるが、今回みたいな些か重みのある公的な物事の時は、店の玄関側は使う様な事はないはずだった。


 そして何より、気配の数が3人や4人程度の類ではなかった。

 店主が怪訝な顔をする。

 それ程に、気配は示されている。

 「・・・」

 店主は、キッチンからリビングへと赴いて、そのまま座敷部屋を通り抜ける。

 店側の方に来て、触手を伸ばして座敷部屋の出入り口のフスマを閉じる。

 そして、キッチンブーツを履いて店の廊下を歩いて、店の玄関の方まで歩いた。

 店主は、玄関のスライドドアのレンズみたいな凹凸の無いドアスコープを覗き込むことも無く、スライドドアをわざと開けていた。

 それだけ、気配が異質だったから。


 ――――外に居るは―――約20人。

 

 全員が、黒スーツ。

 人型の男性。 


 3通りに分けられた。


 1つ、それはショータの世界で言う``人間``という種と外見に大きな大差ないであろう―――しかし、耳が横や後ろに長い、総じて高身長並びに顔立ちの整いの良い種族。

  ―――――``エルフ種``

 2つ、人型であれどその皮膚の色は紫色であり、頭髪は無く、尚且つ顔は鬼瓦の様な造形の傾向の強い者達。そして背中には巨大なコウモリの様な羽が生えている種族。

  ―――――``ガーゴイル種``

 3つ、人型に近しくも両手と頭は人型とは縁遠く、肌色は木面色―――もとい木の色彩示し、左右対称ではない巨木の枝が手を模倣したかのような身体、そして頭に生えるは髪の毛ではなく枯れ枝の集合体で形成される種族。

  ―――――``フォレスト種``


 そんな種族の者達が、クラゲ亭の店前、横並びの2列で無機質に立ち、存在していた。


 手を後ろに回す事も、前下に回して待機敬礼の姿勢を示す事も無く、ただ自然と立つだけの姿勢。

 それは、均整等列に示す列隊の見せる姿としては、異質が過ぎた。


 店主は、

 (―――これは・・・)

 は上を一瞥したい衝動に駆られた。

 だが、店の玄関の玄関屋根が邪魔をして、空を見上げる事も出来ない。

 (・・・)


 ――――少し前から気付いてはいても、大きく動かなかった理由を、問い詰めたかった。


  ――――人払い、の力がクラゲ亭周辺で形成されていた。


 そしてそれは、店主には気付けていた。 

 この眼前に存在する者達とは、別の力の形成だと。


 だが、それとは別に、

 (・・・コイツ等・・・)

 目の前に居た者達の生きた気配を、店主は読み取れなかった。


 最前列の真ん中に立つ、背の高い短髪の黒髪のエルフ種の男性が数歩前に歩みだしてきていた。

 そのエルフ種の男性は顔立ちは切れ目だが顔立ち良く、エルフ種然とした雰囲気を示していた。

 だが、それはエルフ種然としすぎていると、言えた。

 どこか、特徴が無い。


 その存在は、店主へと口を開いた。

 「魔王行政の者です」

 距離にして1メートル。

 そう声をかけてきた存在に対して店主は、

 「・・・何用で?」

 わざと、形式張ってそう聞いていた。 

 すると黒短髪のエルフ種の男性は、

 「・・・この近辺にて人間の『外来』を魔王様が感知なされました。・・・調査をしております」

 「・・・」

 店主は、口を開いた。

 「・・・其方が魔王行政の方々だという証拠はありますかね?」

 「・・・」

 「・・・」




   ――――ズッ



 それは、数瞬の出来事だった。

 

 ――――エルフ種の男は、黒スーツの胸内側から、ナイフを取り出し、その切っ先を店主へと突き出すしていた。

 それは無機質に、無感情に、普通の人では虚を突かれるかのような動作。

 

 ――――だが、店主の触手は事も無く、それを弾いていた。

 

 (即断即決かよっッ・・・!)

 舌打ちをしながら、店主は己の触手を暴れさせる。

 眼前の男を吹き飛ばし、そして玄関外側へと出る。

 

 他の黒スーツの者達も既に動いていた。

 それはあまりに統制の取れた動きだった。

 

 ガーゴイル種の者達は羽を用いて空を飛ぶ。

 そして他の地上に立つ者達は雪崩のようにクラゲ亭へと突貫してくる。

 空のガーゴイル種達は、口から火炎弾を放出し、店へと放つ。

 

 店主の触手は、それ等、火炎弾含めて全てを薙ぎ払った。

 

 そして同時に空に居るガーゴイル種の者達全員へと一瞬の内に、強烈なしなりのある触手の打撃を与えて、打撃の圧力の勢いのままに羽を宙に居る最中でありながらも、もぎ取った。 

 ガーゴイル種の者達が落ちていく。

 火炎弾を発射しようとしていたガーゴイル種の者達は口元まで打撃を受けて不発弾と化して、自身の身体が火達磨になりながら落ちていく。

 

 だが、敵は一瞬もひるまず、それどころか一瞬で起き上がり、再びクラゲ亭の玄関へと突撃してくる。


 (チッ・・・!)


 店主は今度は立ち上がってきた者達を最前列からバラバラに触手で引き裂いた。

 血と肉、バラバラになった身体の部位が飛び散る。

 だが、それでも一瞬の最中の間であっても後列の者達は突貫を既に開始して動いていた。

 それどころか、後列の者達は宙に浮いた大きめの肉塊の群れを各々が走りながら宙で掴み、

店主が、 

 「なっ―――!?」

 目を一瞬見開く程の豪腕の勢いのままに、店の玄関の壁へと投げつけていた。

 



 =========



 「・・・っ?」

 廊下を歩いてリビングへと向かっていたショータは、ふいに耳に入った激しい音に目を見開いた。

 両手に持つメルーから貰ったコップを握る勢いが否応なしに身体が強張って強まる。

 まるでコンクリートの壁を削岩機で壊しているかのような荒々しい音。

 「・・・?」

 ショータは、リビングの方へと歩いた。





 ==========




 触手で殆どを防いだと思った。

 だが、店の表の壁が破られる。

 大きめの肉塊達は、フェイクだった。

 小さくなった肉塊達は、投げつけられる事も無く、勝手に宙に浮いたまま店主とクラゲ亭の玄関を襲っていた。それはまるで散弾銃の弾の様に。

 店主は、その小さな肉塊達もさばいた。

 だが、とっさの事で無意識に自分の身にふりかかる分に対してのさばきを優先してしまって、クラゲ亭の壁まで、到達されていた。

 クラゲ亭の壁が砂糖細工の壁のように風穴が開けられていく。


 ポスターを貼るガラス戸が砕け散り、店内の机やテレビが粉々に砕けた音がした。


 「テメェッ!!」

 店主の血管は店を壊された事で、浮き上がっていた。

 店主の触手が店内まで直ぐに伸び、そして外の方にも伸び、敵を更にバラバラに引き裂いていく。

 

 しかし、

 

  ズズ・・・


 店内へと放り込まれてバラバラになり更に小さくなった手の指一本分ぐらいの大きさの肉塊達が、まるでスズメバチの如く宙に浮いていた。

 「っ!?」

 そして、座敷部屋の方へと突撃していた。 


 店主は目を見開く。

 性急な表情で触手達を向かわせ、指一本分ぐらいの肉塊達を全て同時に微塵に潰す動きに出た。



 

 ===========





 座敷部屋へとショータは来ていた。

 店の方が騒がしかった。

 ショータは、不安の表情を浮かべながら、座敷部屋と店側の出入り口のふすまのドアを見つめていた。





 ===========





 「っ!?」

 店主は目を見開いた。

それは、座敷部屋の方にショータの気配を感じ取っての危険察知。

 そして、店の方は、ショータに見せていい光景ではない状況。

「逃げろッショウタァ!!」

 店主の叫び声。そして店主の触手が店内の小さな宙に浮く肉の塊達を振り落としていく。

 しかし、店主の触手の一部が、

  ガシッ、

 腕と顔と肩だけになった様な宙を浮く、黒服達が纏わりついて邪魔をされて動きを一瞬だけ遅くさせていた。

 「テ、メッェエ!!!」

 触手は直ぐ様にそれを触手を暴れさせバラバラに引き裂いた。

 だが――――一瞬のタイムロスが生まれた。

 

 それまで、店の廊下の中間にも肉の塊達は届いていなかった。


 だが、閉じられた座敷部屋の出入り口のふすまのドアへと、そのタイムロスで生存した指先ほどの大きさの肉塊達の内の一部が、さばかれる事も無く向かって行った。





 ======================




「ショータッ!!」

 廊下からリビングを経て、座敷部屋へと駆けたメルーはショータへと飛びついた。

 

  ――――メルーも外の気配を感じ取っていた。


 そしてメルーの性急で過敏に極まった五感で、血の臭いが―――店主の叫びと音が―――ショータに見せていい光景の類ではないと直感で認識していた。


 メルーは、ショータを抱き寄せ、リビングから入って座敷部屋の右隅へと抱き寄せたまま逃げ込む。

 それは、座敷部屋のふすまの外から直線的に何かが突撃してきそうだと、メルーは感じ取ったから。


 メルーは自身の周辺に、透明な白い多面球体の様な結界の様なものを張った。

 ただ、がむしゃらに、ショータを護ろうとした。



 ――――肉塊達が、座敷部屋のふすまドアへと向かう。


 しかし、店主の触手が店内で、それ等全てを床へと粉々にしながら祓い伏せる。

 全て、店の外の表の―――動かなくなった他の敵と同じ様に――――砂の小ささに砕くように、仕留めていった。

 タイムロスを帳消しにする様に。

  

 だが、外でも未だに指先大を上回る大きさの肉塊達は、動き始める――――




         ――――――――その瞬間―――――――――




    


   ――――``    ``



 

 辺りは、光に満ちていた。

 それは、屋内ではなく、屋外の陽の光。

 それが、メルー達を照らしていた。 


  ―――――それは、一瞬の出来事――――


 店主の眼前に居た、肉塊達は、大小問わず全て、消えうせていた。

 「なっ・・・」 

 店主はふいな、一瞬の変化の状況に目を見開いた。 

 眼前の敵達は全て、消え去っている。

 店内側の敵達も、全て消え去っている。

 そして、上を見上げた。

 クラゲ亭の1階の屋根が、もとい2階以降が、消え去り、快晴の空が見渡せる状態になっていた。

 壁を見る。

 すると、壁は紙をハサミで切ったかのように、店の入り口から奥の居住の階段の方まで、あがり一直線に切り取られていたかのようになめらかに無くなっていた。

 



 メルーの意識が朦朧とした。

 どうなったのか、よく分からなかった。

 ただ、視界だけを動かす。

 ショータに、怪我の類は無かった。

 だが、意識がなかった。

 「ショ、ショータっ・・・!?」

 メルーは、ショータの胸元へと耳を当てた。

 心音は、音を奏でていた。

 鼻腔や口は、呼吸をしていた。 

 だが、意識が無い事にメルーは、

 (あ、頭を打ったっ・・・!?)

 メルーは、咄嗟な最悪の可能性を頭に浮かべた。

 「っ・・・?」

 そんな中で、メルーは辺りがおかしい事に気付く。

 まず、座敷部屋の外の嫌な気配が消えうせていた事。 

 そして、何故か天井が消え去っていて、快晴の空が映し出されていた事。

 そして、

 「――――――っ・・・ぅ・・・?」


 変な、頭のぐらつきを覚えた事。


 (ぁ、れ・・・なん、で・・・)

 メルーの頭は混濁した。

 だが、

 「――――・・・?」

 意識が混濁した中で、気配を感じた。

 メルーは、朦朧とする意識の中で、何とか其方の方へと意識を向ける。

 その視線の先は、座敷部屋とリビングの入り口の境目の辺り。

 そして天井が消えて塀のようになった壁の上。 

 

 そこに、1人の存在が立ち、佇んでいた。


 「・・・」


 その存在は黙して、メルー達や店全体を高い所から眺めていた。


 膝元に届く程に長い銀髪。

 額を隠す前髪。

 白いロングワンピースの様な、派手さは無い、首衿無く、首元と鎖骨が軽く見える程度に開いた、精錬として全体的にゆったりと着る者の体躯よりもサイズが大き目の感じを示す、半袖のドレス服。

 深緑の色の右の瞳。紅玉の様な左の瞳。

 10代後半の若者にしか見えない若さ。

 それなのに相反する異質な壮年さ。

 線の細い体躯の身。


 そんな女性の存在が、そこに居た。


 メルーは、その存在を見て、混濁する意識の中で目を見開こうとして、しかし叶わず半開きになった状態の顔で、

 「ぅ・・・さ、ま・・・?」

 ``――――様``、と、言葉を口にして、意識が落ちてしまっていた。

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