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中編

あけましておめでとうございます。

本年はじめての投稿になりました。

今年もどうぞよろしくお願いします。

「マリルお姉ちゃん!遊ぼう!!」


元気のよい声が、青空の下に響き渡る。


「えぇっ!!ダメよ。お姉ちゃんは今日はあたしと遊ぶんだから!」

「騎士ごっこしようよ!今日こそ俺が勝つ!」

「鬼ごっこがいい!」

「高い高いやって!!」


教会の中庭に出てきたマリルーシュはあっという間に子供たちに取り囲まれた。


「この洗濯物をみんな干し終わったらね。」


「えぇっ?そんな!それ全部ぅ~?」


子供たちはいっせいに不満の声を上げる。

確かにマリルーシュは大きなかごに沢山の洗濯物を山のように抱えていた。


「そうよ。みんながお手伝いしてくれれば、きっと早く終わるんだろうけどな?」


「やる!俺、手伝う!!だから、俺と勝負だ!!」

「あたしだって手伝うもの!お姉ちゃんあたしと遊んでくれるよね!」

「鬼ごっこ!鬼ごっこ!」

「マリルお姉ちゃん!このタオルここに干していいのぉ!?」


マリルーシュの言葉に乗せられた子供たちは、ワイワイ言いながら先を争って洗濯物を干し始める。

それをマリルーシュは笑って見守った。


…ここは、国の運営する教会の孤児院である。


賢明にして寛仁大度(かんじんたいど)な女王陛下の治めるこの国は、社会福祉制度が充実していた。

何らかの理由で親や育て手を失った子供たちは、国の各所にあるこういった施設で大切に育てられるのである。

もちろんその予算は十分にあてられていて…マリルーシュは少し前からここで働いていた。


当然”秘密裏”に、である。


「マリルお姉ちゃん!早くぅ!」


「はぁい!」


マリルはマリルーシュの偽名だった。




マリルーシュの父は、女王陛下の覚えもめでたい将軍である。

将軍家ご令嬢のマリルーシュが働く必要は、もちろんどこにもない。

また、本来マリルーシュの身分であれば、こういった施設でする行いは、全て無償の慈善活動であるべきだった。

それをマリルーシュは身分を偽り働いて、しかもお給金を貰っている。


…全ては、第一王女のためであった。


あの後、王女の随行から外れたマリルーシュは、連れて行ってもらえないのならば、”自分から行けばいい”のだと考えついたのだ。


王太子殿下から方法は1つではないと教えられて一生懸命考えた末の”結論”だった。

はっきり言って、身分の高い”ご令嬢”にはあるまじき発想と言えよう。

ここが、マリルーシュのマリルーシュたる所以とも言える。

目的のためであれば、どんな努力も厭わないのがマリルーシュであった。


この自分の”考え”にマリルーシュは夢中になった。

自国で第一王女の側仕えに選ばれないのなら、隣国で雇ってもらえば良いというのは我ながら名案だと思う。マリルーシュは、その自分の考えを実行するための方策に考えを巡らせた。

その結果自分には自ら隣国に行くために何より必要なものが不足している事に気づいてしまう。


それは、先立つもの…すなわちお金(・・)だった。


将軍家令嬢として何不自由なく育ったマリルーシュは”お金”を自分で持つ必要がなかったのである。

しかし、隣国へ1人で行くためには”お金”がいるに決まっていた。そのくらいの常識はマリルーシュだって持っている。手持ちの宝石や貴金属を換金することも考えたが、マリルーシュはそれを(いさぎよ)しとしなかった。


(1人で隣国へ行くなんて反対されるに決まっているわ。)


それを押し切って行くのに両親から買い与えられた物を使うのは間違っていると、真面目なマリルーシュは、思う。


(行くのなら自分の力で!)



そう決意したマリルーシュが考え付いたのが教会で働くことであった。

慈善活動で行うべきことにお金を貰うということに多少の後ろめたさは感じたが、それもこれも敬愛する第一王女さまのためと思い、割り切った。

今ではすっかり子供たちにも懐かれて、楽しく働いている。


そして、今日は待ちに待っていた給料日であった。


「こらぁ!マジメに干しなさい!」


洗濯物で遊び始めた子供たちをマリルーシュは大声で叱る!

きゃあ〜っ!と歓声を上げた子供たちはクモの子を散らすように逃げ去って行った。


「もうっ!」


ため息をつきながらもマリルーシュは上機嫌であった。

もちろん、給料日とは言っても働き始めたばかりのマリルーシュがもらえる金額などたかが知れている。

家族をごまかしながらの労働は、1日わずか数時間それも毎日は働けないという現状だ。

スズメの涙のようなそのごくわずかなお金がそれでもマリルーシュは嬉しくてたまらなかった。


それは間違いなく彼女が自分の力で稼いだお金だったからだ。


(千里の道も一歩からよ!)


マリルーシュは決意も新たに真っ白な洗濯物のシーツを物干しざおに広げる。

シーツが風を孕み、バンッ!と膨らんだ。

大海を行く帆船のロイヤルセイルのように高く広がるシーツに心は弾む。

マリルーシュの前途は、少なくとも彼女の中では洋々なのだった。




そのマリルーシュの前途を台無しにするような事件が起こったのは、彼女が洗濯物を全て干し終えた後だった。


ワイワイとマリルーシュにまとわりついていた子供たちの姿がいつしか見えなくなっていた。


今の子供って飽きっぽいのよねとため息をついていたマリルーシュは、突如自分の背中に走った悪寒に気づき身をひるがえす。

間一髪、たった今までマリルーシュが立っていたその場所に木の棒が打ち下ろされた!


「!!」


「チッ!!何をしている!」


忌々しそうな怒鳴り声に視線を向ければ、そこにはいかにも素行の悪そうな男が数人立っていた。

中の1人がマリルーシュを狙った木の棒を再び構え直す。


マリルーシュは、スッと腰を下ろし身構えた。

油断なく相手を見ながら手を腰に回し、思わず出かかった舌打ちを堪える。


(剣がない!)


…当たり前だった。

孤児院で子供たちの世話をするのに剣など持ってくるはずがないのだ。

ギュッと唇を噛んだマリルーシュは、男たちを睨みつけた。


一方マリルーシュをただの洗濯女と思い、簡単に気絶させて捕まえようとした男たちは、思いもよらず避けられたことに驚く。

改めてマリルーシュの姿をじっくりと見て…思わず口笛を吹いた。

男たちの目に映ったのは、まるで天使のような可憐な少女だった。

ふわりと風になびくやわらかそうなブラウンの髪とヘーゼルの大きな瞳。すっと通った鼻筋と艶やかな赤い唇。透き通るような白い肌が赤く上気してその人形のように整った顔に生命を吹き込んでいる。


「こいつぁ上玉だ。」


下卑たその口調には明らかに感嘆の色が混じっていた。

そう、絶世の美貌を誇る女王陛下を筆頭に綺羅星のような美形揃いの宮廷に慣れているため、ほとんど自覚がないのだが、マリルーシュは十分に美少女なのであった。

少なくとも男たちがその美しさに目を奪われ、この状況下にあってマリルーシュが少しも怯えていない事やそれどころか油断なく身構えている事にさえ気づけないくらいには美しかった。


「無駄な抵抗をするなよお嬢ちゃん。べっぴんな顔に傷をつけたくはないからな。」


何も気づけぬ男たちは、ニタリと笑う。


そう言われて素直に従える者は、いったいどれだけいるだろう?

しかしそんな疑問も抱かずに、マリルーシュを見た目どおりの可愛いだけの娘と思った男の1人が無防備にマリルーシュに近づいた。


「寄るな!下郎!」


マリルーシュは一瞬の内にその男を地面に叩きつける!



実に見事な一本背負いだった。



…毎朝の鍛錬をかかさないマリルーシュにとって、剣などなくとも男の数人を叩き伏せることなど朝飯前なのだった。

動揺する男たちの真ん中に飛び込んだマリルーシュは、獅子奮迅の勢いで自分の2倍はあろうかという体格の男たちを当たるを幸い投げ飛ばしていく!

次々と倒される仲間を見て、最後の1人が逃げ出した!


「あ!待て!!」


待てと言われて待つ者もこの場合いないだろう。

逃げ出した男は、教会の中に飛び込むとその中に捕らえていた子供の1人を盾に取ってマリルーシュに対峙した。


「なっ!卑怯者!!」


「うるさいっ!!この子供の命が惜しかったら大人しく俺たちの言う事を聞け!!」


…まるで悪党の見本のようなセリフだった。

しかしそれがどれほど陳腐なセリフだとしても、子供を人質に捕られてはマリルーシュに抗う術はないはずだ。

万事休すかと思われたマリルーシュだが…


「マリルお姉ちゃん、助けて!」


「大丈夫よ。こんな時はどうするのか、ちゃんと教えてあげたでしょう?」


マリルーシュは、落ち着いてそう言った。

…実は、マリルーシュは子供たちの世話をしながら子供たちに護身術を教えていたのだった。

身寄りのない子供たちが大きくなってからも1人で身を守れるようにという思いで教えたものだったが、思わぬ役に立ちそうだった。

幸いなことに、今人質になった男の子は、マリルーシュの教える”騎士ごっこ”を一番熱心にやってくれていた子供だった。


「”攫われそうになった時の対処法その1”よ!やってみて!」


「うん!!」


「何っ?」


悪党の男が慌てるが、全て遅かった。

男に抱きかかえられていた男の子は、小さな両手で自分の腹に回っていた男の小指を1本握りしめると、それをあらぬ方向に思いっきりねじり上げる!!


「うぎゃっああああああっっっ!!!!」


聞くに堪えない男の野太い悲鳴が上がった。

…どれほど屈強な男でも小指1本だけでは相手の両手には敵わない。それが子供であっても結果は同じだった。

痛みと指の折れる恐怖に、男は子供を放り出す。

その子供を上手に受け止めたマリルーシュは、一気に男との距離を縮めると実に華麗な”上段回し蹴り”で男を地面に沈めた。

上品なロングスカートがヒラリと舞い上がり真っ白なレースのペチコートを一瞬見せてから、ふわりと落ち着く。


「すっげぇ〜!カッコいいマリルお姉ちゃん!!」


無邪気に男の子がパチパチと手を叩いて喜んだ。

マリルーシュは、ホッと息を吐く。

第一王女を守るため日夜鍛錬を積んでいた将軍家のご令嬢に、ただの町の破落戸(ごろつき)が敵うはずもなかったのであった。

おそらくこの男たちは、今日支給される給金を狙った強盗なのだろう。

自分の給金を自分の手で守り、無事に受け取れる結果に大満足のマリルーシュであった。

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