2.勤務
店内に入ると、俺が面接を受けた時にもレジ打ちをしていた若者が立っていた。彼ひとりの様だ。
店内には最近流行りのドラマのエンディングテーマが流れており、客はいなかった。
「ラッシャッセー」
「あの、今日初めてバイト入る紀州と言います……」
「ラッシャ……ああ、新入りの。オヤジから聞いてるッスよ。紀州さん。俺、店長の息子ッス。よろしくッス」
若者はワックスでガッチガチに固めた髪をガシガシと掻きながら俺に軽く会釈をした。
若者の胸元にはやたらデコられた名札がぶら下がっていた。「小幡蒼龍」と書いてある。なんて読むのだろう。俺はぎこちなく挨拶を交わした。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「とりあえず、俺オヤジ呼んでくるから、ここで待っててくれッス」
そういうと蒼龍君はコンビニを飛び出していった。
……あれ、店員がいなくなったぞ。
……あれ、お客さんが来たぞ。しかも結構怖そうな人だぞ。
……あれ、レジにコーヒー置いたぞ。
……あれ、カウンターに立つ俺をガン見してきてるぞ。
……これ、俺がやれってやつなのかな。
「……い、いらっしゃいましぇ」
俺の頭をフル回転させ、コンビニ店員を思い出す。
強面の客(薄い紫のグラサンに虎柄のスーツ)はカクカク動く俺にさらに注文する。
「兄ちゃん、いつものひとつ」
「……いつもの?」
「おおん、いつものや」
いつもの?さっぱりわからない。しかしここで時間を取らせてはお客さんに迷惑が……
俺が事情を話そうと口を開いたその時、
「あーおっちゃん!ごめんねこの人今日入ったばかりの新入りッスからいつものわかんないんッスよ~」
店内のBGMをかき消す勢いで蒼龍君の声が店内に響く。
「なんやブルードラゴン、サボっとったんかいな」
「違う違う!オヤジを呼びに行ってたんス!オヤジも張り切ってるっスから」
「ほーん、張り切ってる……アイツがねぇ」
とてもフレンドリーに会話する蒼龍君とお客さん。お客さんはグラサン越しに燃えるような眼光を俺に突き刺してきた。
「兄ちゃん、コンビニバイトは初めてか?」
「は、はい。というかバイトが初めてです……」
震えあがる俺の声を聴くと、お客さんはニカッと笑った。
「カッカッカッカ!そう緊張せんでええねん!わしゃブルードラゴンの叔父や」
そういうと叔父さんはスーツの裏から(ちらっと襟首に家紋っぽいのが見えた)名刺を取り出した。
「おまた……しゅうかく、ですか」
「おう!巷じゃ鷲摑み叔父さんなんて呼ばれとるわな」
まーた親族そろって変な名前だこと。俺がそう思っていると蒼龍君が叔父さんにタバコを差し出した。
「ほいおっちゃん。520円ね」
「おう」
そういうと叔父さんは懐から財布(ワニ革だ)を取り出し万札と20円をレジに置いた。蒼龍君は慣れた手つきでコーヒーとタバコを袋に入れた。レジを開け、おつりを取り出すかと思ったら……
「えーと……万の位から繰り下がって千の位から繰り下がって9引く5をして……」
なにやらぶつぶつ言いながら指を折っている。
「なんやブルードラゴン、引き算まだ苦手か?」
「そうなんスよ~」
そういいながら5千円札を2枚叔父さんに手渡した。
「ちょ、違いますよっ!」
「えっ?あ、ほんとだ」
蒼龍君は笑いながら正しいおつりを支払った。
叔父さんは笑いながらも眉を八の字にして、
「これじゃあまだクソ坊主だな」
「えっへへ……」
蒼龍君もまた、頭をガシガシと掻きながら笑っていた。