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翌朝

物語の進行は相変わらず、遅いです

――10年前。 リッツが王国だった頃。


「王様、同盟国であるレンテンマルク王国が、降伏いたしました!」

 1人の官人が、息せき切らしながら、王にそう申し上げた。

「何、それは、まことか!」

 王に限らず、同席していた陸軍大将をはじめとした軍司令部もこれには動揺を隠せなかった。

 何しろ、この官人が急ぎ駆け込んできたとき、ちょうど王はただ今劣勢である戦況をどのように立て直すかについて軍のトップを集めて軍議を開いていたからだ。

 しかも何も打開策が上がらず、全員が焦っていたところだった。

 それがレンテンマルク降伏という伝達により、劣勢を推し進める結果となったからだ。

 これには常に冷静沈着で聡明であると名高いリッツ王国の王とて声を荒げずにはいられなかった。

「はい、本日未明――天授連邦の軍が、全世界に向けて発信した電波を私の部下が受信して判明しました」

 これに反応したのは、王と臨席していた侍従長だった。

「その前に貴様、その名前に、王に自分で何者であるかを申せ」

 意外な所からの横槍に彼は少しばかり戸惑いつつ、

「申し訳ありません。これは無礼なまねを。私はリッツ王国情報局長のスルタンと申します」

 情報局長とは、軍令部における、交戦する勢力の軍勢をはじめとした情報を斥候を送って入手し、戦争に役立てることがメインの戦争にとって必要不可欠な部の長である。

 しかし、この時誰一人としてこの場に居合わせた者たちが彼を知らなかったのは、当時リッツでは情報司令部は、戦地に赴くことはせず、本国で、情報をキャッチしているだけの腰抜けどもの群れという認識が強かったため、重要だとは考えられてなく、認知度も低かったからだ。

 余談として他にも、男尊女卑と言う風潮も相まってか、陸軍士官学校を卒業した女性のみがなれた衛生部も同じように低く見られていた。

「なるほど。これはすまない。スルタン殿。私の侍従が失礼なことを」

「いえいえ、いきなり私が何も名乗らずにこの国が負けたといえば、誰でもそれをすぐには受容出来ない当然のことです」

 と、情報局長、もとい情報部を元からあまりよく思っていないうちの一人、陸軍大将が激昂した。

「貴様! 今、我が国が、負けたと言ったな?」

 机がバンと強く叩かれる。空気は凍りついた。

 その威厳は、普通ならば誰もが恐れ慄きそうだったが彼は、すまし顔で対応した。

「えぇ、申しましたが、何か?」

「何かだとぉ……。貴様、まだ我が国が負けたとは決まってはいないだろうが! それなのに、貴様は負けだと決めつけおって。これだから情報部の軟弱者は箸にも棒にもかからないのだ!」

 他の者は皆黙ってそれを聞いていた。いや、聞いていた、というより聞かざるを得なかったという表現が正しい。

「……お言葉ですが、陸軍大将殿。貴殿は今、私のことを軟弱者と言われましたが、それならば私からすれば、あなたは戦争馬鹿、戦争脳だ」

 その物言いは、落ち着いていたが言葉にはとかく棘があった。

「戦争脳だと……? 馬鹿にしているのか、こらぁ!」

 そうして彼は、自分の座席を蹴り飛ばすと、突っ立ているスルタンに飛びかかり、彼の顔を殴り飛ばした。

「やめろ。王の面前で良い年をした大人が醜く喧嘩をするんじゃない」

 そこで、口を開いたのはまたしても侍従長だった。

 それは静謐にして、熱くなっていた空気を切り裂き、迸っていた陸軍大将の激情を沈めるのに一役買った。

 侍従長は、王のご意見番として経験豊かな老人が務めており、その位は王の側近として、軍部よりも高く見られているからこそ、できたことだった。

 それに、陸軍大将は、忠誠心に関しては王国で最も高いと自他ともに認めているために、その正鵠を射た発言に彼は、申し訳ないと言うと席に戻らざるを得なくなり、元の場所に戻った。

「大丈夫かスルタン殿」

 見計らって王はそう声をかけた。

「えぇ、心労をかけて申し訳ありません。王」

 彼は、服を正し立ち上がってから、王に向かって

「王、不遜ながら進言させていただくことをお許し願えないでしょうか?」

「許す」

 それを聞いて彼は、恭しくお辞儀をすると

「はっ、ありがとうございます。ただ今私が、この愛すべきリッツ王国が負けたと述べたのは、レンテンマルク王国が降伏したという事実を客観的に考察したことによるものであります」

 それから彼は、レンテンマルクが占領されたことで、敵国の攻撃のための中継地ができ、長期的な戦争が可能になってしまったこと。

 天授連邦以外は、全て、我が国に休戦協定を申し込んでいるものの、天授連邦だけは血気盛んであり、我々を打ち負かしジューングライト鉱石の利益を享受しようとしていること。

 そして、他国もその利益に一枚噛むために、天授連邦に資金援助から兵士の貸与まで援護射撃をするだろうという予測を提示した。

「天授連邦以外の国と休戦協定を結び、天授連邦と戦うことはできないのですか?」

 そう言ったのは、陸軍大将とは対照的に温厚で、頭脳明晰な海軍大将だった。彼は、侍従長に並ぶ老獪でありながら、若い者にも敬語を使う礼儀正しさで知られた高潔の士だった。

 そして、その発言は実に的を得ている。というのも、レンテンマルクを除いた全ての国と戦うのなら、確かに、スルタンの言うとおりリッツが負けてしまうのは自明の理だが、天授連邦一国ならまだ防衛戦であるがゆえに勝利こそ、なくてもかなり善戦できるはずだからだ。

 しかし、スルタンは、首を横に振ると

「我々が受信した電波の中には、休戦協定を結ぶ際に我々が呑まなくてはならない条件が明示されていました」

「条件とは?」

「我々が、所有している、ヴィルヘルムの割譲および鉱石をはじめとした利益の半分を毎年、賠償金代わりに納めること」

 誰もが息を呑んだ。

 自分たちが今、人間が立つ究極の瀬戸際に立たされていることに気づいたからだ。

 そして、同時に情報局長が、この電報を受けたとき、どれほど苦しみ、そしてまだまだ戦おうという意思にまみれた王や軍の人間に報告するとき、どれほどの覚悟が必要だったかは、想像するに難くなかった。

 ゆえに、陸軍大将は

「……先ほどは、貴殿のことを殴って申し訳なかった。貴殿の方が私よりももっと憤慨していたはずなのに、私は……」

「大丈夫です。私も、愛国心溢れるあなたに向かって物言いがきつすぎた気がした。1人の大人して大変恥ずかしい」

 愛国心が強いのは、ここにいるすべてのものがそうであることは確かだった。

 だから、スルタンは強い口調で続けて言った。

「王。我々には、もうすべてを相手取った戦争をするしかないのです。もし、我々が及び腰で敵と休戦協定を結んだらそれが最後。誇るべきリッツ王国国民の顔に泥を塗るばかりか、彼らの生活をこの手で奪うことになり、王政も崩壊します」

 戦時中のリッツ王国は、今でもそうだがヴィルヘルムから産出される鉱石をすべて使って、兵器を作り、それをレンテンマルクとの交易の材料にして莫大な利益を享受し、財政を潤わせていたが、もしここで休戦協定を結べば資源が半分なくなり、備蓄も全くないことから単純計算で、収入が半分になる。

 その時点で赤字は決定的で、しかもその借金はどんどん拡大していくので、他国からの借款、自国民に対する国債の発行に頼らざるを得なくなりやがて嵩んだ借金は財政を崩壊へとたどらせていく。

 そしてその悪循環にいつしか耐えられなくなった国民が革命を起こすのは誰の目にも見えていた。

 しかも、ここまでは、まだ休戦協定を結んだ後に予想できる未来を最小限度の被害で捕らえたものだ。

 というのは、最悪もし、敵の手に大量のジューングライトが渡った場合、おのおのが勝手に兵器を作り、また研究し、自国で生産できるようにしたら、リッツが貿易をする相手を見失い、歳入がゼロになる恐れもあった。

 そこまで考えて、スルタンは、つもりに積もった想像が、どんどん自国の未来を暗くしていることに耐えられなくなり、考えるのをやめた。

 そして、言う。

「我々は、最後まで初志貫徹、一致団結して、戦わなくてはいけません。そうでなくては我々に未来は、なくなりこれからここで生を受ける子供たちに永劫の不幸を背負わせることになるのです」

「私も、賛成ですぞ。王」

 まず、いの一番彼に共鳴したのは侍従長だった。

「彼の言っていることは非常に論理的だ。例え勝つか勝たないかはわからなくても、もう我々には武器を持って、1人でも多く、殺すことしか道はないのです」

 そして、残りの二人も侍従長の強い言葉に押されてかすぐに

「「我々も戦います」」

 そう言った。

 王は、それで、腹をくくった。

「貴様ら、本当に良いのか、全てを失うのかもしれないのだぞ。今戦えば」

 それに答えたのは陸軍大将だった。

「王。我々軍人は何も人を殺すことだけが仕事ではないのです。我々一同、戦うことの本当の意味は、自分がいなくなってでも、この世界に残しておかなくては、そう思える大事なもののために何もかも投げ打つことだと心得ているつもりです」

 もちろん、戦って自分以外の他の同種を殺すことほど醜いことはない。しかもそれは生物が行う共食いとは違う全く別次元の感情によってのみ成立した行為だ。

 だが、だからこそ、それは人間を人間たらしめるものの1つであり、それは人間に課された永劫の義務なのである。

 もちろん戦った先にあるのは、結果と喪失感だけだ。でも、それも義務なのだ。

 だからこそ、何かを守る、そういう聖人のような美しい目標で、取り組んでいかなければならない軍人の哀れさに、王はひそかに同情した。

 そして、コホンと咳払いして、辺りを見回してから

「それでは、我々は、最後の1兵となるまで、個々人が各々命の燃料1滴まで燃え尽きるまで、国のため国民のために尽くさんことを私はここに誓おう! よいか諸君?」

 全員が、それに万歳と唱えて呼応する形となった。それは、何度も続いた。



 僕は、窓から差し込む日光が目を差し、それで目を覚ました。

 もう明るいな……。

 体を起こすと、節々が痛んだ。何もしかずに床で寝たことをかなり後悔した。

 そして、昨日の夜から何も食べていないことに気づき、道理で、足取りもふらふらしているし、体もだるいわけだ、と思った。

 そういえば、昨日の夜と言えば、僕はアベルスピィ、もといアーブとずっと話してたんだよな。

 とりあえず、今日の夜、あの古ぼけた屋敷の噴水に来いと言うことらしいけど実際ここを調査し終わらないと何とも言えないところだな。

 窓から外の景色を見ると、昨日とは打って変わってくらっとした晴天だった。

 生憎、時計がないからなんとも言えないところだけれども、日が高く上っていることから今がお昼ぐらいであることは容易に想像できた。

 とりあえず、何か食べるものはないかな……? 何でもいいから口にしないと体が持ちそうにない。

 僕はそうして、部屋の中を探し回っていると、途中で部屋の奥の壁で、少しだけ、周りの壁よりも突き出している部分が存在することに気づいた。

 何か、ここにありそうだな……。食べ物でありますように。

 僕はそう切に願いながら、壁と壁との間の部分の隙間に爪をひっかけ、持てる力を込めて、開けた。

 それは最初ゆっくりと動いたが、次第に開きが大きくなってくると容易に、動くようになり、最後は、綺麗に開いた。

 そうして中から出てきたのは。

「何が出るかな……って、うわぁ、骸骨!」

 コロンと頭骨が、転がり落ちて、自分の足元に、落ち着いた。

 僕は、慌てて距離を取ったが、別段それがどうと言う気配もなく、次第に自分がお腹を空かせていることを思い出して、捜索を再開した。

 僕が開けた部分を覗き込むと、それはそれなりに奥行きのある収納スペースのようになっていて、骸骨以外には、梯子が入っていた。

 それは、かなり埃をかぶっていて、取り出すのはおろか、触ることすらもためらわれたが、これを使えば、屋根の上に登れそうだ、と思い、手が汚れることを諦めて、梯子を取り出した。

 それ以上はこの家の中からは見つからなかった。

 僕はあきらめて、家を出ると、その梯子を家の横に立てかけた。高さはちょうど良かった。

 ぐらぐらとする足場の恐怖に我慢しながら僕は屋根の上に上ると、僕の予想通り、このアストロラーベ湿原の全貌が明らかになった。

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