交錯する思い
かなり修正しましたので原稿を書き換えました。
何かありましたら感想欄でお願いします
一面には、僕が昨日悪戦苦闘してきた背の高いあの植物が広がっている。
そして、その距離は僕が思っていたほどには長くなかった。
目測に過ぎないが、せいぜい平地で換算したら徒歩でも30分もかからないだろう。
昨日、あれだけの距離を攻略するのに、半日近くかかったんだもんなぁ。
まぁ、いまさら後悔したところで後の祭りだけどね。
それよりも僕が驚いたのは。
「……あれは海か」
もちろんこのリッツという国ももレンテンマルク同様海に囲まれた島国であるから、海があるということ自体は別におかしくないのだけれど。
いや、でもおかしいな。もし、ここがれっきとしたリッツの領土の一部ならここから海が見えていいわけがないはず。
僕は、その理由について考えを巡らせようとした。
ぐー。
……あぁ、そうだ。昨日から僕何も食べていないんだった。
そのせいで思考力が働かなかった。仕方ない、このことに関しては後で考えるようにしよう。
とりあえず、海以外で他に特筆するべき点がないだろうか……?
僕が立っている屋根以外にもう一つ、近い距離で隣接する一棟の家。
木造で屋根はところどころ錆が目立つチタン屋根のバラック小屋。かなりぼろかった。
「というか、こんな家あったんだな。全然気づかなかった」
別に気づこうと気づかなかろうとこちらの家を選んで正解だったということに変わりはないけど。
それにしても昨日の熾烈を極めた雷雨とは打って変わって今日はからっとした晴れ模様だな。
こういう暖かい日って今の僕が空腹だからってこともあるだろうけど、眠くなるんだよね。
もう、これ以上はなさそうだな……。僕は海を通過する帆船をゆったりと眺めながらそんなことを思った。
とりあえず、一通り調査も終えたし、あとちょっとここでゆっくりしてから帰りますか。
そうして、僕が屋根の上にごろりと寝転がった時だった。
遠くから声がした。
「おーい、ヤクモ殿! どこにいるのですか? いたら返事してくださーい!」
それは僕が昨日死にものぐるいで通った間道だった。しかもこのザクザクとかき分ける音は1人のものではない。
このどこか落ち着きのある声はどこかで聞き覚えがあるのだが如何せん名前が思い出せなかった。
ただ僕のことを呼んでくれているので返事をしないのも悪いと思い、
「はーい、僕はここにいますよー」
と、なんとも間抜けな返し方をしてしまった。
「おー、ヤクモ殿、おられましたか! おい、皆、こっちだ、こっちの奥にいるみたいだ!」
ガサガサと言う音もよりいっそう大きくなり、その姿も見えないことも相まって一種ホラーみたいだった。
茂みから10人ほどの一団が出てきた。そして、その先頭には恰幅のいい男が一人。
「いや、本当によかった。ヤクモ殿が遭難でもしたら、このプロタゴラスは王に顔向けできませんよ……」
あっ、そうだ。プロタゴラスだった。覚えにくい名前だなぁ……。
彼は、銃を背負った海兵隊員を待たせた後、僕が屋根に立てかけた梯子を登ってきた。
「風が気持ちいいですね。ヤクモ様。あなたが眠くなるのもわかりますよ」
彼は、僕の隣に危なっかしい歩調で歩み寄ってくると座り込んで、そう言った
「……なんか、気持ち悪いですよ」
昨日会ったばかりなのに、この馴れ馴れしさはなかなか僕からすれば許しがたいものがある。
まぁ、僕もエイラに対してすごく馴れ馴れしいのかもしれないけどさ。それはそれ、これはこれだ。
「ははは。ヤクモ殿。これは手厳しい」
しかし僕の発言に全く気にすることなく、腹を摩りながら優しく笑った。
「ヤクモ殿はもちろん、ここを戦場にするのでしょう?ゲームの」
ひとしきり、笑ってから彼は一転真剣な顔になってそう言った。
一陣の風が僕たちの間を通り抜ける。
「……えぇ、まぁ。そのつもりですけど」
何か問題でもあるのだろうか? 家屋こそあるけれど別に無人だし、荒れ果てた人から忘れられたような土地だ。
そうそう迷惑をかけるようなこともないだろう。
それに、ここ以外、ここ以上に戦地として適した場所はない気がする。
あの長い植物は色々と使えそうだ。
「別に、悪くなどありません。もとより、私がここに来たのは私は、王より、あなたが指定する戦地の整備を命じられたからです」
そう言うと、彼は立ち上がって、
「ついてきてください」
梯子を慎重にカンカンと降りて行った。
着いてきてくださいって、ここのことわかっているのか? この迷路のような湿地帯のことを。
「何、ぼーっとしているんですか? ヤクモ殿 ほら、時間も無限ではないのです。 早く参りましょう」
「あっ……はい」
とりあえず、着いて行ってみることにするか。僕は、そう思って立ち上がった時だった。
ぐー。
お腹の音が盛大に鳴った。もちろん、それは下にいる人にも聞こえた。
…………。
「……すいません。その前に何か食べるもの持っていませんか?」
王宮の執務室で、王は公務である書類整理を終わらせ、休憩を入れていた。
棚から液体状のジューングライトを燃料として使用とした愛用のライターを取って、パチンと蓋を開けると口にくわえた葉巻に火をつけ、紫煙を燻らせた。
夕方。窓から差し込む西日は優しい杏子色だった。
遠くから、工場の機械が出す物騒がしい音がする。
「……また、戦争が始まるのか」
工場は、兵器を作る。戦争が始まれば、その兵器をレンテンマルクが使用し、殺し合う。
それはとても皮肉な話だ。人が作ったもので人を殺す。
「私が、王になっても戦争は終わらなかった。それはいけない。同志の死を冒涜することだけはあってはならないのだ」
王は壁をガツッと殴りつけた。
その時、執務室の扉がノックされた。
それで現実に引き戻されたように扉を睨み付けた。
「全く誰だ……。まぁ、いい。入れ」
ギギギと開いた扉から、顔を見せたのは
「すいません。公務中申し訳ございません。王様」
「何だ。どうした、プロタゴラス」
海軍長官プロタゴラスだった。特徴的な恰幅のいいお腹をさすりながら
「王様、少し、ここに腰を掛けてもよろしいでしょうか? ここまで急いできたので少し疲れてしまいまして」
そう言った彼は汗をだらだら垂らしていた。息もどことなく荒い。
それも無理はなかった。駅を降りてから王宮までの道は舗装されていないことに加え蛇行が激しいため、馬車が使えず、歩くしかないからだ。
しかし、王は逆に彼がそうまでして急いで駆け込んこんできたという事実に、彼が自分に報告しようとしている懸案の重大性を嗅ぎ取った。
「……わかった。汗で床を汚されるのも困るしな。座れ」
「はっ、ありがとうございます」
一礼すると、プロタゴラスは、ドスンと長椅子に腰かけた。
それを見計らって王もはす向かいの長椅子に煙草を吸ったまま座った。
煙を吐き出して、言う。
「あれだろ。お前が持ってきたのはゲームのことだろ?」
ふーっと、息を吐き、顔を手でパタパタと仰いでいたプロタゴラスは、ぎょっとした様子で王を見た。
「どうしてわかったのですか?王」
「そりゃ、わかるさ。いつもゆったりと構えていて、民衆が工場の事故で大量に死んだ時も涼しい顔をしていたお前がそんな汗ダラダラ垂らして駆け込んできたんだ。ゲームが進展したくらいしかないだろうに」
すると彼は、温厚な表情から一転邪悪な笑みを見せ
「ハハ。その通り。ご名答でございます。王。ヤクモレンテンマルク参謀長が、戦地視察にアストロラーベ湿原に単身入ったのです」
その言葉に王は驚いた。
「何! どうして、アストロラーベ湿原が……」
「わかりません。先ほど、一人でやって来て、山の向こうに行くと言いだしてトロッコを見つけるや否や、行かせろとうるさく、行かせた所存であります」
「そうか……」
王は難しい顔になった。王としてはアストロラーベ湿原を知られたことでさえ想定外であり、そこに立ち入るのなんて以ての外だった。
とはいえ、ルールで制限はかけていないのでプロタゴラスを責めるわけにもいかない。
「どうしようかな……」
新しく一本口に煙草を加えると、火をつけた。
「あっ、すいません。一本いただけるでしょうか?」
王は一瞥くれた後、煙草を一本机に置いた。それをプロタゴラスは恭しく受け取ると、口に加え制服の胸ポケットからライターを取り出して火をつけた。
一度煙を大きく吐くと、プロタゴラスは前にかがみ、王に少し顔を近づけてから
「……王は、10年前にとらわれ過ぎだと思いますがね。私は」
「何を言う。10年前はすべてあそこから始まったのだ。我々が首相を殺害し、王を殺害し全てを掌握出来たのはあそこから始まるのだぞ。それを異国人の若造に踏ませるなどあってはならんことだ」
「王。、奴がどのようにして存在を知ったかは謎ですが少なからずあそこを戦地に選ぶのは確かです。そして、我々にそれを拒否する権利はない。ならば、もうあそこで事を運べるように手配すべきだ」
その諫言に王は、顔をしかめつつ、
「ぐぬぬ……、でも確かに、お前の言っていることにも一理ある」
「王、悩まれる必要はありません。私に命令さえしてくれればそれでいいのです。10年前より、私はあなたの部下としてともに歩んできた。その私をここは、信用していただきたい」
煙草を灰皿に押し付けると、王は
「……お前に何ができる?」
鋭い眼光を放つ王を真っ向から見たプロタゴラスは全く動じることなく、静かに
「……王の望みを叶えて差し上げます。そのためには、私にこの一件をすべて任せていただきたい」
王とプロタゴラスは視線をかち合わせた。長いことたって後、王は頭をかきながら口を開いた。
「初めて会った時も、お前は、そうしてこの膨れたお腹にはあなたへの忠誠心で詰まっているのです、と言ったな?」
「これはこれは。良く覚えておりましたな」
苦笑するプロタゴラスに王は
「覚えているさ。あれを忘れるほど私だって耄碌したわけじゃない。で、冗談はこれくらいにして、この件に関してお前に現場総指揮を頼みたい。段取りに関しては今から私の指示する通りに事を運んでくれ。猶予は三日だ」
それから王は紙を持ち出すとさらさらと書きつけはじめた。
そして、いくばくかして紙の隅々まで間違いないか確認してから
「じゃあ、これで頼む」
紙を渡した。プロタゴラスは、それを一読すると
「了解しました」
とだけ言い残して部屋を出て行った。
とりあえず、決まってよかったな。
僕は、夜、列車に揺られながらそんなことを思った。
あれから、プロタゴラスさんは親切にも様々な場所を教えてくれた。
そこには、僕にも気づけなかったものもたくさんあって、本当に心強く感じた。
地面から少しだけ顔を出した逆茂木の跡とか、何で、知っているんだ、と疑問に思ったりもしたが現地の人であるし、海軍省管轄の土地を海軍の長官が把握していないわけがないもんな。
『次は旧宮殿前、旧宮殿前。終点でございますのでお降りになる方は忘れ物のございませんようにお願いします』
もう着く。そこで僕はアーブに会って話をつける。
列車が駅に着くと僕は、降りて駆け足で向かった。肌に触れる夜風は涼しいのに対し、僕の脚は重い。
ご飯はたくさん食べたがやたら眠いのだ。列車の中で何度もうたた寝をしてはどこかに頭をぶつけて目を覚ますことを何度も繰り返していたほどだ。
そういうわけで、僕はちんたらと走っていた。
門を抜けると僕はいつものごとく噴水の縁で寂しそうに体座りをしているアーブの姿を視界にとらえた。
「ごめんよ、アーブ」
もう夜も遅いのであまり大きな声は出せないがそれでもちゃんと声が届くように出来る限り抑えながら叫んだ。
彼女は、声のした方に顔を向けて僕と目が合うや否や
「お兄ちゃん!」
ぴょんと地面に降りたって走って僕の前までやってきた。
「待っててくれたならごめんね。遅くなっちゃって」
「別にいいの。ちゃんと約束破らないでいてくれただけでも嬉しいもの」
立っているのもあれだから座るか。僕は座ろうとアーブに言って一緒に縁に腰かけた。
「とりあえず話を始めようか」
単刀直入にそう話を切り出すと彼女は頷き、それから切々と話を始めた。
彼女はゲームの概要から入ってずっと僕にどう戦うつもりなのか、だとか、なぜアストロラーベ湿原を選んだのかと言うような質問をしてきて僕は常にそれに答えるばかりであった。彼女は一向に僕肝心な、どうして僕たちが殺されるのかということを話してはくれなかった。
そしてその話に入ったのはかなり後になってからだった。
「あいつはお兄ちゃんたちを殺そうとしているの。だってあいつは王になっても戦争反対の理念は変わっていないから」
僕は息をのんだ。その話は出来れば信じたくないものだったが、かなり筋が通っているのだ。
というのも、まずアーブの話から、もし彼が本当に戦争反対のスタンスで困窮にあえぐ民衆に持ち上げられてクーデターを起こし、王になったのだとしら、まず快く戦争に協力してほしいというこちらの申し出に素直に頷くのはずがなく、何か裏があるとしか思えない。
つい最近まで外交の窓口は平和信奉主義者であったアイザックであり、彼と非常に友好的関係を結んでいたことがその話にさらに信憑性を加えている。
それにウェルゾフの闖入を勝手に許したこともどうも怪しい。
でも、それはあくまで怪しいという推測にすぎないこともまた確かなのであって。難しいところだ、と思った。
「ゲームは、リッツの地に伝わるものでね。かなり伝統があるんだ。だからそうそう簡単に行われるようなものじゃないの」
彼女は静かに僕にそう告げた。
「……あの男は、平和を勝ち取るためならば、どんな手も辞さない狂信的な男。その上、頭も回る。何かしらうまい方法で、2人を殺すに違いないわ」
あの温厚で知的そうな人が僕らを殺す、か……。
筋は通っているんだけどな。にわかには信じがたいよな。
「お兄ちゃん、迷っていたら殺されるだけだよ? この世界はそういうところなんだから」
僕は、はっと彼女の顔を見た。その目は据わっていて、表情は冷酷であった。
「だから殺して。そして地獄送りにしないと。もし、これで、お兄ちゃんまでもあいつに殺されたら私はもう……」
どうしちゃったんだ。アーブ。君は始めて僕達が会ったときとはまるで様子が違う。
つまらない、今までだったら誰も聞いてくれやしなかったハリネズミの話を興味深そうに聞いてくれた君は、妄信的に人を殺せなんて言わなかった。
「……君は、どうしちゃったんだ」
僕はポツリとつぶやいた。もちろんそれは風に溶けて消えてしまうほど小さなものだったので彼女には伝わらなかった。
「本当の君はどっちなんだ。僕の話を楽しそうに聞いてくれた方か、それととも……今の殺人鬼のような君なのか」
今度はよく聞こえるようにそう言ってやった。
彼女は突然の僕が大きく出たものだから一瞬吃驚したような顔をしたが少し逡巡したような表情を見せるとゆっくりと口を開いた。
「さぁ、どっちだと思う?お兄ちゃんは」
彼女は悲しげに笑みをたたえた。僕は、間髪入れずに返した。
「初めて会った日の君だよ。本当の君は優しくて、殺せなんて、そんな怖い顔で言ったりしないんだ」
僕の震える手は彼女の肌を触ろうと中空を彷徨い、そして、あと少しのところで彼女に払われた。それはとても強い拒絶だった。
「……何も知らないくせに。何も知らないくせに」
彼女は激しく怒っていた。僕は、突然の形相に恐れ慄いた。
「私の苦しみも知らないくせに、勝手なこと言わないでよ! 本当の私は、お兄ちゃんなんかにはわかるわけないもん!」
彼女は目に涙をためていた。それは一瞬のことだった。なぜならすぐに引っ込ませてから彼女は怒りのやり場を僕の目の前から逃走することにおいたからだ。
「お兄ちゃんなんか大っ嫌い!」
辛辣なまでに僕の心を深く傷つけた。それだけ言い残すともう何も聞きたくないというように走り去っていってしまった。
僕の心はぽっかり空いたようだった。待って、ということもできなかった。
あぁ、僕は彼女にあそこでわかった、じゃあ王を殺します、と言えばよかったのかな。
もし僕が彼女の友達で参謀なんてやっていなかったら結果は変わっていたんだ。 僕は歯がゆかった。王を殺すだなんて、何の証拠もなしにそんなことをやったら、国際問題に発展し、最悪の場合、同盟国が敵対国に回る可能性もある。そんなことは軍人として政治家としては許されないことだ。
でも、彼女を泣かせてしまうなんてもっと言い方があったかも知れない。
確かに僕は、彼女のことなんか全然知らないのについ希望的観測でものを言ってしまったんだ。最低だ。
ふらふらと扉を開けて中に入り、自分の部屋へと向かった。
一日ぶりのベッドはよく眠ることが出来た。ふかふかして気持ちよくてシーツを体に巻きつかせ何重にも体に巻きつけて眠った。
それから僕は、必要なときに部屋を出る以外は部屋にこもった。他の人の呼び出しで、部屋を出たのは4日後の決戦当日、兵士に部屋を出るよう言われてからだった。




