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踏み出す、

作者名・篠宮 楓/該当月・4月/

ジャンル・恋愛/出会い・入学式・桜・春霞


「都会だなぁ……」

夜が明けきらない時間帯に目が覚めてしまった美春は、アパートの窓を静かにあけてそう呟いた。

所謂田舎と呼ばれる地域から大学入学の為に上京した美春は、住宅ばかりの風景にため息をついて窓をそっと閉める。

近くに山があり小川が流れ穏やかな田園風景の中で育った美春には、少し息苦しく感じて仕方がなかった。


窓から差し込む微かな明かりが、見慣れない部屋の中の真新しい布団や机を浮かび上がらせる。


美春は、数日前高校を卒業したばかりの新大学生。

大学に行かなくてもいいから地元で就職をと望んだ両親に猛反発して、懸命に勉強をして都会と言われる場所の大学に合格した。

地元が嫌いなわけじゃない、ただ、このままここでずっと暮らしていくと思ったら、少し怖くなってしまったのだ。

ここしか知ることもなく人生が終わる……、大げさではなく両親がそうだから見えてしまった将来の自分。


そんなのは嫌だった。

新しい何かに、飛び込みたかった。

そうして親元を離れ、決めたアパートへと卒業と共に引っ越してきたわけだけれど。

「……」

再び零れそうになるため息を噛み殺して、美春は布団から出た。






古い鉄の階段を下りて、アパートから出る。

越してきてから日が浅いため、散歩と言ってもどこに行っていいかわからない。

だんだんと明るくなってきているけれど、まだ朝とは言い切れない明け方。

危ないのかなと思いつつ、美春は住宅街を歩いていた。


こういうことしちゃいけないって、お母さんに言われてたんだけどな。

地元では、そんなに気にすることじゃなかったけど……。


そんなことを考えながらも、足はアパートから……いや住宅街から離れようと動く。

とにかく、住宅以外の風景が見たかった。

家の屋根ばかり見える風景と、窓に切り取られた空。

それ以外のものが見たかった。

歩いて数分もしないうちに、朝日が上がり始める。

霞がかった空気に、眩い光が浸透していく。

それと共に、少し遠くに土手らしきものが見えた。

今まで暗闇に沈んでいたシルエットが、朝日によって浮かび上がったのだ。

「……土手」

それがあるということは、川もあるはず。

そんな期待を抱いた美春は今までと比べ物にならない速さで、土手へと向かっていく。

離れたアパートの横をもう一度通り抜け、十分も歩かないうちに土手に上がる道を探し出した。


川、見れるかな……!


地元にいる時、暇があれば本を読んでいた土手。

キラキラと太陽の光を反射して綺麗だった、川の流れ。


ドキドキしながら、美春はその道を駆け上がった。


「わ、ぁ……!」


微かに薄い霧がかかった大きな川面は、朝日の光を反射して綺麗に輝く。

しっとりと朝露に濡れた草が、足首に水滴を弾き飛ばした。


大きい……川だ、なぁ。


どきどきする鼓動を抑えるように、薄手のコートの前袷をギュッと握った。

ここ数日、住宅ばかり見ていた美春には、嬉しくてたまらない欲していた自然が目の前にあった。


高揚する気持ちのまま、土手を歩きだす。

薄い霧の中歩いていくのも、楽しくてたまらない。

鼻歌を歌いそうになって、くふふと笑う。

都会にも、こんな場所があるんだ。

また明るくなってから、ここに来よう!


スキップを踏み出しそうになる足を抑えて、ゆっくりと土を踏みしめる。

慣れた感触が、体に心に優しかった。


歩いている途中に完全に上がった朝日が、春霞を消して風景を照らした。

霧も晴れ、歩いてくる散歩の人や犬を連れた人と挨拶を交わす。

都会だからって、偏見があったことに今さらながら気づいた。

挨拶をしてくれる人達の声の、温かい事!

都会も地元も変わらない。


向かいから歩いてくる人に思い切って自分からおはようございますと、声をかけてみた。

犬を連れていた男の人は少し驚いたように瞬きをして、それでもにこりと笑って”おはよう”と言ってくれた。

嬉しくてうれしくて。


……涙が出た。





「あのその。止まった?」

「はい。すみません」

大きな川だけに土手も整備されていて、いくつか並んでいるベンチに私はさっきの男の人と並んで座っている。

足元には、ちょこっと座った柴犬。

これまた心配そうに私を見上げていた。

恥ずかしくも挨拶をし返してくれたことが嬉しくて泣いてしまった私に驚いた男の人が、慌てて近くのベンチに連れてきてくれたのだ。

恥ずかしくてたまらない、初対面のしかも男の人にこんな迷惑かけるなんて。

何度も謝る私に、その男の人は笑って許してくれた。

入学する大学名をつげると、もうすぐ入学式だねとおめでとうと笑ってくれてほっとする。


「そうか、大学入学でこっちに出てきたんだ」

「はい。都会って初めてで、戸惑ってしまって」


泣いた事情を説明したら、ごめんねと最初に謝られてから頭をふわりと撫でてくれた。

「君が前に住んでたところって俺も行ったことあるけど、確かにこことは違うよね。まぁ、ここも都会って言うほどのもんじゃないんだけどさ」

「……田舎だったんで、ホント違いすぎて……」

もごもごと呟くと、ふわり、また髪に優しい感触。

「でも、俺は君の住んでいた自然いっぱいの所って好きだなって思うよ。シバも喜んでたし」

足元でシバが、くうんと鳴く。

その男の人の言葉が嬉しくて、私はまた泣いた。












大学の入学式は、朝の十時から。

初めて買ったスーツを初めて着て、大学の門をくぐる。

受験の時とは違う感慨に、ぎゅっと胸元で手を握った。


結局あの時の男の人とは、もう会えなかった。

同じ時間帯に何度か足を運んでみたけれど、会うことはなかった。

恥ずかしくて聞けなかった名前、聞いておけばよかったなって後悔しても後の祭り。

あの土手の散歩はとても気持ちいいから、続けようと思う。


ぶわり。


一際強く吹いた風が、校内の桜の木を揺らした。

花片が舞い上がり、そして舞い落ちる。

その綺麗な光景に、誰もが立ち止まって空を見上げた。

ピンク色の風のようだと、思わず呟く。


「入学おめでとう」

「……っ、え?」

真横から聞こえた声に、びくりと肩を震わせて私は視線を上げた。

そこには、私を見ている私が探していた人の姿。

「ようこそ、うちの大学へ」

「え、え?」

いきなり言われて、頭の中が真っ白になる。

「うちのって、え、あの?」

狼狽える私を宥めるように、その人はふわりと頭に手を置いた。

「ごめんごめん、いきなり再開した方が少女漫画みたいで面白いかなって思って。さすがに探すのに時間かかるかと思ってたけど、すぐに会えてよかった」

「なっ、そっ、え……えぇぇっ?」

パニックになっている私は、わけのわからない言葉しか出てこない。

その人はニコリと笑って、目線を合わせるように屈んでくれた。


「これからよろしくね。俺の名前は……」





知りたかった名前を聞いた後、パニックのあまり泣きした私に、彼が慌てるまであと数秒。

5月は狂風師さんです^^

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