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1話 パート1

 【第一話】 ノ 1節目





 『カァー カァー』――――カラスが鳴くからもう帰ろう。


 実際にカラスはいないのに、そんな言葉が脳裏をよぎる時間。

 

 夕方の日差しが差し込んでいく頃合いの、とある下町。

 密度の多くない帰りの人達で、その幅広い路は賑わっていた。

 

 そんな下町の様な幅広い路の最中にある1つの店。

 その店内。


 客の視点で玄関からそこから入れば、ガラガラとスライドドアの音が鳴る。


 視界に広がるのは、左側に厨房を隠すようなLを横鏡反転させたかのような配置のカウンター席の姿。

 そして真ん中に廊下。

 そして右側には机席(椅子は4つで入り口に前と背を向ける配置)の並ぶ姿が出迎える。

 壁は全体的に白い色合いだった。

 その店は比較的広い。

 だが、佇まいはまるでラーメン屋の様にも見えて、定食屋の様にも見えて、居酒屋の様にも見えた。

 そんなお店の廊下の最中に、


 「はーい、から揚げ定食お待ちー~!」


 一人の女の子の声が響いた。

 

 その女の子は片手持ちの、品物の乗った銀色のオボンを右手に持って、廊下を歩いていた。

 背丈は170cm越えてるぐらい。

 しかし顔立ちはあどけない雰囲気の残る10代半ばか否かぐらい。 

 猫の様に大きな薄青の瞳。

 総じてあどけないのに、どこか大人びた雰囲気があって『お姉さん』という言葉が似合いそうなのは、きっとその背丈のお陰。

 光の映え方では薄桃色とも、薄紅色とも言えそうな明るい色彩の髪色。

 着ている衣服は長袖の白のYシャツ。

 青いジーンズズボン。

 ごく平凡的な室内用の茶色の革靴。

 そして胸から腰下の少しだけを前張りみたいに隠すタイプの、マンゴー色か蜜柑色とも言えそうな暖色系の色合いのエプロンを着ていた。

 だが、そのエプロンのシワがとても多い事を示す様に、その女の子の胸はとても大きかった。

 片方が、10歳以下の子供の頭1つ分はあるかもしれない。


 そのエプロンは、お腹の辺りにも紐が備わっていた。

 だから、腹巻か、道具の帯か、それらの様にお腹のラインを示せるように巻く事ができる。

 だから、大きな胸で着太りして見えない様になっていて、その女の子の腰のラインが、歳相応か、比較的痩せ型にくびれている事を示していた。

 だが、それが逆に殊更に胸の大きさが目立ってもいた。


 彼女は発した声のとおり、目的地へと辿り着く。

 並ぶ机席の中間の辺り、そこの席に彼女は両手持ちに切り替えてオボンを置いた。

 オボンの上には、これだけ乗っていた。


 薄茶色のオワンの中に注がれて湯気をほんのり放つ赤味噌のワカメ豆腐のお味噌汁。

 白いお茶碗に盛られた粒の立った白米。

 青い四角い小鉢の中に入ったきんぴらごぼう。

 水色の丸い小鉢の中に入った芋の煮っ転がし。

 大きめの白い丸皿に盛られたキャベツの千切りの盛り、トマト2切れ、大きく主張しない小盛りのポテトサラダ、そして前面に姿を示す6、7個入っている鳥のからあげの姿。


 それ等全てが、女の子の配膳の手により、汁一滴こぼれる事も無く、その席に座る(玄関入り口に背を見せ座る)客の前へと配膳していく。

 

 『おおっとぉ!!ここでセカンドへと盗塁ッ!ガッツィオ選手俊足の足で盗塁成功だぁあ

!!!』

 

 ふいに、店内から見て玄関側の左の方からテレビの音声があがった。

 それは、左隅の辺りの書類置き場の棚の上に置かれた薄型の大型テレビの音声だった。

 野球中継だった。

 どこか、盛り上がるシーンだったらしく、ホームランほどではないが歓声があがっている。

 

 だが、それに女の子の配膳の手が鈍る訳でも、他の客が歓声をあげる訳でもなかった。


 今は、午後6時を少し回ったぐらい。

 客入りとしては、もう少ししたら大勢来る段階だった。

 だから、客の総数はまだ4名しかいなかった。

 

 その内の2名は、机席に居る。玄関側とは反対に店の奥の方の席に互いに向き合う席で座っていた。

 2人共、ちゃんぽんを食べている。

 時折『ガハハ』という声がこぼれる。

 会話を楽しみながら食事をしていた。


 器用に見えた。

 そのガチガチに硬そうでがっしりとした、黒色と見間違えそうな濃い緑色の鱗だらけの手先でお箸を持って食べているから。


 体格も、がっしりとしていた。

 どちらも服は、黒い半袖のライダーパーカーとライダー用ズボンを着ていた。

 その様は、まるでバイクに乗ってオノでも、頭をモヒカンにして持っていたら似合いそうな雰囲気。

 何より体格のがっしりとした雰囲気が、そんなイメージを強調させる。

 顔も、助長している。

 肌の見える範囲は、全て「肌」ではなく「鱗」だった。

 それは、まるで蛇の様な鱗の並び。

 されど、その硬そうな雰囲気は亀の甲羅を思わせる。

 顔は、人の形ではなく、蛇の顔とヤギの頭でも足したかのような造形をしていた。

 それは、いわば『リザード』か『竜』とでも比喩できてしまいそうな造形。


 しかし、感情豊かに食事をしている。

 その口が開いたら、口から火炎放射でも出しそうな雰囲気。


 更に4名の内の1名、それはカウンター席の方に居る。

 場所は、玄関の近くの席。 

 その人はカウンター席に置かれていた「T」の字を上下逆にしたかのような土台型のメニュー表を手に取り、にらめっこをしていた。

 そのにらめっこをしている双眸は、どことなく会社帰りのサラリーマンという風に疲れが見える。

 歳は20代前半ぐらいに見える。

 着ている衣服は、黒い夜会服。

 そして黒い、裾先がぼろぼろのマント。

 それだけ着込んでいるのに分かる、細身な身体。

 されど顔立ちはひ弱な雰囲気と言う訳ではなく、されど疲れはどこかある平凡な若人という顔立ちをしていた。

 黒い髪はぼさぼさとしている感じだが、不衛生という感じはしない。どちらかという癖毛の雰囲気。

 赤い瞳に、赤い爪、そして口から出ている赤い犬歯。

 そして鼻の上にある横ラインの、刺青などとは違う自然由来の赤い線。

 それだけが、唯一店員の女の子とはまったく違うポイントとして明瞭に示していた。


 そして4名の内の最後の1名とは、  


 「ほっほぉ来た来た来た。これじゃこれ。ありがとのぉメルーちゃん」


 メルー、と呼ばれた店員の女の子の配膳がほぼ終わると同時に楽しげに声をこぼしていた。

 

 それは、常連客の雰囲気のそれだった。

 好々爺然とした雰囲気。

 老齢男老のいぶし銀な声。

 着ている衣服は下は黒い袴。

 そして上は、上着の下に白い死装束。 

 そして上着に青い羽織り。

 まるで隠居した老人の様な格好。

 黒い下駄が音も無く存在を示す。

 

 その男性は、カタカタと笑った。

 文字通りの意味で。


 着ている衣服の隙間、手、顔、どれをとっても、カタカタと鳴りそうだった。

 皮膚も肉も血管も神経も腱も無い、白骨だったから。

 

 まるで、理科室から現れたかの様な存在。

 しかし、理科室から現れた訳ではないと分からせるのは、白骨そのものはまるで皮膚の様な形成を示していて『骨子』の形ではなく『体格』の輪郭を示していたからだった。

 そして、骨の隙間から見えるのは、黒い何かの存在。

 まるで、それは白骨こそが外皮であるかのような、存在だった。

 白骨の下に見える黒い何かは、筋肉や血肉なのかもしれない。

 白骨頭部の眼球も無い双眸の奥には、点の様な薄い光の様な目が備わっている。

 それが、カタカタと笑うのに合わせて、笑い目の様に上に曲がった横線の様になっている。

 

 そんな存在は女の子が配膳した、からあげ定食を前にして舌なめずりでもしそうな雰囲気をしていた。

 だが、舌がある様には見えない。

 定員の女の子が、ふと尋ねる。

 「ほかに注文とかあるかな?ご隠居」

 その質問に対して、ご隠居、と呼ばれた好々爺然とした白く滑らかでツルツルな姿を示す骸骨の者の人は、また少しカタカタと笑って、

 「いんや、大丈夫じゃよ。今日はこの店のからあげ定食だけでいこうと思っていたでのぉ~品切れになってたりしとらんかっただけ、儲け物じゃて」

 ご隠居、は配膳された料理を見つめながらそう口にした。 

 「ま、何かまだ食べたくなったらオーダーさせてもらうでの。・・・あ、メルーちゃん、熱燗ってワシ、注文したっけ?」

 「あっしてるよ?けど、ごめんね?日本酒が切れてて酒倉にしかなくて、時間がちょっとかかっちゃって・・・」

 ご隠居は、かっか、と笑った。 

 「なぁに構わんよ。食事の後でもワシは構わんしの」

 「ホントごめんね?」

 

 ごくごく自然と、ご隠居、と言う理科室の実験室にでも居そうな存在と会話する女の子。

 その光景を``人間``が見たら、ウーン、と卒倒でもしてしまうか、定員の女の子か、カウンター席の若い男性客にすがり逃げようとでもしてしまいそうな最中、

 

 「すみませーん、すこしいいですかー?」


 ふと店員の女の子、メルーの事を呼ぶ声がした。

 それは、カウンター席に座る夜会服の若い男性の声だった。

 「あっ」

 メルーはその声に気付く。

 しかし、ご隠居の熱燗が気がかりになったが、ご隠居は、

 「行っといで、メルーちゃん。ワシは酒は食後でも食事中でも楽しめる口じゃから」

 そう、好々爺然として柔らかい雰囲気で、メルーへと告げた。

 メルーは「ごめんね」とおぼんを左手で持ち左脇に携えながら、右手で顔の前に立てた手を示すジェスチャーをしつつ、カウンター席の男性客の方へとメルーは赴いた。

 「はーい、どうしました~?」

 メルーは応対しに行くと、男性客は気付けば席を立ち、店内から見て玄関の右側1メートルぐらいの方の位置に立っていた。

 そして、そこで男性客が対面しているのは、人の目線ぐらいの高さの自動販売機と錯覚しそうな白い食券機の姿だった。

 高さは1メートル60センチぐらいある。

 夜会服の男性客はメルーが来たのに気づいて、口を開いた。

 「すみません、少しいいですか?」

 その問い尋ねに、メルーは口を開いて、

 「はい、食券のお預かりですか?」

 と、流れの癖でそう口にしていた。

 しかし男性客は苦笑して「いえ、」と口にして、

 「カウンターのメニュー表にグラタンが載っていたんですけど、食券機のボタンに表示がなくて・・・」

 その言葉に、メルーは少し慌てて、 

 「あ、すみませんっ、少し待ってて下さいね?」

 そう口にして、食券機の左側にメルーは立った。

 そしてズボンの右ポケットからネジ巻きの様な鍵を取り出した。

 そして食券機の頭頂の面の、左側の部分にある鍵穴へと差込んで開錠を示す様に回した。

 すると、右側と左半分ぐらいまでしかなかった食券機のボタンが、増える事になった。

 それは、左側の食券機のボタンの無い部分だと思われた外壁が外れて変形し、食券機の左側面に折りたたまれた姿だった。

 「すみません、グラタンメニューは午後の6時からの受付で、メニュー表も午後6時から普段は出すんですけど、メニュー表の方が先になってしまったみたいで・・・」

 メルーのその説明に、夜会服の若い男性客は姿を変えた食券機に少し驚きながら、メルーとを交互に見つめなおす。

 「そうだったんですか・・・あ、本格的そうなサラダまである・・・・・・サラダメニューはシンプルな物しかなかったのに・・・」

 「あはは・・・店長の趣味で色々あるんです。サラダメニューは定食についているものとは違って野菜主体な感じです。あとクルトンとかが入ってる奴とかで、細分化してます。あ、けど居酒屋メニューっぽくて御洒落な感じではないですよ?」

 その言葉に、男性客は苦笑いした。

 「じ、自分の店なのに正直ですね・・・」

 どうやらメルーの『御洒落な感じではない』の言葉にそう思ったようだ。

 だが、男性客は表情を苦笑いを和らげて、食券機と対面しつつ、夜会服の上着の内側の右ポケットから折りたたみの黒い財布を取り出して、そこからお札を取り出し、食券機の貨幣・紙幣投入口へと入れて、並ぶメニューのボタンの2つを押した。

 ご注文は、【トマト&エッグ&クルトン&自家製ドレッシングのレタスサラダ】と【マカロニグラタン】。

 お釣り口から硬貨が返ってくる。

 そして食券も一緒に吐き出された。

 そして男性客はメルーを一瞥する。

 そして食券をメルーへと、

 「では・・・お願いします」

 と、注文した。 

 メルーは銀色のオボンを脇に備え、食券を両手で受け取り、人懐っこい笑みで、

 「はい、かしこまりましたっ~」

 と注文を受け付けた。

 メルーは慣れた足取りで店内の廊下を歩いた。

 途中でご隠居に「直ぐにもって来るね」と小声で告げて、店の奥の方へと歩いていく。

 店の奥は3方向に分けられる。

 右側は、机席とは白い壁が立てられて隔てられている、空気洗浄機が起動している、まるで病院の患者室を思わせる清潔な白いドアで閉じられた複数人客用のトイレ。

 真っ直ぐは、少しスペースを置いて、人の膝ぐらいの高さの段差を置いたあがり場。しかし濃い木材色の両ふすまのドアで閉じきられている、あがり場の先は今は見えない場所。


 そして左は、メルーが通ろうとしていた場所。


 その先は、カウンター席の奥の終わりに隣接する、従業員通路。

 暖簾は無く、しかし『関係者以外立ち入り禁止』の紙が右側の壁に貼られている。

 そこが、キッチンへの入り口。

 横幅は1メートル少しの広さ。

 途中で、カウンター席の裏手側を示す路の左側にはカウンター席の余剰机分が連なって上には黒い固定電話が置かれている。その広さは肘を着いて黄昏たり、勉強道具を広げて勉強する事もできそうな規模。

 そして手前には頑丈そうな座り部分が赤いクッションになっている丸椅子。 

 そこは電話番の席。


 直進3メートルぐらいの通路を通り抜ける。

 それはキッチンの中へと入った事を意味する。

 明かりで照らされたその場は、まずは銀色の大型業務用冷蔵庫が右側・向かい側に存在していて、出迎えた。

 続く道は左折のみ。

 路の幅の広さは2メートルレベルを越えて3メートルレベルの幅の広さになる。

 広い廊下を悠々と通りメルーはキッチンの心臓部へと入って行った。

 

 キッチンの風景は、こういうものだった。

 左側には、客席側のカウンター席とを遮る白い壁が備わっている。

 だが天井まであるのではなく、カウンター席の客が立っていたとしても顔が見えないぐらい程度の高さ。 

 

 その壁の下の辺りを含めて、キッチンには左右に施設が整っていて、真ん中が通路になっているタイプの物だった。

 カウンター席とを遮る壁の下の方、つまり左側の方は、キッチンの奥から手前の順で「キッチン作業場」「コンロ」「キッチン作業場」の順に並んでいた。

 そして右側の方は、奥から手前へと「キッチン作業場」「コンロ」「キッチン作業場」「広めの洗い場」「食器洗い機」が備わっていた。

 

 左側の作業場には食器棚などがあって、色々な食器が優先的に納まり、右側の作業場には調味料棚などが備わっている。

 「広めの洗い場」は文字通りで、蛇口が3口ある。

 「食器洗い機」は、大きめの四角い金属の箱型の機械で、その箱の顎部分には「一」の字みたいな握り手の部分が備わっていた。

 そしてコンロや洗い場以外の設備の下側は引き出し型の冷蔵庫になっていた。

 

 清潔感があり、個人の飲食店にしては広い設備。

 廊下の横幅も3メートル程にはある事を示す様に、複数名のシェフの往来が激しくても対応できるような規模を誇っている。

 だが、そのキッチンに居るのは、ただ一人。

 されど、1人で複数名分が働く規模のキッチンの能力を十二分以上に引き出している存在。

 

 その存在を見てメルーは、

 「店長~」

 その存在の事を呼んだ。

 

 左側のコンロの方で、中華鍋の中でチャーハンを躍らせ炒める――――

 

 薄白青色気味な白い触手達の内の2本で調理している存在へと声をかけた。

 

 ――――その光景は、無数の薄白青色気味の白い触手が、色々な仕事をこなしている姿だった。


 食器洗い、調理、調理準備、整理、その他色々―――、


 それをこなす、

 「どうしたー?」

 薄青色気味な、白い大きめなクラゲの様な存在が、メルーの声に応じて返事をしていた。


 その頭(胴体?)の横幅はメルーの倍ぐらい。

 背丈は今は、メルーより低くて165cmぐらいの感じ。

 しかし、触手の動きで常に高さが変動していて、その正確な高さは分からない。時々メルーより背丈が高くなったりしている。

 白いキッチンエプロンを胴体下の触手周りに巻いている。

 触手は大量にあって、数は分からない。

 たくさんの触手が、作業をしている状態。

 床に地をつけている触手は、全部で4つ。

 何故、それだけ把握ができるかというと、白いキッチンブーツを4足、履いていたから。

 衣服の類はエプロンとブーツ以外は纏っていない。


 そして頭(胴体?)には、程よいバランスで鼻と目と口があった。


 しかし、それ全部足して言えば、

 

 まるでライフルを持った殺し屋とかと誤解されてしまいそうな、

 

 洒落て言えばダンディな、


 真面目に言えば厳格なのか怖い顔なのか、何とも言えない顔立ちをしていた。

 

 そんな存在へと、メルーは声をかけていた。

 店長、と呼ばれたクラゲの様な存在はメルーの方を見つめていた。

 そしてメルーは、右手に持つ食券を、示す。

 そして、キッチンに入って直ぐ左の作業場の方の、食器棚の手前の、勘定皿と、複数のネズミ捕りみたいなのが合体したかのような、オーダー受けの皿へと、留め具に食券を挟んで声をかける。

 「新しい注文を置いときますねー?マカロニグラタンと長い名前の専用サラダですー」

 「おーう、分かったー」

 店主はチャーハンをプロとしての腕前を示す作り方をしながらも、他の空いた触手で、メルーの置いた食券の方へと触手を伸ばしていた。

 それは、どうやら食券の方が目的ではなかった。

 他の触手の一部も動き、そして目もくれてないのに、後ろの作業台の場に置かれていた熱燗酒陶器瓶を持ち始め、作業場からおちょこと、横長な和菓子皿の様な、底の平らで滑り止めのある皿を取り出して、3つを合わせて熱燗の注文をメルーの居る辺りの左の作業場へと到着させた。

 それは音も無く、スッ、として一度も揺れていない綺麗な到着。

 「ご隠居の熱燗頼む」

 店主はそうメルーへと告げた。

 そして店主の他の触手は、続けて別の食器の方を持っていって、チャーハンの盛り付けを開始している。

 あれは、2人組のちゃんぽんを頼んだ客が追加で頼んだオーダー。

 しかも今しがたメルーが置いた食券まで持っていっていた。

 メルーは急がないと滞ってしまいそうだと思った。

 その為、彼女は動き始める。

 「はーい、分かりましたー」

 メルーは返事をして、直ぐ様にオボンの上に熱燗を乗せて、配膳に移った。

 従業員用廊下を通り、そして店内廊下を歩いて、ご隠居の座る席へと熱燗を配膳する。

 「ご隠居~熱燗でーす」

 「お、きたきた」

 ご隠居は、からあげ定食を全体の3割ぐらい食べ終えていた頃合いだった。

 「すみません、お待たせしちゃいました。ご隠居」

 「ほっほ、構わんて」

 慣れ親しんだ雰囲気でのそんな会話。

 

  ガララ、


 店の玄関のドアがスライドして、また新たな来客の来訪を音で示した。

 「あ、いらっしゃいませ~」

 メルーは、その応対の声を出す。

 「ほっほ、行っといで、メルーちゃん」

 そして配膳を気付けばご隠居が自ら手に取り机に移し、メルーに告げる。

 メルーは再び「ごめんね」のジェスチャーをしながら、新たな来客の対応を始めた。



 今日も、料理屋「クラゲ亭」は、繁盛しそうな雰囲気だった。







 ====================================







 路面に影が生まれる。

 夕日が作る切なさが、段々夜に近づいて、世界を黒くしそうになっている。

 

 小さな影が、少し伸びた。


 それは小さな子供の影。

 その影は、どこか近づく夜に来ないで欲しいと願うような、よろめきがあった。

 

 歳のほど、2桁の歳にゆく事も遠くも、届くにも短くない幼さ。

 髪がゆれては路面に夕日の影を作る。

 その影が、子供にしては黒髪が肩程にあり長い事を示した。


 夜に到達しそうな世界の黒い沈み。それと同じ様に顔は暗かった。

 覇気がなくて、喜びがなくて、ただただ歩いているだけの人形のよう。

 薄緑色のTシャツと、灰色の少しだぼだぼな膝とふくらはぎを軽く隠す程度の半ズボンに白い靴下と白いシューズ。

 全て、夜が近くて影の暗さが被さっていた。

 それらの服、着せ替え人形に着せて忘れ去れたかのような雰囲気。

 夜の影が生む黒みだけでなく、全ての衣服がすす汚れていた。


 通る時に横目に見えた、誰もいない土手の公園。

 時折左右の遠くの表道の路面の見える帰路についている人の姿。

 世界が隔絶されているかのように感じさせる、様々な民家の内側からのみ聞こえる日常の音。

 全部がただ、孤独を強めていた。

 まるで、子供はそこに、世界に居るはずなのに、別の世界に立っているかのように。

 

 (・・・お――さん・・・――あ・・・さん)


 心の中で呼んだ。

 今日で何度目かも分からない言葉。


 誰も、答えてくれない。

 誰も、返事をしてくれない。


 聞こえてくるのは、夕日の終わりが近い時の世界の静寂な音。

 きっと、カラスが鳴いてくれる方が、まだ幸せかもしれない。

 

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかって、る・・・)


 その子供は、自覚をした。

 それは、何度目かもわからない苦痛。


 今日のこの1日、ただ現実から逃げていた事を認識する苦痛。

 

 (・・・―――さんの・・・・・・ところに・・・もどら、・・・なきゃ・・・)


 この1日、現実から逃げたせいで迷惑をかけてしまった人の事を、その子供は頭の中で思い浮かべた。


 その人の縁は近い。

 唯一の心の支え。


 男の子は、無意識にほほに涙を伝わせた。

 

 夜が迫ってくるこの世界。

 1人の子供が自我も朦朧に、情緒を不安定にさせた。


 世界から、逃げたくなったかのような涙。


 だから、だろうか――――――――



 

 そこに居て、歩いていたはずの1人の男の子の姿が―――――



 ――――――誰にも気付かれないままに、



 ―――――――そこから、消えていた。






 ===================================





 

 「・・・う~~~ん・・・」

 メルーが思い切り背伸びした。

 場所は店の外の表の玄関。

 あたりは既に夜。

 店の表の明かりや、街灯の光が無ければ星空が支配する時間帯。

 店の表の玄関の様式の構えも、定食屋かラーメン屋の様な素朴な雰囲気を示している。

 

 ただ、建物の形はL字型だった。

 L字の右下の辺りが店の玄関入り口であり、メルーの居る辺りである。

 L字の左の縦線の方は箱型のアパートビルの様な物が建っている。

 1つの階で部屋数は4部屋を示す様にベランダが4つあった。

 それが2階分、店の1階も合わせれば計3階建ての建物だった。

 ただ、実際のL字の文字の左縦線程のスペースしかないのではなく、アパートみたいな充て物部分は、L字で例えれば下の横線の真ん中の辺りまでの敷地の広さはある。

 

 店の玄関は左右スライド型のドア。 

 どちらもカバーは網目型で芯が不透明なガラスのタイプ。

 それもまた個人の飲食店らしさを示している。

 そして黒い暖簾がかけられている。


 店の表の玄関の面構え、入り口の左右の壁は全体的に白色。

 そして玄関の上には黒くて、人が数名ぐらいなら雨宿りができそうな幅広さの玄関屋根がある。

 そして屋根の表には『クラゲ亭』と書かれていた。

 壁の方に食品サンプルのショーケースの類は無い。

 その代わり、玄関の左側の壁には、メルーが両手を伸ばしても入りきらないぐらいの横長な、それでいて縦の長さはメルーの首から腰ぐらいの幅もあり、位置合いもそれと同じ高さに備わった、ポスターや張り紙などを張る事のできる白い掲示板がガラス戸越しに備わっていた。

 そしてその掲示板にも、面積の8割を使用する勢いで中心に配置する形で一枚の紙、お品書きの紙が貼られていた。

 それは店主直筆のモノらしく、メニューの文字と値段が縦書きで3列ぐらいの細かいメニューが書かれていた。

 メニューが多い為に、立ち止まりよくよく見ないと見落としてしまいそうな文字の数。

 そして玄関の右側の壁の方には何もないが、その代わり、手前の敷地内の床の辺りに、営業中か否かを示す、横から見ると「A」の形の黒い金属の置き看板が、店の玄関の屋根の真下から出ない範囲で置かれていた。

 そして今、メルーはそんな置き看板などを折り畳み、片づけをしていた。

 「今日はお客さん多かったなぁ~~~・・・」

 普段は、置き看板はオーダーストップの時間になれば、直ぐに片付ける。

 しかし、それを忘れてしまうぐらいに客は入った。

 従業員としてはミスになる。だが、オーダーストップ以降に入らなくて、ほっ、とする。

 仕事終わりの心地のままに店の玄関の白色の文字で『クラゲ亭』と書かれた暖簾のれんを外していく。

 クラゲ亭の営業終了時刻も少し越えた辺り。 

 辺りは街灯で幾らか明かりはある。

 だが、それでもごく普通の一軒家が多い地区の中にあるような店なので、そんなに表通りの明るさの様なものはない。 

 ただ、クラゲ亭の前の道路は、広い表通りの車道とか、公園の広場の幅の類の様に広い。

 4車線分ぐらいの幅なのに、白い車線区分のラインの類は無い。

 まるで、子供がサッカーで遊べてしまいそうな広さ。

 そんな車線が右も左も、遠い表通りの方まで続いている。

 表通りを通る車が、手を前に出して見比べれば指並に小さいぐらいにはどちらの果ての方も距離がある。 

 そして細かく、枝分かれで、1車線分とか2車線分ぐらいの幅の道路がどちらにも多数存在する。 

 そんな場所のクラゲ亭のご近所は一軒屋の建物ばかりが目立つように1階や2階建ての建物の方が多い。

 中には3,4階建ての建物も幾らか見受けるが隣接するような距離、日陰が届く様な距離になく、クラゲ亭の3階建てが少しだけ目立っている。

 そんなクラゲ亭の周辺の中、特に人の気配も無い中で1人ぽつんと、店の玄関辺りの道路を掃除するメルーは、ふいに空を見上げた。

 (水曜日だと、ちょっと手が回らなかったかもなぁ・・・)

 綺麗な星の瞬きが視界を埋める中で、ぼんやりとのんびり気味に思っていた。

 クラゲ亭の水曜日の営業時間。

 それは店主の趣味で少し特殊。

 そして木曜日は休み。

 そして今日は金曜日。

 休み明けの初日の仕事だったが、お客は多かった日だった。

 店の普段の営業時間は、朝10時から午後9時までがオーダーストップで、基本は9時20~30分辺りで閉める。

 そして現在は午後9時40分ぐらい。

 夕方の頃に居たご隠居や、夜会服の男性や、ライダー服を着ていてモヒカンヘアーでバイクに乗って斧でも持ってれば似合いそうな竜々―――ではなく隆々骨肉な男性客達やらも既にいない。

 その後に来客も多かった。

 そしてその来客達も今はいない。

 静かな店の玄関前の夜の時間。

 (さてさて、店を早く閉めて晩御飯に行こっと・・・)

 メルーは今日のメニューを楽しみにしながら、暖簾を手に取った―――




 

 ―――― ここは、どこ・・・?



 影の主は怯えていた。

 ぽつりぽつりと点在する明かりのある広い路面。

 その上を歩いて、身を震わせていた。

 

 気付けば、夜になっていた。

 ついさっきまでの夕日の差し込む、見慣れた路面はどこにもない。

 そこにあるのは、星空の夜が支配して街灯が明かりを少しだけ生む見知らぬ街中の光景。

 

 どことなく、見知っている商店街路や住宅街路と似ている雰囲気はあるけど、それでも見慣れた町とは完全に違う光景。

 それが、影の主の瞳に写っていた。

 

 明かりが点いている家はちらほら見受ける。

 でも、半数近くは明かりを消している。

 まるで既に寝静まった街中の様な静寂。

 

 人もいない。

 そこだけが、変わらない。


 それが、その子供の身体に恐怖という形をとって蝕んだ。

 さっきまでは、夕方だったはずなのに。

 「・・・」

 涙が無自覚に頬を伝っていた。

 そしてそれが自覚になる。

 男の子の両手は顔を隠して、喉から、嗚咽がこぼれそうになった。







 「―――ってあれ?」

 店のドアを開けて中に入ろうとしていたメルーが、何か、遠くから聞こえる――――泣く声、嗚咽の声に気付いた。

 玄関から出て左側の方を、メルーは遠目を凝らす様に見た。


 「――――ぇ・・・」


 メルーは、ただ驚いた。


 10メートル以上ぐらい離れた少し遠い所に、

 

 (ぅ、そ・・・子、供、だ・・・)


 俯いていた、子供の姿があった。

 それは、ただ呆気な驚き。

 それはまるで未知と出会ったかの様な瞳の色合い。


 その子供の姿。

 

 衣服は、薄緑の半袖のシャツに、膝とふくらはぎを少し越す程度の灰色の半ズボン。

 そして黒い髪は長かった。

 俯いていると、顔が口元ぐらいしか見えないぐらいになる程の前髪のたくわえ、そして後ろ髪やもみあげも肩に届きそうなぐらいにある。

 そして、右手は両目を拭っていた。

 「っ?」

 メルーは、その子供が泣いている事に不意な顔をした。

 

 ただ、抱いた驚きよりも早く問題の1つと化す。


 その子供の顔は背丈の差、俯いている姿勢、長い前髪、右手のせいもあってよく見えない。

 歩みは、殆ど無くなっていっている。

 確かに震えて、今にも立ち止まってしまいそうな雰囲気。


 メルーは少し慌てた表情になった。

 辺りを見渡す。

 保護者がどこかに居るのだろうか、と探した。

 夜の下、注意と緊張感を全方位に向けて探す。

 けど、そんな人影の姿は無い。

 「・・・・・・」

 どうしようという具合に一瞬考えた。

 けど、彼女はとりあえず、

 「・・・」

 踏ん切りをつけて、その子供の方の居る方へと、全方位に対する緊張感は意地しつつ、赴いていた。

 もしかしたら、枝分かれした道路に人が居たりして、その人があの子供を探したりしていないかと願う様に。


 トットット・・・

 

 メルーの小走りの音が響く。

 結局、誰とも会わなかった。

 メルーは、子供の間近まで来てしまった。

 でも、子供は顔もあげる様子もない。

 気付いていないようだった。

 2人の距離が狭まる。

 そして、手を伸ばせば届く距離。

 どちらが先か分からない。

 メルーが腰を曲げて目線を近くして覗き込む様な仕草をした。

 それと同時か否か、その子供の前髪が揺れて、やっと気付いた雰囲気になっていた。

 「―――キミ、どうかしたのかな?」

 メルーは問いかけた。

 その子供は、顔をあげた。

 その子供の大きな瞳の両端から伝う涙は、身体の内側からこぼれる苦しさに抗うようにこ流れていた。

 それは、もう何もできなくなってしまう事への、孤独の恐怖に身が染まる事への抗いの様に見えた。

 だから、くしゃくしゃな顔じゃなくて、鼻水も流していなくて、その顔立ちが崩れてはいなかった。

 それでも、メルーには痛々しく見えた。

 それが、あまりに無理をしすぎている程に顔を暗く見せたから。

 

 その子供は、傍目から見たら、男の子か女の子かも、分からないぐらいに中性的で整っていて慎ましい感じの顔立ちをしていた。

 純然に言えば、女の子寄りの中性的な顔立ちですらある。

 

 それでも、メルーにはその子供が、

 「・・・!??」

 『男の子』だというのが、分かった。

 (ぇ、あ・・・)

 それは、彼女だから、分かる事。

 そして、尚更驚きの1つになった。

 

 『男の子に会った』という事が。

 

 彼女だから、驚いている事。

 彼女だから、否応なしに驚いてしまう事。


 そんな男の子とメルーは対面した。

 男の子は、何も言えずにいた。


 ―――もしかしたら、何も言えなかったのかもしれない。


 声の1つを出すだけで――――顔がくしゃくしゃになりそうな、そんな危うさが見え隠れする。

 戸惑い、抗い、泣き、叫び。

 どれも、抑え込んでいる壊れそうな部分。


 そんな子供を見て、メルーの内心の不安はふいに強まった。


 自分が、驚いていて立ち止まっている暇なんて無いんだと、ふいに思えた。

 

 驚きに浸っている暇は無いと、思考が鐘を鳴らす。


 だからこそメルーは雰囲気を柔らかいものにした。

 自分が感じた驚きとか、ある種の未知の不安は、絶対に伝播させたくないと願う様に―――


   ポンッ・・・


 メルーは、自分の右手を男の子の頭に緩く置いた。


 「大丈夫?迷子か、な・・・――――っ?」

 

 メルーの表情が一変した。

 最初の言葉は、男の子の頭に手を置く前から出していた。

 だから、確認しようとした言葉は、手が触れた時で、メルーはただ絶句していた。


 それは、信じられないモノを目の前にした絶句。

 触れた故に理解した感覚。


 メルーの目は、見開いてしまった。


 『男の子と会った』という事実よりも、その上を遥かに行く驚愕が、そこにあった。


 その様子が、男の子にまで伝播して、男の子の涙の防波堤を壊す事は無かったけど、男の子の方にはメルーのその表情が分からないという風な色合いに変えてしまう。


 メルーは、無意識に震えていた唇を動かしながら、

 「ぇ・・・う、そ・・・?人、間・・・?」

 

 そう、声をこぼしていた。


    ガラッ

 

 店の玄関のドアのスライド音が、遠くで聞こえた。

 

 「―――おーい?どうしたメルー」

 店の玄関から店主が顔を出して尋ねていた。

 それを耳にしてメルーは表情を、

 「っ?」

 性急で、マズイ、という風な感じのものにした。


 そして、メルーは男の子を、己の身の前で隠す様に抱き寄せた。


 男の子は何が起きているのかわからない表情になった。

 ただ、なすがままに抱き寄せられていた。

 

 それに対してメルーはただ店長の視線が、自分の背中だけが写る様に心がけたい一心であるかのように、子供を抱き寄せ続ける。

 大きな胸の中にうずめられた子供は、その涙が頬を伝った顔のまま、呆気な顔の色合いが無意識に強まっていく。

 それでも、


 「―――――・・・」


 男の子は、感じていた。

 ずっと、感じた事の無い様な気すらする、とても、遠くて、もうありえないと思っていた感覚。

 温かい体温――――よぎる、記憶――――

 (―――――――お――あ、さん・・・―――)

 

 1つの影は、脳裏に。

 そんな影を生んだ女の子は、後ろを向いて口を開く。 


 「あ、あはは、なんでもないですよーっ!」


 店長の方を向いて告げる言葉は、比較的わざとらしさは抜けていた。

 しかしどうしてもわざとらしさはどこかにあった。

 何か野良の動物を隠す様な膝を曲げて、立っている時より顔が地面に近い姿勢で居る事も、説得力を失わせていた。

 そんな従業員を見つめる店主は、

 「・・・」

 メルーとにらめっこしているかのような状態で、黙していた。

 しかし、


  ガシッ

 

 「へ?」 

 ――――――メルーの背中の首根っこを、何かが掴んた。 

 

 店主との距離は以前変わらず。

 しかしメルーは自分の後ろ首の服の衿を掴んでいた何かを認識する。

 それは、薄い白青色の触手。

 気付けば、店主の触手がメルーの居る辺りにまできていた。

 器用にご近所の家の塀の上を伝うかのような形で。

 メルーはまるで、首根っこを掴まれた猫の様になってしまった。

 足が宙に浮く。

 それなのに首が絞まらないのは、気付けば他の触手がメルーの両肩や腰にまで押さえていたり、巻きついていて、ブランコみたいになっていたから。

 だから、メルーは抗い虚しくな状態になっていた。


 「ちょっ、店長、タイムっ!待った!!」

 メルーが主張する。


 しかしメルーは店長の触手の動きのままに運ばれる。

 メルーの背中が店主に向いたまま運ばれる。

 メルーが前に何かを隠しているのは辿り着いてからのお楽しみという風に運ばれる。

  

 そして店主の触手は、メルーを180度ターンさせた。

 それを見て店主は、

 「・・・何やってんだお前」

 何とも言えない顔をして、そう尋ねていた。

 「・・・あ、あは、は・・・い、いや、こ、れはぁ・・・ですね?」

 「・・・女の子?・・・いや、男の子、か?」

 店主が、その子供の顔を見てそう口にした。

 店主はまだ、どちらか分からないという風に決めあぐねている感じ。

 それは服装か、中性的な雰囲気故か、それでもやはり女の子寄りの顔立ちなのは、変わらない。

 「珍しいな・・・」

 店主は何気なく声をこぼす。

 対して子供はと言うと、どうも反応が薄い。顔も右側面の口元ぐらいしか見えないぐらいに髪で隠れている。

 メルーの目は泳ぎながら、なるべく下手に出る感じで口を開く。

 「い、いや、店長?まずは話をですね・・・?」

 メルーがそう声をかけるや、

 「・・・」

 何とも言えないジト目で数瞬黙していた店主は、

 「・・・そういやぁ・・・」

 「へ?」

 何か、喋り始めた。

 「・・・お前、確か・・・何日か前に急に『店長、私はショタが好きでなんですよ』とか」

 「はぇ?」

 「得意げに口にしてたよな・・・」

 その言葉に、メルーは呆気な顔をしていた。

 店主は、どこか溜息こぼして、

 「・・・まさか、手を染めるとは・・・」

 何か、勘違いしている感じの声をこぼしていた。

 それに対して、メルーは訳が分からないという風に疑問を呈する感じになった。

 「あの、店長?それってどういう・・・」

 「・・・どういう、って・・・オイ・・・」

 「・・・・・・・・・?」

 メルーは、小さく首をかしげて疑問符を浮かべた。

 メルーは、店主が何を言いたいのか分からなくなった。

 (・・・『ショタ』って男の子の事・・・だよね・・・?)

 内心であれこれ疑問に思う。

 

 ・・・おかしいのかな・・・?


 ―――――それは、おかしな擦れ違い。

 それに店主はまだ気付かない。

 

 そんな状況を動かしたのは、未だきょとんとしているメルーの方。

 「・・・あっ!」

 変にきょとんとしていたから、重大な部分を隠そうとしていたのに、そこが頭の中から抜け落ちて、別の重大な問題点が頭に浮んで言葉として出る。

 「て、ていうか店長っ!」

 「・・・あー?」

 「こ、この子、迷子みたい、でっ・・・。・・・!」

 メルーは、もう片方の、このまま話を進めてはいけなかったであろう部分を今更気付いて、後悔する。

 だが、店主の触手がもう動く。

 もう、遅かった。

 「・・・迷子だったら尚の事、俺に対して隠し立てするようなことをする必要がないだろ・・・」

 その言葉と共に、店主の触手の一本が、男の子の左頬に触れた。

 「・・・ッ・・・?!」

 メルーと同じく、絶句の姿を示していた。

 店長も、気付いてしまった。

 「・・・人間、だと?」

 メルーは、顔中を冷や汗まみれにした。

 気付かれるには、1つの要素があった。

 だから、自分の身体が密着しているから、誤魔化せるかと思った。

 自分達とこの子の違いを指し示す要素があるから。

 そして店主は、目の前の存在が子供だから、その要素が少ないのだと、思っていた。

 だが、違う。

 そして、メルーにとっては誤魔化せず、ダメだった。


 店主は、そんなメルーを睨み付けた。


 だが、ふいに店主はその視線を男の子の方にも向けた。

 店主の微妙に長い沈黙。

 それは、気付けば男の子の反応が無いのは当然の事と言えた。

 

 ただ、クラゲ亭の店主と従業員の互いの視界には、

 「・・・」 

 涙にまみれた顔で意識も無く瞼を閉じた男の子の姿が写っていた。


 





===============================





(・・・ぁ、・・・ぅ・・・?)

 

 ぼんやり・・・・・・?

 なに、か・・・きこえ・・・


 『・・・えーと、5回目ぐらいのお尋ねですが、とりあえずどうしましょう、店長・・・』

 『・・・どうしましょう、って言われてもな・・・』

 

 オトコのヒトと・・・

 オンナのヒトの、

 こえ・・・?

 

 お――さんの、こえ・・・

 みたいに・・・

 たくさんいきた・・・

 ヒトの・・・コエ・・・?


 おんなの・・・ヒトの・・・こえ、は・・・

 ``おねえさん``の・・・コエ・・・・・・?

 


 『いやいやいや、このお店は店長のお店で、私より何倍も生きてるんですから、年の功って事で何とか助言や提案をっ・・・』

 『・・・』

『と、というか、数年から数十年に一度起きるか否かの状況ですよコレっ・・・!?』


    スッ・・・

       ―――影が動いて起き上がる。


 『ちょ、テンチョーッ!?もう食卓に晩御飯乗っちゃってるんですから家のキッチンじゃなくて店の調理場に逃げようとしないで下さいってばっ!色々異常事態なんですからっ!』

 『・・・わぁーったよ』


 

 「・・・ぁ、う」

 ―――――男の子は、起き上がった。


 あかるい・・・ヘヤ・・・?


 ―――――その視界に写ったのは、ちゃぶ台や座布団のある畳の、明かりの点いた部屋。

 ―――――そして男の子の視線と対面したのは、 


 (・・・おんなのヒト・・・・・・?)


 そして、


 「クラ、ゲ・・・?」


 口からこぼれた言葉の通りの、2人の姿。

 

 そしてそんな2人は、

 「・・・」

 「・・・」

 固まって、男の子の事を見つめていた。

 

 

 

 (ここは、どこ・・・?)


 

 



 ========================




 


 枕の擦り音と、かけていた白いシーツの擦れ音がメルーの耳に入った。


 そして其方を向くと、男の子が、起き上がっていた。

 左に店主、前に起き上がった男の子。

 メルーは、つい固まってしまった。 

 それは、店主も同じ様だった。


 場所は、『座敷部屋』。

 店の玄関入り口とは反対の廊下の奥の両フスマのドアの先の部屋。

 普段は閉じ、客が多ければ開放する客席。

 

 タタミ8畳ぐらいの広さ。

 正方形の部屋。

 黒木材色の巨匠のなめしが成された様な、脚も置き場も裏も全てつるやかなちゃぶ台。

 それが店側からの入り口から見て左手前中心の辺りに置かれている。

 そして、そのちゃぶ台の上には、色々な料理が配膳されていた。

 

 白いお茶碗に盛られた白米。

 赤黒色のオワンに注がれ白味噌の豚汁。

 小鉢に盛られた、ニラと卵の和風炒め。

 白い大きめの丸皿に盛られた竜田揚げの姿。

 比較的小さめで底のある丸皿に盛られたマカロニサラダ。

 マカロニサラダと同じ皿に盛られたレタスとクルトンのサラダ。

 ちゃぶ台の中心には白米を入れるオヒツと、豚汁が入っていると思われる鍋が置かれている。

 そして全ての料理に埃がつかないようにする透明ラップの蓋がされている。

 そして長方形の底の深い調味料ボックスもオヒツの近くに置かれていた。

 中には白い半透明の円筒容器の塩・コショウ。小さめのガラス容器に黒い開閉蓋のおろしニンニク。白い三角急須の醤油やソースの容器と思われる物が入っている。


 同じちゃぶ台が店側からの入り口の右側の壁の方に立てかけられている。

 そして左側に薄紫色の座布団が置かれている。 

 そこから持ってきたのか、設置された方(料理が配膳された方)のちゃぶ台の周り3すくみになるように座布団が置かれている。

 そして、その座布団の位置に合わせて料理も3人分の配膳がなされていた。


 店側の入り口から見て真っ直ぐの先、反対側の壁の方には、更に先があるように、1ドア型の薄木材色のフローリングを思わせるつるやかなスライドドアがあった。

  

 そんな空間の中で、固まっていたメルーは首をギギギとでも鳴らしそうなぐらい緊張した面持ちで左の店主の方を見る。

 左後ろにあるちゃぶ台、そこに配膳された料理にも、目がいかないぐらいの緊急事態。

 「・・・起き、ちゃいましたね・・・店長」

 メルーのその言葉。

 そして店主は、

 「・・・ああ」

 場が流れるがままである事を苦悩するような表情で、生返事気味な相槌をしていた。


 男の子は、ぼんやりとした表情だった。

 だが、見た目はどうみても人間じゃない店主の姿を見て、そして店主が返事をしていた姿を見て、

 「・・・・・・っ、?」

 男の子は、少し遅れて明らかな緊張を示す表情をしていた。

 メルーが、その男の子のシーツで身を隠すような緊張の身構えを示してしまう理由が分かってしまう。

 それは正直、内心涙目な言葉。

 (―――――やっぱり人間が店長観たらビックリするんだ・・・)

 メルーは、どこかヤケ気味になりそうな感じで、ただでさえ異常事態なのに、更にややこしい異常事態になりそうな予感を思ってしまって内心で、やはり涙目気味になった。

 店主も似た様な気持ちの様子。

 だが、どちらかというと「どうしたものか」という具合の心の声が表情ににじみ出ている感じがする。

 正座の状態から少しだけ中腰になったメルー。

 彼女は男の子に、警戒心を抱かせないようにしたかった。

 だから、両手・両腕が宙でほんの少しだけ、変に泳ぐ、どうすればいいかも分かってないし見切り発車になってしまったジェスチャーの様な感じになりながら口を開いていた。

 「・・・あー、えーと・・・ね?」

 何とか、言葉を交わしてみようとする。

 すると、

 「・・・どなた、です、か・・・?」

 先に男の子が、尋ねていた。

 シーツを手に持ってままで、明らかに警戒している雰囲気。

 メルーは警戒されて半ば少しだけ挫けそうになる。

 しかし挫けず、

 「わ、悪い人じゃないよっ?と、というかっ、キミは迷子でっ・・・」

 釈明するように言葉を繋いだ。

 

 「っ・・・」


 すると、男の子は何か警戒心が消えていた。

 

 ――――メルーも、気付かなかった。

 ――――自分の『迷子で』という言葉が、そうさせたのを――――


 「・・・ぅ、ぁ・・・」

 男の子は、何かを理解したような小さなうめきにも似た声をこぼした。

 メルーは、最初、警戒心が意表を突かれるぐらいに消えていたのを、分かって貰えたのかと思った。

 だから、メルーはちゃんと説明しようと思った。 

 ただ、必死に説明をする。

 「い、意識を失っていたみたいでねっ?と、とりあえず、保護っ、みたいな感じでね?」

 「・・・」

 メルーは男の子の微細な変化に気付く余裕もないままに釈明を続けた。

 微細な変化も気付けずただ必死に伝える様相。


 「・・・ごめん、なさい・・・」


 メルーが気付けば、男の子は俯き気味になって、そう声をこぼしていた。

 メルーは、男の子の言葉に、ふいな顔をした。

 分かって貰えたのかと、思えた。

 

 だが、違った。

 男の子は、ただ、


 「・・・・・・ごめんな・・・さい・・・」

 

 また、謝っていた。

 両の瞳から、涙を何度もこぼして、耐えていたかの様な表情も、崩れ初めて――――


 「・・・ご、めん・・・なさい・・・・・・ごめ・・・んな、さい・・・」


 何度も、何度も、謝った。

 それは、まるで誰かに赦しを請うかのよう――――


 シーツに点の濡れが出来た。


 そんな姿と対面したメルーは、呆気な顔をしてしまった。

 店主も呆気と驚きと怪訝が入り混じったかのような顔をしていた。


 「・・・ごめんな、さいっ・・・・・・ごめ・・・んな・・・さぃ・・・・・・」


 それを見たメルーは、ただ驚いていた。

 

 人間の子供とか言う驚きもそう。

 されど、彼女個人のもっとも最初の驚き。

 

 「・・・」 


 その驚きがある中でも、彼女はどこか無意識気味だった。


 メルーは、ただ身を動かした。

 あれこれ、考えていなかった。

 ただ、メルーは腰を上げて男の子の傍に近づいた。

 そして、男の子の傍で膝を着いて、男の子を抱き寄せた。

 

 ふいに、男の子の両目が小さく見開く。


 「大丈夫・・・大丈夫だよ・・・」


 やわらかいもので満ちた声――――


 「・・・」

 男の子は目を見開いたままで、顔をあげた。

 メルーと目が合う。

 彼女は、微笑んだ。

 「・・・ね?大丈夫だから・・・謝ったりしなくて大丈夫だよ・・・」

 彼女は、微笑みも崩れる事無くそう告げた。

 「・・・・・・」

 男の子の震えは、段々と収まっていっていた。


 メルーは、自身のエプロンや衣服が、男の子の涙で汚れるのも気にせずに抱き寄せ続けた。

 

 幾許か、数秒か、数分か、分からないぐらいの時間が流れた。


 段々と、男の子の表情が、落ち着いた感じになる。


 それをただ眺める事しかできていなかった店主は、自分の右側の触手一本で自分の右頬をぽりぽりと?いていた。

 それは暗に『メルーに任せた』という気持ちの裏返しのように見えた。

 メルーは店主を一瞥してなくて、それにも気付いていない。

 だけど、メルーの言葉は店主の方に向いた。

 

 「あの人はね?」

 

 言葉で指す内容、店主がふいに指名されて、

 「・・・んあ?」

 虚を突かれた様に声をこぼしていた。


 そしてメルーは男の子へと言葉を続けて、

 「悪いクラゲじゃなくて・・・良いクラゲさんだから、大丈夫。・・・それに、クラゲの針とかで・・・刺したりしないから、大丈夫だよー・・・」

 そう、和やかに説得するように、言葉を伝えていた。

 

 店主は座布団の上からすっ転び、いや、ズッコケそうになる。


 メルーと男の子の目線は、そんな店主も視界におさめた。

 店主が、そんな状態になりながらも、メルーは苦笑して、

 「あの人はね?喋れるクラゲなんだよ?」

 と、御伽噺の登場人物の説明をするかのように、そう口にした。

 「しゃべれる・・・クラゲ・・・?」

 幼い子供には、その言葉で充分だったのかもしれない。

 男の子は、どこか真に受けた表情をしていた。

 それとも、実際に店主が喋ってしまっている現実を認識した上での、現実的な表情なのかもしれない。

 メルーが笑顔で相槌した。

 「そ、喋れるクラゲ。・・・料理も上手なんだよ?だってここのお店の店主なんだからっ」

 「おみせ・・・?」

 「そ、料理屋クラゲ亭。水曜日の夜は居酒屋もやってるんだよ?」

 メルーがそう説明した。

 すると店主が体勢を立て直して、

 「・・・『バー』だ。『バー』・・・」 

 と、黙って聞くに堪えきれずな感じで、そうツッコミを入れた。

 そんな店長のツッコミの様子を見るや、男の子は店長の方を凝視した。

 その凝視と向き合うや、店主は、

 「・・・な、なんだ?」

 と、男の子に対して尋ねていた。

 すると、男の子は、口を開いて、

 「ぁ・・・の・・・」

 「・・・ん?」

 「・・・きぐるみ・・・なん・・・ですか・・・?」

 と、どうやら真に受けたのではなく、別の解釈を持って尋ねてきていた。

 店主は再びズッコケそうになりながらも、微妙な表情で、

 「・・・違う」

 と、だけ答えた。

 だが、何故か店主は座った状態のまま、触手の一本を伸ばしていた。

 メルーが「へっ?」と店主へと、

 「ちょっ、店長?」

 と、何をする気かという具合に不安な表情を見せながらも、店主の触手は進む事を止めることも無く男の子の方へと近寄った。

 そして、男の子の右頬へと、

 

  プニッ


 一度だけやわく、突いて、触れた。

 「・・・体温を感じるだろ?これで着ぐるみじゃないと分かったはずだ」

 そう店主は伝えた。

 そして店主の言葉が事実か否かは第三者ではなく本人しか知る良のない、その当人である男の子は、右の頬に感じた体温を持って、 

 「・・・ほ、んとう・・・に・・・クラゲ・・・?」

 呆気な顔で、そう口にしていた。

 店主が、溜息混じりに口を開いた。

 「・・・クラゲに体温があるのかは知らんが、な・・・ただ、クラゲクラゲ言わんでほしい。俺の種族は``触手スライム``ってヤツだ。・・・いや、まぁ店の名前を``クラゲ亭``なんてのにはしているが、違う」

 「しょくしゅ・・・すらいむ・・・?」

 男の子が微妙に困惑する感じで声が反復していた。

 店主が溜息を打ち切り、真剣な表情になった。

 「坊主、お前の名前は?」

 店主は触手を引っ込めながらそう尋ねた。

 ふいに尋ねられた男の子は、

 「ぇ・・・ぁ・・・」

 戸惑いながらも、口を整え、

 「ぇ、と・・・」

 自分の名前を口にした。

 「しょうた・・・です」

 自己紹介の言葉。

 それに反応したのは、店主ではなく、

 「えっ!?」

 メルーだった。

 その顔は、どこかびっくりしている表情だった。

 メルーが、抱き寄せたままの男の子を両肩を両手で掴んで離して、視線を合わせて、

 「ショ、『ショタ』って名前なのっ・・・!?」

 何か、驚き発見でもしたかのような表情をして尋ねていた。

 

   ゴンッ


 それと同時に、メルーの頭の上にゲンコツの音が響いた。

 それはまるで流れ星の流星みたいに一瞬。

 されど、その滞空はまるでコロニー。

 ゲンコツしたのは、店主の触手の先だった。

 「ぬ、ぬぐおおお・・・・!??」

 メルーは、男の子から手が離れて、頭をおさえていた。

 男の子は呆気な顔のままで驚いている。

 そして店主が、

 「``ショタ``じゃねぇ、``ショウタ``だ」

 と、注意するように口にしていた。

 メルーは痛みが尾を引いてるのか、頭を押さえたままでうめいている。

 そんなメルーは放置して店主はふと、

 (しかし・・・``ショウタ``ねぇ・・・)

 自身の経験則で、ふと内心で色々吐露した。

 (日本・・・だったか?・・・の名前、か・・・。確か、アチラでは男らしい者につく名前だったと思うが・・・)

 と、そう思ってから、男の子、ショウタ、と自己紹介した子供の顔立ちを見て、

 (・・・どうみても、男らしい・・・とは言えんよなぁ・・・これ・・・)

 と、内心で感想をこぼした。

 (・・・下手すればメルーの髪の色が黒だったら、姉妹で通じるんじゃねぇか・・・?)

 そんな疑問を思いながらも、店主は、別の事を聞きそびれたと思いつつ、

 「・・・あー・・・ショウタ、ってのは確か、名前とかで使われるものであって、苗字じゃぁ・・・ないよな?それとも苗字がショウタ、って名前なのか?」

 そう尋ねた。

 すると、男の子は、

 「ぁ・・・ぇと・・・」

 自分の名前を模索して口から吐露するような―――――ー

 

     ―――――――『もしかしたら貴方の苗字は、もう今後は――――』――――


 ――――雰囲気が一瞬、示されていたのに、


   ―――――男の子の表情は、少し陰りが差していた。


 店主は「・・・?」と片眉あげて、その男の子の様子に怪訝な顔をした。

 そして『どうかしたか』と尋ねようとしたが、それよりも先に男の子が、

 「―――あおば、・・・・・・です。・・・あおば、しょうた・・・です」

 フルネームで、名前を自己紹介していた。

 その表情は、どこかやりようのない苦しみがあるように見えた。

 それを見て店主は、1つの疑問とも、懸念とも言える想像を抱いた。

 (・・・苗字絡みで何か・・・あったのか?)

 それは、飽くまで想像だった。

 だが、1人の男の子の表情は、そう漠然と思わせる陰りが見えた様な気がした。

 それは、ほんの数瞬だったけども。

 故に対面する店主にとっては言葉をかけるにも、難しいと思わせる気持ちにさせた。

 そんな、最中、


 「ぬぅぁっわぁッ!」


 メルーが復活した。


 メルーが頭をおさえながら、抗議するような目線を店主へと向けていた。

 「な、なんにをするんでぃすかっッ?!店長っ!?」

 頭の痛みのせいか、微妙に呂律が回っていないメルー。

 メルーのその言葉に、店主はメルーへとジト、とした目線を向けて、

 「・・・お前が酒でも飲んだみたいに暴走しそうになっていたから戒めたんだが・・・」

 そう口にしていた。

 対してメルーは、

 「な、シ、シラフですよっ!というかお酒飲んだ事ないですよっ!?」

 そう、抗議していた。

 男の子一人が置いてきぼりな、どこかコント染みたやり取りを2人はしていた。

 置いてきぼりな男の子は、暗かった表情からメルーの復活した時の声のせいで小さく驚いたままで、呆気な顔をするしかない。

 それなのにメルーは抗議を続けていた。

 「と、というかっ、ひ、酷いじゃないですか店長っ、いきなりゲンコツだなんてっ!」

 「いや、だってなぁ・・・」

 「な、何故にっ・・・!?わ、私はただ性別を表す可愛い名前だなって・・・!」

 「・・・」

 (・・・可愛い?) 

 店主は、些か、何とも言えない気持ちになる。

 店主はとりあえず、煙にまくことにした。

 「・・・大事な説明をしようって時に、話に割り込むのはいかんだろ?」

 「ぬ、・・・

 「今もこうやって横槍入れている訳なんだが・・・」

 「ぐぐ・・・」

 メルーは正直、聞きたかった理由の部分とは違う、どうも話の邪魔をしてしまったからゲンコツを受けたのかもしれないと思って、どう反論したらいいのか分からないので観念した。

 「わ・・・わかりましたよっ・・・すみませんっ、続けて下さいっ」

 メルーはそう告げて、一応静かになった。

 少しばかり、不満の表情が見えるが。

 だが、どちらにしても店主は内心で、話が進められる様になってマシな気分にはなるが――――やはり、見え隠れした男の子の陰りが、どこか気になった。

 だが、それを晴らす太陽の様なメルーの発言が、男の子の顔から陰りが消してしまっていたのは、内心店主としては幾分メルーに感謝したい気持ちだった。

 暗鬱とした相手と話すよりは、普通の状態の相手の方が、話は伝わりやすい。


 ――――正直、他所の他人には見せたくないどこまで本気で言っているのか分からない太陽の言動ではあったのだが。


 店主は、男の子へと声をかける。

 「それでショウタ、歳はいくつだ」

 その質問に、呆気がどことなく残った表情ながらにも目線を店主と向かい合わせる男の子は、

 「ぁ、ぇ、と・・・」

 呆けから自分を取り戻して、口を開き、

 「8さい・・・です」

 と、その年齢を口にした。

 そこに、メルーが、

 「あ、」

 ゲンコツを食らったというのに、 

 「8歳って事はやっぱりショタ、って言葉としてはストライクゾーンど真ん中でOKなんじゃ・・・」

 と、どこか無意識気味に、何か哲学探究でもするかのように、そんな事を口にしていた。

 その様子は、まるで何かのテストの答えあわせを頭の中でしている様な雰囲気だった。

 店主の拳が、気付けばまた衛生の如くメルーの頭上に在る。

 「へ?」

 メルーは、自分の頭上にコロニーがあるのに気付いた。

 彼女は、一瞬、何が何だか分からなかった――――が、

  ハッ!

 つい先程、コロニー落としを受けたのに気付いて、頭を抑えて男の子の目の前なのに、

 「な、なんでですかぁあああ!???」

 逃げ惑いそうになる身体が斜めって床にひれ伏し地震対策しそうな途中の様相で、店主から低い姿勢で逃げ離れ、疑問を呈していた。

 涙目のメルーの表情は、本当に訳が分からないという風になっている。

 店主はそれを見て、溜息をつく。

 一旦、触手を元の鞘に(店主の身近に)戻した。

 「・・・お前、その言葉が色々と使用するには・・・あんまり推奨されないワードだって理解しているか?」

 「・・・へ?」

 メルーは、単音こぼした。


 店主は、その姿を見て、

 (・・・こいつ・・・)

 頭が痛くなってきた。

 恐らくは、分かっていないと判断できた。


 (・・・誰から吹き込まれたんだ・・・一体・・・)

 アチラの世界の言語。

 此方でマイナーすぎる言語の言葉。

 (誰に吹き込まれたかは知らんが・・・アッチの世界の厄介なワードを半端に知って使ってやがるな・・・)

 店主は、頭痛が酷い気持ちになりながらも口を開く。

 「・・・次からはそのワード使うんじゃないぞ?」

 「ふぇ?・・・え、なんか、・・・大人、な、・・・意味があったん、ですか?・・・もしかして・・・」

 「・・・」

 沈黙の肯定――――――?

 というより、この場合、メルーの言う『大人な』がどれだけの範囲を指すのか分からないので店主はどう説明したものかと苦慮しているのが本音。

 ただ、沈黙の肯定と受け取ったのか、メルーはと言うと、

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ~~~・・・」

 段々と苦い顔をして、前後左右上下分からない意味合いの苦悩に揉まれる様子で、何とも言えず黙していた。

 それは、どこか自分が色々と大問題な発言をしていたんじゃないかという、顔は赤らんでもいないが、人としてダメなんじゃないのかという苦悩に満ちた様相だった。

 それを見た店主が口を開く。

 「・・・誰から聞いたんだよ」

 その質問に、微妙に正座になりながら、ほんの少し俯き気味にメルーはなる。

 「・・・ご隠居からです・・・・・・」

 「・・・。・・・あの人は・・・」

 店主は、発信元を理解して呆れた様相になりながらも、何とも言えない気持ちになった。

 それはいわく『厄介な・・・』とでも言いたげな様相。


 数日前の仕事中に、客もいなかった暇な時間帯でメルーとキッチンの洗い場で食器洗いをしていた時の、世間話の時にメルーから出た言葉。


 ―――あぁ、そういえばあの時は変に邪気のない気さくな感じで口にしていた――――


 そんな事を思いながら店主は、その時は冗談の類かと店主は思った。

 だが、よくよく思い出せば冗談にしては異質な自然体な笑み。

 しかも問い詰めようにも直ぐに来客が来たので、ロクに取り合えなかった。

 そんな事を、店主は一通り思い出していた。


 店主は男の子の方を見つめた。

 男の子が、本当に置いてきぼりになっていた。

 だから、呆気なままになっていた。

 ただ、放置だった為に男の子が居心地悪くなって居る様に見えた。

 当たり前だ。見知らぬ人の家の中に居るのだから。


 まずは、ほったらかしたのを店主は謝る。

 「・・・ホントに騒がしい従業員でスマン。ショウタ」

 頭痛が酷くなりそうな頭を下げながらそう告げる。

 その言葉に対して微妙に肩身狭そうな感じの男の子は、

 「ぁ、ぅ・・・ぃ、ぃ、ぇ・・・?」

 どう、返事をすればいいのか分からないと言った感じで、漠然とした表情で、生返事をしていた。


 店主は、とりあえずはた迷惑な太陽(従業員)も黙した事で、説明に戻る事にする。

 「・・・とりあえず、ショウタ」 

 「・・・?」

 「ここがどこだか・・・分かるか?」

 その店主の質問に、男の子は疑問符を浮かべ続けるしかなかった。

 そして一応、口を開き、

 「ぇ・・・と・・・てんちょう、さん、の・・・オミセ・・・?・・・」

 そう、答えていた。

 それに対して店主は、

 「すまん、聞き方が悪かった。・・・いや、ひっかけのつもりで聞いたんだから、此方が悪いな」

 「・・・?」

 「今の質問は、ショウタ、お前がどう答えるかを聞きたかった。故郷の土地の名前を言うなら、それはそれで自認自覚をしているか否かの判断になったという意味だ」

 「・・・・・・?」

 男の子は、疑問符を更に増やすしかない。

 それに対して店主は、こう伝えた。

 「はっきりと言う。ショウタ、ここはお前の住んでいる街や土地や地区とかじゃない」

 「・・・」

 男の子は、ショウタは、その言葉に然程驚かなかった。

 見た事もない路面を歩いていたから。

 店主はそんな男の子の様相を判断要素として、ただ告げる事にした。


 「ここは、【魔界】だ」







 ===========================================







夜の時間帯。

 街中の外れの辺りにある、この土地の市役所にパトカーが一台、表玄関の駐車場の辺りで停まっていた。

 警察官の人数は3名(全て男性)。そしてその3名共、市役所の玄関の方に居た。

 そしてその警察官3名と対面するのは、1人の女性。

 黒いスカートスーツを纏った、ごく普通な社会人然とした出で立ちの女性。

 黒縁の眼鏡をかけ、長い黒髪は後ろ三つ編みにしてオデコを見せる形で身だしなみを整えている。

 警察官達も同じく短髪黒髪と警察官としては特徴のない普通の出で立ち。

 背丈も3者共横ばい気味で、特徴の無さが際立つ。

 故に唯一背丈が低い女性のみが目立った。


 時間帯としては閉館したはずの市役所。

 その市役所の玄関を背景に女性は、警察官達へと頭を下げた。

 「お願いします・・・」

 それは、何度も警察官達が聞いた言葉。

 故に警察官達は顔を苦々しいものにしていた。

 真ん中の警察官が1歩前に出て答えた。

 「此方も捜索はしますが・・・期待はしないで下さい」

 現代的な警察官の答え。

 もしかしたら『任せてください』とは無責任な事を言わないだけ、紳士なのかもしれない言葉。

 だが、強いやる気の類は、あまり感じられなかった。

 それも、仕方ないのかもしれない。

 

 それでも、女性は、その言葉に心が折れる事はなく、

 「それでもっ・・・お願い、します・・・」

 ただ、そう頭をさげて願っていた。

 

 その言葉が、その場の一連の仕舞いとなった。


 最後の幾らかの公務員同士としての口頭確認の言葉を女性と交わした警察官達はパトカーに乗り込み、市役所の表の玄関の駐車場から出て行った。

 女性は、それを見送り、その表情に陰りを生んで、市役所の玄関は通らず、市役所の外回りを少し歩いて裏口から屋内に入る。

 市役所内は、夜間灯篭のみで、薄暗かった。

 もう直ぐしたら、全ての明かりが消えてしまう。

 そして、彼女は廊下を歩いて、自身の属する部署へと戻ってくる。

 ドアのネームプレートには、


 《児童保護課》


 そう、記載されていた。

 ドアのガラス越しに明かりもついていない部署の事務室。

 そのドアを開けて、女性は中へと入っていった。

 誰もいない。

 窓は白いカーテンが閉じられている。

 しかし、市役所の外の街灯と、月夜の光が通り、完全な黒い世界ではない白みある青の世界の様な色合いを室内は示していた。

 中央を中心向かい合わせに配置されたデスクの群れの右を横切り、一番窓に近く向かい合わせ右側のデスクの椅子を引き、そして腰を降ろした。

 女性は、室内を見上げた。

 そして唇が震えていた。

 それは、ただ心配の色だけが示されていた。

 「・・・ショウタ、君・・・」

 そして、女性の唇はその名前を呼んだ。






 =======================================================



  



 「・・・まかい・・・?」

 しょうた、は店主から告げられたそのワードを、当てるべき字に当てはめる事もできないままに反復する感覚で口にした。

 店主が尋ねる。

 「わかるか?」

 「・・・・・・ぃ、ぇ・・・」

 しょうた、は首を小さくふりながら答えた。

 それを見て店長はふと気付く。

 そして内心で自分を愚痴るように、

 (・・・冷静に考えれば・・・アッチの世界の8歳の子供に``魔界``なんて教えても分かる訳がないのか・・・?)

 そう、吐露をした。

 店主の思考が少しばかり続いていく。

 (・・・そもそも、アッチの世界の感覚での【魔界】って言っていいもんか・・・?)

 苦悩交じりに内心の吐露が続く。

 そして店主は、ショウタへと、

 「あー・・・``魔王が居る世界``って言えば分かるか?」  

 そう尋ねてみた。

 その言葉にショウタは疑問符が抜けきらない表情のままながらにも、

 「マオウ・・・ですか・・・?」

 と、オウム返し気味になりながらも、思考をしている様相になった。

 (ま、おう・・・。・・・マオウ・・・)

 ショウタは内心で反復する。 

 それは、聞き覚えのある言葉だったから。 

 そして、

 「・・・おんがく・・・?」

 そう、声をこぼしていた。

 そしてショウタは、自分からそう口にした直後に、顔を呆気なものにして、

 「ぇ・・・ぁ・・・マオウ、が・・・いる・・・んですか・・・?」

 と、不安そうな表情で、そう尋ねてきていた。

 その様相にメルーはショウタのその一連の表情の変わりの理由が分からずにいた。

 それに対して店主は、理解を示していた。

 ただ、その顔は、

 (あー・・・)

 と、なるほどな、という風に、ショウタが不安な表情をしている理由を察した表情だった。

 『音楽』というワードがあったから、おおよそ察知できた内容。

 そして、店主は、

 「あー・・・安心してくれ。その【魔王】とは何ら関係がない」

 その言葉を聞いて、ショウタは不安の表情が少し残りながらも和らげ、そしてその代わりに疑問符がまた少し浮かび上がったかのような表情をしていた。

 そんな会話をする横でメルーが店主へと尋ねた。

 「あの、店長?・・・``おんがく``って何ですか?楽器で音を奏でる、演奏する、あの音楽でいいんですか?」

 その質問に対して店主は、

 「ああ。そうだ」

 と、答えていた。

 そしてメルーは、

 「・・・?音楽に関連してて演奏の上手い著名な魔王の人、っていましたっけ・・・?」

 と、どこか会話が上手くかみ合ってない感じで尋ねていた。

 店主が、どう説明したもんかという具合ながらに、口を開く。

 「違う違う。音楽、ってのは文字通りの意味だ。歌や楽曲とかの意味だ。演奏の腕前とかの方じゃない。・・・あっちの世界には、【魔王】っつー題名の曲があるんだよ」

 「へ・・・?そうなんですか?」

 「ああ」

 店主がそう答えると、店主はショウタへと質問を続けた。

 「それは学校の授業で知った事、ってことでいいのか?ショウタ」

 「ぁ・・・は、い」

 ショウタは肯定を示した。

 それに対してメルーは「へー・・・」と、意外そうな顔で雑学をしったかのような表情をしている。

 しかし店主はそれにも気付かず、何気ない雰囲気で呟き男の子へと確認する様に、

 「・・・確か、内容は・・・病気になった息子を・・・父親が抱いて馬で運び、医者の元に連れて行こうとする・・・だったか・・・?」

 と、口にしていた。

 そしてショウタは、

 「ぁ・・・は、い」

 相槌するように返事をしていた。

 店主は、自分の認識とショウタの認識の相違を確認する以外には、特に深い意図もないつもりで口にしたつもりだった。

 そしてそれは滞りなく確認できた。

 だが、そこにメルーが、

 「・・・馬?救急車じゃダメなんですかね?」

 と、不思議そうに店主へと尋ねていた。

 店主は、座布団の上でズッコケそうになる。

 「・・・その時代にねーよ・・・車は・・・」

 ショウタの世界で言えば、200年近く前の音楽。

 店主は話を打ち切ろうとした。

 だが、どこか興味津々な感じのメルーが、

 「時代に無い、って事は古いんですね?・・・店長・・・オチはどうなったんですか?」

 と、知りたがりな表情で、聞いてきた。

 店主は頭痛を覚えそうになる気分で、

 「後にしろ後に」

 と伝えた。 

 それに対してメルーは、

 「えー・・・」

 と、不満げに単音伸ばしの声を口にした。


 店主はこのままズルズルいくのもいけないと思い、後で話しはするが、今はとりあえず、この話題は切ろうとした。


 だが、

 「ぇ、と・・・」

 ショウタが、口を開いて、

 「・・・キリ、が・・・でて・・・」

 メルーの為なのか、説明を開始しようとしていた。

 そしてメルーもメルーで、興味津々で、

 「そ、それで?」

 と、ショウタへと聞いていた。


 店主は本当に変な流れにズッコケそうになる。

 だが、流れは止まらない。

 

 「ぁ・・・ぇ・・・と・・・た、しか・・・」

 しかもショウタは説明を開始したはいいが、上手く説明できず、時間がかかっている感じだった。

 それを見て、店主は色々吹っ切れた。 

 「―――~~~だぁっ!俺が説明するっ!手っ取り早く纏めるから聞けっ」

 店主はメルーへと説明した。

 「父親は息子を抱いて馬に乗って森の中を走るんだよッ!そして霧が出てくるッ、そんなメロディーが劇中を彩るっ!」

 「は、はい」 

 「その霧が比喩であり子供の視点から見ての``魔王``なんだよッ!」

 「比喩・・・?子供の視点・・・ですか?」

 メルーは、不思議そうに尋ねていた。

 店主は説明したはいいが、内心で『あ、これ長くなるな』と半ば諦めた気持ちになって、観念したのか、溜息混じりに普通に説明する事にした。

 「はぁ・・・・・・。・・・・まぁ、そうだ。・・・その霧が子供の視点では魔王に見えるんだよ。・・・・・・でな、父親には聞こえないんだが、息子には聞こえるんだよ。魔王の誘う声が」

 その言葉を聞いて、メルーはふと、

 「誘う声、ですか・・・?・・・」

 どこか神妙な顔をした。

 そして、

 「店長、」

 「・・・あ?」

 「もしかして・・・・・・その魔王様って、」

 「・・・」

 「・・・ショタコ」

  

    ゴンッ


 再び、店主の触手の拳がメルーの頭に落ちた。

 「ッぉぉぉぉおォゥ・・・!????」

 メルーが頭を両手でおさえて痛がる。

 店主はどことなく怒った顔で、

 「・・・次同じ様な事を言ったら、とりあえず店先の暖簾代わりに括り付けるぞ」

 と、口にした。

 それに対して涙目気味なメルーは、

 「や、やっぱり・・・コレもダメなワード、なんですかっ・・・?」

 「・・・それもご隠居から吹き込まれたのか?」

 「・・・は、はひ・・・『好きであれ、その称号』とか、『かっこいい称号じゃろ?』・・・みたいな事を言われて・・・」

 「・・・なんつーぼかし方の説明だよオイ・・・」 

 店主は、再び頭痛が酷くなりそうな気がしてきた。

 (今度ご隠居来たら注意せんとな・・・)

 店主はそう思いつつ、頭痛をもう彼方に吹き飛ばしたい気持ちになって口を開く。

 「・・・それも他人の前で口外するなよ?いいイメージの言葉じゃねぇんだから・・・いや、下手すりゃ知ってる人の方が少ないぞ・・・」

 店主のその言葉に、メルーは、 

 「は、はいぃ・・・」

 うな垂れ気味に肯定していた。

 店主は、頭痛がまだ治まり止まぬ気分を抑えつつ、

 「・・・説明打ち切るぞ」

 そう、告げて話を終わらせようと思った。

 「っ、あ、どうせなら意味の説明を最後までっ・・・」

 しかし、店主の視界から見て、メルーはショータの左隣に正座で座ったまま手をあげて主張した。

 「た、単純に勉強になるので、興味がありますっ・・・店長っ」

 一応、メルーは真面目な雰囲気でそう願っている様子だった。

 それを聞いて店主は溜息をつきつつ、

 「・・・坊主は訳が分からん、って感じの状態になっているんだが・・・」

 確かに事実、ショウタは一人置いてきぼりな状態が続いている。

 メルーはさすがに反省したのか、しゅんとしつつ、ショウタの方を向いて、

 「え、えーとね?・・・話の邪魔してごめん、ね?や、やめとく・・・」

 メルーが中止を宣言しようとしたら、男の子はどこか、話の邪魔になってしまっているのかもしれないという風に申し訳なさそうな顔をして、

 「ぁ・・・ぃ、え・・・」

 そう声をこぼして、店主の方を向いて、

 「ぇ、と・・・どう、ぞ・・・?」

 少しばかり困惑しながらも、店主とメルーが会話をするのを邪魔しないようにしていた。

 それを見て、店主はふいに虚を突かれた気持ちになった。

 メルーは、どう反応すればいいのか分からなくなった。

 ただ、メルーはと言うと、男の子が気を遣ってくれたのだと思ってしまって、

 「て、店長。も、もう邪魔しないので、その音楽の解説、どうぞ・・・」

 そう、店主へと控えめにお願いしていた。

 その実、男の子が気を遣ったのは事実だが、実際は大人同士の会話の邪魔になってはいけないみたいな、子供心の類のものだった。

 店主は、それを何となく把握は出来たのだが、

 「・・・」

 (・・・なんで俺がコレを話す事前提で話が進んでるんだろうな・・・)

 何となく面倒臭くなり、このままメルーが納得しないと話が進まない気が、というか邪魔されそうな気がするので、最後まで説明する事にした。

 正直、納得できる気分ではない天然な従業員の発言に頭痛が酷い気分ではあるのだが。

 「・・・息子が魔王の誘う声のままに幻覚を見始めるんだよ。魔王が自分の娘達の踊りの宴を披露する、とか言ってくる、って父親に言うんだがな・・・まぁ父親は聞こえない訳だ」

 説明が再開された。

 そしてメルーは、

 「・・・」

 何か、思ったように、

 「・・・すねー」

 ぼそり、と何か呟いていた。

 店主が「あ?」と片眉あげる。

 メルーは、

 「い、いえっ?なんでもぉっないですッ!?」

 と、慌てて否定していた。


 それは何故かというと、


 (あっ、あぶないッッ!『息子さん思春期ですねー』とか言いそうだったッ・・・!!?)


 内心、またもゲンコツが落ちてくるんじゃないかと思って、寸前の所で口にチャックをしていたからだlっつあ。

 (こ、コレ、も・・・た、多分アウトかもしれないしッ・・・!)

 メルーは、色々と焦る。

 しかし、

 (・・・・・あれ?思春期、で合ってる・・・?かな?・・・この場合・・・)

 後になって、メルーはどこか、この表現で合っているのか、自信がなくなっていた。

 (思春期って確か、異性に興味を持つ、とかだっけ?・・・アレ?じゃ、違う・・・?)

 この場の3者の2者も預かり知らぬ個人完結の哲学的な問答。 

 (・・・異性を『イメージする』・・・だっけ・・・?この場合・・・)

 ちなみに、この場合だろうと、その場合だろうと、その実、哲学でもなんでもない。

 

 短い思考。

 店主は片眉あげたままで、また何かメルーは無知が過ぎるままに変な事でも考えているな、という事は思った。

 だが、耳に入らなかったことやメルー自身も自粛した様子があったのもあって、スルーした。

 そして、オチを話すことにした。

 「・・・で、医者の元に行く間、父親には聞こえず息子はうなされ続けるんだわな。・・・で、最後は確か・・・語り手が医者の元に着きながらも息子は父親の腕の中で既に息絶えていた、っていうのを伝える内容だったはずだ」

 店主は、説明を結局最後まで終えてしまった。

 そしてメルーはというと、

 「・・・・・・・・・・・」

 神妙さと、呆気さと、不意を突かれた様なモノが混じったかのような顔で、口を小さく開けて黙していた。

 店主が怪訝な顔で、

 「どうした?・・・んな顔をして」

 メルーの表情について、尋ねる。

 すると、メルーは口を開いて、

 「・・・いえ、・・・あの、息子さんは、亡くなられて・・・しまうんですか・・・?」

 そう、店主へと尋ね。

 店主は「ああ」と肯定を示した。

 すると、メルーはどことなく苦々しい雰囲気になっていた。

 それを見て店主は、

 「・・・どした?」 

 怪訝な顔のままで尋ねてみる。

 すると、メルーはこう返事をした。

 「いや、あのぉ・・・ですね?・・・その音楽の魔王の人が、息子さんを病院まで連れていくのかなぁ、とか・・・ハッピーエンドを想像してしまっていたので・・・」

 その言葉に、店主は、

 「・・・」

 幾許か、沈黙していたが、

 「・・・・・・そうか」

 どことなく、どこか小さな儚げな色合いが見えた顔をして相槌していた。


 そして店主は、表情を一度瞼を閉じて普遍に戻す。

 そして、右側の触手の一本を掲げて、グッ、と握りこぶしを握るかのように力を入れて、

 「・・・もう一発いっとくか?・・・邪念とか振り払う意味で」

 触手の一本を拳にして、クイッ、と構えていた。

 「え、えぇっ!??な、なんでっ!?じゃ、邪念てっ!??」

 「・・・あー、いや、お前の口から出た訳だしなぁ・・・新しい禁止したいワードが」

 「そ、その分はもう終わったじゃないですかっ!?や、やめてくださいよっ!ぼ、暴力店主ってご隠居とかに言いふらしますよっ!??」

 メルーはそう、納得いかないという風な顔で抗議を主張した。

 ただ、端から見たらコントをしているようにしか見えない。

 もしくは、店主がメルーがわざと怯えて別の事を考える様に仕向けたか。

 店主は触手の先の力のこもった感じをほどき、

 「わーった、わぁったって」

 どこか冗長っぽく溜息混じりにそう答えた。

 そして店主は、ショウタの方を向いた。

 すると、

 「っ、?」

 店主は目を少し目を見開いた。

 その理由は、ショウタの表情がまた、少しばかり陰りを生んでいたからだった。

 (・・・ほったらかし、すぎたか・・・?)

 店主は、自分達が変な事をやっている場合ではないと思えた。

 だが、どこか違和感を感じた。

 どこに、陰りを生む理由があったのか、それが分からない。

 何より、その陰りの色合いが、あまりに不明瞭すぎた。

 (・・・・・・なんだ・・・一体・・・)

 店主には、わからなかった。

 何か地雷として踏んでしまっていたのか、それとも、ただ陰りが戻ってきていただけなのか、判断につかない。

 また言葉をかけるにも難しい状況になる。

 しかし、

 「怖いね」

 ショウタの左隣のメルーが、何気なくショータに話しかけていた。

 「ぇ・・・」

 ショウタは、ふいに単音こぼして、メルーの方を一瞥した。

 すると、メルーはまだ目線を合わせていない段階のままで、自然体なままで、

 「だって、今の話の魔王の人って・・・お父さんから息子さんを奪ったみたいな感じだから、さ・・・何か、怖いね」

 「・・・」

 「・・・ここの魔王様なら、そんな事しなさそうなのになぁ・・・」

 そう、口にしていた。

 ショウタは、

 「・・・?」

 少しばかりの疑問符を浮かべていた。

 メルーは、ただ言葉を続ける。

 「私ね?会った事はないんだけど・・・。ウチの魔王様って色々やってるんだよ?たまに色んな病院に居て子供を治療とかしてるし・・・」

 「・・・おいしゃさん、・・・なん・・・ですか?」

 「魔王様の事?」

 「・・・ぁ、は、ぃ」

 「うーん・・・どうだろ・・・」

 ごく自然に、その会話は続いていた。

 店主が少し、驚くレベルで。

 メルーは、質問の答えを言葉で紡いだ。

 「・・・聞いたり見たりした範囲で言うとね?魔王様ってを医療と合わせて助けてる、って感じだから・・・医療だけとかとは次元が違うんじゃないなかぁ・・・他の分野も色々やってるし・・・」

 その言葉に、ショウタは漠然と言葉の意味は明確な理解はしていないが、メルーの言いたい事は理解できているような表情をしていた。

 そして、メルーは、

 「だから、さ?」

 「・・・?」

 「ここの魔王様なら、多分お父さんも息子さんも馬も・・・一緒にお医者さんの所に届けてるよ。・・・あ、けど・・・もしかしたらその場で助けてるかもしれないなぁ・・・」

 「・・・」

 「会った事のない私がこう言うのは変だし、無責任だけど・・・」

 メルーは、あっけらかんに微笑んで、男の子と視線を合わせて口にした。

 「多分・・・だから、大丈夫だよ。ここの魔王様はその音楽の魔王みたいに、きっと・・・そんなに怖い人じゃないと思うからっ」

 「・・・」

 その言葉は、ショウタを少しだけ呆気にしていた。

 そして段々と、陰りを少しだけ晴らしていた。

 まるで黒い色が支配していたキャンパスに消しゴムが自然体に動いて、白いキャンパスの色に近くなった様な、そんな表情。

 その表情を見て店主は、想像も推察も難しい気持ちのままながらにも、幾許かの不安の種が減ったような気分にはなった。

 そして店主は、

 「ショウタ」

 男の子の事を呼ぶ。

 そして、ショウタは視線を店主へと向ける。

 そして店主はショウタへと、

 「・・・とりあえず、シンプルに言えばだが・・・ここは、・・・いや、この世界はお前の居た《地球》という世界とは・・・違う世界だという事だ」

 「・・・?ぇ・・・と・・・」

 ショウタは、どことなくピンときていない雰囲気だった。

 店主はそれを見た上で、

 「・・・ピンとこないか?」

 と、尋ねた。

 ショウタは、

 「・・・は、い」

 素直に、そう返事した。

 そして困惑気味に、店主へとショウタは尋ねた。

 「・・・ユウセイチョウ・・・じゃ、ない・・・んです、か・・・?」

 ユウセイチョウ、その言葉を聞いて店主は推察する。

 恐らく、この男の子の住んでいた街の名前なのだろうと。

 店主は、やはり相手が幼すぎてどう説明すればいいのかと言葉的に不便に思えてくる。


 そもそもが、『世界』という言葉1つとっても、意味がありすぎる。職・分野・国、それぞれを比喩として分け隔てる時にも言葉として使えてしまう。 


 自ら8年しか生きていないと口にした子供には、その当人がよほど博識で聡くなければ、前述の語呂の感覚を漠然とイメージしてしまう可能性だってある。

 だから、とりあえず店主は、

 「・・・まぁ、そういう事だ。ここはユウセイ町って町じゃない。この辺りの名前はスィー8番地区、通行区って呼ばれる場所の名前だ」

 「すぃー・・・8ばん・・・?」

 ショウタは、どことなく、異世界であるという認識は持てていないようだが、別の町であるという認識は持てているようだった。

 一応、店主はこれ以上深く説明すべきか考える。

 だが、これ以上深く説明のしようがない。

 店主はそんな思考の間を置いてから、一応は『別の場所である』という事は理解して貰えただろうと思い、次の要件に進めることにした。

 「・・・ショウタ、今後のお前の立場に関して、幾らか伝える」 

 「・・・?」

 「今から俺が電話で確認するが・・・お前を保護する人達が来るように手配する」

 「・・・っ」

 ショウタは、店主の言葉の『保護しにくる人達』という言葉に、明らかに反応を示していた。

 それは、横に居たメルーにも気付けるレベルだった。

 そしてその反応は、どこか言いがたいものだった。

 緊張、困惑、悲壮、郷土、哀愁、どれもがある様で、どれとも違うようで、何とも言えない雰囲気だった。

 メルーは、右隣の男の子の気持ちが、どんな状態なのか分からない。

 「・・・」

 だから、メルーは確認する事にした。

 「あの、店長?」

 店主へと尋ねる。

 店主が「ん?」と反応を示す。

 メルーは質問した。

 「そういえば・・・なんで、来ないんでしょうか・・・?」

 その言葉に、店主は数瞬、沈黙していた。

 それは、店主も半ば同じ疑問を持っている事を暗に示した。

 いわく、1人の男の子には主語が抜けてて、されどこの場の店主と従業員の2人には分かる会話の言葉。

 ショウタ一人が、また置いてきぼり気味な状態。

 そして店主は口を開いて答えた。

 「・・・どちらにしろ、あの野郎が反応を探知や感知ができてない訳がないんだ。・・・それなのにやってきていない、って事はだな・・・」

 それを聞いてメルーは、

 「・・・」

 何とも言えない顔で、困惑気味の色合いも含んだ表情をしていた。

 それは、やはり店主とメルーだけが以心伝心する会話。

 そして店主は、明確な言葉にして可能性を言及した。

 「・・・しばらく保護しろとでも言いたいのか否か・・・意図は読めねぇが、そういう事だろうな・・・」


 この場にいない第三者が話題の会話。


 ショウタには見当がつかない。

 しかし、店主はそれを、ショウタに深い背景の説明はすることなく、話を続ける。

 「・・・ショウタ、・・・今日は、飽くまでもしかしたら、だが・・・ウチに泊まって貰う事になるかもしれねぇ」

 「ぇ・・・」

 ショウタは、理由が分からない風に困惑した。

 店主が悩ましい雰囲気で口にする。

 「・・・なんといえばいいんだろうな・・・いや、ただしくは『かもしれない』、ってだけで、ショウタを保護する事が仕事のれんちゅ・・・人達が来たら、ここからショウタは離れるという形になるかもしれないってことだ」

 店主は、言葉遣いが悪く『連中』と言いかけたが、それを訂正して説明する。

 ショータは、

 「・・・?」

 疑問符を浮かべたままに説明を聞く。

 店主は説明を続けた。

 「つまりお迎えが今晩の内に来るかもしれないし・・・相手次第では明日の朝にやってくるって形になるかもしれないって事だ。だから、それまでウチはショウタを保護しておかないといけないんだよ。・・・ルールに則ればな」

 「ルール・・・?」

 「ああ、そうだ」

 「・・・」

 ショウタは、よく分からない疑問がどこかにあるように、小さく俯いた。

 だが、それを経た上で、

 「・・・ホゴのヒト・・・たちが、くるん・・・ですか?」

 そう、疑問を投げかける。

 そして店主は、

 「ああ。・・・それも魔界のルールに則ってだがな」

 そう、ショータへと答えていた。

 その言葉に、ショータは少しばかり俯いた。


 男の子の脳裏、そこに浮ぶのは、1人の影。 

 だけど、その影がぼやけて、他の混ざって欲しくない影が、割り込んでくる。

 『保護しに来る人達』という類に連なる言葉。

     

       ――――『――君、きっと新しい、お――さんや、―あさん、が――――』


 「・・・わかり、ました・・・」

 その浮んだ影が、消える事を願う様に、ショウタは了承を示していた。

 

 店主は、その返事を聞いて、

 「・・・」

 目を閉じ、上手い言葉もかけられない様な、雰囲気をしていた。

 それを見て、メルーは、

 (店長・・・)

 自身の雇い主の口下手と、変に他者を思う姿勢が、その目を閉じた沈黙の様相にしているのだと、何となく察せた。


 店長は、事実的でも、嘘をついているのかもしれない。

 言葉にはしていない、片方の思い込みに対して説明しない嘘。


 店長が悪い訳ではないが、どんな言葉も安っぽくて、欺瞞だらけなものになるように思えた。

 本来のルールで言えば、もう店長が負う責任はない状況になっているはず。

 そして言葉を持って責任を果たす立場の人は、ここにいない。


 (・・・何か・・・理由があるのかな・・・魔王様・・・)

 メルーは、疑問を思った。

 だが、頭を振る。

 自分からショウタへと、魔王様は怖い人じゃないかもしれないと言った手前が、その疑問を揺らがせた。

 ただ、しっかりと疑問は持ち続ける。

 そしてメルーは出会えれば聞き出そうという決心をしてから、声を出した。

 「とりあえず店長っ」

 「お、あ?」

 ふいに話しかけれて、店主は意抜きをされたような表情になりながら、

 「なんだ?」

 と、応じた。

 そしてメルーは、

 「ショータをウチに泊まらせる、ってのは賛成です」

 と、主張していた。

 その姿勢に、店主が目を少し見開いて驚き、そしてジト、とした眼を向けた。

 「・・・『ショータ』・・・?」

 「へ?・・・あっ、」

 メルーは、誤解だ、と言わんばかりに手を振り、

 「っ別に他意はありませんよッ?!」

 性急せまる表情でそう口にした。


 ショウタ、ショータ、ショタ。


 伝言ゲームの様に変化しているようで、最終的には店主がクラゲ亭が従業員にジト目を向ける感じ。

 その一歩手前な雰囲気はした。


 だが、メルーは本当に他意はなかったので、必死に主張する。

 単純に呼びやすく、親しみやすくのつもりでアオバ・ショウタの名前を呼んだら、発音がそうなっただけだったから。

 メルー自身、「う」が『ウ』なのか『ゥ』なのか、大文字なのか小文字なのか、分からない故の無自覚の伸ばしもあったかもしれない。

 「ほ、本当に他意はありませんってばっ!し、舌足らずっぽくなっちゃってますけどもっ!

 そんな必死な主張が通じてか、店主はジト目になりつつながらにも、溜息をつきつつ、この話題には目を瞑る感じになった。

 そして、メルーはふと、目線をちゃぶ台の上に乗った料理の群れへと向けた。

 そしてショータの方を向いて、声をかけた。

 「で、っねっ?ショータっ」

 店主のジト目の威力がどことなく残ったままながらに、声をかける。

 ショータは、

 「・・・?」

 少しばかりの疑問符を浮かべて、顔をあげた。

 そして視線が合うとメルーは、

 「ショータは・・・お腹空いてる?」

 と、尋ねた。

 ショータはふいな質問に、

 「ぇ・・・」

 そう、単音をこぼしていた。

 そして流されるがままながらに、ショータは素直に、

 「ぇ・・・と・・・は、ぃ」 

 と、答えていた。

 そしてメルーは店主へと目線を向けた。

 「店長、ショータの分のご飯もあるんですよね?お椀やおかずが3人分ありますし」

 その言葉に、ショータはちゃぶ台の上を見つめた。

 そしてショータは、今になって3等分の綺麗な配膳が成されている事に気がついた。

 店主が答える。

 「ん・・・?ああ、・・・そりゃあ・・・一晩面倒をみるかもしれんからな・・・」 

 その了承の言葉に、メルーは微笑して再びショータの方を見た。

 「ね、どうする?店長のお墨付きも出たし、一緒にご飯が食べられるよ?」

 「ぇ・・・ぁ・・・」

 ショータは、遠慮がちに、どう答えるべきか分からない雰囲気になっていた。

 そしてメルーは、

 「あ・・・けど、気分が乗らない、とかなら後でも食べれるよ?それとも晩御飯は止めとく・・・?お腹の調子が悪かったら無理して食べちゃダメだし・・・」

 「ぁ・・・ぇ・・・だ、い・・・じょうぶ、です・・・いたく、なんて・・・」

 「そう?・・・ならお腹すいてるなら・・・一緒に食べない?」

 そのメルーの言葉に、男の子は小さく俯いた。

 そして、申し訳無さそうに、顔を赤らめていた。

 「・・・」

 そして、幾許の沈黙の後に、

 「・・・ごめい、わくに、なるん・・・じゃ・・・」

 そう、言葉にしていた。

 その言葉に、メルーが答えるよりも先に店主が、

 「別に迷惑じゃねぇよ」

 そう口にした。

 そして続けて言葉を紡ぐ。

 「ショウタ、言っただろう?」

 「・・・・・・?」

 「これがルールだ。お前を一晩泊めるかもしれないのもそう、そして食事の世話などをするのもそうだ。だからお前が気に病む事ですらねぇ。大人の都合って奴だ」

 「・・・」

 「だから、いらないなら、いらないと言ってくれればいい。だが・・・、」

 「・・・」

 「腹が減ってるなら好きなだけ食え、その為に飯は用意したんだからな」

 その言葉に、ショータは少しだけ目を見開いていた。

 どこか、眩しいものを見てしまったかのように、ふいにショータは目線を逸らしてしまった。

 そしてメルーが苦笑交じりに、それでいて意地悪な顔で店主へと、

 「店長、・・・口下手すぎやしません?」

 わざとらしく、そう口にした。

 それに対して店主は、

 「・・・やかましい」

 視線を逸らしてそう口にした。

 そしてメルーの視線はショータの方を向いた。

 そして、メルーはショータを後ろから抱き寄せて、

 「・・・で、どうする?ショータ」

 そう尋ねる。

 「・・・」

 ショータは、何も答えられなかった。

 迷っているような表情が、見てとれた。

 だが、


   クゥ・・・


 間近にいたメルーの耳が、ショータのお腹が鳴っていた事に気付いた。

 それは、メルーにしか聞こえないぐらいの小さな音。

 ショータは、顔を赤らめた。

 もっと俯いていた。 

 そして、自分が恥ずかしくて、穴があったら入りたい様な表情をしていた。

 申し訳なさとで、その赤らみは、とても酷くなる。

 

 対して、メルーは、苦笑していた。

 そしてショータの耳元へと顔を近づける。

 彼女は、耳打ちをした。

 『別に遠慮しなくていいよ』

 呟きの言葉。

 『店長、ショータを保護しちゃったから・・・料理をいつもより頑張っちゃてるんだ』

 「ぇ・・・」

 『店長、口下手だから、さ。・・・気合入ってるのとか『ルール~~』とか言って誤魔化すんだ』

 「・・・」

 『だから、さ』

 メルーはクス、と笑った。

 『一緒に食べようよ』

 その言葉に、ショータは、数瞬の沈黙を置いた。

 「・・・」

 メルーの両腕の中。

 メルーの両腕に両手を触れていた。

 俯いたまま、だけど、言葉にする。

 「・・・ほんと、うに・・・ごめん、なさい・・・」

 それは、謝罪の言葉の様で、違った。

 それは、否定の、言葉じゃなかった。

 「・・・ぇ、・・・と・・・」

 申し訳なさからでるような、控えめな言葉。

 そして、

 「・・・いた、だき、ます・・・」

 肯定の言葉を、連ねていた。






 ===========================






 ショータは、お世話になる旨を口にした後、後ろから抱き寄せているメルーが立つがままに運ばれ始めた。

 ショータは、その時、少し不思議な感じがした。

 持ち運ばれたのに、まるで宙に浮いたみたいにメルーの腕の圧迫感とかがなかった。

 その代わり、メルーと触れているはずの腕や胸の部分が、暖かかった。

 まるで、見えない毛布にくるまれたかのような感覚。

 メルーは、上機嫌の雰囲気だった。

 ショータを前で、抱っこしている訳でもなくてショータの両脇に腕を差し込んで運んでいるのに、ショータはまったく痛みを感じない。

 そんな風にショータを運ぶメルーは、ふと店主に気付いた様に声をかける。

 「あ、店長。今日は座敷部屋で食べるって事でいいんですかね?」

 その質問に店主は、

 「・・・まぁ、そうだな。もう並べちまったから、たまにはいいだろ」

 そう返事をしていた。

 その返事を聞いて、メルーはショータを座布団の方へと座らせる。

 ショータがメルーに運ばれて座った席は、店内の方が少しだけ左斜めに見渡せる位置だった。

 そしてメルーはショータの右隣に腰を降ろす。

 ショータは腰を降ろされて自ら正座になって座った。

 そして店主は左向かいの方に腰を降ろす。

 そしてメルーはショータの右側の席に座った。

 3人共、席に座った段階で、

 「あ」

 メルーが、何かに気付いた様に単音をこぼしていた。

 そして店主へと、

 「店長、大丈夫・・・ですかね?」

 そう心配そうに尋ねていた。

 店主は、

 「・・・?・・・何がだ?」

 そう、疑問符混じり気味に反応を返す。

 メルーが説明した。

 「いえ、人間のショータが魔界のご飯食べても大丈夫・・・ですよね?」

 その問い掛けは、再確認の様な色合いがあった。

 つまり、メルー自身は大丈夫、と頭で理解している事柄でも、初めての体験の状況故の心配の問い尋ねと言えた。

 店主が答える。

 「ああ、問題ない。そういう風に作ってある。・・・というか、ウチはそういうのしか仕入れてないし、出していないんだが・・・」

 メルーはその返事を聞いて、少しだけ安心した様子で、

 「そう、ですよね・・・うん。ショータ、」

 「は、ぃ?」

 「一応、ね?何か御飯食べてみて、気持ち悪くなったら直ぐに言って?」

 「・・・?」

 ショータがよく分かっていない様子の為に、メルーは慌てて説明するように、

 「ほ、ほらっ慣れない土地で御飯を食べると身体を壊す、って言うでしょ?」

 「ぇ・・・そう、・・・なんですか・・・?」

 メルーは、とっさに出た嘘の様な、医学的に見たら慣れない環境での食事で不調を来たすとかの事柄も思い出しながら、苦し紛れ気味になりながらも相槌する。

 「そ、そうっ。だからさ、、まずは何か少しだけ一口食べてみて、変な味がしたり、気分が悪くなったりしたら・・・汚いとか思わず、直ぐに吐き出してねっ?」

 「・・・?」

 ショータは、メルーのその必死な説明に、疑問符を浮かべるしかなかった。

 自分は、何を食べさせられるのだろうと、ぼんやりとショータはそんな感覚のものを、言葉ではなくても思えていた。

 だが、食卓の上に並ぶ料理はどれも、ごくごく自然で、綺麗で、整った料理ばかりだった。

 だから、尚の事ショータの頭の上には疑問符が浮ぶ。

 ショータはふとそんな事を思った。

 どう見ても、ショータの席前には、左にお味噌汁。右に御飯。上の真ん中に主菜。左に小鉢。右にサラダ。と健康そうな料理のメニューが出揃っている。

 3者同じ様な配置。

 お箸だって箸受けに置かれる形で一番手前に存在している。

 食事にはラップがされて配膳されている。

 ショータはふと、

 (・・・くらげのため・・・の・・・ごはん・・・?)

 そんな事を、店主を見て思ってしまった。

 だが、クラゲ用の食事には見えない。

 ふとショータは、

 (ぁ・・・) 

 気付く。

 店主がクラゲじゃないことを。

 (・・・しょくしゅ、すらいむ・・・?・・・)

 今度は「しょくしゅすらいむ」用の食事とショータは連想していた。 

 だが、それが堂々巡りなのにショータは気付いて、その点は考えるのを止めた。

 だからメルーに言われた通り、

 「・・・わかり、ました・・・」

 何か、変な味がしたらちゃんと言おうと思った。

 それをメルーは聞いて、

 「うん、お願いね?」

 どこか、やはり心配という風に相槌していた。

 そしてメルーは店主を見て、

 「それじゃあ、いただきますしますか?」

 そう尋ねた。

 店主も、

 「おう」

 相槌を返す。

 メルーはその相槌を受け手、両手を合わせた。

 「それじゃあ、・・・いただきまーす」 

 メルーの挨拶。 

 そして店主も、

 「いただきます」

 真面目な感じで挨拶していた。

 それを、ショータは、ただぼんやりとしてしまった。

 食事の挨拶に、見惚れたと言ってもいい。

 だが、直ぐにショータはハッ、として、

 「ぃ、ぃた、だきますっ・・・」

 手を合わせて、挨拶に直ぐに続いた。

 「・・・」

 ショータは食事を始めることにした。

 ショータは、内心からにじみ出る、手持ちぶたさな雰囲気がどことなくあった。

 初めての場、慣れない場、見知らぬ場、そこでの他人との食事。

 それは否応なしなもの。

 メルーと店主も、それにわざと気付かないような雰囲気ではあったが、そんなショータを気にかけていた。

 ショータは、そんな2人の気にかけに気付く気持ちの余裕がなく、ただ手近な豚汁へと手を伸ばしていた。

 喉も渇いていたショータ。

 それなのに少しほんのりと湯気のあがるお味噌汁を手に取ったのは、飲み物を貰うという事を、ショータは申し訳なくて口にしたくなかったから。

 それは、迷惑になると、思えたから。

 だから、ショータは豚汁のオワンを手に取った。

 意外と、熱くはなかった。

 ショータは、漠然とそう感じる。

 それが、もう、比較的人肌か、それ以下の近くまで温度が下がっている様のだと言語で理解せず、感覚で理解している。 

 ショータは、少しだけ慣れない感じながらにも、オワンを口元に近づけた。

 ほんのり、色々な食材の甘みも渋みも宿った香りが鼻腔をショータの鼻腔に触れていた。

 ショータは、口元に触れる。

 そして、

 「・・・」

 静かに、豚汁のスープを喉に通した。


 メルーと店主は気にかけていた。

 メルーの方は緊張して喉音を慣らす程。

 

 それに対して、ショータは、 

 「・・・」

 少し目を見開いて、

 (おい・・・しい・・・)

 ほぼ無意識に心の中で、そんな言葉をこぼしていた。

 嘘偽り無い、おいしさ。


 ショータがお味噌汁を飲んで時間が経った。

 特に何か問題があるようには見えない。

 メルーは、少しばかり恐る恐る不安になりながら尋ねた。

 「ショータ、大丈夫・・・?」

 「ぇ・・・」

 「ほ、ほら、なんか・・・気分が悪くなったり・・・」

 「・・・」

 ショータは数十秒ぐらい、じっとして自分のお腹を見つめて、

 「ぃ、ぇ・・・とく、には・・・」

 そう返事をした。

 そこに店主が口を開く。

 「だから言っただろ。問題ないって」

 店主のその言葉に、メルーは反応する。

 「問題が無いならいいんですけど・・・あ、ショータ?」

 「・・・?」

 「御飯、食べて変な感じがしたら直ぐに言ってね?けど・・・おいしい、・・・って思ったなら・・・」

 「・・・」

 「好きなだけ食べてね?問題が無いなら、ショータが食べても大丈夫な食材のはずだから・・・あ、賞味期限とかも、大丈夫だよ?」

 ショータはその言葉に、どことなく、なぜそこまで心配になるのだろうという類の疑問符を浮かべたりした。

 賞味期限も大丈夫なら、そんなに気にする必要があるのだろうかという疑問を、上手く言語で認識はしていないが、ただ漠然とショータは思えていた。

 ただ、それでも、

 「わかり、ました・・・」

 返事を示して応じていた。

 メルーは微苦笑を浮べ、そして少し腰を上げてちゃぶ台真ん中のおひつの近くに置かれている調味料ボックスの中に入っている三角急須の片方を右手で取り出した。

 そして腰を戻す。

 店主も同じタイミングで三角急須に触手を伸ばしていた。

 そして店主がその三角急須の黒い中身を竜田揚げの1つに軽くかけている。

 メルーは、手に持つ三角急須のラベルを確認した。

 「あ、店長。店長が今使ってる醤油をお借りしてもいいですか?」

 その言葉に、店主は怪訝な顔をして、

 「・・・これ、ソースだぞ?ソッチが醤油じゃないのか?」

 「え?これもソースなんですけど・・・」

 「・・・ん?」

 店主がメルーの右手の中の白い三角急須のラベルに目を凝らすと、

 「・・・ああ、スマン。どっちもソースか・・・、店先に置いていた奴だからな・・・客が間違えて置いたんだろ・・・えーと・・・」

 店主の触手が店内の方に伸びる。

 そしてカウンター席の調味料ボックスの方に置かれていた容器が同じに見える程に酷似している、されど黒い線が容器の頭にある三角急須を1つ持ってきた。

 それを、ショータは少し驚いた顔で見つめている。

 その触手がとても器用だったから。

 三角急須はメルーの方に手渡された。

 ラベルは『醤油』とあった。

 「ありがとございまーす」

 「どういたしまして」

 2人はそんな、他愛もない食卓のやり取りをしていた。


 食事は、時々クラゲ亭の店主と従業員の他愛もない、ショータにはよく分からない世間話をしていた。

 それは『ご隠居』とか、『お客』『お店』とかの話だった。


 だから、ショータには深くは分からない。

 だが、ふとメルーがショータに、

 「水曜日じゃなくてよかったよ~」

 と、ふいに声をかけていた。

 ふいにショータは困惑して、

 「なんで・・・ですか?」

 しどろもどろに尋ねてみた。

 するとメルーはこう答えた。

 「水曜日はね?夜遅くまで店長の趣味で居酒屋をやってるから、こんな風に一緒に御飯食べれなかったかもしれないし・・・」 

 「・・・バーだっちゅーに・・・」

 店主が口の中に入っていたものを喉に通してから、ツッコミを入れる。

 2人共、食事中に会話ができる仕草・作法に慣れがあった。

 食事中も居佇まい綺麗に、されど誰かと食事を摂る時の楽しげな姿勢。

 

 ――――――団欒な光景が、男の子の前で広がっている。


 人と食事をするのに自然に慣れた人達の節度ある食事の姿勢と雰囲気。

 それが、ショータに時折、食事の箸を止めて一瞬の間ともいえる頃合いを生ませる。

 それは、見惚れとも呆気とも言えないかもしれない。

 2人には気付かれない程の、数瞬な微細な眺めの間。


 脳裏に、想起があった。

 (・・・・・・)

 ショータの脳裏には、この場にいない―――2つの影が、思い浮かんでいた。


 それの片方が、メルーとふいに、重なった。

 

 だが、それがふいに錯覚の様に見えて、さっき浮んだ2つの影とは別の、もう1つの影が思い浮かんで、それとも、ふいに重なった。

 (・・・)

 男の子の頬に、残っていたかのような最後の一粒の涙が、誰にも、 

 

 ――――自身も気付かない内に、流れていた。






初めての小説作品の投稿となります。

誤字・脱字、重複誤字・前述誤認誤字(書いた部分がまた別の箇所で書かれていたり、前述と間違っていたりする部分)等、そして日本語がおかしい部分などがあると思いますが、ご容赦下さい。


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