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首都凱旋

エイラの新たな一面、いかがでしょうか?

「あー、いったぁ……」

「ほら!ちんたらしていないでさっさと歩きなさい!」

「痛いよ……頼むから蹴らないで」

 僕は、エイラにボコボコに殴られて腫らした顔を擦りながら言われるままに歩いた。

 僕の体はエイラが今手に持っている新たにつけられた縄で縛られている、そしてエイラは、僕の背後を往々と歩いている。それはあたかも飼い主とそれを先導する犬のようだった。

 と、僕の鼻を突然薬莢の強い匂いが風に乗って襲った。これは目的地に近いだろう。

 僕とエイラは、先ほどまで僕が何時間もかけて匍匐前進した塹壕と土嚢沿いに沿って歩いていたが、周りは僕のいた社会では考えられないほど音がしないし、何より人間味がしなかった。

 見れば、エイラもしかめっ面をしている。戦争に僕なんかよりもなれているはずの彼女がこんな顔で歩いているのだから、ゲームでしか戦場を経験しことのない僕にとってここはある種の地獄のようであった。

 そして、それから僕たちが歩いていると、すぐ近くから男たちの歓声が耳に入ってきた。

「あれは……」

「あれはジョナスたちの声、私たちの部下の声ね、あはっ。行くわよ!」

 いきなり彼女は元気を取り戻した。もちろん戦いに勝って嬉しいというのもあるんだろうが、やはり部下、いや仲間が生きていたのが、彼女をこうも元気付けているんだろうな。

 まだ会ってから少ししか経っていないが早くも僕は彼女のその仲間思いな優しいところに不覚にも胸が高鳴ってしまった。

 ……って、僕は何を言っているんだろうか。誰がどう見たっておかしい。冷静になって考えてみろよ、僕。

 そんなどこぞのくさいラブロマンスのヒロインと主人公のような出会いがこんな血生臭い戦場でしかも僕と明らかにつりあわない異国の美少女との出会いで起きるはずがない。神様がそんなに僕に優しくしてくれるんだったら、僕はもっと明るくて、友達に多い人間になっていただろう。それに、僕の尊敬する哲学の師、二ーチェだって、色恋沙汰の一切を否定している。だから一つ言いたいことがある。

「で、お願いだから、僕を引き摺るのはやめてくれ。ちゃんと立てるから。というか軽いとはいえ僕を引っ張れるなんて君、どんだけ怪力なのうえふぇっ」

「うるさい。口答えするんじゃないわよ」

 いや、口答えできないから。僕の顔をあなたが強く踏みつけたせいで、雪の中に顔が埋もれてしまったんですよ? 顔がとても冷たいし、なにより呼吸が辛い……。

「もがふがもがもがふがふがーが」

「え、何々?私の足が素晴らしすぎて何も言えない。もっと踏んでください、って? そうしてあげたいのは山々だけどもう私、部下たちの元に行かなきゃ行けないから。ごめんね」

 いや、ごめんね、じゃないから! しかし僕がいくら雪上で叫んだところでエイラはもう行ってしまったので、誰も助けてくれるわけがない。

 でも、だからといってここで、その誰かを待っていては僕が、凍死してしまう方が先になってしまうので、僕は、腰を持ち上げて、暗い視界の中、うんうん唸りながら、必死に顔を引き抜こうとしていた。


 そうして何回かそれを繰り返しているうちに僕の頭は抜けた。いかんせん氷が硬かっせいであろう。僕は頭に付いた雪を軽く振り払った後、エイラのものと思われる雪上の足跡をたどった。

 と、すぐに皆が見つかった。僕は、ようやくホッと一安心した。百聞は一見にしかずとはまさにこのことであろう。

「ご苦労さん。ジョナス」

 と、僕がエイラと親しげに話す彼に背後からそうフレンドリーに話しかけると、

「貴様だけは私のことを絶対に名前で呼ぶな! 虫唾が走る。寒気がする」

 おいおいひどい嫌われようだな、僕。せっかく作戦を作って提供したと言うのに。類は友を呼ぶと言うことわざがあるが、無礼さでいったらまさにエイラとジョナスがあてはまるんじゃないか。

「まぁまぁ、ジョナス。そんなこと言わないの。こいつ一応私たちの仲間になるんだから。仲良くしなさい」

「……わかりました。エイラ様の仰せのままに」

 そう言ってジョナスはその大きい図体に似合わず、エイラに対してペコリと頭を下げた。が、その顔にはやはり不満の二文字が見て取れた。

 しかしエイラはそれがわからなかったようだ。彼女は満足そうに笑って、

「それでいいのよ。じゃ、私はあっちで、ミュッレルを戴いて来るから。あんたたちも仲良くなってから食べに来なさい」

 そうしてエイラは、くるりと翻って、そのまま他の兵士が長い行列を作っているほうへと向かっていった。

 彼女がいなくなって、俺達の間には沈黙しか残らなかった。疲れている俺にとってそれはかなり苦痛だった。だから、頭を下げたま面を上げないジョナスに声をかけた。

「どうだった、僕の作戦は?」

 彼は答えない。ただ地面に目を向けているだけ。それが何を意味しているかなんて僕には分かりかねるが、ただ僕はその態度に少しばかりイラッときた。

 お腹だってすいているし、何より肉体的にも精神的にも疲労がピークに達していたのだ。

「どうして答えないのさ?君だって疲れているだろう?早くあのミュッレルとやらを食べたいだろう?そしたら僕の質問に答えなよ。エイラに言われたじゃないか。僕達は、仲良くするまでご飯を食べさせてくれないって」

「……んだよ」

「え?」

「貴様は何なんだ、と言っている!いきなり風来坊のようにどこからともなく現れて、我らがエイラ様に舐めた口を利いて!しかも仲間になるだと? 笑わせるんじゃねぇ! 俺がどれだけ今のこの地位に付くのに時間を要したことか……」

 ジョナスは顔を真っ赤に染め激昂していた。先ほどの元気さは、いわば戦場モードの彼だったのか。とにかく勝てればいい。でも今はちゃんと思考が戻り、僕のことを外部の敵として憎んでいる。これが彼の正真正銘の本音なのだ。それが分かっていても僕は不敵に笑った。

「それだけ、怒鳴れるだけの余力は残っているじゃないか」

 この反応にはジョナス自身も虚を衝かれた様だった。声にこそ出さなかったけれども、その表情からすぐに見て取ることが出来た。

 まぁ、僕自身も驚いているけどね。人間限界を超えれば何とやら、とはよく言ったものだ。

「で、僕の作戦はどうだった?僕との通信を勝手に切ってgはっちゃけちゃったようだけど……」

 実際のところ僕はそれが一番気になっていた。というのも今回は勝ったからいいものの、もしこれが僕のゲーム知識によるところではなく、ジョナスたち兵士の奮戦が大きかったとしたら、僕は今すぐにでもここから逃げ出そうとすら思っていたからだ。

 何せ、僕にはゲームや研究で鍛え上げた深い作戦の知識とそのちっぽけな取るに足らない戦略脳しか持ち合わせていない。いくら僕がそれらを組み合わせてゲームの上ではうまくいっているところで、実際の戦争でしかも一国の参謀をやるにとってそれはあまりにも荷が重すぎる気がする。

 しかしそれもジョナスの次の一言ですぐに杞憂に終わった。

「……認めたくはないが。ここ重要だぞ?認めたくはないが!貴様の作戦のおかげで我々レンテンマルク王国軍第三大隊のべ二万五千は、敵国、天授連邦軍第四師団推定三万六千の軍に勝利した。まぁ、といっても貴様の言うようにあれだけ気分が高揚してなりふりかまわず弾が尽きるまで砲弾を撃ち込んだところで双方に被害は出たし、敵を北方に撤退させることしかできなかったがな」

 そう言ってからジョナスは寂寥の念が滲み出た表情で眼下に広がる一面の戦争の残り傷に目を向けた。

 僕も彼と同じように顔を横に向けた。

 あたり一面には両者の軍の兵士の死体がまるでゴミのように転がっていた。少なくともそれぞれからは個性、人間性、その全てが剥奪され、人間としての原形はとどめていなかった。

 他にも、人間の血と思われるものが車体にべったりと着き、二度と動くことはない戦車であったり、砲弾が打ち込まれすぎたせいで変形してしまった地面などが目に付き、僕はいたたまれなくなった。

 そして僕にとって最も印象的だったのはその兵士の死体の中央に突き立てられた一本の銃剣と、それにくくりつけられ、風が吹くたびにたなびくレンテンマルクのものと思われる国旗であった。

「……俺は、いつも思う。今、俺と貴様の目の前に広がる幾千といった仲間たちの誇りを賭けた尊い犠牲を無駄にしたくないから戦争を続けているんだって。それにな、毎度毎度こうやってたくさんの命が散っていくってわかっているのに、皆、俺に戦いの前日に言うんだよ」

 

 ――ジョナス様。わしは、一日でも早く他国から独立して、皆で本当の自由を手に入れたいんですよ。とな。


「俺たちレンテンマルク王国は、海の向こうにあるチェスマルク帝国、天授連邦という大国から最近まで、植民地支配を受けていたんだ。先の大戦で俺たちは奴らに完膚なきまでに敗北を喫して」

 それだけ言ってからジョナスは唇をきつく噛み締め、黙り込んだ。別に興味はないが、このレンテンマルクにも長く苦しい歴史があったんだろうな。

「つかぬ事を聞くけどさ。君たちは何のために戦っているの?」

「それはレンテンマルクの民を守るためだ。レンテンマルクの民の生活と笑顔を守るためだ。それ以外に貴様は何があると考えられるんだ?」

 そのジョナスの澱みない堂々たる物言いに僕は少なからず苛立ちを覚えた。それは何故だか分からない。ただその言葉の一言一言が琴線を乱暴にかき鳴らしたのだ。

「君が命を賭けてまでそれは守るものなのかい?彼らの命、彼らの幸福、彼らの世界は、同じ国民である君がそうやってヒーローを演じてまで支えてやらねばならぬほど崇高なものなのかな?」

「……」

「君はどうして逃げないの?死んだ奴なんて関係ないじゃん。どうせこの世界は人間がどれだけ死んでもそしらぬ顔をしているんだから、君も一緒に守ってもらう側につけばいいじゃないか」

 なぜだろう?わからない。今日こうして会ったばかりのやつにこんんあい僕が喧嘩腰になるなんて。

「貴様は、哀れだな」

「……!」

 僕は急に哀れまれたことに対し、何も言い返せない。

「貴様はここに来る前にはいじめでも、うけていたのだろうな。そうでなければ、貴様の目は歪みすぎている。普通の人間なら分かるはずだからな。貴様のいう世界では必ず手を汚さなくてはいけない人間が要るってことをな。それが俺たちなんだよ」

「君に僕の何が分かるって言うんだ? 僕は哀れなんかじゃない。哀れなのは僕をいじめていた面々だ。人をいじめることでしか自分を保てないなんて屑の連中さ」

 と、突然、ジョナスは笑い出した。それは、大男らしからぬ繊細な笑い声だった。

「何がおかしい?人が真面目に話をしているときに」

「いやぁな。何だか貴様は昔の私に似ているんだよ。私も昔から虐められていたからな。周りとうまくなじめなかったんだよ。で、この世界も憎んでいた。何もかもがめちゃくちゃになれば良いと思っていた。でもある時、ある1人の男が俺の事を救ってくれたんだよ。誰だか分かるか?」

 僕は首を横に振る。

「それはな、エイラ様のお父様だ。彼は私に手を差し伸べて、一緒に戦わないか、って言ってくれたんだ。もちろん俺は二つ返事で承諾した。でもその頃の俺はまだ武器を持って戦えるような年齢じゃなかったから士官学校に行ってひたすら訓練をつんださ。そうして、何年かしてもう戦えるというところまでの年齢になり、武器の扱いにも長けてきた頃、奇しくも戦争には負けてしまった。俺の恩人であった彼は、銃弾が当たって死んでしまったよ」

「それで、その後はどうなったの?」

「流浪した俺は、片っ端から喧嘩を吹っかけていってやりきれなさをごまかした。裏切られたという思いと無個性で何の価値もない一個人に戻ってしまったという失望に苛まれていた。そんなある日だった。俺は彼女の屋敷に使者越しに呼ばれた。俺は何だ、とも思いながら行った。そうしたら、彼女は俺に言ってくれた」


 ――あんたの価値なんて私がいくらでも作ってあげる。だから私に仕えなさい!


「その言葉で俺は目が覚めたってわけさ。だから貴様も彼女にその頭脳をもって従え。そうすれば、貴様のその歪んだ心なんてすぐに解消されるさ」

 彼の話はそれこそ校長先生もかくやというほどに長かったが、それでも全然退屈じゃなかった。

「……と、何だか重い話をしてしまったな。すまない。貴様も腹が、減っているだろう?この話はもうやめにしよう」

 僕は今日だけに限らずこれから、彼らにもう少し肩入れしてみてもいかなと思った。そのジョナスの顔から見て取れる決意、エイラの力強い演説もそうだが何より僕は元の世界で勉強するよりこっちの世界で自分の価値を見つけようと思ったのであった。

「まぁ、貴様も私も腹が減っている。あそこの兵站に行って私たちもミュッレルを戴こうではないか」

「ミュッレルってどんな食べ物なの?」

 僕がそう聞くと、ジョナスはあからさまにやれやれ、といった様子で嘆息してから僕に言った。

「貴様、本当に何も知らないんだな。ミュッレルというのはレンテンマルクの郷土料理でな、アルク鳥の肉を、トメト、あっ、トメトというのは赤い、レンテンマルクでしか栽培できない野菜でそれ自体はかなり酸味を持っているのだが、それらを一緒に煮込んで、調味料で味付けしたものだ。これがなかなかうまいんだぞ」

 へぇ、材料に関してはやや気になるところもあるが、それはまぁ、異世界ということで目を瞑っておくとして、それはなかなかおいしそうだな、と僕の口から涎が垂れそうになっていると、今まさに僕たちが向かっている兵站部のほうから、エイラがひょっこりと出て来て、

「ほら!二人の分も、もらってきたから、一緒に食べよう!」

 そう言ってエイラは僕たち二人分のミュッレルが入っていると思われる湯気が立った白い深皿を両手に抱えて、ゆらゆらとおぼつかない足取りで歩いている。

 それを他の兵士が心配そうに見つめている。たまに彼女の皿を持とうか、と名乗り出る兵士もいるのだが、全て私が持つから、の一点張りで彼女に断られていた。

 それだけ自分の手で僕たちの元に持って来たいのだろうか?もしそうだとしたら、本当に部下思いの優しい上官なのだが。

 まぁ、さっき僕は彼女によって顔面を雪の中に埋められ、しかも置いていかれたので、少なくともそれはないだろう。

「じゃあ、食べに行くか?」

「そうだね」

 僕たちはそうしてエイラが何かの拍子でその二つの皿を落としてしまう前に彼女の元に走り出したのであった。


 それから、僕は、おいしくミュッレルをいただいた後、他の兵士の人たちとともに、鍋やら、食器やらを炊事係りの人と共に片づけをした。これもこの軍になれるための通過儀礼ということでエイラにやるよう命じられたのだが、いかんせん冬ということもあって水が冷たいのが、いやだった。

 僕は、錆びた金盥に、いっぱいになるほど、補給物資用の水を入れ、その中でたくさんの兵士の飯盒を洗わされたのであった。

 そして、何時間かかけて、それが終わると、行き着く暇もなく僕はそのままレンテンマルク王国の首都へと行くことになった。

 戦車部隊、大半の下士官、兵士たちはまだそこに残らなくてはいけないらしい。いつまた敵が襲ってきてもいいように、陣地を構築して常駐するのだろうが、一番の目的は戦場で散った仲間の遺体、遺骨を集め、供養してしまうことだろう。実際僕が戦場を後にするとき、何人かの衛生兵が、手に手袋をつけ、口を布で覆って、血で覆われた雪原に駆け出していくのが見えたのだから。

 だからこうやって首都に帰る組の人間は僕を除いて、上等な軍帽を被って、わずかにしか血と、泥がついていないきれいな軍服を着た指揮官側の高官の人間ばかりだった。彼らは、僕を中央として、エイラを戦闘として一列縦隊を作って無言のまま行進していた。

 そして、僕の体を縛っている紐はかわらずそのままだった。飼い主はエイラからジョナスになった。そのエイラは、悠々と茶色の毛並みが目を引く僕なんかとは比べも物にならないほどの巨躯な馬に乗って山間を進んでいた。

「ねぇ、ジョナス、そのトリニヒスライアにはまだ着かないのかい?」

 もう日は落ちかけている。空は橙に染まり、木の間から夕日の眩しい光が漏れている。

「もう少しだ。貴様は本当に体力がない奴だな。少しは我慢というものを知れ!」

 そんなことを言われても、僕は、現代っ子、しかもかなり引きこもりの部類に入る人間なので体力は少ないのだ。体育も嫌いだし。

 というより、まずこの小石だらけの地面が僕の体力を奪っていると思う。

 エイラが乗っている馬は、足に蹄鉄をつけているから、どうということもないんだろうが、僕は人間なので違う。いくらここが平坦で、山間部とは思えないほど、開けていて、道の両端に木々が並ぶ散歩コースのようなものであっても、僕にとっては辛い。

「君は、よくそんな平気な顔で歩いていられるね……。腰から軍刀も下げているし、肩には銃剣を吊り下げているじゃないか」

「俺は、生粋の軍人だからな。この程度の行軍には慣れているし、軍刀も銃剣も重いなんて思わないさ。だってこいつらは皆、俺の命を預けている相棒なんだから。一種の仲間、いや家族のように思っているのさ」

「へえ」

 僕は感心していた。こいつはエイラの事に関してだと、むきになって、怒鳴り散らすが、それ以外、ことにこの軍に関しての思い入れは、人一倍強いんだな、と思った。

「ただ、エイラ様に、親しげに口を利きやがったら、貴様のその首をこの軍刀で叩き切ってやるからな」

 前言撤回。こいつ、目がマジだ。本当に僕を殺しかねない。

「いいのかい? 僕はこの軍の参謀になったんだよ?確かに君の言うとおり、僕はどこからともなくやってきたよそ者だけど、実力はあるだろ?」

 僕はちょっと、強気に言ってみた。ここでこいつに押し負けては、これからの僕の軍人生活が、窮屈なものになると思ったからだ。

「……」

 と、僕の思惑通り、ジョナスは悔しそうに顔をゆがめ、黙った。こいつは根はかなりの正義漢で嘘はつけないたちなんだろうな。

 だから僕は続けた。

「僕たちは仲良くしなきゃいけない。君が彼女のことを様つけで呼ぶのは、君の勝手でだが、それを僕に押し付けるのは、やめてくれないか?僕は様付けとかそういうの無しで彼女と付き合っていきたいと思っているからね」

 実際のところ、僕は、敬語という奴が苦手だし、嫌いでもあったからだ。何か一種の壁を通して話している気がするのだ。

「……貴様の言うことは認めたくないが一理ある。私が貴様に同化を押し付けるのでは、他の大国とやっていることは同じになってしまう。仕方ない。エイラ様をどのように呼ぶかは貴様の勝手にしろ。だが、絶対にエイラ様を敬う気持ちを忘れるなよ?」

 と、ジョナスはすぐに折れてくれて、それからは何も喋らなかった。僕は、心の中で彼の器の大きさに感謝しつつ、黙って行進を続けた。


 そして、僕たちが、首都に入城したのはもう日が落ちて、あたりはもうすっかり暗くなったばかりのころであった。

 もう人はいないか、と思いきや、人の身長の十倍はあろうか、という凱旋門もかくやというぐらい巨大な門を通り抜けた途端、何発も、空高く、花火が打ち上げられた。そして、戦車が二台、ゆうに通れそうなくらい幅の広い道の端にはたくさんの人々が各々国旗を振って、歓喜していた。

 皆、服装はまちまちで、割烹着のような白いエプロンを首から腰にまで肩にかけている人や、その人ごみの最前列で酒瓶を掲げて、何かをわめき散らし、しきりに手を振る、酔いどれのお爺さんの姿も見られた。

 馬上のエイラは、左右に顔を振り向けながらなるべくたくさんの人に、天皇のようにその愛らしい笑顔を振りまいていた。そしてそのたびにたくさんの観衆のなかにどよめきが起きる。 

 そしてそれはジョナスも例外ではなかった。こいつは特に女性からの人気がすごかった。こんなに図体が大きくて、丸刈りにしていても、その質実剛健さに女性たちは皆酔いしれているのだろう。

 ただジョナスはエイラとは違ってそんな女性たちには目もくれることはなかった。ただこの道の先に続く白塗りの大きな建物しか眼中に入っていないようであった。

 皆が戦勝に酔いしれている様は、逆に僕にとっては怖かった。道の端で軍服を着た兵士とはまた違う手には木の棍棒を持った人間によって箱詰めにされているのにもかかわらず、あるものは白いシーツのような横に長い布に、達筆な文字で、

 

 レンテンマルク万歳、エイラ様万歳、そして第三大隊の兵士の方々、戦勝おめでとうございます。お国のためによくぞ勇敢に戦ってくれました。

 

 と、書かれていたり、うごき長屋のような粗末な家のベランダから顔を突き出して祝砲をバンバン打っているやつもいた。

 僕は、それらを変な目で見ながら、ただ黙ってジョナスの引くがままに着いて行った。

 そうして、僕達はずっと歩き続けた。平坦な道から傾斜に差し掛かったところで段々人影も少なくなり、周りには建物も少なくなり、あるときには木々しかなかった。そしてそれからどれだけ歩いたことだろうか、疲労が既に限界を超えていた頃、その巨大な彫刻が施された白塗りの城の前にたどり着いた。既に民衆の歓声は遠いものとなっていて、そこにはただ僕とエイラ、そしてジョナスの三人しかいなくなっていた。

 すると、ひとりでに城の城門は開いた。ギギギと空気を震わすほどの錆びた機械音を出したのが妙に、このあたりの暗さや周りの何もなさとマッチして、恐怖感を演出していた。

 そして門が完全に開ききってガタンという音ともに、それ以上動かなくなったとき、僕はあることに気付いた。

「あれ、他の人はどうしたの?」

「他の奴らは皆それぞれの家に帰った。今頃部屋で酒でも一杯やっているんじゃないのか」

そう言った彼の顔はこれっぽっちも笑っていなかった。どうしたんだろうか?この城には何かあるんだろうか?こいつがまさかこんなに緊張しているだなんて僕にはそうとしか思えない。

 と、エイラが突然それまで乗っていた馬から降り、それを入り口を守っていたどこからともなく現れた白金の甲冑が特徴的な二人の肥った衛兵に預けた。

「いい?あんた、もうここからはおふざけなしだからね?」

「この城の中にそんな偉い人がいるのかい?」

 僕はいたって暢気な声でそうたずねた。するとエイラは

「偉い人も何も今から私たちが謁見するのはこのレンテンマルク王国全土を統べる盟主にして民衆の心の支えでもおあせられるあのトルスト・ヴァイマルタクス殿下なのよ?こうして謁見させていただけるだけでも恐悦至極、恐れ多いんだから」

 盟主ねぇ……。まぁ、僕たちの世界で言う天皇のようなものか……ってすごく偉い人じゃないか!

 でもその……トルスト・ヴァイマルタクスさんでしたっけ?すごく頑強そうなおじさんの名前だなぁ、しかも怖そうだし。なんていうんだろう。分かりやすく言えば近所の獰猛な犬を飼っている怖いおじさん。野球の球が飛んできて窓ガラスとか割ったら、そのボールを持ってわざわざ説教しに来るようなのをイメージしてしまうな。

「じゃ、じゃあ、ここで止まっていても仕方ないし、さっさと行くわよ?」

「はい……って、エイラ様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何よ?言ってみなさいよ?」

「あの……どうして俺が、一番先頭なんですか?」

「あんた、男でしょう?私だって実のところ今日始めてお目にかかるんだからなんだか怖いのよ!」

「俺だって怖いですよ!」

「私は上司よ?部下は上司の命令を聞かなくちゃいけないの!」

「君達、どれだけ人見知りなんだよ!」

「「じゃあ、貴様が(あんたが)先にはいれ(入りなさいよ)!」」

「うっ……」

 かく言う僕だって人見知りだった。あまり人と会話をしないし、自分から関わりにいこうともしないので、人見知りも何もないが、どうしても関わらなくてはいけない初見の人(例えば、クラス変えをしたときに新しく知り合った担任だとかクラスメイト)なんかの場合は事務的な用件で話すときでも僕はかなり緊張する

 しかも今回の場合、相手が今日極度に自分なんかより偉い人で、しかも怖そうだったら、彼らと同じ対応をとるか、もしくはそれ以上に腰が引けるだろう。

 と、僕達がそうやってわいわいやっている間に馬を預けた衛兵たちが急ぎ足で帰ってきて、

「あのー。すいません。早く城の中に入っていただけないでしょうか?トルスト殿下も待っておりますし。正直言って迷惑なので」

 これは、言い過ぎじゃないか、衛兵さん。そんな言い草じゃ、下士官の癖に生意気よ!なんて言ってエイラも怒るんじゃ……。

「すいません! ……ほら怒られちゃったじゃない。ジョナス。あんたが大人しく、私の言うことを聞かないからよ! さっさと行きなさい!」

 えぇ、本当に人見知りしすぎだろ……。 電車の中で悪ふざけをして、年配の人に怒られたときの中学生男子じゃないんだぞ。

 と、そうこうしているうちにエイラは、ジョナスを押しながら、城の中に吸い込まれるように入っていってしまった。

 僕は、縄で縛られたまま、放置されていたが、衛兵の人にいい加減にとっとと入れ、といわんばかりに睨みつけられたので、急ぎ足で、エイラ達を追いかけるべく、暗い城の中へと足を踏み入れていった。

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