表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

最後の海戦 総統を決める戦い

いかがでしょうか?

八雲不利すぎますね

ちなみにアームストロング式と言うのは旧式艦載砲ではもっともベターなものです

エイラが、ちょうど議会の扉を勢いよく開けた頃、空には少しずつ仄かに灰色の、雨をぶくぶくとその腹に溜め込んだ雲が立ち込め始めていた。

そしてそんな中、僕が潜伏しているのは、北に海を臨む農業省の唯一の港湾都市、ココの宿の一室であった。

 ここは、十年前の戦争で天授連邦のレンテンマルク本土侵攻時の足がかりとなった港であり、戦後、恩賞として彼らに協力した農業省の地主の中でも、最大の広さを持つ土地と、天授連邦との貿易船の独占という破格の利益を彼らから授かることが出来たので北部の天授連邦寄りの地主の中でも、ここの地主は彼らに最も共鳴し最も彼らに従属していた。

 だから厄介だった。 十五日前早馬で数時間でたどり着いたこの町は海軍省の港湾都市ステッセルよりも発展していた。道路は他の都市のようなぬかるんだ地面ではなく、人々によって一つ一つ大小様々な石がびっしりと敷き詰められていた。

 そして僕はその石畳の上を未だに慣れることの無い馬の上から闊歩しているため、いやがおうでも街中では目立つし、何より軍服自体が水兵のセーラー服である海軍省とも違うし、農業省の兵士の緑色の軍服でもないため、人々は往来を歩く兵士と僕の格好を見比べて

『あの人は、陸軍省の軍人だべ。軍服の色からして絶対そうに違いないべ』

『だとしたら、何でこんなところに入るんさ?』

『さてね。わかりたくもないけんども、あんな子供さが戦争戦争だなんて口にする時代がまた来るとは、どうかしてるべ……』

 皆が僕を疎んでいる。あの目は僕がよくもとの世界にいた頃学校でよく向けられた目だ。僕は馬と共にその場に立ち止まった。

 その横を大勢の人々が通っていく。でもその目は僕に釘付けだ。何百何千の視線が僕の体中をあますところなく傷つけていく。

 僕は、エイラやジョナス、セラといった人間に一ヶ月近く触れ合って浮かれていたのかもしれない。現実からめいいっぱい逃げていたのかもしれない。

 というか現実って何だ?僕の目にしているもの、こうして大人、子供から疎まれている今と、エイラに馬に乗せて観光につれていってもらった一ヶ月前の僕。あのとき僕は、彼女とたくさん喋って、挑発に乗せたりもした。

 あの時のこと、僕は、鳥頭なのに鮮明に覚えている。それがまず驚きなのに、元の世界では哲学書ばかり読んでいた自分の変貌具合に自分で自分に驚いていた。

 馬がブルルンと一鳴きして、僕に早く行こう、と催促してくる。それで僕は、はっ、と我に帰った。

「今、どんなに考えたって何にもならないよな。僕は、今すべきことは、早いとこ宿を見つけて、港に行って、ラインセルさんが用意してくれた軍艦に乗って色々となれる訓練することだよな……」

 僕はそうつぶやいてから、軽く馬の首のあたりを擦った。それはとてもなめらかで、たてがみの感触は昨日ついなでてしまったエイラの髪のようにさらさらだった。

 馬は、もう一鳴きしてから、首を折り曲げ僕の手に顔をすりすりと擦り付け、僕が驚いて手を離したのをみるやいなや、ポクポクととてもゆっくり歩き始めた。

 

 私は、選挙の最終結果を見て、その場で子供っぽく飛び上がって喜んでしまったわ。あっ、子供っぽくっていっても、私まだピチピチホヤホヤの十七歳なんだけれどね。

 いや、そんなことより、私がどうして飛び上がって喜んでしまったかと言うと選挙の結果、あのヤクモの馬鹿が打ち立てた総統を決めるセンキョ、で、私が一票差で、あのアイザックの爺に勝っているのよ!

 議会には既に多くの議員が着席しており、いないのはヤクモの馬鹿だけ、という所。ほんと、あいつどこいっちゃったのかしらね>いや、別に心配してなんていないのだけれど、なんか私の部下だけが独りいないと心地が悪いじゃない。別にそれだけだからね?

 と、まぁ、あいつのことは後で見つけ次第とっちめて、吐かせればいいんだから。だからそのことは一旦頭の隅から追い出しておくことにして。

 と、私は議事堂の階段を降りてトルスト様が、座っておられる演壇に近づき、その近くの壁に貼ってある白い紙を見た。

 第一回レンテンマルク王国総統選挙 結果 エイラ・クシャーナ候補 現陸軍省長官 四十票  アイザック・ハインリヒ候補 現農業省長官 三十九票

 やっぱり勝ってる! 私がたった一票だけだけれども、それでも勝ちに変わりはないわ!

 と、そこで敗者のアイザックが、大勢の部下を引き連れてのこのこと、私の目の前に現れたので、私は得意げな気持ちで今までコケにされてきた分の鬱憤と合わせて言ってやった。

「どうよ?結果見た?見たわよね。見てないはず無いんだから!あんたの負けね。さぁ、とっととここから消えてどこかの島で隠居していなさい!」

 いやぁ、気持ちいいことこの上ないわね。ヤクモの馬鹿には、さんざん鳥頭言われて馬鹿にされ、この爺さんには陸軍省の無能なんて間接的に、コケにされたけど、これでもう馬鹿になんかさせないわ!

 お父様が昔私に言っていた言葉の一つに、『数字は絶対』というのがあったわ。そのときはそれがどういう意味かなんてよく分からなかったけど、こういう意味だったのね。お父様!

 とても今の私は機嫌がいい。どれくらいいかっていったら国家予算全額でヤクモの馬鹿の好きなスイルジャコタンを買いまくって、あいつを労ってやってもいいと思うくらい。

 まぁ、実際そんなことはしないけれどね。

 そして、私が、声を上げて笑っていると、それまで黙っていたはずのアイザックの爺は、相変わらずのしわがれ声で、

「……あのな、お主が水を差すようじゃが、まだ選挙の決着はついてはおらんぞ」

 私は笑うのを止め、アイザックの目を見つめた。なぜかって?だってこいつがあまりにも往生際が悪いから。何年も生きてきていい加減潔さというものを身につけたらどうなのよ。

「あんたね、結果は見ての通りよ!数字は絶対なんだから。爺の駄々なんか聞いている暇は無いの。そうと決まれば、トルスト様、私の総統任命の儀式は、」

 どのようにされますか、と言う前に、トルスト様はその白くて滑らかな指先で私のことを制し、こうおっしゃった。

「エイラ殿。アイザック殿の言うとおり、本当にまだ選挙は決着がついてない。エイラ殿。まずこの選挙で投票権のある人間は何人か考えてみて」

 私は必死にトルスト様から送られてきた選挙の注意事項の紙に書いてあったことを思い出そうと頭の中を探った。確か選挙権を持っているのは、その地域の地主で、えーと、確かそれぞれが治めている土地の市町村の長がそれぞれの意見を集めてきて、地主に報告、それを地主が集めて、自分の一票も入れつつ、その地域で小さな選挙を行い、勝った方を、その地域の意見とし、投票する。まぁ、私たちは農業省のように治める地域の分割なんかしていないので、単純にくじでどこ担当するかを決めるらしいけど。

 私はそれから、ずっと頭をひねったけど、どうしても出てこなかった。そして、私が、うんうんと、唸っていると

「……八十人じゃ。そんなことぐらい覚えておくのが当然じゃろうが、全く、何が、数は絶対じゃ。聞いてあきれるわ」

 この爺、本当むかつく奴ね。人の揚げ足とって、何が面白いのかしら。全く、誰だってミスぐらいあるじゃない。

「エイラ殿、それで、今投票した人数なんだけど……」

 トルスト様が私の状態を窺うような目で見てきた。別に私はどこも体に異常はないけど、彼女の目はまるで病気の患者をいたわる看護婦のそれであった。

 これ以上私の評価を下げてはいけない。せめて、ここで、私がさっと答えるぐらいの働きを見せなくては。えぇと、私に投票したお利巧な者が四十人、爺に投票した私以下の馬鹿野郎が三十九人。ということは合わせて……。

「あの、つかぬことを聞くが……お主、なんで指を折っているのじゃ?」

 あぁ、もう集中が乱れるから話しかけないでよね! 爺! 今いくつ数えているんだかわかんなくなるでしょ!

 そして私が、何も答えを返さなかったことで察したのか、嘆息してから彼は老獪とも思えぬ声量で怒鳴った。

「お主は子供か!」

「いや、子供だけど、何か?」

「そういうことを言っているのではないわ!お主、指などで数えるのは齢五に満たぬ赤子や稚児までぞ。それを超えたのなら、あたまで計算せい!全く。答えは二つ合わせて七十九じゃ。ほれ一人足らんじゃろう!」

 ……七十八、七十九.あっ、本当だ。何こいつ、私のこの指算に勝つなんて、なかなかじゃない。でもまぁ、今回は不意打ちだったしね、ちゃんと万全の状態からの同時スタート、をすれば普通に勝てるわね。

 トルスト様はまたしても嘆息なさってから、

「で、残った一人は、というと、……来たな」

 少し後方のほうでガチャ、と扉が開け放たれた音がして皆の目。もちろん私も扉に視線が集まった。

 正直私は、それはヤクモの馬鹿なんじゃないか、って心の中で期待していた。あいつは根暗だし、私のこと馬鹿にだってしてきて時折イラッ、とくることもあるけど、それでも少しは頼りになる男だと思う。天授連邦の戦争だって勝利に導いてくれたし、初めてトルスト様のお屋敷を訪ねたときも私のことを守ろうとしてくれた。だから、……いや、別に、別に、特に何かあるわけじゃないけど! ただね、その、ここで出てきて、この場を何とかしてくれるんじゃないかって淡い希望が、みたいな?

 よくわからない。こう言った私本人もよくわからない。ただ一つ分かるのは、その扉を開けた人物が言い放った一言目が、私を喜びの絶頂から引き摺り下ろしたことぐらいね。

「すいません。遅れました。最後の票は私、ラインセル・クロウです。もちろん、私は農業省の人間ですから?言わずもがな、票は」

 彼はその図体からは想像もつかない軽やかな動き階段を降り、そのまま議員の間をすり抜けて両方の投票箱を見比べた後、ゆっくりと自分の手の中の票を片方に入れた。



 宿の店主とは折り合いをつけながら、十五日の間、僕はラインセル氏から借りうけた四隻の巡洋艦を彼専属の水兵に命令し、その命令系統や作戦の流れを覚えさせる目的で海を航行した。

 この十五日間で雨は全く降らず、海が荒れることはなく、漁業船や天授連邦からの品物を載せた貿易船が多く見られた。僕が乗っている巡洋艦ヘイムレスの守り神(ギル・ダガー)(ギル・ダガーはレンテンマルク神話でヘイムレスに君臨する自然を司る神らしい)は、戦争終結後、レンテンマルク海軍に危機を感じたラインセル氏が、急いで大枚を叩き(たいまい はた)、多くの技師を集めて作らせた戦艦らしい。

 と言ってもやはり所詮はレンテンマルククオリティといったところで、その装甲は、戦艦自体はそれなりの強度を保てるよう質の良い金属で作り上げられているらしく、動力資源もかなりあるし、水兵も腕は悪くないものの、一番問題なのは肝心の搭載武器だった。日本の兵器をよく勉強してきた僕からすれば嘆息したくなるくらい、巡洋艦と呼ぶには少し程度の低いものであった。

 四隻共にまず大きさが普通の巡洋艦よりも小さい。

 全長は百五mのギル・ダガーをはじめとして他艦もおおよそ百メートル程度である。排水量は四千二百トンとそこそこで、速さは時速六十キロメートルとかなり速い。

 ただ先程も言ったようにとにかく兵器はひどい。司令塔の前に日本で言うところのアームストロング式十六センチ四十口径単装速射砲が防盾付きで一基。司令塔両脇の船橋に片舷一基ずつ、艦後部に一基、同じ速射砲が設置されている。

 そしてアームストロング式四十口径、十一.五センチ単装速射砲防盾付きが片舷四基ずつ両舷合わせて八基。たったこれだけ。

 単装速射砲とは戦艦の一兵器で、口径が小さい分、時間当たりにどれだけ撃てるかが主軸に置かれた艦載砲で、かなり対戦車砲と似たり寄ったりな所はある。

 しかしそれだけ。あとの三つの艦もせいぜいギル・ダガーに搭載された単装速射砲よりも口径が小さいものや単装砲と単装機砲が付いているだけ。本当にとんだ艦砲ラインナップだと思う。

 しかもそれで魚雷を発射する魚雷発射管が付いていないと言うのだから、泣けてくる。聞いた話によれば、竣工費が高すぎてラインセル氏がけちったらしい。本当に何をやっているんだと思うが、今更何を言ったところでもう遅いし、やるしかない。

 僕たちの唯一の武器はスピード。それで対抗するしかない。といってもほとんど負け戦のようなものだけども。なんせ敵は、先の大戦でレンテンマルク海軍を全滅させ、制海権を失わせた天授連邦海軍精鋭『人災艦隊』が、一六ほどの軍艦や水雷艇で構成された大艦隊を率いて今日の夜の一一時近くに攻めて来るという。

 十五日前の、ラインセル氏との密談でエイラを総統にするためには僕が命を張って敵に挑まなくてはいけないと聞いて最初は僕もそれしかないのか、と彼に尋ねた。しかし彼の話を聞いていると、どうも農業省の内部人事は思っている以上に卑劣え、なかなか狡猾な人間が多いらしく、選挙で勝った程度では彼らはそうやすやすとエイラに国家の全権を手中に治めさせる程甘くないらしい。

 だからもう形式的なものじゃなくて目に見えるもの、現実、事実として突きつけなくては彼らはいつでも刃向かってくる。そのためには彼らの後ろ盾えある天授連邦をコテンパンに叩き潰さなくてはいけない。

 そのために彼が練ったのは今日という年が変わる日、全ての省の兵士、高官が休日を過ごし、平和な日常を家族と過ごす日。農業省であるラインセル氏が天授連邦とコンタクトを取り、奇襲攻撃を持ちかける。そして精密に日時を決め、作戦や上陸後の流れを打ち合わせしたあと、その情報を知らされた僕は戦場となる北の海で、訓練をつみ、万全な状態で敵を迎え撃つ。ラインセル氏によれば、日をまたいでの激しい戦闘に持ち込めば勝機が望めるらしい。

 敵の船は航行速度は僕たちの船の四分の三程度で大きさも全長九十メートルを越すか越さないか程度のものが多く、急な反転などができないと言う欠点があるものの、そのかわり主力装甲艦『雷鳴』をはじめとして、防護巡洋艦や砲艇、水雷艇までバラエティに富んでおり、したがって動員兵力も多く、今回の海戦だって実に六千もの水兵が戦線に投入されるらしい。

 僕たちが、たった千四百ちかくの水兵で、人災艦隊に対抗するには、スピードを生かしつつの短期決戦で、かつ暗闇からの先制奇襲攻撃で敵が準備を整える前に叩き、これに大打撃を与える。これしか道は無い。

 僕は宿の自室の窓から外を見た。現在夕方の四時、風はびゅうびゅうと窓を揺らすほどに強く吹き荒れており、空には不安を感じざるをえない灰色の雲が立ち込めている。

 それでも今日は年越しと言うムードがあってか通りは商品を手に抱えた人々で賑わい、兵士は人っ子一人見当たらなかった。僕も元の世界にいた頃、年越しを家族で祝うことは無かった。ただ黒と朱が交じった空のパステルを、川辺で寂しそうに寝転がる名無しの野良猫と一緒に見ていた。

 川辺の猫がニャーと切なげに鳴いてそれに共鳴するように除夜の鐘が、響いたのが今でも記憶に残っているが、今僕の眼下にある光景はそんな僕の一人ぼっちの夕暮れメランコリーとは違って、家族連れにしろ友達連れにしろ若い恋人同士にしろ、夕暮れをバックに笑顔が良く生えていて、僕にはそれが羨ましくもあり、憎くもあった。

 戦争開始まであと七時間、そのころには僕達以外の皆は家の中で、僕達が戦っていることなど知らず、暖かい、笑顔の溢れた時間を送っているに違いない。そう考えるととても複雑な気分になった。エイラは、何をしているんだろうか?彼女もまたテレジアさんやノエルとともに暖に当たり、笑顔を保っているのかな。

 僕は、そう考えると胸が締め付けられたような気がした。この感覚は昔虐められて不登校になったとき、僕が夕暮れを見ていると、その近くを同じ学校の奴が、通りかかって、それを見て幼いながら、どこかスタートラインというものを見失い、必死に探していたあの頃の自分が感じていた苦しさに似ていた。

 僕は、気分が悪くなってすぐに思考を振り払って、水兵が、出撃準備お願いします、艦長、と呼びに来るまでの四時間、ベットに身を投げ出し、何もかもを夢として次に目を覚ましたら元の世界みたいなことが起きていないか、と淡い期待を抱きつつ、死んだように眠りについた。


「あんた!何で、こんな爺に票入れてんのよ!そこは私でしょうが!」

「おやおや、どうしたんですか?エイラ様、そのように取り乱してしまって。何で私があなたに票を入れなくてはいけないのですか?」

 そのラインセルの穏やかな物言いにエイラは、自分の勝利が帳消しになったこともあいまって、彼に対して激昂し、彼に飛び掛った。

「あんたね!この裏切り者!私覚えているから!あんたは現体制不満派なんでしょ!あれだけ、私とヤクモの馬鹿に、あんたの館で熱く語っていたのに、あれは嘘だったのね!」

 いきなり彼女が飛び掛ったことに加え、大人とはいえ、戦場働きの彼女の怪力にラインセルは組み伏せられた。しかし、その口元から余裕はなくならない。

「さて、何のことでしょうか?私が現体制不満派?そんなわけがないでしょう?私はアイザック様に忠誠を誓い、先王と共に天授連邦と戦を乗り越えてきた身。これで、彼に投票しないほうがおかしいでしょう。それにあなたは私があなたたちに熱く語ったと言いましたが」

――イツドコデアイマシタカ?

「あなたのその鳥頭の勝手な記憶捏造じゃないんですか?全くやめていただきたいものだ。そういう狂言を言ってないでどいていただけませんかね」

「……何なのよ!あんたはぁぁぁ!うああああっ!」

 エイラはたがが外れたように、自分の下に組み敷いたラインセルを両腕で力いっぱい殴りつけ始めた。ラインセルはそれを腕で受け止めようとするものの彼女の殴る腕が速く、止めることもままならなくて、何発かはもろに顔面に入っていた。

 エイラはその美貌にそぐわない血走った目で狂気のまま人にナイフを何度も突き刺す殺人犯のように無慈悲にその重い拳を上から振り下ろした。

「エイラちゃん!ほら、皆も彼女のこと抑えて!」

 その声に陸軍省の彼女の部下も海軍省の高官も皆がはっとさせられた。その声の主、セラは、いつもの彼女の間の抜けた表情ではない緊迫した表情で、暴れて周りのものが手をつけれらないエイラのもとに、颯爽と駆けつけ、彼女の体を後ろから羽交い絞めにし、倒れているラインセルから引き離した。

 エイラは急に横槍を入れられたため、怒りをうまく納めることが出来ず、矛先をセラに変えた。

「何すんのよ!離しなさいよ!セラ。あんた、私の味方でしょう!」

「わたしは、もちろんエイラちゃんの友達だよ! でも、友達と味方は違うよ!」

「あんたはそんな間抜けだから、分かっていないのよ。ことの重さが。こいつはね、裏切り者の売国奴なの。十五日かそこら前、こいつは、天授連邦との交戦を望んでいたんだから。それがよくもまぁ、私のことを騙してくれたものね。この非国民が!」

 と、突然、議事堂にパン、と言う乾いた音が響いた。殴られたエイラは何が起こったのかわからず頬を押さえて、呆然としている。

「エイラちゃん。もういい加減に落ち着いて! エイラちゃんが言ったことは本当なのかもしれないけど、今のままじゃ、エイラちゃんがただ嘘を並べ立てて怒鳴り散らしているようにしか聞こえないよ!」

 エイラの頬を張ったのは、セラであった。彼女はエイラの激昂を聞いているうちに、怒って彼女の羽交い絞めをはずしたあと、頬を張ったのであった。

「ラインセルさんも彼女を怒らせるようなことを言わないで下さい!あなたがもし本当にそんなことをしていなんだとしてももっと言い方があると、私は思います」

 珍しく彼女がまともな口調でまともなことを言っているのを見て彼女の部下をはじめ、陸軍省の高官までもが驚きを隠せなかった。

「確かに、セラ様の言う通りかもしれません。私も年下の人間の侮辱にも等しい虚言……っておっと失礼、に私も大人気なかった気がします。すいませんな。エイラ殿」

「あんたね、ちゃんと私が謝罪ってものがどういうものなのかを教えようか!」

 エイラは、そう言ってセラの中でじたばたしたものの、エイラよりセラのほうが力が強いようでびくともしなかったので、途中から彼女は諦めた。

 それを見てラインセルは、おもむろに演壇に登り、マイクに向かって言った。

「これで、私がアイザック様に票を入れたことで、引き分けになりました。ですね?エイラ様、アイザック様、トルスト様、他の省の議員の皆様」

 皆が押し黙った。雰囲気は重い。

「何か言いたいことがあるなら続けて。ラインセル殿」

 トルスト様が隣に立っているラインセルを見てそう言った。セルジュークは、訝しげにラインセルを見ながら、トルスト様を守るように姿勢を正した。

「ラインセル、あの小娘が言っていることは本当か?お前が、わしたち農業省に不満を持っているというのは」

 アイザックは悲壮な口調でラインセルに問いかけた。彼はラインセルを戦を生き抜いてきた最も信頼している部下として彼に真偽を問いただしたからだ。

 ラインセルは演壇の壇上から見下すようにアイザックを見て、その隣で歯軋りをするエイラに視線を移して、

「……さぁ、どうでしょうね?私に聞いていないで自分で考えて自分で決めてください」

 その曖昧な答え方は、アイザックを黙らせた。それを見て、ラインセルは満足げに、口元に笑みを作った。そしてすーっと軽く息を吸い込んでから

「さて、皆さん。選挙はご覧の通り、四十対四十で、引き分けに終わり、総統は決まることはありませんでした。しかし!ご安心を!この私、ラインセル・クロウが万一のことを想定して建てておいた計画、いやゲームの開始を、宣言したいと思います」

 議事堂内がざわめく。トルスト様は尋ねた。

「どういうことか、説明をラインセル殿」

「言われなくても分かっております。ゲームのルール説明をしたいと思います。まずこの宣戦布告調書をご覧下さい」

 そう言って彼は一枚の紙を取り出し、議員に見せ付けた。この国では公式の宣戦布告では、強国が弱国と思う国にどこを皮切りに攻めるかを手の内を明かすように調書にして送るのが慣例となっていて、これは国同士では侮辱のサインとして見られている。

「ここには敵は今日十二月三十一日十時に、港を十四隻の、彼らが誇る人災艦隊で、出港し、我が国の港、ココに到着次第、本土攻撃を行うそうです。そこで、私は思いました。これを総統が決らなかった場合の有事の選挙、ゲームにしようと」

 そして彼はさらに続ける。

「そしてその賭け、ゲームを決めるキーパーソンこそが、先ほどから、エイラ様あなたがいないいないとのたまわっておられるヤクモ殿なのですよ」

 彼は笑った。それは悪魔の笑みだった。エイラは事実を頭の中で認識するのにかなりの時間がかかり、認識が完了すると、

「あんた、ヤクモをどうするつもりよ!」

 羽交い絞めにしていたセラ、隣で聞いていたトルスト様、そして八雲と喧嘩したセルジュークまでもが、ラインセルを不気味に感じ、八雲の身を案じた。

「彼には私が所有する装甲巡洋艦ギル・ダガーをはじめとして四隻を貸し与えました。それで、今日の夜、ココを出港してもらい、ギル・ダガーとなって敵、人災艦隊と一戦を交えてもらう。そしてこのゲームの勝敗は、それで全てが決ります。総統どころか、この国の命運もね」



 僕は、それから外がめっきり暗くなって人通りが閑散とした頃、ダッフルコートを着た水兵に起こされ、静かな、支配人すらもいなくなった宿を出た。

 雨は本格的に降り出し、商店はその全てが閉まっている。逆に家の明かりが皆ついており中から楽しそうな子供たちの声が聞こえる家庭もある。

 僕はそんな暗い港までの人通りを無言のまま水兵と共に歩き、そしていつの間にかココの軍港にたどり着いた。

 そこには千四百の水兵が雨に当たりながら黙ったまま整列するという、とても壮観な光景があった。

「皆!艦長であるヤクモ様がいらっしゃった!これより彼から訓示を頂くので黙って聞くように!」

 そう言って僕に付き添っていた水兵は僕に、ではヤクモ様こちらに、と小学校で見かける朝礼のときに校長先生が使う地面よりも少し高く作られた台の上に上がるよう促してきたので、それに従った。

 そして、マイクを掴んで音量を少し調節してから、皆を見回した。

 雨に打たれながら、顔色変えない水兵たちとその後ろであれ始めてきた海にもまれながらも黒光りする表面が特徴的な4つの巡洋艦が碇のおかげでその場に留まり続け、早く出撃するよう僕に促しているようだった。

「皆、時間も無いので訓辞は手短に済まそうと思います。まずこの戦いは、勝とうと思わないで下さい。どれだけ長引かせられるか、それだけを考え、最後の最後まで全ての兵隊の皆さんが敵艦に速射砲を撃ち続け、攻撃の手を緩めないで下さい。そしてもし、艦がもうダメだと思ったとき、その時は」

 三百キロ程の爆弾を積んでおりますので、敵艦に自艦ごと衝突し、共に沈んでください。

 それは決して僕の提案ではなく、彼らの雇い主ラインセル氏が提案してきたものだ。

『この戦いは、相手の戦意を喪失させ、天授連邦海軍本営が、レンテンマルクから一切の手を引くことを目的だ』

『それはどういうことですか?』

『うちの農業省の天授連邦派の連中は、支援を受けていて、彼らの後ろ盾があるから、自分たちに気に食わないことがあれば、反発して来るんだ。で、負かされそうになったらそいつらに泣きつけばいいからな。だから、奴らの人災艦隊を油断させて、港から出撃させ、ある程度の地点まで来たところで、お前に貸し与えた軍艦で奇襲をし、大打撃を与えて欲しい』

『どこまで、やればいいんですか?』

『相手が自分たちの港に逃げ帰るまでだ。そうすれば、私が、それを賭けの材料にしてエイラ様を総統にしてやる』

『それで食いついてきますかね?』

『絶対食いついてくるさ。だって、自分たちの後ろ盾をかけた問題だからね。これでお前が、敵を壊滅させれば、奴らは全ての利権と発言権を失い、反論もできなくなるさ。だから、、あとはお前だけが頼りなんだ』

 だから、敵を一艦でも多く沈めなくてはいけないということで、ラインセル氏が、言ったのだが、僕としてはあまりにも非人道的すぎる命令であるように思える。やっていることは大方日本軍の神風特攻隊と変わらないから。

 しかし水兵の間で誰一人として反発するものも、これから来るやもしれない死への恐怖に怯え、泣くものも、おらず、皆黙って僕の命令を聞いていた。それはとても怖い光景であり、かつ軍人の本気を見た気がした。

 誰一人として、死を、私を考えず、国のため、未来のためにその命をささげんという雰囲気がひしひしと伝わってきて、僕はその後軽い作戦の概要を伝えて、敵を夜の海に沈めて見せよう、十年前の弔い合戦だ、と気合を入れて言ってから訓辞を切り上げ、すぐに全水兵に、それぞれの巡洋艦に乗り込むよう言った。

 動きは訓練していたおかげで皆スムーズで十分もかからないで全兵が配置についたとの報告を受けた。かく言う僕も一等艦と定めたギル・ダガーに乗り込み、雨がバチバチ、と叩きつける総司令官室の中で他の水兵を見回した。

 どの兵士も力強く頷いた。まるで僕は一人じゃないと言うかのようで、僕は何だか勇気付けられた。

『全艦発進!一等艦に続いて二等艦、三等艦、と縦列を崩さないように続け!進路北北西、敵艦を見つけ次第速射砲発射で、奇襲攻撃をかける!』

 そして船は汽笛と共に港を発進した。

 長い長い死闘が始まる。

次で全てが決ります

八雲は生き残れるのか、エイラは総統になれるのか

次号にこうご期待!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ