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見守る月

作者:狂風師

担当月:9月

ジャンル:純愛

作品キーワード:お月見 夜長 コスモス(花言葉)

 私の前に現れたのは天使でも悪魔でもなかった。





 一人の少女が、灰色の壁に覆われた城のベランダから夜空を眺めていた。

 目下に広がる愚民の家々を気にすることもなく、綺麗な円を描く月を、ただぼうっと。

 手すりに掴まり立ったまま、何を口にするわけでもなく、何を思うでもなく。


 時折風が吹くと、長いブロンドの髪と白いネグリジェが小さく(なび)いた。

 すでに風は冷たくなっており、その姿の少女を冷やすには十分すぎるほどであった。

 しかしそれにもかかわらず少女は動じず、もはや何も感じていないようでもあった。

 澄み切った青い瞳の奥には、どこか暗いものが存在していた。


「夜更かしは身体に良くないぞ。血が不味くなる」


 不意にベランダ下から急上昇してきたのは、真っ黒いマントを羽織った少女だった。

 月光で影になったその様は、まさしくコウモリのようである。

 周囲の風は一気に乱れ、静寂だった場は突然の訪問者によって破壊された。


 が、何も起きていないかのごとく、ブロンド髪の少女は月を見続けていた。


「お主の血をいただきに来た。抵抗はやめた方が身のた……聞いておるのか!?」


 隣に着地した吸血鬼は、自分を無視し続ける少女に苛立ちと困惑を覚えた。

 普通であれば人々は恐れ(おのの)き、尻餅をついたまま顔を歪め逃げようとする。

 その姿を見て悦に浸ることが何よりの楽しみであった。


 しかし、今回はどうだ。

 意表を突いて登場したものの、怯えるどころか存在すら認知していないようである。

 せめて言葉だけでも反応してくれれば幾分か良かったのかもしれないが、それすらもない。

 今までこんな事態に陥ったことがない吸血鬼の少女は、ただただ狼狽(ろうばい)するほかなかった。


「ええい、聞け! 聞かぬか! 聞けと言っている!」


 ブロンド髪の少女の服を両手でつかみ、何度も前後に揺さぶった。

 発せられている黄色の声は少しずつ大きくなり、また涙を含んだ声色へと変化していった。


「聞けっ……! 妾の話……ぐすっ……聞い……んぐっ!?」


 それまで無視を貫いていた少女が一転、自らの唇を使い吸血鬼の口を塞いだ。

 当然、何が起こったのか分からない吸血鬼は、つかんでいたその手で少女を突き飛ばした。

 そこまで強い力ではなかったものの、華奢な体では耐えることが出来ずに床へ倒れ込んだ。

 今の衝撃で顔全体に長い髪が覆い被さり、その隙間からは片方の目が吸血鬼を見つめていた。

 まるで目そのものが光源であるかのごとく光り、月の光も相まって余計に不気味なものに見えた。


「なに? 吸血鬼風情がキスくらいで」


 どうやら、そこに吸血鬼がいたという事は分かっていたらしい。

 しかし当の本人は、今起きた事態の理解に手一杯という様子であり、少女の言葉など届いていなかった。

 それを見て腹を立てたのか、汚れたネグリジェを払いもせずに吸血鬼の元へと歩み寄った。


「私を食べに来たんでしょ? だったら早く食べて」


 またも吸血鬼の少女が想像しえないイレギュラーな事態が起こってしまった。

 自ら進んで「食べて」なんていう人間は、今までにいるわけがなかった。

 よほどこの人間の頭がおかしいのか、それとも中にはこういう人間もいるのか。

 どちらにしてもまだ幼い吸血鬼は、この場合の対処法を身に付けてはいなかった。


「わ、妾はただ血を吸うだけで、別に食べたりは……」


「私はもう良い子を演じるのに疲れたの。王女としての立場も政略結婚も、全部イヤなの。分かる?」


「なにを言っているのか……妾にはさっぱり……」


「だーかーらー、早く私を食べればいいの。そうして私は何の悩みもなく死後の世界を楽しむの」


 さらに一歩、力強く吸血鬼へと近付いて、顔を寄せた。

 また唇を奪われるのではないかと危惧した吸血鬼は、ベランダの端まで飛びのいて少女との距離をとった。


「妾は吸血鬼。人の肉など食べたりせん!」


「……」


 あからさまに不機嫌そうな顔をしたブロンド髪の少女は、月に背を向け部屋の中へと戻っていこうとした。

 その様子を察知した吸血鬼は、急いで少女のネグリジェを乱暴に掴んだ。


「なに?」


「妾も入れてくれるか?」


「やだ」


 小さな手を払いのけるとすぐさま手が伸び、再び掴まれた。

 しかし今度は中に入れさせまいと、必死にベランダ側へと引き戻そうと引っ張っていた。

 なぜそこまで吸血鬼が躍起(やっき)になるのか。

 それの意味するところを、ブロンドの少女は知っていた。


「……。もう少しだけ月でも見て夜更かししよ」


「本当か!?」


 小気味良く飛び跳ねる幼い子の姿を見て、少女の感情は複雑に変化していた。

 それまで建前でしか他人と接してこれなかったが、世俗とかけ離れた存在に対してはそれなど必要ない。

 逆に言ってしまえば、本音を語ることのできる唯一の存在であった。


「月ってどうして明るいか知ってる?」


 先程とは違う、月を見ながらも吸血鬼の相手をしている。

 ただ単に困らせているだけなのかもしれないが、お互いにそれは悪い事ではなかった。

 ブロンド髪の少女にとっては話し相手として。

 吸血鬼の少女にとっては、相手を部屋の中に入れさせないようにするため。


「……月が光っておるからであろう?」


「太陽が月を照らしているの。私はいつも月の立場だった」


 吸血鬼は首を捻らせ、眉をひそめた。

 この少女が何を言っているのか微塵も理解できない。


「太陽も月も嫌い。私は影になりたい」


「わ、妾も太陽は嫌いじゃ!」


「吸って」


 少女は襟元を大きく開け、首を露わにした。

 その言葉に素早く反応し、白い牙を見せつけると少女の首元に突き刺さった。

 少女は吸血鬼の体の両手を回し、強く自分の方へと引き付けた。


 喉を鳴らしながら生き血を啜る姿を照らし出すのは、長い夜の月の光。

 ベランダの床には一つの影が作られた。

 出会って間もないはずの二人だが、その様はまるで長い年月を一緒に過ごした恋人のようでもあった。


「また、来て」


 引き抜いた赤い牙を気にすることもなく、そしてどちらからでもなく、そっと口を合わせた。

 酔ったように頬を赤くする吸血鬼と、上気した少女の顔。


 夜空に羽を羽ばたかせて駆ける少女と、その姿を見送る長いブロンド髪の少女を、秋の明るい月だけが優しく見守っていた。





 私の前に現れたのは天使でも悪魔でもない、たった一人の私の親友。

コスモスの花言葉「乙女の真心」「少女の純潔」

秋ということなので落ち着いた感じの作風になりました。

吸血鬼って……良いよね!


ではお次は10月担当の尖角の作品をお楽しみください。

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