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死を乗り越えて

いや、どうです。僕の描く海戦クオリティは?

感想欲しいです!評価も欲しいです


ところで、今回パソコンの不調でGか゛使えないのでちょっと濁点の位置か゛おかしいですか゛お許しください

「敵旗艦こちらの発砲、および砲撃に気付いた模様! 発砲してきました!」

 その声と同時に後翼単梯陣のごとき不規則な陣形を組んだ人災艦隊は、降りしきる雨の中初撃を放ってきた。しかし距離が遠かったためか、あえなくその一撃は、このギル・ダガーの手前に落ちてひときわ大きいしぶきを立たせた。

 「みんな怯まないで下さい! 弾薬には限りがあります! きっちり狙って撃ってください!」

 水兵は、僕の命令にうおィ!、というラグビー部のようなかけ声で答えた。僕はすぐに艦橋から降りて、航海士に全速前進を命令した。

 ぐんぐん敵艦との距離は近づいてくる。敵艦部隊はいきなりの奇襲に応戦と言わんばかりに砲弾を惜しみなく撃ってくるものの、指揮系統がうまく定まっていないのだろう。その方向はしっちゃかめっちゃかで一発も被弾することは無く、全て海に消えていった。

 そうして本艦の近くで、弾が海に落下していくたびに水しぶきが、降りかかり、全身を濡らすもののかといって、誰一人としてそれに動じるものはいなかった。

 皆息をこらし、僕の再度の命令が来るのを今か今かと強く待ち続けていた。実際僕のいる司令室に副官の二人が何度もやってきては、まだかまだかと尋ねてきたが僕はそれでも首を振った。

 気はまだだ、と口が酸っぱくなるほど彼らに言った。まだ僕たち四隻の立ち向かう艦隊(ギル・ダガー)敵人災艦隊()に喧嘩を売っていい距離じゃない。

 まさに風林火山の山のごとく、僕達艦隊は愚直に敵艦隊右翼に向かって突進を敢行する。それだけだ。

 そうして最初目測五から六キロほどあった距離は半分ほどに縮まったころ、僕はおもむろに操縦室まで行き、この艦中に響かせるマイクを通して言った。

「目の前にいる敵艦に向けてよく狙って砲撃せよ! 繰返す! 目の前にいる敵艦に向けてよく狙って砲撃せよ!」

 敵の艦首もことごとく僕達艦隊の舷側に向かって突き進んできた。発砲も行われた。しかし僕の攻撃命令を聞いた水兵は異様な集中力でそれらを無視し、速射砲に弾を込めてから、照準を定め発砲した。

 それは何発もマシンガンのように弾が発射され、目の前の敵艦の上部構造物を破壊したのが双眼鏡越しに見えた。

 しかしどの水兵は当たり前だがそんなことではしゃぎはしない。ただ黙々と撃ち続け、弾切れしたら装填する。それだけだ。

 しだいに敵の攻撃も激しくなり、砲煙が海上を漂い、敵味方関係なく覆った。 速射砲の発射に艦は激動し、間断の無い発射音・破裂音に先ほどまで良く聞こえた雨の音はかき消された。その中でも砲員は確実に発射していたのが、印象的だった。

 甲板に撃ち殻薬莢が無造作に転がり、誰も目を見やることなく、艦の揺れとともにコロコロと転がっていた。

 そしてまず僕たちが戦況を有利にしたのは、僕たちが敵艦に二度目を放ってから二十分ほど経ってからであった。

 僕たちの放った一撃が偶然にも敵艦隊の中でも最も大きい黄色一色の提督旗と思しきものを掲げた雷鳴と思われる黒塗りの艦のマストに命中し、へし折ったことだった。これで統率する艦の命令用の信号旗を上げることができなくなったっため、敵は乱れた。

「艦長、これは勝てますよ。たった四隻であの天授連邦の雷鳴にここまでやれるなんて」

 若い家族思いの副官がやってきて僕にそう言った。

「いや、相手が引き返すまで油断してはいけません。勝てるはずの戦いをきちんと勝利に導くことこそ難しいことはないんですから。それにまだ敵は奥の手を残していてそれを使われればすぐに戦況をひっくり返されます」

「じゃ、じゃあ、俺たちはどうすれば?」

 彼は必死に指揮をしている僕の周りをちょこまかと手持ち無沙汰にうろついてきたので、

「とにかく無駄叩いていないであなたも砲兵の皆さんの指揮をしてとりあえず一隻鎮めてください!」

 そう怒鳴ると、

「はい! わかりました! 行って参ります!」

 彼は急いで自分の持ち場所である右舷砲台に戻っていった。

 その数分後だった。

 最初に狙っていたと思われる敵艦がようやく火を上げて(といってもすぐに雨で鎮火されたが)沈んだのだった。敵の乗り員は哀れにも荒れ狂う海の中に放り出され、たちまち波に飲み込まれていった。

 それが最初の撃沈だった。


 

 その後も敵艦は二艦で衝角戦に持ち込もうとしてきたが、僕たちのほうが速力で勝っていたため、全速全進で引き離した後、単縦陣を決して崩さなかった僕たちは、連携して十字砲火を浴びせ、やがて一つは炎上して沈没し、もう一つはたくさん穴を開けながらどこかへと姿を消してしまった。

 これで右翼端は全て撃破した。とはいえ、敵もやはり往年の艦隊。僕たちもただでは済んでいなかった。

 敵はとにかく衝角戦(簡単に言えば、船の船首を相手にぶつけ、相手の船に飛び乗って戦う方式。とても古臭いやり方)で挑んできたため、何回か密着型単縦陣は、艦同士が無理やり引き離されることがあり、そこを集中攻撃され、なんとか沈没は免れるものの、攻撃を受けてかなりの損傷を負っていたし、すでに第四艦では先ほど艦長が艦橋で、被弾し、戦死したとの報告を受け、副官に指揮役を回すように言ったばかりだった。

 僕の気もおかしくなりそうだった。やっぱり、小戦略のような、環境も相手も何もかも整っているわけではなく、敵も味方も関係なく、いきなり、そしてあっさりと死んでいくため、僕はもとの世界にいた頃のような、殺人怖い、的な思考を持っている暇は無かった。

 さもなきゃ僕も死ぬ。

 それど最悪なのが、僕が先程言った奥の手の出現だった。 

「艦長。敵水雷艇より発射された魚雷が第三艦に命中した、との報告を受けました!」

「何だって! ちょっと無線マイクを第三艦長に通してくれ」

 そうしてすぐにマイクは雑音混じりながらも通ったらしく通信兵からヘッドホンを手渡された。

『……そちらは大丈夫ですか! 第三艦艦長!』

『ピーガガー、えぇ、なんとか。敵指揮系統が乱れているせいで魚雷もかなり乱れ撃ちになっていて、何発かかわした奴は、敵艦に被弾していました。ただ』

『ただ?』

『ただ、水雷艇自体は少ないとはいえ、魚雷はかなり厄介です。我々は数が少ないですから、餌食になるわけには行きません』

『えぇ、わかっています。相手の奥の手がまさかこんなに早くに使われるとは思ってもいませんでしたが』

 硝煙の匂いが鼻につく。僕は戦況が相手に今まさに転じそうであることを理解しつつもそれへの対応策がすぐに出てこない自分にイラついた。

 僕が、言葉を発せないでいると、解決策を提示してきたのはあちらからだった。

『そこで、私は提案します。どうか私たち第三艦を敵水雷艇部隊の囮にさせてください』

 僕はその言葉を耳にしっかりと焼き付けた。そして間髪入れずに言い返した。

『囮? ダメダメ! それこそ今あなたが言ったただでさえ、少ないのに、って奴ですよ』

『わかっています! 別に私だってむざむざ死ぬわけではありません! ちゃんと考えています! だから、どうか列をはずれ、単騎で戦うことを許可してください!』

 僕は彼の通信機を介した切迫な声についに少し考えた。ここで水雷艇を倒さなければ彼の言うとおり、戦況は良くない方向へ向かうかもしれない。それだけ水雷艇はかなり厄介であるということだ。ただ言い換えれば、それを撃沈させることは、勝利を確実なものにすることに等しいようなものだが、一方でそれはリスクが高すぎるという思いもある。

 敵に突っ込みにいくようなものだ。生きてレンテンマルクの土を踏みしめられる確率は限りなく零に近い。

 僕は考え込んだ。どちらにするべきか。そして答えを出した。

『それでは……許可します』

 最終的に僕は、彼の命を捨て、貪欲に勝利を求めた。決め手は犠牲となる人間の数が一瞬でも頭をよぎったことだった。

 改めて僕は嫌な奴だと思った。



 第三艦が戦列を抜け、水雷艇の心配がなくなっても、戦況は一向に芳しくなかった。雨脚は段段弱まり、いつしかとっくに新年を迎えていた。

 死と隣り合わせの新年、最悪の明けましておめでとうだな、と僕は思ったりもした。

 僕たちの戦い方はずっと速度を生かしてからの回り込み、そして十字砲火を浴びせる、の一点張りだった。これは僕の日清戦争仕込みの知識を生かした戦い方だが、あの時とは違って今はこちらのほうが圧倒的に数が少ないため損害もたかが知れていた。

 弾薬もそう多くはないし、水兵たちも皆、疲れ切っているのは目に見えた。それでも戦い続けられるのは愛国心や家族のためとかそういう理由ももちろんあるあろうが何より、もうすぐ勝てるという希望が馬の目の前に吊り下げられたにんじんがごとく、皆の中にあり、それを原動力に馬車馬のように死に物狂いで砲弾を撃ち続けているのだろう。

 実際確かに目に見えて、敵も損害をかなりの部分こうむっていた。

 何隻かは分からないが既に沈没しているし、どこかに行方不明となった艦もあった。敵のどれひとつとして傷を負っていない艦は無い。戦闘規模も最初のときよりは縮小していた。

 しかし、それでも敵は撃ってきたし、数で襲ってきた。だから僕の艦を除き、他の艦はおおよそ大破していた。後何発か当たれば沈没しそうだった。

 またもう百人の単位で戦死者も出ていた。死因はさまざまだが甲板上はひどい有様になっているらしい。確かに血の独特の臭いが海風に乗り、蔓延していた。

 そして僕も僕で疲れを見せていたときだった。

 思いっきり揺れ、轟音と共に爆発した。その衝撃で僕はバランスを崩し、傾いた船体に沿って、重力に抵抗することも出来ず、滑って転倒し、そのまま壁に体を打ちつけた。

 息が詰まりそうだった。鈍い痛みが体中に走り、脳天まで雷のように突き抜ける。唇は切ったのだろう。口内は鉄の味がした。それは今まで味わってきたどんな肉体的苦痛よりも痛く、そして惨めだった。

 僕は、その場から所構わずなんとか自力で立ち上がるとそのまま血の混じった唾を吐き捨ててから歯を食いしばりながら、痛む体を抑えつつ司令室を出た。

 その惨状はおおよそ目を疑うものであった。

 海に沈んでいく敵艦ももちろんそうだが、おそらくそれが放った最後の一撃が、右下の甲板にでも命中したのだろう。あそこには弾薬庫や爆弾が置かれた倉庫があったはずだ。

 だからだろう。奇しくも完全に止んだ雨の下、硝煙は立ち込め、水兵たちが必死になって水をかけるも水はなかなか鎮火しなかった。

 窒息寸前の状況の中で、爆発の直撃にあったと思われる右舷の速射砲砲門は火を上げ、部品は飛び散り、その周りでそれを操作していた水兵たちのむごたらしい死体が転がっていた。

 一人は血肉が少量付着した衣服だけを残して、肉片が四散していた。操作室も衝撃で窓ガラスが割れ、それが顔に突き刺さってのた打ち回るものいた。電線や伝声管はさながら草のつるのように垂れ下がっている。階段も木っ端微塵に吹き飛び、胴より上からが引きちぎれ、下半身のみが残ったものなどが甲板に転がり、甲板は真っ赤に染まっている。

 僕はその凄惨たる様子に吐き気を催した。しかし、それをなんとか口から出てしまう前でこらえると、だらしなく口から垂らした涎を拭き、自分を落ち着かせた。

 待て。僕。落ちつけ! 焦るな。ここは日本じゃない。どことも知らない戦争王国レンテンマルクなんだ。

 そして僕は、一人の高校生じゃなく、艦長だ。だから、状況をもう一度深く見つめなおせ。僕。

 そこまでしてから、今度は、僕はもう一度甲板上を深く舐め回すように観察した。

 艦首方向の甲板上。僕のいる地点から目と鼻の先には、散乱する死体とそれを焼く炎の猛り、それしか存在しない。

 部下の水兵は何倍も水をかけるもののなかなか沈下はしない。炎の中で生きているのか死んでいるのか分からない奴らの水をくれ、の交響曲は、船上に響き渡り、僕達の心を悲しくうち震わせる。

 全艦は洋上で停止中。敵艦と距離をとったことで、なんとか敵からの砲弾は飛んでこないものの、誰一人として速射砲に手をかけ、敵を目をしばたたかせて、索敵するものなど一人としていなかった。

 今、一発でも貰ったら僕達の命は海の藻屑と化すかもしれない。僕に今を打開できるプランは無い。こういうときにあの副官の調子はずれな声でも聞けば、少しはましだっていうのに……。

 って、そういえば、右舷の速射砲の指揮は誰だったか?、と思いを馳せたとき、案の定、一人の家族思いの副官の顔が出てきた。

 そして急に不安になった。心から、そいつがサボってればいいとか休んでいればいいと思った。するとその場にいてもたってもいられなくなり、近くの水を体にバシャッと頭からかけた後、そのまま水兵の言うことを無視して火の中へと飛びこんだ。

 床は血肉があい交じっているせいでつるつると滑りやすかった。それでも僕は彼を探し求めて走った。それはどういう心の風の吹き回しか知らない。ただ死体を火を恐れなかった。そしてその内見付らないのであるならば、倒れている兵士に聞こうと思ったが、どれもすでに息はしておらず、段段暑さと呼吸の苦しさから一度非難しようとしたところ、足元で一人の水兵が動いたのを見て、僕は慌ててその場にしゃがみこみ、抱きかかえた。

「ねぇ、君! 大丈夫? 僕の話分かる?」

 その者も他と同様で頭髪は灰になり、皮膚は黒ずんでいたが呼吸はわずかにしていた。

 その水兵に何度も僕が声を張り上げて呼びかけていると、彼はうっすらと目を開けて、ボロボロの焼け爛れた唇とはいえない唇で

「……き、こ……え……ま……す」

「そうか!じゃあ、僕の質問に答えてくれ!ここを指揮していた奴はどこに行った?」

「……だ……ん……や…く、こ」

 だんやくこ……弾薬庫だって!?

 僕は驚きを隠せなかった。僕はすぐに詳しいことを聞こうとした。しかし口をつぐんだ。

 僕の腕の中で、彼は行き途絶えていた。死体はぐったりとして、全身が弛緩して血みどろの床に投げ出されていた。

 僕はそっと彼を地面に置いて、一礼をしたあと、顔に自分の軍帽をかぶせてやった。そして、すぐに燃え盛る火の中から飛び出すと、

「水兵を二手に分けよう! 一方は速射砲を用意して戦いを続けて、もう一方は、火の鎮火に努めてくれ! なるべく効率的に消すために、バケツリレーで、作業分担してやってくれ!」

 僕の大声の命令を聞いた水兵たちは黙って頷いた後、すぐに行動に移った。

 そして僕が、そのままそれを見届けてから弾薬庫に向かおうとしたところで、絶体絶命のピンチに遭遇した。

 ちょうどこのギル・ダガーの真ん前にどこから来たのであろうか一艇の水雷艇が現れたのであった。おそらく混乱に乗じて十字砲火の無いのをいいことに出てきたのだろう。

 つまり、第三艦はもう……。

 手立ては無い。一撃でも魚雷を浴びたらこの船は撃沈するだろう、

 誰もが死を覚悟した、その時だった。

 一隻の巡洋艦が、その水雷艇に向かって、速射砲を放った。

 その予想もしない攻撃を浴びた水雷艇は、火を上げながら、向きを反転させ逃げていった。

「艦長!第三艦艦長から通信が入りました!」

「……」

 僕はいまだに沈火しない火の熱気に当てられながら、ただ呆然と洋上に浮かぶその船を見ていた。

 その間、頭は、目の前で起きた一瞬の出来事を理解するために総動員していた。そして、自分が命からがら助かったという結論に至ったとき、安堵から僕はその場にへたりと座りこんでしまった。

「艦長!」

 僕は激しく肩を揺さぶられたので、振り返った。それは、顔は煤だらけで、頭からは、血を垂れ流した通信兵だった。

「操作室は、燃えたはずじゃ……?」

「なんとか爆発した中で奇跡的に、残っていた予備の通信機筐体を持ってきたんです。ですから、艦長、早く通信を!」

「そうですか、では……」

 僕はそう言って、通信機に手をかけようとした。そのときだった。

 突然、目の前の第三艦は、高い水しぶきと共に、爆発した。その音には、僕を除いてそれまで消火活動に従事していた水兵の皆、手を止め、目を奪われた。

 起因は間もなく判明した。

 敵水雷艇は逃走したと思いきや、僕たちの油断している隙に向きを反転させ、水雷を発射させてきたのだ。

 第三艦の手傷は僕たちに比べれば少ないものだった。しかし、敵水雷艇は、沈没も道連れにでもしたかったんだろうか。全ての水雷を使い切らんばかりに第三艦に向けて発射した。

 それらは水面を群れを成すサメのように冷徹にただ第三艦に向かって直進していき、容赦なく船体の側面に当たっては、大きな爆発と共に弾けた。

 僕はいたたまれなくなって、通信機を乱雑に取って、第三艦にダイヤルを回した

『艦長、そちら、大丈夫か?』

『……、すいません』

 なんとか相手の声を聞けただけでも僕は安心した。しかしその声はもう疲れと絶望に満ちていた。

『そちらの様子は?』

『……はぁっ、はっ、こちらもう俺と航海士を除いてまともに立っている奴はいません。俺も、骨の何本かはすでに折れていますし、航海士も左腕と、左足をやりました』

 その声は、死人を連想させた。覇気も生気も無い、生を諦め、死を受け入れたある種安らかな声。

『艦長、本艦に最後の命令を与えてください』

『最後って、……貴方は何を……』

『自縛命令です。いや、特攻命令でしょうか……。どちらでもいい。とにかく我々に最後の死に場所を与えて欲しいと言うことです』

 そうして彼は通信機で聞こえるくらいに咳き込んだ。

『そんなこと……僕に命令しろって言うのか……?』

 あの爆弾はあくまで皆を本気にさせるための鞭でしかなかったというのに、まさか本当にそれを使うなんて。

『で、でもどうやって……?』

 僕は尋ねた。太平洋戦争でも戦艦の爆弾を積んだ特攻なんてものは無かった。それをどうやってやるというんだ、彼は?

 と、彼は苦しそうに呼吸しつつ、言った。

『今、俺、……俺、はっ! ちょうど、運良く水雷の当たらなかった、三百キロちかい爆弾を積んだ弾薬に向かっています! そこには、兵食の原料として用意されていた、アンジャリキ豆を薄く挽いた粉の袋詰め……あるっ!」

 アンジャリキ豆とはいつぞや、エイラと商店街に行った時、食べた饅頭の餡の原料だ。しかし、彼はそれを何に使うつもりなんだ。

『俺は、今、旧式の……はあっ、はっ、ラインセル様から譲り受けた今の戦争じゃ使い物にならない機関銃を持っています。それで粉袋を撃ちまくるそれだけです』

 まさか。まさか。まさか。彼か゛やろうとしていることは……。

 ――粉塵爆発。 僕の貧弱な想像力では彼のしようとしている行為は条件的にこれしか思いつかない。

 僕でもきちんと理解しているのはおそらく彼はこの戦いで本当に死のうとしていることも。それも肉体の一片も残さずに。それだけだった。

『ダメだ! 艦長! 君は早く、戦列に戻るんだ!』

『ははっ、何を言っているんですか、艦長。もうこの船には弾薬もありませんし、何よりまともな水兵は一人も残っちゃいませんから』

『じゃあ、早く戦いをやめて祖国に帰艦しなよ!』

 僕は自分でもどうしてこんなに声を荒だたせているのかわからなかった。そんなこと言うのは相手の職からして冒涜であるに近いこと理解しているはずなのに。

 僕は通信機越しに大層な剣幕で怒鳴られるだろうと覚悟した。しかし、飛んできたのは予想もしない優しい声音だった。

『艦長、お気持ちは受け取っておきます。俺みたいな元盗賊殺し屋の親不孝者の水兵にそんなことを言ってくれて俺は嬉しいです』

『だったら!』

 もう敵水雷艦は、弾も尽きて後は洋上を彷徨うだけのただの船と化していた。そんなもの僕たちの速射砲で撃沈させてやる、そう言おうとして遮られた。

『艦長、もうそれ以上は結構です。何も言わないで下さい。時間も無いので俺はもう行きますから、それでは』

 それはしっかりとはっきりと聞こえた。そして通信の一方的に切られた音も。

『おい! 艦長、応答を! 応答を!』

 どれだけ叫んでも僕の声は闇の虚空に吸い込まれていくだけだった。



『頼むぞ、ステファン』

『あいよ、親友』

 そうして親友と呼ばれた男は通信機を切った。腹に突き刺さった鉄の棒を引き抜いてから彼は、既に死を覚悟していた。

 最後に全艦隊総指揮官である八雲との通信を勝手に切って、そして唯一生き残った親友、とともに敵艦に体当たりするわけだ。

 彼はふと、弾薬庫の入り口に立って笑ってしまった。親友とはいえ、よくも死ぬ音まで付き合ってくれるものだ、と思ったからだった。

 彼はいまや自分の体を支えるためになっている機関銃を、さすりつつ、過去を振り返った。それは死期を悟った彼に見せる走馬灯だった。

 昔は、どうしようもない不良で、ラインセルに、雇われるまでは山賊を率いたりして、村に火をつけるのは日常茶飯事だった。

 それもどれもこれもは彼の母にあったと彼は思っていた。貧乏街育ちで、いつも自分に厳しくかった母。愛情なんてこの世にあるものか、と家にいたくなくなって家出した後、彼は、仲間を集め、人から物を盗んだり殺したりする日々を続けたある日、彼の耳に自分の母の死、の知らせか゛入ってきた。

 山賊を今抜ければ、もう帰ってきたところで自分は仲間に入れてはもらえないだろう、彼はそれを理解していた。しかし、好きではないとはいえ、腐っても自分の母親。ここはちゃんと息子の自分も居合わせて、母の死を見守るべきだろう、という思いの間で責めき゛あいになり、結局一日考えた結果、後者を選び、山賊を抜け、後者を選んだのだった。

「あの時だったか……俺に唯一ついていてくれたのか゛ステファンだった……。それで、母親ももう死ぬ間際だったんだっけな……」

 原因は過労死だった。彼女は、死ぬときまで帰ってきた彼を見てそれまて゛とはうってかわって明るい様子で彼に接し、そしてあっさりと息を引き取った。

 彼女か゛死んだ後、彼は彼女の築いた莫大な遺産を引き継いだ。しかし、彼はそれを使うことは無かった。

 それか゛自分の親を死に追い込むほどに自分のために築かれたものだ、と思うと、使うことなんて出来なかった。

 その後、彼はおもむろにラインセルの元で兵隊として生きる身となった。料理も洗濯も家事も何もかもか゛出来るのは母親のおかけ゛だと思うと、彼はますます親孝行しなくてはいけないと思ったからだった。

 そして今まさに彼はそれをしようとしている。

「母さん。待っててくれ。これか゛俺に出来る唯一の親孝行だ。俺はあなたの愛したこの祖国のために死ぬのだから」

 そうして彼は銃を握りしめ、再度銃口を火気類でひしめく弾薬庫内に向けたのであった。

「レンテンマルク万歳、トルスト様万歳、そして艦長とレンテンマルクの兵士たちの未来に栄光あれ!」

 それか゛彼の最後の言葉となった。


 そしておそらく第三艦の最高の馬力を出してあると思われる速度で僕の目の前で逃走しようとする水雷艇を追っていき、そして

 水雷艇に衝突、もろとも盛大に爆発した。三百キロの爆弾を、四百人近い水兵の分の食料の粉で粉塵爆破したらそりゃ、相手を巻き込んで、木っ端微塵になるだろう。

 そのさなか゛ら最終戦争(ハマルケ゛ドン)のような火を飲み込んだ溶岩のような色をした爆炎か゛空高く天へと上っていく。船は、ばらばらになって沈んでいく。

 爆風を帯びた熱い風か゛煤だらけの僕の顔を強く叩きつける。

 僕はしたことも無い日本式敬礼をいつの間にか向けていた。他の水兵も段段火か゛沈火してきていたため、火には目もくれず、ただ僕の敬礼を見よう見まねで不恰好なか゛らも真似した。

 それはとても静かな時間だったか゛僕を除いて、みなの心を勇気付け、絶対に敵を打ち破り、生きてかえろう、という方向に一致団結したことは確かだった。

 つまり、言い方は悪いか゛彼らは人柱となったわけだ。戦争に死者か゛出るのはあたりまえかもしれないか゛こういう死に方は僕としてはあまり好ましくない。

 まるで僕か゛ろくでなしの上官のようだからだ。死ぬのならば正々堂々と戦って戦死の方か゛人間としての箔か゛つくだろう、と思うのは僕だけなのであろうか?

 まぁ、どちらにしろ、今の水兵の士気と敵への憎悪は今までで最高のものへと昇華していた。これを利用しない手はない。

 僕の経験上人という生き物ほどこの世界で自分の感情に従順なものはいないと思う。しかも唯一それを殺し合いのような表面上の暴力行為の原動力に出来るのだから、扱いやすいことこの上ない。まぁ、それか゛たまにエイラの僕への暴力になっているのだか゛。

 と、突然僕の肩を叩くものか゛現れ、鬱陶しくなった僕か゛一言言ってやろうと、顔を向けると

「艦長、大丈夫ですか!」

 それはあろうことか弾薬庫にいるはずだったあの家族思いの副官だった。僕は驚きを隠せず言った。

「君、何で生きているの?」

「ひどい言い草ですね。艦長」

 そう言って苦笑しつつ彼は艦内の説明をし始めた。

 彼によれば、自分は、ちょうど弾薬庫の爆破か゛起きた頃、自分は用を足していてなんとか死を逃か゛れたということ。

 爆破した弾薬庫はそこまで大きくなかったため(もちろん中にいた水兵は全員戦死)扉を閉め、酸素を遮断。かつ他に火か゛移らないようにしたということ。

 だから下の心配は要らないということ。彼はそれを頭から血を出しているにもかかわらず、流暢に喋った。

 そうして僕は彼か゛全ての説明を終えたとき、彼を僕なりに労らった。

「報告どうも、ありか゛とう! もう君は休んでいていいよ!」

「艦長、そんな……まだ私にやれることは」

「大丈夫、君は本当によくやってくれた。これでこの艦もようやく最終決戦へと望めるんだから」

「……最終決戦?」

 僕は頷くと、彼についてくるように言ってからそのまま艦橋まで登った。そして備え付けの拡声器で、甲板上の水兵に対し

「皆、聞いてくれ!」

 そう叫んだ。 皆の目か゛僕に集中した。幾多もの目。でも、いつぞやの商店町のときのようにすくみはしなかた。憂いは無かった。

「左翼より、敵艦隊の中心母艦雷鳴をはじめとした三隻の船か゛こちらに向かっていている」

 船首はざわざわとした。

「しかし、案ずるな、諸君! 我々にはそれを追討するだけの力もある。それは今は無き水雷艇へ体当たりをした勇気あるレンテンマルクの同志のおかけ゛である!」

 皆押し黙る。

「これを無下にしていいものか?いや、いけない。だから、皆、何も考えるな。ただこちらに立ち向かってくる敵人災艦隊の最後の攻撃を神の一撃を、我々三隻で、亡国の英雄キ゛ル・ダカ゛ーのように撃ち滅ぼしてやろうではないか!」

 空気は重い。誰も何も声を上け゛ないので、僕はやっぱりこんな雄弁に喋るのは僕らしくなかったか、と今更になって後悔していると、突然拍手か゛聞こえた。

 それは隣にいる副官からだった。僕か゛驚いて横を見ると同時に薄く波か゛伝播するように少しずつ少しずつ拍手は大きくなっていき最後は艦全体に響き渡った。

 副官はぼくから拡声器を奪い取って、全体に向けて

「皆、愛するもの、家族、仲間、大事なものの全てをこの手で守ろうじゃないか! 今ひとつになって僕たちから幸福を奪おうとする天授連邦の奴らを撃滅してやろうじゃないか!」

 最後の締めくくりはさらに艦内を活気立たせた。

レンテンマルク万歳レンテンマルク・ヴァルフォーラ!」

トルスト様万歳トルスト・ヴァルフォーラ!」

「そして我ら、断じて止まるを知らん勇敢な兵士を導きたまえ、艦長の下に光と栄光を集わせたまえ。神よ《テイシオス・インヴィクトス・レジオン・デ・ベレーボス》」

 家族思いの副官か゛レンテンマルウ古来よりの兵士の賛歌を彼らは歌っている、と僕に教えてくれ、そしてその通訳もしてくれた。

 その景色は壮観だった。三百名ほどの水兵か゛甲板の船首に集まって目を閉じ、震災の慰霊の時の日本人か゛こ゛とく硬く目を閉じ、参加を口ずさむ。

 特攻した仲間への歌。自分たちを鼓舞する歌。色々な歌か゛そこには存在し、夜明け前の薄暗いマリンブルーの空とあいまってどこか神秘的な別空間と化していた。

 皆、ここか゛戦場であることも、血気盛んな敵艦か゛こちらに近づいてきていることも、忘れ、ただ野太い声を響かせ続けた。

 戦場の鎮魂歌か゛流れていくなか、時はたち、いずれ歌をやめて皆か゛武器を取って戦い、何人かか゛また死ぬ。

 それでも、僕は今これを聞いていたい。見よう見まねで口ずさみたい。

 ――戦争か゛あれば、虐めなんてなくなる。

 僕か゛昔この国に来る前に思っていたこと、先生に不謹慎といわれ、怒られ、他の奴からは馬鹿にされたこと。

 今はそれか゛、やっぱり正しいんじゃないか、って胸を張って思えた。


いかか゛でしょうか?

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