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最初の戦争

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『ほら、八雲! 鳥頭の八雲! ちんたらしていないで、さっさと俺の飯買ってこいよォ! 使えねぇなぁ』

 うるさいな。おまえみたいな人に命令ばかりして自分では動かない奴のほうがよっぽど使えないよ。

『おい、八雲ォ、ちょっと金貸してくんねぇかな。俺たち友達だろ?』

 ふざけるな。いつ僕とお前が友達になったさ。そして今月になってどれだけこの会話が繰り返されたのか、その程度の低い頭で考えてみろ。

『八雲、お前、何、哲学書なんざ、読んでんだよ。格好つけているんじゃねーよ。カス』

 お前ごときに哲学書の何が分かるって言うんだ。

 映画で悪の輩を華麗な武闘で一掃してしまうスーパーヒーローならば、悪口を吐かれたら、すぐに自分の思いをもって真っ向から言い返して、果敢にもぶつかっていき、そして正々堂々と自分の抱える問題を解決してしまう。

 しかし、現実はそうはいってくれない。そんなスーパーヒーローは僕の元に駆けつけてくれるどころか目の前に現れてくれもしない。

 だから、僕はいつもどんなに悔しくても、どんなにつらくても、ただ、ごめんね、の一言しか言えない。

 そして誰もいないところで僕は感情を露にする。汚い言葉で見えない同級生をめった刺しにする。そうして、さんざん罵った後にいつも心をよぎるのはある思い。

 この世界が面白くないんだ。この世界が悪いんだ。僕という価値を認めてくれない神様が悪いんだ。

 僕こと三剣八雲は、もうこの世界を、今の日本の社会をそのようにしか捕らえていない。

 だから、学校に行っても誰とも話さず、ただ哲学書を読みふけっている。そうして自分の殻に閉じこもっている。

 最初は父に進められて嫌々ながら読んでみたのだが、これが面白くてどんどん引き込まれていき、ついには休み時間の間はいつでも

哲学書を読むという哲学野朗になってしまったというわけだ。

 と、ここまで紹介してきて皆は意外に思うかもしれないが、これでも僕は中学生の頃たった一人の友達がいたんだ。まぁ、いたんだ、と過去形になっているのは、もうその子は、僕の住んでいるこの場所から遠くはなれた彼方にいるからだ。

 その子も僕と同様にいじめられていた。でも僕と違ったのはその子はずっと気丈であったことだ。どれだけひどいことをされても、屁でもないといった様子でいたことがいまだに印象的で、その頃の僕はそんな彼に憧れていて、舎弟のように付き添っていた。

 その頃の僕たちは、草むらや廃墟などに溜まり場や、秘密基地をたくさん作って、そこでよく集まっては、話をした。この中でもかなり面白かったのは今でも僕の記憶の中で鮮明に覚えている。

 その一つが、例えば、彼は僕にある日言ったことのなのだが、

「なぁ、八雲、俺はこの平和って奴がとんでもなく嫌いなんだよ。こんなつまらない、いじめなんかで時間を使ってさ? これも全部、平和がいけないと思うんだよね。それがあるせいで皆頭がおかしくなりやがってんの。はぁー。まじで、第二次世界大戦みたいな戦争起きねぇかなー。皆が銃とか竹槍とか持って必死なって何もかなぐり捨てて戦うくらいになれってんだ」

「ダイニジセカイタイセン、って何?」

 その頃の僕はもちろん戦争がどういうものかなんて分からなかったし、それこそ彼の言う、平和に毒された人間のうちの一人であった。

「お前、中学生にもなって第二次世界大戦も知らないのか。自分の国の戦争なんだからたんとわかっとけよ。全く、第二次世界大戦っていうのは、俺と同じ考えを持ったいわば先駆者である東条英機という偉大な方がだな、起こした戦争さ」

「……それだけ?」

 僕はしたり顔をしている彼を見てそう言った。

「……」

 彼は、胸を張って硬直したまま答えなかった。心なしかその顔は赤く、口元はヒクヒク、と引き攣っていた。

「……」

「……ねぇ、それだけ?」

「……」

 彼は、黙りっぱなしだったので、僕がずっと見つめていると、突然彼は大きく息を吐き出して観念したというように、

「あぁ、そうだよ! 俺が知っているのは、これだけさ! 俺はどうも勉強ってやつが嫌いだから仕方ねぇ」

 彼はそう言ってにっこりと笑う。それは、純粋な自嘲を示す笑いであったが、僕にとっては彼への憧れを加速させるものであった。

「じゃ、じゃあ、僕が、……君の代わりに調べて、教えてあげるよ!」

「おぅ、ありがとうよ。もしわかったら、すぐに俺に教えてくれよな。ちゃんと俺にわかるように説明も練習しておけよ?」

「うん!」

 そうして、授業開始のチャイムが鳴る。これでもうお話の時間は終わり。僕にとってはそんな楽しい時間を終わらせてくる、とっても嫌な奴だった。

「じゃあ、もっと話していたいところだけど……仕方ない、授業に行くか!」

 僕は大きく頷いて彼の後ろを着いていった。舎弟というものはどうもそういうものらしいようだった。

「……それにしても、戦争か……俺も……」

 この二日後、その子は校長室に殴りこみ、持っていたナイフで校長を刺し殺し、自分にも刺して、一緒に死ぬという事件を起こした。



 僕は、夕日の照る道をとぼとぼと一人帰っていた。今日も学校はつまらなかった。ゲームのように何かイベントがあるわけでもなく、テスト、文化祭、体育祭、同じイベントをよくも新鮮な気持ちで皆楽しめるものだ、と僕は思う。

 友達のいないぼくはそういうイベントの日はいつも何かと理由をつけて休んでいる。

 部屋にこもってゲーム三昧か哲学書を読み漁る。こちらの方が僕としてはよっぽど有意義だからだ。

 と、そうこうしているうちに僕は自分の家の目の前についた。何の変哲もない住宅街の一角にある3LDKの一戸建て。

 家の隣には小さいながらも車庫があって黒塗りの車が止まっている。休日はこれでよく家族とでかける。

 そして、僕は、門を開け、自分の家の扉を開けた。

 「ただいまー。……誰もいないの?」

 僕は家の中をきょろきょろと見回したが、電気は暗いし、どれだけ呼びかけても返答も無かったので、母も父も仕事から帰ってきていないのだろう。

 僕は背負っていたバッグを玄関に投げ捨て、そのまま制服を脱がずに二階にある自分お部屋へと向かった。

 と、僕は自分の部屋に着くなり、テレビの電源をつけて、ゲームの筐体の電源も点けた。

 僕は今日学校に着いたときから、早く家に帰ってこのゲームをやりたくて仕方が無かったのだ。

 

 ――小戦略


 あの日以来、ずっと第二次世界大戦について研究していた僕は、戦いについての知識を皮切りに、独自の戦争論や戦略論を展開するまでになり、インターネットでその道の学者と討論するほどにまで成長していた。そしてそれだけでは飽き足らず、他の戦争にも手を伸ばし、今は三国志の時代を研究している。そんな僕が自分の研究時間を削ってまで、プレイするほどこのゲームは最近買ったばかりなのに面白い。

 舞台は第二次世界大戦中の枢軸国軍側でプレイヤーは日本軍かドイツ軍、イタリア軍の中から一つを選ぶことが出来る。

そうして選んだ軍隊を駆使して実際にあった戦争を戦っていくというものだが、このゲームが真に面白いのはきっちりとした采配をして軍隊を率いれば史実どおりにはならない事がありえるというところだ。

 実際に僕は、買った当日から一週間毎日徹夜でプレイしてイタリア軍を使ってアフリカ全土征服。南アフリカの港からアメリカに直接軍艦を送り込み、アメリカを打ち破ってしまった。

 今の僕は日本軍にお熱なのだ。日本軍は全体的にパラメータが高いし、海軍はアメリカよりも強く、ゼロ戦保有で空軍も強いという言うことなしの軍隊なのだ。

 ただ少しばかり陸軍のパラメータが低く、資源の保有量も少ないため、そこがネックとなっているが、まぁ、1942年に起きたミッドウェー海戦で史実では日本の大戦敗北の原因ともなるほどコテンパンにされるのだが、僕は偽の暗号をつかませて

敵軍を誘き出し、それを四方で囲んでやって蜂の巣にし、敵を全滅にしたのでたぶんいけるだろう。

 「さて今日は、ハワイでも侵略しようかな?」

 そうして全ての準備が終わって、テレビの画面上に勇猛なオーケストラ音楽と共に起動画面が映し出された

 僕は日本軍の項目を選択し、続きのデータからプレイし始めた。


 「よっし!ハワイ征服完了っと!でもやっぱり真珠湾攻撃はもっと執拗にやっとくべきだったかな……こちら側の死者がちょっと多いや……」

 僕は結局1時間半ほどかけてハワイを征服した。史実であればそれはありえないことなのだが、新しく過去を塗り替えているようないがして楽しいのだ。

 ただこちら側に戦死者が出てしまったのが悔やまれる。もう少しスピーディーに相手を撃滅する方法を取るべきだったな。

 と、僕はそこで急に眠気に襲われた。空は夏ということもあってかまだ明るく、時間もそんなに遅くないのにだ。

 まぁ、ここ最近ずっと徹夜でやっていたため、疲れから来ているんだろう。とにかく今のところまででもセーブしなくては……。

 僕は眠気で閉じそうになる瞼をしばたたかせ、コントローラーを操作して何とかセーブだけを終わらせた。

 (……ダメだ。もう体が……)

 僕はそうして眠気に抗うことも出来ずベッドに倒れこんでしまった。


 僕は騒音の中でゆっくりと目を覚ました。空気は錆びた鉄の匂いが充満し、大きく息を吸い込んだらむせそうになった。

背中に当たる感触はさらさらしているのだが冷たい。そして何より、耳に響く怒声や、鉄と鉄の擦れ合う音、土が機械で脳に響く程度に蹂躙されている音。

 人々、それも少数ではなくかなり大多数の人々が悲鳴を発し、奇声を上げ、時折腹に響くほどの轟音が空気を振るわせる。

「こ、ここ、どこだよ!?」

 僕は目の前で何が起きているか分からなくてパニックになっている。

「僕よ、目覚めるんだ!これは夢なんだ。これは夢!」

 そう言って自分の頬を殴ってみるもののただ痛いだけで目は覚めてくれない。

「じゃあ、ここは映画村だ! そうだ、僕は何もかも絶望して俳優になったんだ!それで戦争映画に主人公役で出演している。ただそれだけのことだ!」

 それから今度はよりいっそう痛みが増す平手で往復ビンタしてみたものの、やはり何も変わらなかった。

 もう僕はこれが現実であることを認めざるを得なかった。どれだけ現実逃避して自分を殴ったところでただ自分が痛いだけだ。

 となると、本格的にわからなくなってきた。もしこれが現実なのだとしたら僕は寝ている間に ちょっと待って。状況を整理しよう。とりあえずさっきまで僕は小戦略のやり疲れで眠すぎてベッドに倒れ伏ていたはずなんだ。

 そして目が覚めたら、……僕は雪の上で寝ていましたとさ。おしまい。

 ……と、今は現実逃避している場合ではなくて、ここがどこなのかを確認する必要がある。幸い僕は寝るときに着っぱなしにしていたのが功を奏したのか学ランのままだったので凍死することも無かったのだろう。

 僕は衣服以外何も身に着けていないことを確認し、その体を上半身のみ起き上がらせた。

 そのときだった。ガラガラガラという音と共に僕の頭上わずか数センチというところに大きな何かが覆いかぶさった。光が遮られ、視界が真っ暗になってしまったので僕は急いでその場から光が当たるところまで移動し、その何か、の正体を見て驚愕した。

 それは緑塗りの中戦車だった。しかも戦争映画に出てくるような模造品とは違って、ちゃんと艦載砲の指している方角に火を放っている。

「うわっ!? 耳がおかしくなる!」

 こんな間近で戦車を始めて見たのだって初めてであるにもかかわらず、その砲撃音ときたら普段はるか上空から聞こえる飛行機のジェット音でうるさい、と感じている僕にとって、耳が破壊されそうだった。

「と、とりあえず少し距離を置かないと!」

 僕は砲撃のたびに揺れる地面の上をかがんで歩きながらその戦車から離れた。そうして少し耳が楽になったとき、僕は止まってきちんと辺りの光景を見回した。

 少し上を見上げると、太陽が平和な一日を演じるかのように空高く出ていた。そしてそれよりはるか下、少し見上げたところにある地面には見る限り、水平線まで続くんじゃないかというくらい横一列にたくさんの土嚢が置かれている。

 (やっぱり……ここって)

 僕は信じたくなかった。でも小戦略をやりこんでいた僕だからこそ、すぐにここがどういうところなのか想像がついてしまったのだ。

 今僕が寝転んでいた、雪が降り積もった使い古しの塹壕。蔓延する鉄の匂い。土嚢越しに聞こえる人の声、機械の音。

 ここは、僕が小戦略で学んだところの戦場というやつしか思い浮かばない。

 ただまだわからない。今の僕の推測だって間違いなのかもしれない。本当はここは映画の撮影とかそういう場所で僕は迷い込んでしまったとかも考えられないことはない。

 大体もしここが戦場だとしてどうして僕がこんなところに来てしまった……


 ――ドーン!!!


 と、すぐ近くで何かが爆発する音が聞こえた。それは人々の声を世界から一瞬だけ掻き消した。僕はただ頭を抑え、ぶるぶると震えていた。

 僕の淡い幻想はかくして打ち砕かれたのであった。僕は無力にもただ頭を手で押さえて、爆発によって生じた爆風の余波を浴びながら、ぶるぶると震えていることしかできない。

 当たり前だが、やはりゲームと実際の戦場では全く違うのだ。いくら僕が、ゲームでたくさんの勝利を挙げて人々が死んでいくことを悦楽と思っていても実際は違うのだ。

 人々の断末魔や、銃声だと思われる冷酷な発砲音が、戦場中で鳴り響いている。ここは地獄だ。生きることが不可能に思えてくるくらいの。

 そうして僕は、すぐ近くに倒れている兵士と思わしき人を見つけて、話を聞こうと、雪に腹をこすり付けて、匍匐全身で近づいた。

 土嚢越しでは相変わらず銃声、キャタピラの土を踏みつける音。兵士が号令をかけ無慈悲に引き金が引かれる音や、タララララ、と戦車の機銃が銃弾を撒き散らす音が鳴り止まない。

 だから僕は自分に当たらないとはいえ、臆病なまでに上を見ながらゆっくりゆっくりと腹が冷たいのを我慢して、その兵士の、すぐ近くまで寄った。そして、その顔をと体を見たとき、僕は言葉を失い、次の瞬間には胃の中のものを吐き出していた。

 というのもその兵士の人はすでに死んでいたのだ。全身、その人の周りだけ雪が紅に染まっているくらい血だらけで、下半身はごっそりなくなっていた。まだ血が乾いていないことから、もしかしたら先ほどの爆発で、巻き込まれたか、地雷でも踏んだかして吹き飛ばされたのだろうが、

今の僕にとってそんなことは些末な問題であった。

 死、というものを目の当たりにし、僕の心を得体の知れない恐怖が襲ったのだ。

 そうして胃の中のものを全て雪上にぶちまけ、胃液すらも吐き出したところで、僕の思考は突然クリアになった。

 人間、限界を超えれば、なんとやら、という言葉を耳にしたことはあるが、まさに今の僕はそれであろう。

 僕は、その兵士の死体からヘルメット、銃剣、バッグだけを奪い取った。死体は生暖かくて、手は真っ赤になってしまったが、もはや気にしていられない。

 僕は、こんな無残な死に方だけはしたくない。生き延びてやるという意志が僕を駆り立てたのだった。

 (ごめんなさい……でも僕は死にたくないから)

 僕は、なんとかその兵士から、身包みを剥いで、自分の学ランの上から身に着けた。着るときに血の匂いが僕の鼻腔を刺激したが、それも生きるためには仕方ないと自分に言い聞かせて我慢した。

 そうしてその塹壕から僕は這い上がった。とりあえず、今どういう状況になっているのかを確認するためだった。

 僕は細心の注意を払って目だけを土嚢の上から出して、死んだ兵士から奪い取った双眼鏡で周囲の様子を確認した。


 広大に広がる雪原を銃剣を向けて突撃する幾多もの兵士。対して向こうからも銃剣を掲げた兵士がこちらに向かって、果敢に進行してくる。

 雪原にはまた両者の兵が様々に倒れていた。体を銃弾で蜂の巣にされたもの。その体に1本の剣がつきたてられているものもいた。前線で戦う兵士を支援するように三人ほどの兵士が、二つのホイールのような大きな車輪がを両サイドに取りつけられ、前面と横側面を覆う鉄甲板から、凶悪な砲塔が地面と水平に飛び出ている立派な対戦車砲を動かしては一人の兵士の合図として、振る旗に合わせて敵の無数にある豆戦車レベルの戦車に砲弾を打ち込んで戦功を上げていた。

 しかしいかんせん敵の数が多い。彼らは次弾を装てんする速度や動かすスピードがあまりにも遅いことに加えて、基本的に後ろの戦線から援護程度に、前進する、旧ソ連軍の主力戦車、T-三十四のようなフォルムをした味方中戦車を攻撃する敵豆戦車に当てているだけだった。だから、動作中に相手の戦車の機銃かもしくは、見積もり口径二十mm程度の機関砲にその甲板ごと打ち抜かれてそのまま戦死していた。

 そしてその雪原の中央を立派な長砲を構え、菱形の陸上用キャタピラで進んでいくT-三十四といっても差し支えない戦車は、艦載する敵豆戦車の四倍近い大きさの口径の戦車砲で、敵兵士や、大砲などに砲弾を撃ってめちゃくちゃに破壊を繰り返していた。見れば他の場所でも戦車同士で砲弾やら機銃やらを打ち合って、被弾したものは容赦なく操縦士と共に爆発し、巻き上げた土煙が晴れた後はそこには何も残っていなかった。

 

 僕は目の前の光景が本当に同じ人間が生み出している光景なのかどうかを疑った。

 ここは昔僕に戦争のことを教えてくれたあの子が思い描いていたものとはまるでかけ離れている。

 また一人また一人と敵兵士の構えるガトリング砲や、大砲の餌食となって雪原に倒れていく。雪はもうもとの白さなんて見る影も無かった。

 あまりにも人の死というものが軽すぎる。皆、お互いの命を奪い合っているというのに、表情に一点の迷いが無い。僕がいた世界より何もかもがよっぽど腐っているじゃないか。

 僕は嫌悪感でもうこの空間から立ち去りたくて、頭を引っ込めて、ひたすら匍匐前進を繰り返した。

 

 僕は時間も分からず、死に物狂いで、ただどこに向かっているのかも分からずに進んでいると、ついにその終わりに到達した。

 そこには、一定間隔に打ち立てられた木の間をロープでつなげただけの簡易な柵が、雪上に打ち立てられていたのだった。僕は周りにもう他の兵士がいないことを確認すると立ち上がった。

 それまでひたすら匍匐前進をしていて、体は、雪と、雪が解けて土と混ざって液体状になったものに押し付けていたため、汚れだらけで、しかも疲労困憊だった。

 加えて気が緩んでいたこともあって、かなり無防備であったのだ。

 僕がまじまじとその柵を見て、思考にふけっていると、突然頭を何者かに鈍器で殴られた。僕は、本当はそこで相手がどんな奴であれ、逃げなくてはいけなかった。

 しかしもう僕にそれだけの力は残されてはおらず、ただその場に倒れてそのまま意識を失ってしまった。


 僕は、誰かに蹴飛ばされて飛び起きた。

 見ればたくさんの軍服に身を固めた屈強な男たちが僕の周りを囲っていた。僕は怖くて、逃げようとしたが、体中、紐で縛られていて身動き一つすら出来なかった。

 そして最後の望みである手に持っていたはずの銃剣もどこかに消えており、まさに万事休すという状況であった。

 僕は目を瞑った。この大男たちにこんなどこともわからない場所で殺されてしまうのか、と思うと急に家族のこと、俺を虐めていた元友達の顔が思い出された。

 そして案の定大男のうちの一人が雪の上に転がっているぼくに向けて銃剣を振りかざしていた。銃剣の先に着いた剣が光に当たって妖しく輝いているのが僕をいっそう恐怖へと陥れた。

 (まさか、こんなところで死んじゃうなんて……もうちょっと学校生活、楽しんでもよかったのかな……)

 僕は、ついにはこんなことまで考えるようになってしまった。それほど今の状況は最も死に近く、最も恐怖というものに体が支配され、理性や精神といった面々は失われかけていた。

 そして、もう死んでしまうのだから、せめて遺書だけでも、とその大男に言おうとしたとき、その場に凛とした声が響いた。

「その銃剣をおろしなさい!ジョナス」

 僕の顔目掛けて振り下ろされていた銃剣は僕の顔をずれて鼻先を掠めて雪に深々と突き刺さった。

 その大男はくるりと向きを変えて、声のした方に怒り声をあらわにする。

「ですが!エイラ様。こいつは敵国、天授連邦の兵士なのですぞ! それを殺すなとは……」

「本当にそうなの?」

 その大男は胸を張ってまるで自分の手柄を誇示するかのごとく、興奮した口調で言った。

「そうですとも!こいつはあろうことか我々の軍の本陣の前でうろちょろとしていたのです。きっとどうやってエイラ様を殺そうか考えていたのでしょう」

「ちょっと待って、僕は、そんなこと考えていな」

「黙れ!」

 そう言ってそのリーダー格と思わしき大男は僕の腹を蹴り上げた。

「ふぐっっ……」

「ちょっと、ジョナス、まだこいつが敵の軍人と決まったわけじゃないんだから。とりあえずこいつの身ぐるみ全部はがしてみないとわからないでしょ?」

「確かにそうですけれども、エイラ様、もしこいつが敵の軍人だったら……」

「大丈夫よ。あんたたちがこいつの背中にちゃんと銃剣、突きつけておけば、よほど身体能力の優れている人間じゃない限りあんたたちを倒して私を殺すなんて無理。それに縄はつけたままだしほんの一瞬で終わるから」

 そう言って彼女は、ズカズカと僕に近寄り、倒れている僕を引っ張って無理やり立たせると、おもいっきり僕の体を前後から叩いた。それは服越しであるのも関わらず、むき出しのままの腹を殴られたかのような鋭い衝撃が走った。

「ほら、何もこいつから落ちてこない。つまり、こいつは何も所持していないのだから、敵軍の軍人なんてことはありえない。だって、もしあんたが言うようにこいつが私を殺す気マンマンの敵兵なら手榴弾ないしは、ナイフぐらいは所持しているだろうし」

 と、なんにせよ、ようやく僕が敵ではないことに気付いてくれたようだ。やりかたは女子とは思えないほどに荒っぽいが。

「というかジョナス?あんたさ、わかっているわよね?あんたの捕まえてきたこいつが敵国兵士じゃなかった、まして一般人だとしたら」

 彼女の冷酷な声に、ジョナスという名前の大男は突然何かに気付いたようにその図体には似合わないほどがたがたと震えながら言った。

「はっ……そ、それは、ぐ、軍法である『庶民または何の害もなさない人間に対して軍人が手を出した場合即刻処刑』に引っかかりますので、軍法会議に、……お、おいて、し、死刑であります!」

 もはやその声にはさきほどまでの猛々しさなどかけらも無く、虎を前にした兎のような弱々しさが見て取れた。

 その冷淡な声は続く。

「それがわかっているのならまずそいつの紐を解いてやりなさい。そうしたら私とこいつの二人だけにして」

 その言葉には僕も含めて大男たちも驚いた。そんな皆の気持ちを代表してかジョナスが、言い返した。

「たとえ軍人ではないとはいえ、どこの誰とも分からないような輩とエイラ様を二人で残しておくなど」

「あんた、そんなこと言っている暇があったら少しでも槍働きで私の役に立ちなさい。さもないとさっさとここであんたの頭撃ち抜くわよ?」

「よし、おまえら、早急にこいつの縄を解いたら、我々も戦に出るぞ!」

 確かに自分の命がかかっているとはいえ、あまりにも彼らの意志が弱すぎる気がするのは僕の気のせいなのだろうか?どうやら話を聞いている限り、このジョナスを始めとした大男達は図体は無駄にでかいのだが、その肝玉はとんでもなく小さいようだ。

 そして、僕は多少の時間を有して大男たちに丁寧に紐を解いてもらい、拘束から解き放たれた。

 僕は、殴られたうなじのあたりが痛くて、そのあたりを擦っていると、先ほどの冷淡な声の主が、

「あんた、大丈夫?立てる?」

 そう、ややぶっきらぼうな口調で言った。僕はあの大男たちを従えるようなその声の主の顔を興味本位で見上げて絶句した。

 それは僕の予想を裏切る結果だった。 

 全ての物事を見据えるかのようなその鋭い目つきと琥珀色の美しい瞳。鼻梁は高すぎず低すぎず、日本人らしい高さで良く通っていて、肌は陶器のように白くてなめらかだった。

 また亜麻色の髪が腰辺りまで伸びていてそこに戦場の汗臭さや生臭さは一点も感じられなかった。

 そしてその身は、首襟を紺色のラシャ仕立てで拵え、両胸部には襞を設け、腰部のベルトからはレザーで小ぶりな軍刀を垂れ下ろしていた。

 またその美しい髪の上に、上等な布で織られたグレンガリー帽を被っていた。

「ねぇ、聞いてる?立てるかって言ってるの!」

 と、彼女はすでにご立腹な様子であったので、僕は意識を取り戻して、

「聞いているよ。聞いている。……ところで、いいのかい?僕は敵兵かもしれないのに、こんなにいとも簡単に開放しちゃって。もしかしたら君を今にも殺すかもよ?」

 僕はそうハッタリをかけてみた。この素性の分からない少女を純粋に試した。そして返答は、すぐに帰ってきた。

「へェ、じゃあ、私を殺してみなさい。もう私たち以外には誰もいないから、私が見破れなかった武器でもよし。あっ、素手に関してはお勧めしないわね。だって、私は」

 さも手をひらひらと振って余裕げに話す彼女を見て僕は、すぐに観念した。どうせ僕が何も出来ないことなんて見破られている。全てハッタリであることも、お見通しで、はるか上から僕のことをせせら笑っているのかと思うと、不快感で胸が詰まりそうになるので下手な芝居無しに真顔できいた。

「こうして、僕を生かすなんて何が目的さ?」

 別に死にたいわけではないが、それでも彼女の行動は奇妙すぎる。普通はあの大男たちの判断が正しい。

 すると彼女は、何を思ったかすごい力で僕の手を引っ張り、無理やり立たせて言った。

「私があんたにチャンスを与えたのは、あんたがここまで一人で私の軍の兵士の目をかいくぐってきたからよ」

 いや、別に僕は、あなたの兵士の目をかいくぐってここまできたんじゃなくて最初からあなたの兵士たちの背後にいたものですから。と言おうとして僕はやめた。なぜなら僕が言う前に彼女が、恐ろしいことを言ったからだった。

「だから、何が言いたいかって言うと、この戦いは、あんたのこと生かしてやっているんだから、あんたにはその頭脳を生かしてもらって私の軍の参謀をやってもらうわ。」

「え!?」

「もし、この戦いで負けたら、ジョナスの証拠隠滅のためにもあんたは即刻処刑ということで」

 僕はもう目の前が真っ暗だった。いきなり変な世界に来て、頭が混乱しているというのに今度は超絶美少女に、いきなり無茶苦茶な命令を押し付けられて、失敗したら処刑。

 「じゃあ、ジョナスとか呼ぶから、ちょっと待ってて」

 そう言って呆然とする僕を尻目に彼女は、伝令役と思われる小さな子供を呼び寄せて、ジョナス達を至急呼び戻すように、と命令して走らせていった。

 それから数分後、すぐにジョナス達大男組が、戻ってきた。彼らは僕のことを訝しげな目で見つつ、その場で座りだした。

 そうして彼女は全員がそこに集結したのを見て満足そうに頷くと、僕を引き寄せて大男たちの前に出させた。

「今日は彼が参謀だから、言うことを聞くように」

 もちろん、皆突然の彼女の言葉に驚きを隠せていなかった。ある者はあいた口がふさがらない。ジョナスに至っては、地面の雪に顔を突っ込んで、あぁ、冷たい。これは夢じゃないのか、と言っているような奴もいた。

 「僭越ながら。エイラ様、このどこから来たのかすらもわからないような浮浪者をこの大事な戦いの参謀に押し上げるとはどういったお考えなのでしょうか?お聞かせくださいませ」

 そう言ったのは一人の無精髭をはやしたいかにも、といったかんじの高官だった。

 もちろん彼の言うことは最もだと思う。他のジョナス一同大男軍団も頷いているし。かく言う僕もそう思うし。

 しかしエイラはその年上士官兵からの諫言に臆することなく堂々といった。

「もうなりふりなんて構っていられないのよ! すでにこの雪上に陣を敷いて交戦し始めてから一週間がたった。両軍ともに死傷者は多数。士気も下がっているの。そうして戦況が膠着したままだといずれ相手から和平を持ち込んできて、不平等な条約を結ばされてしまうのが関の山なんだから。だから、もうここで勝たなきゃ後はないのよ!」

 彼女の必死の説得に皆が黙り込んだ。それは僕も例外ではない。

 ただ彼女の熱意を見て、今日まで人間の軽薄さに触れ続けてばかりいた僕は、少し心を動かされた。

 ちょっとは味方してもいいな、と思った。だから言った。

「……わかった。今回限りだけなら、僕でよければ力を貸すよ」

 皆の視線が一挙に僕に集中する。それは砲撃が轟く戦地でも皆によく伝わったようだった。

「……本当に?」

「うん。まぁ、今回だけだけどね」

 僕は、そう言って肩ををすくめて見せた。

「うん。うん。ありがとね!じゃあ、とりあえず軽く自己紹介だけしてから、すぐに作戦の立案をお願い」

 僕はその笑顔に頷いて見せた後、一歩前に出て、顎をわずかに逸らし皆をきちんと視界の中に入れてから言った。

 「どうも。今日だけ、ですが、この軍隊の参謀を臨時で、やらせていただきます。三剣です。やるからには勝ちたいと思うのでいきなりですが、これからいくつかの質問を皆さんに答えてもらいたいのです。よろしいでしょうか?」

 皆、納得の行かない顔をしつつも、僕のその質問に首を縦に振った。

「じゃあ、一つ目なんですが、こちらの兵とあちらの兵、どちらのほうが多いですか?」

 ジョナスが答える。

「俺たちが大体二万四千ほど、相手方は大体三万六千といったところぐらいだ」

 僕はそう聞いて僕の中から正面衝突という選択肢は消えた。一.五倍といったらまだ聞こえはいいかもしれないがその差は約一万二千。あまりにも兵力差が大きすぎる。

 そこで次の質問に移った。

「じゃあ、二つ目です。今戦っている場所には何か地の利はありますか?」

「無いね。お前も見ただろうが今戦っている雪原は、起伏に乏しく、土地自体が開けている。だから伏兵戦もままならないし、罠もこの雪だからかなり仕掛けづらい」

 となると、一度撤退してから的を誘い込んでから、奇襲といった戦国時代の日本でよく見られる少数兵の軍のスタンダードな戦法は使えない、と。

「じゃあ、最後に敵軍とこちらの軍の武器に関してわかっている情報がありましたらください」

「それは事前に斥候を放っておいたから全て分かっている。敵軍は、超小型戦車、『天空』が七十基。天空は、単砲塔である口径が大体、指の第一関節ほどの大きさの機関砲と主砲同軸機銃が搭載されていて小型で偵察機としては優れているものの、内燃機関で動いているため、燃費は悪く、資源をたくさん所持している国でなくては戦場に投入することが出来ない戦車だ。まぁ、あれは先の戦争の使い古しみたいなもんだがな。で、歩兵銃に関しては、『光芒』という名前だそうだが、その実はこちらも古い。今時、単発式だからな。口径も小さいし、故障しやすいしな」

「ジョナスが何を言っているかさっぱり分からないんだけど」

 彼女は必死に話に入ろうとはしているものの、ちんぷんかんぷんといった様子だった。本当は説明してやってもいいが、今は時間が無いのでジョナスに続きを催促した。

「対して、俺たちの使用武器は、戦車は、『スカイ』。これは、全長八m、四十五口径三十七mm対戦車砲搭載の中戦車が四十八基だ。歩兵銃に関しては、『ステラ一〇九』、銃剣つきの口径二十七mmの装填数五発のものを使っている。そして最近導入されたわが軍オリジナルの兵器としては対戦車砲が挙げられる」

 彼はそう言って得意げにした。というかあの戦車T-三十四と全く同じ構造していたんだな。

「ところであの戦車にはコマンダーキューポラは付いていないの?」

「こまんだー?何だ?よく分からないのだが」

「コマンダーキューポラ。戦車長が外部の様子を確認するための視察口が付いてある司令塔のような機関部のことを言うんだ」

 これで、もしついていると言われるならば、そこを敵の機銃で狙い撃ちにされる恐れもあるので慎重に

いくよ言おうと思ったのだが、僕の気負いすぎで終わったようだった。

「ついていない。全部戦場を俯瞰して戦況を把握する通信部隊が発する電波を受信したレーダーで敵を補足しているからな」

「すごいハイテクだな…ごめん。説明を続けていいよ」

「まったく、変なところで話の腰を折りやがって。まぁいい、貴様に教えてやる。この対戦車砲のすごさをな。なんと、こいつは、人間が使用する武器で運搬可能であるにもかかわらず、敵の天空程度の豆戦車ならば破壊が可能なのだ。はっはっはっ。すごいだろう!」

 いや、豆戦車程度しか壊せないのかよ。それじゃ、僕達が住んでいた世界の置き換えれば水準は一九三九年のドイツ軍のポーランド侵攻時くらいじゃないか。といってやりたかったがどうせそんな話をしたって相手もわからずに、気分を損ねるだけなので俺は曖昧にすごい、すごいと言ってやってから、

「で、その対戦車砲は何門ほどあるの?」

 それが一番大事だった。というのも、もう頭の中で作戦はおおよそ組み立てられてはいたが、対戦車砲の数によってはまた組み直さなくてはいけない恐れがあるからだ。

「そうだな、大体、今の時点で四〇門くらいはあるかな」

 十分だった。戦車と対戦車砲の数を足せば敵豆戦車の数をはるかに超える。

「……よし、作戦は出来た。今からそれを話すから迅速に動いて欲しい」

「え、もう出来たの?」

 と、途中から机に身を投げだし、寝ていたエイラは体を起こしてそう聞いてきた。彼女の目には僕に対する期待と同時に疑問も見受けられたので、僕はそれを払拭するべく堂々と言った。

「うん、今質問のやり取りをしていて完璧かどうかは分からないけど、それでもちゃんとした作戦は出来たよ。多分これにしたがってくれれば普通に勝てると思う」

「へえ。言ってみなさいよ。ちゃんとジョナスのこの参謀様の言うことを聞きなさいよ」

 彼は頷いた。

「まず、はじめに全軍を一度後方まで引き戻して?その際に注意すべきは、対戦車砲部隊を殿にすること」

「何で?」

 エイラが尋ねる。何で彼女は僕よりも軍人歴が長いはずなのにわからないのだろう。

「いや、だから、そこから聞かれると困るんだけど、単刀直入に言えば、相手への牽制に成るからだよ」

 敵軍は自分たちの武器が僕たちよりも性能の低いものだと知っているから、自ずと戦い方は、戦車を前に出して道を切り開きながら兵隊を切り込ませる数量的戦い方になるはずである。だから、そこでいきなり全軍が撤退してその殿を対戦車砲部隊が引き受ければ、彼らは得体の知れない兵器に対して、後方に引かざるをえない。というより彼らも補給を行うために後ろへ下がるに違いない。

「で、その後はどうすればいいんだ?なるべう早く戦場で戦う部下たちに伝令したいから手短に頼む」

「わかった。その後は、というとまず軍の編成を変える」

「編成を変える?」

「うん。分かりやすく言えば、三層にする。前から一層目は、中央に戦車の通り道を開け、左右に横一列に展開した対戦車砲部隊、これで威嚇しながら戦線を押し上げる。そして、痺れを切らした敵戦車と味方対戦車砲部隊が交戦になったら、ここで二層目に配置する戦車部隊が縦一列に並んで敵部隊の中を突っ切るように動く。このとき重要なのはタイミングと砲塔の向き。タイミングに関しては誰かに祝砲を上げるように言っておいて、それで砲塔の向きなんだけど、一番前の戦車から一番最後の戦車まで一つ置きに横に向けておいてくれ」

 ジョナスは戸惑っていた。それはそうだろう。普通の人がいったら考えなしのようにしか思われないがもちろん僕には考えがある。

「いや、そんな難しく考えなくていい。ただとにかく一発でも相手の戦車に当てるために時間を短縮するんだよ。この戦いの主力はお互い戦車だから、先に戦車の無くなったほうが敗北する。相手が砲塔を動かしている隙にどんどんどんどん当てていく。それでもし敵戦車がこっちに気を取られたら、今度はどてっ腹を対戦車砲部隊が叩いてやればいい。それで、後は第3層の歩兵に関してはとりあえず、戦車の殲滅が終わるまでは、対戦車兵の近くにいて。もし、敵兵に攻撃でもされて誰か戦線離脱したら作戦が崩れちゃうから。とまぁ、これで以上だよ」

 これが今の戦況で考えられる最善の作戦だった。

「……貴様を信じよう。それほどの作戦を我らがレンテンマルク軍に提供してくれてありがとう。礼を言わせてもらう」

「わ、私は上官なんだから、お礼なんていわないんだからね?」

 別に元から期待していなかったので何の感慨も無かった。

「じゃあ、早速始めるぞ、皆!」

 そうジョナスの気合のこもった声に揺り動かされた同志たちは戦車に乗り込んだり、ジョナスに命令されて通信機で、戦場の味方に伝令を発しにいくものもいた。

 と、かくいうジョナスも戦車に乗り込み、エンジンをかけていた。彼はハッチを閉じる前に僕に言った。

「貴様、そこの通信機の使い方はあの伝令役でも教えてもらえ。あれで、俺と貴様は交信が出来るから、随時報告をするから指揮を頼む」

「わかった」

「じゃあ、最後に、明日は必ずやってくるガッディア・クシャーナ

「……ガ、ガッディア・クシャーナ?」

 僕がそう言うと彼は何も言わずに笑った。そうしてパタンとハッチをかちりと言う音がするまで閉めた。

 そうして戦車五基は戦場へと赴いていった。

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