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牛盗人

pixiv様で投稿中(&投稿予定)の作品「シノバズシノブ!」シリーズの1シーンのようなものです。早い話がちょっとした番外編。覚え書きついでにドラマチックでございます(尚、このお話はここが初掲載です)

時が来ればあるべきところに移しましょうかねー、詩って感じで書き始めたら普通の文章になっちゃいましたし

 牛盗人ウシヌスビト



 とある畜舎(家畜を育てる建屋)を持つ家の主が体験したという、奇妙な話をお聞かせしよう。


 牧場まきばの主、ふと胸騒ぎがして夜中に目を覚ます。壮年白髪の彼の名は「酪農家」。或いは、畜産家。本名はプライバシーと本人の意思により伏す。


 彼は誰よりも牛を、特に自分の牛を愛する。そういう自負を「彼ら」は持つのだ。一度だけではあるものの、彼がおもむいた競りの場で、牛を売り買いする場で。自分の牛がチャンピオンに、高値と名誉を持って取引される牛に選ばれたことがある。その牛の名前はハナヨ。去勢牛ではなく牝牛めうしであった。


 さて、彼は少しばかりの時間を置いてある程度眠気を飛ばした後。牛舎の掃除用のすき。しかして「すき焼き」に用いられたようなものとは違う、四つ又のフォークめいた大きな四又鋤を持ちて愛し牛の眠る牛舎へと向かう。大抵の場合、彼の不安は杞憂に終わるものだが。しかし彼は獣のように臆病で、よく言えば慎重で用心深いのである。そして30後半の彼は、牛のように、まだまだ。血気盛んで力も有り余る。疲れが尾を引くようになるのはもう暫く先のことであろう。


 ところで彼は、酪農家は。壮年の彼は。音を立てぬようそろりと縁側から外へ躍り出た為。

 自分の家のポストに「あるもの」が放り込まれていることに気付かなかった。

 無意識に彼を目覚めさせたのは。実はそのポストが発した金属の擦れる音であったということを彼は知らない。


 しのび小走りの足で牛舎に着くと、そこには牛の眠る姿あり。或いは寝ぼける姿あり。懐中電灯で牛の顔を照らしてしまわないよう慎重に確認すると、そのような姿が見受けられた。平穏無事で変わりなし・・・


 ・・・ある一箇所を除いては。


 牛舎の柵の一区画。その中にいた筈の若い雄牛。・・・正確には肉牛として出荷する為、玉抜き(去勢)をしてある牛・・・それだけが、あの「擦れ角」だけが。彼のよく見知ったその牛が、忽然と姿を消しているのだ。

 全く以って、他のところは静かなまま。酪農家の男はうろたえた・・・


 すると、それが伝染するかのように。先ず近くの牛が不安げな鳴き声を発し、それが次第に、牛舎の暗闇の中に伝染していく。男はうっかり悲鳴を上げてしまったようだ。


 これはいかん、と男、牛舎の外に踊り出る。夜更けではあるが、他によい方法も浮かばないので。男、混乱の只中にあるので。家に戻って、警察に電話を掛けようと思い立つ。119、いいや。117であっただろうか番号は?



 「こんばんは・・・」



 すると、闇の中から陰気に聞こえる声一つ。男はそれに悲鳴で答えて肝をつぶした。暗がりでいきなり掛けられる一声は恐ろしい。

 


 少し間を置いて、男が呼吸と心臓の鼓動を整えてそちらを振り返ると・・・


 そこには、逆さになって浮いている牛がいた。


 

 ・・・否、その下には。黒い衣服で体を覆った、手や顔などの暗がりでも見え、それが「人」であると認識できる明るい色の肌。その部分まで隠した。

 ・・・だから、辛うじて人だと認識できる。

 小柄ながら筋肉質の男あり。そして・・・

 ・・・信じられないことだが。牛はその男の両手と背中のその上で。いびきをかいて眠っているのだ。


 酪農家は我に帰り。咄嗟に「ドロボー」と叫ぼうとしたが・・・


 「お待ちください。」

 と、酪農家の耳によく響く声あり。酪農家が叫び声を上げる僅かに前を制するように。

 「私の話をお聞き頂けますか?」

 酪農家はその言葉に、何故か。何故だか応じてしまったのだ。それは恐怖心からか?いいや、そうではないだろう。

 こいつは「ただの」泥棒ではないと。男は直感的に感じたのだ。


 「それでは、家の方まで歩きながらお話しましょうか・・・」

 その声からは先程までの陰気な印象は消えていた。

 土を踏みしめ、二人は歩く。一人は緊張から、もう一人は背負う若い牛の重さによってだ。いまだ年若い牛とはいえ。少なく見積もっても3、400キロはゆうにあるだろう。それでも出荷の際の重量のおよそ半分ほどだ。まあ仲買される場合はその位で出荷される事は割とあるのだが・・・

 その牛を「盗んで」。黒装束の、しかし懐中電灯で照らすと防護服のような細部のデザインが見える衣服に身を包んだこの男は何をするつもりなのか、と。酪農家は単純に興味が沸いていた。


 「ポストにお入れしたものはあらためて頂けたでしょうか?」

 ポスト・・・?酪農家は意識の外にあったその言葉を聞き、意外そうに「いいや」と目を丸くしつつ素直に答えた。

 「そうですか、先ずそれを見ていただければ話は早かったのですが・・・短い家路への道すがら。ご理解できるようお話しましょう」

 そして真っ黒な男は話を続けた。


 「ポストにお入れした封筒の中には。500万円が入っています」




 「どういうこっちゃ・・・?」と酪農家は更に驚く。酪農家は少しの間立ち止まるが、黒い男の歩みは止まらないので。酪農家は早歩きで黒い男に歩調を合わせる。


 「秘密裏に進めたいことでしたのでね。しかし、いやはや。本能と親の愛情というものにはかないませんね。ポストの物音も僅かにマイナスでしたか・・・まあ、結論から言いますと。ポストの中にある封筒には。牛の代金、適当に500万円と。それで足りないようでしたらここにご連絡を、という連絡先を記した御手紙が入っています。それで、この一件にはご納得頂けましたか?」

 酪農家は驚きで言葉が出ない。なぜそんなことを、そして目の前で起こっている「こんなこと」を?と、考えても何も出てこない、黒い男の引き出しを探る。


 「さて、もう着きますね。それでは封筒の中身をお確かめください」


 総黒の男の言った事は果たして真実であった。色をつけるというには中々多目の、500万円と達筆の文がそこには収められていたのだ。


 「宜しいでしょうか?それでよければ私はこれで・・・」

 「ちょっと待ちなよ、あんちゃん。」

 「はい?」

 酪農家は灯した玄関の灯りの下、大金の束をぱらぱら、とめくり金勘定を行った後・・・

 その内の、五つの札束のうちの三つほどを。手紙を抜いた封筒に収めて真っ黒な男の首もとの隙間に捻じ込んだ。

 「200でいいよ。500じゃちっと多すぎる」

 「おや、そうなので?」

 「ああ。・・・正直言うと、それでもちょっと多いとこだな。いいとこ100・・・まあ、見た目で牛の美味さが決まるわけじゃあねえけどな。だけどこいつぁ、「擦れ角」、角の見栄えがよくねっぺ。だから、そこまで高値はつかねえだろうよ」

 そうですか、と黒い男は呟いて。そして、まるで子どもでもあやすかのように。体を揺らして、つまり黒装束の上に掲げられた牛も揺られていた。牛はやはりよく眠っている。よだれといびきは止め処なし・・・

 ・・・まるで、何かの術にかけられたかのように。


 「まあ、そう言っていただけると思っておりました。互いに丁度良い落としどころを。私はあなたの言う「擦れ角」の牛を。そしてあなたは「多めの迷惑料」を得ることができたということで。それでは余分な100万円は、迷惑料代わりにお受け取りください。競りの手間賃と、しかして出荷の際の楽しみとでそれらは打ち消し。中々丁度良いところですな」

 「牛は一頭でいいのかい?」

 「ええ。実は私どものところにも牧場はあるのですが、何分「組織」の施設ですから。調べられると足が着くんですよね・・・こんなふうに、ぴったりと。」

 そうして真っ黒い男は足下を見た。その両足はそのまま玄関前のコンクリートに沈んでいきそうなほどぴったりと張り付いている・・・

 その様に見える。


 「まあ、足下を見られすぎるようではなくて良かったですよ。あなたは「相応に」誠実な人だ。「相応に欲がある」ところも気に入りました。またの機会があれば、あなたの子どもを。今度は秘密裏にではありますが顔を合わせ、しっかりとご挨拶をした上であなたの子どもを頂きに参りたいと思います。それではこれにて。ああ、それからこのことは他言無用でお願いしますよ」

 そしてそのまま、摺り足で立ち去る黒い男。


 「ちょっと待ってくれんか?」

 ・・・それを酪農家が名残惜しげに引き止める。そこには婿に貰われるわが子との別れを。寝ぼけ眼と夢眼の中に惜しむ節もあり。

 「・・・その子は、どうするつもりなんですけえ?」

 頭から爪先までおおよそ真っ黒な男は立ち止まり、首を小さく上下に振って僅かに悩んだ様子を見せつつも、


 「一ヶ月、秘密にしてくれると約束して頂けるなら。正直にお話致します。宜しいですね?」

 と。こう酪農家に断った上で。返答を待たずに薄闇の中、姿を消しながら。消え入る様に彼はこう言ったのだ。



 「「牛の叩き」という料理を練習するのですよ。和風ローストビーフというものですね・・・それでは      ・・・   」



 暗闇に男が溶けた後。酪農家の体に残る謎の浮遊感。そして酪農家は、ある現実的な問題に気付く。

 「・・・あー、今回の牛がいなくなった件。役所にどんな風に言ったらえーかねえ?普通の取引でも病気で死んだわけでもねーし・・・あー、これって犯罪だっぺか?」

 不可思議な愛の逃避行、それにこの親御は頭を悩ます。しかし、その後に男は手紙に記されたある一文に気付くこととなる。


 「・・・なお、この取引の件については。一ヶ月が経った後、或いは保健所の監査や役所からの問い正しがあった際には。「諸悪党しょあくとう」に関することである、とお伝え頂ければ滞りなく解決致しますゆえ・・・」






 「諸悪党しょあくとう」とは一体如何なる組織であるのか?それを語るはまた別のお話ですることとしよう・・・

 何故なら、今回の黒装束の男。彼は上司の誕生日を祝う為、プライベートな買い物をしに来ただけの事なのだから。

 彼の名前は「影盗人かげとりびと」。勿論本名ということはない。組織内での呼び名ということだ。組織内ではそこそこの立場、ぼかしつつ分かりやすく言えば「中間管理職」であるような彼は。




 ・・・命は奪うがしかして、けして。盗人などではないのであった。


 

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