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求婚

新キャラ登場

この物語のキーとなる人物なので頭に入れていただけると幸いです。

「この愚図ののろまが。お前なんか帰ってくんなよ。顔も見たくねぇんだよ!」

「三剣君って、本ばっかり読んでていて、根暗だし、何か気持ち悪いよね。ああいうのは、いないほうがいいかもね」

 同級生の声。

「八雲! どうして、こんな簡単な問題も解けないんだ! そんなんじゃ、お前のどこの大学にも、受からないぞ! 大体だな、お前は日ごろから見ていて、協調性もないし……」

 父さんの声。

「どうして、いつも黙ってばっかりなのよ! このダメ息子! あんたなんかもうどっか行っちゃいなさいよ!」

 母さんの声。

 僕は、少なくとも、元いた世界でいらない奴だった。誰も、僕の本質を見てくれようとはしなかった。

 皆の話についていくために流行のドラマも見たし、おしゃれとされる服も買って着てみたりもしたし、鏡に向かって笑顔を作って、色々と思いつくままに話してみたりもした。

 そうしたら、自分で言うのもなんだけど、僕自身あまり、中身は暗いやつじゃないってことがわかった。

 鏡に向かって話していくうちに、饒舌になっていく。とても楽しかった。

 でも、いざ、学校に行って他の生徒の顔を見ると、その舌は、口は、全く役に立たなくなった。動いてくれなかった。

 机に突っ伏し、本を読むだけ。そのうち僕を都合よく利用しようとしてくる奴が、俺たち友達だろ?と、言って近寄ってくる。

 そして、やれ、パンを買ってこい、だ、掃除代わりに頼む、だ、といいように、僕をこき使ってくるわけだ。

 これじゃ、女の子も情けないと思うのは当然だろう。

 こうして、僕は社会不適合者の烙印を押されていくわけだ。少なくとも元の世界では。

「帰ってこいよ。八雲!」

 それは、元親友の声。今はどこに言ってしまった男。

 僕の中の萌芽を見出して、すくすくと育ててくれた世界で一番格好良かったそいつは優しい笑顔を浮かべてそう言った。

 僕の帰りを待ってくれている奴もいる。僕は、この世界で一生とどまるべきか、それとも、元の世界に帰るべきか。

「……て。……きて。……ボー!」

「……やく、……さいよ!」

 と、突然僕の体は激しく何者かによって揺さぶられ、僕を包んでた白くて気持ちのいい世界は砕けようとしていた。

 誰だよ? やめろよ。まだ、僕は何も考えられていないんだから。時間も少ないんだから。

 そう叫んでも、それは声にならない。虚空へとはじける水泡のように脆く崩れ去っていく。

 

 ――サンボ―、サンボ―、サンボ―、サンボー…………。


 ――早く、起きなさいよ。馬鹿、馬鹿、バカ、バカ、ばか、ばか……。


 僕をこんな特徴的な呼び方で呼ぶ奴には覚えがあるぞ。

 そうか、もう目覚めなきゃいけないのか。あの血生臭さしかしない現実に。

 そして、純白の壁は、どんどん崩落していき、暗くなっていく。それに従って僕の体も色素が薄くなっていく。

 そんな中でただ祈った。

 戦争が起きるのは仕方ない。これからも、僕がここにいる限り、エイラが満足するまで何万の人間が死ぬような戦争が起きるだろう。

 あのいつぞやの海戦の様な悲惨な戦いが繰り広げられるだろう。

 でも、それでも、僕たち4人は、いつまでも笑い合っていられますように。誰も死にませんように。誰も、絶望し、悲嘆し、狂いませんように。

 じゃないと、世界の終わりが、始まってしまうだろうから。


 そして、僕は、喧騒が耳をつんざく中、ゆっくりと、自然に身を任せながら、ゆっくりと、瞼を開いた。

 誰かいる。僕の顔を覗き込んでいる奴ら。これは二人だ。

「あっ、意識が戻った!」

「あっ、本当だ」

「わーいわーい。良かった。本当に良かった。サンボ―!」

 セラは、涙目になりながら、突然横たわっている僕の体を無理に起こすと優しく抱きしめてくれた。

「ちょ、ちょっと」

 僕はそう恥ずかしさで戸惑いながらも、彼女の体の暖かさがとても心地よかったのですぐに口を閉ざして、無駄なことを考えるのをやめた。

 人肌のぬくもり。こうやって抱きしめられたことって物心ついたときからだったら、覚えている限り、一度もなかった気がする。

 腕に着いた砂も、なめらかで張りのある肌の感触も、ポワンポワンと、優しく僕の顔を包んでくれるそのたわわな胸も……、まぁ、最後のは、余計だったかもしれないけど、どちらにしても、ずっとこうしていたいな、と思ったことに変わりはなかった。

「あ、あ、あ、あんたら、あたしの前では、破廉恥な行為は許さないわよ!」

 と、真っ赤な顔で、僕たちに指を指すエイラ。

 どうも、あの馬の時も、胸を揉んでしまった時もそうだけど彼女はそういう方向に対して耐性がなさすぎるように思えるのは僕の気のせいなのだろうか。

 そして、そんなエイラに対し、セラは僕の頭をぎゅっと何かから守るように強く抱きしめた。つまり僕の顔は、彼女の胸にうずもれた。

 これが男のロマンだとはどこかで、聞いたことがあったが、まさかこんなところで実現しようとは夢にも思わなかった。ちなみに、感想はポニュポニュしているけど息苦しいというところだ。

「あのね、エイラちゃん。ちょっと、こういう感動的なところでそういうこと言うのは、私無粋だと思うけどなー」

 ちょっと、口調が怒り気味になっていた、顔こそ見えないけど頬を膨らませていることは容易に想像がつく。

「な、なによ。セラ。あんたがこんなところで、私に言い返してくるなんて、どういう風の吹き回しよ」

「別に。エイラちゃんは難しく考えすぎなんだよ。エイラちゃんだって、私と一緒に心配していたんだから、そんな風に気取らなくてもいいじゃん」

「べ、別に心配してなんかいないわよ。こいつのことなんかでね!」

 ちょっと、ひどくないか、その言い草。というか、息苦しいんですけど。顔を離させていただけないでしょうか。

「またまた、エイラちゃーん。そんな強がっちゃって。ほらほらー。むぎゅー」

 ようやく解放された。はぁはぁ、息が止まるかと思った。

 セラは、エイラを僕と同じように抱きしめて頬を彼女の頬に擦り付けていた。対するエイラは嫌そうだったが、表立って抵抗はしていなかった。

 地平線上に沈みかかった西日は茜色に空を染め上げ、一流の絵画のように少しずつ色を薄めていきながらちぎれ雲とともに、天を鮮やかに色付けしていた。

 海ともベストマッチだった。ぼんやりと波に揺れながら影が形作られていた。海鳥もぽつぽつと夕陽に向かって、航行を続けていた。

 切なくなるような夕方だった。

 ふと、こんな夕焼けがまたこのメンバーで見られるのかな、と思ったがすぐに頭を振って考えるのをやめた。

 そう信じるしかないのだ。それが、唯一の解決策。他は苦悩が増えるだけだ。

「……そういえば、どうして、ぼくは助かったんだろう?」

 いまさらながら、ふと、そんなことを口にした。別に誰に聞いたわけでもない、単なる独り言に過ぎないのだが。

「男の人が助けてくれたんだよ」

「え?」

 僕はセラを見た。彼女はもうエイラから手を離し、立ち上がっていた。時折くる風に髪を揺らしながらその目はただ夕陽を見ていた。

 とても、寂しい目だった。彼女も、僕と同様、何かを抱えているのかもしれないし、ただ単純に楽しい時間が終わってしまったことを悲しんでいるかもしれない。

 どちらにしても、今はそれを聞くときじゃない。

「僕は、助けられたって……?」

「教えてくれたんだよ。私たちが探しているときにね。それで、どこかに行っちゃった。お面かぶっていて、腰には斧をつけてた」

 よく、それで、海に沈んだ、僕のことを助けられたな。

「……っていうことは、もしかして、僕のこと見つけたのかなり早かった?」

 もし、僕の発見が比較的早い時間だったら、かなり、待たせてしまったのかもしれない。

「うん。まぁね。あまり、詳しい時間は覚えていないけど、待った時間だったら大体、ひぃ、ふぅ、みぃ、うーん。3時間ぐらいかなぁ」

「ご、ごめん」

 僕は素直に謝った。さすがに一時間とかならまだ情状酌量の余地はあるかもしれないけど、3時間はちょっと。しかも浜辺で、じっと待つしかないからなおさらダメだ。

「いいよ、いいよぉ。気にしないで。もとはといえば、投げちゃった私も悪かったしね。あそこまで、やる必要はなかった気がする」

「い、いや、でも」

「いいのいいの。それにたくさんエイラちゃんと遊べたしねー」

「別に私は遊んだつもりなかったけどね」

 何だかこれでいいのかな、という腑に落ちない点はあるけれど、とりあえず、相手もいいといっているのでここらで、落ち度とさせてもらおう。

 これで、しつこく謝るのも相手の気分を悪くさせるだけだし。

「じゃあ、まぁ、とりあえず、王様の屋敷に戻りますか」

「さんせー!」

「そうね」

 そうして、僕たちは、海を後にすることとした、一日ばかりのバカンスは、色々とあったけど、それなりに良かったと思う。

 ちなみに、ジョナスは僕よりも先に起きており、城づくりを完成させていた。

 最終的に軍事要塞化したベルサイユ宮殿みたいになっていました。


 電車に乗ること、3時間。僕たちは遊び疲れで、誰も載っていない王族専用の電車の中でぐっすり眠ってしまった。

 そして、車掌(といっても、兵士)に起こされたとき、外はもう真っ暗だった。

「ちょっと、晩餐会の時間に遅れちゃっているから、急ぐわよ」

 僕たちは手荷物を手早くまとめてポーと、煙が甲高い音を立てている汽車を颯爽と降りた。

 そして、僕たちが急いで駅から、宮殿まで曲がりくねった丘の道を、半ば走るような感じで、向かうと、門のところで、たくさんの人がわき道を固めていることに気づいた。

「あれ、何かしら?」

「さぁ?」

「もしかして、私たちを手厚く迎え入れようとして入れくれてるんじゃないかー?」

「そうですよ。ほら、あんな大きな王宮なんですから、メイドや執事が、いくらいてもおかしくは」

「いや、それはないわね」

 彼女はそう言うと、それまで、走っていたにもかかわらず急に立ち止まった。その声のトーンの重さに全員がぎょっとなえい、思わず僕は尋ねた。

「それはない、ってどういうこと」

「ほら、よくあいつらの恰好を見てみなさいよ」

 言われるがまま、その人影に目を凝らしたけれど、今が夜で周りに電燈のような明確な光がないことに加え(先ほど車掌から松明をもらった)、僕自身、目もそこまでよくないので、良く見ることができなかった。

「……うーん、わかんないな。セラは、わかる?」

 セラなら、僕なんかよりも何倍も視力もよさそうだ。もしかしたら、エイラ以上に詳細まで見えていていたりして……。

「うん。あいつら、武器持っている。腰に長刀と、左手に弓。右肩に矢を入れたって、あっ、まずい! エイラちゃん。松明の火、消して!」

 突然のセラの叫びにエイラをはじめとして、全員がぎょっとして、行動に移すことができなかった。

 そのためだろう、セラは一瞬で、エイラから半ば強引に松明を奪い取ると、地面に投げ捨てて、上から砂をかぶせて沈火させた。

 そして、あたりは完全な闇となった。

「……ちょっと、セラ、あんた、これは、どういう」

「皆、よけて!」

「え……」

「おい、貴様、ぼーっとするな!」

 僕は唖然として反応できなかったが、ジョナスのタックルのおかげでお腹に強い衝撃を受けたものの、草むらに顔から突っ込んだ。

「おい、何を……」

 その瞬間、シュタッタッタ、と矢が連続で空を切りながら地面に突き立った音がした。

 それは、ある一定時間鳴り止むことはなかった。漆黒の闇に土が抉られる音が響く。僕たちはただ息をひそめた。

 草のむわっとした匂いと、ざらざらとした感触が、あまり気持ちの良いものではなかったが、一瞬でも、避けるのが遅かったら死んでいた、という恐怖や一種の高ぶりが僕の心を加速的に高鳴らせ、自然とガチガチと歯が小刻みに揺れていた。

 セラの手厚く、迎え入れてくれる、というのは、そのままの意味じゃなかったわけだ。

 その内、あたりが静かになってくると、遠くから矢を撃ったと思われる謎の集団が、ザッザッ、と、土を蹴りながら一斉にこちらへと向かってきた。

 驚くことに誰もしゃべることはなく、自分たちの粗い鼻息と呼吸の音が逆にうるさいと思えるくらいだった。

 どんどんどんどん、近づいてくる。お願いだから、何事もなく、通り過ぎて行ってほしい。もう出会いからしてろくなものじゃないんだから、実際これで彼らと関わりでもできたら変にこじれるに違いない。

 それで、またそれがいいものにしろ、悪いものにしろ、変化が起きる。それだけは、なるべく避けたいところだ。

 しかし、もし神様という生き物がこの世界に存在するのなら、変化を好む腕白な性格のようで、

 その足並みは、乱れることなく、僕たちの真横で止まった。場に静けさが戻った。しかし、それは嫌な静謐さだった。

 しかも、草の隙間から見える彼らの足元は影がゆらゆらと橙色の輪郭を纏いながら揺れていることから、松明を持っていることがわかり、見つかるのも時間の無駄だった。

 ジョナスのごくりとつばを飲み込む音が大きく聞こえた気がした。無性に静かにしろよ、見つかるだろ、と殴ってやりたくなったが、それも意味ないことだった。

 なぜなら、その集団の1人の男がおもむろに口を開いたからだった。

「……そこに隠れているもの。姿を見せろ。大丈夫。殺しはしない」

 そういうって、たいてい殺すのが定石なんじゃないかと、警戒心を強めたが、向こうの草むらからガサガサという音を立って

「わかった。ほら、二人とも、出てきなさい」

 エイラがそう言ったので諦めて僕たちも姿を見せることにした。一応、降参の意を表しておくために両手を頭につけながら立ち上がると、そこには筆頭の男をはじめとして道に人が二列縦隊となって、道を覆っていた。

 全員が火を持っていたので、夜に照らし出されているという点ではやや幻想的な光景でもあった。

「ほぅ。ウェルゾフ様の言うとおり、この軍服は、レンテンマルク王国のものだな」

 彼らは、セラの言うとおり、腰に地面に着きそうなほどの長い刀を携え、弓と矢も所持していた、服は色こそわからないが、ところどころ破れかかっていて、袖なしの粗末なものだった。

「あんたたちこそ、何のつもり?こんないきなり攻撃なんかしてきて」

「まぁまぁ。それはちょっと色々とあってな。ここでは、立ち話もなんだし、このでかい宮殿の中でウェルゾフ様がお待ちだからな。とりあえず場所を変えよう」

 そうして、勝手に歩き出してしまったその男に対し、何か言い返すこともできず、ただ後をついていった。

 ここにいる僕たちの中で誰一人として、状況を把握できていないことは道中の沈黙が物語っていた。

 


 宮殿の中に入り、その男に指定されたのは、あろうことか、晩餐会を取るはずのホールであった。

 彼らは、入り口まで来ると警備のためと言って中に入ってくることは一切なかった。

 大きな扉はギーッという音とともに閉められた。閉塞感と緊張感でいっぱいだった。

「この先に、そのウェルゾフってやつがいるのよね?」

 皆声にこそ出さないものの頷いた。ウェルゾフ、何者なんだろうか? 王様とどういった関係があるんだろうか?

 謎が多い。ただ、この扉を開ければ、全てが分かる。

「じゃあ、開けるわよ? いい?」

「いいよー!」

 そうして、扉は開かれ僕たちは中に入った。そこで、待ち受けていたのは、

「やぁ。君たち。さっきも会ったね」

 料理がたくさん置かれた長い机の奥の椅子にどかりと足を投げ出して座る、男が一人。

 全身黒のボロボロのローブ。そこからのびた、腕は、赤銅色で、まさに筋肉のかたまりというのにふさわしい。

 鋭利な眉、濃い無精ひげと後ろで、結われた髪。見た瞬間背筋が寒くなるような淀みに嵌った瞳。それらが、彼の放つ威厳をさらに高めている。

 室内は異様な空間だった。王は、主であるにもかかわらず、ただ口を結んでそのすぐ隣にたたずんでいた。

「あんたが、ウェルゾフ?」

「いかにも。そうだね。俺がウェルゾフ。くそつまらない肩書というやつを上げるのなら、クシャミニッツ教皇国教皇親衛隊長兼陸軍レンテンマルク方面総司令官、だったけっかな」

 僕はとっさに身構えた。彼は敵だった。もちろん矢を射掛けてきたとき、それは薄々感じていたことだったが、まさか、本当にそうだったとは。

 しかも、クシャミニッツ教皇国って確か、レンテンマルクの積年の宿敵じゃなかったけか。どうりで、エイラが怖い顔をしているわけだ。

「どうして、私たちを撃ってきたの? まだ宣戦布告はしていないし、されていないわよ」

「いいねぇ、その気性の荒さ。もう宣戦布告が前提だなんて、よっぽどの戦争狂なのかな?」

「んなわけないでしょ! 違うわ。私が戦争をしているのは」

「あーあー。いいよいいよ。別に戦争をおっぱじめることを悪く言っているわけじゃないし、それをどころか、楽しいしね。正義と正義のぶつかり合い、誇りをかけた命の奪い合い。いや、じつに美しい」

 彼は、全く人の話に聞く耳を持とうともしなかった。エイラも勘違いされたのではなく違う方向に話がそれたことに対し、怒ろうとも怒れないというようなそんな表情になっていた。

「で、ところで、どうして、俺達に矢を射掛けてきたんだ?」

 ジョナスはあくまで冷静に話を続けた。しかし、ウェルゾフは、へらへらしながら、そんなこともわからないの、という様子で

「試しただけさ。こんなことで殺されるほど醜くて汚いのなら、俺の視界に入るにはふさわしくないしね……て、君、それはなんだい?」

 それとはジョナスが、突き付けた銃のことだった。ウェルゾフの思考にいらだちと吐き気を感じたんだろう。

「貴様は、見ていて吐き気がする。だから、ここで消す」

 彼なりに脅しでも何でもなく本当に引き金に手をかけていた。しかし、ウェルゾフはそれに対し、おびえるどころか笑った。

「いいね、それが君の美学だ、凡百、凡庸で屑でくだらない、アートのセンスだ。いいよ。実にいい」

「てめぇ、何言ってやがる!」

 と、今度こそ両手でグリップを握り、狙いを定めて撃とうとしたところを、

「やめて、ジョナス」

 そう諌めて、彼の銃口を下したのはセラだった。彼女は一歩前に出て、

「あなた、どうして、彼を助けてくれたの?」

 はじめて、セラが僕のことを彼と言った。本気だった。

「当然だろ。溺死なんて芸術じゃない。やっぱり人間戦って死ななきゃね。ところで、君、名前は何?」

「私?私は、セラだけど……」

「そうか、君がセラか……。ほぅ、こうして、みるとなかなか顔だちも体も人間の中では芸術作品に近いな。うん。素晴らしい。僕の妻にふさわしい」

 満面の笑みを浮かべたウェルゾフは、立ち上がると、セラの元まで悠然と進み、ひざを折り曲げて、その手の甲に口をつけた。

 これはどこかで見たことがある。 そうそれは、セルジュークの時だ。

 これが意味するのは

「セラ。レンテンマルク王国海軍長官セラに告ぐ。どうか俺と結婚してくれ」

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