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8/12

風鈴。

作者:篠宮 楓

担当月:8月

ジャンル・恋愛

作品キーワード:風鈴 帰省


ちりん……



軒下で青い硝子の風鈴が、綺麗な音を響かせていた。








「義明、今日は昼までに戻ってきなさいよ」

 夏休みに入って三週間。来週に盆休みを控えたその日、図書館に行くべく玄関で靴を履いていた俺は台所から出てきた母親に呼び止められた。

 廊下に置いといた鞄を手に取った俺は、母親の言葉に眉を顰める。

「何度も言わなくたって、分かってるよ。煩いなぁ……」

 夏休みに入ってすぐ、そして先週、今週に入ってからはほぼ毎日。母親からの確認の言葉が、やむことはない。

 振り返った俺の視線の先で、エプロンで手を拭っている母親がそのポケットから一枚メモを取り出して突きつけてきた。

「帰ってくるときに、これ買ってきて。お昼過ぎには来るって言ってたから、遅れないようにね」

 用事だけを言うと、忙しそうに台所へと戻っていった。

「慌ただしいんだから、ったく」

 誰が聞くともない言葉を呟いて、俺はそのメモをズボンのポケットに突っ込んだ。




 図書館は、夏休みに入ったからこそだろうか、そこそこ混んでいた。返却や貸し出しに並ぶ人たちを避けながら館内を奥に進む。

 高校の課題をさっさと終わらせたいがために、八月に入ってからずっと俺は図書館に来ていた。自宅でやるよりも涼しいしすぐ資料本も探せるし、同じ課題が出てる奴らと鉢合わせして進捗を確認できたりで、効率がいいのだ。

 ここの所、来館したらいつも同じ場所で課題をやっているからか、大体自分が使っている机は空いていてそれも都合がよかった。

「さてと……」

 今日はいつもより時間が少ない。けれど、それでも今日の午前中で課題の終わりが見えていた。早く終わらせるために、頑張ったともいうのだけれど。

 腕時計を確認すれば、昼に自宅につくためにはあと二時間もない。さっそく課題をカバンから取り出すと、眼鏡をかけてそれに向き合った。







 俺の住んでる町は田舎か都会かと聞かれれば、十中八九田舎といわれる場所だろう。ビルよりも田んぼが多いし、電車は一時間に多くても5本くらいしかこない。

 それでも俺はこの土地が好きで、高校も地元から通える学校を選んだ。卒業後は実家から出て大学に入るつもりではあるけれど、それでもそこまで遠くに行くつもりはあまりない。友人の多くは都会に出ることを目指しているみたいだから、きっと卒業後は会う機会も減るのだろう。




――義明、あの風鈴欲しいなぁ


 ふと、脳裏に響いた懐かしい声。

 それは、年に二度しか会う事のない隣の家の親戚の子。

 同じ位の年代が親戚にいないのか、子供の頃から盆と正月にこっちに帰省する度、俺と遊ぶ事が多かった。

 だからあまり会わなくても、違和感なく接することができる。昨年も盆に帰省した彼女は両親と離れてうちに遊びに来ていた。

 そんな彼女が、じっと見つめた青い硝子の風鈴。

 

――くれって言われても、俺のじゃねぇし。それに、多分ダメじゃないかな


 不思議そうに俺を見る彼女の顔が、微かに傾げられる。俺はそれを直視することができなくて、気づかれないようにゆっくりと視線を逸らした。


――あれ、ばーちゃんがじーちゃんにもらった奴だから


――あぁ、そうなんだ


 そう呟くと、彼女は納得したように頷いた。ゆっくりとその視線が、風鈴へと移る。

 うちのじーちゃんは、数年前に他界した。ばーちゃんは元気だけれど、その風鈴をずっと大切にしているのを俺は知っている。欲しいといえばもしかしたら譲るかもしれないけど、その話を知れば彼女は断るだろう。



 それきり、彼女は風鈴については触れなかった。

 けれどふと気づくと、眺めていたのを俺は気づいていた。


 その姿が、なぜか、ずっと俺の頭から離れなかった。








 最後の参考図書ページをまとめた俺は、息を吐いて眼鏡をはずした。

 なんとか母親に言われた時間よりも前に、課題を終わらせることができた。それにほっとするとともに、さっさと机の上を片付ける。買い物を頼まれている身としては、早くここを出ないと。

 その前に、行くところがあるし……


「あれ? 義明、もう帰るのか?」


 今来たばかりという風体で額の汗を拭いながら近づいてきた同級生の声に、鞄を手に顔を上げた。

「あぁ、今日は知り合いが来るから。早く帰れって言われてんだ」

 外した眼鏡をシャツのポケットに差し込んで立ち上がれば、同級生の口元がやけににんまりと引きあがった。

「あー、そんな時期かー。お前、頑張ってたもんなー」

 訳知り顔でニヤニヤと笑う同級生を睨みつけて、ふいっと顔を背ける。今きっと何を言っても、笑われるだけだ。

「じゃーな。俺、もう課題終わったから」

「お疲れー」

 やっぱり声がニヤニヤしている同級生を後に、図書館から飛び出した。




 外に出た途端、じとりと吹き出る汗を手で適当に拭いながら、自宅とは反対方向に自転車を走らせる。十分ほどいったそこに、目的の工房はあった。

 建物の脇に自転車を停めて中に入ると、むっとした暑さが体を撫でる。顔を顰めながら中に入ると、頭にタオルを巻いたおっさんが奥から顔を出した。

「お、来たか」

「おっさん、もらいに来た」

 はいよー、と軽く返事をしたおっさんは、その手に小さな箱を持って出てきた。

「これな。割らずに持って帰れよ」

「ありがと」

 その箱を両手で受け取ると、鞄に仕舞い込む。それをニヤニヤと見ていたおっさんは、がしがしと俺の髪をかき回した。

「頑張ったもんなー、喜んでくれるといいなー」

 その言葉に、顔が熱くなる。おっさんの手から逃げるように踵を返すと、もう一度お礼を言ってそこを後にした。

「渡す相手によろしくなー」

 後ろから掛けられた声に、気づかないふりをして。






 自転車にもう一度乗り込むと、母親に頼まれた買い物を終えて自宅へと戻る。

 まだ、彼女は来ていないようだ。

 母親は隣の奥さんと一緒になって大量の料理を作っているらしく、頼まれた買い物袋を渡すと俺はさっさと自宅に戻った。

 ばーちゃんも隣家にいるし、親父は畑に行っている。今、家には俺一人。


 縁側に座って、ぶら下がっている風鈴を見上げた。


 青い硝子の、涼やかな風鈴。

 じーちゃんが、ばーちゃんに作って渡した思い出の風鈴。

 初めてその話を聞いた時は、じーちゃんに向かって「キザ」だの「恥ずかしい」だの親父と一緒に言ったものだ。

 まさか。


「自分がやるとはなぁ……」


 鞄の中から取り出した、小さな箱。おっさんから受け取った、箱。それを膝の上に置いてため息をつく。

 さっきのおっさんは、先代からガラス工房を営んでいる。じーちゃんはその工房が出来たばかりの頃、ばーちゃんが好きそうだからと、教えてもらいながらあの風鈴を作ったらしい。

 だから、この軒下の風鈴は彼女にやれない。

 だから、俺が同じような風鈴を作った。

 決して、下心はない。ないんだってば!

 幼馴染みたいなやつが欲しいって言ったから作った、それだけだ!



「だいたい、俺が作ったって言わなきゃいいんだから」


 

 買ってきた風を装いたくて、作った後、おっさんに今日まで預けておいた。

 ……ばれたくないのに、なぜか同級生にはばれたけど。


「買ってきたから、やる。そう言えば終わりだから。うん」


「何を?」


「……!!!」


 思いっきりびっくりして肩を震わせれば、すとん、と横に座る彼女。


「久しぶり、半年ぶりだねー」


 半年ぶりの。


「……、どうかしたの? おーい」

 いきなり視界に入ってきた彼女の姿に、思わず弾かれた様に後ずさる。そんな俺を、彼女は怪訝そうに見ていた。

「久しぶり過ぎて、私のこと忘れた? あれー? どうしたのー」

「……やる!」


 声をかけてくる彼女に、持っていた箱を押し付けるように手渡す。勢いで手に取った彼女は、不思議そうに俺と箱の間で視線を彷徨わせた。

「なにこれ」

 そう口にした彼女に、テンパった俺は思わず早口でまくし立てた。

「たまたま見つけたから、買っておいたんだよ! それ欲しかったんだろ!? じゃぁな!」

 そう叫ぶと、俺はそこから駆け出した。

「え、ちょっと、はぁ?」

 戸惑う彼女の声を置いて。








 そのまま駆け抜けた先は、裏の畑。

「だぁぁぁぁっ!」

「うぁっ、なんだどうした!」

 恥ずかしさに耐えきれずに叫び倒した俺の声に、親父の驚いた声が上がったけれど気にしない。

 頭を抱えてその場にしゃがみこむ。


――俺はツンデレか! 二次なら許される性格も、リアルはダメだろう!!!


 恥ずかしさに悶える俺を、首を傾げた親父が遠目に眺めていた。




この後。



 風鈴の存在を知っていた母親によってネタばらしをされていて、自宅に戻ってすぐ再び逃走する羽目になることを、この時の俺はまだ知らない。





「いやー、若いっていいねー」

「ねぇー」


情報元の工房のおっさんとばーちゃんがうちの縁側で、逃げていく俺を眺めながらのんびり茶をすすっていた。

口下手さんを書いてみたいと勢いで書いた結果、何やら微妙なお話になった気がしなくもないかもしれないかも……エンドレスw

でも、書いてて面白かったです(笑


9月は狂風師さんです^^

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