ゲームスタート
さぁ、二章も佳境です。
一章より白熱した戦争になること間違いなしです
僕は、重い体を引きずりながら、兵士の後について止まっていた旧宮殿から続く丘を下りて、列車に乗った。
頭も心なしか痛む。薬があれば飲みたいところだが、もちろんそんなものもあるわけでもなく、アストロラーベ湿原までの道のりを窓からの景色で、気を紛らわしてごまかすことにした。
森を抜けて、線路沿い。両脇に立ち並んだ工場群の傍にまばらに並ぶ大歓声の群衆。
「……なんだ、これ」
列車は急行でいつもよりもかなり速く走っているため、詳細はわからないけれど、彼らが口々に何かを叫んでいた。
馬鹿みたいに大きな声が、窓を通して脳蓋にガンガンと響き渡る。
…………頭、いてぇ。
僕は、頭をかきむしると、広々とした客席に、横になった。
本当に今日は体調が悪いな。最悪だ。
せめてこの列車に乗っている間だけでも、横になって体力を回復しなくては。
ギュッと目を閉じると、天井にある室内を照らす光が、目の中に差し込んできた。
腕を目の上に置くと、じんわりと汗の感触を感じた。
暑い……暑い……暑い……暑い……暑い。
熱病のようだ。いや、熱病なんてかかったこともないが、熱で頭が朦朧として、もう体を起こすのも、無理かもしれないのは確かだ。
と、目をずっと瞑っていれば人間だれでも眠りの世界へと誘われるわけで僕も例外ではなかった。
目を覚ましたのはまたしても兵士の人に肩を揺すられてからだった。
「着きました。もう他の方は、揃っております。お急ぎください」
「……あぁ、すいません」
僕はだるさを必死にこらえて体を起こした。そうして次の瞬間に襲ってきた頭痛を頭を殴って耐える。
これ、さっきより症状がひどくなってないか……?
頭痛に加えて吐き気もするようになってきた。視界もあまり良好じゃない。
それでも僕は歩こうとすると、足がもつれかかった。
兵士は無表情のままそこで立ち尽くしていて僕はちょうどその無骨な甲冑の中に倒れこんだ。
皮肉にもそのときおでこに触れた甲冑が一番ヒンヤリしていて気持ちよかった。
「……大丈夫ですか? 歩くのが苦しいのでしたら肩を貸しますが」
その申し出を受け入れるのは何だか心苦しいことこの上なかったが症状もかなり重かったので頼ることにした。
僕は、お願いします、と言うと彼は肩を貸してくれた。
そして、海軍省までの道のりをゆっくりと歩いていると、途中から道の両脇を海兵隊の兵士達が固めているのが見えた。
さすがにもう肩を借りるわけにはいかないな。大事な公式の場面でこんな醜態を見せるわけにはいかない。
この辺でもう大丈夫です、と肩を貸してくれた兵士の人に言うと、彼は軽く頷いて見せてから僕から離れた。
彼が離れた瞬間に僕の体を耐えがたい重力が襲ったが、足で踏ん張り、よろけるのをこらえた。
そして、前を見据えると唇をかみしめ、歩いた。
もう少しだ。もう少しで、トロッコに乗れれば、体を風に当てられる。
軍楽隊の楽器が奏でる調律は明るい印象の曲だったが、僕からすれば、僕を死に追いやりかねないものだ。
うるさすぎて頭に響くのだ。
……あぁ、もう本当に静かにしてほしいな。
とはいえ、そんなこと言うわけにもいかず、その場だけ足早に通り過ぎて、ようやくトロッコに乗った。
それを見計らって、後続についていた兵士の人は、古い家屋に入っていった。
いくばくかして、僕が乗ったトロッコは稼働し始めた。
動きを速めてそれはトンネルに入った。
案の定頬を撫でる風は気持ちよくて、少し頭も冷静になった。ぼやけていた視界も輪郭を少しずつ見せ始めていた。
……頑張ろう。これは一国の運命と僕の命を懸けた大事なゲームなんだ。
トンネルが抜ける頃。差し込んだ光が形となって僕の体を包み込んだ頃。
歓声が耳をつんざき、僕は徐に立ち上がった。
舞台はかなり整っていた。僕が探索したただの薄汚い不気味な荒野からゲームのセットと化していた。
トロッコの降り口からは柵で道が作られていて草原と山地が隔てられている。
そして山地側にはボロ雑巾のような格好の民衆であろうと思われる人々が、柵から人が出ないようにだろう、等間隔に立ち並ぶ兵士の後ろで熱狂の様相を呈していた。
何より目を引いたのは海岸側にでかでかと打ち建てられた即席の宮殿だった。
レンガが敷き詰められてつくられたそれは、三,四日で竣工されたとは思えないほど精巧に作られており、リッツの工業力の高さを改めて実感させられた。
僕は、それをただぼーっと眺めていると、
「遅かったじゃないですか。ヤクモ殿。何かありましたかな……って、顔色が優れないようですがどうかしましたか?」
それは豪奢な服装に身を包んだ国王だった。
ひげも服装も整え、頭には王冠を乗せている。国王らしいといえば国王らしいかな。
そして、僕の目の前には、ウェルゾフの姿があった。
僕はその姿を目で捕らえて、戦慄を覚えた。
黒い布で、腰を巻き、その上からチャンピオンベルトの様な無地の漆黒の革のベルトで留めていた。
そのベルトから出た布を浅黒くて隆々とした肌を肩にかけてクロスさせていた。
そして何より顔の部分に髑髏を象り、くりぬかれた目の部分から鋭い眼光をのぞかせた禍々しい角の生えた兜は鳥肌が立った。
殺気を纏わり付かせた彼に近寄ることはおろか、声をかける者さえいない。
彼はずかずかと僕の目の前にまで近寄ってきた。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。殺される殺される殺されるコロサレルコロサレルコロサレルころ鎖レる…………。
僕は火照った体が一瞬で芯から冷めたのを感じた。
僕の中の人間の本能が警鐘を鳴らしている。逃げろ、殺されるぞ、と。
逃げ出そうか。今の僕の状態じゃまともに勝てる気がしない。
でも、確か僕の方から息巻いたんだよなぁ……。今さらながら格好つけなきゃ良かったかもな。
そんな眼前に迫る死の恐怖と面子に板挟みになった僕を後押ししたのは、
「あー、サンボ―いたー!」
「貴様、こんなところにいたのか」
「全く、ようやく来たわね」
それはセラ、ジョナス、そしてエイラのの三人だった。皆僕の周りを囲んで、大いに喋っている。
それでさえも今の僕にとっては煩い。それどころか、僕の退路を塞いでしまい、鬱陶しいとさえ思った。
そんな僕の気持ちなどつゆ知らず、大いに喋りつづけた三人は、最後のエイラの言葉で締めくくられた。
「あんたが勝たないと、私たちは終わりなの。だから絶対に勝ってきなさいよね!」
6000万人の人の命があんたにかかってんだから。
そうして、彼女は僕の肩をがしっとつかむと顔を引き寄せた。
「ちょっと、近い近い」
僕は彼女を引かはがそうと躍起になったがいかんせん力が出ないため、それは出来なかった。
彼女はその端正な顔立ちをどんどんと引き寄せてきて僕は不覚にもドキッとしてしまった。
それなのに彼女は顔をどんどんと近づけてくる。
僕は抗えなくてなぜか目を閉じた。そういう雰囲気だったからだろう。
ピト。
僕のおでこに何かひんやりとしたものが当てられ、恐る恐る目を見開くと目と鼻の先に彼女の顔があって吐息が優しく鼻にかかった。
「……何してんの?」
「何って……あんたすごく顔色悪いから私がこうして熱があるかどうか測ってあげてんじゃない」
いや、そんな、こいつそんなこともわかんないの、みたいな顔で言われても…………。
「別に熱なんかないよ。それよか離れてくれ。暑苦しいから」
僕がそう言うと彼女は、わかったわよ、といって離れてくれた。
何考えていたんだ、僕は。変な期待なんかしちゃってさ。恥ずかしいったらありゃしない。
「もうお時間ですので部外者の方はこちらへ」
そうして三人とも僕の方をちらちら見ながら柵の向こうへと行ってしまった。
「じゃあね、サンボ―。頑張ってねー!」
言われなくたってもう頑張るよ……。
僕は遠くへと行く三人の姿を見送った後、ウェルゾフの方に振り向いた。
そして一歩前に進んだ。
「おやおや、ヤクモ殿。顔つきが変わりましたな。戦士の目をしておりますぞ」
戦士の目とかどんな目だよ……。相変わらず頭は痛いし、体のだるさなんかさっきよりもひどくなっているぞ。
まぁ、やれるだけのことはやってみるけどね。
と、僕とウェルゾフが対峙する中、その間で国王はマイクを持ち、高らかに宣言した。
「では、ただいまより、リッツ伝統競技アベルスピィをここに開催する!」
観衆はどっと沸いた。
そして、その喧騒を割るようにひときわ大きな声でプロタゴラスさんがルールを説明し始めた。
「ただ今よりこの海軍長官、プロタゴラスが皆様にもわかるようルールの方を説明したいと思います」
ワーとどよめきは再燃する。
「まず基本的なルールとして今回、両者には圧倒的な戦力差があります。そこで均衡にするため、今回勝敗をつける方法と所持兵力数に差をつけました」
それから彼が説明したルールをまとめると、
その1 三剣八雲が勝つ方法はウェルゾフ陣営のフラッグを手中に収めること。逆ウェルゾフはヤクモの命を奪わなくてはいけない
ただしフラッグをウェルゾフが持ち運ぶことは禁止。それは固定であり、守るのはあり。
その2 兵力は八雲が5千。ウェルゾフが2千5百。
その3 時間は無制限。銃は実弾使用。
その4 フィールド内ならどこに行っても何を使ってもよい。
他にも細かいルールはあるが主要なものはこれくらいだろう。
「では両者互いに握手してください」
プロタゴラスさんがそう言うと、ウェルゾフは、一歩歩み寄った。
僕もそれに呼応して前に出た。
僕たちの距離はほとんどなく、至近距離でウェルゾフと対峙することとなった。
迫力がすごすぎる…………。その言葉しか出てこない。
彼はずいっと手を前に出してきた。
「楽しい戦いにしようや」
髑髏の下の彼の表情はよく見て取れなかったが恐らく笑っているのだろう。
まったくとんだ戦闘狂だよな。こんなときによくもまぁ、笑っていられるよ。
でも、この戦い、僕は負けるわけにはいかないんだ。死にたくないし、国が亡ぶかもしれないんだ。
「……そうだね」
手を突き出して、握手を交わした。ウェルゾフの手はごつごつとしていてそれでいて妙に暖かかった。
お互いに見つめあう。その時だけは歓声も遠いもののように思えた。
そのうち狼煙が上がって大きな音がした。
それが合図だった。
「それでは互いに自陣へと向かってください。これより三〇分ほどシンキングタイムを取ります。作戦を伝えたり、士官との連携を深めるためなどに時間を割いてください」
僕たちは、自陣へ向かった。
それがゲームの始まりだった。




