海水浴
セラは、エロ担当じゃありません
「そーれ!」
「きゃあ、冷たっ、やったな、エイラちゃーん!」
あれだけ乗り気じゃなかったエイラは、綺麗な砂浜に出て、マリンブルーの開放的な海を見た途端、大はしゃぎして、その場で服を脱いだ。
というのも、先ほど水着を買ったときに、そこで、水着に着替えるための個室が用意されていて、僕たちは全員そこで、服の下に水着を着ていたのであった。
僕は、砂浜の上に、ごろんと横になって、日光浴をしながら、ボーっとする。
砂のさらさらとした感触が肌に心地よい。すぐ隣では、ジョナスがその巨大な図体には、小さすぎる砂のお城を、必死に作っている。
「どうだ?この出来栄えは」
「何だよ、また、見なきゃいけないの、さっきから、何度も見て……って、うおっ、すごいな!」
たまに肩をたたかれては、進捗状況を見せられるのだが、完成度が高すぎる。
普通の子供が作るような小さな、微笑ましいお城ではなく、中央にそびえたつドームを中心としてその四方を少し高く作られた尖塔で、囲い、さらにその周囲を砂で作った塀で、囲っている。
さらに、それぞれの建物は、表面に描かれた複雑な文様をはじめとして、緻密に作り上げられ、すでに子供の遊びから大人の芸術に昇華していた。
「いや、すごすぎて、しょせん遊びなのに作りこみすぎじゃない、とすら、思えてくるんだけど」
「何を言う!貴様、防衛拠点を作るのに、遊びで作れるはずがないだろう」
「防衛拠点?」
そう尋ねるとジョナスは強くうなずいて、
「あぁ、俺は、泳げるとはいえ水が大嫌いだからな、こちらにやってくる波の侵攻を食い止めるために、本気で、取り組まなくてはいけないんだ」
そうか、こいつ、水が嫌いなのか。こんなに大きな体で、泳げないなんてなんだか意外な気もするけど、確かにここに来る前に海に落ちた時も苦しそうにもがいていたからなぁ。
「それで、もう、これで、完成?」
「いやいや、まだまだ、これから、さらに天守と、二十塀、さらに堀を作ってさらに堅固な要塞にしなくちゃいけない」
「はぁ……」
「だから、俺はもう作業に戻る。次は完成したときに声をかけるから楽しみにしててくれ」
そう言ってから、彼は、また自分の作業に、集中し始めた。海に背を向けて、作業に没頭しているその姿は、大人の本気を見せられたような気がした。
残りの女子二人組は、海で、きゃっきゃと、楽しく水のかけあいを、している。
「それー!」
「あはは、まだまだー!」
ぱちゃぱちゃと、音を立てて水が跳ねる。本当に二人とも元気がよくて、何よりだ。
太陽は、真上で、ギラギラと輝き、時折海から吹く、潮風が心地よく、その熱を乗せて、肌を撫でる。そして、風浪はドプンドプンと音を立てて揺れ、海面の泡を呑み込む。
遠くからは、船の汽笛のポーという、出立を示す、低い音がこだまする。羽を広げて、高く高く、悠々と、空を駆け抜けていく、群れを成した鳥。その元で、突き出た港に何隻もの船舶が、寄港し、停泊している。人々の声も、ささやかながら、耳朶に残る程度には、する。
ザザーンと音を立てる波は、寄せては、引くを繰り返し、たまに僕の足の裏を濡らすこともあるくらいだ。
こんなに綺麗な砂浜なのに、周りに、人が自分たちを除いて、全くいないので、羽目を外すことができる。
言うなれば、完全な楽園だった。人間の笑い声と自然のバックコーラスが調和し、完全な世界観を作り上げている。
そんな中で戯れる二人の美少女は、一つの芸術作品と見紛うほど、画になっていて、海の妖精というタイトルが、ぴったりだった。
「エイラちゃーん。見てみてー。私、泳ぐの得意なんだー」
「得意ねぇ、そこまでいうのなら、私と一勝負しない?」
「いいねー」
「じゃあ、スタートはここで、あそこを折り返してここまで戻ってくるのが早い方が勝ちね。じゃあ、よーいどん!」
「あっ、ずるい、待ってよー!」
希望と平和に満ちた、一時だった。それぞれがしたいことをして、さまざまに楽しんでいる。
僕は、まるで、元の世界にいるような錯覚を覚えた。それだけ、まぶしかった。
本当は、自分たちは、絶望と、憎しみにまみれた戦争をしようとしていて、おそらく、ここにいる僕を含めた皆は、全員無事では済まなくて、それどころか、死ぬかもしれない。
でも、今だけは、それを忘れることができた。
こんな世界が続いたら、どうなんだろう。平凡な友達同士のような暖かい日常。退屈だろうか、下らないだろうか?
それとも、楽しいだろうか?嬉しいだろうか?
「はあっ、はあっ、……本当最悪。セラの奴、泳ぐの、速すぎ。この私が負けるなんて……。まぁ、いいわ。ほら、あんたも、そんなところで、寝転がっていないで。せっかく、こんな良い場所に来たんだから。遊びなさい。これは、上官の命令よ」
太陽を、背にして僕を見下ろすように立ちはだかったエイラは、膝をかがめて、僕の顔を覗き込んできた。全身ずぶ濡れだった。息もかなり切らしていた。
結局あのレース負けたのか。だとしたら八つ当たりか?
「やだよ。面倒くさい。僕は、こうして、ゆったりとしているほうが好きなんだから」
そう言って、ごろんと転がって、背を彼女に向けると、
「あのねぇ、あんた。ちょっとは、しゃきっとしたらどうなのよ。男でしょ?」
「そうだよ、男だよ。でも、男だってたまにはゆったりしたいんだよ!」
すると、彼女はだらっとしきった、僕の腕をつかむと、無理矢理立たせようと、引っ張り上げた。
「痛い痛い、もげるもげる!」
女の子のはずなのに、おそらく僕の何倍も、握力も腕力も強いだろう。別に腕はそこまで太くはないし、体だって小さいのに、どこにそんな力を秘めているのか、まったくもって謎なところである。
「じゃあ、さっさと起き上がりなさいよ。折角来たんだから、遊んで当然でしょ」
「そんなリラックスの仕方なんて人それぞれじゃないか。何の権利があってそんなことを」
「あっ?いちいちうっさいわね。この私が上官命令として発しているんだから、部下は、それに従うのが筋ってもんでしょ」
「いや、上官じゃなくて、総統でしょ」
僕がそう突っ込むと、ついに彼女は、軽く僕の頭を小突いた。
「減らず口はいいから、さっさと、皆で遊ぶわよ」
仕方ない。もう、これ以上彼女に盾をついても何の意味もないし、諦めて彼女の言うことに従うことにしよう。
体を、よっこらせと、起こして、背中の砂を払ってから、立ち上がった。
こうして、エイラを改めて見ると、彼女は白い布がつつましやかな胸を覆っておりスレンダーな体のラインを強調している。
「その水着、すごく似合っていると思うよ」
それは、お詫びでもないし、女性に対するマナーとかでも全くなく、ただ単な感想だった。直感的に、似合っていると感じたから、そう伝えただけのはずなのに彼女はなぜか、頬を赤らめ、
「う、う、う」
「う?」
「う、ううっさいわね、ば、バーカ!」
そうしして、彼女はどこかへと走り去ってしまった。
(なんか、変なこと言ったかな、僕?)
すごい速度で走っていく彼女を見送りながら、そんなことを思った。
というか、誘っておいたのはあっちなのに勝手に自分からどこかに行っちゃうってどうなんだ、それは。
そして、それと、入れ代わり立ち代わりできたのが、海から上がってきたばかりのセラだった。
「サンボ―、私、エイラちゃんにレースで勝ったんだー! ほめて、ほめて、撫でて、撫でて」
僕は、つい、その声に反応して、そちらに目を向けてしまった。
どう危ないのかといえば、綺麗な黒い髪が、良く濡れて、白い肌に張り付いていることでも、彼女の布の面積が、小さいことでもなく、その彼女の水着が濡れて肌に、ぴったりと密着していることだった。さしずめ、エイラが、レモンブラなら、セラはマイクロビキニといったところだろうか。
両者ともに同じサイズ、同じ製品であるにもかかわらず、ここまで、差が出るなんて。
ただでさえ、こと胸に関していうならば、覆っている部分が小さいため、膨らみが良く見て取れるというのに、それが、豊満で、しかも走ってくるというのだから、揺れがはんぱじゃないのだ。
それに加えて、丸い突起状のものが、突き出ている。しかも水着が透けていて、その効果をほぼ発揮していないせいで、その色すらもわかってしまう。
これには、僕の隣にいた、ジョナスでもさえも、
「ぶほっ! セ、セラ殿、なんという恰好を」
そう、たじろいだ。鼻の下はどうしようもないくらいに、伸びきっていた。誰が見たってわかるほどだ。せいぜい気づかないのは、セラぐらいだろうか。
といっても、それは僕も同じだ。仕方ない。僕は哲学を専攻していたとはいえ、高校生なので、人並みにはそういうものに興味があるのだ。
哲学と仏教は似ているようで全く違う。哲学は、どちらかといえば、性欲を肯定しているし、仏教は、いわずもがな、煩悩という悪いものとして、扱われる。
僕は、ただひたすら、突き出された頭を目をそらしながら撫でた。時折、褒めてやったりした。
「にゅふふー、サンボの手ってあったかくて優しくてきもちいいねー!」
にゃん、にゃんと身を寄せてくるセラ。視界に彼女の胸が揺れるのが見えてしまい、僕は、何も言わずに我慢していることがついに耐えられなくなった。
「セラ……君、前から思っていたけど、色々とエロいよね」
もう、完全に、ためらうことなく凝視することにしました。エイラさんが楽しめといったから、きちんと命令を遂行しています。
すこしは、目をそらそうと努力はしたんだけれど、たゆんたゆんと、揺れるそれの強制力は、もう哲学でも解明不可能なほどに、目をくぎ付にさせてしまって。
とにかく、色々とあきらめたわけだ。
と、僕の固定された視線に彼女は気づき、そして、その後を追っていくように目線を、動かした。そして、それが自分の胸元までたどり着いたとき、彼女は、見る見るうちに顔を赤くしていき、
「きゃー!」
そう言って、僕とジョナスの腕をつかみ、そのまま、海へと放り投げた。
「「うわーっ!」」
斜方投射からの自由落下。重力により、僕の体は否応なく海面と衝突する。
ザバーンと、巨大な水しぶきを上げて、僕たちは、海の中に入った。
「ごぷごぷごぷ」
うっ、呼吸がぁっ。さっき打ったお腹は、痛いわ、息ができないわ、で本当に苦しい。
実のところ、あまり、水好きじゃないんだよね。プールにしても、海にしても。
とっても、静かで、人間味がなくて、もがけばもがくほど、どんどん自分を苦しめることになっていく。
まるで、世の中と同じだ。
手を伸ばせば届きそうな距離にある水面には光が、ぼやけながら、映え渡り、揺れる海面は、全ての外界の音をシャットダウンする。
この年になっても僕は、泳ぐことができない。だから、こうして、無様に沈んでいくだけだ。
冷たくて、怖くて、僕のすべてをのみこもうとしている。今他の奴らはどうしているのかな。必死に探してくれているんだろうか、それとも、諦められたんだろうか。
どちらにしても、僕は死ぬ。臨界点を突破して意識も混濁の呈を見せ始めてきた。
どうして、ささやかな、日常が来ないんだろう。いつも死と隣り合わせだなんて、神様も人が悪い。
もう眠い。寝よう。次に目を覚ましたら、全てが変わっている。そうに違いない。
僕は、ただ流れに任せ、目を深く閉じた。




