あじさい。
作者:尖角
担当月:6月
ジャンル:恋愛
作品キーワード:梅雨 高校生 レストラン
「うっわ、最悪ぅ~」
梅雨だし傘は持ってきていたけれど、
風が強くなって、差しても意味がない状況。
しかも、急に風が強くなってきたから、
私が濡れるか、傘が折れるまで踏ん張るかを頭ん中で比べて、
『差すのをやめよう』って結論を出し、私はバス停まで走った。
結果、予想通りのずぶ濡れ。
「なんなの? なんで、急に風強くなるの?」
私は誰もいないバス停で、独り言を呟く。
私の通う高校は田舎にあり、学校帰りだといっても、
今日みたいに部活で帰りが遅いときは、基本的にぼっち。
けど、だから寂しいとかはなくって、自由にできるから楽。
それに、うちの学校の近くのバス停には、屋根と椅子がある。
よし、斜め振りだけど、椅子は濡れてない。
そう思って、私は腰を掛ける。
それから、 「はぁ……」
っと、濡れた服をパタパタさせながら、私はため息をつく。
すると、雨の音に紛れて、遠くの方から足音が聞こえてきた。
思わずそっちを見てしまう私。
足音を立てて近づいてきたのは、私と同じ高校の男の子だった。
学ランについている校章の色からして、三年生か。
私は、そんなことを思いつつも、
傘を差していないのに、走ることも、焦ることもせず、
ただビニール袋にいれただけの鞄を持ってゆっくりと歩く姿が、
何だか普通ではないような感じがして、気になった。
そんな彼は私の前に立って、そして言った。
「隣、座ってもいいか?」
あまりにもぶっきら棒なしゃべり方に、
思わず私は“むっ”としたが、先輩に言われたら逆らえない。
っと言っても、後輩でも素直に譲るけれども。
だが、とにかく、彼は私の返事を聞くや否や、隣に座った。
『うっわ~、最悪!』
私はそう、心の中でつぶやく。
バスが来るまでの時間は、のびのびと過ごせると思ったのに。
なのに、一人で過ごせないし、何よりも変な人なのが嫌だし。
なんなの?なんで傘持ってないの?
今日は、朝から雨だったじゃん??
普通はさ、傘持ってるよね? え?何?
風が強いから私は差さなかったけど、
彼の場合は、あれなのかな?
いらないから、そもそも学校に傘を置いてきたパターン?
でも、明日も雨だったらどうするの?
ってか、天気予報的に明日も雨なんだけど??
『はぁ…… わけわかんない』
私の頭の中は、絡まった毛玉のようにぐしゃぐしゃに。
すると、そんな時、隣の彼が言った。
「何がわけわかんねぇんだよ」
「俺からしたら、独り言を急に言うお前の方がわからん」
「えっ?」 私は、思わずビックリして飛び跳ねた。
何?こいつ。 読心術使えるの? 怖っ!?
すると、そんな私の心を読んだのか、
「まさか、お前さっきの心の中で言ってたつもりなのか?」
「思っきり、ダダモレだぞ! ちゃんと、口閉じておこうな?」
「子供じゃないんだから、そんくらいの区別はちゃんとなっ?」
それを聞いて、思わず口を両手で押える私。
だんだんと顔が真っ赤になっていくことがわかる。
まさかまさか、聞かれていたの?
え?どこから? ため息のとこからかな?
だよね?だよね? 何がわけわかんねぇんだよ!的な感じだもん。
そこからじゃないと、困る!
優等生で、真面目で、清楚で、、、
それが売りな私としては、口の悪い後輩という肩書は……。
困る! うわぁあああ/////
口だけじゃなく、顔まで覆い尽くして蹲る。
すると、それを見た彼が、また私に言う。
「お前、変わってるな」
「面白いよ、 実に面白いよ」っと。
「嬉しくないわっ!!!」
思わず、ノリ突っ込みみたく、勢いよく彼をど突く。
そうすると、彼はその腕をガシッと掴んで、捩じる。
「ゔっ?! 痛っ!!」 思わず、悲鳴みたいな声が出る。
彼は、そんな私の声を聞いて、 手をパッと放した。
捩じられて痛い関節を摩る。
そして、彼を今生の恨みを晴らすかのような目で睨み付ける。
そうしたら、彼は目をきょどらせながら、「ごめん」と一言。
思わず、こっちの目が点になった。
『何してくれてんの?』
そう心の中で呟きつつも、一番ビックリしてるのは彼だった。
「その……ごめん」
彼は、目を逸らしながら再び謝った。
『いや、ど突いた私が悪かった』と言おうとも思った。
けど、目を見て言わない、その行動が気に食わなかった。
「嫌だ」 「許さない」
私が放ったその言葉を聞いて、彼は私の目を見た。
だが、まだ少し、彼の目は挙動不審なまま。
酷いことをしてしまったという罪悪感からなのか、
それとも、どう接していいかわからない不安からなのか、
そんなことはわからないけれど、震えた声でもう一度謝る。
「あの……ごめん…」
「その……するつもりは………なかったんだけど」
「ごめん、大丈夫かな? 痛かったろ……」
彼が心の底から謝っていることは伝わってきた。
だから、仕方ないから私は許してやることにした。
「いいよ、許してあげる」
「あなた、名前は何??」
「黒野幸也だよ」
彼は、静かに自分の名前を告げる。
「そう、黒野君ね」
「私は綾瀬麻奈って言うの」
「宜しくね、 これはカシにしておくから」
先輩だろうが、なんだろうが関係ない。
私というか弱い乙女を傷つけておきながら、そのままでいいわけがない。
だから、私は彼の連絡先を聞く。
きっちりとカリを返してもらわないといけないから。
――――― ● ――――― ○ ――――― ● ―――――
濡れてベタベタの服を脱いで、お風呂に入る。
「やっぱり、お風呂は良いなぁ……」
私が幸せを感じる時と言えば、
友達とくだらない話をしながら笑ってる時か、
お風呂で鼻歌を歌いながら身体を洗ってる時のどっちか。
そう思うくらい、私はお風呂が好き。
そんな大好きなお風呂から出たら、
ベッドでゴロゴロしながらスマホを手に取る。
彼から聞いたメールアドレスを選択して、
彼にメールを送ろうと試みる。
「やあ! 麻奈だけど。」
最初はこれでいいか。
先輩だからと言って、下手に出てはいけない。
あの馬鹿力はダメ。 調子をこくかもしれない。
なんせ、傘がさせないほどの横殴りの土砂降りの中、
まるで何事もなかったかのような顔をして歩く男だ。
変態に違いない。
きっと、そうに違いない。
違ったとしても、変人なのは間違いない。
本人がそれを認めなくとも、世間はそれを認めない。
だから、下手に出てはいけないんだ。
それに、被害者の私は、どうせなら大きく出ないと。
っというわけで、とりあえず、そんな文面から始める。
「やあ! 麻奈だけど。
今度さ、 行きたい店あるんだよね。
付き合ってくれるよね? もち、オゴリで^^ 」
そして、私は[送信ボタン]を押す。
スマホを置いて、横になる。
「まだ腕痛いや……」
そう呟いて、腕を摩る。
「どうしよ、湿布でも貼ろうかな」
「いっそ、湿布代も請求してやろうか……」
「でも、一応 突っ込みを入れた私にも責任があるしな」
「さすがに、それくらい勘弁してやるか! 可哀そうだしw」
そんなことをボソボソ言っていたら、バイブが鳴った。
「返信早っ!!」
私はすぐさまスマホを手にし、中を見る。
「いいけど、どこ行くの?
あと、日にちとか時間とかは? 」
『こいつ、素っ気ないな……』
『揉めたとはいえ、仮にも女子への返信だぞ?』
『もう少し……、もう少しなんかあってもいいんじゃ…?』
そう思った。
そして、なんだかムカついた。
別に、あいつに女として見られたいとかはないし、
どちらかと言えば、どれだけふんだくってやろうかって話。
だけど、なんとなくイラつく。
だから、私も素っ気なく返信をすることにした。
「6月21日の9時に、丘の上公園に集合。
持ち物は、ありったけのお金だけでいいよ。 」
すると、十数秒後に返信が来た。
「了解。 あんまりないけど、持ってく。
それじゃあ、21日9時に丘の上で会おう。 」
『あんまり持ってないって何よ!』
『持ってないとか、関係ないし!』
『持ってないなら、ヤミ金で借りて来いやぁあああ!!』
そう思ったけど、そう送信するのはやめておいた。
単純に言えば、メールで突っ込んでも面白くない。
ってか、すでに温度差感じてるのに、さらに感じたくはない!
私だって、馬鹿じゃない。
なんたって、私は優等生が売りの綾瀬麻奈だから!
そういうことで、私は当日仕返しすることを決め、スマホを置いた。
――――― ● ――――― ○ ――――― ● ―――――
約束の日。
私は、8時50分に丘の上公園に着いた。
しかし、彼はまだいない。
『何してんだよっ!!』
とりあえず、心の中で叫び散らしてみる。
だが、彼には聞こえない。
もちろんな話だが、余計にイライラする私。
幼いころから私は母に、5分前行動は当り前。
大人なら、さらに余裕を持って10分前行動をしなさい。
そう教えられてきたから、私にはその癖が付いている。
しかし、他の人は違う。 マイペースな人が多い。
だから、私と一緒の常識で動けとは言わない。
ただ、遅れなければ文句は言わないけれど、遅刻したら覚えておけよ!
そう思いながら、彼を待つ。
すると、彼は来た。
しかも、意外や意外、時間前集合。
『クッソ、3分前に来るなよ!』
こちらに向かって歩く彼に、手を振りながら心の中で叫ぶ。
しかし、これもまた、彼に届くことはない。
そしたら、彼は「よう」と手を少し上にやり、小走り気味で近付く。
「待たせたか?」 彼は、静かに一言。
彼は、制服の時とは別人に見えるくらい、私服が良い。
私は「別に」と答えながら、足元から順番に頭の方へと目をやると、
「なんだ?どっかオカシイか? なんか付いてるか?」と聞いてきた。
私は、それにも「別に」と素っ気なく答える。
個人的に、彼をカッコイイと思いたくない。
だから、私は褒め言葉を彼に言わず、行こうと思った。
しかし、私がその言葉を言う前に、彼が口を開く。
「なぁ、 お前って、私服だと可愛いのな」
「制服の時は、 濡れてたせいか、全然そう思わなかったのに」
彼は、私の服を見て、指を差して、そう言う。
見る見る顔が赤くなる私。
そして、私の口から出た言葉。
「はぁん?何言ってんの? いっ……意味わかんにゃい!」
そして、さらに顔が赤くなる。
彼は噛んだ私に向かって、「やべぇなw」と言いながら笑う。
『こんにゃろう!』 私は心の中で地団駄。
しかし、彼の笑いは止まらない。 ツボに入ったまま。
「お前、超面白いよ」
彼の顔も真っ赤に染まっていく。
私は恥ずかしさで。 彼はツボに入ってだけど。
だから、私は「うっさい!」っと一喝し、
この場を離れるためにズカズカと歩き始めた。
なぜなら、全員じゃないが、周りの人が私達を見ている。
それが耐えられなくって、私は逃げ出したいと思った。
急に歩き始めた私に、「待てよ」と言いながら、
「あー、やばっ」っとまだ笑いながら彼は付いてくる。
集合してまだ1分も経ってないのに、今日来たことを後悔する私。
「はぁ……」
深く、そして彼に聞こえるように、私はわざと大きくため息を吐く。
すると、彼は「悪かった 悪かったから」と、
両手を合わせながら、私の隣へと駆け寄ってくる。
「そんな気持ちのこもってないごめんで許すか、ボケ!」
私は、あまりのイライラで、彼に向かって暴言を吐く。
すると、彼は「別に、ごめんとは言っていない」と言うのである。
それも、さっきまで笑っていたくせに、今度は真面目な顔をして、だ。
私はカチンと来た。
いやっ、来ない方がおかしいだろ。
だって、今日は私への詫びじゃないのか?
元々は私が悪かったかもしれないが、圧倒的に悪いのは向こう。
なのに、彼は変なところで笑ったり、冗談が通じなかったりと、
自由人で、私への謝罪の気持ちなんてこれっぽっちもない。
明らかに、私という人間を舐めている。
私は、それが気に入らない。
「もういい!」
「私、帰る!!!」
彼に向かって“フンッ”として、私は背を向けた。
いつも私服で着たことがないスカートを、
わざわざ今日のために買って来て穿いて、
それで友達と遊ぶときにも滅多に使わない、
めっちゃお気に入りの鞄を持って来たというのに。
彼は乙女心というものが本当にわかっていない。
彼の服装がカッコよかったのはたまたまなのか、
それとも彼も意識してきてくれたのかは知らない。
だけど、私は意識してきた。
けれど、それは別に、彼に認められたいとかじゃない。
女の子としての最低限のマナーだと思って、
特に、私は男の子とあまり遊んだことがないから、
少しくらいは可愛く見られてもいいかなぁっと思って……。
なのに、彼は私の気持ちを考えてなどくれない。
私は嫌になって、彼から背を向けて歩き出す。
「おい、おいってば!」
「待てよ、麻奈!!」
「笑ったのは悪かったよ」
「他にも、気に障ったのなら謝る」
「だけど、今日は行きたい場所あったんだろ?」
「行こうぜ」 「せっかく、約束したんだから」
「それに、俺だってお前と行きたい場所があるんだよ」
「お前はもう、俺と一緒に居たくないかもしれないけど、
俺は全然お前のこと知らないから、知りたいんだよ!」
「だからさ、一緒についてきてくれないか?」
「お前も行きたい場所あるって言ってたろ?」
「一緒に行こうぜ」 「そのための、今日だろ??」
彼には“恥”という感覚がないのだろうか?
それとも、頭のネジが数本飛んでしまっているのだろうか?
結局、彼が大きな声でバカみたいなことを叫んだせいで、
さっきみたいに皆がこっちに振り向く。
しかも、その全員がクスクス笑いながら。
「もう、こっち来て!」
私は彼の手を引っ張って走り出す。
そして、私は走りながら彼に思いをぶつける。
「あんたって、恥とかないの?」
「よくあんなクサいセリフ言えたね…」
「そりゃあ、その… あれだよ……?」
「私だって、あんたのこと…… その……」
「よく知らないんだし、知りたいとは思うよ?」
「だけど、それはその…… 別に好きとかじゃなくって、
単に、知らないから気になるというか、なんというか……」
「とにかく! あんただけじゃないんだから!」
「気になるとか、そういうの、あんただけじゃないんだからっ!」
すると、それを聞いて彼は言う。
「なんだ、そうなのか!」
「俺、嫌われてるわけじゃないのね」
「よかった」 「安心したよ……」
「ってことはあれだな」
「お互いをもっと知れば、お前は好きになってくれるわけね」
「まぁ、可能性の話だけど、ワンチャンあるってわけか」
そして、彼は少しだけ笑う。
さらに、そこから続けた。
「俺さ、お前のことが好きなんだよね」
「昨日も、お前のこと考えてて眠れなかった」
「別に、あれだぜ?」
「一目惚れとまでは言わない」
「けど、気付いたらお前のことで頭がいっぱいなんだよ」
「俺、デートとかあんましたことないから、
今日、どんなプランで行こうかとか思ったんだよ」
「お前は行きたい店あるって言ってたけど、
そこだけに行っても面白くないだろ??」
「どうせなら、楽しくしたいじゃん?」
「だって、好きな奴とのデートなんだし」
「だからさ、今からお前の行きたい店に行こう」
「んで、そのあとは、俺の我が儘に付き合ってくれ」
「別に、今すぐ俺を好きになれとは言わない」
「むしろ、そんなことしなくていい」
彼は、そこで立ち止った。
思わず、それにつられて私も立ち止る。
そして、彼はニヤけながら、言葉を付け加えた。
「安心しろよ」 「絶対に、惚れさせてやるから!」
私はそれを聞いて、思わず笑ってしまった。
だって、こんな話、漫画とか映画の中だけだと思ってたから。
だから私は、思わず笑ってしまった。
そして、笑いながら彼に言った。
「バァーカ!」「やれるもんなら、やってみろってんだっ!」
彼はそれを聞いて、「まかせとけ!」と笑った。
――――― ● ――――― ○ ――――― ● ―――――
私が行きたかった店とは、近くにできたクレープ屋。
そこには、カップルにしか注文できないメニューがある。
だから、私は彼と行きたかった。
別に、彼とカップルとして行きたかったわけではない。
相手は誰でもよかった。
けど、私には兄弟がいないし、仲のいい男友達もいない。
だから、付き添いとして、彼と来ようと思った。
繰り返すが、付き添いなら誰でもよかったのは事実。
私はお店に入り、満面の笑みで「これを1つ」と注文。
すると、お店の人が「350円ね」っと言う。
彼が財布からお金を渡すと、店員はそれを受け取る。
そして、彼に訊いた。 「付き合って、どのくらい?」っと。
そのふざけた質問と同時に、私の顔から笑みは消える。
だが、彼の顔には、さっきまでなかった笑みが。
「いや~、今日アタックしたばっかで」
「まだ、ちゃんとした返事貰ってないんですよ!」
「こいつね、照れちゃって」
「まぁ、そこがまた、好きなんですけどね」
「けど、そろそろちゃんとした返事が欲しいなぁ~」
そう言って、私を横目で見る。
店員は、「えっ、そうなの?」っと。
さらに、「君も好きって言っちゃいなよ」と囃し立てる。
『なんで、そうなるのよ!』
私は、心の中で叫び散らす。
しかも、店員は待たない。追い打ちをかけてくる。
「これ、カップルじゃなきゃ渡せないよ~」っと。
『こんにゃろう……』
私は店員を睨み付ける。
そして、怒りと恥ずかしさで私の顔は真っ赤になった。
だが、決心をしなければ。
ずっと食べたかったクレープが食べられない。
私は込み上げてくる色んな感情を抑え、
できる限りの笑顔で、彼らの期待に応えた。
「好きですよ」
「はいはい、好きですよ、私も」
「じゃなきゃ、こんなところに二人でなんか来ませんよ!」
「そう言えばいいんでしょ?」「これで満足?」
すると、店員が言う。
「可愛いね、君」 「いやいやぁ、可愛い!」
「顔引き攣ってんじゃん」 「我慢してるのバレバレw」
「けど、彼氏君もかわいそうだしさ」
「特別に、OKってことにしておくよ」
店員は、そう言ってクレープを作り始める。
彼は、私の隣で少しニヤけてる。
『ムカつく』
『誰のせいで、私がこんな思いをしてると思ってるの?』
私の怒りの矛先は、店員から彼へと変わる。
「後で、覚えておきなさいよ」
私は、彼に小さな声で耳打ちをした。
すると、彼は「あははっ」っと笑いながら言う。
「ごめん、俺、記憶力悪いから無理だわw」っと。
「は?」 思わず、漏れる私の気持ち。
彼は、すぐさま目を逸らす。
そして、「今日、アツイネェ」っと。
「あんた、いい度胸してるわね!!」
そう言って、私は思わず彼の肩をワシ掴みにする。
すると、今度は鼻歌を歌い始める彼。
ついに、何も言えなくなる私。
『ダメだこりゃ……』
『何言っても無駄だな……』
私は悟った。
彼は変態なんかじゃない。
ましてや、変人なんかでもない。
ネジが何本どころか、
そもそも部品すら違う欠陥品。
彼は、頭がおかしい。
だから、傘も差さずにバス停までやってきた。
だから、私とのコミュニケーションがまともに取れない。
彼は、私達人類とは違う何かなのではないのか?
そう思えてくるほど、彼は私の常識にない人だった。
そう思っていた時、「おっまたせ~」っと、
店員がそう言って、私にクレープを渡してきた。
「どうもです」
私はクレープを受け取り、感謝を伝える。
それと同時に、彼を呼んだ。
「彼氏君にプレゼントだよ」
「恋ってのはね、ほろ苦いからいいのさ」
そう言って、彼にもクレープを渡してウィンクをする。
『気障な奴めっ!』 私は心の中でつぶやく。
私のはハートが模られたイチゴの乗ったクレープ。
彼のはチョコレートがたっぷりの甘そうで苦そうなクレープ。
だが、彼はそんなクレープを頼んじゃいない。
「あの、これって?」 私は、聞いてみた。
すると、「サービスだよ」と店員はニコっとする。
それに対し、彼は「そうか」と言って受け取りながら、
「絶対、こいつと結婚してやるから、式の日程 空けとけよ」
「あんたに思う存分、式場でクレープ作らせてやるよ!!」
っとドヤ顔で店員に向かって言う。
店員はそれを聞いて、
「マジかよw」「わかった」
「その時も俺がサービスで作ってやるよ」
っと、高らかに笑いあげる。
私は何度恥をかけばいいのだろうか?
もうずっと、私の顔はやかんのように熱くなったまま。
『耐えられない』
そう思って、クレープを口いっぱいに頬張る。
――私は、今でも、そのクレープの味を忘れてはいない。
――――― ● ――――― ○ ――――― ● ―――――
あの後、私と彼は、その辺をウロウロした。
私が「これいいよね~」と言ったバッグの会計を済ませ、
私が「これ食べたい」と甘いものを指せば、「太るぞ」っと。
優しいのか優しくないのかわからないが、
彼は思いのほか、私の色んな表情を引き出してくれた。
最後に行ったのは、レストラン。
明らかに、大人の世界が溢れ出てて近寄り難いお店だった。
だが、彼はそこに「予約の黒野です」と言って入った。
私は値段の書かれていないメニュー表を初めて見た。
「あの……」「これもオゴリな感じ?」
私は恐る恐る訊いてみた。 正直、少し震えている。
だが、彼は堂々としたまま。
そして、そのまま彼は私の質問に答えた。
「もちろん」
「今日は俺のオゴリだっていう約束だろ?」
「だから、好きなもの頼んでいいぞ」
「まぁ、未成年だからお酒とかは無理だけど、
お前を満足させられるくらいは持ってきてるから」
「だから、遠慮せずに、好きなモノ食えよ」
「さっきはああいったけど、
どうせなら、ここで沢山食べて欲しかったから」
「だから、太ってもいいから、好きなもん食えよ」
「俺は、どんなお前でも好きなままの自信あるぜ?」
「いっそのこと、お前の顔をこれ以上赤くしようか?」
正直、彼の得意なドヤ顔は見飽きた。
だけど、今回ばかりはさすがにカッコよく思えた。
だから、私は心の底から「ありがとう」と伝え、
浮かぶ涙を堪えながら、メニュー表を再び見た。
――――― ● ――――― ○ ――――― ● ―――――
レストランから出たら、雨が降っていた。
彼と出逢った日みたいに、土砂降りとまではいかない。
だが、私は持っていた折り畳み傘を開く。
そして、彼に向かって「一緒に入ろ」っと言う。
すると、彼は「おう」と頷きながら、私の方に近付く。
「なんだか、本当のカップルみたいだね」
私は少しだけ、彼を好きになりかけていた。
わけわかんない人だけど、実は優しいところがあって、
ドヤ顔をキメたがる変な人だけど、一緒にいると自然。
素の私なんて、仲の良い友達にもあまり見せてないのに、
出逢って数日の、しかも異性に見せる日がくるなんて。
私はほんの少しだけ、彼を好きになり始めていた。
そんな私に彼は言う。
「そうだな、カップルみたいだな」
「また、今度も遊ぼうな?」
「毎回こんなところ来るお金ないけどw」
そう言って、私に笑いかける。
それから、私の家に着くまで、
私も彼も口を開くことはなかった。
きっと、彼も私と同じで、何を話していいか迷ったままで、
だけど、結局何も思い浮かばなくって、無言だったんだろう。
だから、無言で辿り着いた玄関前で、私は彼に別れを告げる。
「この傘、また今度のときに返してくれればいいから」
「だから、今度は黒野君から誘って?」
すると、彼は無言のまま、私の両目を右手で覆う。
「え?なんなの??」
私は彼の理解できない行動に戸惑った。
しかし、唇に何かが触れて、わかった。
そのあと、彼は私の目隠しをやめ、
「それじゃ、また」と静かに言って、立ち去る。
私は離れていく彼の背中に、
「私も今日は。眠れなさそう…」っと呟く。
しかし、その声は雨音にかき消され、彼には届かなかった。
どうも、尖角です。
長かったですが、最後まで読んでいただけてうれしい限りです。
最後、前話の狂風師君とネタがかぶってしまった感がありますが、
気にしないでください。 たまたまなので(笑)
さて、この話には、まだ続きがあります。
この話の前のストーリーと、その後を描いてあります。
そこで新しい事実がでてくるので、
改めて、こっちのを読んでみると、違うものが見えてくるかもです。
もしよろしければ、どうぞ。
「こいびと。」→「 http://ncode.syosetu.com/n9306cd/ 」
次話はアイリさんです。 よろしくお願いします!