ルール変更
すいません、投稿が遅れました
あとこの章はまだ終わりませんのであしからず
また一陣の生暖かい風が湿地を凪いだ。
僕たちの周りには誰もいない。もちろん、僕のことを守ってくれる人もだ。
やばい。どうしよう、どうしよう。
逃げなきゃいけないのに逃げなきゃいけないのに。鉛が足にくくりつけられたように動かない。
逃げなきゃ逃げなきゃ。じゃないと殺されちゃう。
「ほら、どうした、逃げないのか? そんなところで突っ立てると他の奴みたいにさっさと殺しちゃうぞ?」
殺しちゃうぞ?じゃない。こんな所で、こんな一昨日か、昨日ぐらいに出会ったばかりの奴に殺されてたまるか。
「と、とまれ!」
とりあえず僕にできることと言ったら今右手に持っているこの銃を突きつけることだけだった。
こんなもの気休めにしかならないだろう。ただ少しでも自分の心を落ち着けるためだけの時間稼ぎになれば。
ウェルゾフは、右手でくるくると器用に斧を転がしながら、ぴたりと立ち止まった。
「……どうした、銃身が震えているぜ?軍師さんよ」
髑髏の不気味なマスクから除く目と口元から推測してこいつ僕が、引き金を引けないと舐め切っているな。
……まぁ、その通りだから何とも言えないところではあるんだけどね。
「ず、随分と余裕だね。君は斧、僕は銃、この距離でどちらに分があるか、戦争屋の君なら考えるまでもないだろうに」
持っている銃には6発装填されている。距離的にもこちらからは十分弾が当たる。
斧というものは基本的に接近戦がメインで、起源はバトルアックスの様な、人を斬るのではなく、刃で殴りつける役割を持った武器にある。
人の体はというのは、なかなかどうして頑丈なものだから、その分斧、特に戦斧も、小型の物でも刃の質量を重くしている。
もちろん投擲用の両手斧も存在するが、それはかなり重さを軽くして、ダメージを減らしている。
その心配が全くないのは、彼の引っさげている重量感のある斧を見れば一目瞭然だが。
「あーぁ。面倒くさい。本当はもうちょっとこの戦争ゲームを楽しんでやろうかと思ったが、生憎、俺のご主人様が一刻たりとも時間の猶予を許していないからね。さっさと蹴りをつけよう」
何だって!?
僕は少しだけ下がった銃口を改めて上げ直した。
「こ、こっちにくるな! じゃなきゃ、撃つぞ!」
「あぁ、撃てば?まぁ、撃てるものなら、だけど」
それだけ言うといきなりこちらに向かって走り出してきた。
これは相手も勝負をつける気だな。えーい、そっちがその気なら僕だって。
背に腹は代えられない。だけど、やらなきゃこっちがやられるんだ。
銃なんか撃ったことはないけど、勉強したから使い方は分かる。
安全装置を外して狙いを定める。あとは引き金を引くだけだ。
くそっ、かなり動きが速い。なかなか狙いが定められない。
その間にもどんどんこちらへと近づいてくる。もうだめだ。
そう思った、その時だった。一人の男の声が戦場に響いた
「まだゲームが終わるのは早い!」
これには僕だけでなく、猪突猛進してきたウェルゾフでさえも一瞬の隙を僕の前に見せざるを得なかった。
人を殺すなんて僕にはできないし、傷つけることすらできない。
だが、正当防衛なら別だ。それを僕はあの海戦で肌で感じたはずだ。
あの時お互い、死に物狂いで撃ち合った水兵の立場に今僕がいる。それだけなんだ。
戦争に携わる軍人ならいずれこうなるはずだった。だから覚悟を……決めるんだ!
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
そうして、僕は引き金を引いた。
引いた、引いた、これで僕は人殺しになったのか……。
その言葉は予想以上に重くのしかかってきた。なんかもう普通の人間には戻れそうにないな。
「なーに、勝手に目閉じて自己完結してんだよ」
………………は?
いやいや、ちょっと待ってくれよ。この声って……まさか。
僕は閉じていた眼をおそるおそる開いた。すると差し込んでくる陽光とともに、瞳に移ったのは、
「もしかして、俺がお前みたいなずぶの素人の一発で死ぬと思ったか?」
楽しそうにくつくつと笑うウェルゾフだった。
もう僕たちの間にほとんど距離はなかった。
「おいおい、冗談だろ?どうして生きているんだよ」
「斧ではじいたんだよ。あんな狙いも滅茶苦茶なショット、目隠ししてもかわせる」
そんな馬鹿な。だってあんなに隙を見せていたんだぞ。思いっきり僕から目をそらしていたんだぞ。
なのに、あろうことか銃弾をはじいてしまうなんて。
化け物か…………。
そんな言葉が僕の頭を軽くよぎり、それに準じるように冷や汗が頬を伝った。
それから彼が、向けた方向に僕も視線を送ると、人間の屍がそこには崩れ落ちていた。
「ったく、斧一本無駄にしちまったよ」
おそらくあそこに倒れているのは、先ほど声を上げて僕のためにチャンスを作ってくれた兵士だろう。
僕はそのチャンスを生かすことが出来なかった。完全に彼の力を見誤っていた。
「おいおい、どうした。目が泳いでいるぜ」
そりゃ泳ぐだろう。もう今の僕は、さしずめ、まな板の上の鯉なのだから。
「まぁ、今回のゲームそれなりに楽しかったぜ。特に今のこの作戦。俺の詰めの甘さを良くついてきた良い作戦だと思ったよ」
いや、まぁそれに関しては僕の作戦の範疇外だったんだが。そんなこと言うわけないけれど。
それにしてもやっぱりこいつは不気味だな。どうして、こんなときに僕を誉めたりするんだ。
「な、何が目的だ?」
そうおそるおそるたずねると、彼は何と言うこともないように、
「お前ほどの軍師、レンテンマルクの様な国においておくのはもったいない。ぜひ、クシャミニッツに来てくれないか?」
何を言い出すかと思えばそんなことか…………ってええぇぇぇ!?
驚く僕のことなど知るべくもなく彼は勝手に続けた。
「どちらかを選べ。仲間になるか…………それともここで頭と体が離れるか、だ」
僕の首筋には斧が当てられた。
怖い。刃がやけにヒンヤリとしていて、僕は真正面から彼の顔を見返せない。
彼の仲間になるか。ここで死ぬか。その二択。
その答えは案外簡単に自分の中で出せた。
「君の方こそ、僕を舐めすぎじゃないのかい」
ウェルゾフの筋張った首に突き付けた銃剣の剣先が返答の代わりだった。
「……これは何の真似だ? まさかこれが、返答のつもりとかいうんじゃないんだろうな?」
「……そのまさかだよ」
僕はウェルゾフの顔を見上げ、きつく睨んだ。
昔の僕だったら、この世界に来る前の僕だったら、命より大事なものはない、と裏切って彼の味方になっていただろう。
……でもそれはあくまで昔の話だ。今じゃない。
「普通の人間じゃないな、お前?」
「どうしてそう思うんだ」
「普通の人間ならばたとえ軍人でも命を惜しむ。いっちゃあ悪いが特に今みたいな全くお前みたいに勝機がない場合はな」
その言い草じゃ、まるで僕が命を惜しんでないようじゃないか。
全く持ってそんなことはないぞ。はっきりいって今だって怖くて仕方がないんだから。ただ虚勢を張っているだけだ。
だけどだからこそ、できることだってあるんだ。
このゲーム何が何でも勝たなければいけないんだ。
「まぁいいや、お前、俺たちのところに来ないんだろう?じゃあ、厄介な敵になるだけだし、死んでくれ」
って、ここから僕の弁舌で何とか丸めこうと決意した矢先にこれかよ。
……なんて言っている場合じゃない。
「じゃあな」
そうして目にもとまらぬ速さで振り上げられた斧は脳天に降ろされ、
「ってうぉっとおおぉぉ」
なんとか銃剣で防いだ。が、
うぉおおお、いってぇぇぇぇぇ。
こんなに一撃が重いだなんて、思いもしなかった。本当に人間なのか。
腕がビリビリと痛むのを何とかこらえて、態勢を立て直した。
「ふっ、今の一撃を防いだか、じゃ、これはどうだ」
一度ステップを踏んで後退してから、強い跳躍力でこちらの眼前まで一気に距離を詰めると肩口から斧を振り下ろしてきた。
くそっ、また来たか。
うぉらっという掛け声とともに、僕は銃剣を斧がやってくる方向に向けた。
それを何度も何度も繰り返すたびに固い銃身と斧の刃がこすれる音が響く。
そして、並行して僕の腕も回を重ねていくごとに疲労を蓄積させていく。
どんどんきつくなっていくのに、少しでも油断を見せれば一瞬で死ぬとか何の地獄だよ、これ。
それにこっちの銃の方もちょっとやばいかもな。
ガツンガツンとぶつかり合うたびにこっち銃が悲鳴をあげているのがよくわかる。
実際、剣戟が鳴るたびにギチギチと軋んだ音がするし。
「もう諦めて俺の仲間になったらどうだ?」
息切れ一つせず、ウェルゾフに対して、僕はと言うと
「はぁはぁ……残念だけど、その提案にはっ、乗れないっ!」
まだだ。まだまだ。僕は負けるわけには。
だけど、もう腕が上がらなかった。それどころか感覚すらも残っていない。
「それは残念だ。ならば我々の前に立ちふさがる厄介な敵となる前にここで死んでもらおう」
もう駄目だ。すまない。エイラ、セラ、ジョナス。レンテンマルクの皆。
僕はもう勝てそうにない。
振りかざされた斧になすすべもなく僕は切り倒されるんだ。
人間はどうすることもできなくなって死が近づくと目を閉じてそれを後は待つだけとなる。僕もこれに乗っ取った。
少しの間だったけど、それなりに楽しかったな。ここでの生活とか。
回想はやめよう。より死ぬのが怖くなるだけだ。
さようなら。
…………。
いつまでたっても僕の首が飛ぶことはなかった。それどころか僕の体はふわりと浮かんでいた。
重力というのはもちろんこの世界でも働くもので、浮いた僕の体は否応がなく、地面に叩き付けられた。
いたたたた。
どうしたんだ。全く、状況がつかめないぞ。
と、直後に鳴り響いた無数の銃声で僕は察した。
これは僕に向けられたものだ。そして、おそらく僕の上に乗っかっている人は僕を守ってくれたんだな。
いったい誰だろうか。そんなヒーローみたいなやつは。
「すいません、助けてくれてありがとうございます」
そんな戦場には場違いな挨拶をすると
「今は礼をしている場合じゃない」
その声に聴き覚えがあり、目を開けると、僕の体に覆いかぶさっていたのは、まごうことなく、ウェルゾフだった。
「わあああ! なんで、お前が僕の上に覆いかぶさってんだ! そういう趣味なのか?」
「ふざけんのも大概にしろ!俺は普通に綺麗な女性が好きだ。 そうじゃなくて、俺がお前を殺そうとした瞬間、周囲から銃弾が俺たちに向かって飛んできて急いでそれをよけたんだ」
「なんだって! そんなわけあるまい! だって、僕たちの周りには誰もいなかったはずだ」
もちろんウェルゾフ自身も狙われたのだからウェルゾフの軍勢であるわけでもない。だとしたら誰がそんなことを……。
「………………」
おおよそ正気の人間が出せるとは思えないうめき声があちこちからした。
「……なぁ、ジョナス、君は君を狙ってきたやつの顔を見たかい?」
彼はすぐに頭を振って否定の意を僕に示した。
まだその声を発している多くの何かが僕たちのことを嗅ぎまわっているだろう。
どうしよう。かなり怖いんだけど。
そんな落ち着かない僕を見かねてか、ウェルゾフは小さな声で
「よし、俺が今からちょろっと顔を出して確認してみるから、お前は少し大人しくしていろ」
今度は僕の方が首を振った。もちろん肯定の意だ。
それを確認してからかあのウェルゾフといえど怖いのだろう、ゆっくりと匍匐前進の様相を呈しつつ、そろりそろりと、頭を上げて固まった。
ちょっと、おい、どうしたんだ。そんなまるで見てはいけないものを見てしまったような固まり方は。
「ちょっと、どうしたんだ?」
見るに見かねて僕が彼の服を引っ張ると彼はようやく体をまるで地を這う虫のようにかさかさと動かして戻した。
その顔は完全に色を失っていた。唇は振る降るとわななき、目は焦点を失っている。
明らかに様子がおかしい。ただ尋ねても答えてくれなさそうだし、これは僕も見てみるしかないか
ウェルゾフと同じように僕も周りの様子を確認すべく動いた。
「…………!」
これは…………嘘…………なん、だよな?
いや、絶対に嘘だ。本当のはずがない。まさか、まさか、まさか。
動く人間死体、いわゆるゾンビ、ってやつが、軍服着て、銃持って辺りを歩いているんだから。
外見は人間と変わらない。顔だって変形していないし、内臓だって派手に露出してるわけでもないし。
ただ顔がまるで生きている人間のそれじゃない。僕は医者でもないからうまい言葉が見つからないが、そういうのってなんとなく雰囲気でわかると思う。
それに、皆どいつもこいつも軍服のお腹の部分が、銃弾で撃たれたのであろう、濃い血と紫色の肉が目立つ傷痕を中心にして放射状に血痕が広がっている。
歩兵銃を持った右手こそ肩よりやや下まで上がっているものの、左手はだらりとだらしなく垂れ下がっている。
時折躱される言葉も、人間の断末魔の様な鋭いうめきに近い。
こんなのゲームの世界で十分だ。いや、ゲームの世界だって嫌なのに、現実の世界でこんなことが起きるなんて。
とりあえず、僕はウェルゾフの元まで体を引きずるようにして戻った。
ありえない、ありえない、ありえない。こんなことが、こんなことが、こんなことが。
でも、いくら自分の膝をつねってみても夢から覚めることはない。かなり古典的なやりかたかもしれないけれど、現実逃避を諦めるには効果覿面だった。
「おい、これはどういうことなんだ、サプライズか? それとも、ゲームにおけるイベントと言う奴か?」
と、突然、そんなことをウェルゾフがのたまい始めたので
「そんな訳ないだろ、これは現実だ。あいつら、なぜだか本気で僕らのことを殺そうとしてきている」
「しかも奴ら、ただの人間じゃねぇ。それも俺の予測じゃあ、たぶん奴ら生きてねぇ。眉唾物かもしれないが戦争屋として多くの生きた人間と接してきた俺の感覚上での話だ。まぁ、あり得ないとは思うが、どうだ? お前は信じるか?」
「信じるも何も、そんなの僕だってわかったよ。あいつらは生きてない。
ただ他にもう一つ分かったこともある。
それはあいつらがこのゲームに兵隊役として参加していた人たち、つまりリッツ軍の軍服とは違う軍服を着ていたということだ。
それをウェルゾフに話すと
「リッツでも、レンテンマルクでも、クシャミニッツの兵隊でもないとしたら、一体奴らは何者なんだ?」
本当にその通りだ。ゾンビ、無所属。この二つに全くつながりが見いだせない。
しかし、その答えは、それはもういとも簡単にあっさりと出たのであった。
なぜかって?
それは、突然あたりから人間の悲鳴と肉をかみつき、ブチブチと引き裂く音がしたと同時に、それでもなお、その空気を切り裂くような圧倒的音量のアナウンスが僕たちの耳に届いたからだ。
『ここで、ルール変更をお知らせしたいと思います。ただいま皆さんの前に現れたと思います、人肉獣通称、アーブは、全部で500体、これより誰構わず、人間に襲い掛かってきます。襲われた人は、王宮の保管庫に存在する救急薬を一定時間以内に投与しなければ彼らと同じようになります』
やっぱり、あれはゾンビだったか。
『皆様もそれは嫌でしょう。そこで、ルール変更なのです。当初ルールはウェルゾフ対ミツルギヤクモでしたがただいまより、あなたたち対その2人にしたいと思います』
「「…………は?」」
『あの二人を殺したもののみに薬を与えたいと思います。早い者勝ちですよ? それでは頑張ってください』
それでアナウンスはブツッという音ともに切れた。
僕たちはしばらくの間言葉を失っていた。僕たちが現実に戻ったのは、近くで無数の足音がしたのが耳に入ってからだった。
「……どうする?」
僕は小声でそう訪ねた。もちろん、隠れてから一歩も進んでいないのでいずれここも見つかるだろう。
それまで押し黙っていたウェルゾフはようやく口を開いた。
「いくら俺でも、死に物狂いでかかってくる、うん千といる兵を裁くのは不可能だ」
「……僕が聞きたいのは、だからどうするってことだ?」
「……一時休戦と行こう」
彼はそう言って僕の手を無理やり握って、休戦の挨拶と言わんばかりに軽く上下に振るとそのまま立ち上がった。
「とりあえず、ここにいてはすぐに見つかる。どうすればいいか、お前が考えてくれ、俺はその道を開く」
ウェルゾフの目つきは猛禽類のそれと化していた。僕もそれに呼応するように自然と頭を張り巡らせた。
背水の陣だ。
「とりあえず、王宮に向かおう。そうして、王を打倒したのち、保管庫とやらに向かう。そして薬を取り出して配る」
「よし、それでいこう」
よくもまぁ、さっと僕の提案を受け入れられるな。まぁ、素直っちゃ素直だし、馬鹿と言えば馬鹿なんだろうけど。
それがいいか悪いかどうかは別として今はその素直さが良い方向に働いている。
実際に王宮に行くより他は方法がないのだが。
「王宮まではここを通り抜けて右に、300メートル直進だ。その間の敵はどうしようか?」
300メートル、実際に自分の足で歩いてみたが土地条件もあまりよくないため、かなりきつい道のりとなるはずだ、それに加えて多くの敵が出てくるんだ。
あまりいいとはいえない。
しかし、ウェルゾフはさばさばとした口調で言った。
「時間が惜しい。目の前の障害物はすべてなぎ倒すのみだ。いくぞ」
それから彼はゆっくりとそして、静かにまるで忍のように走り始めた。
えぇい、やるしかない。僕は彼の破天荒ぶりに溜息をつきつつ、彼の後を追った。




