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顛末 前編

すいません、めっちゃエタりました。

まだ朝早くにもかかわらず、晴天の空高くに打ち上げられた信号弾が、ゲーム開始の合図だった。

 それまでは僕は、自陣で待っていた僕に与えられた将官の人たちと念入りに、作戦について話し合った。

 その結果、僕は百の兵を率いて自陣で待機。百と言うと少ないように思えるかもしれないけれど、本陣自体あまり広いスペースではなく、せいぜい百ぐらいしか人が置けないのだ。

 自分で言うのもなんだけど重度の戦争ゲーム狂だった僕は、高度な技術をが用いられた兵器を使用した戦いで千や二千は少なすぎじゃないかと思っていた。

 だが、ところがどっこい、いざそれらがびしりと広い空き地に整列したのを見ると多すぎて声を失ってしまったほどだった。

 こんなに多くの兵士を僕が操れるのか……?

 そんな不安を胸に抱えつつ、残りの兵士をあますことなく、3人の師団長のもとで割り振った。別にそれぞれ重火器部隊だとか迫撃部隊のような本来の区分はせず、おおざっぱに分けただけである。

 ウェルゾフはちょうど僕がいる場所とは真向いの方向におり、両者の距離は長い植物の畦道を通って、10分ほどだ。

 それは、歩いての時間だ。実際は走ってくるだろうから、5分もせずにやってくるはずだ。

 僕たちの作戦は、あくまでそれを迎え撃つことが本旨だ。

 と、そんなことを考えているうちに、近くからザッザッザッと、ブーツがこすれる音が姿こそ見えないけれど遠くでした。

 もうすぐ敵が来る!

「あれだ、皆、あれがおそらく敵将のミツルギヤクモとかいう男に違いない」

 ようやくその部隊の姿が見えてきたとき、一人がそう叫んだ。

「相手には護衛もいないようですし、ここから撃てば殺せそうな気もしますがいあがいたしますか」

 その隣にいた兵士は、肩にかけていた銃剣つきの歩兵銃を手にもつと狙いを定めた。

 その銃口が寸分の狂いも無く、向けられたのはもちろん僕であった。

 やばい。頼む。頼む。ここで撃たないでくれ。

 我ながら全くもっておかしい懇願である。このゲームは、相手からすれば僕を殺せば価値なのであってあの兵士の提案は理にかなっている。

 もちろん、僕だって馬鹿じゃない。こうなることは予想していた。

 作戦立案の時点で完全に僕の作戦はかなりのギャンブルだった。それも成功すれば、勝利が決ったようなものだし、失敗すれば即負け決定と言う程のものだ。

 参謀たるもの。基本的には地の利をベースとした論理的かつ演繹的な作戦を提示しなくてはならないが、今回のような特殊な場合には逆にギャンブル的な作戦を作るのも有用であると、どこかあの本で読んだのを思い出したのだ。

 だから普段神なんか信じない僕がこうして神頼みで運を引き寄せようとしていのだが。

 神は今回は僕に微笑んだようであった。

「いや、ダメだ。ウェルゾフ様の御命令では奴を生け捕りにして、目の前に連れて来い。それが成し遂げられるまでは絶対に戻って来るな、とのこと」

「そうなんですか……。いやぁ、なんかああやって、大将が湿原のど真ん中でぼけーっとしているなんて暢気すぎやしません。戦争慣れした優秀な人間ならばもっと感覚を研ぎ澄ませて警戒を怠らないような気がしますが」

 その兵士はギリギリのことばかり言ってくるので、こっちもひやひやものだ。

 しかし、命令する側のおそらく現場指揮官であろうか、が馬鹿だった。

「ふっ、案ずるでないさ。レンテンマルクの参謀は政治が敷かれる度に、軍部に置かれるのだが、どうやらマニュアルでさえも頭に入っていない馬鹿らしい。最近じゃエイラ様が参謀も兼任していたがさすがに仕事が過重すぎて、人を雇ったんだろう」

「つまり、何が言いたいんですか?」

「わからねぇか? どうせあいつは馬鹿だから戦争とか人殺しとか目にするのは初めてでびくびくと怯えてんだよ。だから、ああやって俺たちの奇襲にも対応できないでいるのさ」

「はぁ……そんなもんなんですかね」

「そんなもんだよ。とにかく、時間だって限りあるわけじゃない。本当は斥候鯛のつもりだけで帰還しようとは思っていたがあれだけガードが甘いんだったら、俺たちだけでも、生け捕りにできそうだ」

 よしそうと決れば、皆準備が完了したら、順次落ちないようにしながら突撃開始だ。

 その小さな声に端を発して次々と身をかがめながらこちらにやってきた。

 よしよし。いい塩梅だ。あとは気づいていないふりをするだけだ。

 ちらりと横目で彼らを見ると、彼らはしめしめといった様子で軽い足取りで向かってきていた。

 さてまさかここまでうまくいくとはね……。

 そのままさらに下へと視線を移すと、その植物群の出口、少し通常よりも小高くなっている場所。

 そこに一列になって伏せ、体を隠している兵士たち。

 敵がかかってきたら一斉に彼らは僕の命令に応じて身を起こし、引き金を引き始める。

 それを想像してか、僕の脚は震えていた。慣れない感覚だ。あとちょっとでここは見るも無残な戦場と化すのだから。

 それはゲームであってゲームじゃないんだ。僕は、自分の頬を、ゲームに集中するために何度もたたいた。

「ヤクモ様、そろそろ撃ちましょうか?」

 部下の一人が緊迫した声でそう尋ねてくる。その声に緊張と動揺の色が隠せないのも全くもって無理は無い。

 一列とはいえ、声を上げてこちらを殺そうと猛獣がごとく挑んできているのをぎりぎりまえ見ていろ、だなんて我ながらひどい命令かもしれない。

 また、持っているの武器はめいめい槍から銃までまちまちだが、士気が高いのは皆同じだ。当然だろう。

 ここで、少しでも気を抜くようなことがあるのであれば死んでしまうのだから。

「ヤクモ様、まだですか!?」

「まだです」

 僕は敵の勢いに足がすくみそうになった。

 一人一人の顔がこんなにも間近な距離で見えたのは初めてだった。死を恐れない勇敢な兵士たちの顔。

 それは、勇壮さとともに一種の悲壮さも兼ね備えていた。おおよそ人間が作れる顔ではない。

 そうこうしているうちにどんどん近づいていく。その勢いは牛のごとく猛っており、ややもすれば飲み込まれんばかりだ。

 しかし、それでも僕はまだ発動させない。効率を上げるためだ。

 もっともっと近づけさせて。チキンレースではないが、ぎりぎりまで近づけて最大限の効果を得る必要がある。

「ヤクモ様!」

 ついにしびれを切らした将官のその一声がベストタイミングだった

「撃て!」

 僕はありったけの声を張り上げてそう命じた。

 その瞬間、申し合わせたように、ざっと湿原に身を伏せていた一列に並ぶ兵士たちが片膝をつけて体を起こし、銃を構えると撃ち始めた。

 それぞれが重機関銃や単発式銃、手榴弾など滅茶苦茶に撃ちまくっていた。

 それは開けた道であれば最低だっただろう。開けた場合ならば言うまでもなく精度が高い方が良いからだ。

 しかし、今回は、あの名前のよくわからない植物に両脇を固められた細道だ。

 あの植物は反発性が強く、しなるため、逃げることもかなわない。しかおいきなり兵士が出てきて撃ってきたものだから対応できるどころか、逃げることもままならない。

「うわぁーっ、撃ってきた。逃げろ逃げろ!、ぐあっ」

「おい、後ろの方逃げてくれ、ぎゃーっ」

 後ろの方は前で何が起きているかもわからず、とりあえず命令されるがままに果敢に前進に来てしまう。

 そして、そういう訳も分からずにただ現れた哀れな子羊は僕たちにとって格好な的となるわけで。

 姿がちらりとえも見えた瞬間、弾幕の餌食となってしまう。

「ダメだ、後退しろ、後退しろ、戻らないと無駄死にするだけだ!」

「いや、しかし、ウェルゾフ様からはただ前進あるのみとのご達しが」

「何だと……! そんな、それじゃあ俺たちは相手の思うままで死んでいけというのか」

 狭い空間。不安定な足場、あまりにも高い湿度。

 そういったものが否が応にも彼らをあれほどまでに陥れているんだろうということは想像に難くない。

 実際に誰もいない暗がりであそこを抜けて僕もあまりの焦燥感から気が狂いそうになった。

 それは彼らとて同じだろう。

 指揮系統が入り乱れている間にも僕の目の前で迎撃部隊は、獲物をどんどん撃ち落していった。

 そうして、多くの兵士が撃たれていくたびに、力なく橋から落ちて不気味な泥に飲み込まれていく。

 底なし沼と言う奴だった。一度落ちれば、もう抜け出すことはできない。それに撃たれたところからどくどく血が出ていっているため力もなくなっていき、最後は全身が見えなくなっていた。

 それはまさに地獄絵図と言う奴で、悲鳴や断末魔もあまりにも悲哀に値するものだった。

 惨い。

 だからといってここで銃撃をやめさせるなんて事は出来ない。少しでも甘えを見せれば何もかも失うのは僕になるからだ。

 つまるところ、人間って奴は誰も助けられないんだと思う。自分さえよければいい。

 自分を保つためなら何でもする。それがたとえあまたもの人の命を奪う行為だとしても。

 本当に残酷なゲームだよ。

 僕は、正面からやってきた兵士が逃走したものも除外して、通り一遍駆逐されるまでそのつんと鼻を襲う、味方の無慈悲な硝煙にため息を漏らすばかりだった。


 ちょうど八雲たちの軍がウェルゾフの第一軍と対峙し、砲火を浴びせていた頃。

 アストロラーベ湿原に建設された王と貴賓客がゲームを観覧するために建てられた仮設王宮では、王が王専用に作られたプライベートルームで、腹心であるプロタゴラスと談笑を重ねていた。

「……王。両軍が湿原中央にて交戦し始めた模様です」

 部屋に入ってきた一人の兵士が、静かにそう告げたのち、部屋を出ていく。

 それを見取ってから王はゆっくりと口を開いた。

「なるほど。……さーてどちらが勝つと思うかね? プロタゴラス君」

 髭を撫でさすりながら怪しく光を放つ目をぎょろっと向ける。

 尋ねられたプロタゴラスは窓に近寄り、戦いの様子を見やるとかぶりを振って

「さぁね。私にはわかりません。まぁ、どちらにしても賭ける意味もない。何せ奴らはすでに負けているんだから」

 それだけ言うとポケットから煙草を取り出して一本口に加えてふかし始めた。

「なんだ。つまらんな。君は胸が躍らんかね。この眼下に広がる光景に」

 一面に生えわたる浅黄色の湿地帯に総勢何千と言う人々が敵味方別れて戦う光景は確かに彼の言うとおり壮観であった。

 人々は多すぎてすべて粒にしか見えない。二人がいる部屋は王宮の二階。高さも竣工する時間からしてそこまでではないが、それでもあまりに人が密集していたため粒にしか見えないのだ。

 だが、確実に時間がたつにつれて風になぎ倒される植物の穂のように、人々も地面に倒れ伏していくのが確認できた

 地面が揺れるほどではないが、止まぬ爆発音は手榴弾のものだ。

「プロタゴラス君、連中、あんなに手榴弾を消費してこのアストロラーベ湿原を破壊せんばかりだが、念のために聞いておくが例のアレは壊れないだろうな?」

 特に不安に思っているわけではない。それはただの確認に過ぎなかった。

「……えぇ、もちろん、あれの耐震性、耐火性、その他諸々。あの程度で壊れるほど軟じゃありませんよ」

「おぉ、そうかそうか。よしよし。あれはこのゲームを彩るとっておきのイベントだからな。早く、発動したくてしょうがない」

「……えぇ、まったく」

 鳴り止まない銃声と人間の声が織りなす轟音を眼下に二人はクツクツと笑い続けていた。


「ヤクモ様、第二隊、第三隊も敵部隊との交戦に入ったとの一報が入りました」

「そうですか、報告ご苦労様です」

 僕がそう言うと、伝令係の兵士はさっと一礼してもと来た道を引き返していった。

 あれから僕たちは本陣を動いていない。

 本当は今すぐにでも目の前にある道を駆け抜けていって敵陣のフラッグをかっさらってやりたいところだが、相手がそれを見透かして陣に大量の兵士を忍び込ませているかもしれない。

 それ以前に先ほど僕たちがやっていたことを返されては困る。

 だから敵を完全に、いやウェルゾフだけは無理だったとしても、殲滅すれば恐れることはない。

 そのため僕は味方に命じて陣にとどまり続け、作戦を発していた。

 ……それにしてもウェルゾフの奴は、どこへ行ったんだろうか。先ほど交戦した軍にいなかったのは妙だった。

 僕としてはあそこでうまく倒されてくれれば万々歳だったんだが、あそこにはいなかった。

 奴らは斥候隊だったという。相手も僕の居場所を当然知っているだろうから、送ってきた意味すらも不可解極まりないんだけれども、でも必ず何か行動を起こす時には目的があるはずなので、あの斥候隊にも何か意味があったに違いない。

 それで、考えた結論が直接この斥候隊の陣頭指揮を彼がとるということだった。

 というのも、これだけ多くの兵士を取り扱うのに、この湿地帯では狭すぎるので自ずと兵力を分散せざるを得ない。

 そこで、兵力の少ないウェルゾフの軍は、分散する兵力を最小限にし、それで、時間稼ぎをしている間、直接僕の目の前まで来ることのできるさっきの一本道に兵力を大量投入してさらにそれをs自分で率いて僕の首を狙ってくると思った。

 だからこそ、こうして出口付近で待ち構えて、逃げられない袋小路で一斉掃射に沈む作戦を取ったのだ。

 こちらの本陣の兵力は少ないので、相手は応戦しつつ兵力差で畳みかけてくることすらもしなかった。すぐに引き返していったのだ。

 妙だ。何か、僕は相手の術中にはまっているような気がしてならない……。

 しかしいくら考えてみても答えはまとまらなかった。その一因には体調不良とひっきりなしになり続ける銃の弾の音があるだろう。

 と、そこに一人の兵士が乱入してきた。

「……も、申し上げます! 現地指揮官よりの通達、わが軍、優勢なれど敵の勢いもとどまることを知らない。そこで、貴君の陣におられる兵士もすべて戦地に投入されんことを願う、とのことです!」

 そうか、なんとか僕たちの方が優勢か……。まぁ、若干の不安要素は残るけれど確かにこのままここで何もさせないままでいるのも良くないな。

 兵力は無駄にしないほうがいいし。一気にこの辺りで畳みかけるか。

「よし、じゃあ、ここにいる百名の兵士は皆、彼に従って戦地に向かってくれ」

 そう告げると全員、嫌そうな顔一つせず、めいめいがっ隊上がった。

「それじゃあ、道案内お願いします」

「わかりました」

 僕がその兵士にそう言うと彼も頷いてそれから元来た道を全速力で引き返していった。

 これで本陣は僕以外誰もいない閑古鳥となってしまったがまぁ、いいだろう。もうすぐ勝てる。

 それで皆を安心させてやらなければ。

 僕は、近く立てかけてあった銃剣を手に取り、椅子に座ると、

「いや、これが本物の銃剣なのか」

 博物館とかでは良く目にしていて常日頃格好いいなとは思っていたがまさかこうして実物に手で触れることがあるなんてな。

 夢にも思わなかった。

 太陽の光に反射して鈍く光る剣の切っ先。黒い銃口から茶色の銃身まですべてがいかつくて格好いい。

 重さはそれなりにあるから、撃った時の反動も考えたらこれを扱うにはかなりの筋肉が必要そうだな。

 お恥ずかしながら、にやにやが止まらない。僕のミリオタな部分が反応している。

「それにしてもこの切っ先で人を突き刺したり、引き金を引いたりして人を撃つんだよなぁ」

 僕に果たしてそんなことが出来るのかな。自分が本当に死にそうになったとき手元に、銃があって、僕はそれを人に突き付けてそれからどうするんだろうか。

 あまり想像したくないな。自分が誰かをこの手で殺めてしまうところなんて。

 そんな風にシリアスな雰囲気に一人で落ちているときだった。

 聞き覚えのある野太い声が誰もいないはずの本陣に響いた。

「やっと、みーつけた」

 僕は瞬間顔を上げて持っていた銃を前に突き出し、目を凝らして当たりを見回した。

 そんなことをしているうちにもそれは、ゆっくりゆっくりひたひたとこちらに近寄ってきていた。

 ついに、見つからない僕は耳を研ぎ澄ませ、そして方向を探った。

「こっちだよ、こっち」

 どこだ、どこにいるんだ。目を開いてもう一度見まわす。体の芯から覚めていく感覚が僕を急かした。

「待たせたな」

「お前は……どうして、ここに」

 ウェルゾフだった。

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