正式な軍人になりました
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城の中はとにかく寒かった。壁に一定の距離ごとにかかっている松明のわずかな光だけを頼りにして僕たちは歩き続けた。
「何だか不気味ね……」
エイラがそう言うのも無理はない。何せここには本当にその盟主様が住んでいるのかと疑いたくなるくらい人の気配というものが感じられないからだ。
あちこちに虫の巣のようなものが張ってあるし、壁は、明かりに照らされた部分でところどころ塗装がはがれていて、傷跡がしっちゃかめっちゃかについていた。
「……エイラ様、ここ何か出そうな気がしません?」
と、突然、ジョナスがそんなことを言い始めた。
「で、出るって、何がよ!?」
そう言ったエイラの声はこころなしか震えているように聞こえる。
「……ゆ、幽霊とか」
「ゆ、幽霊!?」
「いや、冗談ですよ?ただ何か雰囲気がね……なぁ、貴様もそうは思わんか?」
いや、何で僕に振るんだよ。そんなことわかるわけないだろう。
ただそう言っては元も子もないし、僕だってこの暗さには、恐怖を感じていないといったら嘘になるので、
「まぁ、そうだね。なんだか出そうな雰囲気だけど」
ただ暗いのが怖い、といったところで僕は、実際のところは幽霊なんてものは、これっぽっちも信じてはいない。幽霊が怖いわけではなく、暗いこと自体ことが怖い、いわば暗所恐怖症のようなものだった。
これは昔、中学校の頃に僕が狭くて暗い掃除箱の中に閉じ込められ、外鍵をかけられほぼ半日出ておられなかったことがトラウマになっている。
ただ、僕はエイラにさっき僕のことをボコボコにした仕返しをしてやろうと、思ったのだ。そして案の定彼女は過剰な反応を見せた。
「ちょ、ちょっと! あんたまで何言ってんのよ!幽霊が出るなんて、怖いこと」
そう言って、彼女は慌てて口をつぐんだ。ただでさえ人見知りという事実が発覚したばかりなのに、さらに僕やジョナスに、新たな弱みを握られたくないのか。
というか本当に彼女は軍隊を率いる指揮官なのだろうか?ただの年相応の女の子にしか見えないんだが。
「今のは無し! あんたがそんな非科学的なものを信じていることに私は驚いただけなんだからね!?」
「へーさいですか」
「何よ、その棒読みは! 本当のことなんだから信じなさいよ!」
「貴様、先ほどから黙って聞いていればエイラ様に対して、何たる無礼な態度」
「君だって、本当は僕と同じことを考えているんじゃないのかい?」
「な」
ジョナスは僕の物怖じしない発言に行き詰った。ハッタリかまして言ってみたんだけど、やっぱりか。
「自分に嘘をつくなんて、僕は良くないと思うけどなぁ。君は誇り高きレンテンマルクの軍人なんだろ?さっき僕に忠義の何たるかを語ってきたんだ。まさか、ここでそれを裏切るようなまねはしないよね?」
「ぬぬぬ……」
もう一押しってところかな。だから、僕は、ジョナスに決め手となる一言を告げてやった。
「……エイラは君の上官でしょ? 僕は軍人のあるべき姿っていうのは、尊敬する上司の間違いを物怖じせずに言ってあげられる奴のことをいうと思うんだ」
――女の子っていうのは、嘘つき、しかも君みたいな自分にまでも嘘をつくような男は、嫌いだと思うんだ。そしてエイラだって軍人以前に女の子。あとはわかるよね?
僕はそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんた、何てこと言ってんのよ! そんな戯言にジョナスが、いちいち付き合うわけがないでしょうが。全く。こんなことしてないで早く、盟主に謁見しに行かなきゃ」
エイラが僕を殴ることをしなかったのは、早くこの場から立ち去って気分を変えたかったからだろう。だって軍服に包まれた足が小刻み震えているし。動きが油の切れたロボットのように、ぎこちないし。
ただそれを指摘したところで、次は本当にエイラに殴られかないので、大人しく彼女のあとについていくことにした。
最後の望みとしてジョイナスを一瞥したものの彼は下を見つめたままで僕の声にすら反応しないほどにふぬけになってしまったので、そのまま諦めて放っておくことにした。
「エイラ様、俺は、俺は」
と、僕が彼から離れてエイらの元に言ったとき不意に彼は口を開いた。その声色からは一種の決意めいたものが感じられた。
こいつ、まさか……。
「何よ?ジョナス。私に言いたいことでもあるの?」
「はい! 一つ私から言っておきたいことといいましょうか、男の気持ちとでもいいましょうか、言わせていただきたい」
「……?よくわからないけど、まぁ言ってみなさい」
「ありがとうございます。それで言いたいことというのは、ですね……」
やはりためらいがあるのだろう。彼は額に汗をにじませ、葛藤を繰り広げているようだった。
「あんた、どこか悪いの?」
そしてそんな彼を見て見事に勘違いする上司が一名。僕は二人の間のすれ違いに歯がゆさを感じジョナスにこの通路に反響するぐらいの大きな声で言ってやった。
「ジョナス、君は男だろう? 男ならやらねばいけないときがあると僕は心から思う」
彼は、僕の言葉にはっとさせられたようだった。そして拳を握り締め、上官に言った。
「俺はエイラ様の怖がりな所可愛いと思います! 恥ずかしがることはありません。隠す必要もないと思います。そもそもですね、俺は前からどうしてそうやって強気な姿勢であり続けようとしたのか」
「……あんた、今の発言今から3秒数える間に訂正なさい。一、二」
「エイラ様、そうやって怒る所もまた可愛いですよ」
「三.はい訂正しなかったわね。私の言うことを聞かない部下にはお仕置きをしないとね」
そう言ってエイラは、ジョナスをたいまつの明かりが届かない部分まで無理やり連れて行き、何発か、物騒な音が鳴った後、彼女は、軍服に先ほどまではなかった赤い液体を染み込ませ、一人で戻ってきた。
「あれ?ジョナスは?」
「……あいつは、少し頭を冷やしてくるって、そこで寝てるわ。あんたも一緒にお寝んねしたくなかったら黙って私についてきなさい」
僕は、がくがく震えながら、頷いた。血がついた拳を突き出して笑顔でそんなことを言うエイラのほうが僕にとっては幽霊の何倍も怖いと思うのだが。
と、突然暗闇の中から人の足音のような残響が耳朶に残った。
それもかなり大きい。見れば、エイラもその端整な顔をわずかながらに引き攣らせている。
「ねぇ……この音、何だと思う?」
「……昔、王であったお父様に聴いたことがあるんだけれど、この盟主様の屋敷のあたりで、大きな戦争があって、たくさんの人が死んだらしいわ。もしかして……そんなわけないわよね!?」
「いや、僕に聞かれても、というか自分で言って自分で怖がってどうするんだよ」
「別に怖がってなんかいないわ!確認しただけよ。それにた、たとえ?幽霊がいたって私がこの宝刀でどうにかしてあげるんだから」
そんなやり取りをしているうちにどんどんその足音は静かなものから激しく打ち付ける音へと変わっていた。それがどの方向から来るかなんて僕には見当がつかないが、ただ一つ言えるのはその音の向かう先は僕たちであるということだ。
「あ、あんたどうにかしなさいよ!男でしょ」
「……えっ。嫌だよ……何で僕が君のためにそんなことしなくちゃいけないのさ」
「私はあんたの上司なんだから!部下は上司の言うことを聞くってあんたの世界では習わなかったの?」
「ごめん。生憎、そのもといた世界が僕は嫌いでね。そういうルールはもっと嫌いなんだ。だから知らない。それに、逆に言うけど君は僕の上司というなら上司らしい振る舞いをするのが、当然じゃない?」
「うっ……。確かにあんたの言うことは最もだけど」
「じゃあ、君は頑張って僕に頼らず、立ち向かうべきじゃないかな?まさか軍人なのに、お化けが怖いなんてねぇ?」
「わーわー、わかったわよ!私は別にお化けなんて怖くないし?この剣があるから」
と、足音は暗闇の中、通路に反響するように大きなものになっていた。ドップラー効果がちゃんとこの世界でも適用されるなら、おそらくもうその足音はすぐやって来るに違いない。
「あうぅ。何か来るぅ!怖いよォ……」
ついに彼女の声は弱気になっていた。もはや先ほどまでの虚勢すら見る影もなくなり、ただのお化けが嫌いな年相応の女の子へとその化けの皮は、はがれていた。
仕方ない。僕は確かに世界は嫌いだし、周りの人間も嫌いだ、でもだからといって、目の前で弱々しくしている女の子にさらに追い討ちをかけるまでは腐ってはいない。
というか、からかいすぎたな。仕方ない。僕は、彼女の華奢な手から軍刀を奪い取って彼女を自分の背後に立たせた。彼女の表情は見えないが、僕は彼女に対する申し訳なさから自然とやさしい声音で言っていた。
「君を怖がらせるようなことを言ってごめん。僕は、どうしても性格がひねくれているから、感情でものを考えちゃうんだ。でもそんな僕でも分かるよ。幽霊なんて絶対にいない。幽霊は僕たち心の弱い人間が生み出した空想の産物にしか過ぎないんだから」
それは励ますつもりで言った。実際幽霊がいるかいないかなんて僕にはわからない。ただ、人間、心強いことを言ってもらえば自然とその人の心が楽になるという嘘も方便理論で言っただけだ。
そして彼女は答えなかった。ただ僕の軍服の裾を掴む力が強くなっただけだった。
それからはお互い無言だった。ただ僕は彼女の手の熱を感じながら、その足音の正体をこの目で、見ようと待ち続けた。そしてその間ジョナスは起きてこなかった。どんだけ強く殴ればあの大男を長い時間、昏睡させられるんだ……。
そしてそれからどれくらいの時間がたっただろうか。その足音はようやく正体を現した。
「全く……あなた方はどこに行っているんですか。盟主様がお待ちですよ?」
それは、白い燕尾服を長身の痩躯に纏い、腰からレイピアような形状をした細くて鋭い剣を携えた一人の男だった。
物腰は柔らかく、声も心なしか中性よりやや高いように聞こえる。目に鮮やかなクリーム色の髪に、それまで僕たちを探すのに苦労したんだろうな、とわかるほど玉粒の汗で照っている広いおでこ。
鋭い眼光、やや高い鼻梁、そして小ぶりな口と隙間から垣間見える白い八重歯。すべてのパーツが、整っていた。それも男の僕が一緒に立っているのが恥ずかしく思えるくらい。
「あなたは、誰ですか?」
僕がすかさずそう聞くと、彼は僕を一瞥して言った。
「それは私の質問です。あなたは、全く見たことのない顔ですがどなたですか?」
彼の視線の鋭さは相変わらず変わらないものの、やや珍妙なもの、下等動物を見るかのような好奇さが含まれていることに僕は気付き、初対面とはいえ、こいつとは性格が合わないと直感した。
そして見れば、エイラが僕の背中から離れ、今度は僕の前に立って目の前の騎士然とした男に言った。
「すみません。彼は今日から私の部下になった、えーと名前は」
「三剣八雲……」
「ミツルギ・ヤクモと言いまして、今日の天授連邦との一戦で勝利の立役者となった男なんです。そして私は」
彼女がそれ以上言えなかったのは、突然彼がエイラの手をとって跪いたからだ。そして彼は唖然とするエイラの手をとってその甲に口付けをした。
「かねてから貴君のお噂は聞いておりました。この度は戦勝おめでとうございます。レンテンマルク王国軍天授連邦方面第三軍総合司令官エイラ・クシャーナ様。噂にたがわずの美貌ですね」
「あの、その、あなたのお気持ちはうれしいですけど、そういうのは結婚の申し込みの時にやるのであって、あまり軽々しくしてほしくないというか。そんなことより、早く盟主様に謁見させていただけませんでしょうか?」
彼女は口では丁寧なことを言っているが明らかにドン引きしていた。そりゃそうだろう。彼女レベルの人見知りにいきなりイケメンの強引な攻めは逆効果なのは当然だ。
「おおっと、これはつい、幼少のころに叩き込まれた慣習がなじんでいまして。そうですよね。最近ではそういう場合の時にしか使わないということを失念していました。これは失敬。それでは、こちらへ。トルスト様がお待ちしている部屋までご案内いたします」
そう言って昔から躾けられたのであろう行儀の良いお辞儀をして、エイラの手を取ったまま行ってしまった。僕は黙ったまま彼らについていった。僕の頭の中からジョナスのことは完全に消えていた。
そうして僕達が案内されたのはとても豪奢な部屋だった。天井から蝋燭が円状についた宝石のたくさんちりばめられたシャンデリアが釣り下がり、広大な部屋の真ん中にある白い布がかけられた長い机を照らしている。この部屋は外の廊下よりも暖かく、それでいて明るい。入ってすぐ近くにパチパチと火が燃え盛る立派な暖炉があったのだ。
レンガか何かだろうか、色とりどりの壁面には、調度品から肖像画のような大きなものまで飾られていたが、どれ一つとしてセンスのあるものばかり良く暖炉のかもし出す古風な雰囲気によくマッチしていた。
そんな部屋の奥、大きな玉座のようなこれまた豪華な椅子に座っている人影が一人。
「……待っていた。ようやく来た」
それは天使を連想させる透き通った声だった。シャンデリアの淡い蝋燭が照らし出すトルスト様は僕が考えていたような頑強な男の人では全くなく、重そうな煌びやかな十二単のような重ね着をした、肌の白く光に当てられて艶やかさが増した銀の髪が特徴的な、これまたエイラとは違ったタイプの物静かな美少女であった。
(トルスト様、全然筋肉達磨なおじさんじゃなくて、それどころかすごい美少女じゃないか……。この国上の人間が女の子ばっかりで大丈夫なのかな)
と、僕が彼女の顔をまじまじと見ていると、
「私の顔に何かついている?少年」
彼女は、そう言ってやんごとなきお方らしからず、自分のその綺麗な顔をペタペタと無作法に触り始めたので、
「いや、盟主様って聞いていたから、てっきり筋骨隆々の怖いおじさんかと、っていった!」
僕は慌てて殴られた頭を抑えた。とても強い力で、まるで自分のお父さんに殴られたみたいであった。そしてその犯人は僕の頭を掴んでまるで両親のように、下げさせて言った。
「私の部下が!とんだご無礼を! トルスト様。何分まだここに着て間もないためよく分からないのです。ですので失言の程、どうぞ寛大にお許しください!」
「エイラ様が謝ることではないではないですか。この礼儀も知らないうだつのあがらない野蛮人が頭が足りないのが悪いのです。ですからこの者が頭を下げて詫びるべきです」
そう言ってセルジュークは僕を睨んだ。その目は僕に謝れ、と促していた。元の世界にいた頃を僕は思い出した。こういう目で皆が僕に迫ってきて嫌がらせをしてきたんだ。
あの時は何も言い返しはしなかったけど、今は違う。ただ一方的に言われる筋合いは無い。
「知らなかった、って言っているじゃないか。それでいいだろ。それなのに、野蛮人なんて言い過ぎだよ。全く笑わせないで欲しいね。この程度の軍事技術しかもっていない国が、偉そうな口を聞くなよな」
「あんたね、少し口を!」
「エイラ、少し黙っていてくれないか。僕はこいつが気に食わないんだよ。人を見た目で決めて、しかも態度を変える奴はね。人間として生きる資格は無いね」
彼女は僕の目を見て押し黙った。僕の目は澱んでいるから、こうして睨むと不気味なんだろう。
「なぁ、どうなんだよ。何か言ってみてくれよ。陸地は戦車と対戦車砲。空は鳥が、ピヨピヨ飛び回っている。これで盟主だ?軍人だ?議会だ?戦争舐めんなよ。その程度で、軍人気取るなよ。セルジューク」
「貴様! 我に飽き足らず、このレンテンマルク王国の全てを愚弄する気か! ぺいぺいのがきがほざくのも大概にしろ!」
彼はそう言って剣をすらりと抜いた。彼の目は明らかに僕を憎んでいた。だから僕も殺意をこめた目で睨み返した。そして応酬が始まろうといったところ、その空気は一人の声で遮られた。
「セルジューク!辞めなさい!元はといえば少年を怒らせたお前が悪いのだぞ。剣を収めなさい」
「トルスト様、この野蛮人は」
彼女はまだ足掻くセルジュークを盟主の貫禄で一睨みした。すると彼はびくっと体を震わせてから、剣を収めた。
「ふん、一般兵だって銃で戦っているのにいまだに剣で戦う君のほうがよっぽど野蛮人だと僕は思うけおね……」
僕はそう嫌味を吐きながらふとエイラの方を見ると彼女はとても神妙な顔つきで、何かをつぶやいていた。僕はそれがとても気になって声をかけようとしたところ、トルスト様に怒られ、持ち直したセルジュークに先を越された。
「改めまして。エイラ様、議会では顔をお合わせになられていると思いますが、再度紹介いたしますとこちらがレンテンマルク王国盟主でおあせられるトルスト・ヴァイマルタクス殿下です。そして私はトルスト様の部下で、セルジュークと言います。今後お見知りおきを」
「エイラ殿。部下が恥ずかしいところを見せてごめんなさい。とりあえず、そこに座って。で、あなたは料理を持ってきなさい」
「わかりました。それでは少し席におかけになってお待ちください。すぐにお食事をお持ちしますゆえ」
そう言って深々と頭を下げた後、セルジュークは、僕を睨んでから、部屋から出て行った。僕は元に戻ってしまったエイラに聞くのを諦め、彼女と共に目の前に用意された椅子に座ろうとした。
すると、トルスト様が、
「で、改めて、聞くけど、あなた、私たちの軍事力を馬鹿にしてたけど、何者?」
僕が言おうとする前にエイラが先に口を開いた
「こいつは今日私の部下になったんです。名前はミツルギ・ヤクモと言います」
「へェ、変わった名前。あまりこのあたりじゃ聞かない名だけど……」
「どうも本人曰く、レンテンマルクではない、イセカイと言う国から来たみたいなんですが」
「イセカイ、ちょっと聞いたことないけど、少年、それはどこにあるの?」
急に僕に話が降られたので、
「僕ですか?異世界というか僕が生まれたのは日本っていう国なんですけどね」
彼女はさらにちんぷんかんぷん、と言った様子で、
「イセカイ、の次はニホン、どこそれ?よくわかんない。……まぁ、国の名前なんてどうでもいいか。そんなことより、私が気になっているのはその軍事力がどれほどのものなのか、ってこと」
「たくさん兵器があるからなんとも言えないですけど一つ例を挙げて言うのならミサイルっていう爆弾をありったけつめた、やたらと大きい金属の弾があります。僕たちの世界では戦争の際はこれに燃料を詰めて相手の国まで飛ばしてぶつけ、遠隔から大ダメージを与えることが出来ます」
「ダメージ、ってどのくらい?」
「軽く一都市は吹き飛んで木っ端微塵になりますね」
もちろん本当は一都市どころか小国ならばその国自体も木っ端微塵になりかねないが、そう言って大洲様な趣味は僕には無いので、和らげて言ったつもりだった。しかしトルスト様には効果覿面だったようで、
「すごいな、そのみさいる、っていうやつは。せっかくその国がこの世界にあったら良かったんだけど、まぁ、そのかわりといってはなんだけど君が手に入ったからいいよ。君はそのニホンって言う国で従軍したの?」
「いや、従軍なんかしていません。ただ僕は戦争と言う奴が好きなだけで、元の世界にいた頃、遊びとして色々と軍略を考えたり、戦争を自分なりに研究していました」
「そう……あんた従軍経験ないのね?」
そう言ったのはエイラであった。彼女は口調はひどく物憂げであった。
「うん。ないけど、どうしたの?」
「いや、なんでもない。話を遮ってしまって申し訳ございません。トルスト様、どうぞ、続けてください」
「そう、エイラ殿がそう言うのなら話を続けさせてもらうよ?」
そう言ってからトルスト様は僕の顔をじっと見つめ始めた。
「ところで、あなたは、どうしてここに来たの?何で私たちの味方をしてくれたの?天の御遣いとか、ではないよね?」
「違います。僕もよく訳が分からないんですが、目が覚めたらあそこにいたって感じです」
言って自分の説明力の皆無さを呪った。というより説明と言う行為は自分が相手の何倍も理解しているために成立する行為であって、相手も自分も0だったら、それは成立するはずもないのだ。
「かなり曖昧な説明ね……。じゃあ、そっちはとりあえずおいといて、もう一度聞くけど、何で私たちの味方をしてくれたの?」
「理由ですか……。まぁ、何ででしょうね? たまたま逃げて行き着いた先がこのレンテンマルク王国のエイラの軍だったからじゃないですかね」
と、僕は突然隣にいるエイラに脇腹を小突かれ、耳打ちをされた。
「あんたは、盟主様に対して、そんな、なあなあな答え方をして、ちゃんとはっきり答えなさいよ」
「いや……そんなこと言われても、僕だって、明確な理由なんて分からないしさ。そう言うしかないじゃないか」
「まぁ、事実を言ったらそうなっちゃうかもしれないけど、社会っていうのはそんなに甘くないんだから、少しでも自分を捻じ曲げて上司の話に合わせるって事も」
僕には彼女の言う社会と言うものがどんなものなのか高校生だから良く知りはしないけど、軍人として指揮官として生きてきた都合上僕よりも彼女の方がずっと世間に接してきたのであろう、ということをその目が物語っていた。
「あはははっ。……まぁ、いい。なかなか面白い男じゃない、エイラ殿。私に対してありのままの自分をぶつけてくる人間なんて久しぶりに見たよ」
その笑顔は蝋燭の光がよりいっそう美しさを際立たせていた。
「それに、彼のおかげで天授連邦との交戦でようやく勝利を飾れたのだもの、本当に良かったよ。ありがとう。味方になってくれて」
ニコッと彼女は笑みを見せた。それは僕の心の内で燻っていた緊張を解いた。
「はぁ、どういたしまして……ようやくって、それまで全然勝ったことなかったんですか?」
「レンテンマルク王国政府が国内で在留外国人排斥政策を打ち出した三年前から、それらに反発した天授連邦と政治レベルで小規模な抗争を繰り広げていていたんだけど、いつも負けっぱなしだった。それで、今日みたいに戦争として表面化したわけだけどこれで負けたら、国民からの信用も失墜してもう後がないということで、二万以上の軍勢で、敵を迎え撃ち、一週間にわたる攻防の末、ついに勝利と言う感じ」
見れば、エイラは僕の隣で申し訳なさそうに縮こまっていた。
「じゃあ、結構今日の勝利って意味あったんですね。なんか軽い気持ちで味方した自分がいけない気がします」
「ふっ……まぁ、いいじゃない。結果よければすべてよし、ってことで。あっ、そうだ、大事なこと忘れてた」
彼女はそう言ってから何かいいことを思いついたかのように即座に席から立ち上がり、十二単のような鮮やかなビロードの服を引き摺りながら、僕の前までやってきた。
「どうしたんです?」
「君を他に渡さないためにもこの国の軍人になってもらおうと思って」
「ちょっ、まさか、トルスト様!?」
意外にも反応したのは僕ではなく、エイラだった。しかしトルスト様は全く彼女の言うことなど耳を貸さず、ただつめたい口調で僕に言った。
「……私の前に跪いて?」
僕とトルスト様の身長差はかなりあって、僕よりも圧倒的に背の低い彼女が僕にそう命令するのはかなりシュールな画だったが、横を見れば、エイラは盟主様の言うとおりにしなさい、と強く目で訴えかけてきていたので、黙って僕は絨毯の敷かれた床に膝をつけた。
「貴君は、これからこのレンテンマルクの軍人として、この国を民を守る一人の人間として、そして私にその身を持って仕える騎士として、武器を持ち、目の前に立ちはあかる敵を皆、葬り去ることができる、と誓うか?」
僕はいきなり始まったその儀式めいたものに戸惑いをかくせなかったが、エイラに助けを求めるわけにもいかず、すぐに答えないと怒られそうな気もしたので、ほんの少し思考を要してから、呼応するように彼女に向けて言った。
「私、三剣八雲は、エイラ様の忠実なる部下として……、トルスト・ヴァイマルタクス殿下の剣としてこの国の安寧幸福のために尽力することを誓います」
「……それでは面を上げて私の手の甲に誓いの口付けを」
僕は今度こそ度肝を抜かれた。手の甲とはいえ、誓いの口付けだって?女の子に?僕が?
今日まで友達がろくにいなかった僕がそんなことを言われてこういうリアクションをとってしまったのは仕方のないことだと思うが、面を上げたときに見たトルスト様の顔はとても真剣だったので、茶化すことはもちろん嫌がることも出来ず、ただ僕は、いわれるがままに、彼女の冷たくて細い手をとり、その甲に自分の口を持っていった。
そうして軽く触れてから僕は急いで離し、その場から立ち上がった。そのおかげで場の緊張していた空気も一気に弛緩した。
「これであなたも晴れて今日からレンテンマルク軍人となったから。頑張ってね」
そう言ってトルスト様は僕の肩をポンポンと二、三回軽く叩かれてからもと座っていた玉座へと戻っていった。なんと言うこともなく僕は立った数秒でレンテンマルク国籍を手に入れてしまった。本当に大丈夫なのかな、と言う僕の不安をよそに、彼女は、嬉々として料理がこないかな、とつぶやいていた。
「お料理お持ちしました。トルスト様!」
そしてすぐに、セルジュークが後方にたくさんの料理が載せられたお盆を持つメイドを連れてやってきたので、
「じゃあ、二人とも座って。戦勝記念ということでお腹もすいているだろし、晩餐をいただこうよ」
エイラと僕は、首肯して目の前の椅子に座った。
それから復調したジョナスがやってきて、配膳し終えたセルジュークも混ぜて、皆で食にありついた。料理はどれも色合いもよく、味も良好で、室内のモダンな雰囲気の中、楽しく食べられた。
「にゃっはっはっ。お酒はおいしいにゃー。ほら、ヤクモも飲もうにゃ!」
猫口調のトルスト様が僕に半ば強引に体を擦り付けて薦めてくる。僕の腕に彼女の胸が当たっているような気がしたが、エイラと比べて目がいってしまうほど大きいわけではなく、僕は平静を装うことができた。
「……いや、僕未成年ですし。というかトルスト様は飲んでいいんですか?」
「私は盟主様だから飲んでいいにゃー。えへへ」
彼女はもうへべれけだった。白い顔は真っ赤に染まり、先ほどまでの厳格な雰囲気は台無しになって、もうそこらの酔っ払ったおじさんと何ら変わりなかった。民衆が見たら泣きそうな醜態である。
「おい、貴様、俺の酒が飲めねーってか、ういっく」
呆然としている僕の肩に腕を回してきたのは、ジョナスだった。彼もまた、相当に酔っ払っていた。
「だっはっはっは。お前はうらやましいな!盟主様には気に入られ、戦功上げて褒美をもらってよぉ、俺なんて、いまだに公式に軍人なんて認められたこともないのに……」
僕は彼の茶色くて太い筋肉の塊の腕でヘッドロックを決められていて呼吸が苦しかった。
「で、ヤクモ、次の戦争でも天授連邦を打ち負かしてくれたら」
そのときだった。和やかな食事の時間を椅子から立ち上がる音で興ざめさせた者がいた。
「すいません。あの二人になれる静かな場所はないでしょうか?」
それはエイラだった。彼女は食事中、トルスト様に薦められた酒をちびちびと飲みながら、熱に浮かされているように黙り込んでいた。
「……どうしたんだにゃ?エイラ殿。そんな怖い顔をして」
「ちょっとこいつと話したいことがありまして……」
そう言って指を指したのは僕にむけてだった。
「まぁ、この部屋から歩いてすぐのところにバルコニーがあるけど……」
「じゃあ、すいません。そこ借ります。ほら行くよ」
僕は、ジョナスの緩んでいた腕の中から彼女に無理やり引っ張られ、そのまま皆の視線を浴びながら部屋を出ることになった。
(何を考えているんだろう……?)
僕は、その答えをすぐに知ることになった。
バルコニーにはトルスト様の言うとおり早くたどり着いた。部屋を出てすぐに二階へと続く階段があって、それを上りきると、もう正面にあったのだった。
そして外に出て夜風を浴びた途端にすぐに混乱していた頭は醒めた。すぐに彼女の手を振り払った。
「どういうつもりだい?せっかくの食事の場を台無しにして」
彼女は僕に顔を見せないようにバルコニーの床を歩き回った後、くるりと僕のほうに向きかえった。彼女の顔は何かに耐えているように鬼気としたものであった。
「……あんたこそどういうつもりなの?従軍経験も無いくせに盟主様直々の君国の儀を受けるなんて」
「君国の儀?」
「あんた、さっき盟主様に傅いて、儀礼を受けていたじゃない。あれよ」
僕は、鳥頭なりに自分の頭を張り巡らせて今日あった出来事を振り返った。そして数秒の時間を要して思い出した。
「……あぁ、あれか。なんともあれだけのことなのにいかめしい名前だなぁ……」
僕は、思ったことをそのまま口に出してしまった。それが彼女の怒りを買った。
「いかめしいですって!? あんたね、あれはこのレンテンマルクの地で代々四百年の間引き継がれてきた伝統なのよ?それを、どこぞの馬とも知らないあなたがポッともらうなんて」
極度の疲労がたまっていたためか僕は彼女の言葉にカチンと来て少し語気を強めて言い返した。
「そんなにいうなら君が止めればよかったじゃないか」
「そんなのとめるわけには行かないわよ。そんなことして私がトルスト様の怒りを買ったとしたら最悪、死罪なんだから」
「じゃあ、僕にどうしろって言うんだよ」
「あんたが断りさえすればすれば良かったのよ。ちゃんと自分の口で、僕は自分の命が惜しいので軍人なんかやりません。本国に帰してください、って」
「それこそめちゃくちゃじゃないか。大体君は僕が正式に軍人にならなければ君の部下にはなれないじゃないか」
彼女は聞き分けの悪い僕に対して唇をきつく噛み締め、地団太を踏みださんばかりに、僕のことをにらみつけた。そして言った。
「もう戦争からは手を引きなさい。お金はいくらだってあげるから。自分のいた国に帰って。お願いだから」
僕は訳が分からなかった。
「どうしてそんなことを言うんだい?さっきは君はあんなに喜んでいたじゃないか。それなのにどうして」
「あのときはただ勝ったという事実を鵜呑みにして深いことを考えていなかったからね。でも今考えれば、あんたは外国人だから、もし軍人なんかになったら、他の人間に示しがつかないのよ」
「でも僕はもう盟主様からレンテンマルクの国籍を頂いたんだ。だから僕は外国人なんかじゃないよ」
「今からでも言ってくればそんなのはいくらでも覆せるから」
僕のイライラはかなり高まっていた。相手が男だったら思いっきり殴っているところだった。
「そんなに僕が軍人になるのが嫌なのかい?それとも君は、外国人排斥政策とやらしか、その空っぽの鳥頭にないのかい?そんなに世間体が大事なのかい?」
「外国人排斥政策は発布されてから三年がたった絶対の法なんだから。あんたが私のことをとやかく言うのは勝手だけど、法律は守ってもらわなきゃ困るから」
もう我慢ならない。どうしてこんなに、彼女はわからずやなんだ。そしてどうしてそんなに言っていることとは矛盾して悲しそうな顔をしているんだ。どうして今にも折れてしまいそうな雰囲気を醸しだしているんだ。それだから僕は、ここで彼女の言うことにしたがってはいけないと何かが僕を駆り立てているんじゃないか。
「何が外国人排斥政策だ! そんなの馬鹿だ。作った奴も馬鹿野郎だ。そしてさっきから伝統に固執し、馬鹿みたいにその馬鹿や朗の後を追い続けている君も、馬鹿だ。そんな法律で君が泣くんだったらそんなの無いほうが良いに決まって」
僕の頬は彼女の振りかざした小さな手によって強く張られた。冬の冷たい空気を帯びたその一撃は、とても痛かった。
「馬鹿にしないでっ。あんたにレンテンマルクの何が分かるっていうの! そんな簡単に言わないでよっ!」
彼女の目は涙に覆われていた。頬は赤く上気していて、まだ酔いが彼女の中に回っていることを示していた。お酒は人の本音を打ち明かすとはよく言ったものだが、これが彼女の本当の姿であることは僕にもよく分かった。
「ええ、そうよ。あんたの言うとおり。外国人排斥政策の基礎をつくり、私に託してくれた私のお父様は皆から馬鹿にされながら死んでいった。でもね、死ぬ前、お父様は言っていたんだから。この国を守りたい。関係のない人を巻き込みたくない。その一心で外国人排斥政策なんて作り出して、それを発布する前に時間が無いから、と言う理由でレンテンマルクにいた他の国の人にお金を渡して皆を本国に帰してあげて、それなのにそれなのに」
彼女のお父さんにそんなことがあったのか……。彼女の言う伝統は僕が思っているような簡単なものじゃなくてお父さんが皆の反感を買ってまで守り、築き上げてきたもので……。
僕は自分の軽率な発言を激しく後悔した。そして、気付いた。
「じゃあ、君は、もしかして僕に戦わせたくないのかい?僕をこの戦争に巻き込みたくない。そう思っているの?」
これしか辻褄が合うものが見当たらなかった。彼女は王であった自分のお父さんを尊敬していて、それで伝統を強く大事にしているのだとしたら、僕を排斥したがるのは、世間体うんぬんじゃなくて、僕を単純に巻き込みたくないから、それしかないだろう。
「……そうよ。私はあんたをこの戦争に巻き込みたくないだけ。あんたも見たでしょ。今日の戦場の様子を。戦争は遊びなんかじゃない。ましてや従軍経験の無いあんたはすぐに死ぬわよ」
雪の上で転がる無数の屍。一つ一つには家族や仲間や妻や恋人がいたはずなのに、それら全部をおいてきて無残にも散っていった。
僕にだって家族もいる。一緒にご飯を食べることもないし、褒められたこともないし、顔をあわせることすらほとんどないけれど、それでも家族がいる。
僕は寒さではない何かで震えた。それまで快調だった僕の口は急に重くなった。
「だから、お願いだからもう私たちの戦争には首を突っ込まないで。あんた程の人間を私は地面でもがき苦しめながら死なせたくない」
「僕は……」
どうすればいいんだろう?ここで諦めて彼女の言にしたがって、逃げ出そうか?そしてレンテンマルクを捨て自分が元の世界に帰る道を探すことに専念しようか?
幸い彼女はいくらでもお金は出してくれるといっているし、たくさんもらって色々な国を回って、探せば見つかりだそうである。
――この戦争で負けていたら、レンテンマルクに後はなかった
不意にさっきトルトス様が僕に言った言葉を思い出した。そうだ。この国は、自国を植民地支配していた敵列強に宣戦布告をしたのはいいいものの今日まで負け続けていたんだ。
彼女は僕のことを高く評価してくれている。だからうぬぼれかも知れないけど、心の中では僕のことを手放すには決心が必要だったのかもしれない。だからもしかしたら食事中はずっとそのことで迷っていたのかもしれない。
そうして僕は答えを口にする。
「僕は、戦うことを選ぶよ」
それは僕が苦心のうちに編み出した結論だった。エイラは信じられないといった顔で僕の事を見ていた。
「どうして?あんた私の話聞いていなかったの?」
「聞いていたよ。もちろんちゃんと聞いていた。君がお父さんを大事にしていることも。君が僕のことを思って言ってくれていることも」
「じゃあ、何で?」
今度は否定しなかった。
「僕は、神様から、好かれていないんだ」
「え?」
僕は元の世界での自分の境遇を話すべきか迷った。しかし、エイラはつらいはずなのに、それでも僕に自分の亡くなったお父さんのことを話してくれた。ここえ僕も話さなかったらフェアじゃない、と思った。
「僕は元の世界ではいじめの標的にされていた。だから平凡が辛かった。戦争が起きればいいって思ってた。ずっと。そしたら神様は唯一僕の願いを聞いてくれた。それを僕は無駄にしたくなんか無いんだ」
「……あんたは、哀れね、可哀想ね」
「そうなのかもしれない。僕は哀れで可哀想なのかもしれない。でも、そう考えてくれればたとえ僕一人が死んだところで道端の石ころより君の害にはならないよ。だからお願いだ。僕をエイラのもとで戦わせて欲しいんだ。僕は君のお父さんが馬鹿にされてまで戦った理由を、君のためにも、僕のためにも正しかったと証明してみせるから」
そう言ってから僕は深々と彼女に頭を下げた。
このレンテンマルクを守り、民衆の笑顔を守る。それも罪もない人に迷惑をかけないように。
たくさんの兵士が彼女のお父さんのその理念に最初は心惹かれたんだろう。だけど戦争に負けて皆やけになっているだけだ。本当は心の奥底では尊敬しているに違いない。
それの証明、そう簡単には出来ないように思えるけど、でも出来ない道ではない。だからやってみなくちゃいけない。エイラと共に。戦争は負の歴史なんかじゃない、って僕は証明したいんだ。
「そんな証明してみせる、だなんて簡単に言わないでよね。まったく……わかった」
「え?」
僕は思わず頭を上げた。彼女の目からはもう涙は消えていた。まだ目は兎のように赤いけれど、口元には笑みがあり、その表情から暗いものは消えていた。
「聞こえないの?あんた。私は今、わかったって言ったの! あんたの心意気は良く分かったから明日から私にちゃんとついていきなさいよ?」
ヤクモ。
風に乗ってそんな音が僕の耳朶に残った。
「今、僕の名前を……」
「じゃあ、下に行ってご飯食べましょう。私全然食べていなかったからおなかペコペコ!」
もう彼女は僕の名前は呼ばなかった。笑顔で、入り口はと走り去ってしまった。
「……気のせいか」
「ほら、早く来なさい。私の部下になったからには私を待たせるなんて絶対にダメなんだからね!」
彼女のそうせかしてくる声はどこか弾んでいるように聞こえた。
「はいはい。わかりました。今行きますよっと」
僕は急いで彼女の元へと向かっていった。
どうでしょう?
次は舞台紹介用の観光編です