.(残酷描写 ?)
「これより前」を思い出す。
しかし、そこには何もなかった。
記憶こそあれど、そこにあるはずのものは。
・・・少なくとも「見知る者」の、知己や配下などの姿は在らず。
四肢を拘束していた鎖を千切った自分が在るだけだ。
ベルズの夢想
我が名はベルズ
悪魔の王子にして唯一の王位継承者だ。
王位継承の儀礼は滞りなく済んだ。
後は王城の地下室で、「真名」が我の物となるまでに。
寝台代わりの鎖に繋がれ、目覚めのときを待ち。
そして次に目覚めるときは。
王となり民衆の前に姿を現す・・・
その筈であった。
・・・しかし、目覚めと共に視界に入る埃と錆で汚れたこの部屋は。
王への不敬を示すものであった。
誰ぞ在るのか、と問うてみても。
錆が浮き上がる、酸の空気が揺れるのみ。
しかして我は、狭了ではなし。
呆け乱れた脳髄が凪ぐまでの間。もう一眠りを決め込んでみる。
・・・しかして、誰も居ないようだ。
同属はおろか。地上に在る筈の「生物の気配」すら我が。「この耳」には感じ取れない。
以前は煩いほど。彼らの心向きを聴けたというのに。
私は寝起きが悪いのだ、だから鎖が必要である。
久しぶりに、・・・どうやらそれはとても久しぶりだったらしく。二度目の寝起きの起き抜けざまに、繋がれた鎖を千切ってしまった。
・・・「お気に入り」だったと記憶していたのに。
それ以外には未練なく、我が寝室を。地下室を後にする。
・・・我が在る城は、変わり果てていた。
乱れた思考が紡ぎ出す推測を簡潔に纏めれば。
「ここには生物の気配が感じられない。」
そう、
我以外はだ。
城より出でて裸足で長らく歩いていった、
城下もおおよそ同じさまであった。
靴屋はあるが、しかしてそれに興味はない。
何故なら私は、靴など履かぬ。
それより我は、空腹である。
城を町を出でて、荒廃し酸化し切った野に踏み出したとき。
ようやく生物の気配を感じた。
しかしてそれは、「異常」であり「未知」でありしかして「既知」でもある。
私は「彼ら」に我が名を問うた。
我の顔は、王子である頃より民草が見知る筈である。
しかして、それに快い返答はなく。
返ってくるのは「食わせろ」と。
ノブレス・オブリージュの施しを自ら要求する「こじき」のみ。
突如襲った目眩と知性の差。それによろめく、細く貧弱になった体を省みる。
そして、我はそれを思い出したのだ。
・・・我は、腹が減っていたのだと。
「天使と人間と、獣と民草が一緒くたになったような見た目のそれ」を。
我は喰らってみることにした。
ゲテモノだ鮮度の落ちた肉のミンチだ、というのを我は気にしない。
先ずは喰らって活力を取り戻すこと。
それが先決だと。
我は書物の知識からではなく。生存本能のままにすべきことを感じ取り、
・・・喰らうことにした。
「これから先」を考える。
鎖から放たれ、外に戻り出た。
そして「肉」を喰らい、衰えた力を取り戻し。
・・・その先には何があるのだろうか?
「彼を語る記録」は未だどこにもない。