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ようやく更新できたぞ!
「へぇ……ここが、国議会かぁ……大きいなぁ……」
「でしょ! レンテンマルクの法律を全て作り上げ、国の礎となる機関だからね。これくらいドーン、といかなくちゃ。というか、あんたの国にも私たちほどじゃないけど議会はあったでしょう?」
「うん……まぁ、あるっちゃ、あるけど、ここまでは大きくないかなぁ」
正面から見てうなぎの寝床といっても過言ではないほどの縦に長い構造。雪の積もる地面から、一点の穢れも無い基壇で続く、入り口。それを支えるパルテノン神殿で見られるよう太い決め細やかに装飾がなされた、らせん状のエンタシスの円柱。
狭く木の扉で硬く閉ざされた入り口の門の矩形開口部を彩る、銃剣が左右対称になるように象られた帯状装飾品や、さらにその上に見られる建物の二階部分と思われる円形の色鮮やかなステンドグラスはどこか中世の教会を思わせる。
そして、何よりすごいのが、天高く突き上げんといわんばかりのその建物が周りの自然の景観を壊さずに存在しており、一種の別荘、に来たような雰囲気が出ているところだった。
「で、そうやって建物に声を失っているところ悪いけど、あんた、今日のアイザックとの討論は大丈夫なの?」
と、ここで彼女の言っていることが分からないという人に説明したいと思う。
昨日、アイザックの爺さんと、一悶着が、あった後、僕達はエイラお勧めのレストランに入って、ご飯を食べた。
僕は食事中、エイラから、議会における議題進行の進み方や制度の基本的説明を長々と受けた。それで、わかったことは、
まず一つ。議会の議席は全部で六十議席。農業省、陸軍省、海軍省の三省がそれぞれ二十議席ずつ持っていて、それぞれの省の長官と副官が、議員を指名する。そのため、かなり曖昧であることから議員の変更も可能で、とにかく二十名という人数を守っていれば何も問題ないらしい。
次に二つ目は、一日に行われる議会ではひとつの議題しか討論は行われない。議長がその論題を提示したあと、議長に指名されたものが、それぞれ海軍省、農業省、最後に陸軍省といった順番で、演壇に立ち、他の議員や同席するレンテンマルクの学者、宗教関係者などに自分の理論を発表する。ちなみに時間は、無制限である。
そして、最後に全員の発表が終わったら、議長がその日のまとめを行い、どの意見が最も適切かを議長が尋ね、議員全員と、学者、宗教関係者、そして議長本人が皆それぞれがもつ一票に名前を書いて投票箱に入れ、集計。その場で結果を伝える、というものである。
そして彼女が言うには、
『あの様子だと、アイザックは絶対に、明日の議会であんたに真っ向から討論で挑んでくるわね。もしかしたら、投票のほうでも、他の議員や学者、宗教関係者に根を回すかして、自分に票を入れさせるかぐらいするかもしれない』
『それでいいのかよ。レンテンマルクの民の政治を預かる人間がイカサマなんかして……』
と、僕がそう言うと彼女は、目の前の料理を、一口サイズほどに切り分けながら、
『あいつらは、特に面子にこだわる人間だからね。大体、このご時世、海軍省も陸軍省も既に実力主義で、とにかくその人間の、如何かかわらず強いやつだけを取り入れているって言うのに、農業省だけはいまだに、年功序列主義で、農業士官学校で優れた成績を修めたものしか省の役人になれないんだから』
そう言って彼女は近くを通りかかったメイドに、何かを頼んでいた。
アイザックの昔気質で、江戸っ子気質な所は、変な方向にねじれ曲がっている。仲間、部下を馬鹿にされて、怒るというのなら、まだ話はわかるが、それで、報復する際に、イカサマをしてまで徹底的に潰そうとするのはおかしいと思う。
『……って、ちなみに、聞くけど、もし、それで、僕がアイザックに負けたらどうなるの?』
僕は肝心のことを尋ねた。これは一種の賭けだ。僕が勝つか、彼が勝つか、リターンはこの国の運命、では、それに見合うリスクは何なんだろうか?
『間違いなく! 消されるわねぇ。そりゃ、あんた、アイジャッキュに、あんな口聞いたんだもの。死んで、当然よォ!』
その舌ったらずなしゃべりに、驚いて僕が見ると、エイラは右手で紫色の半透明の一升瓶を豪快に掴み、時折、コップなどを介せずに酒と思われるその液体をそのまま口に流し込んでいる。顔は真っ赤でまっ昼間であるにもかかわらず、完全に出来上がっていた。
『まぁ、明日、僕があの爺さんの鼻をへし折ってやればいいだけでしょう?』
『さぁて、あんらに、そんなことできるかしらねぇ! あいつは手強いし、あんたみたいのはけちょんけちょんにされちゃうかもねぇー。でへへ、 まぁ、そんらことは今は、どうれもいいじゃん、ふいっく。あんたもお酒飲め飲め!』
彼女は机越しに身を乗り出して僕の顔に瓶を押し付けてきたので、
『いや、どうえもよくないよ。というか、僕は何度も言っているけど未成年だから、お酒は飲めないよ……』
『あんら……確か昨日お酒、ガバガバ飲んでなかったけ?』
彼女はにしし、と笑いながらてをわきわきとさせて、今にも僕に飲ませんとしてきたので
『そりゃ、君が僕に無理やり飲ませたんでしょうが、今日は勘弁してくれ』
『まぁ、そう堅いこと言わずにー。お互いアイザックの鼻へし折り隊のメンバーとしてさ』
『いつそんなグループが発足したんだよ……』
『うーん?今?』
『今かい……』
これは、本格的に酔っ払っているな。いつも以上に絡み方が面倒だ。
『別にそんなことはどうだっていいのよォ! とにかくあんたも飲みなさいよね』
『飲みません!大体君も抑えろよ!まだ、まっ昼間だって言うのに』
僕がそうつっけんどんに扱うと
『あーうるしゃいうるしゃい。あんたにまで、テレジアさんと同じこと言われたら、叶わないにゃよ』
テレジアさんもとても苦労しているようだ。
エイラは、つまらなさそうな顔をしてテーブルの上で、持っていた一升瓶の口に指を突っ込んで、行儀悪く回したりして遊んだ後、冷めた料理に口をつけ始めた。
そうして、会計を済ませた後、べろんべろんに酔った彼女の肩を支えながら、僕は、午後は観光じゃなくて、明日のジョナス対策をすると言った。彼女は、えぇ、まだ行く所いっぱいあるのに、と子供のように、駄々をこねたが、何とかそれを説得して屋敷へと戻った。
僕たちが屋敷に戻ると、テレジアさんとノエルが、広い庭園で噴水をバックに、パラソルが差された円形のテーブル、腰掛椅子で優雅にティータイムを楽しんでいた。それを見てすぐに僕は彼女たちの元に行き、事情を話してエイラを預けた後、レンテンマルクの歴史に関する蔵書などはないかと尋ねた。
すると、テレジアさんは僕の意図が分かったのかすぐに何も聞くことなく(ノエルは、頑張って―!、とだけ僕たちに言ってそのままその場に残った)僕に屋敷内部にあった図書倉庫を、案内してくれた。入り口から数えて四列から五列ほどしか横には無いがそれでも縦に長く、奥のほうなんかはここからは目では見えなかった。
そして、テレジアさんに感謝の意を述べ、後は自分で探します、とだけ言って彼女に帰らせた後、僕は集中して資料集めに没頭した。エイラに言われたレンテンマルクの神話をはじめとして、懇意地までの政治の歴史書やら、戦の歴史やらの資料を洗いざらい読み込んだ。
そこから大事なところだけメモを取り、自分の頭で考える作業も行い、そうして紆余曲折の末、何とか今日の、この時間に間に合ったというわけだった。
今日の討論の勝算はほぼ百パーセントといっても過言ではない。加えて僕には、この国を統一し、一気に国民もろとも戦争ムードにする秘策も思いついている。
まさに万全を期していた。
「じゃあ、準備は大丈夫?もうこの中に入ったらおふざけは一切無しだからね?」
彼女の声に含まれる自然な重みに僕の背筋はしゃんとして、顔を引き締めた。それを見てか、彼女は、大丈夫だ、と判断したのだろう。
馬から颯爽と下りて、僕を置いて国議会の扉を開け、中に入っていってしまった。僕はそれに遅れるまじ、と少しばかり慣れてきた馬の下りるテクニックで華麗に、とはいかないまでもきっちりと尻から落ちるといったような恥ずかしい真似をすることなく、雪が積もる地面に足をつけた。そして、小走りでエイラの後を追った。
大理石のような印象を受ける、白くて滑らかな地面の上に敷かれた山吹色の絨毯。薄暗くて長い廊下を抜け、僕がついにたどり着いたのは、壮大な光景の議事堂であった。
今いる場所から、段々畑のように均一に階段の段が低くなっていて、二人用の名が机が十個ある。僕の左には、相変わらず、スパイクのついたヘルメットが特徴的な農業省が僕の右には、黒い軍服が映える陸軍省が、そしてさらに、陸軍省をまたいで、右には、なぜか高官であるにもかかわらず、水兵の服を着た海軍省であろう人々が席に座っていた。
こうしてみると全くもって統一感が無い。僕にはこれを、なかなか壮観だな、と言えるだけの、審美眼は持ち合わせていない。
「あーー!君が、陸軍省の新しい子かなぁっ!」
その声は厳粛な議事堂内に響いた。一斉に僕のほうに皆の険呑を含んだ目線が集まった。それは無理も無い。なぜなら、それは、僕の後ろのほうからしたからである。
僕では無い誰か、恐らく僕と同世代ぐらいの女の子であろう、を見るために僕がくるりと声のした方向を向こうとしたときのことだった。
「うぇるかーむ!」
そうして、僕の胸に彼女のものであろう手が回され、僕の背中には何かやわらかい巨大質量のそれが押し付けられた。
それは、自在に僕の背中の上で形を変え、ポッチのような突起が、僕の背筋を這うたびにゾクゾクとさせる。
「ちょ、ちょっと、あなた、何者ですか?」
農業省の兵士だろうか?僕がそうは思えないのは、彼女の行動に並々ならぬ純粋さを感じたからである。
と、僕の胸に巻きついていた手は解かれ、瞬時に目に映った。手の平で、僕の目は隠され視界は真っ暗になった。
「さぁ、だーれ、でしょう?」
彼女はそう言ってえへへ、と笑った。それは、はたから見れば可愛いのかもしれないが、今の状況ではそれはいらない可愛さだ。
他の議員の目はさっきから僕たちに集まっているし、何よりこれから僕はアイザックと命を書けた討論をしてくるんだ。だから、少しでも気を高めて望まなきゃならないっていうのに、こんなところで、女の子と仲良くしている場合じゃない。
しかし彼女もエイラと同じで、また怪力の持ち主であった。いくら振りほどこうとしても彼女の拘束から抜けられないのだ。
「ふぐっ、ぬぬぬ」
「だめだめだーめ!君本当に男の子?こんなか細い体して、女の子みたい。私の拘束から抜けられなかったら銃すら持てないよ?」
「いいのさ。僕は、参謀だし」
「サンボー?何それ?新しいお菓子でも、出たの?」
「違うよ……。参謀って言うのは作戦立案をして、皆をサポートするのさ」
「へー。よく分からないけど、君、すごいんだねー! でも放してあげない。離して欲しかったら、私のこと誰か、当ててみて」
「いや、わかるわけないでしょ、お互い初対面なんだし……」
「あっ、それも、そーか。じゃあ、私は、男の子と女の子、どっちでしょーか?」
そう言って彼女は一層僕に体を摺り寄せた。それはわざとではないんだろうが、背中に感じる彼女の体つきや温かみはそれを故意だと感じてしまう何かがあるように思えた。
「というか、君は女の子でしょ。わかるよ……」
体つきはもちろんのこと、僕の目を覆うその肌触りが滑らかな手つきや、ほのかに香る、男からは、しえないような、花の芳香もだ。いくら僕がそういう方面に疎いとは言え、ある程度保健体育は勉強してきたし、電車に乗ってきたとき、女の人が近くにいる事だって幾度と無くあるのだ。
「よく、わかったね!すごーい。さすがサンボ」
「いや、サンボ、じゃなくて、参謀だから。そこのところ間違えないで……って、違う、違う。正解を言い当てたんだから、早く僕を解放してくれ」
「そうだね!わかったよ、はい」
そうして彼女の手は、緩まったので僕は自力で、抜け出してすぐに彼女の顔を見た。
「どうも、こんにちは。私は、海軍省長官、セラ・フォンデュ、でっーす。エイラちゃんの唯一のお友達でーす!」
銀色の髪は流れるように腰まで伸びている。身長は僕よりやや小さいくらいで、僕とほぼ同年代であるにもかかわらず、そのあどけない顔立ちと幼い少女を感じさせる無垢な声は、まるで妹、のような印象すら見受けられる。そして何より特筆すべきは彼女のその体のライン。
元の世界にいた頃はそういうものには目はいっていなかったが、こうして女の子を身近に感じるようになって、改めて言うのは、彼女の体のラインはとにかくすごかった。エイラが、丘、マリアさんが小山なら彼女は富士山、とでも言うべきか。
そんな彼女は、驚くべきことにセーラー服に身を包んでいた。それも明らかに改造されていた。胸元は大きく開き、彼女の胸のラインを強調することはおろか、真上から見たらいろいろとすごそうといった様相を呈しているし、セーラー服の上はへそが、見え隠れするあたりで、ばっさりと切られ、その白くて健康的な肌を外気に晒しているし、下も、俗に言うミニスカートという奴で、膝丈よりも上の部分を覆い隠しているだけだった。そして太ももは黒いニーソックスに包まれて、彼女の格好に良くマッチしていた。
確かにセーラー服の原型は水兵の服だと聞いたことはあるが、だからといって、長官ならば普通は軍服で畏まっているものだと思っていた。それが、まさかこんな、どこにでもいる女生徒のような格好をしているとは。
というか、彼女もまた美少女だな。一点のしみも無い肌、その瑠璃色の透き通った瞳に僕は吸い込まれそうで……。
「あんた、いい加減にしなさい!皆あんたが着席しないせいで、開会できなくて、困ってんのよ!」
そして急いで駆けつけたエイラは、僕の頭を小突いた。
「ほらほら、エイラちゃん、めっ!人を殴るなんて、いけないって、お姉ちゃん、いつも言っているよね!」
エイラはずかずかと、セラに近寄り、彼女の頭も小突いて言った。
「あんたもあんたよ。まず、あんたは、私の姉なんかじゃないし、後、私を子ども扱いしないでよね。私たちは同い年じゃない」
「えへへ。そうだっけー」
「そうよ! 全くこんなものぶら下げて、私の部下を誑かそうとしただけでも忌々しい、っていうのに」
そう言って、彼女は、セラの胸の辺りを見て、強く指差した。セラは、彼女の指の先が自分の胸を指していることに気付いて、彼女の胸を見て、
「エイラちゃん、男の子?」
ピシッと空気が凍りついた気がした。下の段には、他の議員がいるはずなのに、誰も喋らない。今にも髪の毛が逆立ちそうなエイラの口元はヒクヒク、と引き攣り、自分の発言の重大性に気付いていないセラはニコニコとしている。
僕は今にもここから逃げ出したかった。いまのこの場は、昨日の戦場より怖いやもしれない。
そして、僕が息を飲み込んだ瞬間だった。エイラはおもいっきり僕の足を踏みつけた。
「痛っ!」
「も、もとはいえば、こんなやつに誑かされるあんたが悪いんだからね!何よ、どうせ、私の胸は小さいですよ。でも、だからどうしたっていうの?私は、あんたみたいな暢気野郎とは違ってね、いつも戦場に立って指揮しているから、栄養が全部頭にいっているわけ!わかる?わかるわよね。わかりなさい!」
「そうだね、君は鳥」
と、彼女は、瞬時に鞘から引き抜いた軍刀を流れるような動作で、僕の喉元に突きつけて
「それ以上言ったら、発言内容によっては首を切りかねないけど、とりあえず、言って御覧なさい」
「いやいや、鳥、君の胸は鳥のようだ、ってことさ。ほら、彼らも君も胸があれだから、空気抵抗少ないし、泳ぐのも飛ぶのも最適だろ、って言いたかった。それだけだよ」
「あっ、そうか!だからエイラちゃんはやたら泳ぐのが速いのかー!あーなるほどね! サンボさん、あったま、いい~!」
「いや、だからサンボじゃなくて、参謀だっての」
僕はそう言ってから背後でプルプルと身を震わすエイラから逃げ出すように身を翻し、階段を下りていった。
そのあと、少しして僕の体がエイラのドロップキックでふわりと宙を舞い、したたかに打ちつけ、さらに彼女に蹴られたことは割愛しよう。ちなみにセラはずっと、無邪気に笑い転げた後、彼女の部下に連れられていった。
「それでは、ここに緊急国議会の開会を宣言したいと思う!議長は私、レンテンマルク王国盟主トルスト・ヴァイマルタクスが務めさせていただく」
トルスト様が背丈とは不恰好な大きな玉座に座り、裁判長が判決を下すときに鳴らす木槌のようなものをカンカン、と鳴らしながらそう言った。僕たちの中で誰一人としてそれに反応し、喋るものはいない。
「わー、はじまりはじまりー!」
……皆が厳粛な雰囲気に包まれる中、こうして若干、一名、空気を読めずに、雰囲気をぶち壊す人間もいるが、それは無視する方向でいこう。ここで、構ったら負けだと思うのは僕だけじゃなくエイラをはじめ、他の議員も同じようだ。
「ははは。皆もセラぐらい笑っていかないか。全く、そんなに重い雰囲気で議論し立っていい答えは導けないぞ?」
「トルスト様、事態は急を奏しております。冗談を言っている場合ではございません」
そう言ったのは、彼女の身辺警護として任務を仰せつかったのであろうセルジュークであった。
「本当に、皆、せっかちだな。そんなにピリピリしたって何もならないだろうに」
彼女はそうボソッと言ってから、もう一度、嘆息して、今度は盟主らしい威厳を持たせながら
「それでは、本題に入りたいと思う。何を私が話そうとしているのかは、大体の人間がお分かりだろうが、一応説明すると九日前、レンテンマルク暦で言うのなら、盟紀二千六百年の十一月二十三日未明、我がレンテンマルク王国軍陸軍省陸軍部隊三万五千は、エイラ天授連邦方面総司令兼長官に引き連れられ、北方雪原にて訓練中であった天授連邦第三師団、兵数四万五千を奇襲。その場で戦闘となった」
へぇ、僕と彼女が会うまでにそういう経緯があったのか。近代兵器同士の戦いで奇襲が成功したんだったら、相手よりも武器は優れているんだから、その時点で決着をつけられたはずなのに、と僕は少し思ったりもしたが、そこはやはりエイラということで自分を納得させた。
「それで、まず一つ疑問なのだが、何故、エイラ殿、あなたは、天授連邦の軍を奇襲したのか、お聞かせ願いたい」
と、いきなりエイラは、ご指名を受けた。僕は、自分の境遇や立場を改めて認識した。ご指名を受けたエイラは、慌てることも無く、逆に待ってましたといわんばかりに、席から立ち上がり、息鷹揚に答えた。
「はっ、僭越ながら、閣下に理由を言わせていただきます。私が、天授連邦の連中に攻撃を仕掛けたのは主に二つの理由からです。一つは彼らレンテンマルクの常駐軍を排斥し、レンテンマルクの純潔を取り戻しながら国政の変革を行いつつ、今日教皇国をはじめとした我らに仇なすものに、この長い戦争の歴史にピリオドを打つと意味もこめて戦線布告をしようと思ったからです。そして、次に二つ目ですが、戦略的な面で我々のほうが圧倒的に兵数は少ないために、兵法の基本として、奇襲攻撃を敢行したまでです。以上です」
彼女は言い終わって、席に座っても拍手は、まるで、無い。ただトルスト様が、エイラを見て、相好を崩しておられるだけだった。
「ふむ。皆聞いたか。彼女の述べたものは、とても明朗かつ筋道だった回答であった。では、ここからが今日の議題だ。何かといえば、今エイラ殿が懇切丁寧に説明してくれた戦いで、レンテンマルク陸軍は、なんと、あの天授連邦勝利し、彼らを撤退させるという大金星を挙げたのだ」
そうトルスト様が、勝利の部分を強い口調にして言い切ると皆のざわめき声が、国議会の議事堂内に響いた。農業省の人間は別として、皆が大国に対する勝利に酔いしれているようで、それを見てどれだけ彼らが、長い戦争の歴史で敗北を味わってきたのかに思いが巡り、そしてそこを突いたトルスト様の演説の巧みさにも、彼女の盟主としての貫禄を感じるものがあった。
ふと後ろを見れば、こころなしか陸軍省の議員の者たちはおおよそ自分お手柄とでも言うように胸を張っていいるし、海軍省、特にセラに至っては、
「わー。すごいやすごいや!エイラちゃーーん。おめでとう!」
と、まるでパーティーかお祭りでもやっているかのような盛り上がりを見せているな中、彼女は一人際立っていた。僕は、それにも関わることはしなかったが、トルスト様は、彼女の事を見て微笑んでから、続けた。
「皆、騒ぐのは、早い。そこで、私は問いたい。この戦争、このまま続けるべきか、それとも、もう勝てないから、とここで武装解除してうまい形で、講和に持っていくか。どうしたいかを決議を取りたい」
それを聞いて皆の反応は、戦争続行派と講和派で大体半々くらいだった。
「今のところ決議投票を行わせても、あまり双方が納得する結果ではなさそうだな。そうと決まったら両派より代表を選び出し、意見を戦わせる意見決定討論を執り行いたいと思う。お互い代表者のほうは大丈夫か?」
そうして彼女は、農業省の方と僕たちのほうを交互に見やる。アイザックもエイラも強く頷き、僕は自ずと緊張が高まり、汗ばんだ拳を握り締めていた。トルスト様はそれを見て、満足そうな表情を見せた後、
「……皆、仲間との共謀は、なしで、素直によかったと思うものに手を上げてくれ。というのも、いかんせんこの討論はこれからの国の命運をかけた大事な討論であるから、代表もそれを聞く側も真剣に取り組んでほしい。っと、長話が過ぎたな、それでは、準備が整ったようなので、まず先に、講和派からアイザック・ハインリヒ農業省長官頼む」
「わかりましたのじゃ。では、まずわしから話そうと思うのは」
そうアイザックが老練な深みのある口調で、討論の口火を切った。
「……というわけで、我軍の戦争の歴史は、敗北と、多大なる犠牲という負の遺産の上に積み重なっているのじゃ。こんなことを、続けたって、意味はあると思うかの?……わしは、意味がないと思うの。と、最後にもう一度言う。もう戦争なんて辞めにして、このあたりで、講和して、少しでも、犠牲を減らし、民の生活を保障することに我々は尽力すべきじゃ。そしてレンテンマルクに平和が、あらんことを」
彼の発表は、歴史的知見に基づいたかなり理路整然としたものであった。時折感情に訴えかけるように反応は真二つに、別れた。左に座る農業省の人間は皆、狂気に満ちたほどの歓声を上げているし、陸軍省の僕とエイラを除いた他の高官は、憎憎しげな様子で、彼を注視していた。エイラは、黙って目を瞑っている。
「アイザック殿、講和派として、貴重なご意見をどうもありがとう。それでは、今度は戦争続行派より、一昨日、突然風来坊のごとく我軍の前に現れ、戦争を勝利に導いた男、陸軍省よりヤクモ殿、意見のほうを頼む」
僕は、エイラや他の陸軍省の高官に見送られるようにして、アイザックと入れ替わり立ち替わりで、皆を見渡せる位置にある演壇に、立った。
マイクを自分の口元にちょうどいい高さの適度な位置に動かした。こんなたくさんの人の目の前で話したことは無いので僕は緊張した。口内は唾液で粘つき、ざらついているせいか、喉からうまく言葉が出そうにない。僕は辺りに、視線を巡らせた。
農業省の人間の視線は、どこか猛禽類のような鋭さを帯びている。特に、取り巻きに囲まれながら、鼻を膨らませる、アイザックは深い双眸の中に顕著なものが見て取れた。
果たして、僕にうまく意見主張が出来るのか。口は、僕の思う通りには開いてくれない。
と、いきなり立ち上がったのはセラだった。彼女は、恥ずかしさなんて省みずに、大声で叫んだ。
「頑張ってー!さーんーぼー!」
すぐに彼女は副官らしき男に諌められ、着席した。反応は、笑う者から失笑する者、」はたまた苦笑する者と、それぞれまちまちだった。しかし、僕は違った。
「……だから、さんぼじゃなくて、参謀だっての」
僕はようやく唾液のしがらみを抜け、光溢れる口外に言霊を繰り出させることが出来た。もちろんそれは、僕に対するものであって、とても小さい声で、あったため誰にも聞こえてはいないだろう。それまでの緊張は一気にほぐされ不思議と肩の荷も下りた。それはもしかしたら彼女の天然さゆえに起きたことなのかもしれないが、それでも僕は彼女に感謝した。
僕はすぐに自分の作ってきた原稿に目を落とした。そこにはびっしりと書かれた文字の羅列が、あった。それは、僕の努力の結晶であり、僕を奮起させる起爆剤となった。
「……それでは僕の意見を述べさせていただきたいと思います。まず、先ほどのアイザックさんのご高説もなかなかなものですが、今、はっきりと言わせていただきます。戦争といった人間の犠牲を産む者無くして未来まで続く恒久平和は、築かれません」
議事堂内がざわつく。これも予想の範疇だ。そして次に来るであろうアイザックの質問も。
「一つ聞いても良いかの?」
やっぱり。そして内容も大体どんなものなのかは分かっている。討論の基本は相手からの質問をあらかじめ予測し、それに対応できるようにすることから始まるからな。
「どうぞ」
「お主はわしの平和への渇望を詭弁と申しているようじゃが、それでは、お主はどのように平和というものを考えているのかの?」
これも予想通りだった。
「昨日、お話しましたとおり、平和というものはある種の毒に過ぎません。そして人間は心の奥でどこか闘争を求めている嫌いもある。だから、あなたのいう平和、それ自体が机上の空論、もしくは妄想の産物に過ぎません」
僕は、そう言い切った。そして自分より目下の位置に座るアイザックを一種見下すような目で見た。彼は、黙り込んだ。身振りで話を続けろ、と表していた。彼の取り巻きは皆、わめていたが僕はそれを無視した。
「ここまで言ってきて、皆さんは思うでしょう。僕に明確なプランはあるのか、と。実はあります。昨日、文献でこの国の歴史を調べていたところ、僕は、良い制度を発見したのです。それは何かといえば」
――総統制度です。
議事堂内は、静かだった。皆が僕の話に耳を傾けていた。
「この制度は今より百年程前にこの国が軍事国家であった頃、短い期間ながら打ち立てられた制度です。概要を説明しますと、まず一つ目は、盟主の権限を形式的なもの以外撤廃することです」
議員の間に緊張が走った。皆の目は僕ではなく、僕の隣で裁判槌で遊ぶトルスト様に移った。しかし、彼女は何も言うことは無かった。
「これまで盟主の権限は行事などの承認や、新しく役所が出来たときに承認をする、などといった形式的な公務から、国家の財政に対する決定権といった非常に政治の根幹にまで関わってくる権限を有していましたが、僕はそれを前者のみにしようといっているだけなのです。つまりは盟主の象徴化を推し進めようとしているだけなのです」
「それでは、後者の権限はどこに行くのじゃ?」
「良い質問です。それらは皆、総統の権限になり、また、三省の長官の所持する軍事指揮権とは別に総統が大本営としての軍を所持します。そして地域レベルでの紛争はそれぞれの省の長官が対応し、国家レベルの戦争に関しては総統の軍を行使し、全ての省の人間が総統の元に集い、団結して戦う、いわば独裁主義を敢行しようと僕は思っています」
独裁主義、といったところで皆が反応した。アイザックも眉をしかめた。話が難しくてわからないのか、ニコニコしているセラは別にして、皆が重苦しい雰囲気に包まれていた。そしてそんな中それを切り開いたのは誰であろう、トルスト様だった。
「一つ聞く。その総統制度には何かメリットはあるのか?」
「ありますよ。それまで分権化していた政治を中央集権化し、かつ総統というトップの元で民を動かすことでまず、政策の不一致が起こりません。ということはつまり民の不満もおきません。それに、議会もスムーズに議事進行が進みます。なぜなら総統の命令は何よりも絶対なのですから」
――この国議会の権限を協力化し、なおかつ議員を皆総統よりの者ばかりにすれば、国の運営は潤滑になる。
それが、意味するところは、恐怖政治、反乱分子の粛清、といった、暴力的な解決だった。しかし、もうこれ以外に手立ては残されていないのだ。
ここまで、大々的な賭けじゃなくては双方にメリットが無いため、相手が乗らないだろうと考えた。どちらかが勝てば、この国は、二度と負けたほうの考えをとることは無いだろう。
しかし、農業省内部はおろか、他の省までもが僕の意見に揺れていた。今日までの民主主義をやめ、総統による国民の徹底統制を行うのだ。政治家が民の顔色を伺う職である以上、それは仕方の無いことではあるが、それでも頭では、もはや、どの人間も、独裁を行い、自分の傾倒する思想に政治を、染めることが至上の命題であるのは理解できているようで、そのジレンマに苦しんでいた。
「つまりは、おぬしらが死ぬか、わしらが死ぬかのどちらかということかの?」
「有体に言えば」
またざわめく。皆がどういう気持ちなのかは分かりかねるが、少なからず、僕に対して良い感情を持っていないものは増えたであろう。
「……フォッフォッフォッ」
そう言ったのは、アイザックだった。
「何がおかしいんですか?」
「その賭け、なるほど面白いと思っての。乗ろうではないか」
彼の声はざわつく議事堂内に凛、と響き、周りを静かにさせた。
「その心は?」
「わしらも、もう今より動き出さなくてはならないのじゃ。わしらは、解決を後回しにしすぎたせいで、こうして生きるか死ぬかの賭けに有無を言わずに乗らねばならない、というツケが回ってきた。ただそれだけのことじゃよ。ところで、その総統はどうやって決めるつもりなのじゃ?」
「それは簡単です。これは僕がもといた世界で行われていた方法を元に僕が編み出したのですが、選挙、という方法を取りたいと思います」
またしてもざわめく。皆が選挙は何か考えをめぐらせ、ああでもないこうでもないとプ随所でプチ討論を戦わせる。
「ほら皆。静粛にしなさい」
そのトルスト様の一言で皆が黙り込んだ。
「皆さん。そんなに難しく考える必要はありません。簡単に説明しますと、期間を決めて、それぞれの省の首都に人々を集めて演説を行ったり、宣伝を行ったりして、期間の最終日に国民に投票を行わせ、その得票数の多い、少ない、で勝ち負けを決めるのです。このことにより、戦争推進と、アイザックさんたちが唱える平和至上のどちらが国民の望みかが、はっきりとわかります」
「それでは、少数派の意見はどうなるのじゃ?」
「それは、基本選挙時には無視です。社会の基本は多い意見が主流になることですからね。ただし総統就任後。意見箱などでも設置し、その意見を国政に反映させればよいでしょう」
議事堂内は今日最高潮の静まりを見せた。あれ、そんなに悪かったのか、僕の案。かなり良い線いっていると思うんだけどな。と、そのとき勢いよくセラが席から立ち上がって言った。
「すごいよ!ランボー。そんなこと思いつくなんて。天才だね!」
惜しい。たった一文字だけ違う。残念だけど、僕はアフガニスタンに行って、ロシア軍を蹴散らすあの人ではない。まぁ、彼女は素で間違えたんだろうが。
続けて言葉を発したのはトルスト様であった。
「なかなかヤクモ殿の案も面白いな。選挙か……それぞれの首都に人を集めたり、投票用の紙を作ったり、と少し事前準備が必要そうだ。となると、もしそのセンキョ、というやつが行われるとしたら少なく見積もって三日後くらいになりそうだけど、皆はどう?」
「意義なーし!」
「ふ、こんな妙案蹴散らす馬鹿はいないわよ」
セラ、エイラの両名は驚くほど早く賛成の意を示したが、やはりアイザックが難渋の色をしめし、ずっと部下と話をしていた。それはいくばくか続き、そろそろエイラが癇癪を起こしかねない頃になってようやくアイザックが結論を出した。
「センキョ、はわしらが勝つ。そしてこの国を安全で平和な国家に導いてやるのじゃ」
そう言って部下に支えられながら、アイザックは議事堂を後にした。彼らの姿が見えなくなった後、
「ではセンキョ戦をこれより三日後に行うこととする。詳しい詳細は、後日送るので、見て置くように。それでは閉会!」
彼女を皮切りに皆が席からガタガタガタ、と立ち上がった。
そうして三日後選挙戦は狼煙を上げた。