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隠された葉

作者:狂風師

担当月:5月

ジャンル:ガールズラブコメディー

作品キーワード:五月病 ゴールデンウィーク 子供の日 若葉

「ねぇねぇ、若葉ちゃんの家に行ってもいい?」


「あたしの? 別にいいけど何もないよ」




 学校終わり。

 世間ではいよいよ明日からゴールデンウィークだというのに、うちの高校では「遊ばせるか!」と言わんばかりの課題が出た。

 もちろんそれに伴いクラス中からブーイングが出たけど、だからといって課題がなくなったわけでもない。

 学校側が出すと決めている以上、担任の先生なんかがそれを無くすなんて無理な話。

 ……妥協というか半分諦めの気持ちのまま、中学からずっと親友の若葉ちゃんと一緒に帰っていた。


「若葉ちゃん課題やるの?」


「それどういう意味?」


「いや、なんていうかその……やってる姿が想像できないと言いますか」


「あたしが課題を出し忘れた事ある?」


「……ないです」


 やってる姿が想像できないというのは、若葉ちゃんが不真面目で課題やその他諸々をやらない、というわけではない。

 むしろ学校内でもかなりの優等生に入る部類の人種で、テストなんかでも学年順位一桁は当たり前。

 授業中に質問されれば完璧に答えるし、自分で言うように難しい課題でも必ず解いて提出する。

 勉強という面だけで言えば、私が勝てるところなんて一つもない。


 それでも私が想像できないと思うのは、その性格にある。


「あ、そうだ。ちょっと寄り道していかない? 甘いものでも食べ……」


「めんどくさいからヤダ」


「少しだけ。ほとんど通り道だから、ね?」


「じゃあ先に帰ってるから、食べながら来ていいよ」


 この極度の面倒臭がり。

 これで課題はしっかりとやってくるのだから、不思議に思うのも仕方がないと思う。

 前に私がそれについて聞いたこともあったが、「それとこれとは別」という自分理論で片付けられてしまった。

 何が「それ」で何が「これ」になるのか分からないけど、推測では必要最低限のことしかやらないようなタイプなんだと思う。


 その例として、若葉ちゃんは体育の授業が嫌い。

 「運動してカロリー消費してその分食べるなら、運動しないでカロリー消費せずに食べない方が合理的」

 という理論で、体育教師も頭を痛めるほどだった。

 それでも授業なので必要最低限はやっていたみたいだけど。

 「着替えるのがめんどくさい」「メガネがずれるからめんどくさい」なんて言うこともよく、っていうか毎回言っている。

 体育は私が学校生活で勝っていると思える唯一の点だ。

 しかしペーパーテストとなると無類の強さを発揮するので、そこはもうどうにもできない。


「……一つ聞いてもいい?」


「考えるのがめんどくさい」


「昨日の晩ご飯は何食べたの?」


「白米とサバ缶」


 ……体育での発言を思い出して聞いてみたら、まさか食事までめんどくさいと思っていたなんて。

 これは思っている以上に深刻なのかも知れない。

 ちょっと無理させてでも運動させて、食べさせてあげないとダメなんじゃないの?

 なんかもうここまで来ると親友としてというより、若葉ちゃんの親みたいな存在になりつつあるんじゃないかと思ってしまう。


「ちゃんと食べないとダメだよ! いつもそんな食生活なの!?」


「食べてるだけいいでしょ」


「死んじゃうよ!? そのままいったら骨と皮だけになっちゃうよ!?」


「そうなったら、そうなった時に考える」


「なってからじゃダメだよ! なる前に何とかしようよ!」


 若葉ちゃんの怖い所は、そんな事を真顔で言ってしまう所だ。

 言葉の抑揚からも、冗談という感じが一切してこない。

 本当にそう思っていそうで、いつか倒れてしまうんじゃないかと急に不安になった。





 電車とバスに揺られること数十分。

 暑苦しい車内から解放され、高校付近の都会とはかけ離れた、田舎とまではいかないがその中間くらいの場所。

 近くにある街路樹が新緑を映し、春風に乗って爽やかなにおいと音を立てている。

 本来私の降りるバス停はもう少し先だけど、今日は若葉ちゃんの家にお邪魔するのでここで降りた。

 結局のところ寄り道はしないで真っ直ぐ帰ってきた。

 めんどくさがりの性格を見せるために寄り道の話をしたけど、自分も寄り道したくなかったかというと、それは嘘。


「ただいま」


「お邪魔しまーす」


 若葉ちゃんの家に着いて挨拶をするけど、誰の反応もない。

 生活感のない玄関には、今脱いだばかりの私達二人の靴しかない。

 玄関だけでなく、まるで引っ越しでもするかのように異常に片付いた他の部屋。

 中学の頃から来たことのあった私にとっては、もはやそれが当たり前のように感じてしまっていた。

 階段を上って若葉ちゃんの部屋に行くと、そこだけはようやくまともな「部屋」と呼べる場所。


「……相変わらず散らかってるね」


 若葉ちゃんの行動範囲内であるベッドの上だけは物がなく、そこを中心にせいぜい一歩以内の場所にだけ物が散乱している。

 聞くまでもなく「物を取りに行くのがめんどくさい」と言うのだろう。


「で、何もないけど。課題写そうとか、甘いこと考えない方がいいよ」


「う……。でも若葉ちゃんだっていつかはやるでしょ?」


「葵が帰ったらやる」


「なんで私が帰ってからやるの!? 今やろうよ!」


「学校で疲れてめんどくさいから」


「もう、まためんどくさいって言う。そんなめんどくさがりってことは、お風呂にも入らないの?」


「三日に一回」


「えっ……それって、三日に一回だけ入るってこと……?」


「そう」


「……。じゃ、じゃあトイレはさすがに行くでしょ。だって我慢なんて出来るわけ……」


「そこのボ……」


「ごめん、聞いた私が悪かったから。それ以上若葉ちゃんの品格を落とすようなことは言わないで。お願いだから」


 微妙な空気が私達の間に流れた。

 いや、きっとそれを感じているのは私だけなんだろうなぁ……。

 若葉ちゃんは制服のままメガネも外さずにベッドに寝転がって、さっそく「めんどくさい」を謳歌している。


 よし、決めた!

 このままふしだらな生活を過ごさせるわけにはいかない。

 ここは無理にでも連れ出して、太陽の光でも浴びながら体を動かさせないと。

 少しでも物ぐさな性格を、私が直してあげるんだから。


「というわけだから若葉ちゃん! 明日遊びに行くよ!」


「課題は?」


「え、えっと……終わらせてから遊ぶ! だから二日間待って!」


「あたしは出かけたくないから待ちたくない」


「それじゃあ私、頑張って課題終わらせるから! 若葉ちゃんのために頑張るよ!」


「めんどくさいからいいよ、頑張らなくて」


 そのめんどくさい発言が私を燃え上がらせていることを、きっと気付いていない。

 本気を出した私の恐ろしさ、その身をもって知ってもらうんだから!




 そうして、私のゴールデンウィークの半分は後悔と唸り声と達成感で終わった。

 いつもの私なら全部使ってようやく終わるだけの量だったのに、それを半分の日にちで終わらせることができたのは若葉ちゃんへの……。


「って、何考えてるの私! 親友として……そう、親友としての想いだよ!」


 自分の部屋で何を叫んでいるのか分からないけど、確実に両親には聞かれただろう。

 なんとなく次の日顔を会わせるのが恥ずかしい。

 でもこれで約束通り、若葉ちゃんを家から連れ出して遊びに行ける。

 どこに行くかはまだ決めてないけど、それは一緒に考えて決めればいい話だし。


 妙に興奮してなかなか寝付けず、布団の中で何度も寝返りを打っていた。

 「寝ないと」と思うほど頭はどんどん冴えていき、時計の秒針の音が異常に耳に残る。

 心なしか外が明るくなり始めたかと思い始めた頃、ようやく私は眠りに落ちた。






「……今何時よ」


「何時って、もうすぐ十一時だよ! いつまで寝てるの!?」


 せっかく気合を入れた服装で来たのに、一方の若葉ちゃんは制服姿。

 髪はボサボサだし、いつにも増してジト目な気がする。

 私と一緒で眠れなかったとかかな。

 ……あれ? 制服姿って、もしかして着替えてない?

 いやいや、いくらめんどくさがりの若葉ちゃんでもそんなことは。


「ちょっと一旦家にお邪魔してもいい?」


「別にいいけど」


「そう? じゃあお邪魔しまーす」


 家の中は相変わらずで、若葉ちゃんの部屋もそれは変わってなかった。

 というよりも動かした形跡がない。

 唯一変わっているところがあるとしたら、ベッドの上だけだと思う。


「若葉ちゃん、学校行ってたの?」


「なんで休みの日にわざわざ行く必要があるの?」


「じゃあどうして制服着たままなの?」


「着替えるのがめんどくさいから」


「お風呂入った後とか……ごめん、聞かなかったことにして」


 ゴールデンウィークで家から出ない若葉ちゃんが、人に会う用事もないのにお風呂に入るはずがない。

 入るとしたら、次の日に学校がある日。

 つまり明日入ろうと思っているに違いない。


「とりあえず、シャワーでいいから浴びて。出かけるのにその格好じゃ、いくらなんでも……」


「シャワーもめんどくさいし出かけるのもめんどくさい」


「じゃあ私が体拭いてあげるからそこでじっとしてて!」


 半分冗談のつもりで言ったんだけど、それを本気にしてその場で無言になっている。

 えっと……これはチャンス?

 じゃなくて、本当に私が拭くの? 若葉ちゃんの体を?


「はやく。立つの疲れた」


「え、う、うん。今用意するね」


「脱衣所のタオル適当に使っていいから」


 まさかの展開に、さすがの私でも思考が追い付いていかない。

 これって若葉ちゃんのいいように使われてるだけなのかな。

 仮にそうだとしても、それって私を頼りにしてくれてるってことだよね?

 私になら体を許してくれる……そういうことなの!?


 勝手に頭の中で悶絶していると、階段の最後で足を滑らせて危うく転びそうになった。

 もしこれが階段の途中だったら、と考えると異常なほど冷静になってしまった。

 さっきまでの私は何を考えていたんだろう。


 お風呂場にあった洗面器に水を入れ、タオルを二枚腕に掛けて部屋へと戻った。


「えっと、じゃあ……拭くよ?」


「服、脱がせて」


「え、ええええ!? さ、さすがにそれは出来ないと言いますか、は、恥ずかしいと言いますか」


「体育の着替えの時はいつも見てるのに?」


「そうだけど……。でもそれとこれとはなんか違うよ!」


「じゃあどうするの?」


「顔と腕と脚だけ拭くから、あとは自分で何とかしてよ!」


「めんどくさいからそこだけ拭いてくれればいい」


 文句ばっかりなので、もうこれ以上言っても仕方がない。

 第一、こんなことに時間とられてたら遊ぶ時間が無くなっちゃう。

 まさかそうなる事を見越しての若葉ちゃんの策略!?

 いやいや、いくら勉強が出来るからといって、物ぐさな若葉ちゃんがそんなこと考えるはずがない。


「じゃあもう拭くからね。拭いたら出かけるよ」






 バスに乗って行き着いた先は、市内でそれなりに大きい公園。

 普段の休みの日でさえ人が多いのに、今日は倍近くの人がいるように見える。

 それも小学生くらいの子供を連れた家族ばかり。

 カラオケとかボウリングとかに行けばよかったのに、なんで入園料無料のこの公園に来たんだろう。


「……さ、さぁ、思いっきり体を動かそうか」


「なにか遊べる物でもあるの?」


「バドミントンの道具でも借りる?」


「動くのめんどくさい」


 ……こうなったらやけになってでも遊ぶしかない。

 そうだ、本来は若葉ちゃんの運動のために連れてきたんだから。

 運動してもらわないと課題を急いで終わらせた意味が全くない。


「受付行くよ! 何が何でも絶対に楽しむんだから!」


「じゃあ待ってるから行って来て」


「ダメ! 歩くのも運動!」


 若葉ちゃんの手を取り、強引に受付の方まで引っ張っていく。

 めんどくさいめんどくさいと言うものの完全に拒否しないのは、少なからずやりたいと思う気持ちがあるじゃないの?

 まったく、若葉ちゃんったら正直じゃないんだから。




 都合の良いように考えていたけど、何もかもが良い方向にはいかないようで。


「どうする?」


「じゃ、じゃあ……」


 バドミントンは全て貸出し中。

 それ以外の道具も何もない。

 恐るべし、ゴールデンウィーク。


「今日何の日か知ってる?」


「今日って何日だっけ? 二日間は課題に費やしたから……五日? ……あっ」


「そういうこと」


 周囲の家族連れを見渡してみると、確かに男の子の方が多いような気がする。

 それのせいもあって、今日はこんなに人が多くて道具も借りられなかったってことなの?

 まさかそこまで読んでたから拒否しなかったの?


「若葉ちゃんって普段どんな事考えてるの?」


「葵の要望にどれだけ楽に応えるか。でも葵の考えは穴だらけだから、そんなに考えない」


「それって私が計画性のないバカってこと!?」


「それでいい。めんどくさくなるから」


「あっさり認めた!?」


 道具がないなら諦めて他の場所に行こうと思っていたけど、ここで場所を変えたら余計に計画性がないと思われる。

 そんなのは癪なので、もう意地でもこの公園で遊び尽くしてやる!

 だいたい道具なんか無くても体を動かす方法はいくらでもあるんだし!


「若葉ちゃん! この看板の散歩コースの一番長いやつ行くよ!」


「一時間も歩くの? めんどくさいから葵一人で行ったら?」


「戻ってきたらお昼過ぎちゃうね。近くのコンビニでお昼ご飯買って散歩の途中で食べよっか」


 適当に考えた案だったけど、これはこれでピクニックみたいで楽しそう。

 我ながら賢いと思ってしまった。

 有無を言わせずさっそくコンビニまで連れて行きお昼ご飯と飲み物とデザートを購入。

 若葉ちゃんは何でもいいと言っていたので、私と同じサンドイッチにした。


「これデザート?」


「五月五日ならこれ食べるしかないでしょ! かしわ餅嫌い?」


「嫌いじゃないけど、男の子のための日でしょ」


「若葉ちゃんが「わざわざ」教えてくれたからね。どうせ私はそんな日にこんな場所に来ちゃう計画性のないバカですよ」


「気にしてるの?」


「別に! してないよ!」







 コンビニから戻って来て、ようやく今日の目的を実行する時が来た。

 まだ何もしてないのに、もういろんなことをやった気分にもなってきている。


「それじゃあ張り切って運動しよう!」


「めんどくさい」


 散歩コースの書いてある看板からスタートし、お昼はコースの途中にある林っぽいところにしよう。

 そこなら日陰もあると思うし、もしかしたらベンチとかが都合良くあるかもしれない。


「疲れたとか言ってもおんぶしてあげないからね!」


「頼んでない」



 しかし数十分後、この立場が入れ替わる事になるとは、今はまだ分かるはずもなかった。



「あ、あと少しで……お昼のポイントだから……」


「食べるだけなんだからどこでもいいじゃん。めんどくさい」


「ダメ……! ちゃんと決めた場所じゃないと……」


「なにその執念」


 最初は辺りを見渡しつつ冗談なんか言えてたけど、だんだんと体力は減少。

 私が若葉ちゃんのペースに合わせていたつもりが、いつの間にか逆転してる。

 私って若葉ちゃんより体力ないの……?

 そんなこと、そんなことあるはずが……。




 意地と執念で辿り着いたその場所には、都合いいベンチなんか設置されていなかった。

 しかし石となった私の足はそれ以上動きたくないと抗議し、迷いもせず芝生の地面へと座り込んだ。

 ちょうど木陰になっていて、吹く風が汗を冷やしてくれた。


「大丈夫?」


「……若葉ちゃんがそんな言葉を口にするなんて」


「じゃあもう言わない」


「ごめんごめん。……お昼ご飯、後でもいい? ちょっと疲れちゃった」


 そのままだらしなく寝転がると、眠れなかった分の睡魔がここで襲ってきた。

 周りの新緑が心地よい風と音を運んでくれるおかげで、眠りに落ちるのに時間はかからなかった。


「葵?」


「さき……たべてていい……よ」


 何とか出せた言葉は、きっと若葉ちゃんに伝わったはずだ。




 眠った唇に近付く若葉を、周囲の新緑の葉がそっと覆い隠した。

恋愛要素よりはコメディーを強めに書きました。

書いていたらいつの間にか長くなってしまいました。


ではお次は6月担当の尖角の作品をお楽しみください。

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