冬の探し物②
書庫から出て三人は何も言わずに後ろを着いてきている。散らかったままの本は次来た時には片付いているだろう。
ふと、私が片付けている訳でもないのに誰が片付けているのか気になった。
「フェデリーカ、書庫の清掃は誰がやっている?」
「書庫の清掃でございますか?おそらくは別館の者かと、詳しいことは把握しておりません」
つまり、片付けているのは別館に住んでいる兄妹たちか、別館付きの使用人たち。
「…まあ、本館の者ではないか。彼らは別館には近づかない」
「ええ、おそらくは。確認いたしますか?」
「……いや、必要ない」
本館と別館、そこには明確な差がある。
本館に住めるのはクレリデイラの名を名乗ることを許された者と、未審判の者だけだ。
当主に認められ承るクレリデイラの名は、その者が有用であると認められた証だ。
プライドの高い彼らは落ちこぼれ、落第者が住む別館に行くのは己の名誉に傷が着くと考える。それに本館付きの使用人たちもそうだ。
使用人は専属が決められているため、己の主人の能力次第で待遇が変わる。己の命運を主人に委ねるのだ。優秀な主人を持つ彼らを妬んでいるような別館の使用人に会おうとは思わないだろう。
そんな彼らに私はどう見えているのだろうか。
別館の書庫に籠る変わり者?
母を無くした可哀想な少女?
賎しい生まれの女?
それとも……。
いやどれも些細なことだ、たとえそのように見えていたとしても実力主義のこの邸で、クレリデイラの名前を与えられたカミラ・クレリデイラに楯突くことは命取りなのだから。
背中に突き刺さる幾多もの視線に気づきながら、心の中でそんな独り言をいう。
別館の兄弟姉妹は私が別館を訪れても姿を現さない。意図的に避けられているのはわかっているが、何故かと問い詰めるほどの興味はなく、理由の分かりきっている行動は不快になることでもなかった。
窓が少なく冷え込む別館と本館の連絡路を通り、豪奢な金の装飾が施された扉を開けようとすればフェリーチャとフェリーナが先回りして扉を開けた。
扉をくぐれば、そこは世界を渡ったのかと思うほどの別世界だった。
何処に目をやっても一目で高級品だと判る悪趣味な代物ばかり。
先程までいた別館は此処と比べれば質素だが、その様はまるで牢獄だ。どちらがマシかは考えものだろう。
暫く歩いた長い廊下から出て一階の大広間を突っ切ろうとしていたとき、誰かから放たれた殺気にカミラの体は思わず反応した。
「あらら、カミラ久しぶり」
「うふふ、カミラ元気そう」
カミラが腰のポーチから取り出し、反射的に投げた小さい二本のナイフ。
それを手に携えていた剣で難なく跳ね返して、笑い声を上げながら二階の手すりに身をあずける二人の人影。
「……」
「あらら、いつも黙り?」
「うふふ、挨拶もなし?」
傍から見れば可愛らしい笑みを浮かべた双子の姉のカリーナと妹のセレーナ。第三女と第四女。
容姿は瓜二つで、光を受けて輝く金髪を持つのは二人共同じ。しかし姉は翡翠の目で妹は紫水晶の目。
見分けるのは容易だ。
「アタシたち一昨日に帰ってきたのに、いつまで経っても会いに来てくれないから、こっちから会いに来ちゃったわ。ね、カリーナ」
「私たちお父様の帰還のタイミングに合わせて、アジェルダ戦地から帰ってきたの。でも少しズレたみたいね、残念。ね、セレーナ」
目を合わせて嗤う双子。その唇は歪な程に弧を描いていた。
「ねえ、いいこと教えてあげるわ」
「そうよ、とってもいいことなの」
ドレスの裾を揺らしながら頬杖をつくポーズは同じなのに、纏う雰囲気と瞳に映す感情はまるで違っていた。セレーナは愉悦を、カリーナは哀れみをその目に浮かべカミラを見ていた。
「お父様の探し物が見つかったんですって、十一年間ずっと探し続けたものよ」
「お父様も意地の悪いお人よね、もっと早く見つけることができたでしょうに」
カミラには双子が言っている意味がわからなかった。父上が探し続けたもの、それが見つかったことの、なにが悪いのだろうか。
そして、それをカミラに言う必要性もわからなかった。探し物が見つかったからと言ってカミラになんの関係があるのだろうか。
カミラは彼女たちに比べればまだ幼いが、それでもジュラムに住んでいる平凡な大人たちよりもずっと賢く、聡明だ。
そんなカミラが考え込んで分からないのならきっと、答えに辿り着くために必要な情報はカミラに与えられておらず、知らされてもない。
それなら、こんなことをしていても無駄だ。早々に見切りをつけたカミラは身体を反対側に向け足を動かした。
カリーナとセレーナは離れていく妹に残念そうな声を上げたが、新しい玩具になる存在を見つけたのだろう、深くは追ってこなかった。
昔からクレオは揶揄うと愉しいのだと彼女たちは言っていた。背後からクレオの叫び声が聞こえたような気もするが、それも無視した。
そうしてやっと着いたカミラの部屋は子供部屋だとは思えない雰囲気に包まれていた。
黒を基調としたベッド、足の低い机に積み上げられた本の数々、床は大理石か何かだろう触れなくても冷たさが感じられた。
そんな部屋でベランダ付きの窓から差し込む、昼を知らせる陽光だけが温かさをまとっていた。
「さあ、カミラお嬢様。お召し物を着替えて化粧に髪も整えなくては、ああそれと昼食もとっていただきますよ」
そう言うフェデリーカの両脇には服を持ったフェリーナと化粧品箱を抱えたフェリーチャがいた。
「そう、なんでもいい」
矢鱈時間がかかった支度が終わった頃にはもう日が沈み、カミラの灰色の髪は綺麗にセットされ、金刺繍が華やかに施された紺青色の背広の正装を纏っていた。
「とってもお似合いですわ!カミラお嬢様!」
「綺麗……、似合って、ます」
「ふふふ、カミラお嬢様。準備に時間がかかってしまって申し訳ありません、気合いが入ってしまいましたわ」
満足そうな顔で頷くメイド三人を見ていると、フェリーチャが「あっ!」と声をあげた。
「まずいです! もう二十一時になっちゃってます! 晩餐会が始まっちゃいますよ!」
表情を一変させ、焦った様子で背中を押すフェリーチャを咎めることもなく食堂に向かう。
食堂は本館の中央部分に位置しているから、時間をかけることもなくすぐに着くことができた。
食堂への入口の傍には衛兵が二人。私の姿を見ると食堂の扉を開けた。




