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同盟

すいません。亀更新で申し訳ない。


僕たちが通されたのは、王宮の中でも国王が、仕事をこなすために存在する、執務室というところであった。

 クリーム色の壁に、四方を囲まれた部屋に、仕事用だと思われる、書類が山積みになった机に、背もたれに赤い革を張った、座り心地のよさそうな安楽椅子。

 そして、天井からは、これは、もうどこの王宮でも当たり前なんだろうが、シャンデリアが、垂れ下がり、手前には、長い深緑のソファが、向かい合わせに二つ、置いてある。

 家具はそれだけで、とにもかくにも、質素という印象だった。

 国王というのだから、もっと豪奢な部屋を期待していたのだが、扉を開けて内装を見たときには拍子抜けしてしまった。

 交渉役のエイラと、一応補佐の僕は、ソファに座って、もう長いこと調書にサインをしたり、リッツの軍備拡張に際して、レンテンマルクからどの程度の兵器を送ればいいのか、ということをはじめとした、本格的な戦争に向けた取り決めがなされていた。

 ジョナスは、エイラの護衛役ということで、この部屋の扉の前で、ボディーガードよろしく、突っ立っているし、セラは、何もすることがない(もともと、僕たちの送り迎えのための要員)ので、場内を探検してくるといってから、どこかへと行ってしまった。

 本当に、部屋は閑散としていて、静かな会話と、筆が紙の上を走る音だけが室内に響く。

 はたして、誰この二人のやり取りを、この静謐な空間を、これから始まろうとしている世界全体を巻き込んだ壮大な戦争の物語の下準備だと思うだろうか。

「このたび、我々は、もう一度、十年前と同じように戦争を起こすつもりです。それは、おわかりでしょう?」

「あぁ、もちろん。先王の娘であるあなたが、国家元首の地位についたと聞いたとき、大体、予想はしてたんでね。ただ一応、体裁として、同盟の破棄は、しないことの確認を送っただけさ」

「わかりました。その言葉がきちっと聞けて、こちらとしても、嬉しい限りです。正直言って、あなたたちからの資源の供給がなかったら、どうしようもないですからね」

 兵器を作る際、もちろん、原料にそこまでこだわる必要はないけれど、ジューングライト鉱石だっけか、で作ると、とびきり良いのが、出来るらしい。

 硬度も申し分ないし、その他の面でも、鉱石の中で群を抜いているらしい。

 ただ一つ難点を言うとするならば、産出が、ここリッツ連合政府の西部一帯に存在する山、ヴィルヘルムに設けられた、鉱石採掘場でしか採れないため、かなり貴重であるということ。

 産出量自体少ないのだから、輸出量はもっと少ないのが当たり前。しかもその鉱石の驚異的なまでの性能に、十年前の戦争で、戦勝国となった天授連邦は、レンテンマルクへの輸出量を、必要最低限の量に規制したため、ここ最近は、他の鉱物と混ぜて合金で間に合わせていたらしい。

 しかし、それだって、一つ一つにかけられるジューングライトの量がかなり、少ないため、ほとんど、合金とはいえる代物ではなく、途中から、師団レベルを率いる指揮官の搭乗兵器などにだけ、ふんだんに使い、他は、そのままレンテンマルクの国土でも自給できるような資源で、作っていたらしい。

 でも、今回、その障壁となる天授連邦を戦争で破ったことで、事実上、輸出規制も解けて、晴れて、莫大な量のジューングライト鉱石を、輸入することができるようになった。

 だから、彼女の声もこころなしか、弾んでいる。そして、いつも以上にこの交渉を破断させないように、言葉使いをはじめとして物腰に、気を使っている気がする。

 何せ、ここの周囲は、巨大な城壁に囲まれており、10年前、レンテンマルクが降伏するまで、内地攻略に乗り出す、天授連邦の軍勢と同等に渡り合って最後まで、戦ったほど、リッツという国は、島国国家であると同時に、それ自体で軍事要塞であるのだ。

 もし、今この場で、彼らに対して何か粗相をやらかした場合、おそらく、この戦争は負けるといっても過言ではない、そうエイラは、言っていた。

 天授連邦と同盟を組まれて、挟み撃ちにされたら、守勢に回るしかないし、そのうち資源も切れてじり貧になるだけ。つまり、ここで、交渉を成功させない限り明日はないということだ。

「ただ二つだけ。これは、リッツ連合政府を治める、国王として、約束してもらうことがある」

 交渉も、もう終わりを迎えようとしたとき、突然、彼は、そんなことを言った。

「約束、ですか?」

 彼女も突然の相手からの提示に、少し困ったような様子を見せている。

「なに、そんな難しいことではない。一つ」

 彼は、左手で右手の閉じられた人差し指を、持ち上げて見せ、

「我々は資源の輸出、兵器の開発で、あなたたちを全力で後方支援するつもりだ。これは、変わらない。ただ我々は、十年前の戦争で敗北をして以来、あまり兵隊がいない。そこで、戦争が終結するまで、我々の身の安全をきっちり守ってほしい。国家全体としてだ」

「何だ、そんなことですか……えぇ、もちろん、それは、全力で取り組ませていただきますけど……」

 だが、彼は、彼女のそんな返答になんとも言わず、次に左手で、今度は、中指を、引き上げて

「もう一つは、他でもない。もし一つ目の約束が、少しでも守られなかった場合」

 一呼吸おいて、

「我々は、即座に同盟を破棄し、天授連邦との戦争を切り上げ、彼らとともに貴国に宣戦布告させてもらう」

「……は?」

「いや、は?、ではない。我々は、もう戦争で負けることは許されないのだ。十年前多くの同胞が、貴国の先王とともに、戦い、レンテンマルクの地で死んでいった。それは貴国らの国では、どうなっているかは知らないが、美化して語っているやつらもいれば、愚かだ、と罵るものもいるだろう」

 わずか数か月前まで、その両者の対立で国は、盛り上がっていたところだ。

「私も、先王とは仲が良かったからな。どっちかといえば、美化しているほうだ。ただ、やはり、リッツ国内にも少なからずいる。反戦、平和を訴え、戦争を嫌がるものが。そして、彼らの気持ちもわからなくはないのだ。たとえば、戦死者で、骨すら故国のもとに返還されていない奴らの遺族とかな」

 全く持って皮肉な話だ。国のために戦い、死んで、祭られ、褒め称えられることはないにせよ、骨すらも国に帰ることができないなんて。

「私も、これ以上、戦争に敗北し、人民の尊い命が、消えるのは、見ていられないんだ。そこは、わかってほしい」

「…………」

 エイラは、何も言い返すことができず、ただ下を見るばかりだ。

 僕からすれば、別に、彼は、何も間違ったことは言っちゃいないし、それは、彼女もよくわかっているのだろう。

 ただ、おそらく、その表情から察するに不安なのだ。そして、それは、至極の当然のことといえる。

 だって、まだ若干十七歳だというのに、こんな瀬戸際な交渉を繰り広げているんだ。そりゃ、少しでも、相手から、怖いことを言われれば、不安になる。

 それをくみ取った僕は、彼女の代わりに、彼に言った。

「あの、それは、絶対なんですか? もし、僕らが、あなたたちを守れなかったら、すぐにでも、こちらを攻めてくるというのは」

「あぁ、絶対だ。今回ばかりは、私の決意もかたい。お前らもこの戦争を通じていずれわかるだろうよ」

 大切なものを失った時の悲しみが。

「それは、エイラは、既に味わっているんですよね。だから、別に」

「それは、父親だろう? お前をはじめとした同年代の仲間とは違う。もちろん、それを失った時の悲しみもまた違う」

「そんなもんなんですかね?」

「そういうもんだ」

「そうですか……。そこらへんはよく私もわからないので、何とも言いかねますが、それでは、こうしましょう。私たちが、もし、戦況が、あまりにも劣勢で、リッツを、守れないと判断した時」

 そこで、少し、本当に、らしくないが、声にどすを聞かせて、

「あなたたちとの同盟を勝手に破棄し、こちらから、攻めさせていただく。そして、あなたを殺害したのち、国のコントロールはこちらの指揮下に移させてもらう。そして、あなたの言う人民から、何もかもを奪わせてもらうが、いかがだろうか?」

 僕なりに頑張ったつもりだった。

 あちらから、攻めるというのなら、先にこちらが先制するぞ、という脅し。地の利的にも、それはいたって、可能だし、兵力的にも、申し分ない。周囲から、何十隻もの艦船で三日三晩島中に、砲撃を浴びせた後、上陸させれば、余裕で攻略が可能なように思える。

 それは、ハッタリなんかじゃなく、現実的に起こり得そうなことなのに、彼は全く動じることはなかった。

「……ふっ、じゃあ、今ここに、2千ほどの兵士を、集めて城を包囲したのち、君たちを殺害すると言ったらどうする?」

「あなたを人質にします」

「そうしたら、君たちに資源を輸出しないよ?」

「まだ、天授連邦は、立て直しに時間がかかるはずです。その間に、本国に要請して、一個師団ほどで、この島を包囲しますよ」

「この島から逃げ切れるとでも?」

「この国には、レンテンマルクの本部と連絡を取る施設がどこかにあるはずです。そこに行けば、問題ありません」

 それから、お互い何も言わず、ただ視線の応酬が続いた。緊迫の時間が続いた。そして、先に口を開いたのは国王だった。

「……ふっ。ふははははっ。いや、これは一本取られた。なかなか、どうしてレンテンマルクにもあなたのような、若いにもかかわらず、良く頭の切れる者がいるとは。これは、今回の戦争は非常に期待が持てそうだ」

 それに、つられて、気の抜けてしまった僕も、笑った。

「いや、期待が持てるんじゃなくて、絶対に勝ちますから」

「ふっ、まぁ、そうなることを祈って、我々も自分たちにできる限り総力を尽くして、支援させてもらうよ」

 そして、僕たちは、お互いに立ち上がり、握手した。

「何で、私じゃなくて、あんたが交渉したみたいになっているのよー!」

 途中で元気を取り戻した、エイラが立ち上がって、僕にそう言う。

「いや、そんなことを言われても……なんか、なりゆきで」

「あんた、なりゆきで、こんなことになる!?」

「まぁ、分かり合えたもの同士の絆、ってやつかな」

「何、その俺すごいですよ的な顔、気持ちわるっ!」

「ちょっと、ひどくない。せっかく、交渉をうまくまとめたというのに」

「……れは、感謝……いるわよ」

 と、彼女は、急に、少し頬を赤らめて何かぼそぼそとつぶやいたので

「えっ、何、良く聞こえなかった?」

 本当によく聞き取れなかった。だから、顔を近づけて、そう尋ねると

「うっさい、何も言っていない! 気持ち悪いから顔近づけないで!」

「あいたっ!」

 問答無用に彼女に殴られました。この間、実にコンマ1秒を切っている。ボクサーもびっくりの鋭いパンチだった。

「痛いよ……何すんのさ!」

「うっさいわね! ばーか、ばーか、ばーか、ばか!」

 そのまま、訳もわからず、彼女は、部屋を出て行ってしまった。本当に理不尽だ。全く暴力をふるう女の子なんて既にブームは去ったというのに。

「ははっ。やっぱり、若いっていいなぁ」

 彼は、そんなことを言いながら、呑気に笑い続けていた。

 全く、何がいいんだか…………。


 そうして二国間による軍事同盟はここに、正式に組まれることとなった。

 そして、この約一か月後に、レンテンマルク王国は本格的に宣戦布告をし始める。



 プリプリ怒ったエイラをいさめながら、僕たち一行が城を出ると既に、日は高く昇って、外は、熱くなっており、遠くから人々の声、機械が生み出す、圧倒的な重低音が聞こえてきた。

 僕たちは、駅まで行ってから、電車に乗り、入り口、つまり、港があるところへと向かった。

 どうも、この島はもともと砂と雑木林が織りなす、魅惑的な島だったのを、何千年と掛けて今日にいたるまで開発し続けてきたらしく、また城壁内だけで、工場から出る排水は処理できているため、ほとんど、海の環境汚染は心配ないらしい。

 だから、午後の晩餐会まで、海水浴でも楽しんできたらどうだ、との国王の粋な提案で、そうすることに決まったのだ。

 電車に乗りながら、外の景色を見る。

 人々が作業服を着てせわしなく働いている。煙はもうもうと空へと立ち上り、解放された工場の大きな入り口からは、丸く、朱色の火の飛沫をまとわりつかせた、人間の何倍もあろうかという大きさの物体が炉の中でくるくる5,6人がかりで回され、火花をはぜていた。

 他にも、四角くて大きな型に良く溶かし込んだ金属の液体を流し込んでいる、鋳物作りの人や、重金でできた、青色の柱のような長い形状をした重そうな物を肩に担いでいく人など、実に様々な人がみているだけでも熱そうな鉄火場の中を、行き来していた。

 そして、ある一定の距離を過ぎて、T字路の道をカーブに沿ってかけられた線路の上を伝りながら、曲がり切るときの列車の中はいささかスリルがあった。

 途中の駅で、僕たちは降りて、右手に広がる、ショッピングマーケットのような場所に向かい、水着を買った。露店ということもあってか、男性は、トランクスタイプの白い布で作られた海水パンツ、女性は、ビキニタイプのこれまた、白い布、でやや覆う面積が狭く感じられる水着、その一択しかなかった。

 エイラは、ただ一人嫌がったが、セラが、無理矢理買わせていた。

 こうして皆で買い物に行くなんてなんだか友達同士の休日みたいで実にいいなぁと思った。

 わいわいきゃきゃあ、言い合って、買うものを品定めしたり、ちょっとおいしそうなものを見つけたら、買って食べてみたり。

 それは、寄り道ばかりだけど、本当に、何の変哲もない、日本でもよく見られた平和な学生たちの光景だった。

(もし、戦争で、この中のうちの誰か一人でも欠けたら、僕はどうなってしまうんだろうか……)

 想像がつかなかった。こうやって、笑い合う日常が、いつでも、消えてしまうような状況に僕たちは置かれていることは重々承知しているつもりだった。

 

 仲間を失った時の悲しみは違う。


 先ほどの国王の発言を思い出す。

 それが、どんなものなのか、僕にはよくわからない。昔親友だった子がいなくなった時も、僕はろくに、それに反応できなかった。

 映画やドラマのように、美しい涙を流すことができなかった。つまり、僕はそういう人間なんだ。それ以上の何物でもない。

 でも、なぜ、今一瞬、エイラの、セラの、ジョナスが凶弾の前に倒れ、血を流して物言わぬ人となったことを考えようとしたとき、僕の体に、電気のような、心地の悪い何かが駆け抜けていったのだろうか。

「ほら、いくわよ! 何、ぼーっとしてんのよ!」

「サンボ―、一緒に泳ごうねー!」

「ほら、ヤクモ、速くいくぞ。皆が待っている」


 僕の目の前に立って、僕のことを待っていてくれる三人の仲間たち。

 難しいことはよくまだわからなけど、彼らと一緒ならどんな困難でも乗り切れる気がした。

「うん、今いくよ!」

 僕は、手に持った水着を強く握りしめて走り出した。

 

 5月の日差しと、海から薫る風に乗った潮の匂いが、僕の足取りをさらに軽くしたのであった。


次話で急展開を迎えます!

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