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第0話 反撃の一歩

一応、縦読み推奨です。

出来る方はPDFで、PDFは無理でも縦表示のほうが読みやすいと思われます。

太陽系暦 0218年 9月

 

 地球統一連合とヘルシャフト皇国との間に開かれた戦端は、共に決め手を欠いたまま、既に2年の時が過ぎようとしていた。

 そんなある常闇の宇宙うみを泳ぐ、一隻の船があった。

 流線型の海洋生物を思わせる有機的なシルエット。宇宙の闇に溶け込む黒い装甲板はまるで宇宙に浮かび上がる幽霊船を思わせた。

 通称『ネビリム』と呼ばれる統一連合宇宙軍の新造艦だ。

「航行管制、船体各部異常ありません」

「観測部、周辺宙域に感、ありません」

「火器管制異常なしだ」

 各部署からの定時報告を確認し、艦長のシェパードはふう、と息をついた。

 白髪の目立ち始めた髪を掻き揚げ、彼は軍帽を被り直しす。

「順調ですね」

 ふと、横から掛かった声に、シェパードは左へと首を向けた。

 黒髪の短髪、やや青の混じった瞳。歳は20代前半といった頃のどこか少年の面影の残る顔立ちの青年だ。名をクレイン・ウィルローフ。その彼がこの場で浮いた印象を与えるのは、ただひとえに軍服を纏っていないせいであろう。カジュアルなビジネススーツといった格好で軍艦の艦橋ブリッジにいれば浮くのは当然のことだ。

「ああ、順調過ぎて逆に心配になるがな」

「それは艦長が歳ってことでは?」

「ふん、言ってくれる」

「そんなに心配することはないでしょう。この船のステルス性はご存知の筈ですが?」

「あれはカタログスペックだろう? 実戦でその能力を発揮できてこそ、だと思うが?」

「ごもっともなご意見です」

 答えクレインは艦橋ブリッジを見回した。

 正面の大型モニターには宙域図が映し出され、艦の現在位置を示している。それに向かい合うような形で様々な情報を映し出す端末が配置され、そのそれぞれにオペレーターが向かい合い、真剣な面持ちで艦の状況を管理している。その数は5人。それは非戦闘時とはいえ軍艦としては異様な少なさだった。

「どうだい、この艦は?」

 徐にクレインは手近なオペレーターに声をかけた。

 薄い紫色のショートヘアを揺らして、彼女は振り向いた。緊張かそれとも疲労か、あるいはその両方の混じった表情がクレインへと向けられる。

「ほとんどのことが自動化されているので、少し戸惑ってますね。操作自体はコンピュータの指示通りにやればほとんどできますし、でも掲示される情報が膨大で、それがちょっと……」

 それはネビリムが最新であるが故のものだった。

 少人数化と高性能化、そして効率化を追求した結果、生まれたのがネビリムだ。それを可能とするために艦の運用の大半はシステムによる自動制御が行われている。その結果通常の軍艦の半分以下にまで人員を削減することを可能としたわけだが、反面でこれまで分担してきたものを一人が背負うということにもなっていた。

 計算や制御自体は機械が自動で行うが、その大まかな指示や、もっとマクロな視点での運用は人が行うのは変わっていない。それだけでなくアナログな部分はやはり人でなければ行えない。その部分において、この艦が一人に要求するスキルは非常に高い。

「なるほどね」

 クレインは答え、内心で『あとで、あいつに伝えとくか』と決める。やはり、実際に運用してみないと分からないこともある。先進的なのはいいことだが扱えないのではどうにもならないのだ。

「艦長!」

 やや上ずった女性の声が艦橋ブリッジに響いた。

「どうした?」

 対するシェパードはいつもと変わらない落ち着いた声で答える。

 声を上げたのは観測員の女性だった。

 彼女……モニカ・レイムラットは、とても珍しく……このネビリムで唯一かもしれないロングヘアーの持ち主だった。一般的な観点からであれば別に長髪などめずらしくもなんともないが、統一連合軍では男女問わずどんなコースであっても最低でも半年は同じカリキュラムが組まれている。とうぜんこれには、肉体的にハードな科目もたぶんに含まれている。そのため、おのずと長い髪は邪魔になり皆切っていく、というのが自然な流れなのだが、そんな中彼女はその長い髪のまま、その肉体的にハードな科目を乗り越えてここに居る類まれなる人物だった。

「モニターに出します」

 彼女は端末を操作すると、それを正面のモニターに映し出した。

「熱紋照合及び画像解析の結果、間違いなくHCM-05 ベリゴルだと判明しました」

 画面に映っていたのは、やや荒めの画像。だが、特徴的な背中の大きなランドセルのような装備と平たいレドーム状の頭部がベリゴルの偵察用のタイプであることを示している。

 彼女の話によれば、周辺の警戒と遠隔偵察用のUAVのテストを兼ねた哨戒行動中にたまたま発見したのだという。

「こちらが捕捉されたか確認できるか?」

 割り込んだのはクレインだった。

「正直、正確にはちょっと……」

 そう言って、モニカは端末の画面へと視線を落とした。

「ですが、現在この艦から遠ざかっているのは間違いありません」

 言ってモニカは正面モニターの情報を切り替える。

「艦長」

「うむ……」

 口元に手を当て、まるで考える人のようにシェパードは逡巡し判断する。

「捕捉されたにせよ、されてないにせよ。はっきりと分からないのならば捕捉されたとして動くべきだろう」

「具体的には?」

 答えを分かっているかのような口ぶりで先を促すクレイン。

「迎え撃つ準備をする、奴等が先に捕捉していたとすると、当然奇襲を狙うだろう。そこを万全の体制で迎え撃つ。それだけだ」

 シェパードは直ぐに第一種戦闘配置を命じた。

 アナウンスが流れ、待機中だった乗員たちが一斉に所定の配置へと移動していく。たちまちのうちに艦内は慌しくなり、艦内の空気が張り詰めていく。

「ですが艦長、一体どう迎え撃つのでしょうか?」

 そう問いかけたのは薄い紫色のショートヘアのオペレーターだった。

「この船はあくまでテスト航海をかねた新型機の輸送とその開発責任者の護送であって、艦載機もパイロットもいないんですよ」

 やや悲壮感の滲んだ声色だった。

 いまのままで行けば間違いなく戦闘になる。そして今のネビリムの状況をたとえるなら、艦載機のない空母が単独で戦闘を行おうとしているようなものだ。一応、最新鋭の装備を各種取り揃えてはいるが、その性能を誰一人として実際には知らないのだ。それは丸裸で敵陣に突っ込むような無謀極まりないことのように捉えることも出来る。

「大丈夫だ」

 静かに、言い聞かせるようにクレインは言った。

「艦載機もパイロットもここにいる」

「いいのかね?」

「いいもなにも、最初から頭数に入っているのでしょう?」

「彼女の許可は?」

「それなら……」

 言いかけたところで艦橋ブリッジのドアが開いた。

「問題ないわ」

 金髪の少女が艦橋ブリッジへ入るなり言い放つ。

「だ、そうです」

「よろしい」

 艦長がうなずき、脇の艦内電話を取った。格納庫へ指示を出しているようだ。

「え、どういうことですか?」

 そんな中、状況の飲み込めていないその女性だけが取り残されている。

「あなた、名前は?」

「リターナ、です」

 金髪の少女がずいっ、と詰め寄り、リターナはたじろいだように距離をとる。

「OK、リターナ。いま輸送中の新型あれのテストパイロットはこいつ」

 びしっ、とクレインへと指を指す。

「理解できた? 出来たわよね? 出来なきゃしなさい!」

 言い切って、少女は艦橋ブリッジを後にする。

「クレイン、あんたはこっち」

 人差し指で、こっちへ来いというサインを出しながら小さい背中がドアに消える。それを追うようにクレインもまた艦橋ブリッジを後にする。

「艦長、俺はこのまま機体の方に」

「ああ、何かあれば連絡する」

「ま、何事もなければいいんですがね」

「まったくだ」

 ドアがぴしゃりと閉まり、クレインは息を吐いた。

「本当にいいんだな? アリサ」

 振り向きながらクレインが問いかける。

「良いも悪いも言っていられないでしょ?」

 視線の先には、先ほどの金髪の少女がふて腐れた表情で立っていた。

「それはそうだが……」

 頭を掻きながらクレインは言葉を捜した。

「なによ?」

「いや、もう少し拒絶するもんだと思ってた」

「仕方ないじゃない。あれは兵器。人を殺す道具なんだもの」

「……」

 言葉に詰まるクレインにアリサは歩み寄る。

「あんたの言いたいことは分かってる。でもこの艦を守れるのはあれとあんただけ。だから……」

 アリサの表情が明るいものへと変わる。

「壊したりしたら、承知しないんだから!」

「ああ、行ってくる」

「帰ったらちゃんと戦闘データ持って来なさいよ!」

 アリサの凛とした声に背中を押されるように、クレインは廊下を進み、格納庫へ繋がるエレベータへと乗り込んだ。

「さて、一仕事と行きますか」

 クレインは宣言し、目的地へとついた扉を潜った。その先はパイロットの待機室になっており、ちょっとしたラウンジのようでもある。広いガラス張りの壁の向こう側では整備士達が動き回っているのが見て取れた。

 彼等と傍らに佇む自らの愛機を一瞥してクレインはそのまま隣の部屋へと進んだ。隣は更衣室とシャワールームになっていた。一瞬、パイロットスーツを着るべきか悩んだが、いざと言うときのためにも着ておいたほうが断然いいと考え、慣れた手つきで手早く着替えをすませた。

 コックピットで待機しようかとも考えたが、本来予定のない稼動に整備士達が調整に追われている様子であるためもう少し待ってから行こうと決め、ドリンクのボタンを押す。

 宇宙用の密閉容器に入ったドリンクを片手に椅子へと腰を下ろす。

「悪い知らせだ」

 艦内通話がシェパードの言葉を伝え、クレインはため息をついた。やはり捕捉されていたらしい。いくらステルス性に優れているとはいえ存在そのものを完全に隠せるわけではない。

「敵の陣容はどのくらいで?」

「今のところフリゲートクラスが2隻。ただの偵察艦隊ならこんなものだとは思うが」

「フリゲートクラスと言うことは艦載機は6機ですか」

「その内、1機はさっきの偵察用だとすると、戦力は最大で5機ということになる」

「船のほうは任せても?」

「何とかしよう」

「会敵予想は?」

 僅かな間。恐らくモニカあたりが正確な計算をしているのだろう。

「今の速度を維持すれば、およそ15分です」

 艦内通信からモニカが答えた。

「了解。機体の準備が整い次第コックピットで待機します」

 答えて、クレインは通信を閉じた。


「班長、準備はどうなっている」

 クレインが通信を閉じた後も、他の部署とのやりとりは続いていた。

「現在戦闘用に換装中、7分で終わらせます」

「火器管制はどうか」

「FCS《火器管制システム》チェック、問題ありません。現在、全兵装ステータスを実働モードに切り替えています。終了まであと260」

「ダメージコントロール班の配置及び各ブロックの隔壁閉鎖完了しました」

「機関出力戦闘状態へ上昇中」

 同時に各部署の報告が次々と伝えられ、着実に戦闘体制が整えられていく。

「初陣にしては皆よくやっています」

 その言葉を発したのは艦長の隣に立つ初老の男だった。

 実際の年齢的にはシェパードと同年代であるが、老眼鏡と顔のやや深めの皺がやや老いを強調している。

 彼の名はダリル・ブラッドマン。シェパードとは昔からの友人であり、今も副艦長としてネビリムへと乗り組んでいる。

「ダリル、まさか再び君とこうして戦場に出るとはあの時は考えもしなかった」

「それは私もです、艦長」

 プライベートであれば名前で呼び合う中であるが、しっかりと公私を分けるところがダリルの性格を思わせる。

「1年前、我々は多くのものを失いました」

戦友ともと部下、そして家族」

 低い声で口にして、シェパードは首のペンダントを握り締める。

「老兵がただ去り行くだけではないと、見せ付けてやりましょう」

 ダリルの言葉にシェパードは頷きで答え、正面のモニターへと視線を移した。

「敵艦、なおも接近中。進路、速度そのまま」

「機関戦闘出力へ、各部異常なし」

「FCS《火器管制システム》オンライン」

 艦載機を除いたネビリムの準備が整い。皆がシェパードの次なる言葉を待った。

「ネビリム、戦闘体制へ移行」

 その言葉が合図となって、まるで弾かれたようにオペレーターたちが慌しく端末を操作していく。今までは全て下準備。ある意味ではここからが本番だった。

「各部VLS《ミサイル発射システム》、L1からL6およびR1からR6へイージナス装填、L7、L8およびR7、R8へトールハンマーを」

「CIWS、RAM起動完了、FCS《火器管制システム》連動中」

「ATCS《外部装甲排熱システム》稼動開始」

「敵艦、加速を開始。到達誤差-310。針路そのまま」

 一気に潰しに掛かるつもりなのか、それともこちらの思惑に気がついたかは定かではないが、敵艦はまっすぐにこちらへと向かっていた。

「格納庫より、機体の最終調整が終了。パイロットも搭乗済みだそうです」

「直ちに発進準備にかかるように伝え」

 オペレーターがそれに応え、発進シーケンスを管制官へと引き継いだ。

「そういうわけで管制を担当します、ミラ・シエスタです」

 その少女の声をクレインは狭いコックピットで聞いていた。

「よろしく」

「はい。こちらこそ」

 屈託のない笑顔で応えるミラ。その印象は一言で『若い』に尽きる。

 それもそのはずで彼女はまだ14歳なのだ。くわしい経緯は秘匿されているが、統合軍本部からのお墨付きだそうで、半ば強引にこのネビリムのクルーとなって乗り組んでいる。

「敵艦より熱源の放出を確認。数は6。CMだと思われます」

 観測員が報じ、レーダーへと光点が増える。

「偵察機も出してきた?」

「分からん。だが、やるしかないだろう」

 クレインの疑問にシェパードが答える。

「確かに。囲まれる前に数を減らします」

「了解した」

 シェパードはクレインとの通話を切り、艦の指揮へと戻る。

「そういうわけで、発進頼めるかな?」

「了解です!」

 ピンクの髪をふわふわと揺らしながらミラが応えた。

「VDT-00 発進位置へ」

 機体の肩を拘束具が掴み、機体をカタパルトへと移動させる。

「気密隔壁閉鎖。リニアボルテージ上昇。システムチェック、オールグリーン」

「試作のライフルがぎりぎり間に合った、武装コンテナ02だ。もっていけ!」 

 割り込んだのは整備班の班長だった。

「グッジョブだ班長」

「ただ粒子のチャージがほとんどできてねぇ、弾切れにだけは気をつけてくれ」

「了解」

 そんなやり取りの中で、ミラは着実に発進のシーケンスを進めていた。

「ハッチ開放。進路上に障害物なし。射出コントロールをパイロットへ」

「コントロール確認。VDT-00《シュタール》発進する」

 宣言し、彼は思いっきりスロットルレバーを引いた。

ぐっ、とシートに強く押し付けられる感覚と共に、周囲のディスプレイに映る光景が艦内から漆黒の宇宙へと切り替わる。

「針路を116へ」

了解ラージャ

 短く、無線用語で答えクレインは機体を転進させた。

 CM(cavalry module)は西暦から太陽系暦へと移り変わるころに発明された人型の戦術機動兵器だ。もともとは宇宙開発用の工作機械だったものが戦闘用に転用され、爆発的な普及をみせた。本来の目的どおり宇宙開発にも貢献し、現在では地上、宇宙問わず幅広く運用されている。

 クレインの駆るCMはその第5世代に相当するワンオフ機だ。先進技術のテストベットとして開発され、今後は次世代機同士のデータ収集を目的とした模擬戦用として配備される予定だ。

 スマートな外装は暗めの灰色に塗装され、間接部は黒色だ。頭部には多目的アンテナの役割を果たす突起物と双つの碧眼が闇を掻き分けるように点っている。

 星の瞬く海を駆け抜けるように突き進む中、クレインは機体の状態を示す右下のディスプレイに目を走らせた。

 プリフライトチェック(発進前に行う機体の状態確認)では問題がなくとも発進後に不調を起こすケースは少なくない。加重やスラスターの熱。各部の駆動による微妙な変化も精密なCMにとってはストレスになる。無論、そう簡単に故障するものでもないが、確立は0%ではない。

「全て正常、問題はないな」

 幾つかの画面を切り替えながら手早く、確実に機体の状態を把握する。班長の言っていた通り試作型のビームライフルの粒子残量はあきらかに少ない。目盛にして3つ分だ。

「無駄撃ちしている余裕はねぇな」

 呟いてクレインはライフルのモードをSLへと変更した。

 ライフルの銃口から銃身の半分が口をあけるように開き、内部のパーツがスライドし銃身を延長する。通称ACBR(Adaptive Combat beam Rifle=適応性のあるビームライフル)と呼ばれる機構で、単一の武器で長距離から近距離までをカバーしようと考えられたものだ。ビームのチャージサイクルと銃身による収束率を調整することでこれを可能としている。モードSLはセミロングの略称で連射性を抑える反面、射程距離を高め、中、遠距離に対応したモードである。

 その間も機体は、敵との距離を瞬く間に縮めていく。

『capture the enemy』

 ディスプレイにその文字が表示され、光点がマークされる。

「V1、エンカウント」

 同時に管制官のミラが艦内で報じる。なおV1とはVictor 1の略でありクレインのコールサインだ。

「先手を撃つ」

 クレインはオートではまず当たらないと判断し照準補正をセミアクティブに切り替える。これはオートに手動で補正をかけるもので(手動にオート補正をかけるとも言える)ある。光点のベクトルを元に勘で修正を加えクレインは操縦桿のトリガーを引いた。

 パッと光が銃口から放たれ、瞬く間に消え去る。

 結果は外れだ。

 しかし光点の動きから動揺が見て取れた。

 今までの常識からすればCMの出力ではビーム兵器をを携行することは不可能だとされてきたからだ。

 機体の大きさという制限上、搭載できるジェネレータの出力にも限界がある。そのため現在までビーム兵器を運用できるのは艦船クラスにのみ限られていた。この常識は絶対的なものとして200年間のあいだ信じられてきた。

 だが、いまその常識が目の前で破られたのだ。

 敵機は2手に分かれて編隊を組んでいた。おそらく、一部隊が船へ向かい、もう一方が足止めないしクレインの機体を撃破する算段なのだろうが、そうそう思惑通りにいかせはしない。

「いつまでも、やられっぱなしって訳にはいかんのでね」

 呟き、クレインはペダルを踏み込んだ。ターゲットは船を目指していると思われる敵機だ。

 Gが身体を圧迫し、シートへと押し付ける。だが、彼は愚直なまでにまっすぐに敵機へと迫っていく。

 当然、それに気づいた敵機がライフルを構え、迎撃の意志を見せる。

 HCM-06 ベリアル。ヘルシャフト公国の主力CMで重厚なフォルムと各部に搭載されたスラスターを持つダークグリーンの単眼の機体だ。

『warning』

 ロックオンされたことを示す文字がディスプレイに表示され、コックピット内にアラートが響く。だが、クレインは進むことをやめたりはしない。

 敵機のライフルが光を放ち、高速の弾丸をフルオートでばら撒いた。それは毎秒10発の弾の雨。

 だが、クレインの機体はその雨を、まるで曲芸飛行を行う航空機のようにして掻い潜っていく。それは驚きか、恐怖か、僅かに敵がたじろいだように見えた。

「まずは一機」

 クレインは無慈悲にトリガーを引いた。銃口から光線が放たれ、敵機へと吸い込まれるように命中する。数十万度にも達する熱エネルギーを受けたベリアルは、内部から膨らむようにして爆散し、虚空の闇へと散る。

 爆炎が灰色の機体を赤く照らし、彩る。

 その様を一瞬、呆然と見ていた残りのベリアルたちであったが、直ぐに立ち直った様子で機動を再開する。どの機体も無駄のない良い機動だ。

「手だれか、面倒だな」

 いいながらもクレインの表情には余裕が見て取れた。

 先ほどのクレインの動きを見てか、敵は船への攻撃を諦め、クレインへと全力を注ぐつもりのようだ。

 敵は取り囲むように一定の距離を保ちながら展開し、牽制射撃を繰り返す。

 多方位から放たれる射撃をかわし続けるも、弾薬に不安のあるクレインは満足に反撃が出来ない。

「ッ!」

 それは一瞬の隙だった。だが、同時に致命的な隙でもあった。

 敵機はスラスターを最大で吹かし、一瞬でシュタールの背後へと肉迫。左手で腰部のウエポンラックから戦術重装鉈を引き抜き、そのまま振り下ろした。

 肉厚の刃が縦に走り、虚空を切り裂く。

『バカな!?』

 そんな敵兵の声がクレインの脳裏にこだまする。無論、それはただの錯覚に過ぎない。

 振り下ろされた刃は、あるはずの衝撃も、感触もなく、ただ無為に虚空を切り裂いていた。

 クレインはわざと隙を見せたのだ。それを理解してか、放たれる2撃目には動揺が含まれているように見えた。2撃目は振り下ろした腕を戻す返しの一撃だ。

 刹那、光刃が煌き、振り上げたベリアルの肘から先の部分がはじけ飛ぶ。

 咄嗟に敵は後退しながら右手のライフルをシュタールへと向けた。

 刹那、銃口が瞬き、弾丸が放たれる。

「2機目!」

 斬線は横。シュタールは身をかがめるように射線を避け光刃を振りぬく。ベリアルの分厚い複合装甲を容易く引き裂き両断する。

 爆発は起こらなかった。二つに分かれたベリアルは真空の海を漂うように動きを止める。

 シュタールの手に握られていたのは収束されたビームの刃。数十万度にも達する熱エネルギーを秘めた刃だ。

 警報。アラートが鼓膜を打ち、刹那の差で火線が空を切る。たった今切り裂いたベリアルに命中。推進剤にでも引火したのか、一瞬で炎球へと変わる。止まるな、動き続けろ。それが戦闘中の鉄則だ。

 クレインはペダルを踏み込み、右手で操縦桿を操作しながら、左手でディスプレイ画面を操作していく。

 シュタールの特徴はビーム兵器の運用能力だけではない。それを運用できるジェネレータ出力。それは推進力としても活用できる。しかし、普段は機密保持のためにリミッターがかけられている。

「テストモード、リリース」

 パスコードを打ち込み、それは完了した。

 高まる駆動音。上昇するジェネレータ出力。シュタールにかけられていたくびきはいま外された。

 リミッターを外したのは決して劣勢だった訳ではない。この戦いの中でクレインはシュタールの全力を

試してみたいと、ただ純粋に思ってしまったのだ。

 全力を開放したシュタールは文字通り流星の様であった。

 スラスターの燈を煌かせ、シュタールは闇の海を縦横無尽に機動する。

 ベリアルの放つ火線を巧みにかわしながら、間隙を縫って距離を詰める。オート制御の照準がシュタールを追うように追尾する。だが、その焦点が定まることは一瞬もない。銃口から吐き出される弾丸は無為に闇へと吸い込まれ消えていく。

 衝突するのではないかという勢いで接近する機体をクレインは逆噴射による急制動と四肢の動きを使った機動制御術《mobile control art=MCA》で押さえ込み敵機の頭上へと舞い上がる。

「これで半分」

 光刃を振り下ろし、ベリアルが肩から切り裂かれる。部品をオイルを推進剤を内臓のようにぶちまけながら、ベリアルは沈黙する。

 警報。

「ミサイルか?」

 回避運動を取りつつ、クレインは発射主を探してディスプレイを見回した。

「こいつか」

 残り3機その中でもやや遠い位置に、まるで2機に守られるように後方に位置する一機のCM。背中には特徴的な大型のランドセルが見て取れた。

 HCM-05 ベリゴル。先ほどネビリムを捉えたと思われる偵察機だ。だが、よく見れば装備がわずかに変わっている。偵察用のセンサーを搭載したランドセルではなく対艦攻撃用のミサイルパッケージを装備している。

 発射されたミサイルは4発。全て対艦攻撃用の大型ミサイルだ。高い火力を持たせるために大型化した対艦ミサイルは機動性に長けるCMの攻撃には向いていない。だが複数発を上手く使えば撃墜も可能だ。高い威力の対艦ミサイルが命中すればCMなど一撃で鉄くずと化す。

 クレインはシュタールの頭部に装備された18mmCIWSを起動させた。毎秒50発を吐き出せるこの装備は、敵航空機やミサイルの迎撃などを想定したものだ。濃密な弾幕の形成がその役割で、CMや艦船など比較的装甲の厚い目標には火力不足である。だが、高い連射性と高い弾頭の貫通能力はミサイルの迎撃に大きな力を発揮する。

 閃光が瞬いて無数の劣化ウランの弾が吐き出されていく。右下のディスプレイに表示された残弾を示すカウントが瞬く間に減っていく。

 1発が命中。だがそれだけでは足りない。さらに2、3発と次々にミサイルへと弾丸が穿たれる。火花が散り、制御が利かなくなったミサイルはバランスを崩し、きりもみ爆散する。その爆炎を突き抜けて、2発3発とミサイルが迫る。だがそのこと如くをばら撒かれた弾雨が弾くように、穿ち、砕いていく。

 爆発は連鎖的に起こり、朱色の光がシュタールの装甲を彩った。

 最後の1発がその炎光えんこうを突き破るように表れシュタールへと猛進する。

 爆発の熱量にまぎれていた為か、熱センサーでも捉えられなかったようだ。

 だが、 対艦ミサイルは威力こそ高いが、旋回性や追尾性は低く、振り切るのは難しいことではない。

 警報。

「……ッ」

 決して存在を失念していたわけではない。だが、これは少々予想外でもあった。

 残ったベリアルのうちの1機が前下方行からシュタールとミサイルの間にわ接近していたのだ。だが、これは一歩間違えば味方のミサイルに巻き込まれてしまう危険性がある。巻き込まれないように、ミサイルのIFF《敵味方識別装置》が作動していればミサイルは不発となり意味を成さない。

「これが狙いだった?」

 呟いて、クレインは確信した。ミサイルは全て囮。撃ち落されることも計算していたのだろう。さらに警報。アラートがけたたましいほど鳴り響く。

 残ったベリアルが背後から姿を現す。対艦ミサイルはロケットモーターの駆動を停止。宇宙の只中に漂う形となる。

 正面と背後に敵。

 挟撃される格好となったシュタールに猛然と迫る2機のベリアル。

 クレインは躊躇わず機体に急制動をかけ、四肢を降って機体を宙返りさせる。ディスプレイに映る景色が反転し、シュタールは虚空を蹴るようにして、加速した。

 一瞬で反転したシュタールに、敵は意表を突かれたようだった。

 待ち構えるような動きをみせていた背後の1機はあわててスラスターを吹かし、前方の1機は戦術鉈を慌てて引き抜く。シュタールの左腕から内蔵された剣柄がスライドし、それを掴み取る。光が伸び、刃を形成すると同時に2機は交差した。火花とスパークが走り、2機を一瞬だけ照らし出す。

 振り返りながら、ベリアルが半ば溶解した戦術鉈を投げ捨て、ライフルを構えた。シュタールも右手のライフルをベリアルへと向ける。

 発砲は同時。

 ライフルから放たれた徹甲弾は、シュタールの放った光線に包まれ、蒸発。そのままベリアルへと命中し、ベリアルを貫いた。

 数瞬の間を置いて、爆発が起きる。その中からもう1機が突き破るようにして表れる。クレインはもう一度トリガーを引いた。銃口に光が灯り、発射される。数秒遅れてクレインの舌打ちがコックピットに鳴り、クレインは左手の光刃を構える。

 掠めるようなギリギリのタイミングであるが、ベリアルは確かに光線を避けていた。

 接触。ベリアルの右腕が肩から切り落とされる。だが、それでも敵の動きは止まらない。右腕を犠牲にした、一撃目の縦切りから、今度はなぎ払うような二撃目を放つ。それをシュタールは宙返りでもするかのように回避、光刃を突き出した。

 咄嗟に敵は逆噴射をかけて後退。胸部を光刃が抉り取る。火花とスパークを零しながらも敵機は戦術鉈を振り上げる。

「いい戦いだった」

 シュタールのライフルが光を放ち、糸の切れた人形のように敵機が沈黙する。

 ふぅ、と息を吐きながらクレインは遠ざかっていく最後の光点に狙いを定める。

『mode long range』

 ライフルのモードを長距離狙撃用のモードへ切り替え、トリガーを引いた。

 光弾が放たれ、遠い場所で光が膨らんだ。

 周辺の索敵を手早く済ませ、肩の力を深い吐息と共に抜く。暫くの間、敵の残滓を見つめながら張り詰めた緊張をほぐしていく。

 通信機のスイッチを操作し、ネビリムへと回線を開く。応答を待つ間に、パイロットスーツのヘルメットを脱ぎ、頭を振った。

「V1より、ネビリムコントロール」

「こちら、ネビリムコントロール」

 通信がつながりミラの顔が上部の小型モニターに映った。どことなく強張ったように見えるのはネビリムが戦闘中であるためだろうと察し、クレインは報告する。

「敵機動兵器群を殲滅。これより帰艦したいが、援軍は必要か?」

「いらん」

 簡潔に、しかしそれでいてはっきりとした口調でシェパードが答えた。

「この程度なら問題ない」

「了解」

 クレインが答えると、シェパードは回線を切った。

「損傷はありませんか?」

「無傷だ」

「了解です。ご苦労様でした」

「ああ、これより帰艦する」

 言ってクレインは通信を終えた。



「シグナル確認、着艦誘導を開始します」

 およそ十分後、クレインはネビリムへと帰艦していた。外から見る限りネビリムに損傷はなく、無事に戦闘を終えたようだ。シェパードの指揮とネビリムの性能に改めて感謝しつつ、開いたハッチから伸びる誘導灯へとシュタールを進ませる。

「同期確認、機体制御をオートモードへ」

「了解、コントロールをネビリムへ」

 機体の制御がコックピットからネビリムの遠隔制御へと切り替わり、シュタールは自動的に格納庫へと収められていく。こうなればパイロットはもう必要ない。

 シートベルトを外し、幾つかの操作を行って、コックピットブロックのハッチを開放した。ディスプレイの映像ではなく、肉眼での景色が視界に飛び込む。雑踏とした、それでいて生き生きとした光景が広がり、人と汗と油の入り混じった、格納庫独特の臭いが鼻腔へと侵入する。それでも軍艦としてはまだ遥かにマシなほうだ。

「無事だったみたいだな」

 不意に背中を叩かれ、クレインはむせ返りそうに鳴りながらも、

「ああ」

 と、短く答え、振り返る。

 蓄えられた無精髭。ぼさぼさの髪。色あせた作業服に身を固めたおっさんが浮かんでいる。ネビリム整備班のダグラス班長だ。ネビリムでは一部の区画で重力制御が行われているが、格納庫はその例外の一つだ。

「整備と戦闘データの抽出を頼みます」

「わかってらぁ!」

 かれた声で応えるダグラスに一礼しクレインは格納庫を後にする。

「ご苦労さん!」

 退室していくクレインの背中にぶっきらぼうで温かい一言が投げられる。

 扉が閉まり、ロックが掛かる。そこは、狭く短い廊下のような一室。重力の緩衝区画と呼ばれる場所だ。空気の抜けるような音と共に、身体へと負荷がかかり足が床へと触れる。

 加圧作業が終わり、前方の扉のロックが解除され、クレインは扉を抜けた。

「おっ」

 思わぬ衝撃にクレインは後ずさりした。

「ただいま」

 言って、視線を下へと動かすと、金髪の少女が抱きついている。

「平気だった?」

 涙声でアリサが尋ねる。

「損傷なし、かすってすらいない」

「違う、あんたのほうを言ってんの!」

 パッと離れ、涙目で睨みつける。

「大丈夫。俺も無傷だ」

 言い聞かせるように、優しい口調でクレインは言った。

「当然よ……ばか」

 目じりに滲んだ涙を拭いながら後ろを向くアリサ。

「心配かけたようだな」

「当たり前でしょ……」

 拭い終えたのか、アリサは振り返る。

「あんたまでいなくなったら、私は親友を二人も失っちゃうじゃない……」

「そうだな、俺は死ねない。死ぬわけにはいかないんだ」

 クレインの言葉には何かしらの強い意志が感じられた。

「あんた、まだ信じてたの?」

 驚いた様子でアリサが尋ねる。

「俺がアイツのことを諦めるとでも?」

「……てよ」

 肩を震わせながらうつむき、先ほどとは打って変わったように緊迫した空気が張り詰める。

「いい加減にしてよ!」

 アリサが声を荒げ、数瞬の静寂が訪れる。

「わからないの!? あの子はもう死んだのよ!」

 その叫びを打ち消すように、クレインの拳が壁を叩く音が部屋に響いた。

「俺は、諦めない」

 言い捨てるようにクレインは部屋を後にする。その背中には、どこか寂しさが滲んでいるようだった。

「私だって……信じたくはないよ……」

 一人になった部屋で呟いたその言葉は、クレインの耳に届くことはなかった――。



「彼女と喧嘩でも?」

 数日後、新型機のことで聞きたいことがあると、艦長室へ呼ばれたクレインに、シェパードはそんな言葉投げかけた。

「いえ、それにあいつは彼女なんかじゃりませんよ」

「そうなのかね」

「ええ、ただの幼馴染。親友です」

 簡潔にクレインは答える。まるで、この話題を早く終わらせようとでも言わんばかりの意図を含ませて。

「狭い艦内だ。些細なことでも耳に届く」

 クレインは沈黙を保つ。

「別に君たちの間に割って入ろうというのではない。だが、やはり気にはなる」

「ご心配は感謝します。ですが……」

 言いかけて、その言葉はシェパードに遮られた。

「気にすることはない。だが、これだけは覚えておいて欲しい。君が彼女のことを忘れないようにすることで前に進めるように、割り切ることで前に進める人間もいるということも」

 クレインは何も答えられなかった。艦長が原因を知っていたことに驚いたこともある。だが、それよりも自分がアリサの思いを考えなかったことに驚いていた。答えられないまま、クレインは艦長への報告だけを済ませて退室する。

「……!」

 何の偶然か、扉を出た先に立っていたのはアリサだった。どうやら、彼女もまた艦長への報告があるらしく、胸の前で幾つかの書類を抱えている。

 互いに無言のまま、クレインがそこをよけアリサは扉の前へと進む。

『割り切ることで前に進める人間もいるということも』

 ついさっきのシェパードの言葉が脳裏に甦る。

「悪かった……」

 独白のような、か細い声でクレインは言った。

「だが、俺は信じることをやめれない。そうしなければ進めないんだ……」

 クレインの振り絞るような言葉に、

「私も…………ごめん。クレイン――信じてあげて、信じ切れなかった私の分まで」

「言われなくても、な」

「そっか、そうだよね」

「また……あとでな」

「うん。また後で」

 そう言って、2人は分かれていった。

ほとんど思いつき小説です。文字数多い割には物語りは進みません(笑)

へったっくそかもですが感想とか指摘とかくれると号泣して(たぶん実際はしませんが)喜びます(こっちはまじです)。

まだ中途半端なのでまた、非公開設定にしちゃうかも?(てかできるの?)


読んでくださった方ありがとでした。また来てくれると嬉しいです。


追記

書きかけのをそのまま公開設定しちゃったので、見直ししてませんでした……変な部分がいくつかありますが節目節目で修正をかけていくのでご容赦ください。


さらに追記

ミスって短編にしてましたので連載に切り替えました……絶対、短編では終わらないのです……


追記、この後書きが最後かも?

これにて0話、完結です。まだ続けても良かったのですが、なんとなくここで終わらせることにしました。あと、序章から0話へ変えました。なので次は第1話となります。ちょっとづつ更新していきますので、また読みに来てくださると嬉しいです。ではでは~ノシ

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