第1話 拮抗の崩壊
PDF及び縦読み推奨です。
あと今回からキャラ紹介を入れる事にしました。
スウェン・カールスレント
この物語のメイン主人公。19歳。
寡黙な性格で、感情を面に出さないようにしているが意志はしっかりとしている。紛争孤児であり、軍に保護されそのまま兵士として育てられた過去を持つ。リベリオンの専属パイロット。
クレイン・ウィルローフ
本作の第2主人公。24歳。
シュタールのテストパイロット。宇宙軍の人員不足からネビリムの護衛も兼任していた。何でもそつなくこなすが、実は射撃戦が得意。開戦当初に恋人が行方不明になり、今でも生存を信じ続けている。
アリサ・バーミリオン
本作のヒロイン的な女の子。24歳。
一言で表すと超がつくほどの天才。父の死後、軍需産業であるバーミリオン・ディフェンシブ・テクノロジース(以降VDT)を引き継ぎ社長となる。また、シュタールやリベリオンを開発した責任者でもある。クレインの恋人であった女性とは大親友であり、クレインとは逆に死んだと思うことで過去を断ち切っている。
――およそ2年前。
太陽系暦216年 統一連合宇宙軍 月本部
広い映画館のような一室に乾いた音が一つ響いた。
そこにいたあるものは驚愕に目を見開き、あるものは両腕で頭を覆い隠しながら怯え、またあるものは視線をそらした。
ずしんと鈍い音を立てて、男が倒れる。胸には一発の銃創が穿たれ、赤い鮮血が床へと広がっていく。
「申し訳ありません閣下」
淡く透き通る青の髪を靡かせて、そのコートに飛んだ血をふき取った。その手には拳銃が握られ、火薬の匂いを放っている。
「諸君、聞いて欲しい。たった今、統一宇宙軍の全指揮権は私に移った。あの忌々しい侵略者どもを追い払うべく、私は皆に助力を願うほかない。どうか、勝利のためにみなの力を!」
長身の男が高らかに言い放つ。その優麗な顔と鋭くも冷酷な瞳には自信が満ちている。その傍らには、物言わぬ骸となった前指揮官が転がっている。その光景が、誰もが彼の言葉に賛同するほかないということを示しているかのようでもある。
実際、誰一人として彼を糾弾するようなことはなかった。骸となった前指揮官は人格的に問題が多かった。セクハラや差別に侮蔑は日常茶飯事で、気に入らなければ権力を盾に暴れ、怒り狂う。なぜ彼が統一宇宙軍の司令官になれたのか、疑問に思うほど彼は無能だった。それを討った男は英雄のように映ったのかもしれない。
そうして彼は、瞬く間に宇宙軍の全権を掌握したのである。
そして……
太陽系暦 218年 9月 統一連合宇宙軍 月本部
「時が訪れた、奴等に鉄槌を下すこの時が――」
男は笑っていた。それは悪魔のような不気味なものだ。
「――奴を呼べ」
インターホンに告げ、彼は再び笑い出す。悪意に満ちた顔で……。
太陽系暦 218年 9月末 ヘルシャフト皇国 首都ハルファス
「威力偵察任務中のフリゲート2隻が消息を絶ちました。現在、原因を究明中です」
跪いた姿勢で中年の男が報じる。
そこは豪奢な作りの一室だった。男の前方には玉座があり、そこへと伸びるのは一直線の赤い絨毯だ。中世の謁見の間を忠実に再現したその部屋には、跪く男のほかに数名の近衛兵と威厳に満ち溢れた若い男が鎮座している。
シュバルツ・フォン・ヘルシャフト。その名が示す通り、この男こそがこの国を治める皇帝である。
煌びやかな装飾の施された白い礼服に身を固めたシュバルツは、眉一つ動かさず逡巡した後に、男へと命じた。
「第3機動艦隊、それと白狼(Weiβ wolf)を使え」
男は驚いてその頭を上げた。
「この消失には間違いなく何かある。全力を挙げろ」
重ねられた命令に男は深々と頭を下げ、去っていった。
『ついに動き出したか』
彼の思考には確かな確信があった。偵察艦隊の消失。これは恐らく始まりに過ぎないということ、そしてここからが本当の戦いだということを。
太陽系暦 218年 10月初頭 統一連合宇宙軍管轄区 コロニー ロノウェー
常闇の宇宙を目まぐるしく行き交う2つの光点があった。
それは複雑に動き、時にぶつかってはまた、複雑な移動を繰り返している。
『warning』
警報がコックピットに響き、ペダルと操縦桿を動かす音に舌打ちが続く。
「……ッ!」
クレインは奥歯をかみ締めながらフットペダルを踏み込んだ。スラスターが唸るように推力を上げ、機体を加速させる。Gによってシートに押し付けられながら、シュタールの左腕に握られた光刃を振り下ろす。
だが、目の前にいたもう1機は宙返りしてそれを回避。間隙を縫って抜刀。抜かれた光刃をシュタールの胴に目掛けて降りぬいてくる。ディスプレイいっぱいに光が広がり、瞬間、全てが途絶えた。
「テスト終了。パイロットは退乗してください」
プシュゥという空気の抜ける音と共にボール状のそれが口をあけた。
「お疲れ様です」
声と共にドリンクが差し出される。クレインはそれを受け取ると、渡してきた女性職員に尋ねた。
「結果は?」
「上々です。正確なデータはまだですが、リアルタイムのほうでは十分でした」
「そうか。なら次は射撃のほうをテストしたい。準備を」
「わかりました」
一礼し、女性職員は去っていく。その背中を見送ることもなく、クレインはもう一台の方へと歩き出した。
「お疲れ」
クレインはシミュレーターの脇に立つ少年に声をかける。
やや長めの黒髪に、感情の薄い面。しかしそれでいてクレインへと向けられる黒い瞳には確かな意志が宿っている。
「どうだい?」
「どうと聞かれても、答えに困るのですが」
「機体のことだ」
「驚くべきものかと」
「そりゃそうだ」
「だからこそ、なぜ自分がパイロットに?」
「なんでって、そりゃ……適正?」
聞き飽きた、というニュアンスの含まれた視線をクレインは無視し、話し続ける。
「ま、選ばれちまったんだし。細かいことは気にすんな」
「あなたがやれば良かったのでは」
「おいおい、勘弁してくれよ。人手不足のせいで、いろいろと軍人まがいのこともやってるが、俺は軍人じゃない」
「似たようなものでしょう。それに、さっきの戦闘だって……」
言いかけて、その言葉は意味を成さなかった。
「やっと見つけた! データの見直しさっさと……って、どちらさん?」
アリサだった。蹴破るような勢いで扉を潜り、早足でクレインへと言い寄った。
「3日もここに居るのに挨拶もしてないのかよ、お前」
「私は忙しいの! で、この人は?」
びしっと指を刺して言い放つ。アリサの辞書に失礼という言葉は無いらしいな、とクレインは暗鬱な気分になりながらも少年を紹介した。
「こいつは、スウェン・カールスレント少尉。リベリオンのパイロットだ」
数秒間、アリサは固まり、そして弾かれたように声を上げた。
「この子が、冗談でしょ!?」
アリサが抗議の目を向けてくるが、それを肩をすくめて受け流す。
「この子って、あんたこそ誰なんだ?」
年下に見られたことが感に触ったのか、瞳には僅かな敵意が見て取れた。
「まぁ、気持ちは分からんでもないが、こいつは俺と同い年だ」
その言葉にこの世の終わりでも見たような絶望的な瞳を向けた後、それは哀れみの瞳へと移り変わる。
「万年153で悪いかぁぁぁ! 伸びねぇんだよぉ、コンチクショー」
「まぁ、そういうわけだから。あと、こんなんでもうちのボス……社長なんだ。そんでついでにリベリオンの設計者でもある」
「こんなんとか言うな! 減給よ!」
などと怒り狂うアリサに。驚きからか目を見ひらいたのは一瞬、いつもの無表情へと変わる。
「……」
「何よ!? あんたもなんか文句あんの!」
食って掛かるアリサを「どう、どう」とクレインがなだめ、話題をそらす。
「そういえば、なんか用事で来たんだろ?」
言われ、ハッと思い出したようにアリサは口を押さえた。
たった今、シミュレータによる模擬戦を終えた二人に向けて、
「今から、模擬戦をやりなさい!」
そう、命令した。
そこはネビリムの艦橋だ。艦自体はドックに曳航してあるが、観測するにはこの上ない設備が整っている。
一方の2人はというと、コックピットでそのときを待っていた。
一定の距離を置いて配置された2機のCM。シミュレータではなく実機による模擬戦だ。
2機が手にしているのは観測用のライフルとサーベルだ。トリガーを引けば信号が放たれ、それによって攻撃判定が行われる。命中判定が出れば機体の運動制御プログラムにロックがかかり損傷を再現するというシステムらしい。
らしいというのも、実際に運用するのはこれが始めてのようで、ほとんど骨組みだけだったものをこの数日でアリサが完成させたらしい。
「両機、配置完了」
オペレーターが告げ。アリサが開始の合図を出した。
同時に、スウェンとクレインが機体を加速させ距離を縮めていく。
スウェンは接近するクレインのシュタールに狙いを定め、発砲。データ上のビームが放たれ、それがクレイン機へと伝達される。
警報。
システムは正しく動作し、クレイン機のコックピットでアラートが響いた。操縦桿を操り、回避機動を行う。同時にライフルを構え発砲。半ば目くら撃ちであるが牽制にはなる。
スウェン機のコックピットでも警報が響き、スウェンはスラスターを吹かした。
スウェンの乗るリベリオンはクレインのシュタールと比べて肉付けされたイメージを与える。人間で言うならばシュタールは痩せ型で、リベリオンは中肉中背といったところだろう。カラーリングは白で、宇宙に浮かぶその姿は、暗闇に浮かぶ幽霊をイメージさせる。
相手の機動を予測し、ライフルを放つが、広い宇宙空間で命中させるのは困難なことだ。従来までの機体の運動性ならばともかく、新型機同士というこの状況ではそれが顕著だった。
わずかばかりの射撃戦は直ぐに終わりを迎えた。
2機はスラスターを吹かして加速。ぶつかるような機動で接近していく。
抜刀し、交差。侍の居合い切りの格好で2機が刃を振るう。
両機のディスプレイには『negative』の文字が浮かび、命中していないということを示す。
2機が反転。再び刃を振るう。衝撃がコックピットを揺らし、2機は鍔迫り合いの格好となった。
「コラ! あんたたちもう少し機体を大事にしなさいよね!」
通信機から聞こえてくるアリサの怒声も2人の耳には入らなかった。
「!?」
放たれたのは蹴りだ。スウェンは驚きながらもそれを腕で防ぎ、剣を振るう。四肢を持つCMには機械という常識は通用しない。人の延長線上にあると考え、人が行うであろう動作には常に注意しなければならないのだ。
僅かな遅れ。蹴りによって意表を突かれたスウェンの振りは、わずかに遅れていた。身を翻すように距離を詰められ、回転切りが彼を襲った。
『effective』
有効を示す文字が画面に浮かび、一瞬遅れて『you loss』の文字がスウェン機へと表示された。
流石に『game over』とは表示されなかったが、どこかゲームチックなシステムにアリサらしさを感じ、クレインは通信を開いた。
「いっそゲーム開発部でも作ったらどうだ?」
「それは良い考えね。実機顔負けのシミュレータでも売り出そうかしら」
などと、ノってくるあたり良いデータが取れたのだろう。先ほどの怒声を無視していたため内心ひやひやしていたクレインであったが、杞憂に終わりそうだと安堵する。
「そんで、スウェン君や」
「なんですか」
「射撃の精度も高いし、反射も判断も良い。だが、君の動きは模範的過ぎる」
実戦では誰もが生き残ろうと必死だ。どんな手段を使ってくるか予想できない。確かに軍の教科書にのっている基本的な機動戦術は大事であるが、状況に合わせた臨機応変な動きが戦場では生死を分ける。今のスウェンがそうだったように――。
「了解」
答え、スウェンは通信を閉じた。
「模範的か――」
そういわれても彼にはピンと来なかった。彼は孤児だった。それは別に珍しいことではない。統一政府が樹立されても、紛争、飢餓、貧困は消えていない。読み書きさえ出来なかった自分を拾い、生きるすべを教えたのは軍だ。たとえそれが模範的だと言われても、彼はそれ以外のことを多く知らなかった。
同時刻 統一連合宇宙軍管轄区 コロニー ロノウェー 港安管理局
「船? どこの所属だ」
「わかりません。応答なし」
港の管理を行う管制室は喧騒に包まれていた。
「不明船より、電磁妨害!? ジャミングです!」
「なんだと!? 明らかな戦闘行為だぞ!」
蜂の巣でも突いたような騒ぎは管理局全体へと直ぐに伝播していく。
「防衛部隊にスクランブル! 全力で防衛に当たらせろ!」
苦虫を噛み潰したような顔で司令官の男が怒鳴り、警報が鳴り響く。
すぐさま防衛を担う機動部隊に命令が下され、防空艦3隻、駆逐艦2隻、巡洋艦1隻からなる艦隊が出航する。また、それに搭載された艦載機を含めた36機のCMも順次発進準備を進めていく。
そしてその情報はネビリムへも伝えられていた。
「敵襲!?」
アリサが怒鳴るようにその知らせを繰り返した。
「どうするかね?」
シェパードの問いにアリサは一瞬、躊躇うような表情を浮かべ直ぐにそれを消し去った。
「逃げましょう。うちの社員は直ちに重要区画から退避を始めさせ、データのバックアップの完了と同時に重要区画を爆破します。その後、わが社の社員は敵へ降伏し出来る限りの時間稼ぎを行わせます。一部の機密は漏れるでしょうが、機体とこの艦のデータは絶対渡すわけにはいきません」
「最もなご意見だ。この艦のステルス性を最大限利用すれば、防衛部隊が時間を稼いでいる間に隠密航行で離脱も可能でしょう」
「では、直ちに出港準備に入ってください。あいつらにも直ぐに戻るように伝えて」
前半はシェパードへ向けて、後半はミラへと向けてアリサはそう命じた。
「了解です」
ミラがそれに応じて、スウェンとクレインへの通信回線を開き、状況を伝えた。
だが、
「え、あの……ちょっと」
ミラの戸惑う声が聞こえ、気になったアリサは通信へと割り込んだ。
「どうしたの?」
「そ、それが」
「離脱には賛同できない」
クレインの言葉にアリサの頭へと血液が集まっていく。
「あんたなに言ってるか分かってるの!?」
「ああ、もちろんだ」
「まさか敵に降伏しろとでも言うんじゃないでしょうね!?」
「そんなわけがないだろう?」
「じゃあどうするっていうのよ!」
全ての音を消し去るような勢いでアリサが叫ぶ。
「迎え撃つ」
静かに発せられたスウェンの言葉。それが、さらにアリサの神経を逆撫でする。
「ふざけないで! そんな戦力はないわ!」
「あるじゃないか、ここに」
「リベリオンとシュタールの性能ならば実行は可能です」
「失敗したらどうするつもりよ!?」
「ここで失敗するようならこの計画がそもそも破綻しているだろう? 俺たちは戦局を変えうる機体を開発しているんだからな」
「それは完成したらでしょう! シュタールはともかくリベリオンはまだ……」
そこまで言って、残りは言葉にならなかった。それ以上は最重要機密に該当する。まだ、話すわけには行かない。
「基本フレームは完成してるんだ。少なくともシュタールと同等のスペックはあるはずだろ」
「フリゲート2隻を沈めたと聞いたが?」
「あの時とは状況が違うわ!」
「離脱に失敗した場合は今より状況が悪くなるぞ」
「そんなのやってみなけりゃわからないじゃない! 万一のときはまた判断を下すわ!」
「そうだな、やってみなけりゃわからないんだ」
「!?」
「今ならまだコロニー守備隊との共闘も出来る。そこまで分の悪い賭けじゃないはずだ」
アリサは肩を震わせていた。本心を言えば施設を放棄などしたくはない。ここには、自分の部下が居て、友人もいる。そしてその友人にだって友人がいるのだ。そうやって人と人は繋がっている。そのつながりを自分が壊そうとしているのは辛かった。それでも、アリサは感情を押し殺し、その決断を下した。
プロジェクトの責任者として、この会社のトップとして――。
「俺たちが時間を稼げば職員の脱出だって出来る。たとえ結果は最悪でも、データが届けば開発は続けられる」
「最悪な結果になんてならないわ」
うつむいていたアリサが顔を上げる。
「私の作った機体が負けるわけないじゃない!」
アリサは考えを切り替えた。
本当に守るべきは、物なんかじゃない。自分は何のためにこの機体を設計し開発したのだ。
「ライフルを射出するわ、受け取りなさい。準備が整い次第、ネビリムも向かうわ」
『いいわよね?』という視線をシェパードへと送り、シェパードがそれに対し、
「総員第一種戦闘配置!」
という台詞で答える。
「借りるわね」
断り、アリサは奪うように端末を操作する。
「私よ、ACBRを2挺射出して。あと、予備のカートリッジも忘れないで、よろしく」
通信を終えたアリサは、
「艦長、あいつらをお願いします」
それだけ言い残し、アリサはブリッジを後にした。
「私にだって出来ることがある」
自分に言い聞かせるように彼女は呟くとコロニー内の施設へと向かっていった。
「第007分隊交信途絶」
「防空艦キッシュ轟沈」
「第一次防衛ライン浸透、第二ライン形成開始」
「駆逐艦デュケーン、小破。後方へ」
「第4小隊が全滅。第6小隊が穴を埋めます」
港安管理局の管制室では絶望が広がっていた。戦闘を開始して十数分。コロニー守備隊は圧倒的な劣勢へと追い込まれていた。前線の部隊からの報告によれば、敵は白狼(Weiβ wolf)と呼ばれるヘルシャフト皇国の最精鋭部隊だった。
「全機、狩りの時間だ! 突撃っ!」
白狼達を束ねる部隊長のレオンハルトが命じ、部下達の「了解!」の声が重なる。
ディスプレイ画面に映るのは多数の敵機と戦闘艦だ。
雨のように放たれる対空砲火。その隙間を抜けながら白き狼達はその牙を剥いた。
照準が統一宇宙軍の主力CM、フラジールを捉えるや、火を噴いた。モードは3点バースト。瞬間的に3発の弾丸が放たれ、フラジールの華奢な装甲を貫いた。
火を噴きながら虚空へと散っていく敵機を一瞥もせずに、レオンハルトは次なる獲物へと牙を向ける。
彼等が白狼と呼ばれる所以は期待の色とそのエンブレムだ。レオンハルトの駆るベリアルは白いカラーリングが施され、肩に描かれた白い狼はそのレオンハルトの活躍を、戦場を駆け抜ける白い狼に喩えて描かれたものだ。
そして、いつしか彼の元へは腕利きが集められるようになり、白狼隊が結成された。
味方にとってはこの上ない希望を与え、敵には絶望を与える。それが白狼隊だった。
そして、今日もまたその狼によって敵達が屠られていく。
戦況は圧倒的だった。前面に展開していた防空艦を沈め、レオンハルトは接近する機影を捉えた。
―― 敵を落とした瞬間が一番危険なのだ。―― ヘルシャフト皇国 軍事教本より。
フラジールがライフルを発砲する。スラスターを噴射。掠めた弾丸が装甲で火花を散らす。
「詰めが甘い!」
彼の機動は絶妙だった。危険な物だけを回避し、余計なものはベリアルの装甲を以って弾く。機体のコンセプトをそのまま体現した戦い方だ。細い簡素なシルエットがディスプレイの中心へと重なり、弾丸を喰らい弾ける。
その間にも、味方機が次々に敵機を沈め、駆逐艦を巡洋艦を戦闘不能へと追い込んでいく。
だが、そこで異変が起こった。
「隊長、何かが……うわぁっ」
部下からの通信が途切れ、レーダに移っていたマーカーが消滅する。
「ノエル、ボウマン。私に続けっ!」
部下に命じ、レオンハルトはスラスターを吹かした。
「早いな」
ディスプレイに映る光点が異常なまでの速度で動いている。レオンハルトはそれがフラジールとは思えなかった。
「新型?」
考えて、レオンハルトは囲むような機動で接近するように伝える。
「油断するなよ! 突撃!」
ペダルをいっぱいにまで踏み込み最大加速をかける。押しつぶされそうになりながらも、彼は奥歯をかみ締めてディスプレイを睨み据えた。
発光。同時に脇を光線が横切る。
「粒子ビームか!」
言って、彼は嫌な感じを覚えた。
「ノエル、ボウマン回避だ!」
気がつくと直感的に叫んでいた。
再び発光。ボウマンの乗るベリアルが光の球へと包まれる。
「ノエル! 敵はビーム兵器を持っている。距離を詰めろ、このままでは不利だ!」
叫び、レオンハルトは敵機に向けて突撃した。
放たれる光の弾丸。それをレオンハルトはぎりぎりのタイミングでかわし、距離を詰めていく。精度は確かに高いが、射線自体は読めないものでもない。一方のノエルも危なげな動きでこそあるが、かなりの速度で距離を詰めていた。
「距離さえ詰まれば!」
戦術鉈を引き抜くと同時に、ディスプレイに白い敵機のシルエットが浮かび上がる。放たれた閃光が先ほどまでいた空間を貫いていく。
「お前も白かっ!」
叫び鉈を振り下ろす。白い敵機……リベリオンは後方へと下がるようにそれをよける。
「ノエル!」
そこへノエル機が散弾砲を撃ちかける。連携は完璧だった。だが、その第二撃をリベリオンは爆発的な加速によって回避する。
チャンスはピンチへと変わっていた。
回避したと同時に、硬直したノエル機へと、その銃口が向けられる。
「――ッ!?」
迸る閃光。続いて通信機から聞こえるノエルの悲鳴。
「これ以上は、やらせん!」
レオンハルトは背部のアタッチドアームズ(attached arms=付属された腕)を駆動させ予備として携行していたバズーカを腰だめで発射した。それに平行して右腕のアサルトライフルもフルオートに切り替え乱射する。その猛攻にリベリオンは距離を取るように後退せざるを得ない。
反撃の暇を与えぬ内に、ノエル機へと接触。回収を図る。鉈を腰部へと収納し、アタッチドアームズによる牽制射撃を続けながらレオンハルトはリベリオンから離れていく。
「隊長! トッドとニコライもやられた。このままじゃ全滅しちまう」
レーダーにはもう1機の高速で機動する敵機を捉えていた。切羽詰った様子で呼びかけてくる部下の声に、レオンハルトは即断する。
「退却する。全機、直ちに戦闘宙域から離脱せよ。合流はポイントD3。各機の健闘を祈る!」
命じ、レオンハルトも離脱を図る。あれほどの機動性だ、振り切るのは容易ではない。抱えたノエル機を投棄すれば見込みもあるだろうが、それは絶対に駄目だと理性が叫んでいる。バズーカの残弾が0を示し、自動で廃棄される。刹那、側面を光線が通り抜け、前方に漂っていた破片に当たり、爆発を生む。警報は鳴りっぱなしだ。思わず壊しそうな衝動に駆られるが、それをぐっと堪え、レオンハルトは回避に集中した。
それは永遠とも思えるような時間だった。
だが、悪夢から覚めるように、その時間は終わりを告げた。
「損傷確認、左腕、右脚部をロスト。頭部に小規模の損傷、か」
部隊の合流ポイントへとたどり着いたとき、彼のベリアルは満身創痍といった状況だった。
「生き残ったのはこれだけか」
無事に合流ポイントへとたどり着いたのはレオンハルトとノエルを除いてわずかに3機だけだ。出撃時は18機だったことを考えると13機が未帰還ということになる。
「隊長……」
憔悴した部下の声がレオンハルトの胸を抉る。
「我々はこれより、アブキールへと帰還する。各員いいたいこともあるだろうが、今は堪えてくれ」
レオンハルトの言葉に対して、疲労と様々なものを失ったことの反動からか誰も何も言わなかった。レオンハルトはそれをどこかでありがたく感じつつも、両肩にのしかかる重圧にただ拳を強く握り締めた。
統一連合宇宙軍管轄区 コロニー ロノウェー
戦闘を終えた港安管制室では歓喜が巻き起こっていた。失ったものも決して少なくはないが、今はまだ生き残れたことに対する喜びのほうが勝っているのだろう。誰もが安堵に胸を撫で下ろし、生きていることを確かめ合っている。だが、喜んでばかりいられない者たちもいた。
「よくやったわ。おかげでうちの損害は皆無。これだけの戦闘データが取れたことを考えればお釣が来るわ」
びしっと指を刺してアリサが宣言する。だが、その顔に緩んでいる様子はない。むしろその逆だった。
ネビリムのブリーフィングルームにはアリサ、クレイン、シェパードの3人がこれからについての話し合いを行うべく集まっていた。
「今回はどうにかなったけど問題も山積みよ。敵に逃げられたわけだから、この計画が敵に露見したことになるわね」
「第二、第三の攻撃があると?」
「当然じゃない。私が敵の指揮官なら早急に部隊を再編して、再度攻撃に移るわ。それももっと大規模なやり方でね」
「ま、そりゃそうだよな」
肩を竦めてみせるクレインをアリサが睨みつける。
「艦長、本部との連絡はどうでした?」
「残念だが援軍は期待できん、上層部は及び腰だ」
「これだけの戦果を上げても認めないのね」
予想していたのか、やれやれといった様子でアリサがため息をついた。
「戦力は常に不足しているからな」
「まぁ、リベリオンのパイロットがスウェンに決まったのも前線の人員を割けないからってのもあったわけだしね」
アリサが頭を抱えるようにうなだれる。
「そんで、スウェンはどうしてんの?」
「自室で休ませてるよ、アイツにとってあれが初陣だし、考えてるよりも疲れてるだろうからな」
「そうだね」
そう言ったアリサの表情はどこか心配そうだ。
「まぁ、通過儀礼もなかったし、精神的にはタフだよアイツは」
「だといいけど」
アリサが話題を変えるようにスクリーンの画面を切り替えた。
「それでこれからの方針だけど、何か意見とかある?」
クレインの方へと視線を向けながらアリサが尋ねる。
「尋ねる相手俺かよ……艦長に聞けばいいじゃねぇか」
「艦長にはさっき聞いた」
ため息をつくクレイン。
「そうだな、どうせ狙われるなら身軽なほうがいい。直ぐにネビリムを出航させて、どっかの部隊と合流するのが妥当じゃないか?」
「うわっ」
「なんだよ、うわって」
「クレインとかぶった」
心底嫌そうな顔をみせるアリサ。
「随分とひでぇな」
「うそうそ、冗談だって」
笑うアリサに何度目か分からないため息を零しつつ。クレインはシェパードへと視線を向けた。
「私もそれに賛同している。気にすることはない」
「問題はどこと何処で合流するかですね」
「理想を言えば月の部隊と合流できれば最高なのだが、直行できる距離ではないな。途中、戦闘があることを想定すれば補給の問題もある」
「特に水はいくらあっても足りませんからね」
「なら……うん。いけるかも」
アリサは呟きながら手を叩くと、立ち上がった。
「艦の針路をコロニーヴィーネへと向けてもらえますか?」
「理由を聞いておこうか」
「あそこにはうちの支部がありまして、補給くらいならどうにかなるはずです」
それに……と一瞬言いよどみながらもアリサは続けた。
「確証はありませんが、戦力の補強も出来るかもしれません」
アリサの提案を暫く審議した結果、コロニーヴィーネへと向かうことが決まった。
また、先の戦闘で生き残ったコロニー ロノウェー配備の駆逐艦ボナパルトを半ば強引に編入し、同じく生き残ったCM6機も随伴させることが決まりわずかばかりの戦力が増強され、ネビリムは出航のときを迎えた。また、それ以外の職員は重要なデータの抹消後、救命艇とシャトルによって脱出する運びとなった。
「全ての準備整いました」
オペレータが告げ、艦橋の緊張が高まる。
「厳しい航海になりそうだな」
そう言いながらもクレインの表情は明るい。
「ま、いざって時はあんた達に懸かってるんだからね」
クレインを指差してアリサが言い放つ。
「だがやり遂げねばならん」
しっかりとした口調でシェパードが締めくくり、副艦長のダリルが出航の命令を出した。
「これより、本艦は出航する。総員第2種戦闘配置!」
ネビリムの戦いはまだ始まったばかりだ――。
第1話更新です!
大変です。大変でした。本当に。
なんかちょっとだけ俳句っぽい。字、余ってますが……。
書きたいシーンは頭に浮かぶのに、それが文字情報へと変換できないというバグが私の頭で起こっています。言い方を変えると致命的なエラーです。
今回から視点がちょこちょこ変わります。敵とか味方とかいろいろです。戦争物は書くこと多いんですね勉強になりました。
今回、戦闘シーンは控えめでお送りしています。本気で書くと戦闘シーンだけで1話終わりそうだったので……。多分、2話の戦闘は濃いかも。別にプロットとか作ってないので完全に未定です。
私は、思い付きの精神を崩さないことをここに誓います!(笑)
ここで、次回予告っぽいものを――
出航したネビリムを追う白き狼の群れ。祖国のため、復讐のために再び狼が牙を剥く!
次回もお楽しみにしていただけると嬉しいです。




