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前編

朝目覚めたマリルーシュは、大きなため息をついた。


ベッドの脇の大きな窓からは朝の日射しが部屋一杯に射し込まれ、マリルーシュの女の子らしい可愛い部屋を照らし出している。

爽やかな朝の空気は、そんなため息の原因になりそうなものなど一切含んではいない。


そう、マリルーシュのため息の原因は、昨日今日のものではなく数ヶ月前からのものだった。

もっとも今日のため息はいつにも増して大きく繰り返されている。


昨日、来春に迫った第一王女の隣国への輿入れに随行する者の発表があった。


「私ってダメね。」


マリルーシュは独り言を呟いた。

最近とみに独り言が増えたように思う。

こうなることは、かなり前からわかっていたはずなのに、いざ正式に告げられると心が塞ぐ。



発表された中にマリルーシュの名はなかった。




この国の将軍家の一人娘として生まれたマリルーシュは、第一王女と歳が近いこともあって、幼い頃から王女のいわゆるご学友として共に学び共に歩んできた。

畏れ多い事に女の子同士親友のように接してくださった王女に対し、マリルーシュはこれからの自分のささやかな人生を王女に捧げる決意をしたものだった。

当然のように王女の輿入れにも同行し、その後の一生を隣国で暮らすものとばかり思っていたのに…その人選にマリルーシュは漏れたのだ。


(私のような未熟者は連れて行けないということなのでしょうけれど…)


マリルーシュは悔しさに、小さな赤い唇を噛む。


同行者の中には、マリルーシュと同年代の王女の侍女たちが何人か選ばれていた。

彼女たちはよくて何故自分が撰ばれなかったのか、マリルーシュには納得し難い。


(あんなに勉強も礼儀作法も、武芸だって誰よりも頑張ったのに…)


そう、マリルーシュは幼い頃から王女と同じ(・・)教育を受けていたのだった。


一般教養に始まってかなり専門的なものから果ては帝王学に至るまで、王女の受ける教育は全てマリルーシュも受けたのだ。

特に武芸はマリルーシュが将軍の娘であることもあって、一生懸命頑張った。


ただの侍女たちよりも、よほど王女のお役にたてる自信があるのに…


しかし、それでもマリルーシュは撰ばれなかった。

それが全てだ。


(何故なの?!)


マリルーシュは、ベッドの上で天を仰いだ。




実は 、マリルーシュが撰ばれないだろうことはかなり以前から父である将軍により伝えられていた。

しかし、何故ですか!?と詰め寄る娘にはっきりとした理由を父が答えなかったため、まだ決定したわけではないのだろうといちるの望みを抱いていたのだった。


(至らない箇所は、指摘してくだされば良いのに。)


そうすれば自分は何がなんでもそれを直すべく努力したのにとマリルーシュは思う。

そう、マリルーシュは、目的のためなら懸命に努力のできる少女であった。

懸命過ぎると周囲に止められる程の頑張りやさんなのだ。


しかし、その頑張りも全てが無駄だった。


(だめだわ。こんな事ばかり考えていては。心が沈むばかりで…)


いつまでもくどくどと思い悩みそうな自分をマリルーシュは叱咤する。

もう朝の鍛練の時間だった。

毎朝の習慣のついた身体は、もうその訓練自体が必要となくなっても、いつもの時間にマリルーシュを目覚めさせたのだ。


重いため息をついて、マリルーシュはベッドを出た。




1時間ほどの鍛錬で、マリルーシュは軽く汗をかいた。

風が優しくマリルーシュの火照った頬を鎮め、1つにまとめたブラウンの後れ毛を揺らす。

いつもであれば、この鍛錬後は適度な疲労と心地よい充足感が心を満たすのだが、流石に今日は疲ればかりが体に残った。

良く手入れされた緑の芝生の上に、マリルーシュは腰を下ろす。

力なく下を向いた。

そのまま脱力していたマリルーシュは、ふと目の前の芝生に落ちた影に気づいて顔を上げる。

見上げた先にはマリルーシュのよく見知った優しい笑顔があった。


「王太子殿下!」


慌ててマリルーシュは立ち上がろうとする。

王太子はそんなマリルーシュを止めると、気安くマリルーシュの隣に並んで腰を下ろした。


「そんな!殿下、お召し物が!」


「気にするようなものではないよ。ルーシュは、相変わらず朝から熱心だね。」


親しくマリルーシュを”ルーシュ”と愛称で呼んでくださる王太子殿下は、畏れ多くもマリルーシュをご自身の妹である第一王女同様に可愛がってくださる優しい方だ。

輝くような金の髪に澄み渡った空のような青い瞳を持った絵に描いたような王子さまは、マリルーシュの憧れの人だった。


「でも今日のルーシュは、なんだか元気がないように見えるね。どうかしたの?」


敬慕する王太子殿下が、自分の様子を気にかけてくれたという事に、不覚にもマリルーシュの瞳に涙がにじむ。


「泣かないで、私の(・・)ルーシュ。理由を聞かせてくれるかい?」


「…はい。」


涙を拭いて、マリルーシュは自分の憂いの原因を王太子に話したのであった。




「…そう。ルーシュはそんなに妹について隣国に行きたかったのか。」


「はい。だって王女様は我が国のために政略結婚をされるのですもの。せめておそばについていてさしあげたかったのです。」


第一王女と隣国の王太子との結婚は、マリルーシュたちが生まれる前にあった隣国との戦いを収めるために結ばれた協定の1つであった。

生まれた時から政略結婚を定められていた王女を支える事こそが、自分の使命なのだとマリルーシュは思っていた。


「隣国の王太子は、妹を溺愛しているようだけれど…」


「そんなことは、当たり前です!王女さまを愛さない人などいません!」


第一王女は、絶世の美女である母の女王に瓜二つの美貌を誇っている。

王女さま命!のマリルーシュにとって王女を愛さぬ男など男の風上にも置けない存在であった。


王太子は苦笑する。

夫となる相手に溺愛されている第一王女をそこまで心配する必要はないだろうと王太子は思っていた。

だがその王太子の理論はマリルーシュには通じないようだ。

第一王女を心配するあまり、共に隣国に行けなかったことに悲嘆にくれるマリルーシュを王太子は慰める。


「ルーシュの気持ちを妹はよくわかっているよ。随行に選ばれなかったからといってルーシュの気持ちは変わらないだろう?何も随行することだけが妹を支える”唯一の方法”ではないと私は思うよ。」


マリルーシュは感激した。

やはり、王太子殿下は自分の心をわかっていてくださるのだと思う!


「そうですよね。選ばれなかったからと言って、諦めてはいけないのですよね。方法は1つではありませんもの!」


私、頑張ります!と言って、最初の頃とは打って変わって明るく別れの挨拶を告げるマリルーシュを、王太子は困ったように見つめる。

何だか、肝心な点で自分の意思が正しく伝わらなかったような気がするのは…気のせいではないだろう。


頑張り屋で何にでも一生懸命なマリルーシュには”思い込み”が激しいところがあった。

そして、その”思い込み”は、時にして周囲に”騒動”を巻き起こす。


元気よく帰っていくマリルーシュを呼び止めようかと思って…結局王太子はそうしなかった。

そんなマリルーシュをとても”可愛い”と思ってしまう王太子なのであった。

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